ロシアⅢ/トロイカ
「トロイカ」 からいちばん近いメトロ駅はテエフノロギチェスキー・インスチトゥトという駅である。
こんな名前、ロシア人はちゃんと発音できんのかと毒づきながら、それでもすでにサンクトペテルブルクの地下鉄に詳しくなっていたわたしは、問題なしにその駅に着いた。
なにしろ地下鉄だから、いきなり地表に出ても方角がわからない。
こっちみたいな気がする方向へやみくもに歩き出した。
大通りにはトラムが走り、ビルの谷間に陽光がまぶしい。
地図をみると、近くに川が流れているはずで、目的地はそれと平行に歩いてどうのこうのと見当をつけていたんだけど、川も橋も見えない。
500メートルほど行ってまた駅に引き返し、今度は地図と太陽の方角をにらんで、反対方向へ向かってみた。
このあたりは、場所的には殺風景なビル街である。
ビルのあいだに公園があるくらいで、およそ名所旧跡のある観光地とは思えないし、まだ朝っぱらだから、商店もレストランも開店していない。
それでもわたしのこころのうちにはなんとなく痛快感があった。
商店やカフェの看板を、じっとにらみながら歩く。
書いてあるのはもちろんキリル文字だけど、意味はわからなくても、読むぐらいはなんとか程度に勉強しておいたのが役に立った。
たちまち、もっと遠いかと思っていたのに、拍子抜けするくらい駅から近いところに 「トロイカ=Тройка」 の文字を見つけ出した。
看板はおもて通りに面したところにもあるけど、正式の入口は建物の横のほうにあって、目立たないところが、いかにも禁酒法時代のアルコールバーみたいである。
入口の写真を撮っているわたしを、イヌを連れた老人がうさんくさそうに眺めていく。
この近くにはエレキギターや電子オルガンを売る楽器店、「ジャズ・フィルハーモニック・ホール」 の看板を出したライブハウスみたいな店などがあって、音楽家の街のようでもあった。
まだどの店も開店している時間ではないけど、夜になったらぜひ訪問してみたいところだ。
「トロイカ」 の場所を確認したので、安心してホテルにもどることにした。
ホテルの最寄り駅であるゴシチニ・ドウォールにもどるには、センナヤ市場のあるセンナヤ・プロシャジ駅でメトロを乗り換えなくてはならない。
この市場はドフトエフスキーの 「罪と罰」 にも出てくるそうで、2年前に大学生のリーザ嬢の案内で見てまわったところである。
ついなつかしい気分で、そこにも寄っていくことにした。
ところが駅のようすがずいぶんさま変わりしていて(新しいガラス張りの駅舎が出来ていた)、とうとうセンナヤ市場を見つけられなかった。
もういちどサンクトペテルブルクに行けるかどうかわからないわたしは、リーザ嬢の思い出も断ち切らなければならないようだ。
サンクトペテルブルクまで行って、またつまらないことをしてと非難されるかもしれないけど、見知らぬ街をひとりでぶらついたこの体験は、わたしにはとても楽しいものだった。
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