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2014年9月12日 (金)

こころ

漱石の作品の中で 「こころ」 がとくべつに好きってわけじゃないから、いま渦中にある朝日新聞が、それをもういちどオリジナルに忠実に連載していることについて、わたしは遠くからときどき拝見するていどだった。
でも、今日だけは注目。
今日 (9月12日) はこの小説のクライマックスである。
この小説の中で、先生に恋人を奪われたその友人Kが、自殺するという小説の最大の山場が今日だったのだ。

友人の恋人を奪ったからといって、先生という人物はけっしてプレイボーイというわけじゃない。
たまたまなりゆきで相手を愛してしまっただけで、けっきょくこの友人への裏切りが彼にとって終生のトラウマになるのである。

恋人を奪われた友人Kも、明治・大正の古い日本人だ。
友人の背信行為に対して、じっと感情を押し殺し、自分は意思が弱くて先行き見込みがないから自殺しますと遺書に書く。
いままで世話になった。
世話ついでに死後の後片付けもお願いしたい。
下宿の奥さんに迷惑をかけて申し訳ないと謝っておいてくれと。
物語をはじめから読めば、これが主人公に対する精いっぱいのあてつけということがわかるだろう。

そして、もっと早く死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きていたのだろうという、悲痛な言葉で遺書はしめくくられる。
この言葉は重い。
わたしにはやたら重い。
わたしも失恋の数の多さでは他人にひけをとらないし、そういうことをかんたんに忘れられる性格じゃないもんで。

それでもわたしはこのトシまでなんとか生きながらえてきた。
死にそこなったおかげで、ようやくそういう感情に左右されない、べつの人生の愉しみを得られるようになった。
いまどきの若い人の中にも、なぜ生きているのかと悩む人たちがきっといるだろう。
早まっちゃいけない。
悩める人は幸せであると、あのイエスさまもいってる (ような気がする)。

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