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2013年12月13日 (金)

凋落の始まり

そこまでやるかって驚きなのが北朝鮮。
粛清された者が即死刑だなんて、しかもそれが自分の叔父であっても容赦なし。
正恩クンが天才なのか馬鹿なのか、判断がつきかねていたけど、どうやら明らかになった感じ。
ちょっと歴史にくわしい人なら、この国の様相は始皇帝亡きあとの秦の晩年に似てきたと思うんじゃないだろうか。

秦の始皇帝が死んだあと、末っ子の胡亥があとを継ぎ、正当な後継者である長子を死刑にし、重臣たちをかたっぱしから粛清して、皇帝の地位を盤石なものにした。
と思ったのは本人だけで、これが秦凋落の始まりになった。
世間に流布されていることわざに、祖父、父親がきずいた財産を、三代目がフイにするというのがある。
正恩クンよ、おまえもかというところ。

処刑された張成沢という人は、いまや北朝鮮でも数少ない正恩クンの身内に当たる人である。
そのためか、ついボスに気安く接し、改革開放をすこしづつ進めたほうがいいですよなんて提言したことがあったかもしれない。
能なしほど自分をエラく見せたがるものだから、正恩クンにしてみれば、あいつは態度がデカい、オレに生意気にお説教をするなんてと腹立たしい気分があって、それでもふつうなら叔父を死刑にまではしないのだけど、ここはそれ、文句をいうと身内でさえ処刑だぞという見せしめでやっちまったのかも。
日本でも最近石破クンあたりが恫喝政治をしてるようだけど、おどかしで政治が運営できると考える政治家はよくいるものだ。

あるいは正恩クンは既得権益者たちの讒言にうまうま乗せられてしまったのか。
史記を書いた司馬遷もやはり讒言に遇い、皇帝の怒りにふれて、なんと去勢されてしまった。
あとで皇帝は後悔したそうだけど、切られた “モノ” 、抜かれた “タマ” はもとにもどらない。
処刑された身内が生き返るはずもない。
始皇帝の末っ子も情け容赦なく兄弟一族をみな殺しにしたけど、天罰はてきめんに下って、彼が反乱に遭ったとき、すでに味方をすべき親族はひとりも残っていなかった。

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