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2013年11月15日 (金)

終活

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今朝の新聞によると、宮内庁のほうでも 「終活 (お葬式の下準備)」 だそうだ。
まだ早計だけど、しんみりだねえ。
いろんな人がどんどん死んでいく。
わたしみたいな年配者になると、あらたに知り合った人よりも過去に知り合った人のほうがずっと多いから、必然的に死んでいく知人友人のほうが多いということになるのである。

あれやこれやと、先に死んだ人についていろいろ考える。
わたしの幼なじみは30代で病に倒れたけど、死に顔は死んでも死にきれないという苦渋に満ちたものだったそうだ。
そりゃそうだろうなあと思う。
彼には生まれたばかりの子供がいたのだ。
生まれたばかりの子供と奥さんと、年老いた母親を残して、これじゃいくらなんでも死にきれない。

そんな人間のことを考えるたびに罪の意識にさいなまれてしまう。
なんで、なんでわたしみたいな穀つぶしがこの歳まで生きてんのってことで。
いますぐ雷に撃たれて死んでも、わたしの場合は天罰とはいわないぞ。
生に未練なんかこれっぽちもないし、この歳まで生きただけでも、むしろ天の恵みとしかいえないじゃないか。
格差社会をめぐって不公平という人もいるけど、わたしが文句をいったら、お天道さまから叱られてしまいまする。

せめて自分が死んだあとは、誰からもさっさと忘れられたいもんだねえ。
葬儀もしなくていいし、お墓なんてとてもとても。
火葬にしたあとの骨は、棒でつっついて粉々にして、そのへんの川か山にぶん投げてもらえばケッコウ。
あの世でもわたしゃ、無名の亡者たちと荒地をさまよっているほうが気が楽だ。

あいかわらず後ろ向きだけど、こういう絶望的な人間もいるんだってことで、現世の若者たちがちっとでも励まされれば本望だ。
いまのわたしが社会に貢献できるとしたら、そのていどのものサ。 せいぜい。 フン!

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コメント

私も似たもので、終わり方をそろそろ考えなくてはいけないなと思ってます。
でも、このブログは楽しみにしておりますで、そこのところよろしくお願いいたします。

投稿: みさま じんぐ | 2013年11月15日 (金) 11時18分

わたしのブログを楽しみにしている人がいるとしたら、それがたったひとりでも、少しは世間に貢献してるってことになるのかしら。
終活なんてことを考えている割には、わたしが元気がいいように見えるのは、ナニ、終わるのはいつでもできると、そう開き直っているからです。
アセるこたぁありませんよ。
今日の昼メシは、炊いたご飯に「江戸ムラサキ」の瓶詰だけで、それでもちゃんとお腹がいっぱいになりました。

投稿: 酔いどれ李白 | 2013年11月15日 (金) 14時49分

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