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2015年12月

2015年12月31日 (木)

大晦日

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元祖山ガールのわたしの知り合い。
ご覧のとおりの美人だけど、モノクロ写真で時代がわかるように、彼女がいちばんはつらつとして魅力的だったころ、わたしはまだ田舎の小学生か中学生だったから、ここで恋愛小説を語ろうってわけじゃない。
たとい同年代で、若いころ知り合うチャンスがあったとしても、ネクラでオタクのわたしが、大勢の競争相手を押しのけて、彼女を自分のものにできたはずはないから、彼女はあくまで別世界のヒト。

この人に頼まれてひたすら熱中していた、彼女のアルバムのデジタル化がようやく一段落した。
アルバムというのは赤ん坊時代から始まって、娘時代、新婚時代、家庭の主婦の時代、そしてつい間板ヘルニアでお悩みの最近までのものだから、わたしはこの作業を通じて彼女の人生の大半を俯瞰したことになる。

彼女は若いころから山登りに凝っていたから、アルバムの中に山の写真が多かった。
他人のものでも、古い写真を見ているといろいろ感慨がある。
添付した写真は20代のころの上高地のもので、背景は穂高連峰だ。
おなじ場所でずっとあとになってから撮った写真もあったけど、山のかたちは人間のみじかい一生ぐらいじゃぜんぜん変わらないなと思う。

山は変わらなくても人間は確実に変わる。
今年ももうすぐ終わり。
若いころ、年末・正月はどこかの山小屋で、みんなで餅つきをしたり、初日の出を拝んだりしたんだよと、この人はいう。
わたしは彼女のそんな時代を想像してうらやましく思う。
でもいいか。
幸せな人生をまっとうした彼女も、つまらない青春を送ったわたしも、最後に帳尻を合わせてみたら、そんなに大差がつくわけではないみたいだから。

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2015年12月30日 (水)

しあわせ

年末のこの時期になると、スーパーの刺身が高くなるような気がする。
気がするのではなく、じっさいに高いのかも。
そのへんはよくわからない。
いつもあまり値段を気にしないで買っているもので。

酒の肴を買いに街へ出てみた。
スーパーで刺身の値段を見て、店員に、高いねえとぼやく。
店員が反論しないのは、むこうも内心でそう思っているからかもしれない。

仕方がないからマグロは我慢して、ナマコと酢ダコを買ってきた。
ちょっとまえにナマコの経済学なんてことを書いたときは、ナマコの値段の高いのに驚いたくせに、今日はまわりと比較して、むしろすこやかに買うことができた。

部屋にもどって、これからひとりでしみじみとイッパイやるところ。
いや、酢ダコのスライスの薄いこと。
向こうが透けて見えるくらいで、これってカンナで削ったのかと難癖をつけたくなる。
でもまあ、文句をいっても仕方ない。
塩鮭のひと切れに幸福を感じたむかしの詩人もいることだし、 世間にはこのていどの幸福でさえ味わえない親子もいることだ。
わたしは一切れのナマコに、つくづくと幸せを感じているところである。

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中国より

こないこないとぼやいていた中国の知り合いからやっとメールが届いた。
車の免許を取るためにバタバタして、いいかげん頭がいたかったところに、風邪のダブルパンチで寝込んじゃっていたんだとか。
とつぜんメールが来なくなったものだから、こっちは交通事故にでもあったか、中国政府の逆鱗にふれて矯正施設送りになったか、濃密な排ガスで窒息死したかなどと、いろいろわるい予想をしていたのに、ま、杞憂であったわけだ。

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それはさておいて、カメラのレンズうんぬんについて。
わたしが魚眼レンズやマクロレンズで撮った写真を送ってやったら、相手もそれに興味を持ったらしく、アタシも買うといいだした。
彼女が買う気になったのは iPhone 用のコンパージョンレンズで、そんなものがあるのかいと感心したやつ。

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じっさいにネット通販で購入したらしく、撮った写真も送ってきたけど、わたしのお株を奪うような魚眼効果満点の写真から、植物のクローズアップ写真まで、まあ、メールやブログ用に限定するなら問題はなさそう。
この魚眼やマクロなど4種類のレンズが、すべてひっくるめて、なんと150元 (日本円で約2800円) だそうだ。
オイオイオイ。
※ 添付した画像は彼女が送ってきたもので、4種類のレンズと作品 (すこし加工してある)。

彼女が飲んでいるという納豆キナーゼについても書いてあった。
あさはかなオンナの常として、彼女はこれの薬効を本気で信じてるらしい。
日本じゃ納豆はただのご飯のおかずだよと書いてやったら、でも薬屋ではいろんなものに効きますといってたヨという。
もっともすぐに冷静になったようで、中国人はやたらにホラを吹くからネという。
いいのか、そんなことを書いて。
今度こそ矯正施設で重労働になっても知らんぞ。
ちなみにホラを吹くというのは、あちらでは 「乱吹牛」 というらしい。

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2015年12月29日 (火)

いいんじゃないか

まあ、いいんじゃないか。
安倍クンのやり方。
二度と慰安婦を持ち出さないように、アメリカを証人に立てるといった狡猾さ。
狡猾さといっちゃ語感がわるいけど、韓国がふたたび慰安婦を持ち出せば、日本は精一杯努力したんですけどねと、世界に向かって弁解できるわけだ。
この問題をなんとしても終わらそうという熱意に、文句をいうのは日本のネトウヨと韓国の極左ぐらいで、アノ朝日新聞もいちゃもんをつけられない。
日本でも韓国でも、大半の人はよかったと思ってるんじゃないか。
ぎりぎりで間に合った今年の10大ニュースになりそう。
クネちゃんも実績を残して、安心して日本に寿司やスキヤキを食いに来れるだろう。
これまで大統領がいくら変わっても、ずっとつらぬかれてきた反日の歴史を考えれば、それを終了させたというだけで、韓国では歴史に残る大統領になれそうだ。

ただ、つぎの大統領は国連のバンさんという説もある。
反日の彼がまたひっくり返さないか気になるけど。

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海の不思議

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海の中には人間の想像を絶するような不思議な現象がたくさんある。
ということはこのブログの'13年7月に書いたことがあるけど、昨夜のテレビ番組 「プレシャス・ブルー/美しきハンターシャチとの交流」 もそう。

シャチという動物がいる。
クジラの仲間の肉食哺乳類で、カラスのごとく、あるいはそれ以上に頭がいい。
たとえば流氷の上にいるアザラシなどを見つけると、集団で流氷をゆさぶって、それを海に落として食べてしまう。
南米のほうにはオタリアという、やはりアシカ、アザラシの仲間の海獣がいるけど、これが海岸で遊んでいると、シャチは海の中から陸上にまで突進してきて、つかまえて食べる。

オタリアの大きさは人間とそれほど変わらない。
だから海の中から見れば、オタリアも人間も区別がつかないだろうと思われるのに、シャチはどうやらちゃんと人間を識別しているようなのだ。

むかし見た写真では、水族館で飼われていたシャチが、なんの気まぐれか、飼育係りの女性をパクリとくわえてしまった。
女性のほうは必死で水から上がったけど、シャチはいつも通り平然と泳いでいたから、ただふざけてくわえただけだったらしく、女性にケガはなかった。
ふざける?
これは高度な知性を持った動物だけにみられる特性である。

昨夜の 「プレシャス・ブルー」 は、シャチに肉薄する日本人の女性ダイバーのドキュメント。
彼女は以前マッコウクジラに肉薄する番組にも出演していたけど、マッコウクジラとシャチでは凶悪さがちがう。
ヘタすればこの女性が、オタリアの代わりにシャチの晩メシになってもおかしくなかった。
ところが番組の中で、彼女はまるで人なつっこい飼い犬を相手にするように、野生のシャチと戯れていた。

これがなにをあらわすのか、わたしにはわからない。
ひょっとするとシャチというのは、もともとは人間に飼われていた動物が進化した生きもので、そうした遺伝子がいまでも人間との関係を記憶しているのだろうか。
そんなバカな、というのはやさしい。
しかしなぜシャチは、人間とそれほど大きさの変わらないオタリアを襲うのに、人間を襲わないのか。
むしろ人間を親しい仲間と思っているようにみえるのはなぜなのか。
わからない、わからない。
こういう実例が、わたしにこの地球上の、形而上学的問題を提起するといっても過言じゃないのである。

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2015年12月28日 (月)

ナマコの経済学

スーパーでナマコの刺身を買ってきた。
これで休日の夜にイッパイやるのが至福のとき。
ところでナマコって栄養があるんだろうか。
といいだすと、去年の暮れの話をぶりかえすことになってしまう。
で、今回はナマコの経済学。

わたしが買ったナマコはワンパックで537円もした。
これなら牛丼のほうが安い。
牛丼は腹が満腹になるけど、ナマコじゃそうはいかないのに、どうしてそんなに高いのか。
珍味?
珍味の条件はなんだろう。
万民に認められるほど美味しいかどうかはさておいて、まず数が多くないこと、つまりそう簡単には手に入らないことで、そのくせ一部の人のマニアックな嗜好を満たすことだろうな。

ナマコって手に入れるのがそんなにむずかしいか。
ちょっと見には気持ちわるいけど、危険でもないし、逃げ足が速いわけでもない。
女でも子供でも海に行けば、ひょいひょいと簡単に拾える。
コツやむずかしい技術が必要なわけでもなく、ナマコを取るのは畑でサツマイモを掘るよりやさしそうだ。

それじゃ数が少ないのか。
中国では日本のナマコが大人気で、収穫されたナマコの大半は高値で輸出されるという。
そういうことが原因で、日本国内への供給量が少なくなっているのだろうか。
でも沖縄なんかに行くと、足の踏み場がないくらい繁殖することがあって、こういうのがニガ手の女の子なんか海に入るのをいやがるくらいだぞ。
じっさいに食べられるのはマナマコという種類で、沖縄にごろころしているのとは違うようだけど、それにしたってマグロやクジラみたいに絶滅が危惧されるって話は聞かないね。

そう思って調べてみたら、取りすぎて資源の枯渇を招かないように、やはり産地の漁協はいろいろ苦心しているみたいだ。
養殖ってむずかしいのかねえ。
ナマコは海底の泥を食べているだけだから、エサも手がかからないし、天敵も思いつかないんだけど、同じ海産物であるカキやホタテぐらい安くならないものかしら。
わたしみたいに熱狂的なナマコ・ファンが増えれば、どんどん値段が下がるんだろうけど、そのためには見た目で損をしてるよな。
いや、ナマコにとっちゃ得してるのか。

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2015年12月26日 (土)

おそれいったか

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わたしはあまり積極的に他人と交流する人間ではないし、電話という機械が大キライな人間だから、身近にいても、なにをしてるのかさっぱり情報が伝わってこない知り合いがいる。
この季節になると、そんな知り合い、友人たちのことが気にかかる。
ひょっとするとひきこもりで、誰も相談できずにひたすら悩んでいるんじゃあるまいか。

人のこといえるのかという声が聞こえないでもない。
まったく同じ理由で知り合いたちが、わたしが部屋に閉じこもって、暗いみじめな生活をおくっているんじゃないかと心配しているらしい。
おおきなお世話だ。
先日の健康診断の結果もぜんぜん問題なし、あってもそんなものは無視だ。
わたしぐらい健康で、すこやかに人生を楽しんでいる人間はあまりいないのである。
論より証拠というわけで、また年末に 「この1年をふり返る」 をやってみよう。
はたして彼らとわたしと、どっちが派手で、積極的に人生を謳歌しているのか。

ひきこもりと思われているわたしだけど、今年は1月に、母親が亡くなったばかりというのに、雪国へ温泉旅行に行ってきた。
それも四輪駆動車を駆って仲間数人とドライブだ。
冒険の要素がなけりゃつまらないという、そんなドライブの言いだしっぺはわたしなのだ。
わたしが言いださなければ、他のメンバーはきっと部屋で、みじめで打ちひしがれた冬を過ごしていたにちがいない。

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でも今年の前半は、母親の死去とそれにまつわる家庭内のゴタゴタで、旅行どころじゃなかったことも事実。
そんな揉め事が響いて、今年は大きな旅行は数が少なく、2月にロシアのサンクトペテルブルクまで、7月にはボルネオ島のカリマンタンへ出かけたくらい。
そのほかの泊りがけの旅行では、9月に知り合いと南伊豆のヒリゾ浜へ海水浴に行っただけだ。
そこで年がいもなく泳いだり潜ったりして、いまでも太ももに日焼けのあとが残ってる。

あとは日曜日のヒマつぶしみたいなお出かけばかりで、4月には家庭内のゴタゴタの合間をぬって高尾山に登っているし、5月には都心の太田記念美術館で浮世絵を見てきた。
6月は府中の森、小石川後楽園、10月の終わりには渋谷でハロウィンを見てる。

これ以外では、月にいちどの飲み会は欠かしたことがないし、ほかにも年に数回の飲み会も、逃げ遅れたわたしはちゃんと参加しているのだ。
歳とともに出不精になっているのは事実のようだけど、わたしの近辺で、わたしとあまり変わらないトシで、これほどヤケッパチに遊び歩いている人間は多くないはず。
おそれいったか。

今夜もひとりでバーボンを傾けている。
孤独というのはわたしにとって大いなる喜びなのだ。
ああ、世間さまに申し訳がたたないなあ。

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2015年12月25日 (金)

地球温暖化

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あったかいねえ。
暖房費が節約できていいけど、わたしがキリバスやツバルの住民だったら不安だろうねえ。
ひたひたと足もとに水が押し寄せている状態。
なんとかしてくれえと訴えても、温暖化は地球の自然ないとなみで、過去にもあったでしょという人がいる (米国の共和党あたりに多いみたいだ)。
でもそれがホントがウソか、検証している時間ないんだけど。
確証が得られたころにはウチの島は水没してますって。

ここでも日本人のわたしは幸運な時代を生きたなって思う。
この地球上で、長い人生、なにひとつ災害や災難や、戦争にも遭わずに過ごしてきたって、奇跡とちがうか。

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2015年12月24日 (木)

今年の冬

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古くなった温風ヒーターを捨ててしまったので、今年は焼き芋も焼ける旧式な石油ストーブだけで乗り切るつもりだった。
ところが事情が変わって、今年のわたしの部屋は暖房器具がやけに充実することとなった。

まず、今年の夏にエアコンを新品に入れ替えた。
それまでのエアコンはだいぶガタがきていたので、夏の冷房でさえおっかなびっくりで使っていたのが、新しくなったので冬の暖房にも安心して使うことができる。
ただいま石油ストーブとエアコンと、どっちが経済的かデータをとっているところ。

このほか知り合いから、不要になった石油温風ヒーターとハロゲンヒーターをもらってしまった。
これでは2LDKのわたしの部屋では、置き場所に困るくらいだ。
しかもなぜか今年は暖冬なのよね。
せっかくの暖房器具も、つぎの氷河期まで使う機会がないかもしれない。

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2015年12月23日 (水)

来ない

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来ないねえ。
中国からメール。
ちょっとまえのこのブログで、中国の知り合いからメールがじゃんじゃん来ると書いたばかりだけど、それがある日、こちらから送ったメールを最後に、パタリと止まってそれっきり。

人間が控えめなわたしは、最後に送ったメールに、どこか相手を怒らせるような要因があっただろうかと考えた。
べつにそんなことを書いたつもりはないから、あったとすればエキサイト翻訳の責任だ。
しかし気にさわることがあったのなら、返事を寄こさないのではなく、その前にまず文句をいってくるだろう。
それまでのメール内容からしても、なにも言わずに、いきなりメールの往来がストップということは考えられない。

つぎに考えられるのは、相手のパソコンが急にいかれたという場合。
いやいや、パソコンがいかれたのなら、ほかにメールを送る方法はいくらでもある。
この可能性は低い。

中国政府の秘密をバラして、回路を切断されたのかも。
そういえばメールの中に、悪意で解釈すれば中国政府の悪口ととれないことも書いてあったっけ。
気のドクに、いまごろは矯正施設で重労働か。

そうでないとしたら、相手が往来でトラックにはねられて入院したか、葬儀屋のごやっかいになっちゃったということも考えられる。
彼女の住む蘭州という街は、北京にまけないくらい大気汚染の激しいところだから、窒息して死んだのかもしれない。
なんだかえらい景気がよさそうだったから、ひょっとすると犯罪組織の片棒をかついで、裏切り行為で暗殺されたのかも。
むかし洛陽で知り合った女性タクシー運転手の旦那は、つぎに行ったときには警察に捕まって首をくくられたって話だった。
なにしろ中国だから、どんなことが起こっても不思議じゃない。

もう人間が無色透明になりかけている当方だから、女性からメールが来なくなってもそれほど残念には思わないけど、メールを翻訳していると、いいヒマつぶしにはなったんだけどね。

添付したのは2005年の蘭州の街。

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2015年12月22日 (火)

どうでもエエ

おお、新国立競技場のプラン、A案に決まりそうだって、今朝の新聞。
最初完成予想図を見せられたとき、B案は目玉焼きみたいに見えて、わたしはA案のほうがいいと思ったけど、横から見たかたちはB案のほうがすっきりしていていいなと。
だいたい新聞の予想図で見ただけじゃイメージがわかない。
どっちに決まっても、完成した建物を見れば、へえ、こんな感じだったのかいと、意外に思うんじゃないか。
高さと予算を抑えたんだから、もうどうでもいいじゃないの。
どこかの政党みたいに、なんでもかならずイチャモンつけてたら、オリンピックに間に合わんもん。
サイコロを振ったら、たまたま出たのがA案だと思えば。

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2015年12月21日 (月)

冥王星

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録画しておいたテレビ番組の中に、「冥王星大接近」 というものがあった。
わたしたちの太陽系でいちばん遠方にある冥王星の探査に情熱をそそいだ米国の科学者たちの物語だ。
SF少年だったわたしはこういう話が好きなのだ。

この番組によると、冥王星を探査したのは、ボイジャーの発見に (わたしと同じように) 興奮したアメリカの少年の夢が叶えられたってことだそうだ。
それはいいとして、ボイジャーが木星や土星を探査してから、もう30年も経っていたということにオドロキ。
渦巻く木星の大気の縞模様や、レコード盤のような土星のリングの形状に感動したのはまだ10年くらいまえに思えるんだけど。

アメリカは2006年に冥王星探査機ニュー・ホライズンズ (新しい夜明け) を打ち上げた。
それが9年の長きにわたる航海の果てに、冥王星の詳細な写真を地球に送ってきた。
添付した画像は、探査機ホライズンズが撮影した冥王星とその表面。
これだけの技術を持ちながら、いまだにテロリストに対処できない人間のおろかしさを証明するような写真だけど、このさいそんなことはさておいて。

冥王星の写真を見てしみじみ。
これってホンモノなんだろうなあ。
NASAがやることは、フツーの人には想像を絶するらしく、過去には月着陸もヤラセだろうなんて意見もあった。
ウソだと思うなら、月まで行って、いまでも星条旗が立っているかどうか確認してこい。
とNASAが言ったかどうか知らないけど、月は現時点でも人間が到達可能だから、インチキならそのうちバレる。

しかし冥王星の場合はどうだろう。
ホライズンズが撮影したこの地形を、自分の目で確認することのできる人間は、いまの地球上にひとりもいないのだ。
太陽系の果てに人間が到達するまでに、すくなくても100年、200年はかかるだろう。
これは目いっぱい過小にみた場合の話で、じっさいには1000年、2000年ぐらい先かもしれない。
それまで生きている自信のある人、イマスカ?

だから、どうせバレるはずがないってんで、ISや中国の台頭におびえる米国が、科学技術で優位に立っているところを証明しようと、映画会社に注文して作ったガセネタであるかもしれない。
そういうことはないとわたしは確信してるんだけど、確信の正しさを確認する時間もあまり残ってないからね、わたしには。
ああ、また脱線。

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2015年12月20日 (日)

眺めるだけの花

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ケータイに電話がかかってきた。
ロシアのことでなんとかかんとかといい、今度パーティをするのでよろしかったら参加をという。
ははん、去年と今年にロシア旅行を手配してもらった旅行会社かと思った。
ところがそうじゃない。
ウチはロシア人と日本人の結婚を斡旋する結婚相談所ですという。
話を聞くと、わたしが以前そこに電話を入れたことがあるそうで、そのさいの縁故をたどって電話してきたらしい。
ウソつけ。

記憶をたどってみると、今年の1月6日に、どこで知ったのか、介護施設から電話がかかってきて、そんなものに興味はない、わたしはまだ現役ばりばりだと返事をしたら、うちは結婚相談もしていますといいだした。
あのときの相手だろう。
それ以外にこころあたりはない。
わたしのほうから電話したわけじゃないぞ。

でも電話を切ってから考えた。
たいていの外国からみれば天国みたいに治安はいい、食べ物は美味しい、コスプレの本場であることも周知の事実だし、男がチンクシヤなのが欠点だけど、ロシア男に比べればずっとやさしいというんで、いまやかっての中国人をしのいで、日本の結婚相談所にロシア娘がひしめいているんじゃないか。
それなら惜しいことだ。
わたしがもうすこし若ければなあ。
ロシア娘の美貌には定評があるし、なにしろ、わたしくらいロシアに理解のある男はいないのだ。
でも、新婚時代は束の間の夢、花の衰えにシンクロして、女房の体重が増加することも知ってるからねえ、わたしって。

添付したのはわたしのフェイスブックに送られてきたロシア娘の写真だ。
もちろん眺めるだけの花ですよ。

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2015年12月19日 (土)

今夜は鍋料理。
ダシから自分で作った手作り料理だけど、春菊とピーマンを入れたら、それがグターっと汚い色に煮あがって、見た目はあまり美味しそうに見えない。
それでビジュアルで紹介するのはやめて、文章だけ。
以下の文章から想像してみて。

緑黄色野菜をそのままの色で煮る方法はないかと思案してみたけど、煮れば色が変わるのは当然で、どうしても新鮮な緑色を追求したければ、できあがったあとに水菜かセリでも散らすしかない。
味のほうは、闇鍋みたいにやたらにいろんなものをぶち込んで、われながら一級品だから、食欲がすすむ。
食べ終わったあとは、これで雑炊を作るのがまた楽しみ。
ナメコをひと袋放り込んであるので、出来上がったものはあんかけ雑炊みたくなる。
こちらも見た目はよくない山賊料理だけど、栄養満点なんだろうなあと思う。
野菜主体だから、糖尿みたいな病気とも縁はなさそうだし、バーボンをかたむけつつ、あ、また今夜も至福のひととき。

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2015年12月18日 (金)

今日の新聞

今日の新聞にも突っ込みどころはあるんだけど、たとえば産経新聞のソウル局長が無罪なんて、わたしみたいなゴミブロガーがごちゃこちゃいうまえに、韓国人やネトウヨが騒ぐだろうから、それはさておいて、ちと気になった小さな記事をふたつばかり。

訃報欄に作曲家の岡本おさみさんの名前が。
といっても、わたしこの人にほとんど興味がない。
「襟裳岬」だとか「旅の宿」なんて曲は知ってるけど、それだけ。

おさみさんに比べると小さな扱いで、そのとなりに聞いたような名前が。
安藤昇。
俳優・作家だっていうからアノ人に間違いない。
この人の出演した映画の上映館で、観ていたチンピラが〝親分〟と叫んでひれ伏したっていう伝説の人。
貧乏エビスの横井英樹を襲撃して名をはせたヤクザだけど、考えてみると横井サンもとっくにあの世行き。
昭和はますます遠くなりにけりだな。
わたし的には作曲よりドラマチックな人生のほうに関心があったけどねえ。

4面で政治家の二階堂サンが、「五輪までに小笠原空港を」なんて発言している。
五輪と小笠原となんの関係があるのか。
訪日する外国人をもっと増やそうというハラだろうけど、訪日する外国人がなにを目的に小笠原へ行くか知ってんのか。
日本のガラパゴスということで、貴重な自然がいっぱいだから行くんでしょ。
空港を作って、大勢の観光客が押し寄せて、それをわざわざ破壊してもらおうって根性がわからない。
都知事だった慎太郎サンが、日本にひとつぐらい、船でしか行けない離島があってもいいといったけど、彼のほうがものをよく見ている。
なんとかかたちのあるモノで自分の名前を残そうという、セコい政治家的発想は、ああ、もうやめてほしいよな。

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ミラちゃん

YouTube に映像を投稿している人をユーチューバーというそうだけど、そんなユーチューバーにカナダ人の女の子が何人かいる。
たいていは日本に住んでいる大の日本ファンで、このうちミラちゃんという娘は政治的発言の度合いが強めであるようだ。
つい最近も、日本はイスラム教徒に偏見を持ってないという趣旨の映像を投稿していた。
日本を旅行して日本のよさに気づく外人は多いけど、こうやって政治的な部分にまで踏み込んで、日本の肩を持ってもらえるというのは、日本人にとってはありがたいことである。
世界にはまだ日本人について誤解や偏見を持っている人が多いようなので、外国人の彼女の発言は説得力があるのだ。
YouTube の映像は世界に発信されるから、無責任なことはいえないし、ミラちやんは可愛い顔してなかなか勇気のある女の子である。

ちょっとまえに川口のほうで、イヌの数より外人のほうが増えたといった議員さんがいて、例によって物議をかもしたそうだけど、おおっぴらにいわないだけで、じつは外国人もちゃんと受け入れているんだな、この国は。
そういう比喩をするなら、イヌではなくネコにしておけばよかったのに。

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2015年12月17日 (木)

駘蕩と生きる

健康診断の結果が届いた。
血圧とコレステロール値があいかわらず高いことのほかに、肝機能ちと異常とピロリ菌に感染している恐れがありますってことぐらい。
もう十分に生きて、あとは矢でも鉄砲でも持ってこいっておじさんに、恐れなんかないんだけどね。

血圧については、いちおう恐れ多いということで、近所の病院に通ったことがあるんだけど、べつにかんばしいこともなかったので、そのうちメンドくさくなってやめてしまった。
現在は薬も飲んでない。
血圧とコレステロールについては、ようするに肥満が理由なんだろうけど、見たところのわたしはぜんぜん肥満には見えない。
ここ20年ぐらいYシャツもズボンのサイズもそのまんま。

肝機能がいかれるとどうなるのかしらんけど、バーボンはせっせと飲むし、食事も自分で作って、快食快便。
ひょっとすると仕事のやる気が起きない原因が肝機能不全かなと思わないでもないけど、休みの日は元気になるから、これはたんなる怠け病みたい。

最後のピロリ菌てなんだろう。
ウィキペディアで調べてみたら、胃の中で悪さをする細菌だそうだ。
でもねえ。
胃が痛いということもないし、メシもちゃんと食ってるし、ゲップも胃のもたれもないし、これ以上なにをどうすればいいのかい。

上記の問題以外、あとはAとB評価ばかりだ。
つまりわたしは図々しいほどに健康らしい。
いちいち病院のお知らせなんかに一喜一憂しないで、駘蕩と生きるのがいちばんなんだな、きっと。
100歳まで生きて、医学会の常識をくつがえしてくんず。

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2015年12月16日 (水)

キレイな国

嫌韓、嫌中サイトをながめていると、日本は韓国・中国に比べてひじょうに清潔な国であるという意見が目立つ。
これは大学の卒業論文に取り上げてもおかしくない不思議な事実で、どういうわけか日本人はむかしからアジアの中でも突出して清潔な国だった。
これが中国・韓国に対する差別意識となってあらわれたと書いた本もある。
なんで、どうして、日本だけがそんなにきキレイ好きなのか。

この問題を考えるのに、まず日本とアジア各国のどこが違うのかということを考えてみよう。
ひとついえるのは、日本は中国型の専制君主に支配されたことが少ないということである。
権力にあぐらをかき、自分の贅沢しか考えない独裁者があらわれれば、出る杭は打たれるのことわざどおり、たいてい日本人は自らの浄化作用でそれを打倒してきた。
殷の紂王や北朝鮮の正恩クンみたいな、残忍な皇帝にひれ伏す歴史がほとんどないのである。

わたしは初めて中国に行ったとき、農村でさえ庭に花を植えている家が少ないのに失望した。
日本の農家なら、どんな田舎に行っても家の周囲は花でいっぱいだ。
これはいったいどうしたことか。
じつはこれが問題の本質にかかわってくることなのだ。

中国の皇帝とそのとりまきは、庶民にゆとりのない生活を強いることが多かった(韓国も中国のシステムを忠実になぞった)。
のんびり風呂に入っている時間なんかほとんどないし、庭に花なんか植えていると役人ににらまれてロクなことがない。
人治主義のお国がらで、皇帝も役人も法を無視して好き勝手をした。
そしてそんな時代が数千年も続いた。

日本にだって長期政権だった徳川幕府があるっていう人がいるかもしれないけど、じつは日本人のキレイ好きは、この政権によるところが大きいのだ。
江戸時代というと、悪代官が農民をいじめたという、映画やテレビの影響でしか見ない人がいるけど、そんなことはない。
徳川幕府の治世は、同時代のどんな国よりも公平で、格差の少ない、安定して豊かな社会だった。
問題がなかったとはいわないけど、わたしは江戸時代が現代の日本とあまりに似通った国であることにおどろく。

国が豊かであれば、国民もゆとりを持つ。
ゆとりというのは生活ぶりにもあらわれるもので、庭に花を植える、弱者にあわれみを持つ、仕事が終われば風呂に入って汗を流す、はっつぁん熊さんでもたまには遊郭に繰り出す。
だから日本が突出してキレイ好きなのは、徳川政権の功績が大であると、わたしはそう思うんだけどね。

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2015年12月15日 (火)

グーグルのロゴ

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現在のグーグルのロゴはいわさきちひろの絵だよ。
彼女はとっくに亡くなっているから、ロゴは誰かほかの画家が彼女に似せて描いたものか、あるいは彼女の過去の作品を活用したものかわからないけど、なんとなくほのぼのとしたロゴになっている。

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またまた中国より

ヤフー・ニュースに「ネット爆買い、国を超える電子商取引き」という見出し。
つまりネット通販で爆買いする中国人が増えているってことだけど、わたしの身近にもその好例が。

わたしの中国人の知り合い、なにをやってるのか、えらい景気がいいみたい。
免許をとって将来は車を買いたいといっていたほか、わたしが写真に興味があることを知っているせいか、今度はカメラのレンズについて質問してきた。
すでに18ミリ〜200ミリつきのキャノン50Dを持っていて、さらに新しい交換レンズを買いたいんだけど、どうだろうって。
でも相手の話を吟味すると、金はあるけどカメラの知識はないの典型みたいだから、そんな金があったら日本に旅行するほうがいいといってやった。

そのさいにわたしが使っているオリンパスのタフ、それにコンパージョンの魚眼レンズをつけて撮った写真を添付してやったら、今度は魚眼レンズに興味を持ったらしい。
あたしのiPhoneにも魚眼はつけられないだろうかといいだして、じっさいにネットでiPhone用のコンパージョンレンズを見つけてしまったようだ(そんなものがあるんだねえ)。
それも日本の通販サイトで見つけたらしい。
ヤフー・ニュースには、外国の品物でもかんたんに買えるのが魅力という、中国女性の談話が載っていたけど、わたしの知り合いもそのまんま。
そのうち魚眼で撮った写真を送ってくるだろう。

その、つまりなんだな。
中国人の気質は堅実なんてもんじゃないからな。
明日は明日の風が吹くってやつで、いまある金はいま使ってしまわなくちゃというヤケッパチ思想。
朝令暮改の歴史を数千年も続けてきた国民が、明日を頼みにするはずがないことはよくわかっておりますけど。
わたしもその思想に毒されているところだから、エラそうなこといえないけど。

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2015年12月14日 (月)

また中国より

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中国の知り合いからメールがじゃんじゃん来る。
ネットの無料翻訳がけっこう役に立つので、それを使って返事を書いてやったら、わたしがいつの間にか中国語の達人になったと誤解しているらしい。
気のドクだけど、わたしはあれっきり勉強してないから、中国語はむしろ退化しているはず。
面と向かったら、たぶん会話できないぞ。

日本の料理は美味しいと書いてやったら、あたしは日本製の 「納豆キナーゼ」 なるものを食べてますといってきた(写真)。
サプリメントみたいなものらしいけど、そんなもの美味しいのか。
やっこさんに本物の納豆を食べさせてみたいものだ。

このていどの他愛ないメールなら問題はないけど、以前知らせてやったわたしのブログや、今回のメールで伝えた YouTube の映像にしても、あちらでは見られないものがけっこうあるらしい。
中国政府があなたみたいな個人のブログを遮断するようなケチなことをするはずがないから、これはハッカー(黑客) の仕業だろうなんていう。
アノ中国政府がケチなことをしないかどうか知らないけど、このへんは微妙な問題なので触れないことにしよう。
入国禁止のブラックリストに載せられても困ります。

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2015年12月12日 (土)

ボケ

ああ、肉体の衰えをしみじみ感じるよ。
認知症には早いと思ってるけど、頭のほうもどんどんボケかかってるみたい。
先日、新宿の京王プラザのことを、まったくなんの疑問も持たずにセンチェリーホテルと勘違いしていた。
今日もひと眠りしたら、寝ているあいだに昼間起きた夢を見て、目がさめた瞬間は今日がいつなのか、ああ、さっぱりわかりませんでしたわ。

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2015年12月11日 (金)

あかつき

金星探査船「あかつき」が忘れたころになって金星の軌道に入った。
これからはま近からじっくりと金星を観察できるわけだ。
するてえとどうなるか。

金星はユニークな惑星である。
夜明けか夕暮れにしか見えず、それ以外の時間はどこかへ姿を消してしまう。
その表面は厚い雲におおわれていて、けっして地表をうかがうことができない。
雲におおわれているということは、水があるということで、厚い雲ということは、おそらく地表は海なのであろう。
海ならクジラやマグロが生息している可能性があるし、陸地もあるとすればシダやソテツのような原始の森が広がっていて、ティラノザウルスやプテラノドンみたいなのがいるかもしれない。

この雲は炭化水素の雲という説もある。
それなら海は海でも、石油の海なのではないか。
そうだとするとエネルギー危機なんか一発で解消だし、とうぜん強欲な石油メジャーが触手を伸ばすだろう。
慢性的なエネルギー不足の中国もむろん黙ってない。
人間は住んでいそうにないけど、金星上でまた石油の利権をめぐって、人間の醜い争いがくりひろげられるかも。

とまあ、こんなことを書こうと思ったけど、これ古いSF小説の原稿だったよな。
こういうことを本気で信じていた人もいたんだよ、わたしが子供のころは。

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2015年12月10日 (木)

喪失感

野坂昭如さんが亡くなった。
ウチの新聞はヘタな政治家よりも大きな扱いだ。
でも文句はいわない。
わたしにとっても大きな喪失感がある。
その喪失感はある意味、夏目漱石の死よりも大きいかもしれない。
夏目漱石が活躍したとき、わたしはまだ影もかたちもなかったけど、野坂さんはまさしくわたしのいちばん感じやすい時代に活躍した作家だったから。
いくら考えても、同時代の作家で、この人くらいわたしに影響を与えた人はいない。
合掌。

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嫌韓と反日

録画しておいた「世界ふれあい街歩き」って番組を見ていたら、韓国の仁川という街が出てきた。
ここには戦前に日本人町があったそうで、いまでも当時の名残が感じられるところだそうだ。
そういわれてみると、建物の雰囲気も切妻造りがすき間なくならんだ日本のどこかの町みたいで、そのへんのおじさんに聞くと、ああ、うちの二階は畳を使ってるよなんて答える。
へえっと、すこしだけ意外。

韓国の反日感情はすさまじく、かっての日帝時代の痕跡は、朝鮮総督府の建物のようにほとんど撤去されたと思っていた。
でもこの番組に出てきた韓国人たちは、それほど日本人に対して敵意や悪意を持っているようには感じられなかった。
こんなことを書くとネトウヨから、そりゃNHKの謀略だなんていわれそう。
自分たちの主張にあわないものを、みんな謀略でかたづけるってのはあまり感心しないけどねえ。

最近日本の嫌韓サイトや、韓国の反日サイトを読みふけっていて、いつのまにかわたしもネトウヨの思想に染まってしまっているのかもしれない。
でもわたしはへそ曲がり的に世間の風説を信じないタチだ。
韓国とならぶ反日の雄中国には何度も行ってるけど、一般市民のほとんどは親切でいい人ばっかりだったよな。
韓国の反日はどれほどのものなのか、これはやっぱり行ってみなけりゃわからない。
ウロウロしているとぶん殴られるのかもしれないけど、目下テロと無縁な外国を探しているところなので、安近短の韓国にそのうちひょいと出かけるかもね。

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2015年12月 8日 (火)

困ります

昨日、今日と、楽しくない記事を掲載のウチの新聞。
でも彼らはそれがウチの使命と信じる確信犯なので、あ、そうなの、勝手にやってチョーダイって認めてあげるていどの度量は必要だろう。
と考えてぐっと怒りを呑み込む。
わたしもだいぶもの分かりがよくなったつうか、諦観の精神に達したつうか。
先の短い独居おじさんには、世の中を変えることに意味が見出せないということもあるし、たったひとつの正義というものを拾い上げるのが不可能なくらい、世間にはさまざまな対立する意見が氾濫しているし。
ほっとくしかアリマセン。

テロのあと、フランスではEUなんてキライという右翼政党が躍進だそうだ。
こういう政党が政権をとった日には、EUの将来はまっ暗、たがいに手をたずさえてという理想も、こなごなに砕けて地に落ちるに決まってる。
こうなると、もののみごとにテロリストの策略にはまったってとこだな。
テロリストに目的なんかなく、ただもう世界をひっかきまわせば気持ちイイってことらしいから。
わたしの部屋にまだユーロがいくらか残ってるけど、あれも紙クズかい。
困ります、困ります、フランスに頑張ってもらわないと。

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2015年12月 7日 (月)

新知識

ホントかよって知識がまたひとつ。
知らなかったのはわたしだけかもしれないけど。

日本の駅の自動券売機、あれにびっくりした外国人が映像をYouTubeに上げていた。

お金を入れる。
切符が出てくる。
もし間違えて切符を買ってしまった場合、それを出てきた穴に差戻すと、切符は内部に引き込まれて、入れたお金がもどってくるんだそうだ。
そんな仕掛けがあるなんて初めて知った。
さすがハイテク先進国と、外国人のおどろきはこんなところ。
ホントかよ。
今度試してみよう。

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2015年12月 6日 (日)

無法世界

ある日とつぜんにパソコンの動作が遅くなった。
つぎの瞬間、TuneUpなんとかという快適化ソフトのコマーシャルだ。
まるで示し合わせたようなタイミング。
これって陰謀じゃないのか。
まさかソフトメーカーがそんなことをしないと思うけど、ネットは魑魅魍魎が徘徊する無法の世界だ。
連中が手をまわしたということもあり得ると、わたしは考えている。
なんとかしてくれ。
そんなソフト、絶対に買ってやらんからな。

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2015年12月 5日 (土)

さま変わり

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中国の知り合いからメールが来たせいで、またひとつ中国の旅行に出かけようかなんて気を起こしたのに、どうも様子が変わったようだ。
中国の雲南省にある菜の花畑の満開時期にあわせて、2月の末に行きたいと書いてやったら、そのころはあちらの正月(中国は旧正月)が終わったばかりで、乗り物が混雑するから、ちゃんとチケットを予約しておかないとヤバイという。
オイオイ。

かってはそんなことはぜんぜんなかった。
上海のような大都会でも、長距離列車のチケットは前日あたりで十分に買えたし、ホテルも行き当たりばったりでどこにでも泊まれた。
わたしはバックパッカーのような、気ままな旅を思う存分まん喫したものである。
でも考えてみるとあれはもう10年以上まえの話だ。
爆買いで知られるように、いまでは日本にまで中国人が押し寄せる時代だ。
あちらでも国が豊かになって、レジャーに対する考えが大幅に変わったのかもしれない。
こりゃ安易な計画は立てられないなと思う。

その知り合いだけど、いま運転免許を取るために自動車学校に通っているという。
将来は車を買いたいというから、それなら日本車にしなと書いてやったら、むこうもそのつもりでいろいろ研究しているそうだ。
添付したのは知り合いが送ってきた写真で、スズキのSX4という普通車らしい。
値段が9万元(約170万円)ぐらいだけどどうだろうなんて聞かれても、わたしはこんな車見たことがない。
調べてみたら、スイフトという1・5リッター車がスズキにあって、それをもとにした中国専用モデルらしい。
現地生産車なのに170万円ということは、彼女は四輪駆動の車種を視野に入れているのかも。

どんな車にしようとも、日本の車なら性能も燃費もけっしてほかの国の車に劣るはずがないから、まあ、いいんじゃないと返事しとくか。

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2015年12月 4日 (金)

無理やり

テレビニュースを観ていたら、あちこちでものすごい突風が吹いたらしい。
夜型のわたしは部屋に引きこもっていて、ぜんぜん気がつかなかった。
わたしの周辺じゃ、東京に住む人はみんなそうかもしれないけど、台風や天災震災が、コップの外(そと)の嵐ってことがやけに多いんだよな。
運命だとか、天命だとか、信じたくないものを無理やり信じさせられているような感じ。

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2015年12月 3日 (木)

今朝の新聞

朝早く起きて新聞を読んでいる。
社説の下のほうに 「コラム」 という記事があって、国際報道部の特派員さんが書いている。
内容は朝日新聞を読みなれた人にはなんてことのない文章だけど、その最後に 「定年退職をします。ご愛読に感謝します」 という一文が添えられていた。
わたしはなにごとも前向きにとらえられないタチだから、これだけで筆者のしみじみとした悲哀を感じてしまう。

文面によると、この特派員さんは60歳で退職するらしい。
この長寿社会で、60歳定年というのはすこし早すぎるんじゃないか。
勝手な想像だけど、朝日新聞のような紙を媒体にしたマスコミは (朝日だけじゃないだろうけど) ネットに押されて先行きまっクラ。
朝日の場合、そこへ捏造問題も加わって青息吐息。
社員削減は日本の三大新聞でも例外ではなかったようだ。
すこし前にはアフロヘアの個性的な女性記者も首を切られたし、社内では北朝鮮もビビるような粛清の嵐が吹きまくっているんじゃあるまいか。
これまでさんざん社の方針に添うような記事を書いてきた記者も容赦ないとしたら、ああ、日本のマスコミよ、おまえはいったいどこへ行く。
ひとり朝日だけの問題ではない。

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2015年12月 2日 (水)

翻訳システム

中国人の知り合いにメールの返事を書こうとして、はたと困惑した。
どうやって中国語のメールを書くか。
わたしが相手とメールのやりとりをしていたのはだいぶむかしのことである。
当時使っていた中国語入力ソフトは時代遅れのものになってしまったから、いまさら新しいパソコンにインストールする気になれない。
メールのやりとりだけのために、わざわざ最新の中国語ソフトを買う気にもなれない。
仕方がないから英語でやりとりしてみたけど、わたしって英語もニガ手なのよね。

相手は中国語でメールを送ってくる。
こっちも日本語で送って、それですめばいいけど、相手にはきっと読めない、意味がわからないに決まっている。
さて、どうしよう。

ずるい方法だけど、ネット上の無料翻訳システムを使ってみた。
相手のメールを翻訳するだけなら、これまでも翻訳システム(たとえば「ヤフー翻訳」や「エキサイト翻訳」)を使っていたけど、こちらから送る場合はどうなんだろう。
自分の書いた文章を、翻訳システムで中国語に直し、それをそのままコピー&ペーストして相手に送る。
すると向こうに着いたメールが文字化けしてぜんぜん読めないということはないだろうか。

私のパソコンは日本語の環境下にある。
相手のパソコンは中国語の環境下にある。
そういう状況で、翻訳システムで中国語に直した文章を、そのままコピペして相手に送るだけで用事が足りるかどうか。
よくわかった人には、なにをいまさらといわれてしまいそうだけど、はじめて中国とメールをやりとりしたころ、わたしは文字化けの問題で頭を悩ましたことがある。

結論から先にいうと、問題なし。
試しに翻訳システムで翻訳した文章をコピペして送ってみたら、ちゃんとつじつまの合う返事がもどってきた。
これはいい。
これならこれからは厚い字引と格闘しなくてすむ。
ネットがますます世界をまたにかけた便利な道具になりつつある時代、文字化けという現象も過去のものになりつつあるのかもしれない。

注意しなくちゃいけないのは翻訳システムの実力。
「私は元気です」 という日本語を翻訳してみたら 「我精神」 という中国語になった。
これっておかしいんじゃないのと、そのくらい、少し中国語を勉強したことのあるわたしにはわかるのである。
で、「我精神」 という中国語をそのままコピペして日本語に直してみたら、これは正直に 「私の精神」 だって。
なんで 「私は元気です」 にもどらないのかしらないけど、翻訳システムの実力はこのていどということに注意しなくちゃいけないようだ。

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2015年12月 1日 (火)

終活の方式

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これは昨日の新聞だけど、それを読んでいたら、「いまからの終活」 という記事があった。
おお、これはいいと、熱心に読む。
わたしもそういう問題には敏感で、死後のことをいろいろ考えているのだ。

わたし個人的には、死んだあと、骨は (棒でつっついて粉末状にして) そのへんの川か山にぶん投げてもらえばいいと考えているのに、そうしてくれというと、親戚も知り合いもみんなイヤな顔をする。
本人がそうしてほしいといってるのだから、警察沙汰になるわけでもないだろうに、そしてこれがいちばん故人の希望をかなえることになるはずなのに、なぜかみんなイヤがる。
薄情なやつら。
このままではわたしも両親といっしょの、あの暗くてじめじめした墓石の下に押し込まれてしまいそうだ。

新聞記事によると、現在は葬儀のあり方もいろいろあって、わたしの希望にいちばん近いのは 「散骨」 というやり方らしい。
これだとそもそも墓地不要で、海に撒くなら5万円から50万円ぐらいで済むという。
葬式費用としてはいちばん安そう。
うん、これがいい、これにしようと、スーパーでバーゲン品でも買うような気分。

新聞のべつの面には 「納骨場はビジネスか」 という記事もあった。
食いっぱぐれがないといわれた坊さんも、わたしみたいに死後のことに関心のない人間が増えると大変である。
これからはビジネスの才覚が必要になる。
一軒家みたいな墓はあとあと管理が大変で、遺族も面倒を見切れなくなり、すると寺に管理費が入らないから、これはいかんと、最近はマンション形式の共同墓地も多いらしい。
都内には ICカードで骨壷を出し入れする、ホテルみたいな墓地もあるそうだ。
経営は宗教法人だというから、どうせ脱税の温床だろうと思っていたら、やはり税務署から税金払えと迫られているそうである。
こんなところに葬られて、やれ安心と思っていると、そのうち不渡りでも出して、お墓は本物のホテルかビジネス・マンション用に売っ払われかねない。
そうでなくても見知らぬ他人とごちゃまぜに葬られてなにが楽しいのかね。

わたしはやっぱり散骨だな。
散骨ではなにも残らないのが不満という人には、骨の一部を置物やペンダントに入れる方法もあるそうだけど、そこまでして自分の痕跡を残したいのかい。
添付したのはインドネシアのサソリを入れたキーホルダー。
つまりこうやって永久標本になりたいってわけか。

自分の人生をふりかえるとイヤ気がさす。
とにかくさっさと忘れられたい。
わたしのことをいつまでも記憶していたいというキトクな人がいたら、命日に酒でも飲んで騒げばいい。

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