カリマンタン/はきだめ運河の2
想像を絶する運河クルーズになってしまったけど、ほんとうに恐ろしいことはこのあとにやってきたのだ。
まえにこのブログで、ホテルにプールがないのがペケと書いた口コミ提供者に、ホテルの目の前がマルタプラ川じゃないか、飛び込んでみろと書いたけど、この川の不潔さを見たら、いかなるアメリカ人といえども実行をためらうのではないか。
わたしがクルーズをした運河は、それに倍かけて汚かったのである。
ところがなんと、この汚水の中で泳いでいる子供たちがいたのだ。
それもやむを得ず泳いでいるのではなく、彼らにとっては絶好の遊び場になっているらしかった。
しかも彼らはどこまでも明るかった。
呆然としているわたしに対して、ごみ溜めの中の天使のように、みんなにこやかに手を振るではないか。
わたしは泳ぎ寄ってくる子供たちとハイタッチをしながら、この理解不能の光景について、いろいろなことを考えた。
幸福というのはなんだろう。
文明というのはなんだろう。
わたしみたいな凡人の考える問題じゃなさそうだけど、考えざるを得ないほど、この汚染水と子供たちの関係はインパクトが大きすぎたのだ。
わたしにはバンジャルマシンの子供たちが、そのまま野生動物のように思えてきた。
泥水の中をころげまわっているイノシシの子のような。
インドネシアは貧しい国、すくなくとも大半の国民は貧しい国である。
国が貧しい原因はたいていの場合、政治家がロクなことをしてない場合が多い。
スカルノ、スハルト、ハビビ、ワヒド、メガワティ、 ユドヨノ、歴代の政治家の名前が浮かぶけど、アジア型の政商を代表するような人物もいる。
しかし彼らにも言い分がありそうな気もする。
こういう国民に何かしてやれると思うほうがおかしい。
彼らは野生動物であり、檻につないだり、行儀を仕込んだりするのはとうてい不可能だ。
どうにもならないと、政治家もサジを投げたのではないか。
あとは野となれ山となれ。
自分のことだけを考えよう。
国が貧しい原因は、政治家たちがこういう結論に達したせいかも。
それはいくらなんでも失礼だ。
一国の国民を野生動物にたとえるのはケシカランと、ブログが炎上するかもしれない。
しかしわたしは美辞麗句を使おうとは思わないし、特定の国や民族をおとしめようとは思ってない。
これは現実なのである。
わたしが異様な考えにとらわれたのも事実なのである。
汚水の中に天使を見たのも、同時に事実なんだけど。
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