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2015年5月18日 (月)

太田記念美術館

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知り合いが六本木の国立新美術館まで、「ルーブル美術館展」 を観に行きたいといいだした。
ロシアでエルミタージュを見てきたばかりのわたしは、なんか来日した作品がもの足りなくて、見学を保留していた展覧会である。
知り合いはルーブルと聞くと嬉しがる人。
それでもブログネタぐらいにはなるかなというさもしさでお付き合いするわたし。

原宿の駅から美術館まで歩いてしまえということで、表参道の雑踏の中を歩き出したら、すぐに路地の奥に 「太田記念美術館」 の看板を見つけた。
浮世絵専門の美術館として名前ぐらいは知っていたけど、こんなところにあったのかとウカツ。
この日の催し物は 「歌川広重と小林清親」 というものだったから、これもおもしろそうだというので、寄り道をしていくことにした。

広重はよく知っているけど、清親という画家についてはよく知らない。
広重は北斎とならぶ江戸浮世絵の大家で、清親はその画風を引き継いだ明治維新前後の画家ということだった。
残念だったのは、思っていたより小ぶりな作品が多く、うす暗い館内では老眼鏡をかけても細部がよく見えないこと。
もっと高いメガネにしないとだめだな。

日本の浮世絵版画は、その大胆な作風が印象派の画家たちに衝撃を与え、西洋絵画の発展に大きな影響をもたらしたことはよく知られている。
この展示でもそういう点が比較論証されていた。
これは日本人が自慢してもいいことだと思うけど、これほど美術史にとって重要なことがらを、おとなりの韓国では教科書に載せないそうである。
やれやれ、偏狭のきわみとつぶやいてしまう。

政治的問題はさておいて、広重らの風景画の中には思わず郷愁を誘われてしまうものがいくつもある。
おまえは江戸時代の人間かっていわれてしまいそう。
いやいや、わたしは昭和生まれの若僧だ (そのつもりだ)。
郷愁を感じるというのはこういうことである。

広重の作品などを見ると、デフォルメされた部分があるけれど、わたしはその部分を想像力で矯正してしまうのが得意な男だから、もとの景色を想像するのはむずかしくない。
カヤ葺きの屋根、田植えをする人々、大河の上をこぎゆく小舟、竹やぶのシルエット、畑のあいだの小道には、駕籠さえ通らないものの和服の女性はめずらしくなかったし、牛がいる馬がいる、放し飼いのイヌがいる、みんなわたしの子供時代にはまだかろうじて残っていたものばかりなのだ。
浮世絵に描かれた世界をながめるたびに、わたしは江戸時代の日本が、どれほど人間的で活性に満ちた社会であったかと思う。

感動に打ち震えながら太田美術館をあとにし、国立新美術館のほうに行ってみたら、もの好きが長い行列をつくっていたので、さっさとあきらめて、回転寿司を食って帰ってきた。

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