西表Ⅱ/ひとり旅の若者
翌日は帰京という日の夜、石垣島の行きつけの店で知り合いとイッパイやった。
沖縄の県知事選に立候補していた喜納 (きな) 昌吉さんに出会ったのはこの夜のことである。
たまたまカウンターのわたしたちのとなりに、ひとり旅の若者がすわっていた。
彼のほうから地元の人ですかと話しかけてきたので (なにしろわたしはTシャツに短パン、ゴムぞうりというスタイルだったので)、いいえと返事をして、すこし先輩風を吹かすことにした。
この若者は八重山が初めてだという。
この日に石垣島に着いて、2日後には帰るのだそうだ。
どんなところへ行ったらいいでしょうかと訊く。
そんなことをいわれたって、彼がわたしと同じ趣味を持っているかどうかわからないから、いきなりわたしの好きな場所を推薦するわけにもいかない。
たった3日間の滞在で行けるところもかぎられている。
西表島まで渡るのはムリだろうから、けきょく月並みな石垣の観光地や竹富島を教えてやって、さらに30年まえの西表島がいかに美しかったかを強調しておいた。
いいところだよ、カニがたくさんいてね。
へえ、そうですかと、彼がカニが好きかどうかしらないけど、いくらかその目が輝いたように思えた。
わたしがキミみたいに、ひとりで初めて八重山にやって来たのは、そうさな、昭和58年の夏の終わりだから、西暦でいうと1983年で、いまから31年もまえのことだ。
そのころ司馬遼太郎が週刊朝日に連載していた紀行記に、竹富島の記述があって、それにひかれて来たんだけどね、うん、宿屋に同宿した女の子たちと仲良くなって、その子の写真ばかり撮ってひんしゅくをくらったもんさと。
ここに載せた3枚の写真は、上は以前にもこのブログに掲載したことがある、西表島の鳩離島ってところで撮影した同宿の女の子2人。
下の2枚はそのときのダイビングボートの上にて。
そんな話をしつつ泡盛を呑む。
ついでに若者にも1杯勧める。
マグロの刺身を一切れ食べる。
マグロは石垣周辺の海で獲れたそうで、値段はひじょうに安い。
帰京してからこの写真をながめてしみじみと思う。
ボート上の写真に盛大な夏の雲が写っているけれど、それが流れて2度と帰らないように、わたしの青春も2度と帰ってこないものなのだ。
それどころか、ぼちぼち終活を考えるトシになっちゃった。
あのときの雲よ、いまいずこ。
感傷をさておいて現実に引き返すと、ひとり旅の若者はこの晩の宿が決まっておらず、安ければそれにこしたことはないというから、わたしが案内して 「すどまり館」 に連れて行ってやった。
なんの、山小屋よりはマシだよと注釈つき。
この若者とはすどまり館の階段の下で別れたけど、わたしは自分の宿へ帰る道すがら、30年まえのわたしも彼と同じだったよなと考える。
個人の命には終わりがあるけど、人間の人生は他人にバトンタッチされて、ずっと続いていくもののようだから、また30年後に、こんどは彼が新参の若者に西表の素晴らしさを語ることになるんじゃないだろうか。
そのとき西表島はどんなふうになっているだろう。
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