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2015年1月

2015年1月31日 (土)

想像

「イスラム国」が沈黙を保っている。
これまでの彼らのやり方からすると、ちょっと奇妙である。
そこでこれについて大胆な想像をしてみる (妄想でもいっこうかまわないけど)。
たぶん多くのジャーナリストが同じことを考えていて、ただ発表できないだけだろう。

ヨルダンが交換条件としている空軍パイロットのモアズ・カサスベ中尉は生きているのか死んでいるのか。
これまで 「イスラム国」 は、ほとんどの場合、拘束した人間を動く映像で公開してきた。
しかも彼らの中にはビデオ映画の制作が趣味だとか、その映像を加工したり、YouTube で公開したりが大好きな、わたしみたいにネット中毒のスタッフもいるらしい。
だからパイロットが生きているなら、映像を公開するほうが自然のような気がする。
ところが今回は、パイロットの最新の消息は、後藤さんがメッセージを発するときにかかえていた写真だけだ。
これはいったいどういうことだろう。

わたしは 「イスラム国」 が、地面にひざまづかせた10人ほどの捕虜を、後ろから射殺する映像を見たことがある。
このときの捕虜は欧米人ではなく、イラクやシリアの政府軍兵士のようで、交換要員のための人質にしようとか、身代金を取ろうとかいう様子はまったくなく、それこそ問答無用の皆殺しという感じだった。
おなじイスラム教徒のくせして、なんでアメリカの味方をするんだという近親憎悪のようなものまで感じてしまったくらい。

捕虜になったヨルダンのパイロットも、こうした憎しみの対象にされていても不思議じゃない。
つまり、とっくに殺されていても不思議じゃない。

パイロットが殺されていれば、拘束されている後藤健二さんにとっても、はなはだ具合のわるいことになる。
ヨルダン政府はパイロットの釈放が条件だといってるし、その肝心のパイロットがすでに存在しないのでは、「イスラム国」 のほうも応えようがない。
彼らが後藤さんと引き換えに釈放を要求しているリシャウィ死刑囚についても、ヨルダン政府は、パイロットを殺せば彼女もただちに死刑にするといってるみたいだけど、だいたいこの女については、行き当たりバッタリで要求を出したみたいで、「イスラム国」 にとってなにがなんでも奪還したい重要人物とも思えない。
せっかく助命してやろうとハードルを下げたのに、どうにもならない条件を持ち出しやがってと、相手がこの交渉そのものをオシャカにしてもおかしくないのである。

ただ、沈黙を守り続けている理由がよくわからない。
パイロットがまだ生きていて、その映像を加工するのに手間取っているだけならいいが。

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2015年1月30日 (金)

ロシアⅢ/為替相場

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海外旅行をする場合、利にさとい人は、為替相場も研究するそうである。
いまは円安だから旅行はすべきではないとか、円高だから出かけようとか。
利にさとくないわたしには、そのへんの事情がよくわからない。
でも新聞なんかを読むと、いまは円安なので日本では外国人観光客が増えているそうである。
つまり円安の場合は、外国から日本に来るのがプラスで、日本から外国に出かけるのはマイナスってふうに単純に考えていいのでないか。
マイナスのときに海外旅行をするのは馬鹿という説もあるかもしれないけど、ロシアのほうでもウクライナ問題で制裁をくらって、ルーブルが下落しているそうだ。
それも日本の円よりも大幅に下落しているらしい。
こういう場合はどうなっちゃうのか。
円安とルーブル安が同時進行で、しかもあっちのほうが下落の幅が大きいとしたら、やっぱりプラスじゃないだろうか。

わたしの手元に以前の旅であまったドルが残っている。
あの世まで持っていっても仕方ないから、これを使い切ってしまおうと思うけど、まだ円安になるまえに交換したドルを、現在ルーブルに替えるのは得なのか損なのか。
わたしの人生に得になることはあまりなかったから、これも損みたいな気がするんだけど、いちおう紙に書いて計算してみた。
すると、最近気になる認知症の影響なのか、途中でなにがなんだかわからなくなった。
日ごろ銀行家や証券マン、ファイナンシャルプランナーなんて人と懇意にしてないから、相談する相手もいない。
さあ、どうする。

しかしこういうやっかいな問題も、ひとつの事実がすべてを押し流してしまう。
年令的に、わたしにはあとがないのである。
いつ来るかわからない円高を待っていられるほど時間がないのだ。
吉と出るか凶と出るか、得になるか損になるか、わかってもわからなくても、ここはもう出かけるっきゃないのである。

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2015年1月29日 (木)

ロシアⅢ/ロシア行き

Volga

ふだんあまり会うことのない知り合いに出会ったら、ビッコをひいていた。
どうしたのと訊くと、なんとかいう (病名は忘れた) 関節の病気でとぼやく。
それでいまはコンドロイチンを飲んでいるんだそうだ。
そんなものが効いたなんてことは、薬屋の宣伝以外であまり聞いたことがないけど、問題は彼のトシがわたしとあまり変わらないことだ。

べつに病気にならないための努力もしてないから、わたしだってそろそろ、いつそういう病気になってもおかしくない。
歩けなくなったらいったいなにを励みに生きていけばいいのか。
と、現代の西行もしくは芭蕉を自認するわたしは考えてしまう。

ブログでも書けばいいだろって人もいるかもしれないけど、西行も芭蕉も、旅があってこそ、後世に残る偉大な著述を成し遂げることができたのだ。
おまえのブログがなんで偉大な著述なんだという人もいるかもしれないけど、そのへんはどうでもよくって、つまり、あまりあけすけにいうのもナンだけど、わたしの人生は最初からずっと現実逃避に貫かれており、旅がなかったらわたしはゆいいつの逃避先を失うことになってしまうのだ。

足が丈夫なうちに行きたいところへ行っておかなければというわけで、わたしはまたロシアに行くつもりである。
常識的な人なら、寝たきりになった場合にそなえて貯蓄にはげむところ、浪費にはげむところがわたしの場合はちと異常なんだけどね。

地球は広いのに、なんでまたロシアなのっていう人がいるかもしれない。
わたしは過去にもロシアに行っているけど、はじめての国ではつい興奮して、帰国したあと、はて夢かまぼろしかって具合で、記憶があいまいになってしまうことが多い。
その国の実態をしっかりと脳裏にきざむためには、再訪して、今度こそ冷静にその国をながめることがぜひとも必要なのである。

そういうわけで、去年はモスクワを再訪した。
今年はサンクトペテルブルクを再訪しようというのである。
もうすでに旅行会社に予約はすんだ。
順調にいけば、出発は2月の12日だ。
出発前にもいろいろ問題はあるんだけど、それについては次回。

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2015年1月27日 (火)

許されざる者

テレビをつけたら 「許されざる者」 という映画をやっていた。
どうせクリント・イーストウッドの映画だろうと、録画機をセットしておかなかったんだけど、オードリー・ヘップバーンが出ていたから、これはジョン・ヒューストンの映画であることがわかった。
わたしはヒューストン監督のファンであるから、そうとわかっていればちゃんと録画したものを。

古い映画だからストーリーも知っていたけど、オードリーにとって (たぶん) ゆいいつの西部劇、往年の (サイレント時代の) 名女優リリアン・ギッシュも出ている映画である。

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2015年1月26日 (月)

またピンノ

Zzz

ギリシアで反緊縮派が勝利だそうだ。
メルケルさんの努力も水の泡だ。
反緊縮派の「急進左翼進歩連合」なんて、名前からしてコワそう。
これからは緊縮は認めない、増税も認めない、公務員の削減、年金カットもぜーんぶ認めないって、それで経済がなりたつ国があるなら、アベ君にもぜひ見習わせたいけど。

「イスラム国」もそうだけど、最近はこんなふうに、先のこと、世界のことよりも、自分の都合しか考えず、とりあえず目先の不満をぶっつぶしとけばいいやって人が多いねえ。
知りませんよ。
破滅的状況はみんなわたしが死んだあとに来そうだし。

考えてみたら、今日は一滴も酒を飲んでないや。
これから出稼ぎに出るんで、いまから飲むわけにもいかないし。
つまらん人生だこと。

添付した写真は、友人が送ってきたもので、新年会の宴席で発見した 「ピンノ」 ってカニ。
まえにも紹介したことがあるけど、鍋の中、いや、貝の殻の中に棲息するめずらしいカニだ。

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2015年1月25日 (日)

自在館

いろいろ大事件があって、雪国ドライブの報告が遅れてしまった。
いさんで四輪駆動車をかつぎだしたわたしたちのその後はどうなったのか。

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わたしが泊まった 「自在館」 という宿は、日本の秘湯を守る会というグループに属していて、こういう秘境の温泉を愛する人は多いから、ネット上には口コミ情報もたくさん見つかる。
しかし、わたしのブログは口コミのためのサイトではないから、ここでは撮ってきた写真をメインに、いやらしく自慢するだけにしとこう。

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はりきって四輪駆動車で出かけたものの、現地(新潟県魚沼市)は当然のごとく雪だった。
それも当然のごとく大雪だった。
積雪は2メートルから3メートルだ。
鈴木牧之が 「北越雪譜」 に描いた雪国のなげきも、いまこそ思い知られけれだ。

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天気がよかったら、奥只見シルバーラインを走って銀山平まで行ってみようと考えていたんだけど、シルバーラインは通行止めだった。
そんなことは行くまえからわかっていただろうという人がいるかもしれないけど、こちとら大型の四輪駆動車だし、もしかして見張りがいなかったら、勝手に入っていってわからないだろうと、無法行為にのぞみをかけたんだけど、ゲートが閉まっていてとてもムリ。

雪国のこういう現実を体感しただけで目的は達したという屁理屈をこねあげて、だらしないわたしたちは、コタツに丸くなって、ひたすら呑むことに没頭してしまった。
けっ、なんだ、ソレっていうべからず。
このブログに期待して失望した人はアナタだけじゃないのだ。

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下げられたハードル

「イスラム国」に拘束された日本人のことをもやもやと考えている。
すでに処刑されたらしい湯川遥菜さんについては、経歴にちょっとうさんくさい部分があり、本人は英語もあまり得意ではなかったらしいから、自分の立場について相手にうまく説明することもできなかっただろう。
後藤健二さんのほうは英語がわかり、自分の立場をきちんと説明することができ、「イスラム国」の中にも彼の勇気や過去の活動に一定の理解をしめす人間がいて、釈放へのハードルを思い切り下げたのではないか。
なによりアメリカと一線を画し、アラブの国と信頼関係を築いてきた日本人ということで。

釈放の条件は、ヨルダンに囚われになっている捕虜と引き換えだという。
この捕虜というのは自爆テロに失敗した女だというから、そうだとすれば「イスラム国」にとって重要な幹部というわけでもなさそうだし、釈放したってすでにメンは割れているのだから、彼女がふたたび自爆テロをする可能性は低そうである。
「イスラム国」にしても自爆テロの要員を確保するために、わざわざ囚人の釈放を要求するだろうか(その気になれば要員はほかにいくらでもいるんじゃないか)。

つまりこの女を釈放してもヨルダン政府に後難のおそれはないだろうし、このていどならアメリカや英国だってむきになって反対しにくい。
他国の司法に介入するのはまずいことだけど、このさいそんなことはいってられない。
「イスラム国」が後藤さんを助命するつもりでハードルを下げたのなら、約束は守られるだろうから、身代金はべつの名目でヨルダン政府に支払って、女囚を解放すべきであると、現在のわたしは考えるんだけどね。
というようなことは日本政府もとっくに考えているだろう。

昼のニュースを見たら、オバマ君やキャメロン君が、この事件について、日本を支援するとか日本国民と結束してとか、いろいろごちゃごちゃいってるけど、しばらく黙っていてほしいやね。

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2015年1月23日 (金)

時間

日本人2人が「イスラム国」に拘束されて首を切ると脅迫されてから、あっという間に猶予時間が過ぎた。
気のドクだけど、彼らについて常識はずれのことは書けない。
そんなことより時間の経つの早いこと。
わたしのほうも猶予時間はいよいよ急テンポで消滅しているような感じで、のほほんとブログを書いている時間もない。

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2015年1月22日 (木)

雪国ドライブ

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今年の冬は雪が多いというので、大型の四輪駆動車を持っている知り合いに声をかけた。
ひとつ雪国の温泉に行きませんかって。
どうせ行くなら雪が多いほうがいいから、日本でも名うての豪雪地帯である新潟の魚沼市のあたりと。

四駆を持っている知り合いは、すでにリタイヤして無聊をかこつ身だから、二つ返事で了解がとれて、わたしたちは1月の某日に出発することとなった。
じつはこれは、わたしの母親が死んで1週間しか経ってない時期だから、非常識な親不孝かもしれないんだけど、マンガ家やマンガ家くずれにはこういう非常識は多いようである。
つい先日の新聞に出ていたマンガ家の吉田戦車は、奥さんが出産した翌日に、駅弁が食いたいから列車で旅行に行っていいかと聞いて、奥さんに涙目で抗議されたそうである。
こんな亭主や息子を持った女性は、これも運命だとあきらめるしかない。

魚沼市のあたりに栃尾又温泉という温泉集落があり、そこに 「自在館」 という温泉宿がある。
わたしは何年か前にそこへ行ったことがあるのだけど、そのときはネットで雪国や温泉を検索して、たまたま見つけた、どうしても行ってみたくなる古風な宿がそれだったというわけだ。

ただ温泉に行くだけではつまらない。
わたしはむかし軽四駆のジムニーを所有していたことがあって、雪山ドライブの楽しさを知っていた。
ここに載せた写真は、ジムニーで八ヶ岳に行った23年前のもの。

それで、今回も自分たちで車を運転して、思う存分雪の中を走ってくることにしたのである。

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2015年1月20日 (火)

雪国の宿

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雪国の温泉にこもって酒を呑んでる。
母親が亡くなってまだ1週間なのにこのていたらくでは、血も涙もない息子といわれても弁解の余地がない。
でも旅行は半月まえに申し込んでおいたものだ。
このさい旅行はひかえるべきだという人もいるかもしれないけど、ウチの母は旅行にさしさわりがないように、絶妙なタイミングで亡くなったみたいである。
わたしには行け、行けという母の叱咤の声が聞こえる。
人間はなんのために生きるのか。
ただぼんやりと老いを待つだけなのか。
それは母の思いでもあったのではないか。

伊東静雄にこんな詩がある。
         かしこに母は座したまふ
         紺碧の空の下
         春のキラめく雪渓に・・・・(まだ続く)

わたしもそのへんの木立に積もった雪の表面に、母の面影が刻まれてないものかと、あたりを見まわしてみた。
天狗やコアラやシェパードはあったものの、どうも母を感じさせる凹凸はないようだった。
なかなか詩みたいにはいかないものだ。

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2015年1月18日 (日)

不条理

ひさしぶりに葬式に参加して思うこと。
田舎の人の義理堅さに感心する以上に、あきれた。
わたしは合理主義者で、お寺や葬祭場に、高額な、わけのわからない金を要求されるのをいさぎよしとしない。
お花にしてもぼんぼりにしても線香立てにしても、祭壇に飾るものはやたらに高い。
しかも葬式が終わったら使い道のないものばかりだ。
そりゃ、金持ちが派手な冠婚葬祭をするのは本人の勝手だけど、そんなものにつき合わされる貧乏人はたまらない。

よく知らないけど、1親等、2親等などの序列によって祝い金・香典の額が異なるそうで、数万円なんてのもザラだそうだ。
最近増えている臨時雇用のサラリーマンなんて、給料が20万円ぐらいしかないそうだから、冠婚葬祭が月に3つも重なったら、どう考えたって家計が成り立たない。
こっちが払えば、返ってくる場合もあるそうだけど、わたしみたいな独身男は取られるほうが圧倒的に多いのである。

いやいや、ケチでいってるわけじゃない。
わたしの場合は冗談ですむけど、世間にはパート仕事で子供を育てているバツイチの母親もいるし、ホームレスがお年玉を要求されるために、正月も田舎に帰れないって話を聞いたこともある。
格差がますます広がっている現在、ない袖はどうしたって振れない人もますます増えているのだから、もうすこし配慮があってもいいんじゃないかといってるのである。

わたしの郷里というのは、日本でも有数の保守の牙城で、しきたりやたてまえに忠実な人が多いところだ。
時代の変化や改革というものに鈍感な人がやたら多いのである。
田舎の人が年金暮らしの貧乏人に、あなたの場合はこれだけねと、負担金を一方的に押しつけているのをみて、はらわたが煮えくり返る思いだった。

でも、じつはこれは、最近増えている答えの出しにくい問題のひとつなのだ。
わたしみたいな合理主義者ばかりになったら、地域のきずなを結びつけてきたお寺や葬祭場のシステムは崩壊してしまう。
お坊さんの商売だって目に見えにくいかたちで地域に貢献しているはずだから、いちがいにお経が短いの、戒名が法外だのと苦情をいうのもナンである。
田舎の人はこういう点に互助の精神を見出し、自分たちのコミュニティに必要なものを維持するため、無用と思える金を出し合っているのだろう。
それを否定するのは正しいことなのか。
うーんと悩んでしまう。
さて、どうすればいいだろう。

いろいろ考えたあげく、わたしの行き方としては、地域のきずなの結合システムを維持するのは、この格差社会の勝ち組におまかせして、わたしの(あくまで個人的な)信念としては、負け組によりそうというもの。
わたしはこれからも田舎の人に断固いちゃもんをつけ続ける。
他人の痛みを察したうえで、保守の本道をつらぬいてほしいと。
なんか文句がございましょうか。

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2015年1月17日 (土)

あの世

母親の葬儀に参列しているあいだに、見知らぬ人からブログ記事にお悔やみのコメントがついた。
ありがとうございますとお礼をいって、またぞろブログの再開です。

熊谷から妻沼を経由して、国道407号を北上すると、刀水橋で利根川を渡ることになる。
渡った先がわたしの郷里だけど、そんなことよりも、上毛三山のひとつ赤城山は、この橋のあたりから見るのがいちばんきれいだ。
日光連山や上越の山からはなれて、優美に裾をひいた左右対称のその山塊は、家族を見守る厳父のように悠然としてそびえている。
上州名物のカラッ風は赤城山の方角から吹いてくるから、この土地に住んだことのある人たちにとって、冬の寒さとともに忘れられない景色である。

わたしは母親という人を見送って、すこし前に東京にもどってきたところだ。
父親はとっくに逝ってるので、母親の葬式はもっか終活中のわたしにとって、やっと重荷を降ろした感じ。

あだし野の露、鳥辺野の煙という言葉があるように、亡くなった人はこの地上から消えて、二度ともどってこない。
無神論者のわたしはあの世なんてものを信じてないから、先に行った人たちにもういちど会えるとは、とうぜん思ってない。
会えるものなら会ってみたいような気持ちもあるけど、あの世で故人に会えるとしたら、いったいどういう塩梅になるのだろう。

たとえば特攻隊の隊員を父親に持つ女性が、85歳で亡くなったとする。
彼女は父親と死別した瞬間から、ずっと父に会うことを夢見ていたから、これでようやく念願がかなうわけだけど、父親が亡くなったのが20代とすれば、彼女は自分よりずっと若い青年と再会するわけだ。
85歳の娘と25歳の父親の感激の対面。
彼らはそれでも満足かもしれないけど、ちょっとねえ。

わたしの母は、最後はほとんど寝たきりで、最後の瞬間はもう話しかけてもわからない状態だった。
こんな状態であの世で再会しても仕方がない。
会うならもっと若いころの母親に会いたいけど、そんな身勝手が許されるのだろうか。
どうせ会うなら、わたしも若返って、そうねえ、まだ世間のなんたるかも知らない小学生のころまでさかのぼって、もちろん母も30代の若い母親にもどって、それで会わせてもらうわけにはいかないものか。
ついでにそのころ母の夫だった人、近所に住んでいたなつかしい人たち、小学生のわたしといっしょに写真に収まっていた家のドラなどと、みんなまとめて再会させてもらえないものだろうか。

つまり、わたしが念願するのは、親の庇護のもとでぬくぬくと育っていた、自分のいちばん幸せだったころにもどりたいということで、社会に出て人生に悩み、母親に心配ばかりかけていた時代にもどるなら、再会なんぞしないほうがよっぽどいい。
ムシがよすぎるぜといわれてしまいそう。
やっぱりあの世なんてありそうにないな。

冷たい風の吹きすさぶ中で、畑の向こうの赤城山を見つめながら、わたしはとりとめのないことを考え続ける。

わたしの母は終生、自分を捨てた祖母という人を憎んでいた。
それが思慕の裏返しだったかどうか知らないけど、亡くなったってことで、彼女もようやく怨讐の彼方、苦しみから解放されたことになるんじゃないか。
なかなか文学的な発想であるなと思わず自己陶酔しちゃいそうだけど、これってわたしの勝手な妄想かもしれない。

あの世なんてものを肯定的に考えず、人間の存在そのものにも疑問符をつけるくらいだから、わたしは母親に二度と会えると思ってないし、それを悲しいとも思わない。
どうせそのうち自分の番がくる。
死んでしまえば喜びや悲しみの感情もいっさい無に帰して、肉体は風に吹き払われた砂のようにきれいさっぱり。
考えただけでも気持ちイイことだ。
赤城山だけはそのときも、わたしの子供のころのまんまにそびえているかもしれないけどねえ。

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2015年1月12日 (月)

訃報

戦後生まれのわたしには、とりたてて人生に起伏があったわけじゃないけど、戦前戦後を生きた人なら、たいていはなにかしら波乱万丈の体験を抱えているものだ。
わたしの母親が今夜亡くなったけど、彼女の生きた時代はどんなものだっただろう。

まだ母親が元気だったころ、わたしはその身の上話をたくさん聞いていた。
なんでも母は幼いころに、両親と生き別れになったそうで、それが終生のトラウマみたいなものになっていた。
もっともこれは母の持って生まれた性格や、ほかの要因もあったようだ。
親と別れたのがトラウマなら、最近のように離婚が大流行りの時代には、トラウマばかりの子供であふれてしまう。

うちの母はひがみっぽい人だったから、いつまでもそのことについてブツブツいっていたけど、わたしの祖母が母を捨てたについては、それこそさまざまな人の、さまざまな事情がからんでいるようなので、いまさらそんなことをどうこう言っても仕方がない。

祖父は医者だったそうである。
ただ、どこでどう人生を踏み違えたのか、二度の結婚に失敗し、郷里にいられなくなり、函館で雇われ医師をしたあげく、最後は首すじにできた腫物のために鎮痛剤におぼれ、うちの母のぜんぜん知らない女性に抱かれて亡くなったという。
母は一度だけ曽祖父に連れられて、北海道まで父親に会いに行ったそうだけど、ヒゲを生やした怖そうな人だったので、机の下に隠れて泣いたと話していた。

わたしの手元に祖父の若かりしころの日記の一部が残っている。
それを読んだかぎりでは、ありふれた医学生の、朗々とした青春がうたわれており、この人の未来が破綻すると思える記述はどこにもない。
祖父の墓がどこにあるのかを含めて、わたしは祖父の人生の後半をほとんど知らないのである。

母に関わる人々の大部分が過去のものになった。
あの灰色の時代、焼け跡に東京行進曲の流れる時代、そういうものはすべて過去のものになった。
個人の生きざまなんぞは一顧だにせず、時間はとうとうと流れていく。
わたしの人生も、ゾウリムシかなんかのそれのように、誰にも知られないまま、やがて流れの中に埋没していくことになるんだろうねえ。

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テロリストたち

先日のフランスのテロ。
今朝の新聞なんか読むと、米国の9・11テロに匹敵する事件であったようだ。
これだけの人がケシカランと声をそろえていることに、いくらへそ曲がりの当方だって異論を唱えられるわけがない。
なにか書くとしても世間と同じようなことしか書けっこない。

で、趣向を変えて、ミステリーについて書いてみる。
つまり勝手な空想である。

このテロリストたちって、いったい何者だろう。
世間に流布されていることからすると、信じがたいほど残酷なことを平気でやる集団のようだけど、これを世の中に不満をいだくならず者集団と断定していいものだろうか。
「イスラム国」にせよアルカイダにせよ、構成員の数が、すくなくても万を超える集団が、まがりなりにもまとりまりを持っているというのはどうしてだろう。
リーダーの顔もよく見えないし、集団合議制でやっているようにもみえるし、ウィキペディアによると、一般市民から税金を集めたり、防衛省・保健省・電力省などの省庁を置き、治安組織(警察組織)も持っていて、支配地域の住民のために独自のパスポートを発行し、傭兵募集のためにはインターネットもおおいに活用しているという。
麻薬や油田の収入を資金源として構成員を養っているというけど、これがそのへんの無知なならず者集団なら、とっくに利権をめぐって仲間割れでも起こしていそうなものだ。

だからと、ここからがミステリーになるんだけど。
じつはこれは、どこかのなにがしの謀略ってことはないだろうか。
世界が混乱すると儲かるって人間も、広い世界にはいるかもしれない。
なんか根拠があるのかって聞かれたら、ぜんぜんないんだけど、強いてその理由をでっち上げるとしたら、こんなところだ。

つい昨日もナイジェリアで、10歳の少女が自爆というニュースがあった。
テロリストにそそのかされたか、だまされて利用されたか、いずれにしても残虐な連中だと思わざるを得ない。
でもこれって、世間の怒りに油をそそぐ、ずいぶん絶妙なタイミングではないか。
テロリストの悪名を高めようと思う人間がいたら、やはりなにも知らない少女の体に爆弾を結びつけ、全部テロリストにおっかぶせるくらいのことはするだろうと考えると、いよいよミステリーらしくなる。

わたしたちのところには、「イスラム国」やアルカイダ、ボコ・ハラムらの残酷さを証明するニュースがひっきりなしに飛び込んでくる。
それはつねにこちら側からの報道である。
これが誰かの謀略であるとしたら・・・・
ホント、疑り深いやつだなといわれてしまいそうだけど、それはわたしのこころのどこかに、前述したような万を超えてなお統制のとれている集団の中に、少女を利用するなんて、それはいくらなんでもひどすぎるぜと発言する人間がひとりもいなかったのだろうかと、疑問に思う気持ちがほんの少しだけあるからである。
テロリストは、屈折した、人間のこころを持たない、スケールの大きな愉快犯であるといえば、それは世間とまったく同じ見方になってしまい、これじゃあミステリーにはならない。
ここはやっぱり米国の武器商人あたりに登場してもらわないと。

こうやってミステリー仕立てで考えると、もうなにがなんだかわからない。
日本にいて、机の前に座っているだけじゃ、この対テロリスト戦のことはさっぱりわからないのである。
はっきりわかるのは、この戦いの結末を、わたしはおそらく見ることができないということだ。
わたしの世代は平和な時代を食い逃げするみたいで、もうしわけないと思ってはいるんだけどね。

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2015年1月11日 (日)

新手の方法

民主党の代表選があるそうだけど、候補者同士でけなし合っているようじゃロクな目は出ないね。
そんな民主党のためにひとつ提案するけど、えらそうなマニフェストを並べるのではなく、どうせ政権をとればやることは自民と大差がないのだから、つぎの選挙からはそのへんを工夫して訴えることだ。

わたしたちが政権を取ってもなにも変わりません。
すべて自民党のやり方を踏襲します。
アベノミクスも続けます。
原発も靖国参拝も、ととと、これは状況次第ってことで。

そのうえで、さらにこういうのだ。
政権というものは定期的に交代すべきです。
それが企業や役人との癒着を断ち切って、馴れ合いや金権体質と無縁な政治を続けるコツです。
ですから今回は民主党の番ということにして下さい。

こうやって訴えるんだね。
国民もあまり急激な変化は望んでないみたいだし、そのくせ企業や役人が優遇されるのに不満をかかえている人が多いから、意外と効果があるかも。
どっちを選んでも変わらないなら、今度は民主にするかって人もいるかもしれないし、自民しか選びようがなくて困ることもなくなるヨ。
こんなことをいわれりゃ自民党もうかうかできないから、現政権にいい意味での緊張感をもたらして、民主党が復権しようがしまいが、国民は幸せになれるかもしれない。
いいアイディアでしょ。

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2015年1月 9日 (金)

ムール貝

このご時勢にノーテンキな話で申しわけないけど、ムール貝というものが好きである。
トルコのイスタンブールへ行ったとき、街かどのファーストフードみたいな店で、お手軽なムール貝を食べて、それからずっとのファンである。
日本に帰ってきてから、これは行きつけってわけじゃないけど、たまに行くイタリア料理の店で、ムール貝を置いてないかと聞いてみる。
あいにく今日は品切れですと、メニューにはあるくせに、そういう返事をされることが多い。
日本じゃカキの養殖はしていてもムール貝はやってないらしい。
仕方がないから、そういうときはアサリのバター炒めかなんかでごまかすのである。

いささか欲求不満を感じていたところ、昨夜たまたまスーバーで、出来合いのムール貝を見つけてしまった。
いわゆる冷凍食品で、パッケージにはボイルしたムール貝で、ガーリックバター味って書いてある。

買って帰って、さっそく食べてみた。
いろいろ試してみて、あんまり時間の調整なんかしたことのないウチの電子レンジだと、あたため解凍は1分ぐらいでいいみたいだ。
これはいける。
もちろん本格的なレストランにはおよびもつかないだろうけど、家でわたしみたいな独身男が酒のつまみにするには好適。
しかも値段が安い。
原材料はチリ産とあった。
トルコでも思ったけど、ムール貝っていうのは、あちらでは養殖されていて、日本のカキとあまり変わらない、ありふれた食品の境遇にあまんじているらしい。

どこのメーカーの商品だと訊く人がいるかもしれないけど、このブログは 「食べログ」 じゃないからね。
書きません。
むははと書いて今日のブログは終わり。

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2015年1月 8日 (木)

クラい未来の2

おおおお、わたしが新年に予想したことが早くも現実になってきたみたい。
今日の新聞の一面トップは、フランスで新聞社襲撃のニュース。
首都の中心で白昼どうどうと銃を乱射したのは、イスラム過激派らしいから、世界の大半は「イスラム国」みたいなものにかきまわされているだろうの予想通りになってきた。

襲撃の瞬間の映像を見たけど、犯行に使われた車はシトロエンで、犯人は警官のとどめをさし、車に乗り込むさいにドアの下に落ちた品物を拾うほどの冷静ぶり。
こんな軍隊同士の戦争のようなテロが頻発するんじゃないかというのが、わたしの予想だったんだけど。

はたして自爆覚悟の狂信者集団に、民主的で法治の国は太刀打ちできるんだろうか。
日本はいまのところ標的になってないのを幸い、ひたすら自分の殻に閉じこもるがせいぜいで、やっぱり外国人には来ないでほしいという考えがますます盛んになるんじゃなかろうか。
これじゃグローバル化に逆行です。

それにしてもフランスって国は犯罪者が逃げやすい国だな。
テロリストのカルロスが、逮捕に来た警官2人を射殺して逃亡したのもフランスだったでしょう。
ゴダールの映画の中でも、ベルモンドは何人かの警官を射殺して、恋人とふてぶてしい逃避行。
標的にされるお巡りさんもタイヘンだ。

フランスばかりじゃありませんよ。
予想が実現しそうなのは米国もいっしょ。
今日の新聞には、アメリカは人種のるつぼという記事もある。
ナショナル・ジオグラフィックも取り上げていたけど、雑種の実験台みたいなアメリカでは、そもそも人種の定義があいまいになってきているそうである。
両親や先祖をたぐれば、自分がどこのナニ人なのかさっぱりわからない人がどんどん増えているのだ。
ヤンキースの選手が引き合いに出されていたけど、彼はハワイ出身で、ハワイ、中国、日本、ポルトガルの血が流れてるといっている。

これまでなら人種が異なっても、イザというときはアメリカ人であるというアイデンティティーが国のまとまりに役立ったけど、これからもそう行くだろうか。
格差がますます増大して、社会に不公平感が充満し、些細なことでも不満を持つ人がじゃんじゃん増えてるのだ。
彼らは極東のどこかの国といっしょで、なんでもかんでも政府がわるいといいたがる。
欲求不満は過激派につけこまれやすい。
かくしてアメリカでも、新聞社攻撃、いや、マンハッタンの高層ビルにまた旅客機が突っ込まないという保証はないのである。
こんなアメリカが10年後に復活するなんて、夢物語か寝言にしか聞こえないではないか。
安全神話の日本だって、たとえばリニアに乗るとき、運を天にまかせる時代が来ないって保証はないぞ。

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2015年1月 7日 (水)

知り合いかも

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あいかわらずフェイスブックの「知り合いかも」ってコーナーに、ロシア美人の写真がぞろぞろ。
なんで知り合いにこういう写真が必要なのって訊きたくなってしまうけど、目の保養にいいからほっぽらかしにしてあります。
いえ、けっしてわたしの知り合いではありません。
こんなのと知り合いになってたら、3日ももたずに腎虚だわさ。

上左から右へ、アレーシャさん、ヘレナさん。
下左から右へ、ニカさん、ローザさん。

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2015年1月 6日 (火)

電話

留守電が入っていた。
△△さんという女性からで、電話してくださいという。
女性にも電話番号にもぜんぜんこころあたりがない。
そのくせ○○ちゃーん(わたしの名前)なんて、やけに気安い。
はてね。

こちらからかけるまえにうーんと考えてみた。
声からすると若い娘じゃなさそうだ。
ちゃんづけで呼ぶから親戚のだれかかしら。
案外わたしの幼なじみのだれかが、どこかからわたしの電話番号を聞きつけて、ひさしぶりに会いたくなったのかも。
それならわくわくしないでもないけど。

で、こっちからかけてみた。
介護施設だった。
どうして介護施設から電話がかかってくるのか。

相手の説明では、10年ぐらいまえに結婚相談所から電話がかかってきて、そんなものはいらんとわたしがことわったことがあるんだそうだ。
ことわられた結婚相談所が、その後介護サービスを始めて、ことわったくらいだからわたしは今でも独身だろう。
独身であるならば、そろそろ介護施設に関心があるんじゃないだろうかと、余計なお世話で電話をしてきたらしい。
怒るぞ、まったく。

わたしはそのうちまたひとりで海外旅行に出かけるんだ。
嫁さんも介護も必要としてないのであります。

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変身

2015年からウチの新聞は、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストみたいな硬派の新聞に変身したみたいだ。
もちろんわたしは米国の新聞を英語のまま読んだことはないし、いまから英語の勉強をしようって気もないから、これからも読めるはずがないので、このへんを本気にされても困るんだけど。
とにかく今朝のウチの新聞にはつっこみどころがない。
つっこみどころがないとおもしろくないという人がいるかもしれないけど、わたしは満足しています。

4面でなんとかいう大学の教授さんが、安倍政権についてなんだかんだと。
これまでなら識者が登場すると、よく2人ペアで出てきて、わたしから原稿料をいくらもらってんだろうなんて揶揄されていたどこかの教授さんたちのように、かならずウチの新聞をフォローするに決まっていた。
だからと、はじめから疑ってかかるわたしも人がワルイけど、今日の教授さんの意見はまっとうなもので、いちゃもんをつけたくてもつけようがない。

誌面をよく見ると、多くの記事に、それを書いた記者の署名入り(顔写真がついているものもある)。
これじゃあうかつなことを書くと、記者の社会的生命にも危険が及ぶし、つぎの就職先で解雇しろ、しないなんて騒ぎになる可能性もある。
なんといったって現代は、風評があっというまに拡散するネット社会なのだから。
おかげでぼったくりをしていた飲み屋が、たちまち謝罪したってニュースもあったくらいなのだから。

ウチの新聞の健全化は、記者ひとりひとりに自覚と責任をもたせるところから始まったようで、これはいいことである。
これからの朝日新聞に期待しよう。

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2015年1月 4日 (日)

クラい未来

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昨日の朝刊を読んで書きかけていたこと。
正月3日ぐらいじゃまだ正月ボケが治ってないとみえて、あらかじめ用意していたような記事が多かったけど、オピニオン面にハーバード大学のファガーソンさんという教授のインタビューが載っていた。
言ってることは現在の世界経済に関する潮流について、西洋の衰退について、アジアの隆盛についてで、しろうとのわたしがいちゃもんをつけるようなものではない。

いちゃもんをつけるとしたら些細な部分で、たとえば西洋がかって覇権をにぎれたのは、あちらには 『競争、科学革命、法の支配と代議制、医学、消費社会、労働倫理』 が存在したからだという。
アジアはその点で遅れていたのが停滞の原因だというんだけど、そうだろうか。
ひとつ、ただひとつ、日本を忘れちゃいませんかといいたくなってしまう。

西洋が覇権をにぎり、世界を席巻していたころ、アジアの中で日本にだけは、ほかのアジア諸国とちがった状況があった。
猿まねだといわばいえ、少なくとも西洋の長所を果敢に取り入れようとする開明的なものの考え方、法治の精神、上下のへだたりのない平等な社会、資本主義の先駆けになるような健全な産業システム、そして大工や植木屋などの職人を尊ぶ、西洋よりずっとすぐれた労働倫理があった。

わたしはナショナリズムの観点からいってるわけではなく、歴史をどう客観的にみても、いや、客観的に見れば見るほど、そのころの日本は他のアジアの国とちがっていたといっているだけである (残念なことに現在の日本人は、それを主張する権利を失ってしまったようだ)。
ファガーソンさんだけではなく、欧米の知識人にはこのことをつねに考えてほしいと思う。

でもまあ、歴史を論じるのに、たったひとつの例外だけに言葉をついやすわけにはいかないだろうから、この点はガマンしよう。
ファガーソンさんの発言の主旨はまあ正解だと思う。

002

でも、終いのほうはいけませんです。
アメリカの大学教授だからやむを得ないのかもしれないけど、つぎの10年でアメリカが復活するってのはなんなのさ。
『シュールガスのような資源はたっぷりあるし、世界中から有能な人が集まってくる』 ってのはなんなのさ。

映画 「ジャイアンツ」 に、石油ブームに沸いたころの米国が出てくるけど、100年もたたずにアメリカは石油輸入国に転落した。
その後の世界はますます大量消費にかたむいているから、米国内のシュールガスが枯渇するまでせいぜいあと30年、有能な人材は金にまかせて集めたものだから、金の切れ目が縁の切れ目。
不景気風にさらされたアメリカに、未来なんてあるはずがないというのがわたしの見立てだ。

つぎの世界を担うのは、それじゃあ中国かといわれても返事はしない。
それがどこの国なのか、ぜんぜんわかりませんがホンネなんだけど、日本人であるわたしの予想は以下のごとし。

最後に勝利を得る、いや、かろうじて生き残るのは、日本やドイツ、あるいは人口の少ないオーストラリアのような、こじんまりがモットーの民主主義国による連合だけ。
そのころアメリカも中国もロシアもインドも、政治家の手に負えない大混乱に陥って、空中分解のあげく、世界の大半はアノ恐怖の「イスラム国」みたいなものにかきまわされている。
孤立した民主主義連合は、蓋をとじたサザエみたいに、ひたすら嵐が通り過ぎるのを待っているんだろうねえ。
ちとムシがよすぎるか。

グローバル化に逆行するこの予想があたれば、わたしはモーゼに匹敵する偉大な預言者ってことで、ブログの人気もうなぎ登りなんだろうけど、そこまで生きてられっか。

クラい気持ちで新聞をめくったら、見開きどころか、これでもかこれでもかって、紙面を6面も使ってHISの旅の広告が載っていた。
おお、今年もどこへ行こうかと、たちまち豹変してしまうわたしもイケナイけど、世界はノーテンキ的に平和なんだなとつくづく思ってしまいます。

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2015年1月 3日 (土)

3Dプリンタ

3Dプリンタで拳銃を作って捕まった男がいた。
拳銃ってそんなに簡単に作れるのかいと、YouTube で彼がそれをぶっ放す映像を見てみたら、とても拳銃とはいえないようなみっともないシロモノだった。
発射しても薬室が爆発しなければいいわけだから、なにも007が愛用するほどカッコよくなくてもいいらしい (弾がどっちに飛ぶかわからないけど)。

捕まった男は、パソコンで拳銃の3Dデータを入手し、それを3Dプリンタで造形したという。
インターネットの中には拳銃だけではなく、模型やフィギュアのような、3Dプリンタ用のデータがたくさん、無料で公開されているから、そういうものをダウンロードしてプリンタに読みこませ、それで立体オブジェを作るだけなら誰にでもできる。

しかしオリジナルのオブジェを、自分でまったく白紙から作ろうと思ったら、そんな簡単にはいかない。
そのためにはまず3次元CGソフトやCADソフトなどに精通し、パソコン上で立体オブジェが描けるようになる必要があるだろう。

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最近では映画なんかでも3Dアニメが大流行りだ (画面から飛び出す映画にも3Dという言葉が使われてまぎらわしいけど、区別する言葉ができただろうか)。
わたしも3Dイラストを描いてみたくて、Shade というソフトを使ってちょっと勉強してみたことがある。
ここに載せたのはそのころ描いたイラストで、これは文字を3Dにしただけだからわりと簡単だけど、女性の体のような複雑な立体になるともうダメ。
ベジェ曲線やワイヤフレームなんて言葉が飛び出してきて、老眼ぎみのわたしにはマスターしている時間はないとあきらめざるを得なかった。

そんな勉強はイヤというなら、3Dスキャナで、もともとあったオブジェをスキャンする手もある。
ろくでなし子というカワイ子ちゃんが、自分のアレを3Dスキャナでデータ化し、それ、つまりナニを、3Dプリンタで立体オブジェにして、ワイセツブツ陳列罪でつかまったって事件もあった。
スキャナでスキャンしていいなら簡単だけど、まずオリジナルが必要なわけで、オリジナルがあるならわざわざ模造品を作る必要はないわけで、しかも3Dスキャナというのはとっても高そうである。
やはり、どうしても自分だけのオブジェを作りたいなら、プリンタ以前の勉強は必要だ。
「3Dに王道はなし」 といったアリストテレスの説教は、今でも通じるんじゃないかねえ。

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2015年1月 2日 (金)

蘭州

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中国の知り合いから新年のお祝いメールが来た。
「新年快楽」 の言葉の背景に使われている写真は、白塔山からながめたあのなつかしい蘭州の街ではないか (最初の写真がそれでトリミングしてある)。
相手は蘭州に住んでいるのだから、街の写真が使われているのは不思議でもなんでもないけど、それをみていろいろ考えた。

白塔山からながめて、蘭州の街がこんなにくっきり見えるはずがない。
わたしが蘭州へ行ったのは、いちばん近くてももう10年まえで、その当時でさえ、ホコリっぽくてうす汚い街という印象だった。
その後、この街もご多聞にもれず発展し、ビルが乱立し、車も増えているはずだから、スモッグも北京なみになっているはずだ。
だからこの写真は、大雨の降ったあとの空気が澄んでるときか (雨などめったに降らないところだったけど)、写真のために周辺の交通や工場の操業をしばらくストップしたか (APECの北京みたく)、いずれにしてもそうとうに苦心して撮ったものだろう。

わたしは1997年から2005年までに、4回も蘭州に行っている。
この街は、そのあたりでぐんとせばまった黄河のほとりにある交通の要衝で、白塔山と蘭山というふたつの山にはさまれた甘粛省の省都である。
写真の手前に写っているのが黄河だ。
上海からシルクロードや、青海湖を経てチベット方面へ行く場合、中継地として絶好の位置にある街なので、最初はたんなる宿泊地として、しまいにはこのメールの相手に会うために、ついつい立ち寄ることになってしまった。
けっして魅力的な街ではないけど、いろいろな体験をした、わたしにはなつかしい街なのである。

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あとの写真はわたしが撮ったもので、最初の写真とほとんど同じ位置から撮ったスモッグにかすむ蘭州の街。
こっちのほうが実像にちかいはずだ。

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またナマコ

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元日もナマコを肴に酒を呑んだ。
なんでナマコかというと、正月はマグロが高いからである。
中流の下あたりに所属するわたしとしては、刺身を買うにも遠慮が必要なのだ。

スライスされたナマコをつまんでいたら、奇妙なものが出てきた。
彼らの生態を知らない人はビックリするかもしれないけど、これはナマコの腸である。
ナマコは外敵に襲われると、腸を吐き出す習性があるのだ (吐き出すのではなく排泄するのだという説もあるけど、ナマコってどっちが頭なのさ)。
トカゲの尻尾みたいなもので、これはちゃんと再生するからナマコにとって痛くもかゆくもない。
でもそのあいだ消化ができないじゃんと、五体満足のわたしは心配だけど。

ナマコを食べているとなにか舌にまとわりつくものがある。
これはキュビエ器官というもののせいらしい。
この器官も吐き出す腸も、外敵に対する防御装置なんだそうだけど、スライスされてからではあまり効果がない。
やっぱり畜生のなせる業だなとバカにしたところで、ところでナマコの天敵ってどんな顔をしてんのかと、うーん、気になる。

海の生ものを食べていると、天然現象に気づかされることはよくあって、アサリのむき身からは、ピンノと呼ばれる小さな共生ガニが出てくることがある。
気持ちわるいと思う必要はない。
茹でるとちゃんと赤くなる。
食べるには小さすぎるけど、アサリを買ったらカニがおまけについてきたと考えればよろしい。

正月休みはこうやってほのぼのと過ぎてゆく。
もうちっと高尚な話題はないものかねえ。

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2015年1月 1日 (木)

あけまして

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前項で年末の挨拶をして、そのあと5、6時間街を徘徊して、もう新年の挨拶だ。
わたしが怠惰なのか、世間がヒマなのか、時間がたつのが早すぎるのか。
なにはともあれ、今年もビッグイベントが目白押しだぞ。
いえ、無理に読んでもらわなくても、世間さまにぜんせん影響のないブログです。

あけましておめでとうございます。

添付したのは今年の年賀状のイラスト。
今年もクラくクラく、いくことになるんだろうねえ。

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