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2015年6月17日 (水)

昨日の夕刊

昨日の夕刊に時事小言というコラムがあって、国際政治学者のフジワラさんという人がムズカシそうな文章を書いていた。
ちょい目には立派な文章だけど、これがいかにもウチの新聞(朝日)らしくて気になった。
つまり最初に結論ありきってやつだ。

いま問題になっている新安保法案は、抑止戦略になるのかならないのかというのが主旨らしいけど、いろいろ理屈を並べたうえで、フジワラさんは最後に
『軍事にばかり頼る対外政策は緊張を助長する危険がある』
『同盟強化を第一とする政策は政策の優先順位を誤るものではないか』
と結論づける。
これがウチの新聞の代弁であったとしても、このこと自体は個人の発言としてべつに問題ないものだ。
しかし、全体を通してみるとおかしな点がいくつか。

同盟諸国が協力したって紛争を打開できるわけでもないという証明のために、フジワラさんはロシアとウクライナの問題、あるいは中国の外洋展開を持ち出した。
いずれの問題も、NATOや日米同盟は紛争の解決に至ってない。
極端な言い方をすれば、だから同盟なんぞは役に立たないといいたいらしいけど、ほんとにそうだろうか。
彼はウクライナ問題を持ち出すくせに、かってのボスニア・ヘルツェゴビナの問題には触れようともしない。
たぶん知っていて知らん顔をしてるんだろうけど、ボスニア紛争はNATOを始めとする多国籍軍が介入して、紛争が解決した数少ない事例で、わたしでさえそれをよくおぼえているくらいだ。
この世の中には、同盟が紛争解決に役立つこともあるのである。

どうやらフジワラさんは、自分の都合のいい事例だけを取り上げるという、どこかの新興宗教と同じ手法を使っているようである。
彼はけっして肯定的な立場から「同盟」を見ようとしないのだ。

フジワラさんにいわせると、軍事同盟のNATOもウクライナでは抑止効果がなかった、日米同盟は東シナ海で中国の進出をくいとめることができなかった。
だから同盟強化と軍事力の役割を過大視するのは危険だという。
彼はなにがなんでも、ものごとを一方から見たいのである。
ヨーロッパの安定には同盟の効果があったと認めているくせに、しかしそれでもと、主張を強引に自分の見方に引きもどしてしまう。
日本に足りないのは外交努力だそうだけど、外交が無力であったことは歴史が証明しているではないか。

ウクライナ問題ではドイツのメルケルさんが重要な働きをしたというけど、彼女が相手にしたのは話せばわかるプーチンで、話してもわからない北朝鮮とは違うのだ。
日独の宰相を同じ俎板に乗せるほうがおかしいのに、ドイツの首相の外交戦略は立派で、日本の安倍クンはどうしようもないと結論づける。
早い話が、メルケルさんなら拉致問題をすんなり解決できたとでもいうのだろうか。
ロシアとの北方四島の交渉もうまくいってないなんて理屈をこねているけど、日本政府はアメリカに遠慮しつつ、プーチンにもいろ目を使うという、むずかしい外交努力を現在も重ねているではないか。

ひょっとするとヨーロッパや尖閣諸島が、まがりなりにも武力紛争を回避しているのは、同盟の効果や日本の潜在的武力かもしれないのに、フジワラさんはこういうことは無視するのである。
わたしは新安保法案や集団的自衛権に、賛否両論があってかまわないという立場だし、安倍クンに義理も恩義も感じているわけじゃないけど、ウチの新聞の代弁者である彼の意見には疑問を持ってしまうのだ。

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