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2013年9月 6日 (金)

鉄道大バザール

492

まだ 「ゴースト・トレインは東の星へ」 が読み終わってないのに、同じ作家の 「鉄道大バザール」 という本を借りてきてしまった。
わざわざ中央図書館から取り寄せてもらい、いったん返却した 「ゴースト」 もまた借りてきてしまったから、わたしの家にはいま2冊の彼の本があるわけだ。
いや、正確にいうと3冊である。

わたしがポール・セローという作家の本を知ったのは 「中国鉄道大旅行」 が最初である。
むかし中国のことならなんでも知りたいと考えていた一時期があって、たまたまなにかの広告で見つけた本だったんだけど、読んでみるとこんなにおもしろい本はなかった。
この本は現在でもわが家にあるから3冊というわけだ。
どれもハードカバーで厚みのある本だから、読み終えるには時間がかかりそう。
これは、つまり楽しみがそれだけ長続きするということだ。

この3冊の本を比べると、「バザール」 は1975年、「中国」 が1986年、「ゴースト」 は2008年の旅ということになっている。
中国の旅はいわずもがな、トルコの鉄道のように、わたしの乗ったことのある鉄道が出てくるので、そういうものの追体験としてもおもしろい。
これはやっぱり最初から読まなくちゃなと、あとの2冊を読んでいるうちに、やっぱり順序からして 「バザール」 を読もうという気になったのである。

人間なんて誰でもいつか老いぼれる。
そのうち視力も衰えて読みたい本を読むのにも苦労するようになる。
そういうわけで、おもしろい本に出会ったら、なにはさておき、仕事をおっぽらかしてでも読んどくことだ。
そういうつもりで今日は仕事をおっぽりだしているんだけど、家族持ちだとこうはいかない。

セローの旅行記は思索や洞察に富んでいるけど、そういうムズカシイことはさておいても、たとえば 「バザール」 の中に、列車の中で知り合った英国人が
「ガイドブック片手に名所を歩き回る」
「いやだね。真っ平だよ」
「俺は静かにじっとしていたい。ひとつの国を自分の身肌で感じ取りたいんだ」
というセリフを吐く場面がある。
こんな部分を読むと、ついわが意を強くしてしまう。
わたしの旅はホテルでごろごろしてることが多いのだ。
文句をいわれたら、これからは黄門さんの印籠のように、この本を前面にかざすことにしよう。

海外旅行というとパックツアーしか知らない人もいるだろうけど、わたしのようなのんびりした旅を愛する人もたくさんいるようである。
旅行記を読んで旅行した気になる人も多いらしい。
図書館で借りた 「バザール」 は、表紙が黄ばんで、だいぶあちこち擦り切れていた。
たしかに、わたしのようなぼんくらが同じ場所を同じ乗り物で旅するより、セローの本を読むほうが、よっぽどたくさんのものが見え、その国のことがよくわかりそうである。

わたしだって材料だけならセローにまけないくらい持っているけど、あちらのごとく世界的作家ではないから、そういうものから他人が読んでもおもしろい文章をつむぎだす能力がない。
せめて安いジンをオンザロックでちびちびやりつつ、雰囲気だけでも文豪の真似をして、夏の夜を更かしているのである。

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