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2015年2月

2015年2月28日 (土)

政治家

ギリシアがEUから追い立てられている。
改革や節約を無視して政治を続けようってのがそもそも無理な話で、EUを脱退するか、でなければもとの政治にもどるしかないことはわかっていた。
不思議なのは政治家ってヒトのこころのうち。
できっこないことを公約して、けっきょく誰がやっても同じという結果にもどるなら、いったいなんのために立候補したのかしら。
ようするに自信過剰で、つまり馬鹿だからなのか、それとも権力の座にいちどすわってみたいというアコガレの結果なのか、ほかにも(ないと思うけど)なんか理由があるのか。

ああ、もう、ここんところ病院に行ったり、49日に帰省したり、忙しくてまじめにブログを書いてられません。

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2015年2月26日 (木)

ロシアⅢ/モスクワ駅

サンクトペテルブルクに着いて、最初はエルミタージュかというと、そうではなくて、まず出かけたのはモスクワ駅。
わたしは3日後に、この駅からサプサン号というロシアの新幹線でモスクワに移動することになってるんだけど、当日になってもたもたしないよう、あらかじめ駅の下見をしておくことにしたのである。
どうせこの日は金曜日で、エルミタージュのまわりで何か催しものがあるなら明日かあさってだろうと、そこまで読んでの行動だ。

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ホテルから最寄りのメトロ駅はゴシチニ・ドゥォールだ。
そこから確か2つ目の駅だったなってことで、アレクサンドラ・ネフスコヴォという駅でメトロを降りた。
なんか様子がちがう。
わたしは2年前にいちどサプサン号に乗ったことがあるから、駅のまわりの景色はいくらか知っていた。
それとちがう。
駅の正面に教会が見えるけど、そんなものはなかったぞい。

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教会まで行ってみた。
どうせ急ぐ理由はないのだ。
教会の手前で結婚式をしていた。
どこの国でも嫁さんていうのはカワイイ。
さらに教会に近づくと、堀にかこまれ、橋の手前には墓地もある。
結婚式と墓地・・・・・・
誕生と死亡、戦争と平和、希望と失望なんていろんな語句をつぶやきながら、けっきょくどちらにも入ってみなかった。
急ぐ理由はないけど、教会や墓地をのぞくと、それだけでくたびれてしまいそうだったので。

モスクワ駅が見つからないので、メトロの駅前にあった花屋で訊いてみた。
年配の女性はわたしのカタコトの英語を聞いただけで逃げてしまった。
もうひとりの若い娘の方は、親切に聞いてくれて、熱心に教えてくれた。
なかなか可愛い娘だったと、こういう相手だといつまでも記憶に残るのがわたしのイケナイ性格かもしれない。
ヘタな英語でモスクワ・ステーションといっても、彼女は首をかしげていたから、サプサン・エクスプレスと言い直した。
サプサンはロシア語で鷹という意味だし、新幹線の名前だということもたいていのロシア人なら知っているはずだから、これでわかってもらえたようだった。

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わたしは駅をひとつ行き過ぎていたのだ。
メトロでマヤコフスカヤという駅まで引き返す。
駅から出ると目の前にエジプトふうのオベリスクがそびえており、モスクワ駅もすぐわかった。
4、5番目はオベリスクとモスクワ駅。
駅の構内のようす、サプサン号の乗り場などをしっかり頭にたたきこんで、ホテルにもどることにした。

でも、マヤコフスカヤ駅は、ホテルの最寄り駅であるゴシチニ・ドゥォールのすぐとなりの駅なので、いまさらメトロに乗るくらいなら歩いたほうが早いくらいだ。
ネフスキー通りに立つと、モスクワ駅ののオベリスクから、エルミタージュのとなりにある旧海軍省の金の突塔まで、一直線に見渡せて、なんだかすごく近いように見えてしまうのである。
目的は達したので急ぐ必要もないし、ネフスキー通りをぶらぶらしながら帰ることにした。

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じつに幸せな気分だった。
この日のサンクトペテルブルクに日本人の観光客は、団体がひとつかふたつに、個人客もいないことはないみたいだったけど、わたしの知り合いがひとりもいなかったことだけは確実だ。
こういう状況はわたしをとほうもない開放感で包みこむ。
偏屈といわばいえ、旅を愛し、孤独を愛するってのはこういうことであり、同じような傾向の著名人は決して少なくないのである。
サンクトペテルブルクを放浪する山頭火ってところだな。
やっぱり現実逃避っていわれそうだけど。

最後の写真はとちゅうにあるフォンタンカ川の橋の上から、凍った川を見下ろしたところ。
氷上になにやら英語が書いてある。

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2015年2月25日 (水)

緊迫感のない会話

日赤病院に行ってきた。
神経内科である。
ある日とつぜん視野がせまくなるっていう異変がおきて、あわてて近所の診療所へ行ったら、そこでは手におえないらしく、日赤の紹介状をもらってしまったのだ。

日赤で対応したのは、ハンサムでスポーツマンみたいで、いかにも勝ち組みたいな若い医師で、年の功ならこっちだけど、ゆとりや貫禄で負けそう。
彼は落ち着きはらっていう。

症状はいつごろからですか。
そうですねえ、5、6年前ですかねえ。
なにか薬を飲んでいますか。
昨日もらった薬を今朝ひとつぶ飲んできましたけど。
そうですか。今日の具合はいかがですか。
ぜんぜん異常なしです。
まあ、注意するにこしたことはありませんね。
いや、もう、自分はずっと健康だと思ってましたんで。
みんなそういいますよ。
そうですか。そうでしょうねえ。
あはは。
ぜんぜん緊迫感のない会話である。
もっとも医師が緊迫感が持って話したら、青くなる患者もいるかも。

いちおう脳のCTスキャンをやっておいたほうがいいでしょうというから、わかりましたと返事した。
ところが、そのあとで医師のいったことがちと気になった。
体に金属は入ってませんね。

わたしはサイボーグじゃないんだけど、若いころ鎖骨を折って、そのとき骨を押さえるためにネジ止めをした。
ほっといたらネジが将来神経痛か何かのもとになりそうな気がしたので、そのときの医師に尋ねると、心配なら手術して取り出してもいいし、そのままでもかまわないとのこと。
痛い思いをしてわざわざ取り出したくないし、どうでもいいものは放っておくのがわたしの信条である。
そういうわけで、放っておいたネジはまだ数本、わたしの体内に残っているのだ。
CTスキャンをすると、体内の金属が熱を持つことがあるらしい。

やっぱりスキャンは止めておきましょうと、こんな間のびした会話では病気もたいしたことはないと思われる。
わたしの悪運はじつにしつこい。
まだまだ年金のいたずらな浪費は続きそうだ。

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ロシアⅢ/百貨店

日本の新幹線が東京駅に着くと、清掃係のおばちゃんたちがいっせいに車両にとりついて、あっという間に車内の清掃をすませる。
これは 「7分間の奇跡」 と呼ばれて、外国人観光客たちの賞賛の的になっているそうである。
わたしはロシアでこの対極にあるような作業を見た。
対極?

もうやたらに作業が遅いのである。
おおらかなロシア人に迅速なんてものを要求するのが、そもそもの間違いみたいな気がするんだけど、それとも日本人がスピードに関していささか病的なのか。
あちらがラーダ (ロシア製の車) なら、日本はGTRだもんな。

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ゴスチーヌィ・ドヴォールというのはサンクトペテルブルクにある古典的な百貨店である。
建物の高さ制限のある街のことだから、上ではなく横に広がった百貨店で、建物の外周がそのままアーチ型のみごとなアーケードになっている。
最初の画像はグーグルの衛星写真で、○をつけた変則的な台形の建物がそれ (△はわたしの泊まっていたエムホテルだ)。

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百貨店はいちばん長い一辺が400メートルくらいあるから、敷地面積はそうとうに広い。
しかし店舗が入っているのは道路に面した1階、2階だけで、まん中へんは住居かなんかに使われているようだった。
建物の外観は後続の写真を見てもらうことにして、わたしのホテルから路地に出ると、100メートルも行けばもうこの百貨店だ。

サンクトペテルブルクに到着した翌日は、ここへ石けんとスリッパを買いにいった。
ホテルの備品の石けんはろくなものがないし、エムホテルにはスリッパもなかったので。
そこでながめたかぎりでは、この百貨店でいちばん多いのは、表参道ヒルズみたいにファッション関係の店舗で、わたしにはまるっきり縁のないものだった。

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百貨店のはじっこのほうに雑貨店があったので、首尾よく品物を手に入れて、レジに持っていった。
このあたりまでは日本と同じシステム。
ところがレジの清算が、日本のスーパーの秒速に比べると分速ていどで、じつに遅い。
建物が古いから作業もソ連時代のやり方をそのままなぞっているのかも知れない。
と思いたくなるほど遅い。

レジスター内部のパソコンが壊れてたのか、それともロシア製というのはそういうものなのか、見ると数字を打ち込むたびに、レジ係りは品物の値段と数をべつの紙に書き写していた。
ロシアに生まれていればそんなことはなかったと思うけど、日本に生まれたおかげで、わたしもつい病的にイライラ。
日本のレジをロシア人が見たら、これもまた奇跡だと思うんじゃないか。

生鮮食品は売ってないようだった。
ようだったというのは、周囲1キロちかくもある百貨店を一周して確認するだけの根性がなかったから。
中国もそうだったけど、こういう食品は鮮度において、生産者がちょくせつ販売する市場にかなわないってことらしい。
ベジタリアンのわたしは野菜や果物にも興味があったんだけどね。

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モスクワにもどってからは、近代的なスーパーにも行ってみた。
棚に品物が山積みで、客は欲しいものをカゴに入れてレジに持っていくだけの、もともとは資本主義の本家であるアメリカが生み出したシステムだ。
こちらは客が多かったせいもあって、レジもアメリカ式をなんとかクリアしているようだった。
共産党時代の残滓をかろうじて眺められるのは、モスクワではなく、やっぱり古都のサンクトペテルブルクにしかずである。
最後の2枚の写真はモスクワのスーパー。

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2015年2月24日 (火)

病院に行ってきた

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病院に行ってきた。
血圧が高いということで行ったわけだから、お医者さんのまえで血圧を測って、もしも低かったらわたしはウソつきということになってしまう。
だから、このときばかりは高くあってほしいと祈るような気持ち。
結果はもちろん高値安定で、数値を見ただけでお医者さんがしぶい顔。

でもね、でもねとわたしは弁解する。
わたしって肉がキライでしょ、脂っこいものがキライでしょ、野菜が好きでそればっかりだし、タバコは吸わない、酒はほどほど、暴飲暴食もせず、糖尿もないし、肥満でもないし、こないだなんかひとりでロシアへ行ってきたくらいだし、それでどうして血圧が上がるんでしょうと。

塩分はどうですかと、お医者さんの冷たいひとこと。
それをいわれるとヨワイ。
自慢じゃないけど、わたしは漬け物がないと食事がすすまないタチなので、毎日のようにいろんな漬け物を食べる。
原因はそれだなとお医者さん。
たまに自分で作った味噌汁をガブ飲みすることは黙っていた。

薬だけで治そうったってダメだ。
塩分を控えなさい、塩分を。
いわれてむかしの友人を思い出した。
彼も高血圧要注意報で、豆腐やマグロの刺身を醤油も使わずに食べていた。
そんなものが美味しいのか。
ああ、先月新潟で食べた野沢菜の美味しかったこと。
刺身をびたびたに醤油にひたして食う悦び。
具沢山の手製の味噌汁をまえにした快楽。
あれは永遠に過去のものになったのか。

あしたは神経内科に行けって、日赤の紹介状をもらって帰ってきた。
楽しみだな、どんな結果が出るか。

添付した画像は、ロシアで街をさんざん歩きまわって、ぐっとへっこんだわたしのお腹だ。
すこししまりがないけど、自然体でこれです。
うらやましいと思う同世代がたくさんいるんだろうなあ。

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うーむ

やばいよ、やばい。
昨日、車の運転をしていたら、あるところで急に視野がぐんと狭くなった。
ほんの10秒くらいだけど、こういうのは脳梗塞の前兆という説がある。
仕事をおっぽり出して帰ってきちゃった。
明日は病院に行って薬をもらってこよ。
わたしの高血圧はほっといていい段階を超えたのかもね。
前兆だとしたら、軽いうちにそれに気がついて、ああ、わたしの悪運はまだ20年ぐらい続くのかも。

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ロシアⅢ/バレエ

わたしはサンクトペテルブルクではぜひバレエを鑑賞するつもりだった。
いえ、けっしてそんな高尚な趣味を持ってるというわけじゃなく、あくまで好奇心で。
それで出発前にいろいろ調べてみた

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サンクトペテルブルクにはマリンスキー劇場とミハイロフスキー劇場という、有名な二つの劇場がある。
ミハイロのほうは、わたしが2年前にクラシック・コンサートを鑑賞したところだ。
ネットで調べると、わたしがサンクトペテルブルクに滞在している週末に上演しているのは、マリンスキーがオペラ(土曜日)と、「イワンと仔馬」 というバレエ(日曜日)、ミハイロのほうがオペラ(土曜日)と、「ラ・バヤデール」(日曜日) というバレエになっていた。
オペラには興味がないから、観るならどっちのバレエがいいだろう。
本来ならまだ行ったことのないマリンスキーにすべきだろうけど、いろいろ調べてみたら「イワンと仔馬」 より 「バヤデール」 のほうが露出度が高そうだった。
ストリップと間違えてんのかといわれてしまいそうだけど、真理は意外と単純な場合が多いものだ。
ここに載せた写真のうち、上は入口まで行って、けっきょく入れなかった今回のミハイロフスキー劇場で、下のほうは2年前の写真。

それでミハイロの料金や空席を調べてみた。
空席はあったし、料金もわかった。
しかしこのチケットを旅行会社に依頼すると、超ルーブル安のはずなのにえらい高いことをいう。
向こうに着いてから自分で買ったほうが安いんじゃないかと、あらかじめ予約することはしなかった。
ところが出発前夜にもういちど調べてみたら、もう高価な席がぽつぽつ残っているだけで、あとはすべて売り切れになっていた。
高価な席というのは 「ドレス・サークル」 や 「ストール・サークル」 となっていて、よくわからないけど、フォーマルな服装でないと入れてくれない席かもしれない。

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ロシアの格式ある劇場というのは、6段くらいの客席にかこまれたクラシックな造りになっている。
2年前のときわたしは(料金が)下から5番目あたりの席だったから、服装についてとやかくいわれなかった。
今回、うっかり高価な席なんか買って、ジーンズにトレッキングシューズってのはダメですなんていわれた日には目も当てられない。

サンクトペテルブルクに到着してから、劇場のまわりを未練たらしくうろうろしてみたけど、けっきょくあきらめた。
冬のウィークエンド、ロシア人にとって劇やバレエの鑑賞はやっぱり最高のヒマつぶしにちがいない。
ミハイロが売り切れならマリンスキーも似たようなものだろう。
彼らに伍してチケットを買おうと思ったら、やっぱり日本にいるときに手配しておかないと間に合わないようだ。

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2015年2月23日 (月)

ロシアⅢ/朝食

朝食に行ってみた。
現在では外国のホテルでも、朝食はたいていバイキングである。
朝の7時半からだというから、その時間に行ってみたら、まだ食堂は閉まっていた。
これもロシアが標準時間をずらしたせいだけど、そのときはまだそんなことは知らなかった。

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食堂の入口で困惑していたのはわたしだけじゃない。
このホテルにはなぜか、中学生か小学生ぐらいの可愛い女の子がたくさん宿泊していて、彼女らも入口でとまどっていた。
どの子もひと目で東洋人とわかる顔立ちである。
切れ長の眼で、髪をうしろで束ねておでこを出したスリムな子ばかりだから、わたしは上田としこの 「フイチンさん」 というマンガの主人公を連想した。
で、たぶん中国人なんだろうと思ってしまった。
何語で話しているのかと聞き耳をたててみたけど、もともとわたしは片方の耳が難聴だし、こんな年頃の女の子がきゃあきゃあいってると、どの国の言葉もみんな同じに聞こえてしまう。

食事のときトーストを焼いていたら、後ろにならんでいた少女らのつきそいの中年女性が、なにかの拍子に日本語でスミマセンといった。
それでわかったけど、少女たちはバレエの研修に来ている日本人娘だったのだ。
そういえばエレベーターの前で、くるくると片足で回転している子もいたっけが。

最初の日の朝食は、こんな美少女たち20人ぐらいに囲まれて、男はわたしひとりの食事だった。
写真を撮っておけばよかったけど、最近では他人の写真をおいそれと撮るわけにいかない。
ここに載せた写真は、不本意ながらiPodで撮ったもので、画質は最悪、写っているのは美少女軍団のひとり。

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ホテルの朝食がどんなものか紹介したいところだけど、最近の口コミ情報ブームに批判的なわたしは、そういうものに利用するんじゃないかと疑われそうで、写真を撮れなかった。
どっちにしてもわたしの食事は野菜主体のささやかなものだけど。

現在の日本は国際的バレエダンサーの一大供給国である。
国際コンクールなんてものがあると、かならず1人か2人は新しい日本人ダンサーが入賞する。
これはどうも日本が、平和で豊かな国であることの証明であるらしい。
ロシアまで研修に来るためにはそれなり財力が必要だろうし、踊りに青春を賭けるなんてことは、現在のシリアやイラクの女の子には夢のまた夢だろう。

この中から将来の大器が生まれるかもしれないと、食事をしながら、わたしはちらりちらりと少女らの品定めをしたのでありました。
じつはわたしはバレエの本場のロシアで、ぜひバレエを鑑賞するつもりだったのだけど、その顛末は次項。

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2015年2月22日 (日)

ロシアⅢ/ホテル

Mhotel

出発前にいろいろホテルを選別した。
いまはインターネットで外国のホテルの料金や所在地まで調べられる時代である。
もちろんホテルの外観もわかる。
わたしが選んだサンクトペテルブルクのホテルは、「エムホテル」 といって、エルミタージュと、サプサン号の発着するモスクワ駅との中間あたりにある。
外観はネットで見つけたこの最初の写真にあるとおりで、青空の下にあっけらかんと広がった健康的なホテルのようである。

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ところが
迎車がどんと乗りつけたのは、フランスのギャング映画に登場する場末の路地みたいなところだった。
予想とのあまりの落差に、えっ、ここがホテルかいと尋ねると、運転手は建物の入口にわびしく光る、M-HOTELのネオンを指さした。
わたしは荷物を自分でえっちらおっちら運んで、ホテルの玄関に向かうしかなかった。
2番目の写真は、昼間撮った、いかにも場末ふうなその路地のようす。

こういうことはよくあることだけど、ネット上のホテルの写真は、たいてい建物のいちばん見栄えがいいものを使うに決まっているから、あまりすなおに信用すべきではない。
あっけらかんと広がっていると思ったホテルは、じつは建物に囲まれた、せまい中庭みたいなところにあった。
まあ、これもおもしろいと、ふだん後ろ向きのわたしは前向きに考えてしまうけど。
3番目、4番目の写真は、ホテルの前の中庭で、上の写真の左奥の通路から入ってきて、ホテルの玄関は右側の建物にある。

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玄関を入ってしまえば、とくに文句をつけるところもない。
フロントにはメガネをかけた小太りの女性がいて、なんとかのかんとかのという。
何をいってるのかぜんぜんわからないけど、はあはあと言っていれば用事は済むことを、経験豊富なわたしは知っているのである。

わたしの部屋は2階で、そこまで行くエレベーターが怖かった。
エレベーターの床と廊下のあいだに隙間があり、ごろごろと日本のエレベーターではありえない動きをし、停まるときにはドスンと、勢いあまった車がバネで引き戻されるような振動がある。
わたしはシンドラーの事故を思い出し、出るときは息をとめていっきに飛び出ることにした。
このくらい用心深くないと外国じゃ生き残れないのである。
このエレベーターは3日目にこわれた。

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これ以外文句をつけるところはなかった。
バスルームにシャワーだけで、バスタブ、つまり湯船がなかったけど、それは外国のホテルじゃめずらしくない。
ベッドはほんとうのシングルである。
わたしは日本のアパートでは、ベッドの右側を壁に押し付けてある。
ところがこのホテルでは、日本にあるわたしの部屋のベッドと向きが逆だったから、夜中に寝ぼけて転がり落ちるところだった。
しかしこれはホテルの責任ではない。
5、6、7番目の写真はホテル内のようす。

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残念に思うのは、2年前に泊まった 「グリフォン」 というホテルが、このホテルより安かったにもかかわらず、室内の設備、従業員の対応、その美人であることなどが格段に上だったこと。
ただエレベーターがない4階のホテルなので、日本の旅行会社から相手にされてないらしい。

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2015年2月21日 (土)

ロシアⅢ/心配ごと

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すでにサンクトペテルブルクもモスクワも、市内の地理には詳しいわたしのことだから、現地に着いてしまえば問題はないはずだけど、心配な点がふたつばかりあった。

ひとつは飛行機の貨物送りにした荷物のこと。
出発前に成田空港で聞いてみたら、それはサンクトペテルブルクで受け取ればいいという。
フツーはそうだけど、わたしの場合、モスクワ空港ですぐつぎの便に乗り換えるわけではなく、時間に余裕を持たせるため2本ばかりあとの便にした。
すると荷物だけ先に行ってしまわないだろうか。
なにしろロシア人というのはおおざっぱで、ソチ五輪ではとちゅうで消えてしまった聖火にライターで火をつけたくらいだから、荷物は着いたのに持ち主があらわれないとなると、もうそれだけで何がなんだかわからなくなって、わたしがあとからゆるゆると到着したころには、荷物がどこかへ行方不明ってことはないだろうか。

もうひとつはサンクトペテルブルクの空港からホテルまで迎車を頼んでおいたこと。
旅行会社からもらった日程表では、飛行機のモスクワ発の時間は21時発になっていた。
ところがこれが1時間遅れた (この時点ではわたしはまだ標準時間が変更になったことを知らない)。
迎車の運転手は、なにしろおおざっぱなロシア人のことだから、しびれを切らしてさっさと帰ってしまうのではないか。
そうなると空港からホテルまで自分でタクシーをつかまえるしかない。
外国旅行を何度もしているので知ってるけど、こういうお上りさんがタクシーの運転手にとっては最高のカモである。
ちくしょう、街までの相場を調べておくんだったと悔やんだけど、あとの祭り。

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でも問題はなかった。
サンクトペテルブルクでわたしの荷物は3番目に出てきた。
迎車の運転手もすぐに見つかった。
わたしが空港の一般フロアに出て、コートのチャックをしめ、顔を上げたとたんに、わたしの名前を書いたボードを上げている男を発見したのである。

彼はあごひげをたくわえたプロレスラーみたいな巨漢だった。
しかしけっこう良心的で、深夜割増でも取られるんじゃないかと、あらかじめ300ルーブル (以後ルーブルはロシア語のPであらわす) を用意していたのに、ホテルに着くとそれも要求せずにさっさと行こうとする。
感動したわたしは300Pをチップとして上げてしまった。
外国でチップを払わない主義のわたしだけど、この晩の安堵感はとてつもなく大きかったのだ。

写真はサンクトペテルブルク空港や、迎車の運転手など。

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ロシアⅢ/時差

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モスクワからサンクトペテルブルクへ行くために、シェレメチェボ空港で乗り換える。
飛行機は21時発のはずだけど、その時間になっても改札が開かない。
言葉のわからないわたしは聞いてみるわけにもいかず、不安で仕方がなかったけど、まわりのロシア人たちは文句ひとついうわけではない。
これはきっと、ソ連時代の、お上に文句をいえない服従精神が身に沁み込んでいるのだろう。
そう考えてじりじりしていたけど、じつは決定的にまちがっていた。

わたしはモスクワに到着してすぐ、腕時計を現地時間に合わせた。
持参したiPodには、日本の時間とロシアの時間が同時に表示されるようにセッティングしてある。
それを見て合わせたのだから間違いがない(と思っていた)。
だからモスクワの空港で1時間も待たされて、てっきり飛行機が遅れたのだと思い、ブログの中間報告にもそう書いてしまった。

ぜんぜんちがっていた。
じつはロシアでは去年の10月(まだ半年も経ってない)に、サマータイムをそのまま標準時間にもってきて、つまり標準時間を1時間うしろにずらしたのだそうである。
おかげでこの旅では、エルミタージュでもコスチーヌィ・ドヴォール(デパート)でもサプサン号でも、開館、開店、発車が、すべてわたしの時計より1時間遅れていて、わたしはそれを冬時間だとばかり思っていた。
サマータイムというものがあるのだから、厳寒のロシアにウインター・タイムというものがあってもおかしくないではないか。

標準時間の変更についてはモスクワに移動したあとで、かってわたしのアパートに住んでいて、いまはモスクワに帰っている旧知の金髪クンに聞いたのだけど、もうホントややこしい。
現在ロシアと日本の時差は6時間である。
まだ5時間と書かれたガイドブックもあるから注意したほうがいい。

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2015年2月20日 (金)

ロシアⅢ/帰国

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帰ってきました。
悪運強いわたしのこと。
いくら終活をしたって、運のよさはどこまでも続くのだ。
ヘタすりゃ90歳で寝たきりになるまで。

今回のロシア、おもしろかったかと訊く人がいたけど、べつにおもしろくもおかしくもないやね。
いちど行ったところだし、新宿あたりへ散歩に行ったのとたいして変わりません。
ホテルでごろごろしていたのも、いつものわたしといっしょ。
好天気に遭遇したのがよかったかなってくらい。
ブログの報告も、ま、ゆるゆるとまいりましょう。

写真は晴天の下のイサク大聖堂。

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2015年2月17日 (火)

From Russia 03

昨日(16日)、サプサン号でモスクワにもどってきた。
モスクワも暖かくてモスクワ川は凍ってないそうだ。
ホテルは前回と同じだけど、待遇がずいぶんちがう。
今回は南側に面した11階の、でっかいダブルベッドの部屋。
これはたぶん、ウクライナ問題で客が減少して困ってるせいではないか。
11階でほかの客をひとりも見かけないぞ。
だからいわんこっちゃない。
世間には風評被害におびえてしまう人が多いみたいだけど、冷静に判断すれば、モスクワまでドンパチが波及する可能性はないし、いまがロシア旅行のベストシーズンなのだ。

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2015年2月16日 (月)

From Russia 02

サンクトペテルブルクの4日目は、いまのロシアにはめずらしい晴天になった。
写真を披露したいけど、カメラで撮った写真を、加工してiPadで送る方法がない。
そういうことで写真を披露するのは帰国するまでのお楽しみ。

日ごろ怠惰なわたしが、連日街をぶらぶらして、あ、もう腰が抜けそう。
老骨にムチだよなあ。
今日(16日)はサンクトペテルブルクとお別れ、モスクワに移動します。

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2015年2月13日 (金)

From Russia 01

モスクワからサンクトペテルブルク行きの飛行機が1時間も遅れて、どうなるかとおもったけど、問題はそれぐらい。
サンクトペテルブルクのホテルに落ちついたあとは、いつものひきこもりのわたしと大差ない状態。
いまホテルの近所のカフェでこれを書いている。
こちらのカフェは無線LANが売りものになっているようだ。

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2015年2月12日 (木)

ロシアⅢ/旅立ち

世間には海外旅行どころじゃないという人も多い。
ゼータクな道楽ばかりしてと、そういう人たちから苦情が来そうなので、あまり旅行費用について触れないつもりだったけど、かってはほかならぬわたし自身が、ロシア旅行をした人に対して、どうやって行ったのか、どのくらいかかったのか、詳しく教えてほしいなんていっていた。
知りたい人はほかにもいるかもしれない。
わたしの旅が参考になるかどうかわからないけど、やっぱり触れておこう。

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個人でぜんぶ手配したという人もいるけど、ロシアの旅は他の国とちがったややこしさがあることで知られている。
そういうわけで、いちばん手っ取り早いのは、専門の旅行会社にまかせてしまうことである。
わたしはネットで見つけた 「JIC旅行センター」 というところに見積もりを依頼した。
ほかの旅行社と比較しても特別に高いとは思えないし、去年も依頼してとくに問題はなかったところである。

JICから来た見積もりは、8日間の旅で21万6千円。
ずいぶん高いなという人がいるかもしれないけど、ツアーに参加しても、ひとりだとこれ以上かかるだろう。
この料金は飛行機とホテル代、空港からホテルまでの送迎代、そしてサンクトペテルブルクからモスクワまでのロシアの新幹線を含めた値段だ (燃料サーチャージやビザの申請代も含む)。
飛行機はアエロフロートの直行便で、モスクワで国内便に乗り換えて、その日のうちにサンクトペテルブルクへ行ってしまう日程。

ホテルはあらかじめ、JICのホームページに乗っているホテルの中から選んだ。
非常識な格安ホテルはないけど、1万円以下のホテルもいくつかある。
インターネットを駆使すれば、日本にいながら、ホテルの場所、外観などみんなわかってしまう。
予約も日本でできそうだけど、それはロシア語、英語がわからないと無理みたいで、とうぜんわたしにはムリ。

わたしが選んだのは、サンクトペテルブルクが4泊で5万円の 「エム・ホテル」。

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モスクワが2泊で3万2千円のホテル(去年と同じマキシマ・パノラマだ)。
もっと安いホテルもあるけど、ロシアの格安ホテルの中には、玄関がドア1枚で、インタフォンで呼ばないと入れないところもある。
ロシア語のわからないわたしはドアの前で凍死しかねないから、やっぱりいちおうの玄関がありそうなホテルにした。

サンクトペテルブルクの 「エム・ホテル」 は、旧市街のまん中へんにあり、エルミタージュと新幹線駅のちょうど中間にあたりである。
これならどっちに行くにしても、せいぜい1キロぐらい歩けばいいだけだ。
このホテルからサンクトペテルブルクの名所のほとんどが徒歩で行けるのである。

サプサン号 (新幹線) についても、いちど乗ったことがあるし、前回の旅で地下鉄への乗り換えなど、いろいろ研究しておいたから問題はないと思われる。

この旅行代金に昼食代や美術館の入場料は入ってない。
しかしそんなものはたかが知れている。
ロシアはいまルーブル安だ。
日本も円安だけど、あっちのほうがひどいらしいから、現地で自分で払ったほうが得だろう。
とにかく贅沢もケチケチもすべて自分の思うまま、もっと節約したけりゃカップラーメンで過ごす手もあるっていうのが、個人旅行のいいところだ。

というわけで、いよいよ今日もうすぐ出発だ。
あちらで無線LANが使えればブログの更新もするつもりだけど、いまんところ未定。
それよりも生きて帰ってこれるかどうか、いまどきゼッタイ安全といえる国は日本だけだもんね。

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2015年2月11日 (水)

ロシアⅢ/心配

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外国に行くとせっせと歩くことにしているので、わたしはモスクワもサンクトペテルブルクも、市内の地理をほぼ掌握してしまった。
今回の旅でもサンクトペテルブルクに着いてしまえば、もともとそれほど大きな街ではないし、ホテルの場所もあのあたりかと見当がつくから心配いらないけど、ひとつだけ気になるのは、飛行機がモスクワで国内線に乗り換えて、サンクトペテルブルクまでその日のうちに行ってしまう直行予定であること。
言葉もわからないし、空港で乗り換えなんてそんなに簡単にできるのか。

日程表によると乗り換え時間は1時間半だそうだけど、アエロフロートのホームページをのぞいてみたら、乗り換えには最短で1時間10分かかるとある。
最短でそれだけかかるなら、わたしの場合3時間ぐらいみておかないとヤバい。
飛行機が遅延したり、ターミナルが別だったりしたら目もあてられない。

うーんと考えた。
調べてもみた。
友人から買ったiPad miniは、ベッドにあおむけに寝たままでも調べられるから、調べがはかどること。

さいわいアエロフロートは国際線も国内線も同じターミナルにあるそうである。
しかも旅行会社に問い合わせてみたら、3時間後にもう1便べつの飛行機があるという。
わたしの知り合いでずっとむかし、電気釜を中国に持ち込もうとして、不審な科学兵器とまちがえられて、2時間も空港で止め置かれたのがいたけど、3時間もあるならこんな場合でも大丈夫ではないか。

そういうことで、飛行機は3時間あとの便にした。
問題があるとすれば、なにもかもが順調にいって、乗り換えが1時間10分ですんでしまった場合だな。
こうなると時間をもてあましそうだけど、国際線の飛行機で3、4時間の待ち合わせはめずらしくないのである。
iPad mini でローリングストーンズの YouTube ライブでも観ていれば、すぐに2時間ぐらいはたつ。

ひと安心したあと、さらにこんな手を考えた。
紙にあらかじめ行き先と便名と時間を書いておいて、 行き先々で空港職員らしき人間に尋ねながら行くのである。
聞いた話では、荷物を積み込んだ客が搭乗しないと、爆破テロの可能性があるから、飛行機はその客を見つけるまで離陸できないそうである。
これなら多少遅れてもかまわんではないか。
もたもたしていれば、相手のほうで必死で探してくれるのではないか。
それで飛行機が遅れたって、このていどでシベリア抑留もないのではないか。

だいたい、中国に行ったときは中国語の勉強もいくらかしていったけど、ロシア語なんてとてもわからない、というのはわたしだけじゃあるまい。
英語の得意なイギリス人もアメリカ人も、たいていはロシア語はわからないのである。
もしかすると紙に書いて尋ねながらというのは、わたしの専売じゃないかもしれない。

だいぶ乱暴な論理だけど、案ずるより産むがやすし、なんといったって、わたしはツイているのだ。
かりにわたしがもっと若いころ、同じ旅をしたとすれば、この程度の無謀さもやむを得ないものとして、最初から覚悟していただろう。

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2015年2月10日 (火)

春の胎動

考えてみたら、ウチの近所の自然を紹介するのはひさしぶり。
もともとこの季節は見るべきもの、撮るべきものもあまりないし、トシとともに寒い日は出不精になっちゃって、散歩にも出かけないせいで。
今日は好天気に誘われて、ひさしふりにぶらぶら。
自然観察園の、春の胎動を感じさせる植物の写真を3枚。

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上から座禅草、節分草、そして太陽のひかりを精いっぱい受け取ろうとしているのは福寿草。
漢字で書くのがふさわしいものばかり。

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ロシアⅢ/ダメ押し

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愚鈍なわたしには、たったいちど行ったきりでは、なかなかその国の実体は見えてこない。
そういうわけで中国なんか10回以上出かけたくらいだ。
物見遊山なら1回見れば、すくなくても思い出くらいにはなる。
しかしその国のことをよく知りたいと思ったら、何度も行かなくちゃ見えないものが、ゼッタイにあるのである。

そういう理由でイスタンブールには2回出かけたし、モスクワも去年再訪問したばかりだ。
で、今度はサンクトペテルブルクに行ってみることにした。
2年前にいちど行ってるけど、そのとき、もういちど来るかもしれないというので、街の地理をじっくり頭に叩き込んでおいた。
せっかく叩き込んでも時間が経てば、記憶はどんどんうすれる。
忘れないうちに行っておかなければモッタイナイないのである。

旅行会社に見積もりを依頼したのは2ヶ月ほどまえ。
旅行期間は2月に設定したけど、冬は寒いからロシア旅行はシーズンオフで、料金が安いのである。
わたしのロシア旅行が冬ばかりなのはそういう理由だ。

ところがというか、やっぱりというか、安くない。
だいたいロシアの旅行は高いことで知られている。
たまたま送られてきたばかりの旅行会社のパンフレットがあったので、それと比較してみると、このパンフレットでは8日間のロシア・ツアーが、料金は23万円から45万円になっていた。
これは夏の旅行も含まれているから、いちがいな比較はできないけど、ま冬の旅でも20万円前後になるのが普通だ(ひとり参加の場合はさらに7~8万円プラス)。

しかし冷静に考えてみると、わたしの旅はツアーによらない自由旅行であるから、自由気ままを愛し、そのために散財する覚悟のある人にとって、見積もりはむしろ安いくらいかもしれない。

そう考えて清水の舞台から飛び下りた。
ついでに、いっしょにハワイのダイヤモンドヘッドに登ったことのある友人のO君を誘ってみた。
寒いからイヤだという。
そりゃロシアはハワイより寒い。
相手はナポレオンやヒトラーの軍隊でさえ敗退させた、冷酷な冬将軍のいる国である。
そのへんの温泉に行くのとはわけが違うから、そうとうの根性と、なにがなんでも見たいという執念と、あわせて防寒衣料につぎこめる金、さらに社会的にたいして必要とされてないわたしみたいな立場がなければ、おいそれととっかかれる相手ではない。
根性と執念以外ならO君はこの条件にピッタリだったんだけど、残念なことだ。

けっきょくまたひとりで行くことになった。
出発まであと2日。
あいかわらずロシア語どころか、英語もろくにしゃべれない。
荷物もまだぜんぜんまとめてない。
あまり早くまとめると、出発まぎわになって、また心配になって、もういちど荷物をひっくり返すことになるのがわかっているもんで。

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2015年2月 9日 (月)

今朝の新聞

今朝のウチの新聞とまた書こうとして、朝っぱらから玄関のドアを開けたら、そうでした、今日は新聞がお休みの日でした。

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2015年2月 8日 (日)

今朝の新聞

今朝のウチの新聞(朝日)。
3面のほとんどを使って、スギタさんとハセベさんという大学教授2人が、また対談形式で時事問題を語っている。
2人の名前を見ただけでなんかイヤな雰囲気。
彼らは以前わたしから、いいアルバイトなんだろうなあと揶揄されたことのある人たちである。
今回も大学教授にあるまじき短絡的考えで、テロとどう向き合うかというテーマを語っている。

いろいろ学のある人たちだから、「積極的平和主義」という言葉について、英語の訳をふりまわして、意味がわかりにくいなどと批判をかましてるけど、積極的な平和主義という言葉の意味がわからない日本人がいるんだろうか。
この教授サンたちの意見は、日本人はしようがねえなあという上からの目線で、これではウチの新聞のわるいクセそのまんまだ。

仏のシャルリー・エブド襲撃については、ほかならぬ朝日新聞にさえ、イスラム教徒のこころを傷つけることはつつしむべきだという識者の意見が何度か載っている。
つまり言論の自由を守れという意見と、他者への批判には限度があるべきだという意見は、目下世界を二分するような大問題なのに、このお2人の信念はきわめて単純。
ま、新聞社の記事だから言論の自由が優先されるのは仕方がないかもしれないけど、やっぱりこの対談でいくらもらえるんだろうと、そっちのほうが気になってしまう。

おりしも読売新聞のアンケートでは、拘束されて首を切られたテロ被害の責任は、本人にありという答えが80パーセント以上だそうだ。
教授サンたちはそれでも政府の判断が甘かった、イラク戦争なんかに参加したせいだと、あくまで政府がいけなかったといいたいらしい。
たとい自己責任でも、だから国家が無視していいはずはないというのはわかる。
しかしテロにかぎらず、天変地異があってさえ、お上の判断を責めるのはいつものウチの新聞のやり方。
そのくせテロリストから日本人を守るために、積極的に出ていくのはケシカランというのもウチの新聞の主張。
とにかく、なにがなんでも政府に責任を持っていくのが、ウチの新聞。
読むにたえないこの論調がまたおもしろくて、あいかわらず購読し続けるワタシもつくづく変人だなと思う。

この記事を読んだかぎりでは、対談形式ってことになっているけど、そのまえに新聞社側と、こんな内容でやって下さいと打ち合わせがあったことは確実。
ひょっとすると2人とも名義貸しだけで、じっさいの対談なんかやってないんじゃないか。
朝日新聞にお願いだけど、もう名前を聞いただけで不信感を持ってしまうような人を担ぎ出すのはやめてほしい。

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パスポート返納

ネットニュースを読んでみたら、日本人のカメラマンがシリアに渡航すると駄々をこねて、パスポートを取り上げられたそうだ。
ナニ考えてんのかねえ。
日本は移動の自由を保障する国だけど、また飛んで火にいる夏のムシになったら、誰が身代金を払うんだい。
もっともこの人はシリアに行くことを公に表明してたらしいから、一種の売名行為かもしれない。
本当にあの国の悲惨な状況を伝えたいと思っているなら、しらばっくれてロシアあたりを経由し、トルコあたりに潜入し、難民キャンプ近くで「イスラム国」と内通しているかもしれないガイドを雇うのがイチバンだ。
いえ、わたしも近いうちに、また性懲りもなくロシアに行くんだけど、決してそんなふとどきなことは考えちゃおりませんですよ。

ああ、もうナニがなんだかわからない世の中だ。
世界はますます狭くなりつつあるみたいで、わたしの世代は自由に海外旅行ができた最後の世代になるような気がする。

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2015年2月 7日 (土)

放任主義

血圧が高いにもかかわらず、塩分の摂取をやめないワタシ。
今朝はアコウダイの粕漬けを焼いたほかは、塩辛、タクアン、そして味噌汁のがぶ飲みだ。
さすがに拒否反応が出てきたようで、今日は塩気のあるものばかりか、お茶もコーヒーも飲みたくないし、なんとなく食事もしたくないという気分。
ふつうならお茶漬けや湯豆腐くらいは食べる気力があるのに、今夜はそれもダメ。
こういうときはムダな抵抗はせず、体にまかせるということで、食いたくなるまでなにも食べないのがわたしの主義だ。

わたしの知り合いは、三度三度の食事はちゃんととるのを鉄則としていて、食事を抜くのは健康にわるいと信じている人である。
それでメタボで悩んでいりゃ世話ないが、わたしはそうでない。
塩分が不足すれば漬物を、糖分が不足すれば羊羹かカリントウを、カルシウムが不足すればイワシの丸焼きを、鉄分が不足すればホウレンソウを、友人が足りないと思ってりゃツィッターかフェイスブックなんてもんを、人間の体は自然に欲するようになる。
腹がへれば自然とメシが食いたくなるはずだ。

そう考えて体調は放任主義。
お医者さんもサジを投げるかもしれないけど、なんの、これでわたしは山あり谷ありの人生を、もう十分すぎるくらい生き抜いてきてしまったのだ。
まあ、わたしみたいに部屋でごろごろして腹をすかそうってのがおかしいんだけど。
それともまた胃ガンかしら。

スーパーで飲めそうなものを考えたら、牛乳に思い当たった。
それで牛乳を飲みながらお菓子をかじっている。
夜の8時を過ぎても、まだなにか食べようって気にならない。

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2015年2月 5日 (木)

符牒

雪が降るっていうから、半分心配、半分期待して外をのぞいてみたけど、朝の5時現在ではまだ降ってない。
この時間に外をのぞいたのは朝刊を読むためである。

今日の朝刊の1面トップは「裁判員の『死刑』破棄確定」というものだけど、これはヨルダンの女死刑囚とは関係がない。
日本では死刑が相当とされた判決でもくつがえるのに、中東はさすがに目には目のお国柄で、後藤健二さんの崇高な意思はほとんど無視され、報復だけが目立ってしまった。

イヤな世の中だなと思っている最中、今日は新聞に週刊新潮の広告が載る日なので、そこに名古屋で老女を惨殺し(てみ)たという19歳の女子大生の見出しだ。
彼女の顔写真を載せるかどうかでひともんちゃくあったようだけど、このネット社会では、とっくにこの女子大生の顔を見た人も多いだろう。
殺してみたかったという願望を、なんの疑問も持たずに実現させちゃう娘も娘だけど、彼女って理科系だったらしいから、わたしなんかよりずっと優秀な学生らしい。
「イスラム国」にしてもこの事件にしても、なんか時代がおかしくなってるよなあ。

ひょっとすると、コレってわたしのこころの反映じゃないかって、不気味な気分におそわれることがある。
確たる証拠があるわけじゃないし、本気で書くとオカルトまがいだから、あっさりと書いておこう。

わたしは戦後の生まれだから、これまでもっとも平和な国の、もっとも平和な時代に生まれたという幸運を、ありがたく享受してきた。
わたしの世代は、自分の人生と歩みを一にするような日本の成長期を謳歌し、中年を過ぎるころ、そろそろ繁栄の山場を越えた日本と向き合い、老年になるころ今回のような殺伐とした社会に遭遇している。
もうすこし細部を説明すると、人間の意識やこころが定まる青春時代に、ビートルズに象徴されるような意識改革に直面し、中年のころにはCDやパソコンのような文化や社会の円熟期(退廃期?)に遭遇し、終活を考えるころになると、終わりにふさわしいはちゃめちゃな未来に出会うことになった。

これって偶然なんだろうか。
わたしがもう少し前かあとに生まれていれば、わたしはぜんぜん別の人生を体験することになったのだろうか。
たとえばおじいさんになるころ、ビートルズと出会って、彼らがわたしの人生になにか影響を与えることも、ぜんぜんなかったということがあり得たのだろうか。
そのへんがよくわからない。

という話はこれまで。
あまり深く追求すると、ただでさえおかしな思想にかぶれやすい昨今の若者に、どこかの新興宗教みたいなへんな影響を与えかねないから、これはあくまでわたしの個人的感慨。
あ、まだ雪は降ってこない。

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2015年2月 4日 (水)

憎しみの連鎖

いくらなんでもそこまでやるかってなもん。
「イスラム国」 に拘束されているヨルダンのパイロットについて、生きたまま焼き殺された映像が出まわっているという。
どれどれと、わたしも映像を探すベテランだから、すぐに YouTube でそれを見つけた。
鉄格子の檻に入れられたパイロットが、まわりを正規兵のような軍服の兵士に取り囲まれ、導火線のようなあんばいのガソリンに火をつけられる。
正視に堪えない映像だから、部分的に静止画だったけど。

どうも残酷が度を越している。
これじゃあ弁護の余地もない。
しかし考えてみると、これも 「イスラム国」 の戦略かもしれない。
残酷に残酷を上乗せして、アメリカの世論を沸騰させ、なんとかして米軍を戦場に引っ張り出す。
「イスラム国」はキライだけど、アメリカもキライだというイスラム教徒は多いから、米軍がちょくせつ参戦すればしめたもの。
こうなればアラブ対アメリカの戦争ってことになり、イスラムを冒とくするアメリカ人をこらしめるという大義名分がたち、彼らの言い分にちっとは正当性が加味されるわけだ。

アメリカもそんなことはわかっていて、その手には乗らぬの心理戦。
それでも 「イスラム国」 の残虐行為が続けば、いつか堪忍袋の緒が切れる。
それで参戦すれば、中には捕虜になって、また首を切られるアメリカ兵も出てくるだろう。
ほんの少数の不満分子が世界をひっかきまわす状況は、いよいよ先が見えなくなる。

ヨルダンでは 「イスラム国」 が釈放を要求していた死刑囚の女をただちに処刑するとか。
怒りの矛先が向けられた死刑囚こそいいメイワク。
もともと彼女は 「イスラム国」 にとってそれほど重要な駒じゃないみたいだし、いちおう文明国を標榜するなら、ヨルダンも軽はずみなことをしないほうがいいように思うけど。
殺しが殺しを誘発し、憎しみが憎しみを呼ぶ、相手の思うつぼだ。

わたしももうすぐロシアに行くんだけど、あの国には 「イスラム国」 みたいに乱暴なテロリストはいないだろうねえ。
とにかく拉致拘束されたら、間違いなく殺されると思ったほうがいい最近の傾向だからなあ。
わたしには後藤健二さんみたく、死にのぞんで毅然としていられる自信がないよ。

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2015年2月 3日 (火)

カトー君

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旧友のカトー君からメールが来た。
今度は山本鼎版画大賞ってところの優秀賞をもらえることになったんだそうだ。
つらつら考えると、これはとっても嬉しいことかもしれない。
つらつら考えなくてもおめでたいことに決まってるけど、わたしのつらつらには別のおもわくがあるのだ。

だいだい有名になった人というのは、まだ世に出るまえに、たいてい身内や友人の中に、やはり特色のある人物がいるものだ。
夏目漱石には満鉄総裁になった中村是公がおり、石川啄木には金田一京助がおり、椎名誠には沢野ひとしや木村晋介が、司馬遼太郎の 「街道をゆく」 にもあっちこっちで、いまはそれなり社会の重鎮になっている戦友に出会う場面がある。
人間がえらくなるためには、人生のどこかに奇縁というものが必要なのかもしれない。
こう考えると、幼なじみのカトー君の存在は、やっぱりわたしの人生がただものではないことの証明になるってことは、たぶんぜんぜんないだろうけど、もしかするとと期待を抱かせるに十分だ。
おそまきながらこれからわたしも有名になるのかも。
んなバカなことないか。

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2015年2月 2日 (月)

またミステリー

後藤健二さんが殺された。
最悪の事態。
やれやれ。
これじゃあコワくて中東方面に旅行もできない。
世界を撹乱しようという相手の思うつぼだ。

そこでまた 「イスラム国」 について考えてみる。
わたしは彼らがもうほんの少し、話せばわかる相手だと思っていた。
湯川遥菜さんを殺したものの、後藤さんをすぐに殺さなかったのは、彼らの中のそういう理性が働いたのだと思った。
ところが、ひょっとして、彼らが殺害予告をしたヨルダンのパイロットがすでに殺されているとしたら、彼らは最初から持ってないカードを交渉に使おうとしたことになる。
これではただのならず者の詐欺師と思われても仕方がない。

しかも先進国の中ではわりあい中東で評判のいい日本まで敵にまわすことになり、自衛隊の実力を海外で発揮させてみたくてたまらない安倍クンあたりを張り切らせてしまう。
それだけじゃない。
彼らのやっていることは格差社会の勝ち組と負け組の戦いなのだと、その言い分にほんのわずかな理を見いだし、ほんの数パーセントの善意に賭けていた人たち (わたしを含めて) からも愛想をつかされて、これでは戦略もなにもない無法集団ということをますます証明するだけじゃないか。

話してわからない彼らの態度。
ここまで徹底的好戦主義者ということは、やっぱり裏に国際的な武器商人のネットワークがと、またミステリーの続きを考えてしまうけどね。

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夜中のくりごと

さぶ~い!
今年はあまり寒さを感じなくて、人間もある程度トシをとると寒さに鈍感になるのかななんてウソぶいていたものの、今夜の寒さはこたえる。
去年、壊れてしまって、ストーブを1台廃棄したのがイタイ。
今夜は残ったストーブと、部屋の中でダウンを着てしのいでいる。
あごの筋肉に痛みを感じるのは、歯をくいしばったせいらしい。

夜中に起きて、バーボンのお湯割りを飲みながらいろいろ考える。

むかしは冬の夜中に小便に起きて、卒中で死ぬ人が多かったそうである。
わたしもそっち方面の心配をしなくちゃいけない境遇なので、ときどきこのままぽっくりいくんじゃないかと不安にかられる。
目をさまして、よたよたとトイレに向かうとちゅう、ぼうっと気が遠くなる。
あ、いまオレは死ぬんだなと思いつつ、床に倒れてあの世行き。
あの世行きならまだいいが、ヨイヨイになって、ひとり者のわたしは2、3日後にようやく発見される。
そのあいだ大小便を垂れ流しだ。

そりゃちょっと (うんと) マズイんでねえかと思いつつ、バーボンのラベルを見る。
度数は40度だそうだ。
わたしの場合、倍の量のお湯で割るから20度だし、節制のある飲み方だからまだマシだけど、これってやっぱりマズイなと思う。

塩分だって控えなくちゃいけないはずだけど、先日新潟に行って、道の駅で野沢菜の漬物を買ってきた。
わたしは漬物が好きだけど、なぜかこれまで、野沢菜というものを冷遇してきた。
ところが本場というか、雪国の野沢菜を食べてみたら、これは美味い。
それでスーパーで野沢菜の漬物を購入し、ついでにうまそうなタクアンまで買ってきてしまった。
わたしの境遇では、これはけっして許されないことである。
じっさいに12月の健康診断では、医者からナニを考えてんのかねと叱責されたくらい。
しかし塩の効いてない漬け物なんか食べる気がしない。
アナタもそうでしょ?

シリアでは後藤健二さんが殺された。
わたしも彼といっしょ、自爆覚悟の人生なのだ。
願うことはただひとつ、ごたごたいわない即死であることだ。

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