西表島/イダの浜
かまどま荘のこの日の客はわたしだけだった。
荷物を部屋にかつぎこんだあと、まずイダの浜へ行ってみることにした。
「イダの浜」 はジュラ紀、白亜紀のままの風景を維持した美しい浜である。
遠景の中に無人灯台がぽつんと見える以外、レストランもなければ脱衣所もなく、人工の建造物はなんにもない。
ないないずくしが、摩擦ですりへった文明人にすこぶる快適感を与えてくれるところである。
かまどま荘からイダの浜までは、裏山をひとつ越えて徒歩15分ぐらいだ。
午後の3時すぎで、イダの浜には誰もいなかった。
砂の上に根をはるグンバイヒルガオももう花を閉じていた。
わたしはサンゴのかけらをぎゅっぎゅっと踏みつけつつ海岸を徘徊した。
逆境にたえる孤独な文学青年か、人生をなげくひとりぼっちの詩人みたいである。
ヒロイズムに陶酔しちゃっているわたしはさておいて、よく注意するとここにもヤドカリは多い。
前述したように、ヤドカリの大物の中にはサザエの殻を借用するのもいる。
では小さいほうはというと、ずっとむかし星の砂 (後述) を顕微鏡でのぞいていたら、ほんの3、4ミリの巻貝の殻に棲んでいるヤドカリを発見しておどろいたことがある。
それはヤドカリの子供だろうといわれるかもしれないけど、ヤドカリの子供は親とぜんぜんちがうかたちをしているから、巻貝のなかに棲んでいるというだけで、すでに成体であるはずだ。
たぶんわたしが見たものは新種のヤドカリで、広い海にはまだ世間に知られていない生きものがたくさんいるということではないか。
波打ぎわを歩いていると、視野のなかをささっと駆け抜けていくものがいる。
よっぽど注意しないと見つからないけど、灰色で、周囲の砂の色にまぎれてしまうユウレイガニというやつだった。
けっこうたくさんいるようだけど、なにしろ足が速いので、写真を撮るひまもあらばこそ、あっというまに海のなかへ逃げ込んでしまう。
こういう手合いを撮影するには、遠方から望遠レンズで狙えばいいんだけど、わたしのカメラはあくまでコンパクト・デジカメである。
浜のあちこちに親指ほどの穴があいていた。
カニの巣穴のようだけど、穴のぬしは夜行性なのか、昼間はあまり姿を見せない。
それでものぞきこむと、息をこらしている家主の足が見えたりする。
ところがある穴のまえで、1匹だけもたもたして穴にもぐりこみそこねたやつを発見。
動転したのか、固まっちゃって、目が点になっちゃって、写真を撮ろうとしても逃げないから、しめしめと、撮った写真がこれだ。
こんな調子で、しばし泣きぬれてカニとたわむるのわたしだけど、そのうち妙なものを発見した。
誰もいない浜に文字のはげかかった看板があって、ここからすこし森に分け入ったところに、シュノーケルの3点セットやライフジャケットがたくさん干してあったのだ。
人の気配はないし、なんだ、コレ?
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