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2015年7月

2015年7月31日 (金)

カリマンタン/ロクバインタンの2b

ロクバインタンはこの旅のハイライトなので、まだ写真はあります。

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カリマンタン/ロクバインタンの2a

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空がしらじらとしてきて、やがて東の空がビンク色に染まってきた。
まわりに小舟の数が増えてくる。
とうとうまわりが小舟ばかりという、水上マーケットの現場に到着した。
わたしが今回の旅で見たかったロクバインタンである。

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集まっていたのは手漕ぎの舟ばかりで、漕いでいるのはほとんどが、中年以上の女性である。
彼女たちはみんな近郊の農村のおかみさんたちだそうだ。
中には水が漏るらしく、水を汲み出しながらやってくる舟もある。
大変だなあと思うと同時に、インドネシアの婦人は働き者だなあと考える。
おばさんたちの中には、黒くなるのがイヤなのか、顔を日焼け止めクリームでまっ白に塗りたくって、ゾンビみたいな顔になったのがいる。
太陽が遠慮なく照りつけるインドネシアでもそうなのかと、複雑な女性心理について考えて、正直おかしかった。

舟の中にバナナやマンゴーや柑橘類などの果物、生きたままの魚、コメや自家製の菓子まで、さまざまなものが積まれていた。
小舟のあいだに男が乗った、いくらか大きめの船が混じっていて、これは市場に買い出しにきたバイヤーだそうだ。

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観光客がわたしのほかに2組ほど。
ひとつはわたしのホテル前から前後していた欧米人のカップル、もうひと組は大型の船に乗った20人くらいの団体で、小舟を背景にワイワイキャアキャアいいながら写真を撮り合っていた。
こういうのは中国人ではないか。
わたしみたいに学術的探究心にもえた旅人とはちがうようだ、なんちゃって。
観光客はこれだけだったから、混雑のキライなわたしには、そのほどほどさが快適。

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小舟のひとつが近くにやってきて、愛想のいいおかみさんが、手作りらしいお菓子を買わないかという。
長髪クンが受け取ってしまったから、遠路はるばるの日本人にサービスかと思ったら、ちゃんと料金を請求された。
ま、文句をいうほどの値段じゃないし、まだ朝食をとってないから、ありがたく頂いておいた。
この日はちゃんとお金を持っていたからよかった。
前日はお金を持たずにホテルを飛び出してしまい、指をくわえているしかなかったのだ。

水上マーケットについては写真をずらずら並べる。
ネット上にはナショナル・ジオグラフィック級の写真も見つかるから、わたしも挑戦的気分で。

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2015年7月30日 (木)

カリマンタン/ロクバインタンの1

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最初に出かけた水上マーケットが期待はずれだったのは、目的地が違っていたのだった。
マーケットの規模が大きいのはマルタプラ川の上流にあるロクバインタンという市場なんだけど、説明不足で、バリト川の途中にある別のマーケットに連れていかれたらしい。

そこで翌日、長髪クンにアレンジをしてもらい、今度こそはちゃんと目的地の名前をいって、2度目の水上マーケットに出発した。
やはり早朝5時の出発で、ここまでおよそ10キロ、1時間ほどの船旅だ。
今度はせいぜい7、8人しか乗れそうもない小さな船で、同乗したのは船頭と長髪クンのみ。
ただ、この日はベルホテルのまえの桟橋から、べつの船で欧米人のカップルも出発していった。

もう2度目だけど、水上マーケットへのクルーズは、これだけで今回の旅のモトを取ったというくらい素敵なものである。
はきだめ運河や、前日のクルーズとちがって、今回は初めから最後まで、川幅の広いマルタプラ川を往復するのだ。

最初のうちは両岸に、まだ明けやらぬ水上の民家を見ながら行き、ときおりモスクがあらわれ、お祈りをする人たちが見えるあたりは前回といっしょ。
やがてそれが途切れると、岸辺にジャングルが黒いシルエットになって浮かびあがり、そのシルエットの上に、ひときわ背いの高いヤシの木がいくつもそびえている。
空には極上の満月で、月明かりの水面を、根なし草のホテイアオイがいくつも流れていく。
ときおり前方から小さな小舟があらわれて、軽い会釈をみせたあと、また後方に消えてゆく。
聞こえるのは、たんたんたんたんという単調な船のエンジン音のみ。
これではつい夢見心地になってしまう。
若いころ聴いたドアーズのナンバーが自然によみがえってきた。

おお、アラバマの月よ
おれにつぎの酒場を教えてくれ
酒場が見つからなきゃ
おれたちは死んでしまうしかない

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いくらなんでも感傷的すぎるという人がいるかもしれない。
しかし英語もインドネシア語もわからないから、長髪クンや船頭と会話をするわけにもいかず、ほかになにをどうしろっていうのか。
月夜の航海でこういう状況におかれて、感傷的にならない人がいるだろうか。

やがて東の空が白んできた。

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2015年7月29日 (水)

カリマンタン/イスラム

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現在の世界はイスラムに戦慄している。
中東、アフリカ、ヨーロッパで、イスラムの独自性を強調する勢力が暴れまわっているのはご存知の通り。
インドネシアは世界一のイスラム人口をかかえる国だけど、まだ異なる宗教が平和に共存しているみたいでホッとする。
バンジャルマシンには、仏教の寺院もキリスト教の教会もあるのである。

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ある日、街をぶらついていて、異様な光景を目にした。
ふだんなら往来の激しい通りを通行止めにして、大勢の男性が道路のまん中に整列しているのである。
3、400人はいるんじゃないか。
すぐかたわらに大きめのモスクがあって、ここから拡声器でお祈りの言葉が流されているから、イスラムの礼拝だけど、なにも道のまん中でやらなくても。

いっしょにいた長髪クンに、キミはやらないのと聞くと、ボクはいいんですという。
そういわれれば、封鎖された道路の周辺でもまだ営業している店もあるし、街はふだん通りの活況を呈している。
あまり強制されているようではない。

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いずれにしてもめずらしい異様な光景なので、写真に撮ろうとホテルからカメラを持って出直したころには、全員が地べたに座っていた。
男ばかりで女はいない。
なんかカルト宗教の集会みたいで、日本人にはかなり不気味。

彼らの敬虔な気持ちはわかるけど、無神論者のわたし、人間以下のわたしには、まえに書いたようにイスラムに対する疑問もある。
むかし中国の西安で、回教徒たちが住む街の一画を訪ねたことがあるけど、そこは貧民窟といっていいような場所で、貧しさが日本人の想像を超えていた。
するとすぐに中国による異教徒の差別だなんて騒ぎ出す人がいる。
しかし回族というのはイスラム教徒というだけで、その大半は漢族と見た目はそれほど変わらない人々である。

西安でわたしは考えた。
なぜ回族はこんな貧しい環境にあまんじているのだろう。
推論だけど、結論はすぐに出た。
とにかく頑固なまでに自分たちの生き方に固執し、グローバルな変化というものを受け入れない。
ふつうの中国人なら、時代の変化に合わせて、金儲けにすばやく反応する敏捷さがあるのに、彼らはそうではない。

貧民窟のような汚い食堂の奥で、ツギの当たったエプロンをして、うどん粉を練っている美しい娘がいた。
彼女は欧米系の顔立ちをしていて、日本に生まれていればモデルでも勤まりそうなくらいのかわい子ちゃんだった。
なぜ、あなたはもっと美しく着飾らないの。

おおきなお世話といわれてしまいそう。
バチ当たりのわたしが関わる問題じゃないんだろうけど、彼らのためにわたしは、宗教と人間の関わりについて考えてしまう。
イスラムを見るたびに考えてしまう。
正しい生き方を信念としてかかげることと、時流の変化に合わせるってことは両立しないものなのだろうか。

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最後の写真は、わたしのホテルで開かれていたイスラムのパーティのようす。
比較的裕福な人たちの集まりのように思える。
イスラムでも格差が広がっているとしたら、もはやそうした動きを食い止めるのは、「イスラム国」 のような暴力しかないのだろうか。

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2015年7月28日 (火)

カリマンタン/デパート

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「中村整体」 というマッサージ店のまえをそのままもうすこし行くと、信号のある交差点があり、そのちょい先に2階建てのデパートがある。
ホテルのまん前にもデパートらしきものがあるんだけど、それが “もどき” であるのに対し、こちらはもう少しだけ本格的。
しかもこのデパートはまえに紹介した生鮮市場からも近いから、買い物に来る人で駐輪場はいつもいっぱいだ。
ただし夕方の5時には、デパートも市場もそろそろ閉店の準備だから、バンジャルマシンまで買い物に行こうという人は要注意 (いるはずないか)。

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本格的といったけど、1階から2階までエスカレーターがあるくらいで、やはり日本のデパートとは比較にならない乱暴粗雑なデパートだ。
売られているものは安さが売りの衣料品や化粧品、雑貨、偽ブランドの時計やオモチャなどで、一見しただけで買うべきものは何もないとわかったから、わたしはエスカレーターに乗ってもみなかった。
デパートのまわりは縁日みたいな賑わいである。
つまりここも東南アジア的喧騒と無秩序がいっぱいで、ぶらついている分にはおもしろいところである。

ついでに生鮮市場で果物でも買っていこうと考えた。
市場でくれるビニール袋は頼りないものが多いから、そのへんのゴミ溜めに落ちていたスーパーのレジ袋を拾っていたら、そばの商店のおばさんが、みっともないことをするなといって新品の袋をくれた。
日本から来たホームレスと思われたのでなけりゃいいけど。

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2015年7月27日 (月)

カリマンタン/親と子

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水上マーケットからもどって、冷房の効いた部屋でひと休みしているうち眠くなってしまい、うとうととしているところをボーイに起こされた。
昼間から観光に出るでもなく、部屋でごろごろしている旅行者のわたしを、不審人物とでも思ったのかもしれない。
部屋のクリーニングをしますって、ボーイ君はなかなか親切なんだけど、女でも引っ張り込んでいるんじゃないかと、じろじろ観察しているみたいな雰囲気もある。

男が海外旅行というと、かならず女を買いにいくものと決めつける輩が、わたしの友人にもいるけど、そんなことが目的ならイスラムの国には行きません!
イスラム女性の身持ちの固さには定評がある。
浮気なんかした日には、即、石打ちの刑で死刑だ。
インドネシアではそんなひどいことをしてないと思うけど、いい気になってあまり手をひろげすぎると危険である。

ベルホテルから、すぐまえの橋を渡らず反対方向に行くと、ホテルのほとんど隣りといっていいところに、「中村整体」 と、日本語の看板を出したマッサージ店がある。
ガイドブックにぜんぜん紹介されてないところをみると、日本人が経営しているわけでもなさそうだし、おおかた整体の先進国?日本の名を借りた現地人の経営だろうと、いちどもご厄介になることはなかった。

バンジャルマシンに美人は少ない。
たいていが日本でいうところのオバサン顔である。
例外ももちろんあって、ホテルのフロントには和服の似合いそうな美人が働いていた。
でも街中で見かけるのは、日本のどこにでもいるようなオバサン、おネエさんばかりだ。
半年まえにロシアからもどってきたばかりのわたしは、そして美しい女性になみなみならぬ関心をもつわたしは、その落差のあまりの大きさに愕然とした。
バンジャルマシンは田舎の街だから、美人に生まれたなら、みんなジャカルタのような大都会に出ていってしまうのかもしれない。
日本だってむかしから城下町みたいなところに美人が多かったから、こういう事情は不思議じゃない。

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不思議なのは子供たちの可愛らしさ。
親がたいした顔をしてなくても、子供だけはみんな可愛い顔をしている。
ロシアの子供だって可愛いことは可愛いけど、なんかとっつきにくいところがあるのに対し、こちらの子供は天真爛漫な小悪魔。
やはり子供というものは、そこにいるだけでまわりの大人から自然に愛されるように生まれているのだ。
最近は子供をいびり殺す親がたまにいるけど、そんな自然の摂理さえ無視するような親は人間以下だ。
さっさと石打ちの刑に処すべし。

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2015年7月26日 (日)

カリマンタン/綿の木

クンバン島をあとにして、ふたつの川の合流地点からマルタプラ川に入ると、また水上集落が両岸にならぶのどかな景色になる。

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この合流地点のあたりで奇妙な木を見た。
遠くから見ると、大きな白い花がたくさん咲いているように見えるんだけど、近くに寄ってみると、なんだか綿のかたまりのようなものがたくさんぶら下がっている。
帰国日に同じコースのクルーズをしたので、そのとき長髪クンに尋ねると、頭をおさえて眠るようなそぶりをする。
枕になるという意味だろうか。

なんという木なのか、帰国してからネットで調べてみた。
インドネシア語では 「ポホン・カプック」 と呼ばれている木だそうで、英語では 「カポック」、日本語では 「パンヤ」 と呼ばれているそうである。
花が散ったあとに長さ15~20センチの種がなり、種子は最初は緑色をしているけど、だんだんと茶色くなって、最後にパカッと割れる。
中から出てきた綿状のものは 「天然パンヤ綿」 という名で、手芸店で売られていることもあるそうだ。
こんなことをおぼえても人生の役に立ちそうもないけれど。

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東南アジアの水上集落というとみすぼらしいというのが相場だけど、ちょいと視点を切り替えれば、これほど絵画的で美しい景色はないと、わたしはじっさいにそう思った。
水は赤茶色のままだけど、はきだめ運河とちがって、このあたりならわたしも泳いでいいかなといえるくらいの汚染度。
そんな民家のすぐわきで水浴をしている女性たちもいる。
もろ肌を脱いで水を浴びている女性は、ひじょうに健康的で、ゴーギャンの描いたタヒチの娘にそっくりである。

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このクルーズだけで、今回の旅行はモトが取れたような気がしてしまった。
しかも30人ぐらい乗れる船を借り切って、往復3~4時間のクルーズ料金は2500円ぐらいだったから、けっして高いとも思えない。

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ところがこの30人乗りの船は、ホテルまであとすこしのところでエンコしてしまった。
エンジン・ストップだけど、まだ惰性で動いているあいだに岸壁に寄せてもらい、そのあと20分ぐらいは徒歩でホテルに帰ってきた。
個人旅行はいろんなことがあるからおもしろい。

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2015年7月25日 (土)

カリマンタン/クンバン島

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出発まえにバンジャルマシンについていろいろ調べているころ、バリト川のまん中にある大きな島についてふれたことがある。
この島はクンバン島といって、小さな寺院があり、サルが棲んでいるそうである。
最初の写真はネットで見つけたもので、川の中にある緑の島がクンバン島。

当初のわたしの計画では、カリマンタンに着いたらオランウータンでも見物に行こうかと考えていた。
こういう特別な名所や名物がある場合、ホテルがオプショナル・ツアーとして、観光を募集していることが多いから、そういうものに参加すれば、たいして苦労せずに目的のものを見ることができる。

ところがオランウータン見学ツアーは、ベルホテルでは募集もしてなかった。
わたし以外にそういうものに興味のありそうな観光客は泊まっていなかったし、オランウータンのいるいちばん近いタンジュン・プテイン国立公園まで、バンジャルマシンから300キロ近くあるというのが理由らしい。
無理に参加する必要もないからさっさとあきらめたけど、そうなると行くところがあまりない。
そこで上記のクンバン島にでも行ってみるかと考えた。

水上マーケットを見物に行った帰り、潮が満ちてきて、船が橋に引っかかってしまい、遠まわりをして帰ることになった。
遠まわりというと、バリト川を下って、マルタプラ川との合流地点からマルタプラ川を遡るしかない。
こんなクルーズは予定してなかったから、とんだ僥倖で、わたしは新しい景色を眺められることになった。

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すでに朝の7時ごろで、そろそろ熱をおびてくる太陽に照らされながら、わたしは船のへさきでぼんやりと風に吹かれていた。
なにか世界が自分のものになったような気分である。
ローマに乗り込むクレオパトラみたいといったらオーバーだけど、そんな調子で幅が1キロもあるバリト川をゆるゆると進んでいくと、まもなく緑におおわれた大きな島が近づいてきた。
大きさからしてクンバン島にちがいない。
2枚目の写真はグーグルの衛星写真。

見たところ全島が密に植物におおわれ、寺院なんてありそうもない島である(あとでグーグルの衛星写真を確認したら島の反対側に小規模な建物があった)。
植物もハンパじゃない。
水ぎわの樹木が半分水につかるくらい、めったやたらに植物が密生している。
これじゃサル以外はとても棲めそうにない。

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島のまわりは、ノアの箱船のような運貨船のたまり場になっていた。
自走するためのエンジンを持たない巨大な鋼鉄船が、仕事のないときにはこのあたりに係留されているらしい。
これが石炭などを積んでタグボートに引かれているのを見ると、まるで島がひとつ動いているように見える。
対岸には造船所や貨物の陸揚げのためのクレーンがいくつも見えるし、どうも風光明媚を強調するには障害のある景色ばかりである。
クルーズ自体は楽しいけど、クンバン島に行ってみようという気はこれで失せてしまった。

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2015年7月24日 (金)

カリマンタン/水上マーケット

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水上マーケットは早朝から始まるので、ホテルをまだ暗いうちに出発しなければならない。
しかし朝の5時というと、わたしの生活サイクルではちょうど就寝タイムである。
案の定うとうととしたころ電話で叩き起こされた。
あわてて飛び出して、おかげで財布を忘れた。

この晩は満月で、こうこうと輝く月の下、川面にはなまぬるい風が吹き抜けていた。
そんな中、わたしひとりで30人ぐらい乗れそうな船を借り切るのだから、これはけっこうぜいたくな体験だ。
前日のはきだめ運河クルーズと異なり、この日のクルーズはもっと広い川を行くので、臭いもあまり気にならない。

わたしは舷側にもたれてぼんやり景色をながめる。
走り出してまもなく、船はマルタプラ川からその支流に入りこんだ。
川幅は30メートルくらいあるだろうか。
列車の旅もそうだけど、こうやって自分はどっかり腰をおろし、景色のほうが流れすぎていくという状態が、わたしはとっても好きである。
しかも船によるクルーズはスピードも最適なくらいで、自分で運転して車で行くのとは大違いだから、つくづくいいところに来たなと思ってしまった。

両岸の家屋の大半はまだ寝静まっているようである。
しかしときおり現れるモスクを窓ごしにうかがうと、早くもお祈りをする信者の姿も見える。
カーテンで男女を前後に仕切り、前方に男、後方に白い衣装の女性たちがたたずんでいる。
なにかお説教を聞いているらしいけど、声が聞こえないだけに、よけい敬虔な雰囲気が感じられて、なかなかいい景色だ。

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そうはいうものの、わたしはイスラムに対して複雑な考えを持っている。
酒はダメ、豚肉はダメ、このクソ暑いのに女の人がロングドレスだなんて、イスラム教徒の戒律を守ろうという信念は、他の宗教に勝ることはあってもけっして劣るものではないはずだ。
バチ当たりのわたしなんか、早起きしてお祈りをしなさいといわれただけで逃げ出したくなってしまうのに、そんなわたしのほうが (わたしの価値観によれば) 満たされた生活を営んでいるというのはどういうことだろう。
イスラムから見たら人間以下のはずのわたしが、ノーテンキに旅行を楽しみ、お酒をがぶがぶ飲み、トンカツを食べ、メタボに悩み、自爆を強要されることもない平和な生活を満喫している。

イスラムが求めているのは現世のご利益ではないのだという人がいるかも。
しかし現世のご利益に意味がないとしたら、わたしたちはなんのために生きるのか。
あ、もうやめよう。
また答えの出ない堂々巡りにおちいりそう。

そのうち船は湖のようにだだっ広い水面に出た。
だいだい色の月が中空にぽっかり浮かび、向こう岸の明かりが点々とまたたいている。
東の空が白んできた。
なんかおかしいなと思う。
わたしは目的地までの行程をおおざっぱにおぼえていたけど、わたしの行きたい水上マーケットに行くのに、こんな大きな湖を通るはずがない。

これはじつはカリマンタン南部を流れる、全長890キロの大河バリト川だった。
この日のクルーズは、わたしが目的としていたものではなかったのである。

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このあと水上マーケットの現場に着いてみたら、どうも舟の数が想像していたより少ない。
まわりの景色も材木の集積場みたいで、写真で見たマーケットと様子がちがう。
どうやら船頭は、時間や燃料をケチって、わたしの希望よりもっと近場にあるマーケットで間に合わせようとしたらしい。
アテがはずれたけど、わたしの希望する目的地の場所や名前を正確におぼえてなかったから、きちんと船頭に伝えることができなかった。
仕方がない。
ホテルに帰って、そういう点をしっかりおぼえて出直そうと考える。

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しかし、なんとなくごまかされたみたいでおもしろくない。
ところがこれもツキなのか、帰りは船が運河の橋げたにひっかかって、往路のコースをもどれなくなってしまった。
バンジャルマシンの運河は潮の干満の影響を受けるのである。
船頭がぐるっとまわり道をしてもどりますという。

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2015年7月23日 (木)

カリマンタン/服装

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バンジャルマシンに行くのに、どんな服装で行ったらいだろうと考えている人は、たぶんあまりいないと思うけど、いたとして、なんか参考になればというハナシ。

バンジャルマシンは暑い。
赤道直下といっていいところだからやむを得ない。
でもわたしの感じでは、噂に聞く猛暑のインドや中国の南京あたりよりはマシという感じだった。
これは海が近いせいだろうか。
空気が乾燥してるせいなのか。

暑いんだろうと考えて短パンを持っていった。
現地に着いてちょっとまずいなと思った。
現地には短パン姿の男性があまりいないのである。
もちろん女性は、イスラム教徒が多いせいで、わざわざ痴漢に襲われたいと考えているような、肌を露出したアメンカン・スタイルの娘はまずいない。

でも男でも短パンが少ないというのは意外。
このブログに載せた写真の中には、何人か短パンの男性が写っているけど、だから自分も短パンとなると、かなり浮かび上がってしまうことを覚悟しなければならない。
わたしってけっこう周囲の目を気にする古い日本人なのよね。
そういうわけでう、短パンはホテルの中だけではくことにし、外出するときはもっぱらロングの綿パンにした。
これでも我慢できないほど暑いわけじゃなかった。
バンジャルマシンにかぎらないけど、イスラムの国に行くには、男にもそれなりの服装のTPOというものがあるようだ。

ここに載せた写真のうち、1枚目はトレーナーを着ているけど、これは早朝の出発なので寒いかもしれないとおどかされたため。

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でもこれはバンジャルマシンの話である。
バリ島やジャカルタのように欧米人観光客の多いところでは、連中は短パンに決まっているから、あまり気にする必要はないだろう。

上はTシャツで問題はない。
Tシャツは例のデパートもどきの2階でバーゲンをしていて、1枚が200円だという。
大量に買って帰ろうとしたけど、最終日に空港までせっつかれて、とうとう買ってるヒマがなかった。

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2015年7月22日 (水)

古い写真

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知り合いが一軒家からマンションに引っ越すそうだ。
荷物を整理しなくちゃいけませんね。
うちのテレビが古くなってるから、大きなテレビ引き取りますよと舌なめずり。
タダでもらうのもなんだから、おたくの古いアルバムの写真をデジタル化して、DVDに移してあげましょう。
荷物がそれだけ少なくなりますなんてお追従をいっておいて、あらら、あとですこし後悔した。
アルバムの量がハンパじゃない。
山のようにアルバムをかつぎこんで、これからどうやって片付けようかといま困惑の態。
ま、昨日は新しいエアコンが来たから、涼しい部屋でとうぶんひきこもりか。
ビョーキになりそう。

添付したのは古いアルバムの中の1枚で、昭和30年から40年ごろの登山仲間の人々。
この大半、とくに男性はほとんど故人かと思うと、歴史のひとコマのよう。

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2015年7月21日 (火)

カリマンタン/間食

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腹がへった場合、メシを食わなければならない。
わたしは市場で見た、そのあまりの不衛生な光景に愕然として、街の一般食堂ではゼッタイ食事をしないことに決めていた。
朝食と晩餐はホテルのレストランで摂り、あとは1週間ぐらいパンやカップラーメンでも生きていけると、じっさいにそうすることにしたのである。
なんのために外国へ行ったんだといわれそうだけど、もともとわたしは食べ物に興味のあるほうじゃない (ここに載せた写真はすべてタブレットで撮ったホテルの内部)。

ベルホテルのすぐまえにデパートもどきがある。
デパートみたいな大きな建物だけど、1階にファーストフードの店、つまらない菓子店、電気部品屋など、脈絡のない店がだらしなく入居し、2階では洋品店がバーゲンをしていて、どうも日本人の感覚ではデパートといいかねる。
空腹になったときのために、ここにあるキヨスクみたいな菓子店で、間食用のパンを買っておくことにした。

言葉がわからないからアレとコレと、指さして品物を選ぶ。
菓子パンふたつとジュースを買って、いくらと聞いたら日本円で500円ぐらいのことをいう。
高いような気がする。
ような気がするだけじやなく、じっさいに高いだろう。
日本だってそんなにしないぞ。
不満げな顔をしてみせると、店の厚化粧のおばさんがニンマリ。
たかが500円で、それ以上文句もいえずに退散したわたしもヒトが良すぎるな。

この店で売っているのは甘い菓子パンばかりで、ジュースも甘いものばかりだ。
イスラムの街というのはそういう傾向がある。
酒を禁止して暴動を起こされては困るので、甘いもので御機嫌をとろうって魂胆だろう。
甘い菓子パンでは食事の替わりにならないので、4日目ぐらいからは間食はカップラーメンにした。

バンジャルマシンにはコンビニもある。
わたしのホテルの近所には少ないけど、あとで郊外にドライブしたら、Ind◎mart という店と、Alfa Mart というコンビニがいたるところにあることがわかった。

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コンビニにはカップラーメン (ロシアのときと同じ韓国製) が置いてあった。
しめしめと、こいつを3コばかり購入してホテルにもどる。
こんな具合でわたしの旅はエンゲル係数減少の傾向があるけど、だから豊かといえないのが難点だ。
なんども公言するけど、わたしはいま話題の和食以外に食べものに関心がないので、この分野ではけっして旅の参考になりません。

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2015年7月20日 (月)

カリマンタン/ぶらぶら

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この旅に出るまえは、スイス・ベルホテルを3日間だけ予約し、もしこのホテルが気にいらない場合は、現地でべつのホテルを探そうと考えていた。
しかしとくに問題もなかったし、フロントの女の子とも顔なじみになっちゃったし、まわりがオールドタウンという点も気にいって、残りの3日もベルホテルに追加宿泊をすることにした。

6日も居座ってなにをしていたかというと、しょっちゅう街をぶらぶらしていたわりには、暑いからすぐにホテルへもどって、部屋でぼんやりすることも多かった。
これじゃバンジャルマシンの引きこもりだ。
もっと観光に行ったらどうなんだという人がいるかもしれないけど、わたしの旅はいつもこういうスタンスである。
ぜっかく来たんだからと、目いっぱい時間を有効に使おうという人がいるけど、そりゃくたびれるだけだし、だいたいバンジャルマシンには、バリ島のような名所旧跡はほとんどないのである。
ホテルを自分の家のように使い、ときどき思い出したように近所をほっつき歩く。
それで十分。
着飾った外見よりも、女性の中身、つまり肉体に興味があるのといっしょで、わたしはバンジャルマシンのふつうの人々の生活を知りたいのである。

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両替をしようと街へ出た (今回の写真はすべてタブレットで撮ったもの)。
ホテルのまえでごろごろしている人力車をつかまえて、グランド・メンタリに行ってくれと頼む。
ガイドブックによるとこのホテルは市の中心部にあるそうだから、そのあたりをぶらぶらしてみれば、市の中心がいかなるものかわかるだろう。
銀行だってあるに違いない。

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行ってみたらグランド・メンタリは、わたしの泊まっているベルホテルから、拍子抜けするくらい近いところだった (この写真のうちの、手前ふたつのビルはホテルと無関係かもしれないから、あまりアテにしないこと)。
たまたま目についた銀行に飛び込んで、日本円を両替したいというと、ウチではやっていませんという。
短刀を下げたガードマンが、あそこに両替屋がありますとなかなか親切。
いわれた両替屋で首尾よく1万円分のルピアを手に入れ、金を持ったままぶらぶらするのは危険だから、またいったんベルホテルにもどることにした。

市の中心部というのはわりあい通りも広く、いちおう文化的で、いくらか上品なところである。
バンジャルマシンで行儀のわるいのは、わたしが泊まっているベルホテルのまわりだけらしい。
わたしは外国に行って上品な街なんてものを見たいと思わない人間だから、それは結構なことだけど、ぶらぶらしているだけでも腹はへる。

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2015年7月19日 (日)

カリマンタン/はきだめ運河の2

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想像を絶する運河クルーズになってしまったけど、ほんとうに恐ろしいことはこのあとにやってきたのだ。

まえにこのブログで、ホテルにプールがないのがペケと書いた口コミ提供者に、ホテルの目の前がマルタプラ川じゃないか、飛び込んでみろと書いたけど、この川の不潔さを見たら、いかなるアメリカ人といえども実行をためらうのではないか。
わたしがクルーズをした運河は、それに倍かけて汚かったのである。

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ところがなんと、この汚水の中で泳いでいる子供たちがいたのだ。
それもやむを得ず泳いでいるのではなく、彼らにとっては絶好の遊び場になっているらしかった。
しかも彼らはどこまでも明るかった。
呆然としているわたしに対して、ごみ溜めの中の天使のように、みんなにこやかに手を振るではないか。

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わたしは泳ぎ寄ってくる子供たちとハイタッチをしながら、この理解不能の光景について、いろいろなことを考えた。
幸福というのはなんだろう。
文明というのはなんだろう。
わたしみたいな凡人の考える問題じゃなさそうだけど、考えざるを得ないほど、この汚染水と子供たちの関係はインパクトが大きすぎたのだ。

わたしにはバンジャルマシンの子供たちが、そのまま野生動物のように思えてきた。
泥水の中をころげまわっているイノシシの子のような。

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インドネシアは貧しい国、すくなくとも大半の国民は貧しい国である。
国が貧しい原因はたいていの場合、政治家がロクなことをしてない場合が多い。
スカルノ、スハルト、ハビビ、ワヒド、メガワティ、 ユドヨノ、歴代の政治家の名前が浮かぶけど、アジア型の政商を代表するような人物もいる。
しかし彼らにも言い分がありそうな気もする。
こういう国民に何かしてやれると思うほうがおかしい。
彼らは野生動物であり、檻につないだり、行儀を仕込んだりするのはとうてい不可能だ。
どうにもならないと、政治家もサジを投げたのではないか。
あとは野となれ山となれ。
自分のことだけを考えよう。
国が貧しい原因は、政治家たちがこういう結論に達したせいかも。

それはいくらなんでも失礼だ。
一国の国民を野生動物にたとえるのはケシカランと、ブログが炎上するかもしれない。
しかしわたしは美辞麗句を使おうとは思わないし、特定の国や民族をおとしめようとは思ってない。
これは現実なのである。
わたしが異様な考えにとらわれたのも事実なのである。
汚水の中に天使を見たのも、同時に事実なんだけど。

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カリマンタン/はきだめ運河の1

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長髪のガイド君が運河のクルーズに行きませんかという。
カリマンタンの運河クルーズといえば、密林のあいだに流れる大河を、両岸の野生動植物をながめながら、船ですべるように進んでいく、そんな光景を想像してしまう。
いいねえと返事をする。
水上マーケットの見物も船で行くのだからクルーズの一環といえなくないし、わたしにとって運河のクルーズというのは、このカリマンタン訪問の究極の目的だったのだ。

ようやく旅行バッグが届いた日の翌日、ホテルで水上マーケットの見物を予約しているところへ、長髪クンが押しかけてきた。
なんでボクにまかせてくれないんですかと不満顔である。
べつに彼にまかせることに異論はないんだけど、前日はまだ荷物が届いてなかったし、この日はわざわざこちらから連絡する気にもなれなかったので、ついホテルで申し込んでしまったのである。

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そのかわりに彼におまかせしたのが、彼のいう運河クルーズというわけだ。
でもそんな簡単に密林に行けるのか。
そのへんがちと気になったけど、深く追求するほどわたしは英語に詳しくない。

彼はさっそく船を手配してしまった。
船というか舟というか、微妙なところだけど、エンジンと船頭ひとりつきの小船がやってきた。
運河クルーズも水上マーケットの船も、ホテルのまえの桟橋から乗れる。
乗客はわたしと長髪クンのみ。
まあ、あんまり俗物といっしょにされるよりはいいかもしれない。

カリマンタンにいるあいだに中間報告をしておいたけど、じつはこれは想像を絶する悲惨なクルーズであった。
あんまり書きたくないけど、わたしの轍を踏む人が出ないように、わたしはあえてその顛末を報告するものである。
気のよわい人は、今回と次回だけはこのブログを読み飛ばしたほうがいいかもしれない。

バンジャルマシンは運河の街でもあるけど、マルタプラ川をすこし走ったあと、船はたちまちそのへんの細い水路に分け入った。
細い水路である。
手をのばせば、両岸の民家に手が届きそう。
とちゅうにはいくつも橋があり、船はそういう橋の下をすれすれにくぐり抜けていく。
そのたびにわたしは亀の子みたいに首をひっこめるのである。

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この運河は文字通り生活廃水路で、水はこれ以上ないくらい茶色に濁り、ゴミが浮かび、異臭がただよっていた。
異臭がただようのももっともだ。
7番めの写真に、民家から張り出した掘っ建て小屋みたいなものが写っているけど、お察しのようにこれはトイレである。
水洗じゃなさそう。
タンク貯蔵式でもなさそう。
船はそんなトイレのわきをかすめて行くのである。

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仮にこれを 「はきだめ運河クルーズ」 と名付けよう。
写真が多いので2回に分けて報告するけど、後半も見よとはいいませんヨ。
あまりも不潔な光景はこの晩の夢にも出てきて、夜中にうなされたワ。

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2015年7月18日 (土)

カリマンタン/移動手段

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インドネシアは日本と同じ、車は左側通行だった。
走っている車はトヨタ、ホンダ、スズキなど、圧倒的に日本車が多い。
インドネシアも親日国である。
戦後、インドネシアに残って独立運動に身をささげた日本兵も多いと聞くけど、彼らの犠牲的精神は、現代の日本の子孫たちに立派に役立っていると信ずる。

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四輪車よりも、ものすごく多いのはバイクである。
例のぞろりとしたイスラム・ファッションの女性が、そのままの格好でバイクに打ちまたがり、後ろに友達や子供や母親を乗せて走っている。
これは日本の娘が和服のままバイクに乗る感じ。
インドネシアではバイクの免許が、嫁入りまえのオンナの人の必帯条件になっているみたい。

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お母さんとお父さんがタンデムで2人の子供をはさんで、つまり4人乗りで走っているのもよく見かける。
バイクはもちろん日本製、でなければ日本との合弁会社製らしい。

バイクが多いからそこいら中に駐輪場がある。
日本でも観光地でよくやっているように、駐車場の(ここでは駐輪場だけど)客引きも多く、これだけで商売になっている感じ。

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ポンコツ車も多い。
人力車も多い。
リヤカーも大八車も使われている。
タクシーは普通車、軽四輪、バイク、人力車とよりどりみどりだ。
たまに最新式のベンツも走っている。
こういうのがみんなごちゃごちゃ入り混じって走っているから大変だ。
わたしの泊まっていたホテルのまわりはオールドタウンで、ポンコツや人力車がとくに多いからよけい大変だ。
信号だってちゃんとある、数は少ないけど。
それを守る人も少ないけど。

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信号はほとんどないから、交通が混雑しているところでは、道路を横断するのも大変だった。
渡ると決めたら強引に渡るしかない。
それでも車両のマナーはよく、というと語弊があるけど、歩行者が車にぶつけられているのを見たことがない。
注意していたにもかかわらず、この旅では交通事故というのをいちども見なかった。
なにがなんだかわからないけど、先進国の人間にはうかがい知れぬ、東南アジア流の交通テクニックというものがあるのだろう。

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運河の街のバンジャルマシンでは、やっぱり船がいちばん気持ちよく走れる移動手段。

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2015年7月17日 (金)

カリマンタン/生鮮市場の3

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生鮮市場の最後は、なんだかよくわからないものを集めた。
ニワトリやお米はわかるけど、4番目はチマキの恵方巻きかしら。
中身はピーナッツなんていう人がいたけど、よくわかりません。

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5番目も色白のサラミみたいとしかわかりません。
6番目の写真の寒天ゼリーみたいなのは、中国でもよく見かけた、動物の血を固めたものらしい。
7番目は上記のチマキなんかに使うバナナの葉っぱでしょう。

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8番目は手作りのスウィーツ。
9番目のおじさん2人はただの出たがり。
こういうものは食べてみるのがイチバンだけど、なにも命を賭けてまでやるもんでもないし。

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ネコも多かった。
食用ではなく、市場から出る余り物で生きている野良ちゃんばかり。
ネズミを獲るということで、それなり市場で貢献を認められているらしい。

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この市場のまわりには、夜になると屋台が出る。
屋台の天幕にはいろんな魚が描いてあるくせに、メニューはほんの少ししかないようだった。
好奇心旺盛なわたしも、昼間、あまりに非衛生なこの市場を見学したおかげで、とうとう屋台でなにか食べようって気になれなかった。

おやじガイドとは市場で別れたけど、ガイド料は払わずじまい。
荷物が届かないとお金がないんだよというセリフは、彼らを撃退するのに強烈に効く。

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2015年7月16日 (木)

カリマンタン/生鮮市場の2

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インドネシア人はとても愛想がよい。
カメラを持ってうろうろしていると、撮って撮ってとそこいら中から声がかかる。
もっとも女の人はそうでもない。
たいていの女の人は写真をいやがるんだけど、これも男女7歳にして席をなんとかの、イスラムの戒律があるせいかもしれない。
ここに載せたのは、めずらしく向こうから撮ってと声をかけてきたオンナの人。
2人になると女も図々しいのだ。
彼女たちはたいていウンコ座りをしているので、目のやり場に困るわたしのほうがよっぽど純情である。

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野菜系のあとは魚介類の紹介だけど、刺身の大好きなワタシ、しかしたとえ生きている魚でも、ここでは刺身で食べたいと思わないねえ。
ええ、正露丸は用意してありましたよ。
でもそんなもののお世話になりたくありませんしね。
海が目のまえのバンジャルマシンでも、魚を生で食べる習慣はないみたい。
つくづく日本という国の特殊性を感じてしまいます。

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市場に並んでいる魚をざっとながめると、川や湖の魚が多く、種類のバラエティはあまり多くない。
5番目の魚も淡水産のテラピアらしい。
熱帯の島だから沖縄のような、カラフルかつ珍奇な魚が見られるんじゃないかと期待していたのに、この点は残念。

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2015年7月15日 (水)

安保法案

安保法案を与党が強行採決というニュースが、今日の夕刊の全紙面という感じ。
どっちにも言い分があるだろうから、どっちがいいかという問題じゃないけど、現在の国際状況の中では、誰が政治をしたって選択肢はあまりないような気がする。

そんなことはさておいて、野党が抗議した、退席した、デモ隊が国会を取り巻いたなんて話を聞くと、歴史は繰り返すというか、55年もまえの60年安保の騒ぎを思い出す。
わたしはまだ子供だったけど、その後さまざまな文献でこの事件のおおよそのいきさつは知っていた。
デモに参加していた樺 (かんば) 美智子という女子大生が、押しつぶされて亡くなったのもこのときである。
ちなみにこのとき総理だったのは、現総理の安倍クンの祖父にあたる岸信介だったよな。

その当時はまだ政府も国民もいまよりずっと過激だったから、60年安保というのは、今日の安保法案への抗議よりずっと激しいものだったようだ。
うーんと考えてしまうけど、その後の日本の歩みを考えると、当時の日本政府のやり方は間違っていただろうか。
安保条約を結ばないという選択肢があっただろうか。
歴史にIf は厳禁だそうだけど、もしも安保条約を結ばなかったとして、日本は現在ほどの発展ができたんだろうか。

そんなことはわからない。
もちろんぜんぜん別の選択肢から、勤勉な日本人は、やはり世界からうらやまれるほどの発展を遂げていたということもできるだろう。
だからといって、当時の与党自民党が間違った選択をしていたと結論づけるには、わたしはためらいを感じてしまうのである。

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冥王星

Pluto

またひとつ人類の英知の勝利。
なんてことを書くとNASAのホームページからの借用みたいだけど、これ、わたしの本音。
探査機ニューホライズンズ(新しい限界という意味だそうだ)が撮影した冥王星の写真。
以前ボイジャーが撮影した木星、土星、天王星、海王星の詳細な写真にも感動したものだけど、ガリレオやニュートンでさえ立ち会えなかった瞬間に、これといって特徴のない凡人のわたしが立ち会えたのだから。
未来の人類には太陽系の惑星、衛星の写真なんてめずらしくなくなるだろうけど、初めてその正体を知った瞬間というものは、太陽系の長い歴史の中で、100歳まで生きたじいさんがまばたきするくらいの時間でしかないのだ。
そんな貴重な体験ができたなんて、うん、いい冥途のみやげになったよ。

ということでネットで探した冥王星の写真を添付しようと思ったら、15日の朝6時の時点ではまだあまりネットに載ってないねえ。
著作権の関係か、あるいはガセネタの恐れがありというわけで、確認するまで載せないのか。
これはウィキペディアに載っていた画像。
ウィキペディアには、こないだ1500円寄付しておいたから、勝手に引用してもいいのではないか。

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今朝の新聞

今朝の新聞に「エース、戦犯で絞首台」という、わりあい大きな記事。
毎年甲子園が近づくと、自社が関わる高校野球を応援するために、どっかから甲子園にまつわる話を探してくるのは朝日の常套手段。
そんなことはどうでもいいけど、この記事を読んで思ったこと。

記事は、戦前の高校野球でヒーローだった男性が、戦犯容疑をかけられ、有罪となって処刑されたというもの。
彼の容疑の事実関係については、70年後のわたしたちに確かめるすべはないし、甲子園をひかえた朝日の事情からすれば、これを美化するのは当然といえるから、なんとも判断がつけにくい(わたしも疑り深い男だ)。
ただ記事にもあったけど、戦争裁判が公平なものでなかっただろうということだけは、この記事を読んだ誰しもが感じるんじゃなかろうか。

記事を要約すると、アノ朝日も戦争裁判に疑問を感じており、裁判で処刑された戦犯を擁護する立場をとり、そのへんから転じて、米国から押し付けられた憲法に疑問を呈し始めたのかなと思ってしまう(わたしも深読みが好きな男だ)。
すぐとなりの紙面には、安全保障関連法案について、もちろん朝日新聞のこれまでの主張どおりの記事。
なにがなんだかわからないけど、朝日新聞もいよいよ日本国憲法は改正すべきという意見に軸足を移し始めたのか、いやいや、やっぱりそれはイケマセンという方針なのか、スタンスをはっきりさせてほしいねえ、うん。

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2015年7月14日 (火)

カリマンタン/生鮮市場の1

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おやじガイドに連れていかれたのは、ホテルから遠くない魚市場、というより野菜なども扱っている生鮮食品の市場。
わたしはこういうところに興味があるから、それはそれでいいんだけど、閉口したのはそこがあまりに不潔、非衛生であること。
人間なにごとも慣れだから、現地の人にとってはハエがたかったくらい、魚が死んで1週間ぐらいがナンダってことかもしれないけど、どうも日本人には我慢できる光景じゃない。
ふだんのわたしは正味期限なんぞを気にする男ではないけれど、長らく日本に住んで、逆の意味で日本の清く正しい食品の管理制度に慣れてしまったらしい。

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また思い出してしまうけど、初めて上海に行ったころ、市場を見てまわって、やはりその非衛生ぶりにビックラこいて、これじゃあ中国人が火を通さないものは食べないのも当然と思ったことがある。
でも当時のわたしはいまより若かったし、まだ植村直己式のものの考えができたほうだから、それほど気にしなかった。
しかし最近はわたしもトシをとった。
日本人の非常識すぎる潔癖性のほうに慣れてしまったらしく、ここで見たものに恐怖を感じてしまい、この旅ではとうとう一般の街の食堂でゴハンを食べることができなかった。

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最初は野菜系から、市場の写真をずらりと並べるけど、写真で見るとそれほどじゃない。
じっさいにはもっとずっと汚いのである。

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2015年7月13日 (月)

カリマンタン/おやじガイド

バンジャルマシンで出会ったガイドはもうひとりいる。
こちらも街をぶらぶらしているとき話しかけてきた男性で、長髪クンのとき以上にたまげた相手である。
どうもバンジャルマシンには、注文を待つのではなく、みずから観光客を探しまわる、街の遊撃手みたいな個人ガイドが何人もいるらしい。

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彼のスタイルを紹介するのになんといったらいいだろう。
ちょうど土木作業員が1日の仕事を終えて帰宅するところとでもいうか。
説明するより写真で見せるほうが早いから、写真を見せる。
どれがそうだって?
ほれ、自転車をこわきにかかえて、ゴム長をはいたおっさんがいるでしょ、画面のまん中に。

こういう汚いガイドもめずらしい。
前歯が1本欠けていて、坊主頭で、まっ黒になったトレーナーで、こんなのが寄ってきたら観光客はみんな逃げてしまいそう。
でも悪人には見えなかったから、てきとうに相槌をうって、しばらくお付き合いをしてみた。
まだ旅行バッグが届かずに困惑していたときだから、そういうわけなんだ、金を貸してくれないかと冗談をいいながら。

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だんだんわかってくるけど、彼はなかなかの勉強家で、よれよれになったぶ厚い日本語辞書、その他の辞書を持っており、しかもページのいたるところに書き込みがあるところをみると、猛烈な勉強家であるらしい。
怠惰で勉強ギライのわたしのほうが赤面してしまうくらい。
もっとも勉強しているわりには、日本語は話せないようだった。
そんな彼のことを、ここではかりに “おやじガイド” と呼んでおこう。

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おやじガイドの案内でぶらぶらするうち、とくに変哲のない1軒の民家のまえにさしかかった。
この家の主人は日本語を話しますよという。
残留日本兵でも住んでいるのかと思ってのぞいてみたら、玄関のところに認知症みたいな、色白でふっくらしたじいさんがぼんやりと座っていた。
日本語わかりますかと声をかけてみても、中空を見つめたまま返事もしない。
ほんとに認知症のようである。
そのうち奥から丸いメガネの息子らしい男性が出てきた。
彼も日本語はわからないようだった。
どうもわたしの見立てでは中国人らしい。
おやじガイドには中国人も日本人も同じように見えるのだろう。

長髪クンもそうだったけど、ガイドというのは顔が広いのか、いたるところでそのあたりの住人と挨拶を交わしていた。
こういうガイドは役に立ちそうだけど、残念ながら荷物が届くまでは、わたしは彼らを雇うわけにはいかないのである。

ふと思いついて彼に、魚市場が見たいんだけどねと言ってみた。
まかせておけというガイドに連れられて、このあと生鮮市場を見学することになるけど、それは次回に。

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カリマンタン/長髪クン

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街をぶらついているとき、声をかけてきた男性がいた。
髪を肩までだらしなく伸ばし、大きなリュックを背負って、サンダルばきでペタペタと歩いていた。
売れない作品をせっせと描いている、修行中の漫画家みたいである。
ボクは旅のガイドをやってますというから、おどろいた。
ガイドという職業に対する日本人の固定概念を打破するようなガイドである。

ちょうど飛行機で貨物送りにした荷物が届かなくて困っているときだったから、なにか頼りになるかと思って話をしてみた。
じつは彼はなかなか有名な男だった。
すり切れた新聞記事のコピーみたいなものを持っていて、それをわたしに見せてくれたのだが、それはまさに、わたしがこの旅に持参した 「地球の歩き方」 の中の、読者の口コミ情報をコピーしたものであった。
そこには 「タイラー(Tailah) さんは英語が喋れる個人ガイドです。早朝の水上マーケットをアレンジしてくれました」 とある。
だらしない長髪の彼は、この街に来る旅行者が頼りにしていい男だったのである。

じつは荷物がねというと、ボクのオフィスのとなりがガルーダの営業所ですという。
それじゃ文句をいいに行こうかと、彼のオフィスまでいっしょに付き合うことにした。

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オフィスというより物置きみたいなところだった。
畳み3枚くらいのスペースに、手作りみたいなデスクや椅子が並べられ、壁には地図や予定表などが貼られている。
日本人からみると悲惨だけど、バンジャルマシンでは、これでも一国一城のあるじが居すわるのにふさわしいところらしい。

ただし、もともと観光客は多くないところだ。
彼は毎日せっせと歩きまわって、獲物を探すハエトリグモのように、わたしみたいなひとり歩きの旅行者を探しているのだろう。
見た目よりも人間はわるくないようだし、わたしは彼を信頼して、この後バンジャルマシンを去る日まで何度かお付き合いをしてもらった。
さすがに日本語までは話さないけど、英語を話すというだけで、バンジャルマシンではなかなか貴重なガイドのようだった。
5日間ほどの短い出会いだったけど、最後には別れるのがつらくなったくらい。

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写真ではわたしの顔だけぼかしを入れて、彼の顔はおおっぴらだけど、いいんじゃないか。
これからバンジャルマシンに行こうという日本人がいたとして、修行中の漫画家みたいな男につきまとわれたとしても、ああ、これがあの有名なタイラーさんかと安心できるはず。
彼にとっても宣伝になるはずだし。
彼の連絡先は 「地球の歩き方」 のカリマンタンのへんに書いてあります。

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2015年7月12日 (日)

カリマンタン/問屋街

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ホテルの目の前がマルタプラ川で、門を出るとすぐに橋がある。
橋を渡った先に問屋街があって、いつでも仕入れに来た車、納品に来た車でごった返している。
旅行バッグが届かないので困っていたころ、最初にぶらついたのがこのあたりだ。
で、今回は問屋街の紹介をしよう。

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問屋街といっても合羽橋みたいに洗練されていて、外国人観光客にも人気があるような場所じゃない。
詳しくは写真を見たほうが早いけど、ドブ板を踏みしめて長屋の路地うらを行くような感じ。
ちょっと不気味なところなので、奥のほうまで入っていこうという観光客はあまりいないんじゃないか。
扱っているのは穀類や干し魚などの乾物がほとんどだけど、ブランド商品のならぶきれいなショッピングモールなんかより、わたしにはとっても興味のあるところだ。

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いまの季節の特産なのか、扱っている品物のなかに、小さなニンニクが多かった。
両手でかかえるようなでっかい袋に詰められたニンニクが、右から左へと、人間の肩で運ばれている。
フォークリフトのような機械力は、写真でもわかるように、とても導入できるような場所じゃない。

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魚の干物も多かった。
お相撲さんみたいなこのおじさんは、写真を撮ってくれと強引だった。
わたしのブログに載ることを知ってんだろうか。
総じて人々の愛想のよさはおどろくほど、インドネシア人の愛想のよさは特筆に値するといっていいくらい。
問屋の主人もかつぎ屋も、みんな向こうから会釈をするので、こっちも会釈を返すのが大変である。
ただし、これはわたしがひとりだったことにも起因しているだろう。
大勢でつらなって、じろじろ見て歩いたら、人々の反応は違っていたと思われる。
やはりひとり旅のメリットというものはあるのだ。

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ここで扱っているのは主に乾物だったので、生鮮食品の市場についてはあとで紹介する。

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2015年7月11日 (土)

カリマンタン/ベルホテル

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スイス・ベルホテルについてもう少し。

部屋は広いし、ベッドは大きく、バストイレもきれいで、机や中身満載の冷蔵庫までついている。
熱帯の街だからエアコンは当然で、1階にあるパソコンは無料で使い放題。
朝食はバイキングで、インドネシア料理、西洋料理が選べる。
口コミ情報では満足している人が多かったようだけど、草食系で偏食ぎみのわたしにはちとうんざり。
でもこれはホテルの責任ではないし、果物が豊富なのはよかった。
ホテルの窓からの景色がよくないという口コミもあったけど、もともとそういう環境にあるホテルだから仕方がない。
ヒマつぶしに往来を眺めていると退屈しないんだけどね。
ホテルの目の前にはデパートもどきがあるので、買い物にも便利。

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こんな調子で、わたしにはとくに文句のないホテルだったけど、しいて、しいてアラを探せば、問題がないわけでもない。
わたしの部屋は2楷にあり、部屋ではWi-Fiの感度がわるく、いちいちフロントのま上に行かなければならなかったこと。
売店では日常品を売ってないし、ホテルで両替もできなかった。
冷蔵庫の温度があまり下がらないのも難点だな。
菓子パンを買って部屋に置いておいたら、細かいアリにたかられたので、冷蔵庫にしまっておいたら、やはりたかられた。
アリがしぶといのか、冷蔵庫の温度が下がらないせいか。

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プールがないのがペケという口コミもあった。
こんなことを要求するのはアメリカ人に決まっている。
イスラム教徒の多い中国の新疆ウイグル自治区でも、男女が水着ひとつになって大騒ぎしていたくらい、時と場所をわきまえないのが連中だ。
目の前が川じゃないか。
飛び込めるものなら飛び込んでみろ(この件については後述)。

服務員たちはみんな親切だけど、フロントに日本語を話せるものはひとりもいない。
そんなものを期待するほうがおかしいか。
しいて探したにしてはずいぶん問題が多いじゃないかといわれるかもしれないけど、こんなのわたしには些細な問題ばかりである。

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忘れちゃいけないけど、インドネシアはイスラム国家だ。
宿泊客がムスリムだった場合のために、部屋の床は絨毯で、天井にメッカの方向を示すマークがついている。
このマークの下でビールを飲んでいたわたしは、人間以下ってことになるのかも。

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このホテルはマルタプラ川の岸辺にあって、水上マーケットの見物に行くときなどは、ホテルからそのまま船に乗れる。
でもオランウータン見物やジャングル・クルーズは、募集もしてなかった。
バンジャルマシンはもはや奥地といえない場所にあるのでやむを得ないけど、そういうものがあるならぜひ参加したいと考えていたわたしには残念。

前述したように一歩街に出れば、たちまち阿鼻叫喚のまっただ中といっていいホテルだから、それが最大の利点にも欠点にもなる。
利点にするのはあなたの考え次第ということだ。

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え、値段?
1泊が55万ルピアです。
最初はびっくりするけど、これを日本円に換算するには、末尾のゼロをふたつ削除すればよろしいということがわかってホッ。

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2015年7月10日 (金)

カリマンタン/ホテルのまわり

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バンジャルマシンのホテルは 「スイス・ベルホテル」 というところである。
ネットで調べて、きれいそうだということで予約したんだけど、これはたしかにモーム流にふさわしいホテルだった。
“モーム流” というのは、まえに書いたように、あるていどめぐまれた階層の人間が、特権階級として泊まるのにふさわしいホテルということである。
ただ、豪華であればいいというのではない。
なにかしら知的好奇心に訴えるところがなければ、モーム流にふさわしくないのである。
では、スイス・ベルホテルのどこが知的好奇心に訴えたのか。

出発まえにいろいろ現地の写真を集めてみたら、バンジャルマシンは予想以上にきれいな街に見えた。
たぶんホテルは閑静で、ハイブロウな場所にあって、それでもすこし街を探索すれば、まだまだあちこちにむかしながらの騒がしい東南アジア的景色が発見できるのだろう。
そんなふうに考えていた。
ところが、見ると聞くとでは大違い。

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スイス・ベルホテルから一歩足を踏み出すと、そこはもう、車のあいだを人力車やオートバイがサーカスもどきに走りまわり、汚い市場があり、やかましい問屋があり、ガシャガシャ、ゴチャゴチャ、ドタドタ、バタバタ、ゴミが散乱し、人々はつばを吐き、野良ネコがうろうろ、ネズミの死骸が転がる、ベルホテルはまさに、阿鼻叫喚のオールドタウンのまっただ中にあるホテルだったのである。
わたしは先進国から来た旅人として、あっけにとられてこれを眺めた。
だんだんわかってくるけど、ベルホテルの周辺は、バンジャルマシンでも古い街の雰囲気がいちばんよく残るところだったのだ。

でもホテルの中は別世界だった。
建物はきれいだし、設備も待遇もグローバル、従業員はみんな親切で、フロントの女の子たちも素朴で可愛らしい。
こうやって自分だけは高みに隔離されていて、下々の世界を観察する、これぞまさしくモーム流なのである。
高級リゾートなんか期待する人にはとんでもないところだけど、人間のなまの生活に興味のある人には、これほど便利なホテルはないだろう。

ふだん自分が住んでいる世界とまったく異なる世界を見ることは、人間について、社会について、人生について、いろいろ考えさせられるものだ。
つい哲学者みたいにエラそうなゴタクを述べたくなるのも、モーム流のなせるわざか。

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2015年7月 9日 (木)

カリマンタン/到着

ぼちぼち本題にかかりましょう。

あらためて説明するけど、わたしが出かけたカリマンタンというのは、ボルネオ島にあるインドネシア領のこと。
宿泊したのは、カリマンタンのバンジャルマシンという街。
出発まえにいろいろ調べてみたら、東南アジアの田舎らしからぬ、けっこう大きなビルや整備された道路があって、発展途上の新興都市といった感じ。
わたしが求めるのは野生動物がうじゃうじゃいるところなので、あまり文明化されてちゃ困るんだけど、それ以上のことは行ってみなけりゃわからない。

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わたしがインドネシアに出かけるのは2年前のバリ島以来である。
バリの場合はあまりにも観光地化されていて、訪れる日本人の数も多いから、ネットに情報が氾濫しており、わたしがブログに書くべきことはほとんど残ってなかった。
バンジャルマシンではひとりの日本人にも出会わなかったから、さてどうだろう、なにかめずらしい体験ができるだろうか。

バンジャルマシンの売りモノというと、水上マーケットぐらいで、「地球の歩き方」 にも記述がほんのちょっぴりという気のドクな扱いである。
しかしカリマンタンを含むボルネオ全域について考えれば、豊富な野生生物の宝庫ということで見どころは多い。
わたしも出発前に、たとえばオランウータンを見られないか、大河をさかのぼるジャングルクルーズに参加できないかと、いろいろ計画を練っていた。
しかしじっさいには、計画をぜんぶ実行できるなら人生なんてたやすいものだと思わせられただけで、ま、そのあたりの事情はおいおいと。

飛行機がジャカルタの空港に接近したのは午後の5時ごろ (現地時間) で、着陸のすこしまえに、山頂に残雪が白い線をひく高山が見えた。
これはマレーシア領のボルネオにある、標高が4千メートル以上のキナバル山のようである。
ボルネオの最高峰ということで、現在は登山家やトレッキング・マニアの目標になっているらしく、つい先ごろも地震による山崩れで日本人にも被害が出たばかりだ。

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たそがれの中を飛行機はゆっくり着陸態勢に入る。
上から見たかぎりでは、ジャカルタ空港の周辺は、農地のあいだに集落がたくさん見える、日本の成田あたりとあまり変わらない風景だった。

添付した画像は、上が機内で出た、このあと何度かお世話になるインドネシアのビンタンビール。
下はたそがれのジャカルタ空港。

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カリマンタン/問題の2

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なかなか本題に入らないけど、トラブルや問題は最初に話してしまえというスタンスなので、もうちっとご辛抱を。

往路の飛行機 (インドネシアの国内便) がキャンセルになって慌てたおぼえがあるから、帰りもヤバイというので、帰国当日になってガルーダインドネシアに問い合わせてみた。
すると案の定、なにやらごたごたと。
わたしには予定していた飛行機が遅れますという意味に聞こえたけど、たまたまこの旅のあいだにバンジャルマシンで知り合った旅行ガイド君がそばにいて、彼の説明では、搭乗予定の飛行機がキャンセルになって、もっと早い便に振り替えてほしいとのこと。
このガイド君は英語しか話せないので、わたしに意味がわからないのはいっしょ。
うーんと考えているあいだに、彼はさっさとタクシーを呼んでしまった。
まだうーんと考えたいんだけど、押し込まれるようにタクシーに乗って、うーんと考えるヒマもあればこそ、わたしは荷物をかかえて飛行場に向かうことになった。

おかげで帰りの飛行機は20時発の予定なのに、15時には飛行場に着いてしまった。
ここで飛行機の変更や搭乗手続きはぜんぶガイド君がやってくれたけど、ガルーダもいいかげんなもので、あら、もう来ちゃったの、飛行機ないわよ (はたから見ているとそんな感じ)。
でもせっかく来たんだからと、となりの飛行機会社のカウンターに行って、あんたのところに空きはない?(はたから見ているとそんな感じ)。

そういうわけでバンジャルマシンからの帰り便は、となりにあった Citilink という飛行機会社に振り替えになった。
なにがなんだかわからないけど、なにしろインドネシアだからな、こういうことは普通なんだろうと悟りきって、ジャカルタまで無事にたどり着くほうを優先させることにした。
Citilink というのはLCC (格安航空会社) らしく、機内でメシも出なかったから、ガルーダにそのぶん金返せといいたくなる。

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国際空港のジャカルタにたどり着いてから、またごたごた。
帰りは往路と反対方向に進めばいいんだろうと軽く考えていたのに、そうではなかった。
来るときは同じ建物の中を移動しただけだったのに、空港職員らしいそのへんの娘に、日本行きはどこですかと訊いてみたら、あっちですと建物の外を指す。
歩いて行けますかと訊くと、とても無理だという。
じゃタクシーを使えばいいですかと訊くと、いいえという。
徒歩もタクシーもダメじゃどうすりゃいいんだ。

つまり空港のシャトルバスで国際線ターミナルに移動せよという意味だったんだけど、このていどでも英会話能力の不足をしみじみ。
決心した。
帰国したらゼッタイ英語を習うぞって。

こんな騒動のおかげで、ジャカルタ空港で6時間も日本行きを待つ羽目になった。
でもこのていどのことは、LCCを使って移動する旅人にはめずらしいことじゃないのである。
こんなに待たされるのはイヤという人は、国際空港のある街で最後の1泊をすればよい。
国際便がこれほど遅れることはあまりないようだし、空港のある街に泊まっていれば、極端に余裕をみて飛行場に行く必要もないのだから。
と、ひとつ勉強になった。

写真はノーテンキなバンジャルマシンの花と、振り替えになった飛行機。

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2015年7月 8日 (水)

カリマンタン/問題の1

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今回の旅では、空港での乗り換え時間が少なかったので、荷物をひとつにまとめるつもりでいた。
ひとつにまとめて機内に持ち込んでしまえば、受け取りのためにターンテーブルに並ばなくてすむから、時間の節約になるのである。

ところがやってみたら、やはりあれもこれもというわけで、わたしの持っている登山リュックにどうしても入りきらない。
けっきょく荷物は2つになり、そのひとつ、大きいほうの旅行バッグを羽田から貨物送りにした。
そのバッグが最終目的地のバンジャルマシンに現われない。
空港の係員に文句をいってみた。
彼はコンピューターをがちゃがちゃやって、見つかりました、明日の朝までにホテルへ届けますという。

翌朝の昼まで待ったが、ぜんぜん届いたようすがない。
ホテルは3日分予約してあるけど、お金の大半とカード類はみんなバッグの中だ。
なにしろここは東南アジアの辺ぴな地方都市である。
見つかりましたなんていっていたけど、ひょっとすると盗まれたのかもしれない。
アセった。
こういう場合はどうしたらいいだろう。

ガルーダインドネシアに文句をいうのがすじだろうけど、英語のニガ手なわたしにむずかしそうである。
旅行保険に入っているから、保険会社に窮状を訴えて、英語のわかる担当に文句を代行してもらう手がある。
しかし保険証と、保険会社の営業所を印刷した冊子もみんなバッグの中だ。
日本に電話して保険会社の電話番号を調べ、そこに連絡をとり、保険会社からガルーダになんてやりとりをしていたら、国際電話だけで手持ちの金がすってんてんになってしまう。

そもそも、大切なものを身につけていないおまえがワルイという人がいるかもしれない。
しかし身につけておけば、落としたりスられたりという心配がある。
大事なものはバッグの奥のほうにというのは、ほとんどの旅行者の常識であると思われる。
わたしはこれまで、貨物送りの荷物が届かなかったということを、いちども体験してないのである。

悩んでいるあいだにも時間はどんどん過ぎてゆく。
盗まれたのだとしたら、カード類も入っているのだから時間との勝負だ。
午後の3時ごろになって、とうとうジャカルタの日本大使館に電話することにした。
大使館というのは国民の税金で営業しているのだから、こういうとき国民の困難を無視できないはずだ。
しかし大使館は17時で閉まってしまうだろう。
まごまごしていると問題は明日に先送りになってしまう。
わたしのタブレットはバッテリーが少なくなっていたから、ホテルのパソコンで大使館の電話番号を調べ、ガルーダに問い合わせてもらえないかと電話をしてみた。
出てきた職員は、こういうアホがよくいるんだよなという雰囲気で、インドネシアはいまラマダンでみんな仕事をやる気がありませんから、夕方まで待ったらどうですかという。

こっちの気もしらずにと思ったけど、どうしようもない。
荷物が出てくるかどうか定かじゃないから、手持ちの金を節約しなければならない。
おかげですきっ腹をかかえて街をぶらつくはめになった。
ぶらつきながら、しみじみと英会話能力の必要性を感じる。
帰国したら英語の勉強でも始めるか。

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くたびれてホテルにもどったら、ようやくバックが届いていた。
フロントの女の子が両手で○を作ったのをみて、オー、ゴッド、こころの底からの自然な感情で、彼女を抱きしめたくなった。
でももう夕方だぞ。
インドネシアの人ってのは日本人よりずっとのんびりしていることは知っていたけどなあ。

写真は、わたしの心配も知らぬげに、ノーテンキに咲くバンジャルマシンの花とガルーダ機。

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カリマンタン/帰国

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帰ってきましたよ、なんとか。
散々な目にあったけど。
ブログの報告は、ま、ぼちぼちと。
写真は、ガルーダインドネシア機がそろそろカリマンタンにさしかかるころ。

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2015年7月 6日 (月)

From Kalimantan 06

あっという間に今日(6日)は最終日。
うちのホテルじゃ週末のせいか、おとといと昨日の2日間パーティをやってましたね。
きれいな娘がわたしを見て、日本語でコンニチワ。
映画や小説なら一直線に情事ってことになるんだろうけど、わたしは火野正平じゃないからね。
身のほどをわきまえてますんで、日本語、お上手ですねで終わり。

べつにそれほどたくさんのものを見たわけじゃないんだけど、また来たいねと思えるような思い出がいくつか。
今日は記憶を確かなものにするために、最後にもういちど運河クルーズをやって、美しい景色を頭に叩き込んで、なつかしのバンジャルマシンとお別れです。

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2015年7月 5日 (日)

Frnm Kalimantan 05

ビールを飲んでしまいました。
ビールを飲んでどこが悪いのか。
悪いのです。
インドネシアは禁酒が国是のイスラム国家です。
もちろんストリップも金粉ショーもありません。
そういうのが好きな人には、生き抜くのがとってもキビシイ国なのです。
注文したビールもティーポットに入れて、人に知られないようにこっそり部屋に持ってきます。
なんか犯罪に加担してるみたいでスリルがいっぱい。

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2015年7月 4日 (土)

From Kalimantan 04

ただいま3回目のクルーズから帰ってきたところ。
水上マーケットは早朝からなので、早起きしないと見られないのがツライけど。
往復の船から水上集落の民家を眺めると、バンジャルマシンの人々のなまの生活をま近に見ることができる。
もろ肌脱いだ女性が水浴をしている光景など、まさにゴーギャンが描いたタヒチ。

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2015年7月 2日 (木)

From Kalimantan 03

荷物が無事に届いて、3日目からようやく本来の旅の開始。
今日は運河のクルーズというものをやってきた。
カリマンタンの運河クルーズというと、なんとなく密林のなかを、野生動物をながめながら行くものかと思ったけど、それは想像を絶するものすごいものでありました。
どんなふうにものすごかったかは、帰国してから写真つきで報告いたします。

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2015年7月 1日 (水)

From Kalimantan 02

わたしの海外旅行における最大の危機。
じつは今回は荷物をバッグパックひとつにまとめるつもりが、やってみたらわたしの登山リュックに入りきらず、やむを得ずふたつに分け、そのうちの羽田から貨物送りにした旅行バッグが、バンジャルマシンに届かない。
カードや大半の現金など、旅行に必要なもののほとんどがそちらに入っているので、ホテルに缶詰状態で途方に暮れる。
さあ、どうする。
これが途方に暮れなきゃ、途方に暮れるなんて言葉の使い道がないくらい途方に暮れた。
どうする、どうする。

思いあぐねてジャカルタの日本大使館に電話してみたら、インドネシアはラマダンで、みんな仕事に熱が入りませんから、夕方まで待ってみたらとつれない返事。
荷物がちゃんと届くかどうか定かじゃないのだから、こうなると金満国の日本人といえども無駄遣いはできない。
腹をへらして街をさまよい、ホテルにもどったら、やっと届きましたと、フロントの女の子。
思わず彼女を抱きしめたかったけど、もちろんイスラムの国でそんなはしたない真似はできません。

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