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2015年9月 6日 (日)

やりきれない

前項の溺死したシリア人の子供について、世界に衝撃を与えたと書いたマスコミが多い。
おかげで欧州では難民に対して、同情的な反応が生じているみたいである。
でもそれでことが解決するほど単純な問題じゃない。
移民政策が緩和されれば、平和を求める難民だけではなく、仕事を求める失業者も大喜びでヨーロッパを目指すだろう。
来たる者はこばまずってことにしたら、人気のある国は殺到する難民で埋め尽くされてしまい、自国民の就職もままならないということもありうるだろう。
ドイツの苦悩もよくわかるのだ。
同時に周辺国の中で、突出して豊かな日本の置かれたむずかしい状況もよくわかる。

問題は全地球的なもので、富める国と貧しい国があれば、当然のように民族大移動がおきる。
それじゃ貧しい国の政治がわるいのか。
わるいのだ。
といいたくなるのは、じっさいにそういう政治家をかかえた途上国が多すぎるからである。
しかし権力を握れば、それを自分の快楽のために使いたいというのは、人間の持って生まれた特質なので、やめなさいで終わる問題でもない。

それで国内においしい権力をめぐってその亡者どもが乱立し、混乱から逃れようとする難民が生じる。
居場所を失った彼らを責めるわけにはいかないし、そうかといって受け入れ国の迷惑もごもっとも。
不正な権力者を排除すればよさそうだけど、そうしようとして余計に混乱を招いているのが現在の国際情勢だ。
結局のところ、難民に対して目をつぶる、知らん顔をする、孤立主義を守るという日本のやり方が、いちばん望ましかったってことになりかねない。

ああ、もう考えるのもイヤだ。
わたしの頭もパニック状態で、ますますひきこもりに傾きそう。
ひきこもってしまえば、わたしひとりが平和で豊かで、快適な世界に安んじることになる。
どうしてわたしは荒ぶるシリアではなく、ノーテンキな日本に生まれたのだろう。
現在の世界情勢をながめれば、日本に生まれたということは、稀有の僥倖に思えてしまうではないか。
やはりこの世界ってのは、わたしの精神の忠実な具現化にすぎないんじゃないか。
時空を超えたこの世界の森羅万象のすべてが、わたしの脳ミソが作り出した幻想じゃないのか。
え、このブログを読んでいるあなたは、実体をもった、実在するほんもののあなたなのか。

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