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2014年8月 9日 (土)

挽歌をひとつ

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知り合いからメール。
山登りのサークルで知り合った女性だけど、心臓の弁に疾患があるらしく、息苦しさがありますという。
まちがいなく加齢ですね、ということは、つまりトシをとったせいねと。

若いころはたいそうな美人で、性格が明るくて、サークルの仲間の人気者だった人である。
旦那さんは日本でもよく知られた大企業の重役だった人で、家庭的にも何不自由のない人生をまっとうしてきた人だ。

わたしは遅れてサークルに参加したので、あまりむかしのことは知らないんだけど、彼女に見せてもらった古いアルバムには、彼女が踏破してきたあちこちの山の写真、北アルプスや八ヶ岳などの、まだ素朴だった山小屋に集まった仲間たちの写真がたくさんあった。
どうやらサークルは美人の彼女を中心にまわっていたようだ。

わたしが知り合ってから、なんだかんだで20年以上になるけど、そのあいだにサークルの仲間がつぎつぎとあの世へいった。
彼女よりも年上で、わたしが知り合ったときもうおばあさんだった人もいるし、若いころからずっと彼女に魅かれていたんだろうなあと思える男性もいた。
ネアカな彼女は最後まで彼らのよき友人だった。

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そんな彼女だけど、旦那さんも10年ほどまえに亡くなったし、子供たちもとっくに結婚して家を出た。
人生を謳歌してきた彼女にも確実にたそがれが迫っているようだ。
メールの最後に 「彼女ができたら紹介してね」 とある。
この短い言葉に、彼女の複雑な心境と、その人生を俯瞰するような万感の思いがこめられているような気がする。

添付した画像はみんな彼女がらみで、最初はみんなで八ヶ岳への途上、最後はわたしとのツーショット。

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