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2014年8月28日 (木)

また朝刊

朝早く、朝刊を読み始めて、また頭に血がのぼった。
今日のウチの新聞は読みどころが満載だ。
作家の高橋源一郎サンまでかつぎ出して、慰安婦問題のその後を自分たち本位に塗り替えようと必死だ。
作家だって食わなきゃならないのだから、源一郎サンが新聞社の意向にそった文章を書いて、お足を稼いでも仕方ないことだけど、さすがは作家だけあって、そんなのありかよっていいたくなるくらいの名文だ。
困ってしまうよな。

彼は秦郁彦さんの本を名指しで、これを読むたびに徒労感におそわれると書いている。
わたしは秦さんの本を読んで、公平客観的とはこういうことかと感心したことがあるので、なんで徒労感におそわれるのか、そのへんについて考えてみた。

源一郎サンは、慰安婦について書かれた 「蝗(いなご)」 だとか、あまり聞いたことのない他の作家の本を取り上げて、だれがなんといっても慰安婦の悲劇はあったのだという。
そりゃひとりで何人もの男を相手にするのは大変だっただろうけど、そもそもまだ赤線なんてものがあった時代の問題だ。
現在は労働組合や労働基準法などがあって、労働者の権利はわりあい保護されているけど、戦前の労働というのは現在とはくらべものにならないほど厳しかったのだ (「蟹工船」 を読め)。

この時代、きびしい肉体労働に従事していたのは慰安婦だけじゃなかった。
慰安婦と行動をともにしていた兵士たちだって楽じゃなかった。
えんえんと続く行軍や (「麦と兵隊」 を読め)、いじめや制裁のまん延した兵営 (「真空地帯」 や 「人間の条件」 を読め) など、兵隊の過酷な生活を描いた小説も数は多いのだ。
責めるならあの時代全体を責めるべきで、慰安婦の悲劇だけにしがみつくのはどこかおかしい。

おかしいといえばべつのところでも慰安婦を取り上げていて、当の本人たちがいってるのだからまちがいがないと、彼女らの言い分を全面的に信用しているけど、それもおかしくないか。
戦後40年以上もたってからの発言なら、政治や本人たちのいろんなおもわくがからんでくるはずなのに、これでは当事者たちの一方の言い分だけを信用していることになる。

慰安婦の問題は国家間だけではなく、右翼左翼もまきこんだ大論争だ。
なんとか真実をあきらかにしようと、秦さんのような学者が可能なかぎり客観的に調査した結果を、自分たちの主張にそぐわないからと無視するのが、はたして大新聞のやることだろうか。
それを読んで、いったいなんだなんだ、徒労感におそわれるってのは。

いいかげん頭にきて、なんかほがらかになる記事はないかと、朝刊の誌面を探してみた。
あるところに1面全部を使った 「幸福の科学」 の広告があった。
なんだなんだこれはと、もう (頭を通りこして) トサカに来ちゃう!

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