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2013年10月11日 (金)

お菓子と麦酒

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春樹クンがノーベル文学賞をのがしたそうだ。
わたしはノーベル賞の欺瞞と欠陥も知っているので、がっかりするこたぁないですよと彼をなぐさめてしまう。
逆にいえばノーベル賞、ことに平和賞や文学賞に権威なんぞはぜんぜんないのだから、そんなものに一喜一憂するほうがおかしいというこということなんだけど。

ノーベル賞はもらってなくても、世間にはこころに残る文学の傑作はたくさんある。
そういう本がどうして最近は見当たらないのか。
一例をあげると、英国の作家サマセット・モームの 「お菓子と麦酒」。
わたしは最近部屋の整理をしていて、処分すべき本を選択していたら、その中にこれがあった。
手垢のつきぐあいや、そこかしこのアンダーラインなどから、一時は熱心に読んだ本であることがわかる。
その後しばらく忘れていたけど、処分するまえにまた目を通してみた。

この本の中にロウジーというひじょうに魅力的な女性が登場する。
彼女はある男性と結婚しているのだけど、べつの男たち、あるいは小説の語り手であるワタシとも浮気をする奔放な女性である。
こういう女性をしみじみと魅力的にしてしまうのは、やっぱり作家の力量だろう。

この小説はモーム自身をモデルにした語り手が、彼女にまつわるさまざまな過去をふりかえるというもので、過去と現在がしょっちゅう交錯して、読みやすい本とはいえない。
そのかわりいったん取りついてしまえば、これほどじっくり読める本もあまりない。

モームという作家の本領は、見栄やモラル、名声や地位など、ようするに世間の大半の人たちが価値を見出すものをこきおろすところにある。
「お菓子と麦酒」 でもモーム・スタイルがいたるところにあふれているけれど、それ以外にも過ぎ去りし時代への追慕というロマンにも満ちていて、これは彼の小説の集大成的な作品であると思う。
彼自身も、80歳になったときの記念出版に 「人間の絆」 や 「月と六ペンス」 ではなく、この作品を選んだそうである。

ロウジーはもともとの亭主をすてて、べつの男とアメリカへ渡り、そのまま小説の表舞台から姿を消す。
もともとの亭主のほうは作家として出世をして、物語はとりあえず亭主のほうを軸に先へ進んでいく。
じっさいには回想の部分が多く、小説のキーポイントでもあるヒロインの出番が完全になくなるわけではないけれど、最後の最後になって、思わず本を取り落とすようなあざやかなどんでん返しがある。
わたしはそれをここで書きたくてたまらないんだけど、わたしに説明できるのはこれが限度だ。
これ以上はネタバレになるから秘密なのだ。
読んでごらんなさいといっても、とっつきにくそうな本だからねえ。

今回ノーベル賞をのがした春樹クンも、そんな賞よりもっと文学史に残るような魅力的な女性をつくりだすことに専念してもらいたいものだ。
添付したのはルノアールの絵で、わたしにはモームの創造したヒロインがこんな女性だったように思えてしまうのである。

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