西表Ⅱ/カニと潮時
大原で2500円の民宿に泊まっていたときのこと。
食事はカップラーメンで済ませるつもりだったけど、夜になってすぐに寝るのはもったいない。
だからといって、夜遊びに行く場所もない小さな集落である。
さいわい宿から道路をはさんで目の前に飲み屋があった。
なんだかよくわからない店である。
沖縄らしいコンクリート建ての建物の一階部分にガラスのはまった大きな窓があり、いちおうオリオンビールののぼりが立っている。
ガラス窓は内部から古いカーテンで目かくしされ、店内のようすはうかがえない。
壁に郷土料理という文字が書かれていて、かたわらに手描きの看板らしいものもあるけど、いずれも最近手をかけた形跡がないから、10年ぐらい前に廃業したレストランみたいである。
たぶん地元のおばさんがひとりで手料理でも作ってやってんだろうなと考え、たいして期待もせずに入ってみた。
壁に洋酒のボトルがずらりと並んでいたにはビックリした。
店内は予想していたよりずっと広く、外観と内部がこれほど異なる店もめずらしい。
カウンターの内側で働いているのは、ニット帽をかぶった今ふうの若者ふたりで、これも意表をつかれた。
彼らと会話をした。
会話といっても浮世ばなれしたわたしのことだから、新聞の三面記事にふさわしいものはなにもなくて、この島でなにかめずらしい自然現象を見たことがないかいというわたしの質問に対する若者の返事。
一年のある特定の時期に、たくさんのカニが現れるのを見たことがありますという。
カニが産卵期に集団で移動することはよく知られている。
写真はネットで見つけたもので、クリスマス島でのアカガニの大移動。
ここまでいくと驚異の自然現象ってことになるけど、自然の豊富な西表で似たようなことがあってもおかしくない。
若者はとくに自然に関心があるわけではなく、時期について明言しなかったけど、それを見ようと思ったらいつ西表に行けばいいだろう。
これだから浮世ばなれしているといわれてしまうんだけど、いろいろ調べてみた。
カニの大群というと、たいていの観光客が感動するのが、このブログでも紹介した干潟のミナミコメツキガニらしく、ネット上にその情報はたくさん見つかる。
しかしわたしが見たいものとはそれとは違うようだ。
カニが集団で移動する原因は、おそらく陸生のカニの産卵のためだろうから、時期は春だろう。
海の生きものの多くは春に産卵するものなのだ。
しかも春の満月の晩、つまり大潮の夜らしい。
ということは潮見表を参考にすればいいわけだ。
来年は春にまた来てみようと考える。
たったひとりの客のわたしが、流行らない飲み屋だと思って心配していたら、そのうち野球のユニフォームを着た地元の若者らがどさどさ入ってきた。
考えてみれば西表島の小さな集落で、日曜野球の終了後に、参加者たちが気焔を上げるにはこんなにふさわしい店はないかもしれない。
こんなところで自然現象の質問なんかしているわたしのほうがよっぽど異端者だ。
そのあたりを潮時 (シオドキ) に、いや、これは潮見表と関係ないけど、おじさんは退散することにした。
| 固定リンク | 0
コメント