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2015年6月 1日 (月)

儒教精神

今朝の新聞の 「いちからわかる!」 ってコーナーに、サムスン、現代自動車、LGなど、10の財閥の利益だけで、韓国のすべての企業利益の4割を占めるという記事が載っていた。
だからケシカランというだけでは、嫌韓のネトウヨみたくなってしまうので、そういうことはいわない。
ここでは韓国民のためにも、まじめな考察をしよう。

韓国のネット記事を翻訳したカイカイ反応通信なんか読んでいると、よく日本製品と韓国製品を比較したスレッドが立っていて、同じような商品なのに、韓国のものはヒドイ、サイテーなんて発言が多い。
カップラーメンなんかでも、中身のクォリティがぜんぜん違うのだそうだ。
どうしてそうなるのだろう。

財閥が事業を独占している国では、競争原理が働かないということは誰にでも想像できる。
競争相手がいないのだから、製品に金をかける必要がない。
しかし海外に出ると、日本の優秀な製品ともガチンコ勝負だから、こっちでは猛烈に競争原理が働く。
競争に勝とうと必死になって、研究開発にお金をつぎこみ、たまたま円高にもめぐまれ、サムスンなんか国際市場でも優位に立つことができた。
その分ますます国内の製品には金をかけない。
韓国民のぼやきはこのへんに原因があるのだろう。

同業他社がひしめく日本では、国内の製品であろうと手抜きをするわけにはいかない。
企業はつねに他社よりいいものを作ろうと必死である。
だからカップラーメンひとつとっても、日本のそれは韓国民の垂涎の的ってことになる。
ひとたび円安に振れると、そうやって競争原理でしごかれた日本製品は、韓国企業の歯の立つ相手ではないってことになってしまう。

だいたい資本主義が健全に発展すれば、フツーは自然に競争原理が働くはずなのに、なぜ韓国はそうではないのか。
これが、つまり、アレだな。
北朝鮮の正恩クンが、いつ倒されるかと期待されながら、依然として踏んばっているのと同じ図式だ。
中国・韓国にはむかしから権力にひれ伏す伝統がある。
日本なら独善的な権力者は、かならず寄ってたかって引きずり降ろされるのに、儒教の国の韓国では、口で文句をいいつつも、けっきょく相手に従ってしまうのだ。
王朝制度は北朝鮮だけではなく、現代の韓国にも連綿と引き継がれているのである。
そんな韓国人の精神を端的に象徴しているのが、かの有名なナッツ姫の存在のように思える。
彼女の場合はあまりにひどいというので裁判になったけど、国民が権力にひれ伏しているようでは、未来はクラい。
困ったモンだけど、正恩クンも財閥もまだまだ幅をきかせそうだ。

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