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2015年3月

2015年3月31日 (火)

花の季節

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花の季節になるとはりきっちゃうワタシ。
最初の写真は、マンネリといわれようと、せっかく咲いたんだから載せておきましょうね。
露出はゆる目です。

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2番目はニリンソウのあいだに咲き遅れたカタクリ。

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3番目は、いまの季節に?というところだけど、花の直径が1センチもない小さなリンドウ。
名前は、えーと、そのうち調べておきましょう。

※このリンドウはフデリンドウ。

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4番目はサギゴケの仲間だと思うけど、これも米つぶみたいに小さな花です。

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2015年3月30日 (月)

カイカイ

なんとなく沈静化の感のある日中韓の近親憎悪。
なしくずしでも仲良くなる方向なら悪くはないけれど。

ネット上に 「カイカイ反応通信」 というサイトがある。
韓国の投稿サイトを日本語に翻訳しただけのものなんだけど、韓国人の本音が聞けて、ヒマなときに読むぶんにはなかなかおもしろい。
たとえば、「韓国料理はすでにグローバル化されている」 という記事があり、ただし最後に 「日本人によって」 というオチがつく。
世界的規模で韓国料理のチェーン店を展開して、韓国人さえ瞠目させているのは、じつは日本の焼肉屋 「牛角」 なんだそうだ。
もともとは韓国人が書いた記事だから、韓国人の中にも自国を冷静に見てるっつうか、自虐的な意見の持ち主がいるんだなって思ってしまう。

しかしこれは、一歩間違えば親日的な意見になってしまうから、韓国の中にとうぜん 「カイカイ反応通信」 に批判的な人もいる。
そういう人は、カイカイは意見を選別して、都合のいいものだけを載せていると主張する。
これはまあ、ありそうなことである。
日本でも、ウチの新聞みたいな大手のマスコミだって、歴史認識でしょっちゅうそういうことをしていたくらいだし。
カイカイを攻撃する人の推薦するサイトを見ると、これはまた例によって反日一色で、こういうことを言いだしたら、どっちもどっちでキリがなくなってしまう。

しかし反韓サイトとしても、カイカイの内容はヘイトスピーチほど過激ではないし、都合のいいものうんぬんを念頭において読んでみても、日本の料理や旅館のサービスは最高なんて意見は、反日の韓国人がみてさえ真実じゃあるまいか。
そのうち韓国に出かけて、あちらのサービスってのはどのくらいのレベルなのか、ひとつ研究してみるか。

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2015年3月29日 (日)

今朝の新聞

わっ、またかいとぼやきたくなるのは、今日のウチの新聞。
いくら原稿料をもらってんのかしらとか、あらかじめの打ち合わせ通りにやってんでしょと、わたしに揶揄されているハセベ、スギタ両教授さんがまた登場だ。
「長谷部・杉田・考×️論」 なんて見出しまでついちゃって、シリーズになってるみたい。
困ったモン。

それよりも今日の新聞では 「プーチンの実像」 って記事のほうが興味深い。
とかく政治というものは表からしか見ない人が多いけど、わたしはプーチンファンですからね。
ウクライナ問題でも、よその男にイロ目を使ってばかりのウクライナが悪い、男の中の男であるプーチンは悪くないって立場。
経済誌フォーブスの選ぶ 「世界で最も影響力のある人物」 に、2年連続で1位というのもうなづけます。
日本は立場上、対ロ制裁に加わっているけど、アメリカの大統領ってのは国民の顔ばかりうかがっている生きものだからねえ。
中国主導のアジア投資銀行も、気がついたら、不参加は日本とアメリカだけになりそうで、いや、こっちのほうは、わたしにはあまり関係がないから心配はしてませんけど。

プーチンの記事は 「安倍がプーチンとの対話でどんな話をしたのかあきらかになっていない」 で終わっているけれど、どんな話なのかを知りたい人は、わたしのこのブログの14年9月7日の記事を見ればよい。
そこにこんなことが書いてある。
『こんなときこそ安倍クンは日本とロシアの親密な関係を演出し、プーチンの耳もとで、まわりに聞こえるように大きな声でささやく。
日本とロシアは一衣帯水の国ですからな。
日本だけはロシアの味方ですよ。
なに、アメリカなんぞは、シュールガスを吸い尽くしたら、あとはもう三流国です』
話の内容は、これとそんなには違ってなかったと思う。
北京で安倍に会ったプーチンは、あれほど不快感を示していた日本の対ロ制裁に言及しなかったそうだから。

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2015年3月28日 (土)

三等陸佐

こないだのチュニジアであったテロ事件。
被害者の女性に朝日新聞が強引な取材を迫ったそうで、また朝日か、ケシカランとブログに書こうとしたけど、メンドくさいのでほうっておいて、今日は図書館に出かけたら、週刊新潮にこのケシカランをひっくり返すような記事が載っていた。

なんでもこの被害者の女性は自衛隊の三等陸佐だったそうで、自衛官には義務づけられている海外渡航の申請もしないで、チュニジアに旅行していたのだそうだ。
アレの被害者って、たしか豪華客船によるクルーズ中の旅行じゃなかったっけ。
自衛官がそんなものに乗っていていいのか。
と、かって自衛隊の二等海士だったわたしは、嫉妬と羨望の炎がめらめら(ちなみに二等海士と三等陸佐では10段階以上の階級差があるのだ)。
ま、お金があるならなにをしようと大きなお世話の日本だけど、新潮の記事では、だらしない自衛官ということで終わっていた。
やっぱり給料も退職金もたくさんもらうのだから、テロに遭遇したら陸佐たるもの、マシンガンでもぶっ放して抵抗してもらわなきゃと、わたしも新潮に同感だ。

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2015年3月26日 (木)

今日の春めき

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めっきり春めいてきたので、ひさしぶりに散歩に行ってみた。
しばらくご無沙汰しているうちにモクレンやコブシはもう終わりで、自然観察園ではただいまカタクリが花盛り。
スミレが咲き始めた。
写真に撮るのはいいけれど、毎年の恒例だから、マクロも逆光も試したことがあり、上から狙ったり下から攻めたり、もう新しい写真のアイディアがないねえ。
勝手にしやがれと、ヤケッパチで、もうおもしろくもなんともない写真。
最初の、わさわさとゴミみたいなのはスミレ。

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潔癖なブログ

ネットニュースを読んでいたら、なんとかいう YucTube の人気サイトが炎上なんて記事があった。
このサイトは風変わりなことを実践したり、ほかのサイトを紹介して人気を集めていたらしいけど、問題はバナー広告を乗せて、日銭を稼いでいたということだ。
最近この手のサイトが多いけど、ようするに他人の作ったおもしろそうなサイトを集めて、そのそれぞれにリンクを張り、アクセスを増やすという、つまり他人のフンドシで相撲をとろうってことである。
無償でやるならそれなり意義がないとはいわないけど、それでお金を儲けようってのはタチがわるい。
ぜんぜん広告をつけないわたしのブログの潔癖なこと。
こういうブログはえこひいきがなく、わたし書く記事は信頼に足るってことで、スポンサーを期待してんだけど、あいかわらずどこからも声がかからないねえ。

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2015年3月25日 (水)

シンガポール

シンガポールの初代大統領であったリー・クアンユーさんが亡くなった。
旅行好きのわたしであるけど、発展した観光立国に興味がなくて、知名度の割にはこの国にたいした知識もなかった。
ささやかな知識としては、クアンユーさんと中国の鄧小平さん、台湾の李登輝さんはみんな客家の出で、彼らがそれぞれの国の最高実力者であった時代は、きっとウラじゃなあなあの関係なんだろうなって思ったこと。
クアンユーさんが開発独裁の絶対的な信奉者で、民主化を追い求めるミャンマーのアウンサンスーチーさんに批判的であったことくらい。

いい機会だからウィキペディアで調べてみた。
調べているうち、太平洋戦争当時のことになるのは無理からぬことであり、シンガポールを攻略した山下奉文大将のことになってしまうのも無理からぬことである。

山下大将も靖国神社に祀られているそうである。
戦犯を祀るのはケシカランという人もいるけど、どっこい、山下サンの経歴からは、戦犯の大半はそれなり日本のために奉仕して死んだ人たちじゃないかという気持ちもわいてくる。
これもまた、ものごとを一括で処理できない好例のひとつ。

山下大将にまつわる人物として、辻政信なんて人が出てきた。
戦争中は戦犯扱いされて不思議ではなかった人らしいけど、終戦後に地下に潜伏し、かっての同僚たちが処刑され、戦争裁判がかたづいたころ、のこのこと姿をあらわして、のちに日本の政治家にまで成り上がった人である。
要領のいい人はいつの時代にもいたんだなあって思ってしまう。
そんな波乱万丈を絵に描いたような人が、最後はラオスで失跡、行方不明のまま死亡届けというから、これは戦争中に敵対した人たちによって、ナチスのアイヒマンのように逮捕、処刑されたんだろうと想像したけど、そうじゃないみたいだ。

山下奉文大将については “マレーの虎” という呼称が出てきて、これは “マライのハリマオ” とは別人であるなんて記述もある。
ハリマオという言葉になつかしい響きを感じたので、調べてみたら、これはわたしが幼少のみぎりに読んだ石森章太郎のマンガの主人公で、モデルは実在の人物だった。
このマンガはテレビ・シリーズにもなったそうだけど、見た記憶がないのは、当時のわが家にはまだテレビがなかったのかも。

こうやってクロス・リファレンスで、つぎつぎと関連項目を調べていくと、時間の立つのはものすごく早い。
今日も2時間ばかり、金儲けでもに使えばもうすこし有効に使えたはずの時間をロスった。

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2015年3月24日 (火)

ロシアⅢ/ひらめき

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ベラルーシ駅でかんたんな食事をすませたあと、空港行きエクスプレスのホームの上で金髪クンと別れた。
エクスプレスの窓から眺めると、ようやくモスクワの空は本来の冬空にもどりそうな塩梅。
空港の待合室でぼんやり考える。

30代の終わりのころ、わたしの脳天に天啓がひらめいた。
シナイ山に登って十戒を得よなんて高尚なものではないけれど。

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そのころのわたしは、マンガ家になろうという夢をとっくに放棄していたばかりか、それがたんなる現実逃避に過ぎなかったことにも気がついて、なかばヤケッパチみたい生き方をしていた。
はっきりしてるのは、自分には他人よりマシな特技も学歴もないこと、もうイヤになるような負け犬根性の持ち主で、組織の中では生きられっこないということ、こういう人間がたとえば結婚したって先が知れていること。

とくにやりたいこともないので、だらだらと貯めていた貯金だけはあるていどの額になっていた。
貯金通帳をながめて、思った。
貯金は少しづつ増えるけど、それが老後の資金というのではあまりに寂しい。
いくらせっせと貯金をしたって、どうせ人間いつか寝たきりになる。
寝たきりでなければ、ある日とつぜんポックリか。
どっちにしたって、このままでは貯金はあの世で使うのが精いっぱい、待っているのは悔いの残る人生だけだろう。
ならばいっそのこと、他人にはおいそれと真似できない徹底的変人生活をしたらどうだ。
無責任な天啓だけど、ひらめいたってのはこういうことである。

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そうはいっても、もともと引っ込み思案のわたしが、いきなり衆議院選挙に立候補したり、ヤクザの事務所になぐりこみをかけたりできるわけがない。
わたしの徹底的変人生活というのは外国を見ようということだった。
独身貴族であることと、いくばくかの貯金を活用して、見たいところ、行きたいところへどしどし出かけてみようということだった。
なんだ、そんなことかいと笑われてしまいそうだけど、この程度のことでも妻子のあるフツーの労働者にはなかなか出来ないことである。
これなら現実から逃れたいという願望と、やむにやまれぬ好奇心という、わたしが持っている二つの性癖を同時に満たせるような気がした。

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そういうわけで、30代後半からわたしは旅行三昧。
しかし、よくわからないけど、こう決心してからわたしのツキが始まったような気もする。
その後のわたしは、偶然とは思えない幸運にいくつも遭遇した。
しかもその多くが、わたしの決意を後押しするようなことばかり。
そのひとつひとつを挙げつらっても、バカいうな、偶然に決まっているといわれるのが関の山だろうし、ヘタするとまたオカルトになりかねないから挙げないけど、わたしは確信しているのだ。
たぶんわたしは、まともな生活をするために生まれたわけじゃないのだろう。

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こんなわたしの行きつく先は決まっている。
しかし、まともな生活をしたって行きつく先に大差があるとは思えない。
これまでの不思議な幸運からすれば、貯金を使い果たしたころ、うまい具合に心臓がぱったり止まるんじゃないか。
その場所がどこか異郷であることを願うって、わたしもほとんどビョーキだね。

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2015年3月23日 (月)

谷崎潤一郎

新聞を読んでいたら、今年は谷崎潤一郎の没後50年だそうだ。
おお、それじゃ彼の作品もいよいよネット上の「青空文庫」で読めるんじゃないか。
そう期待したけど、今日の時点じゃまだ彼の作品は上梓されてないね。

わたしは目下終活に精を出していて、本棚もだいぶ整理をしてしまったから、かってはたくさんあった谷崎潤一郎の本も、ひとつもなくなってしまった。
彼の本は、もちろん本屋に行けばいつでも買えるけど、やっと整理した本をまた買うわけにはいかない。
図書館に行く手もあるけど、借りたり返したりがメンドくさい。
それより簡単なのがネットで読むことだ。

そういうわけで、青空文庫に載る日をこころ待ちにしている本の代表が、谷崎潤一郎なのである。
おそらく青空文庫のボランティアも、すでにデジタル化をすませ、手ぐすねひいて上梓する日を待ちかまえていることだろう。
早くしてくれないと、わたし死んでしまうからね。

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ロシアⅢ/ツァリツィノ宮殿

サンクトペテルブルクからモスクワに移動してきたとき、もうこの旅は終わったようなものだ。
さっさと片付けよう。

帰国の日だけど、飛行機は夜の8時である。
しかしホテルは昼までにチェックアウトしなければならなぃ
こういう状況に何度も遭遇しているわたしは、時間つぶしの方法もきちんと考えていた。
この日は金髪クンと、ツァリツィノにあるエカテリーナの宮殿を見学に行くことにした。
ここは初めてロシアを訪問したとき、美少女ガイドのかほり君に案内されて行ったところで、なんでも建設途上で放置されていた宮殿を、近年になって博物館として再建したものだそうだ。
ホテルのあるアフトザヴォツカヤから駅数にして三つ離れているだけで、これなら時間の調整も簡単だし、夕方までヒマをつぶすのに好適だ。
金髪クンはモスクワに住んでいるくせに、ここにはいちども行ったことがないという。

昼ごろ、ホテルに大きな荷物だけを預けて、やってきた金髪クンとともにツァリツィノに向かう。
この日もモスクワは晴天である。

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ツァリツィノ宮殿は、もちろん以前のままだったけど、天気がいいからおのずと雰囲気も異なる。
1枚目から3枚目までの写真は、ツァリツィノ公園の門と、公園内の大きな噴水のある池のあたりの景色。
去年も暖冬だったけど、今年はさらに暖かく、門の写真には雪がまったく写ってない。

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4枚目は遠足に来た子供たち。
北国の子供たちはカラフルなキルティングのジャンパーのせいで、ひじょうにはなやか。
ということは、むかし北海道を旅したときに思ったことがある。
ロシアも例外じゃない。

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ここに載せた写真はすべて、サンクトペテルブルクにあるエルミタージュや、夏の宮殿に匹敵するような派手めのツァリツァノ宮殿だ。
豪華絢爛たるエカテリーナの間も以前のまま。
寄せ木張りの床が美しいけど、これらは近年になって再建されたものだから、歴史的建造物といっていいものかどうか。

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総じて、以前に見たときは絵画の展示が多く、半分は美術館のようだったのが、今回は博物館の要素が3/4になった感じ (ある場所で子供たちをまえに童話劇のようなものが開催されていた)。
平日ということもあってか、見学者はあまりいなか った。
すでにいちど見学したところなので、ブログの報告にも熱が入らない。

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館内を一周してきて、だいぶくたびれたわたしは、館内の喫茶店でお茶を飲んでいることにした (写真は館内の喫茶店)。
幼児のように貪欲な知識欲をもつ金髪クンは、ひとりで武器庫の展示を見物してくるという。
行ってこいと送り出したものの、そんな彼がいつになっても帰ってこない。
わたしは腕時計を見ながらやきもき。
これでは空港へ行くまえに、ベラルーシ駅でメシでも食おうという計画がオジャンになってしまう。

しびれを切らして迎えに行ってみたら、彼は監視のおばさんとべらべら立ち話をしていた。
おーい、何をしてんだよーと怒鳴りつけたら、おばさんは、森の中の猟師みたいに大きな声を出さないでといっていたそうだ。
あいかわらずロシア人はとっさの表現が詩的である。

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2015年3月21日 (土)

ロシアⅢ/食べもの

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ロシアではろくなものを食べなかった。
夜中に目を覚ましたときは、買い置きの (韓国製) カップラーメンを食べた。
たちまち、ロシアまで行ってラーメンかいという批判がましい声が聞こえる。
いや、どうせ1人じゃ店に入る勇気がないから、ホテルにひきこもっていたんだろうというかげ口まで聞こえてしまう。
ひとりで海外に出かける勇気のない人間ほど、そういうことをいうものだ。

そもそもわたしは西洋料理がキライである。
なにを食べても美味しいという、女性みたいに無神経な胃袋を持ってないのだ (いちどこのセリフいってみたかったんだよね)。
司馬遼太郎という人も外国料理がニガ手だということを、「街道をゆく」 のあちこちで書いている。
外国まで行って、そんなものを無理して食べたいという人の気がしれない。

なにか食えそうなものはないかと、「地球の歩き方」 に出ている食べ物の写真をにらんでみた。
ロシア料理とくればボルシチだ。
でもこれはスープだからこれだけ注文する人はいないだろう。
ビーフストロガロノフというものもある。
ナイフとフォークで食べなければいけないみたいで、それだけでもうお呼びじゃないって感じ。
ピロシキなんて揚げパンみたいなものは、2年前に食べたことがあるけど、とくに感銘を受けたわけでもない。
ほかにウサギの肉や、ワレニキという餃子みたいなもの、緑色のボルシチなど、わたしだってけっこういろんなものを食べてるんだけど、もういちど、ぜひ食べたいというものはあまりないのである。

わたしはヘソ曲がりでいってるわけじゃない。
とにかく食事の話題はわたしの手にあまるということだ。
で、牛丼でもないかと、ロシアにいるあいだ、日本食レストランにはよく行った。
たいていの店は想像を絶する不思議な日本食を出すのだが、前述したとおり、モスクワでは知り合いの紹介で、本格的な刺身定食を食べた。
やっぱり刺身だね、御新香やテンプラなど、世界に誇る和食だねとしみじみ。

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2015年3月20日 (金)

ロシアⅢ/北朝鮮レストラン

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スーパーから出たあと、北朝鮮レストランに行きたくないですかと金髪クンがいう。
腹はへってないぜといってみたけど、なかなか強引だ。
どうもその店に目をつけた娘がいるみたいである。
じゃ軽く一杯だけといって付き合うことにした。
かっての金髪クンはぜんぜん呑まない男だったけど、ロシア人の本能に目覚めたのか、それとも放蕩にはまっちゃったのか、いずれにしてもなかなかイケる男になっていた。

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北朝鮮の店ってどんなところなのか。
スーパーから近いというので徒歩でぶらぶら。
地下になった店で、テーブルと椅子、塩化ビニールの床、壁に富士山の(ってわけないけど)つまらない絵という、日本ならそのへんのカラオケスナックのほうがマシといったていどの殺風景な店だった。
そういえば、むかしの中国にこんな雰囲気の店が多かったねえと思う。

わたしたちが行ったとき客が数組いたけど、すべて東洋人だった。
日本人もいますと金髪クン。
カーテンで仕切った個室みたいな部屋に、日本語を話すグループがいたらしい。
なにか国際諜報の話でもしていたのか、それとも予算をムダ遣いする外交官だったのか、わたしたちの会話を聞くと、すぐに出ていってしまったけど。

朝鮮なら焼肉とキムチだ。
焼肉を食べるほど空腹じゃないから、キムチとレバ刺を頼んだ。
酒は朝鮮語のラベルがついた焼酎にしてみた。
中国の茅台酒みたいなものかと思ったけど、度数はたいしたことがないので、ちょっと期待はずれ。

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ウエイトレスは、じっさいに接客業務についているのは3人ぐらいで、これは、まあ美人といっていいのかどうか。
美人とすれば、少なくてもわたしの見立てでは、ふっくらぽっちゃりした古風なタイプで、土屋アンナや滝川クリステルみたいな現代的な美人はいない。
あの子ステキでしょと金髪クンはいう。
そうかいと、わたしは疑問符つきの返事をする。

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よく知られているように、彼女たちは北朝鮮の国家公務員である。
経済制裁をくらって困った北朝鮮は、なりふりかまわず外貨を稼ぐために、国内の美人をこういうところで働かせているのである。
彼女たちの稼ぎはすべて国家に没収され、わずかな給料をもらうだけなのだ。
そのせいかどうか、たぶんそのせいだろうけど、彼女たちの表情はけっして明るくない。
サービスもなってない。
椅子にひっかけてあった客のマフラーが床に落ちたとき、通りかかったウエイトレスは、ここに落ちましたとだけいって、マフラーは客が自分で拾っていた。

こんな調子だから、彼女たちをくどくなんてのはもってのほか。
くどいたところで、家族を人質にとられた彼女たちには、客と駈け落ちする自由もないに決まっている。
世が世であれば、古風な美人の彼女たちだって、もうすこし幸せになる権利があっただろうに。
まずい焼酎、うまくないキムチ、どうでもいいレバ刺を味わいながら、わたしはひたすら彼女たちの境遇に同情していた。
それでも支払いはちゃんとカードが使えた。

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というわけで、情熱の夜を期待した人には残念ながら、この晩もたいしてイロっぽい話はなし。
帰りにメトロ駅の構内で、幸運を呼ぶというイヌの鼻っつらをなでて帰ってきましたけど、やっぱりひとりで枕をかかえて寝ただけですもん。

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ロシアⅢ/スーパー

前回のロシア訪問で、金髪クンはわたしが “市場” に興味があることを知っている。
スーパーに行きたくないですかと訊く。
市場ではなくスーパーである。
市場なら大好きのわたしだけど、スーパーなんて横文字で書かれるともうイヤな雰囲気。

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彼のいうスーパーに行くために、メトロでレニンスキー・プロスペクト駅でまで行く。
この駅頭には巨大なガガーリンの像が立っている。
ガンダムみたいでしょうと金髪クンはいうけれど、わたしってガンダムに詳しくないからねえ。
この近くに建設中で鉄骨がごちゃごちゃとむきだしみたいな、けったいなビルがあって、ロシア科学アカデミーの本部だそうだ。
わたしにはおそれ多い建物みたいだから、遠くから眺めただけでおしまい。

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近代的なスーパーがモスクワにいくつあるか知らないけど、この日にわたしたちが出かけたのは、棚に品物が満載で、客は勝手に欲しいものをカゴに入れ、レジで精算するという、ようするに日本のどこにでもある郊外型の大きなショッピングセンターだった。
金髪クンにいわせると安いんだそうだ。
そりゃまあ、かってのソ連のような非合理的な店とはちがうでしょ。
でもわたしはロシアまで買い物に来たわけじゃないぜ。

なにも買うつもりのないわたしは、棚のあいだをぶらぶらして、地ビールのラベルなどを見て歩いた。
ソ連時代のロシアは、とにかくモノ不足で、街を歩くロシア人はいつもズダ袋をかかえていたそうである。
街でなにか売り出されていたら、不必要なものでも、とりあえず買っておくためである。
しかし現代ではスーパーの品揃えは日本とそれほど変わらない。
共産主義時代の店員のおうへいな態度が影をひそめたってところも感心である。

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ある棚で、これが美味しいです、ぜひ買いなさいと勧められたのが、ロシア産キャビア。
魚の卵でしょ、わたしはカズノコもイクラも、なにがなんでも食べたくなるほど好きじゃないんだけどと思ったけど、金髪クンはさっさとカゴに入れてしまった。
あとでよく見ると、缶のふたにイクラと書いてある。
どうみても日本のイクラと違うけど、そこはそれ、万事におおらかなロシアのことだから無視しよう。
この缶詰は蓋を開けるのにコツがいるそうで、彼が専用の缶切りまで買おうとするのをわたしは必死で止めた。

食べ方も金髪クンが教えてくれたけど、パンにバターとこのキャビアを塗りたくって、チーズといっしょに食べるのが正規の食べ方だそうだ。
わたしは正規というムズカシイ食べ方がきらいで、たいていは山賊みたいな食べ方をするほうだから、そういうゴタクは無視して、以前もらったときはスプーンですくってそのまま酒のつまみにしたっけがな。

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けっきょくここで、金髪クンはわたしそっちのけで、コーヒー豆や調理用の油、洗剤などの日用品を買い込んでいたから、彼のための買い物だったみたいだ。
彼は子供でわたしは大人、彼は貧乏学生でわたしは日本の大富豪、だからやむを得ないけど、その勘定はぜんぶわたし持ちだった。

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2015年3月19日 (木)

ロシアⅢ/モスクワ散歩

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翌日は張り切った金髪クンとモスクワ市内の散策だ。
こんなのとまともにつきあったら殺されてしまうから、昼ごろにのんびり出かけた。
べつに行きたいところもないから、クレムリンからアルバート通りにでも行ってみることにする。

メトロをクレムリンで降り、地上に出るとボリショイ劇場のわきだ。
ほら見ろ、わたしの言ったとおりだろと、最近では金髪クンよりわたしのほうがモスクワの地理に詳しいみたい。

ソ連時代のトイレを見たくありませんかと、金髪クンがいう。
そんなもの見たくないけど、強引な彼に引っ張られていったら、それは工事中で入れなかった。
クレムリンもあちこちで工事をしていたから、観光客の少ないこの時期に模様替えをすませようってことらしい。
クレムリンは広くて疲れるからということで、赤の広場をちょいとのぞいたたけで退散する。
1枚目、2枚目の写真はクレムリンにて。

アルバート通りまでぶらぶら、いや、金髪クンがいると、なぜか早足になってしまうのが困りモノ。
途中でお金を両替したかったので、彼の案内でATMに寄ることにした。
円は外国ですでに往年の輝きを失っているから、両替しようとしたのは米ドルである。
しかし機械を使ったわけじゃない。
彼がATMで自分のお金を引き出し、それでわたしのドルを目の前で交換してくれたのである。
ややこしいけど、おかげでロシアのATMがドルまで交換してくれるかどうかわからなかった。
機械はピカピカの最新式だからたぶん問題はないと思われる。

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金髪クンが最近日本食を食べてないというので、おごることにした。
彼の案内で入った店は、アルバート通りの路地を入ったところにある本格的な日本レストランである。
彼はテンプラが食べたいという。
まあ、いいだろうと、この場合は日本から来たわたしのほうに決定権が、貧乏学生の彼のほうにはおごられる権利があるのだ。
3番目、4番目の写真はわたしのタブレットで撮ったもので、画質はわるい。

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食事を終えてまたアルバート通りをふらふら。
大道芸人がぼちぼちと、画商や古本屋が露店を出していた。
画商も古本屋も、のぞくだけならだいぶサマになる光景である。
大道芸人をあちこちで見かけたけど、こういうのは日本にもいるからねえ。

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若い娘がハトを腕に乗せて通りに立っていた。
ちょっとカノジョーといって、ハトの頭をなで、ついでに写真を撮らせてもらった。
そのままその場所をはなれた。
彼女はなにをしていたのか。
べつにアルバイトでモデルをしていたわけでもなさそうだったけど、お金も払わずに、いいんだろうか。

トイレに行きたくなったので、ファーストフードの店に入った。
混雑してトイレも順番待ちだったところを、金髪クンが身障者用が空いてますというので、失礼してそこを利用させてもらってしまった。
これは不届きな行為だろうけど、べつにあとから身障者が来たわけでもないし、わたしは切羽詰まっていたのだからやむを得ないのではないか。
あとで金髪クンも同じトイレを利用していた。

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2015年3月18日 (水)

ロシアⅢ/マキシマ・パノラマ

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プーチンが核の準備をしたって大騒ぎ。
そのうちロシアへの渡航も全面禁止になって、わたしはまがりなりにもロシアへの自由旅行を体験した、最後のオトコってことになるかもね。
イスラム圏はすでに禁止のようなものだから、わたしみたいなボヘミアンにとって世界はどんどん狭くなっているぞ。

サプサン号の到着駅レニングラード駅で、メトロに乗り換えようとして、まごついた。
自分のいる場所を確認するために、いったん駅の外に出たのがいけなかったんだけど、ふたたび駅の構内に入ろうとしたら、出てくる客ばかりで押し戻されてしまった。
こちらの駅では出口と入口が歴然と分かれているのである。
おかげで駅舎をひとまわりして、極寒のロシアでいいかげん汗をかいた。

駅の構内でメトロの路線図を確認しようとしたら、それは旅行バッグの中だった。
取り出すためにはバッグを開けなければいけない。
現ナマは目のつくところに入れてないけど、大勢の人が行き交う場所でバッグを開けるのは危険である。
うまい具合に女性警察官が立っていたから、彼女の目の前の地べたにバッグを置いて、どっこいしょ。
すわ爆弾テロでも始まるかと、女性警察官が緊張したのがわかった。

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それでも職務質問もされずに、コムソモーリスカヤ駅でメトロを乗り継いで、モスクワでは前回と同じ、「マキシマ・パノラマ」 というホテルに無事たどりついた。
このホテルはクレムリンやトレチャコフ美術館、また空港へ出るにも便利な位置にあるので、すっかりわたしのお気に入りだ。

今回のわたしの部屋は、南側に面した11階の、なんだかやけに豪華な部屋。
相撲取りでも寝られそうなダブルベットで、冷蔵庫にはビールやジュースが満杯だし、テレビもでっかいのがついていて、当然ながら無線LANつき。
窓のカーテンをシャーッと開けると、いっぺんに南側の展望が開けて、なんだかハリウッド映画のワンシーンみたいである。
コンピューターの記録などから、わたしが常連客であることがわかって、VIP待遇なのかもしれない。

いやいや、ひょとすると、ウクライナ問題で観光客が激減したせいかも。
そういえば同じ階でほかの観光客のすがたをぜんぜん見ず、11階はわたしの貸し切りみたいなものだ。
だからいわんこっちゃない。
風評被害におびえる人もいるけれど、テロや紛争の影響がモスクワにまで波及するわけもないし、こういうときこそロシア旅行の最高のチャンスなのだ。

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部屋からさっそく旧知の金髪クンに電話をした。
時刻はすでに夜の8時ごろだったけど、両親から預かったものがあるというと、いまから行きますという。

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やってきた金髪クンと部屋で懇談。
エアコンが効き過ぎで、部屋が暑い。
彼の説明では、部屋にはエアコンと別に温水パイプが通じているので、室温を勝手に変えられない。
窓を開けて外気を入れるか、服を脱ぐしかないそうだ。
不便なところである。
彼とは翌日また会うことになった。

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2015年3月16日 (月)

ロシアⅢ/サプサン号

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サプサン号に乗り込んで、オヤと思ったのは、以前に乗ったときは座席が固定で、うしろ向きに乗ったはずが、今回はそうではなかったこと。
眺めると、車両の前半分と後ろ半分では座席の向きがちがっていた。
わたしが座ったのは前向きの席だったというわけだ。

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オヤと思わされたことはもうひとつ。
走り出すとまもなく車内サービスがあって、服務員がカートで酒やおつまみを運んでくる。
これはタダである。
のはずだったので、安心してビールとつまみをもらったら、520Pですとお金を要求されてしまった。
どうやらわたしが以前乗ったのはグリーン車だったみたいだ。
チケットの購入を他人まかせにしたので、わたしのことを日本の大富豪であると誤解したライサさんが、いちばんいい席を買ってしまったのだろう。
それともウクライナ問題の制裁で困窮したロシアは、無料サービスなんて悠長なことをいってられなくなったのか。
これはひょっとすると、国際問題が一介の旅人であるわたしにまで影を落とした事例の、よき見本なのかもしれない。

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有料のせいか、となりの男性はなにも注文しない。
ひとりで飲むのもワルイからビールをすすめてみた。
彼はロシア人にはめずらしい禁酒組合の会員らしかったけど、それでもすこし打ち解けて、バナナを1本もらい、彼がモスクワの手前で下車するときは握手をして別れた。

サプサン号は雪におおわれた原野を疾駆する。
今回は快晴の空の下、切れ切れの陽光をぶち切り、おとぎ話のようなロシアの村々をかすめて。
わたしは窓に顔を押しつけて、ずっと飛び去る景色を凝視していた。
まるで幼い子供のように。
はじめて宇宙空間に飛び出した宇宙飛行士のように。

このときの映像を3分半ほどのショートフィルムにしてあります。
以下のアドレスをクリック。
https://www.youtube.com/watch?v=UiCE-sp85ac

モスクワまでの中間点でサプサン号が停車した駅はオクロフスカ。
そう、わたしが2年まえに知り合いの、そのまた知り合いの田舎を訪ねるために、深夜に下車した駅である。
駅のそばの雪におおわれた田舎道さえナツカシイものを。

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モスクワ到着の1時間ほどまえから、車内モニターが茶道や華道など、日本の文化を紹介するテレビ番組を流し始めた。
わたしは日本で乗車券を購入したから、このサプサン号に日本人が乗っていることは、とっくに当局に把握されているだろう。
KGBの差し金でないとすれば、わたしを意識したVIP待遇なのかもしれない。
最後の写真は飛行機とおんなじ方式のサプサン号のトイレ。

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ロシアⅢ/駅の構内

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サプサンというのはロシア語で鷹のこと。
この名前のロシアの新幹線は、サンクトペテルブルクとモスクワを4時間で結んでいる。
こまごましたことは2年前に書いているので、今回はこのていど。

日本で乗車券を購入してあったので、わたしはメトロでモスクワ駅に向かった。
モスクワ駅はサンクトペテルブルクにあり、レニングラード(サンクトペテルブルク)駅はモスクワにという具合に、その都市の名前を冠した駅が、ロシアではべつの都市にあることはすでに書いた。

駅のようすは前に下見してあるから、なんの問題もなかった。
ただ、このころにはロシアの時間がわたしの時計と1時間ずれていることは心得ていたけど、なんかの都合で列車だけは以前のままだったりしたら、乗り遅れてしまう。
そんなことはありそうにないけど、バウチャー方式のロシアでは、ひとつ予定が狂うとあとの予定がぜんぶ狂い、ヘタすれば強制国外退去かシベリア送りかもしれない。
心配性のわたしは発車時刻の2時間も前に駅に行ってしまった。

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おかげで時間をつぶすのに困った。
駅の構内の簡易食堂で寿司を食ったのはこのときである。
寿司を食べているわたしの前に、わざわざ移動してきた美人がいたのもこのときだ。
話しかけるほど図々しくないのがわたしの不運である。
この4枚の写真は、すべて駅構内の寿司スタンドにて。

モスクワ駅には改札がない。
乗客は、ふつうの列車の場合は、待合室からそのままホームに行って目的の列車に乗り込む。
切符は列車の乗車口でチェックされる。
サプサン号も同じやり方だけど、こちらはホームの上に専用の入口があって、テロ犯タイプの人は手荷物の検査をされる。

時間が以前のままだったら困るから、発車1時間まえあたりから専用の入口に行って、閉まっている扉を押したり引いたりしてみた。
そんなわたしに、まだ早いわよと声をかけてくるおばさんもいた。
言葉はわからなくても、この場合ほかの言葉は思いつかない。

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30分ほど前になって、ようやくホームに入ることができた。
がらんとしたホームにたちまち人があふれる。
待つことしばし、やがて遠方からあのなつかしのサプサン号が姿をあらわした。

乗車口に立っている女性車掌にチケットを見せる。
偶然なのか幸運なのか、わたしの目の前のドアが、わたしの座席のある車両だった。
わたしの席は窓ぎわである。
これからまた素敵な孤独の旅が始まるかと期待したら、となりに大男のロシア人が乗り込んできた。

時間が来ると、なんの放送もないまま、サプサン号はしずかに動き出す。
最後の写真は2年前のロシアにて。

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2015年3月15日 (日)

ロシアⅢ/モーム

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翌日もいい天気が続いた。
わたしはこの日の午後に、サプサン号でモスクワにもどる予定になっていたけど、それまで時間があったので、朝食後にもういちど街の散策に出た。
ブーシキン公園やロシア美術館、ネフスキー通りをふらふらしながら、わたしの思索はまたとりとめもなく時空をかけめぐる。

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英国の作家サムセット・モームも旅を愛した。
彼の小説にはアジアやオセアニアなど、辺境を含めた世界のさまざまな土地が舞台になっているものがあり、わたしの知っているところでは、「アシェンデン」 という作品にロシアが出てくる。

モームは英国の諜報部員として、革命前夜のサンクトペテルブルク (この当時はペトログラード)で、諜報活動に従事した経歴を持つ。
英国の諜報員というと、つい007を連想してしまうけど、この革命は第一次世界大戦前後の、つまりレーニンの革命のことだから、モームもそうとうに古い人である。
ロシアとドイツが単独講和を結ぶことをおそれた英国は、モームに命じて戦争継続派を支援し、講和を阻止しようとしたのである。
しかしそんな工作にもかかわらず、このもくろみは失敗に終わり、モームはいのちからがらロシアを脱出することになり、「アシェンデン」 も革命の混乱にまきこまれた、ひとりの律儀なアメリカ人セールスマンの死で終わっている。

この小説の主人公はロシアに乗り込むためにシベリア鉄道を使っているんだけど、この列車内の描写がすこぶるおもしろい。
とくに同じ個室に乗り合わせたセールスマンが秀逸で、自分の職業に忠実で、頑固なくらいおのれの生き方を遵守する人物像を、モームはユーモアをまじえて描き出した。
活劇を期待すると肩すかしだけど、007的文学としては、ヘタなその手の本より楽しみの多い作品だ。

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「アシェンデン」 は、読んで単純におもしろいという大衆小説であるけれど、ロシアの女性は情熱的だけど冷めやすいとか、いり卵が好きだとか(ホントかしら)、示唆される部分もないわけじゃない。
総じて英国人の目から見たロシア人の評価はひくい。
どうも英国および欧米列強は、むかしからロシア人を田舎者とバカにする傾向があったようだ。
女帝エカテリーナが見栄を張りまくった宮殿を建てたのも、諸外国への対抗意識があったみたいだけど、世間の評価をくつがえすのはなかなかむずかしいものである。
ナチスのホロコーストでも、ロシア人の捕虜はユダヤ人と同じ扱いをされることが多かった。

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プーシキンの銅像のまえでぼんやりと考える。
ペトログラードからレニングラードになり、古都サンクトペテルブルクの名前にもどったこの都市に、さてわたしはもういちど来ることができるだろうか。
ピョートルが踏み、サマセット・モームが踏み、いままたわたしが踏む、そんな石畳みに未練を残しつつ、わたしはぶらぶらとホテルにもどった。

PS.モームはホモだったという説もある。
でもあちらでは有名人をけなすのに、材料がないと、すぐあいつはホモだといいだすみたいだから、あまり信用してません、ワタシ。
モームは最後にじつの娘に看取られて死んだ。

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2015年3月13日 (金)

ロシアⅢ/女の子たち

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この旅の最大の痛恨事は、女の子たちの写真を撮れなかったこと。
最近は勝手に他人の写真を撮れない風潮が、イスラム国みたいに荒れ狂っているから、町のスナップでもなかなか女の子にカメラを向けるわけにはいかない。
それを痛恨事といいたくなるのは、なにしろロシアの女の子というのは美人が多いのだ。
特にミドルティーン、ハイティーンの女の子の可愛らしさは筆舌に尽くしがたい。
前から10人の女子中学生が来れば全員がモデルになれそうだし、10人の女子高生が来れば、そのうちの7、8人は女優でも務まりそう。
30歳すぎるとこの割合は劇的に下がりますけど。

陽がささないせいか、夏が短いせいか、ロシアの女の子はみんな色白である(最初の写真はネットから)。
透きとおるような肌というのは彼女たちのことをいうのだろう。
わたしはそんな彼女たちの写真を撮りたくてたまらなかった。
しかし最近はロシアでも変態が増えているのか、彼女らのガードは固い。
いや、そう思っているのはわたしだけで、彼女たちは意外と気安いのかもしれないけど、“私の汽車は遠くに去ってしまった” のだ。

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「わたしの汽車は遠くに去ってしまった」
この言い回しは、以前テレビで見たもので、テレビ局のスタッフからなにか質問されたときの、ロシア人のおばあさんの返事である。
全員が詩人であるロシア人は、詩のように優雅な表現が、とっさの場合にも飛び出すのだ。

あとでモスクワで見た吟遊詩人はイヌを連れていたから、これ何歳ですかと聞いてみたら、生後4カ月と答えた。
どうみてもくたびれたおじいさんイヌだったけど、こういうのも詩的な表現かもしれない。

イヌの話はどうでもよくて、つまりわたしももう若くないってことである。
はつらつとした青年のころなら、日本から来た新進気鋭のカメラマンですとデタラメいって、女の子たちにあつかましく迫る手もあったかもしれないけど、ジョーシキをわきまえた熟年になってしまったわたしに、もはやそんな勇気はない。
若い娘たちとわたしはもう別世界の住人なのだ。
なおかつ、他人を勝手に撮影できないとなって、時代は変わったのだ。
しかしこれでは、わたしが海外で紹介できるのは風景ばかりということになってしまう。
コマッタ。 痛恨。

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最後に載せたのは、わたしの撮った数少ない女の子の写真。
このていどが精一杯なんです、最近は。

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2015年3月12日 (木)

ロシアⅢ/晴れの日の散歩の2

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つぎに紹介するのはネフスキー通りの往復や、サンクトペテルブルクのあちこちで見かけた景色。
まっ黒なサンタさんはチョコレート博物館の看板。
博物館といっても、チョコ専門のただのお菓子屋さんだけど。

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レーニンのパネルは、建物の外壁に取り付けられていたものをたまたま発見。
なんか共産党の誕生秘史にまつわる建物なのか。

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最後の写真は、フォンタンカ川の氷の上でたわむれる人たち。
天気がよくなると、こういう人たちが出てくるらしい。

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この日もいいかげんくたびれてホテルにもどった。
忘れていたけど、ショーレストランはどうなったかと訊く人がいるかもしれない。
けっきょくホテルで予約せず、夜になったらぶっつけ本番で「トロイカ」に出かけることにした。
せっかく遠路はるばるの日本人がお願いしているのだから、ひとりぐらい入れてくれるだろう。
だめなら、店の近くのライブハウスでも探索して帰ってくればいい。
そう考えていたんだけど、ホテルでひとりで飲んでいるうち眠くなって、肝心の出かける時間にはスヤスヤ。
えっ、がっかりしないよう、ちゃんと最初にことわっておいたでしょ。

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ロシアⅢ/晴れの日の散歩の1

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「青銅の騎士」 に敬意をあらわしたあと、ネヴァ川の河岸をぶらつきながらエルミタージュへ抜けた。
このときはエルミタージュに入らず、公園からネフスキー通りの頭へ出る。
まったくあてどのない散策だけど、同じ景色でも天気がよくなると、やはり印象はだいぶ異なるものだから、このときはまたモスクワ駅まで往復することにした。
モスクワ駅まで往復というと、ちょうどサンクトペテルブルクの目抜き通りであるネフスキー通りを往復することになる。
日本でおのぼりさんが青山通りや表参道を往復するようなもんか。
目的もないし、時間の制約もない、まったく意味のない散歩だけど、わたしはこんなふうにぼんやり街をさまよっているのが好きなのである。

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ここで見た景色をいちいち報告するのは疲れるから、写真をずらりと並べてしまおう。
まず最初は青銅の騎士とエルミタージュあたりまでの景色。

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2015年3月11日 (水)

ロシアⅢ/青銅の騎士

2年前にサンクトペテルブルクに来たとき、「青銅の騎士」 を見逃した。
青銅の騎士というのは、ロシアの文豪プーシキンにうたわれて有名になっピョートル大帝の騎馬像である。
英雄や偉人の銅像なんぞに興味はないほうだけど、青銅の騎士というロマンチックな響きに感動し、これだけは積極的に見たかった。

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イサク聖堂からふたたび下界に舞いもどり、元老院広場の公園を突っ切ってネヴァ川に向かう。
青銅の騎士像は、イサク聖堂のまっ正面、ネヴァ川の川岸にあって北西の方角をにらんでいた。
この騎馬像の土台になっている巨大な岩にもゆゆしきいわれがあるそうだけど、詳しいことを知りたい人はここをクリック。

よく見ると馬はヘビを踏んづけている。
詳しい寓意は知らないけど、このヘビは強国だったかってのスウェーデン、ドイツあたりを象徴しているのだそうだ。
映画 「アレクサンドル・ネフスキー」 は、ロシアに侵攻したドイツ騎士団との戦いを描いているくらいだから、むかしからロシアは北と西方の国々を仮想敵国にしていたらしい。

有名な銅像だからネット上にもこの写真はたくさん見つかり、いまさら新しいアングルを探すのはムズカシイようなものだけど、ここに載せたのはわたしが撮った写真。
本人は気にいってんだけどね。

読まずにぐちゃぐちゃいうのもナンだから、帰国してからブーシキンの詩に目を通してみた。
もちろん翻訳されたものだけど、正直いって、あまりおもしろくない。
詩といっても叙事詩だからストーリーがある。
ネヴァ川の洪水で愛する者を失った男が、発狂して、川辺に立つこの銅像を呪うと、それは動き出してどこまでも彼のあとを追う・・・・・・

ロシア人の中にはこれを暗唱するくらい愛読してる人もいるそうだけど、原詩の素晴らしさは翻訳では理解できないのではないか。
日本の 「平家物語」 が素晴らしいのは、七五調という文章のリズムの美しさにもよるように、たぶんロシア語の原詩にも、人々を魅了してやまない響きやリズムがあるのだろう。
それを理解するにはロシア語をふつう以上に勉強しなければならず、先のみじかいわたしはゼッタイに不可能だ。
努力なんてものに縁のないわたしは、こういうあきらめはものすごく早いのである。

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だからわたしは翻訳をヒントにして、あとは自分の勝手な想像をふくらませるという手を使う。
ひと気のなくなった夜の公園で、いかめしい騎馬像が、最初ぎくしゃくと動いて台座から飛び降り、やがて本物の人馬のようなやわらかな動きで街を走り抜ける。
あの古風な石畳の上を、ひずめの音を響かせて、ロボットのように無表情な銅像が、ひとりの人間を執拗に追いかけると、なんか映画 「ターミネーター」 みたいだけど、これはやっぱりサンクトペテルブルクに行った者でなければ想像できないのではないか。
2枚目の写真は古風な石畳だ。

考えてみると、わたしの旅にはロマンに突き動かされてという側面があるみたいだ。
名所旧跡を見ているときよりも、絵や文学をヒントにして、英雄豪傑、可憐な美女が跋扈していた詩的、文学的世界を想像して楽しむ。
それがわたしの旅のスタンスで、だからホテルの部屋で終日ごろごろしていても、わたし自身はトッテモ楽しいのである。

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2015年3月10日 (火)

ルー・ソロフ

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フェイスブックを通じてルー・ソロフの訃報が入ってきた。
彼のことはこのブログにも書いたことがあるけど、団塊の世代には「ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ(BST)」のトランぺッターとして知られている。
BSTの3枚目のアルバムに入っている「マックエヴィル」の後半で、火の出るようなソロを披露しているのがソロフだ。

BST後の彼の消息が気になっていたけど、腕のいいプレイヤーということで、あっちこっちのバンド、グループと共演して、わたしの知ってるところではカーラ・ブレイやギル・エバンスのオーケストラに参加したり、死ぬ直前はミンガスのバンドに所属していたようだ。
あ、このミンガスっていうのは、チャーリーの奥さんのことだかんね。
なぜか最近は訃報ばっかりが気になるワタシ。

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ロシアⅢ/イサク聖堂の2

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展望台に上がるためには階段を上らなければならない。
若いころなら駆け足でも登れたていどの螺旋階段だけど、わたしってもう若くないからね。
あとから来た太った女の人といい勝負で、ぜいぜいと息を切らせて登るはめになった。
エレベーターやエスカレーターをつける予定はぜんぜんないみたい。

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展望台には見学者がたくさんいた。
吹きっさらしだから風が冷たいけど、もちろん展望はいい。
ほかは知らないけど、サンクトペテルブルクの街に、一般観光客がここほど高所から景色をながめられる場所がまだあるだろうか。
コインを入れて使用するでっかい望遠鏡もある。

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街の景色をながめているうち、パリやローマもこんな景色かなと思った。
写真や映画で見たパリやローマはもっと大きいようだけど、風景の基本的な部分は、サンクトペテルブルクと欧州の街にそれほど大きな違いはないだろう。
あちらこちらの煙突から盛大に湯気が上がっているのが見える。
すぐ近くの建物で結婚式をしているのまで見えてしまった。
サンクトペテルブルクの空の下、さまざまな人生をのせてネヴァ川は流れる・・・・・・って、シャンソンになっても不思議じやないね。

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街の反対側に目をやると、眼下に元老院広場の公園が広がり、その先にネヴァ川が流れていて、向こう岸には建物の連なる平坦な景色がどこまでも続いている。
広場には有名な「青銅の騎士」像もあるはずだけど、木々のこずえががじゃまをしてちょっと見えにくかった。

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日本人がパリやローマにあこがれるのは、石造りの中世の街にあこがれる部分も大きいのではないか。
アルミの近代的なビルの立ち並ぶパリや、ガラス張りでピカピカのローマなんか誰が見たがるだろう。
だとしたら、サンクトペテルブルクはそういう景色をもっともよく残している街のひとつであるといっても間違ってないと思う (中国の上海も石造りの建物が多かったけど、歩いているのはアジア人ばかりだからねえ)。
まだまだ世界を見てまわりたいわたしでも、サンクトペテルブルクを見たあとは、ヨーロッパの他の街を見ずに死んでも未練はないような気がしてきた。

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ロシアⅢ/イサク聖堂の1

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わたしは2年前のサンクトペテルブルク訪問で、ロシア正教の有名な寺院であるイサク聖堂を見学した。
そのとき、見学を終えて外に出てから、寺院の丸屋根の下に展望台があることに気がついた。
え、おい、そんなのありかよと思ったけど、もういちど入り直すのもかったるいので、とうとう展望台からの景色を見逃してしまった。
しかし、やはり高所から名にしおう新古典主義様式の街をながめてみたいものである。
ましてこの青空だ。

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そういうわけで、この日の散歩はイサク聖堂を最優先。
ホテルからぶらぶら歩く。
のんびり歩いたって、せいぜい2キロ、30分だ。
途中でホテル・グリフォンの前を通った。
2年前にわたしが泊まったホテルだけど、今回のエム・ホテルに比べれば、エレベーターがないほかは、すべてで勝っていた。
キャンデス・バーゲンみたいな服務員は健在だろうかと、なつかしい思いで、ドアひとつの入口をながめる。
1~4枚目までの写真はホテル・グリフォンのそばにある 「銀行橋」 のあたりの景色。

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ぶらぶら歩いて、聖堂まえの広場に出た。
ここにはウマに乗った武人の銅像がある。
陽光に燦然と輝いてあっぱれな武者ぶりだけど、ハテ誰だろう。
調べてみたら、これはニコライ1世だそうだ。
さらに調べると、在位は1800年代の前半で、日本でいうと江戸時代末期の人。
保守的な専制君主で、ロシアでおなじみの秘密警察を設立し、多民族国家を統治するには抑圧しかないという、現代でも通じる政治家の信念を実践した皇帝だったそうである。

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さて、イサク聖堂。
まえにいちど入ったことがあるのだから簡単かと思ったら、入口でひっかかってしまった。
聖堂には入口がふたつある。
ひとつは聖堂の内部に入るための入口で、もうひとつは建物の外側についている展望台の登り口。
てっきり建物の中に階段があると考えていたけど、そうじゃなかった。
料金は別々である。

この登り口にKACCA (チケット売場) があったのでチケットを買おうとしたら、座っていたおばさんがあそこの券売機で買ってこいという。
で、自動券売機で買おうとしたんだけど、この機械が、何度やってみてもお札が入っていかない。
1000P札しかなかったから大きすぎたのか。
たまたまアベックがとなりに来たから、エクスキューズミーといってお願いしてみた。
アベックのかたわれはなかなかきれいな娘だったけど、喜んでもたもたしている極東アジア人(わたしのこと)の手助けをしてくれた。

よく見たらお札を入れる場所をまちがえていた。
まちがいやすい場所に似たような挿入口があるのがケシカランと、わたしは自分の過失を認めない。
しかも、ようやくお札が入ったと思ったら、お釣りの紙幣があとからあとから出てきて、しばらく止まらない感じ。
きれいな娘があわててかき集めてくれた。
アセる。

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2015年3月 9日 (月)

ロシアⅢ/トロイカ

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「トロイカ」 からいちばん近いメトロ駅はテエフノロギチェスキー・インスチトゥトという駅である。
こんな名前、ロシア人はちゃんと発音できんのかと毒づきながら、それでもすでにサンクトペテルブルクの地下鉄に詳しくなっていたわたしは、問題なしにその駅に着いた。

なにしろ地下鉄だから、いきなり地表に出ても方角がわからない。
こっちみたいな気がする方向へやみくもに歩き出した。
大通りにはトラムが走り、ビルの谷間に陽光がまぶしい。
地図をみると、近くに川が流れているはずで、目的地はそれと平行に歩いてどうのこうのと見当をつけていたんだけど、川も橋も見えない。
500メートルほど行ってまた駅に引き返し、今度は地図と太陽の方角をにらんで、反対方向へ向かってみた。

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このあたりは、場所的には殺風景なビル街である。
ビルのあいだに公園があるくらいで、およそ名所旧跡のある観光地とは思えないし、まだ朝っぱらだから、商店もレストランも開店していない。
それでもわたしのこころのうちにはなんとなく痛快感があった。

商店やカフェの看板を、じっとにらみながら歩く。
書いてあるのはもちろんキリル文字だけど、意味はわからなくても、読むぐらいはなんとか程度に勉強しておいたのが役に立った。
たちまち、もっと遠いかと思っていたのに、拍子抜けするくらい駅から近いところに 「トロイカ=Тройка」 の文字を見つけ出した。

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看板はおもて通りに面したところにもあるけど、正式の入口は建物の横のほうにあって、目立たないところが、いかにも禁酒法時代のアルコールバーみたいである。
入口の写真を撮っているわたしを、イヌを連れた老人がうさんくさそうに眺めていく。

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この近くにはエレキギターや電子オルガンを売る楽器店、「ジャズ・フィルハーモニック・ホール」 の看板を出したライブハウスみたいな店などがあって、音楽家の街のようでもあった。
まだどの店も開店している時間ではないけど、夜になったらぜひ訪問してみたいところだ。

「トロイカ」 の場所を確認したので、安心してホテルにもどることにした。
ホテルの最寄り駅であるゴシチニ・ドウォールにもどるには、センナヤ市場のあるセンナヤ・プロシャジ駅でメトロを乗り換えなくてはならない。
この市場はドフトエフスキーの 「罪と罰」 にも出てくるそうで、2年前に大学生のリーザ嬢の案内で見てまわったところである。
ついなつかしい気分で、そこにも寄っていくことにした。
ところが駅のようすがずいぶんさま変わりしていて(新しいガラス張りの駅舎が出来ていた)、とうとうセンナヤ市場を見つけられなかった。
もういちどサンクトペテルブルクに行けるかどうかわからないわたしは、リーザ嬢の思い出も断ち切らなければならないようだ。

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サンクトペテルブルクまで行って、またつまらないことをしてと非難されるかもしれないけど、見知らぬ街をひとりでぶらついたこの体験は、わたしにはとても楽しいものだった。

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2015年3月 8日 (日)

ロシアⅢ/晴天

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サンクトペテルブルクに着いて、3日目までは、エルミタージュの見学以外は、ひたすら街とホテルのあたりをぶらぶらしてるだけ。
これでは大枚をかけてロシアに来た甲斐がない。
わたしはそうも思わないんだけど、世間さまはきっとそう思うだろう。

で、4日目は、どうせヒマだし、ひとつナイトライフを楽しむか。
サンクトペテルブルクにもショーレストランがあるようなので、そういうところへ行って美女たちの踊りでもながめるかと考えた。

おおっと身を乗り出したアナタ。
だまされたなんて苦情が出るまえにことわっておくけど、結果的にはわたしはどこにも出かけず、この夜もおとなしくまくらを抱えて寝た。
でも出かけようと思ったことは事実だ。
イスタンブールでもベリーダンスのショーレストランに出かけて、店の主人からワインをふるまわれたことのあるわたしである。
けっこう図々しいところもあるのだ。

「地球の歩き方」 に 「トロイカ」 というショーレストランの名が出ていた。
こういうガイドブックに載るほど、あるていどの実績のある店なら、ひとりで出かけても、はたから思うほど危険ではないのが普通だ。
予約だってホテルに申し込んでできる場合もある。

で、ホテルで聞いてみようかと考えたけど、先にチケットを買ってしまって、店に行ってみたら場所がわからなかったではハナシにならない。
イスタンブールでは店から送迎の車が来たけど、ロシアでもそんなものがあるかどうかわからない。
どうせ朝からヒマなんだし、まずショーレストランを探しに行って、首尾よく見つけたら、またホテルにもどり、あらためて申し込むというのはどうだろう。
地図をみると 「トロイカ」 まで、地下鉄で往復したって、せいぜい1時間か2時間みておけばいいようだ。
街の散策をかねてぶらぶらするのもわるくない。

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そんなつもりで朝の9時ごろホテルを出た。
一歩中庭に踏み出して、おどろいた。
サンクトペテルブルクの空は素晴らしい晴天になっていた。
前日までがラーゲリ (強制収容所) の空のように陰うつだったせいで、この日の空の青さは、壁が崩壊した直後のベルリンみたいである。
やっぱりわたしはついてるみたい。
ただ放射冷却というのか、手先がひどく凍えたけど。

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地図を調べると、メトロで 「トロイカ」 に行くためには、ホテルから近いゴシチニ・ドウォール駅から、センナヤ・プロシャジ駅で乗り換え、テエフノロギチェスキー・インスチトゥトという長ったらしい名前の駅で降りることになっている。
それぞれの駅のあいだはひと駅区間しかないけど、駅と駅の距離は歩くには遠すぎるような感じなので、今回はメトロに全面的におまかせ。

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2015年3月 7日 (土)

接触禁止

わたしのブログに、最近ときどき英語のコメントがつく。
外国の読者ならありがたいが、ぜんぜんこころあたりのない相手だし、日本語のわかる相手なら日本語で書いてきそうなものだ。

これは悪質なウイルスの可能性もある。
ゆめ相手を追求しようなんて気を起こすべからず。
なんてことを書くとよけい興味を持つ人が出そうだけど、そのうちみんな削除してしまおう。

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ロシアⅢ/日本食

エルミタージュを出て、街をぶらぶらしながら、そういえば 「血の上の教会」 の近くに日本食レストランがあったなと思い出す。
わたしはなぜか、無性に刺身やお新香が食べたくなっていた。
で、そこへ行ってみた。

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運河ぞいの通りから半地下になった店である。
顔の下半分にヒゲそりあとが青々とした、イスラム教徒のような若者が2人働いていた。
メニューを持ってきてもらい、コレとアレと指さす。
そして、ナショナリズムにつき動かされたわけじゃないけど、ビールは自然にアサヒを頼んでしまった。
最初の写真は店のようす。

それだけで、べつに従業員と会話ができるわけでもなく、テーブルに座ってまずい寿司をつまみながら、じろじろと店内の観察。
一見の客のわたしは入口から近いテーブルをあてがわれたけど、奥のほうにも部屋があるらしく、アベックや家族づれのロシア人の客はみんなそっちに行く。
けっこう客はひきもきらないから、日本食は人気があるようだ。

そのうちわたしの正面のテーブルに日本人らしい若者が座って、はなれた席だけど向かい合うようなかたちになってしまった。
おたがいにサンクトペテルブルクひとり旅の日本人は自分だけと思っていたのか、たまたま同じ服を着た女性が街で出くわしたみたいに、ちょっと視線を合わせただけで、あとはそれぞれを無視。
ま冬のロシアひとり旅なんて、相手もどうせ変人にちがいない。
ひょっとすると、わたしの人生はこの若者が引き継ぐことになるのかもしれないなと思う。

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ここに載せた「山葵」という店はこのとき食べた店ではないけど、サンクトペテルブルクには、たくさんの日本食レストランがある。
この日の店がまずひとつで、前日に偵察をかねて出かけたモスクワ駅の近くにも2軒ある。
エルミタージュから近いネフスキー通りにもあったはずだけど、そちらはつぶれてしまったらしく、見つからなかった。
さらにネットで調べると、サンクトペテルブルクにはありすぎて困るくらい日本食レストランがあるそうである。

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後日、サンクトペテルブルクからモスクワに移動するため、モスクワ駅で新幹線を待っていたら (ややこしいけどその街の名前を冠した駅は、ロシアではたいていべつの都市にある)、駅の構内にファーストフードみたいな寿司の軽食堂があるのに気がついた。
そのときは時間をもてあましていたので、まずいのは覚悟のうえでビールとにぎり寿司を注文してみた。
もちろんまずかったと書いても、イヌが人間を噛んだほどのニュースにもならない。
でもまあ、世界遺産にも選ばれた 「和食」 の実力は、ロシアでも十分に発揮されているみたいで、わたしみたいな偏食にはありがたいことである。
3番目の写真は、駅構内の軽食堂で、わざわざわたしの前に移動してきた娘。
iPadで撮った写真なので画質ワルイ。

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2015年3月 6日 (金)

ロシアⅢ/くたびれる

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4時間ほど歩きまわってくたびれた。
旅行会社が募集しているロシアツアーの中には、エルミタージュ見学に6時間を確保なんてものもあるけど、これはそうとうにくたびれる。
全部をじっくり観るにはそのくらいかかることは間違いがないが、6時間のうちの1時間か2時間は、エルミタージュに入場するために並んでいる時間だとしたら、こりゃ八甲田山の死の行軍だ。
足腰の弱い人や、心臓に欠陥のある人がウレしがるのはどうかと思う。

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わたしの鑑賞態度は不謹慎であるけれど、考えてみると2年前にいちど来ている場所であるから、あのときとまったく同じ感動があるはずがない。
結局のところ、わたしは評価が決定した有名な絵画にひかれたわけではなく、その技法などを研究に来たわけでもない。
絵画の中に固定された過去という時間を観に来たのである。
ロシアに来たのは、絵を通して、あこがれのロシア、目路はるかに続く麦畑や雪原が地平の彼方まで広がるロシア、アレクサンドルネフスキーやイワン雷帝が君臨していたころのロシア、トルストイが描いた母なるロシアなどなどを、想像で旅してみたかったからである。
ロシアまでやって来て、オランダやフランス、スペインなどの絵を観たって仕方がない。
わたしがロシアの作品ばかりを集めたトレチャコフ美術館やロシア美術館には、ひじょうな執着を持っているのに、エルミタージュの絵画にそれほどの魅力を感じないのはそういうことだろう。

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そろそろ引き上げようと、出口に向かった。
エルミタージュにも近代化の波は押し寄せている。
わたしは2年前のエルミタージュの記事で、バリアフリーについて書いた。
建物自体が美術品のエルミタージュでは、むやみにスロープやエスカレーターをつけるわけにはいかないと書いたけど、それでもバリアフリー化は少しづつ進んでいるようだ。
5番目の写真は身障者のための昇降機。
出口の近くにはコンピューターによる作品の検索システムもあった。

そういうものを横目に、午後4時ごろ、わたしはげっそりとアゴを出して、この世界有数の美術館をあとにした。
また来ることがあるだろうかと、いささか疑問を感じながら。
腹もへった。

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ロシアⅢ/その他の写真

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窓からのぞいた写真ばかりじゃつまらないと思うので、ここでエルミタージュで撮ったその他の写真をどさっと載せておきますね。
無断使用禁止って書きたいけど、わたし自身が最近は他人の写真をしょっちゅう利用してますんで、かまいません、じゃんじゃん使って。
こんな時代だ。
ろくでなし子さんのアノ写真みたいに拡散希望。

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2015年3月 5日 (木)

死んだヒキガエル

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もぞもぞと地中のムシたちが蠢きだすころなので、ヒキガエル・ポイントに行ってみた。
わたしのよく行く散歩道には、まだ早いんじゃないかと思える季節に、いつもヒキガエルが顔を出す場所がある。
今年もそろそろじゃないかと行ってみたら、カラスがなにか白いものを突っついていた。
これが今年のヒキガエルの成れの果て、やっこさん、今年は遺骸で対面だ。

ヒキガエルが出てくるのは産卵をするためである。
探してみたら10メートルほどはなれた場所ににょろにょろと。
やっぱりと思うと同時に、このヒキガエルの人生、いや蛙生について考える。
とるに足りないムシけらでも、ちゃんと子孫を残して死んだってことで、わたしよりはマシな生き方をしたんじゃないだろうか。
うーん。哲学だなあ。

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最後はおまけで、雪割草もしくはミスミソウ。

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ロシアⅢ/アトラスの像

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前回は他人の案内で見学したので、エルミタージュがロマノフ朝の冬宮だけではなく、そのまわりのいくつかの建物を連結した構造になっていることに気がつかなかった。
今回はそのあたりにも注意した。

わたしは2年前にオーロラ号からエルミタージュまでぶらぶら歩いて、エルミタージュの手前で、巨大なアトラスの石像がひさしを支えている建物に感銘を受けたことがある。
あとでそれが新エルミタージュと呼ばれる建物であることを知り、内部で連結していて、エルミタージュ美術館の一画をなしていることも知った。
だとしたら、それをエルミタージュの内側から眺めたらどんなふうに見えるのだろう。

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そう考えて窓から外をながめてばかりいた。
アトラスの石像のま上にいるとアトラスは見えにくい。
しかしまわりの建物を眺めれば自分のいる位置の見当はつくから、どうもこのあたりだなというところで、監視のおばさんに聞いてみた。
ところが彼女はわたしがトイレの場所を訊いたと思ったらしい。
あっち。
いや、アトラス、アトラス。
あっちである。
いや、そうではなくて。
トイレについて訊くかぎりにおいては、おばさんはなかなか親切だ。
わたしはアトラスになったつもりで、天空をささえるポーズをとり、それはこの下かと訊く。
よやく質問を理解したおばさんは、大きく手を広げて、そうだそうだとわたしと感動を分かち合ってしまった。

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このアトラス像は一見の価値があるけど、新エルミタージュは、その玄関から直接エルミタージュに入ることはできない。
なので大半の観光客は、外からアトラスを見ないまま終わるのではないか。
エルミタージュに入る前に、宮廷広場からエルミタージュをながめる機会があったら、冬宮のとなりにアトラスが見えるはずだから、お見逃しのないよう。
いちばん最初の写真は屋外で見たアトラス像。

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付則みたいになるけど、わたしはエルミタージュで自分のいる位置を把握するために、窓があればたいてい覗いて自分のいる位置を確かめた。
で、ここでエルミタージュの窓から覗いた写真の特集だ。
またまた下らないことをしていると思われそうだけど、ネットにエルミタージュの写真は多くても、こういうアングルをねらったものはあまりない(みたいだ)から貴重だ。

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2015年3月 4日 (水)

結果

また病院。
べつに問題アリってわけじゃなくて、先日の検査の結果を聞くため。

例の勝ち組みたいな若い担当医が、あいかわらず緊迫感のない対応で、検査の結果によると頸動脈の血管にゴミがついていますねという。
ゴミってのはコレステロールみたいなものですかと訊くと、ええ、まあ。
そればっかりじゃありませんけどねという。
どうすればこのゴミを取り除けますか。
いや、このていどならほうっておいてかまいませんよ。
ああ、そうですか。

それっきり。
これじゃあ脳梗塞なんかとてもなりそうもないや。
わたしもそうとうにしぶとい。

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ロシアⅢ/レンブラント

2年前にいちど見学したことのあるわたしにとって、今回のお目当てはレンブラントである。
前回の旅のあと帰国してから、いろいろ勉強して、エルミタージュにレンブラントのコレクションが多いことを知り、残念に思った。
どのような叱責もあまんじて受けるけど、前回のわたしがぼんやりしていて彼の絵を見逃してしまったことは、このブログをずっと読んでいる人ならご存知のはず。
問題作 「ダナエ」 なんてまったく記憶になかった。
理由はすでに書いているから繰り返さない。

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やみくもに歩き出したので、どこにレンブラントがあるのかわからなかったけど、まずどこかの部屋で 「イサクの犠牲」 という絵を発見した。
どこかの部屋っていうのも頼りない話だけど、この絵は彼の他の作品とはべつの部屋に展示してあった。
いまからもういちどその部屋に行ってみろといわれても、キットわからないと思う。

大半のレンブラントの作品は、孔雀石でできた大きな花瓶が飾られている 「評議会の階段」 を上がった、正面の部屋にある。
「イサク」 も大作だけど、エルミタージュでレンブラントといえば、ほかに 「放蕩息子の帰還」 や 「ダナエ」 がよく知られている。
これはいずれも縦横が2メートルを超える大作で、「イサク」 とはべつの、ひと部屋すべてレンブラントという部屋にあった。

「放蕩息子」 のほうは2年前に写真に撮っているから、ぼんやりしていて画家の名前に気がつかなかっただけで、観ることは観たらしい。
「ダナエ」 はぜんぜん記憶にない。
このふたつの絵は同じ展示室の対極というべき場所に展示されているから、どうして 「ダナエ」 に気がつかなかったのだろう。
そのとき案内をしてくれたライサさんは女性だから、イヤらしいってことで、意識的にこの絵を観せなかったのかも。

「放蕩息子」 については、同じレンブラントでも 「夜警」 などと比べると、これが同じ画家の作品かといいたくなるほど印象がちがう。
でもこれは彼の晩年にちかい作品だから、画家の心理や画法の変化であるといわれれば、まあ、そうでしょうねというしかない。

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「ダナエ」 は、この絵を観て発情しちゃった変態男から、劇薬をかけられたというくらい、世にもまれなイヤラシイ絵である。
でも彼女 (ダナエというのは神話に登場する美女の名前) のボディはわたしの好みではない。
なんだか妊婦みたい。
ルーベンスの絵を観るまでもなく、むかしはこういうふくよかな女性が美しいとされた時代があったのだろう。
顔だけがどこかで見たハリウッド女優みたいで、生々しく現代的であるという印象は変わらない。

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前回は無知な一般大衆にすぎなかったわたしだけど、今回はレンブラントのオーソリティーなのだ (そのつもりなのだ)。
あいかわらずアホらしいことばかり考えながら、わたしは絵の全体をじっくりと眺め、同時にぐっと近づいて筆さばきなどを観察する。
これが400年前の画家の筆跡なのかと、不思議な感覚におそわれながら。

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今朝の新聞

ひさしぶりに今朝の新聞はという書き出しだ。
今朝の新聞の1面に「首相含め6閣僚側に寄付」って見出し。
おお、また汚職につながるワイロかいと、これだけでは思ってしまうけど、よく読んでみたら、10万円とか、多くても50万円ていどの寄付のことだった。
わたしなら50万円でも嬉しいけど、政治家に50万円(年間で)というと、なんだかずいぶんみみっちい話だなって印象。
日本の政治家ってのは真面目なんだなって印象もオマケ。
でもチリも積もればなんとかだから、反体制のウチの新聞にはがんばってもらいたい。
これからもじゃんじゃん重箱のすみを突っついてほしいものだ。

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2015年3月 3日 (火)

ロシアⅢ/エルミタージュ

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エルミタージュには、サンクトペテルブルクに到着した翌々日に出かけた。
もうこのころには時間が1時間ずれていることを認識していたから、美術館の開館も11時半ではないかと考え、徒歩でのんびり出かけた。
1枚目、2枚目の写真はアレクサンドルの門と、そこからながめたエルミタージュ。

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エルミタージュのKACCA(チケット売り場) は宮殿の中庭に入ったところにある。
オープンにまだ15分ぐらいあったので、7、80人ほどの行列ができていた。
これでも夏の行列に比べればぜんぜん少ないほうだ。
夏になると宮殿からはみ出して、エルミタージュのまえに広がる皇帝広場の半分あたりまで行列は長くなる。
ネットを検索すると、日本でチケットを購入しておいて、強引に割り込むような荒技もあるみたいだ。
3、4枚目の写真は、ガーン! 開館15分前の行列。

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わたしは前売りチケットも買ってないし、割り込む勇気もないから、おとなしく行列に並んだ。
行列は入口の建物に向かって、左右にふたつできている。
わたしと同時に中庭に入った欧米人の娘は、わけ知りらしく、さっさと短いほうの列に行ってしまった。
事情を知らないわたしは、門をはいると、自然にその後ろにつく感じになる長いほうの列に並んだ。
他の観光客もほとんどが、文句もいわずに長いほうに並んでいた。
オープンは左右の列が同時だから、短い列のほうが進行が速い。
こんちくしょうと根に思うほど差があるわけじゃないけど。

エルミタージュの入口は5枚目の写真の、中央の建物のでっぱった部分の両側にある。
6枚目の写真は、向こう側の短い行列。

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時間がくると先頭から30人づつぐらいのグループに分けられて、順番に入場することになる。
そうやって列が動き出してから、わたしがチケットを買って、クロークにコートを預けるまでに30分ほどかかった。
それでも混雑しているのはクロークのあたりだけで、「大使の階段」 を登ってしまえば、この季節はもともと客がそれほど多いわけではないから、あとはぜんぜん苦にならない混みようだ。
7、8枚目は切符売り場とクロークのあたり。

入場したあたりで館内の地図をくれるので、いちおうもらっておいたけど、ロシア語だからほとんど参考にしなかった。
なに、いくら広くたって、徹底的に歩きまわれば、なにがどこにあるか自然におぼえてしまうさ。
ところがそれは、自分の歳のことを考えればトッテモ無謀な考え方だったのだ。

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2015年3月 2日 (月)

病院

病院に行ってきた。
病院なるところにめった行かないわたしにとって、ひさびさの新鮮な体験だ。
今日は脳内の異常の有無を調べる(らしい)頚動脈のエコー検査。

検査室に入る。
検査室というのはカーテンで仕切った、ベッドひとつのスペースで、なにが始まるのか期待と興奮でドキドキしそうなところ。
こんなところで血圧を測ったら、また急上昇だ。
若い女性の検査技師が、そこに仰向けになって寝てくださいという。
服を着たままでいいですかと、ナニ考えているのかねといわれそうなわたし。
カーテンをシャーッと引くと検査室はまっ暗だ。
検査するのになんでまっ暗にするのかと思ったら、テレビモニターを見やすくするためだった。
検査技師はわたしのかたわらで手のひらにオイルを塗る。
どこかで見たような、卑猥さを感じさせる所作である。
つぎにマッサージ器みたいなものを引っ張り出して、じわっとわたしに寄り添う。
その先端の丸い部分をわたしの首すじにやさしくあてがって、グリグリと、そうするためにますます体を密着させてきて、彼女のひじはわたしの胸の上だ。
腕をのばせばそのまま彼女の腰を抱きしめるのも無理ではない。
血圧上がってんだろうなあ。

こんな目くるめく官能の行為は10分ほどで終わり、わたしはまた衣服を身につけ、いや、服はぬいでないから帽子をかぶり、うしろ髪ひかれる思いで検査室をあとにした。
あいかわらず病院をなんかと間違えとるなといわれそう。
いいじゃん、大枚1600円も取られたんだ、このくらいの妄想でモトをとったって。

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2015年3月 1日 (日)

ロシアⅢ/無線LAN

モスクワ駅の偵察をすませた日は、ホテルの周辺をうろうろしていた。
つまらないという人がいるかもしれないけど、わたしはぜんぜんつまらないと思わないのである。
ホテルに居すわって、ラフな服装で、いつでも気のむいたときに、ちょいと近所に出かけるっていうのが、わたしの理想の海外旅行なのだ。
つまり、なんだな。
名所旧跡を観てまわるのではなく、その国の住人になったような気分で、しばし日常生活を営んでみるってことだけど、こんな楽しみに共感をおぼえる人がほかにもいてくれるだろうか。

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例のアーケードのある百貨店で酒とつまみを仕入れて、ホテルにもどるとちゅう、路地のとちゅうにあった小さなカフェに寄ってみた。
いくらなんでもそのままホテルの部屋でひきこもりじゃ寂しいから、カフェでビールでも飲みながら、しばらくタブレットを使おうって算段。
さいわいこちらのカフェはたいていWi-Fiが完備なのだ。

きれいな娘がすぐにメニューを持ってきた。
最初に持ってきたはロシア語のメニューだったから、さりげなく英語のメニューあるかいと訊く。
英語だってよくわからないのは一緒だけど、てきとうに注文してみたら、出てきたのは輪切りにしたイカのフライだった。
ビールのつまみにはけっこういけてる。

そんな調子でロシアの町の一角にポジションを見つけ、のんびりヤフーの日本語ページを読んだり、日本にいる知り合いにメールを送ったりする。
これでは日本にいるときのわたしの生活とあまり変わらない。
こういう生活ってひじょうに優雅といわないだろうか。
最初の写真の、丸の中にКафеと書いてあるのが、わたしがヒマつぶしをしたカフェ。

わたしのタブレットはネット契約をしていないから、そのままではインターネットをすることができない。
しかしロシアでは、いや、たぶんヨーロッパの先進国ではどこでもロシアと似た状況になってると思うんだけど、Wi-Fiがあれば、問題なく、ややこしい手続きも必要なしに、ネットが利用できる。
ホテルでは部屋の鍵といっしょにパスワードがついてくるのが当然になっているし、カフェではテーブルの上に最初からその店専用のパスワードを書いたものが置いてある。
あとでロシア人の友人に聞いた話では、地下鉄の中でも、本人のケータイの電話番号さえあれば、パソコンで無線LANが可能だそうだ。
乗車時間が短いから地下鉄では試してみなかったけど、これでは無線LANの使えない場所を探すほうがむずかしいくらい。

わたしがタブレットでネット契約をしていないのは、ただで使えるものをなんでわざわざ金を払ってやらなけりゃいけないのかと、ようするにケチだからである。
金を払わなくても世界がどんどん狭くなっていることは明白で、だからこそわたしは、ロシアでもひきこもりを続けることができたのだ。

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そんなことを考えながら、ついビールを2杯飲んだ。
このときはカメラを持っていなかった。
写真はタブレットでも撮れなくないけど、カフェやレストランでカメラを持ち出すと、口コミ・サイトの投稿マニアと誤解されそうなので、あまり使いたくない。
そんなわけで店およびウエイトレスの写真がない。
仕方ないから、2年前のサンクトペテルブルクで撮ったカフェの女の子の写真を再利用してしまう。
ロシアのカフェではこんな美人が働いておりますということ。

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