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2014年5月23日 (金)

稲村岩

551

夕刊に登山家の重廣恒夫さんという人が
「みなさんの近くにもいい山がたくさんあります」
「自分で行きたい山を見つけて登りませんか」 と提言している。
それを聞いて思い出した。

奥多摩の日原村から渓流をはさんで目の前に、コッペパンを立てたみたいなユニークな岩山がそびえている。
山というに値しないような中途半端な大地のでっぱりなので、名前も稲村岩というそっけないものである。
半日コースのハイキングで登るに好適なくらいの山だ。
もちろん登山家に知られた山じゃないだろうけど、わたしはこういう、世間から相手にされていない不遇な山が好きである。

そのかたちに魅かれ、とんがったてっぺんに何があるだろうと好奇心にかられ、ある日弁当を持って登ってみた。
とはいっても、これはいまから25年もまえの、思い出に属する話である。

登山コースは稲村岩の背後にまわりこみ、鷹巣山から続く鞍部から、アリの戸渡りみたいなところを伝ってゆく。
ここは海岸によくあるような、侵食されてギザギザになった岩が屏風みたいに続くところで、ちっとは岩登りの気分が味わえる。
これを越えると稲村岩の頂上だ。
石がごろごろしたせまい山頂からは、日原村やその近くの石灰採石場が眼下に一望に見えて、見晴らしはなかなかのもの。

山頂には、御神輿に乗せるのにちょうどいいくらいの祠がふたつあったけど、そのひとつは傾き、もうひとつは仰向けにひっくり返っていた。
転倒している祠を起こしてやろうかと思ったけど、日本の神さまは遊びの邪魔をされるのがきらいであると思いおこしてやめた。
遠野物語には、お地蔵さんを縄でひっぱって遊んでいた子供たちを大人が叱ったら、あにはからんや、叱った大人のほうにバチが当たったって話がある。
日本の神さまはへそ曲がりが多いから、さわらぬ神に祟りなしっていうのはこのへんから来たのかも。
頂上のありさまは、何となく神さまたちの寄り合いの後のようであった。

わたしもだいぶトシをとった。
稲村岩は現在のわたしにふさわしいレベルの山かもしれない。
あの神さまたちはどうしているだろう。

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