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2016年2月

2016年2月29日 (月)

湯沢温泉/朝食

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翌日も雪だったら部屋にひきこもってやると決意していたのに、2日目はすばらしい天気になってしまった。
新潟と東京の天気は正反対というから、東京は雨だったかもしれない。
部屋の窓から正面に、雪におおわれた山々が輝いて見える。

うーんと思案するまえに朝食を食べなければならない。
Hホテルは夕食なしだけど、朝食はつくのである。
けなしてばかりではもうしわけがないから、ここでHホテルのいいところも書いておこう。

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朝食はなかなか豪華で、少食のわたしにはこれが夕食といってもいいものだった。
自分の部屋で食べるというのもいい。
ご飯はもちろんコシヒカリだし、味噌汁はさめないように火の上の土鍋に入っている。
おかずも、焼き魚や卵に味つけ海苔といった定番以外に、やたらに品数が多い。
しかもデザートも含めて、野菜料理が多かったから、めずらしくわたしは全部たいらげてしまった。
ここに載せた写真は2日間分だけど、種類の多さはわかってもらえると思う。
フキノトウ、ミョウガ、ツクシンボウの酢物があって、鉢のなかに愛らしく並んだそれは、どこかわたしの琴線にひびいた。

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いい天気では部屋にいるのはもったいない。
路線バスに乗って、湯沢から30分ほどはなれたな「みつまたかぐらスキー場」に行ってみることにした。
若いころここへスキーに行ったことがあり、景色が素晴らしかったという記憶があるのだ。

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2016年2月28日 (日)

湯沢温泉/高半旅館

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現在の湯沢に見るものなんかありそうもない。
町のようすは到着した日にざっとながめてしまったし、スキーをやるほど若くもないわたしには、この季節にほかにやることもない。
温泉は宿にあるから、わざわざ見て歩くこともない。
ゆいいつのストリップ劇場は、すでに廃館になったそうである。
町には大正ロマンをかきたてるような射的場が数軒あったけど、パチンコもやらないわたしには、いくらなんでもアナクロだ。

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島村が宿泊して駒子さんとしっぼり濡れた宿は、現存する 「高半」 という宿だそうだ。
こういうと語弊がある。
「雪国」 は創作だから、しっぽり濡れたというより、しっぽり濡れた場面を作家が書いた宿ということである。
そんなものを見たって仕方がない。
地図でみるとこの宿は、越後湯沢駅のとなりにできた「ガーラ湯沢」という駅から近いけど、わたしの泊まっているホテルから歩くのは大変そうだし、タクシーで見学に行くほどのこともない。
だんだんいつものわたしのペースになってしまう。

添付したのは左が駒子さんがいた当時、右は現在の高半の写真で、これじゃわざわざ見にいく必要のないことは明白。

小説を読んでもわかるけど、駒子さんはけっして身持ちの固いほうではない。
島村に会うまえにもいく人かの男性遍歴があるようだし、その後も関係をせまる男や、職業上どうしてもおつきあいをしなければならない相手は多かった。
現在の日本には処女の芸者もいるらしいけど、このころの温泉町の芸者はイロイロと多忙だったのである。

そういう女性がひとりの男に尽くしたとすれば、これはやはり純愛といっていいのではないか。
うん、やっぱり男の見果てぬ夢を体現した小説だなと思う。
しかし見果てぬ夢は純粋に小説の中だけの話であって、もちろんわたしには芸者を呼ぶお金も、そのつもりもないのである。
けっして自分に倫理観があるとは思ってないんだけどね。

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侵入生物

もう何年も同じところに通っているから、新しい発見なんぞあるはずがない。
そういう理由で散歩にも熱が入らない。
昨日はしぶしぶ出かけてきたけど、よたよたと、前かがみで、われながらじいさんになったなと自覚できるスタイル。
いかんよなあ。

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節分草と福寿草が盛りというくらいで、まだツクシンボウもスミレも出ていない。
ある場所で、石垣にからまっている植物の葉のかたちがおもしろかったので、写真に撮っておいた。
葉だけじゃ名前がわからないけど、つるの上のほうに花もついていた。
花のかたちは白抜きの写真で紹介したごとくで、けっしてめずらしい花ではない。
調べたらこれはコリセウムアイビーという花らしかった。
名前からして日本古来の花とは思えない。

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またべつのところでは、マルタ島にたくさん咲いていたオオキバナカタバミを見た。
わたしがマルタに行ったのは冬だったから、(マルタは日本より暖かいけど)この花は冬の花らしい。
ウィキペディアによるとこの花も侵入生物ということになっていた。
いいじゃないの。
べつに経済的支援を要求するでなし、若い娘をレイプすることもないみたいだし、相手が美人なら移民だってなんだって歓迎という人は多いんじゃないか。

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2016年2月27日 (土)

湯沢温泉/ふたりの女

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話が脱線したけど、葉子という娘と、芸者 (且つこの物語のヒロイン) の駒子の関係はどういうことなのだ。
最初のほうではたんたんと読みすすんでいた 「雪国」 が、途中からミステリー小説みたいにおもしろくなる。
ふたりとも魅力的に描かれているのでなおさらである。

ただ葉子という娘の情熱には病的なところもあり、島村も本気にはしない。
どっちかというと陽気な駒子に比べ、葉子は暗闇にひそんで目を光らせている野獣のような娘だそうだ。
彼女は駒子と知り合いなんだけど、友人のようでもあり、憎しみあう関係のようでもある。
いったいどんな事情があるのだろう。

温泉宿でくだらないことを考えているなといわれてしまいそう。
今回の旅では、最初友人も誘ったのだけど、けっきょくひとり旅になった。
でもよかったと思う。
部屋にくすぶって、小説を玩具のようにもてあそんでいるなんて趣味は、とうてい常人には理解してもらえないだろうから。
常人が現実世界しか旅をしないのに対し、わたしは時空を超えて、駒子さんのいた往時の湯沢温泉を旅しているのである。

部屋には、空っぽだけど、冷蔵庫がついていた。
その気になれば、いつでも電気ポットの湯でカップラーメンが食える。
テレビもあるけど、コードを引っこ抜いて iPad やデジカメの充電に使っていたから、いちども観なかった。
新聞も見なかったから、湯沢温泉のわたしは、しばしロビンソン・クルーソーだ。

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悩みのるつぼ

土曜日のウチの新聞にはbeという、おまけみたいな紙面がついてくる。
ここに「悩みのるつぼ」という読者相談コーナーがあって、回答者の遠慮のない応対ぶりがおもしろい。
かって回答者だった車谷長吉サンが、生徒の女子高生を好きになって困ってますという教師の悩みに、かまいませんからデキてしまいなさいと、世間の常識をくつがえす回答をしたところである。
ようするに常識なんかにしばられていては何もわからない。
人生は破壊されてはじめて真実が見えてくるという、きわめて示唆に富んだ回答だったのだけど、そういう乱暴な回答を読んで喝采したわたしは、このコーナーをずっと愛読しているのだ。

今日のそれでは、美輪明宏さんが一刀両断、それこそ研ぎすまされた刀で相手の腹の中までまっぷたつという具合に、相談者の悩みに答えている。
読んで気持ちがイイ。
わたしもずけずけ物をいうほうで、知り合いから嫌われているんだけど、大新聞の記事なんだからと、常識にしたがったり、世間に遠慮をしたりしていたのでは、読者をつなぎとめることは出来ないのだと、ここでは日本の大新聞にカツを入れておく。
ええぞ、ええぞ。

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2016年2月26日 (金)

捕まる

警察に捕まってしまった。
いや、麻薬吸引とかでなく、交通違反である。
ある道路でえらい渋滞をしていたから、いったい何が原因だといらいらして(なにしろわたしは急いでいたのだ)、ようやく現場にたどりついたら、4車線の道路をいきなり2車線にしぼって工事をしていた。
しかもそのうちの1車線は左折専用だから、直進する車が通れるのは、実質的に1車線しかないのである。
これでは渋滞するのが当然だ。

工事現場で大切なのは運転手の臨機応変の対応だと思っている。
この工事現場はしょっちゅう工事をやっていて、反対側なんか直進車線をぜんぶふさいで工事をしていることがよくあり、そういう場合、直進車が右折専用車線を使うことはよくあるのだ。
そもそも道路交通法の主旨の中に、道交法は交通の流れを円滑に保つためという文言があったと記憶している。

で、わたしは自らの判断で、左折車線を直進した。
前方でお巡りさんが、待ってましたとばかり、わたしを手招きするではないか。

ふざけるな、道交法の主旨をなんと心得るのかと文句をいおうとして、相手の顔を見た。
中年の善良そうな警察官で、おそらくこんなおじさんにも、父親が帰宅するのを首を長くして待っている妻や娘がいるのだろう。
なんとなく親がもってくるエサ待ちかねているフクロウの子供が頭に浮かんで、それを考えたら文句をいう気力が失せた。
すなおにサインして、帰宅してからぶつぶついう。
これが、どうもわたしの欠点である。

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変化

アメリカの大統領選挙では、格差是正が共通のテーマになっていると、これはウチの新聞にも出ていた。
民主党のヒラリー、サンダース候補だけではなく、共和党のトランプさんまで、ほんの数パーセントの人間が富を独占するのはおかしいうという主張なのだそうだ。
これはまあ、いいことなのだろう。
わたしはかって「シッコ」という映画を観たことがあるけど、その中では政治家が献金の多さを誇っているみたいな場面があって、堂々の第1位はブッシュⅡ大統領だった。
貧乏人のわたしはおおいにムカついた。

しかし今回の選挙ではさま変わりだそうだ。
拝金主義の権化のようだったブッシュ家の、その弟も予備選から撤退しちゃったし、これはいったいどういうことだろう。
共産主義のソ連が行き詰まったように、アメリカの資本主義も行き詰まったということだろうか。
その可能性はある。
移民やマイノリティか増えて、貧乏人が社会の多数を占めるようになれは、選挙権をもった彼らの力はどんどん強くなる。
これまでなら、アメリカは個人の自由を尊重する国で、努力すれば誰でも大金持ちになれる国なのだ。
だから努力したやつが金持ちになるのはトーゼンだ。
それに文句をいうやつはアカ (あの恐ろしい共産主義者) だなんて、もっぱら勝ち組の意見が幅をきかせていたけど、いまみたいに格差が固定してしまうと、そんな意見を信じる者はだれもいなくなってしまう。

つまりアメリカの変化も、ソ連の崩壊と同じように必然的なものかもしれないのである。
わたしたちは、北朝鮮が崩壊するのを固唾を飲んで見守っているように、アメリカという国の思想やイデオロギーが崩壊する現場に、いま立ち会っているのかもしれない。

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湯沢温泉/風呂場

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わたしの泊まったHホテルは、もちろん温泉ホテルである。
建物はボロでも風呂場はけっして汚くはない。
広々していて、お湯も熱くて、アメニティもついて、こういう点は問題がないけど、あまり簡潔にすぎてイロ気にとぼしい。
風呂場にイロ気は必要ないかもしれないけど、露天風呂もあるわけじゃなし、雪がなだれこむ怖れがありますので、窓を開けないでくださいと注意書きつき。
おもしろくない。

それでも風呂場で見たかぎりでは、同宿者が、すくなくても2人以上いた。
誰も口をきかない。
格安ホテルを選んだことを恥じているわけではなく、見知らぬ他人に軽々しく言葉をかけないという、最近の世間の傾向を忠実に遵守しているのだろう。
世相はますます駒子さんみたいな、会ったばかりの男の部屋に、酔って押しかけるような女性の存在を許さなくなっているのだ。

部屋で缶ビールを飲む。
夜中に何度かトイレに行く。
トイレは洋式便座ひとつだけで、これは東京のわたしのアパートも同じである。
しかし、いまやわたしのアパートでさえウォシュレットなのに、雪国のこのホテルはそうではなかった。
冷たいぞ、冷たいぞと念仏をとなえ、覚悟を決めてからお尻を下ろさないと、飛び上がってしまう。
ま、安いんだから文句をいっても仕方ないけど。

深夜に窓から外をうかがうと、街灯の明かりの中に雪がしんしんと降りしきっていた。
ひとりで名作小説を読み、その内容をぐだぐだと分析するのにふさわしい夜だ。
部屋には火が24時間ももちそうな、でっかい石油ファンヒーターがあった。

布団の中で悶々とする。
葉子という娘が島村の部屋にやってきて、いっしょに東京へ連れていって下さいと懇願するシーンがある。
へえ、どこまでモテる男だとやっかみをおぼえてしまう。
ほかの男はどうか知らないけど、すくなくともわたしは、若い娘に懇願されるような状況をいつも夢にみているのである。

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2016年2月25日 (木)

湯沢温泉/買い物

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ホテルに荷物を下ろして、町へぶらぶらとさまよい出る。
晩メシのつかないホテルだから、食事をしなければいけないし、目的のひとつが無線LANのある場所を探すこと。
ネット情報によるとHホテルにもあるってことだったけど、フロントあたりの雑然としたありさまを見ただけであきらめた。
無線LAN?  なんですか、それっていわれてしまいそう。

まだ雪は降っていた。
しかしたいした降りではないし、L.L.BEANのウインドブレーカーをはおっていて、はたけばかんたんに落ちる雪だからから苦にはならない。
寒いだろうと心配する人がいるかもしれないけけど、この日のわたしは内側をユニクロのヒートテックで固めたロシア装備だ。

グルメが目的ではないので、温泉街の通りをいいかげんに往復したあと、駅のショッピングモールでイクラ丼を食い、夜食のためにカップラーメンと缶ビールを買ってもどった。
町には東洋人 (中国人らしい) の観光客が多かった。
たとえば上海に住む中国人が豪雪を見たいと思ったら、飛行機に乗って何百キロも旅をしなければならないはずだから、日本という国はホント、多様性に富んでいて観光に便利な国であると思う。

部屋でまた思索。
駒子さんがかんたんに男に身をまかせるのが納得いかないけど、小説のその部分は、ハプニング要素もあって、無理すればそういうこともあるかなと思わせる書き方がしてある。
でもわたしの人生には、酔った女の子が部屋に押しかけてくるなんて体験はいちどもないから、やっぱり信じられない。
中国では似たような体験もあったけど、それは合理的な理由をきちんと説明できるのである。

写真は駅中のショッピングモール。

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2016年2月24日 (水)

砂漠

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録画しておいた 「アラビアのロレンス」 を観る。
4Kレストア版だそうだけど、ウチのテレビは旧式だから効果のほどはわからない。
市販されてるDVDも持っているし、このブログにも書いたことがあるので、いまさらストーリーや映画の出来についてゴタクをいっても仕方がない。
それでもこの映画はわたしを陶酔させてやまないのだ。

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映画の中でロレンスは、アメリカ人記者に砂漠の魅力はと訊かれて、清潔だからと答える。
ごもっとも。
わたしも雨上がりの砂漠を見てそう思ったことがある。
わたしの人生はまともなものじゃなかったけど、個人的感想をいわせてもらえば、そんな砂漠をこの目で見られただけで大満足だ。

添付した写真は、3枚ともわたしか中国で撮ったもの。
最初は蘭州から敦煌へ向かう列車から見たもので、遠くに見える雪をいただいた山は祁連山脈。
つぎはカシュガル行きの列車で見たタクラマカン砂漠。
最後はトルファンにあって、西遊記にも登場する火焔山のモデルになった山。

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2016年2月23日 (火)

湯沢温泉/ホテルH

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ホテルの外観はクチコミ通りだった。
貧乏旅行のファンでなかったら、尻尾をまいて逃げ出したくなるようなボロっちい建物だ。
でも、わたしはそれをおもしろがってしまう旅人である。

ホテルのドアを開けて、誰もいないフロントをうかがっていると、べつの方向から元気のいいお姉さん (おばさん?)が飛び出してきた。
現金先払いで、朝食のみの2泊料金が1万6千円。
建物のわりには高そうな気もするけど、ホテル内のあちこちに石油ストーブが設置されている。
雪国の宿は光熱費がかさむのだ。
もちろん芸者を呼ぶ予定はないし、これでは呼んでも来てくれないかもしれない。

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宿泊しているあいだに 「雪国」 を読破してやろうと、新潮版の文庫本を持ってきた。
同じ本が部屋にも置いてあった。
西洋のホテルには聖書が置いてあるけど、湯沢のホテルでは「雪国」が標準装備である。
でも最近の若いスキー客はこんなの読まないだろうな。

この本は男の願望を満たす本だなとつくづく思う。
物語の中に葉子というもうひとりの娘が登場するんだけど、こちらも駒子さんにひけをとらないくらい魅力的なのだ。
この葉子という娘と駒子の関係がどういうものか、最初のうちはわからない。
最後まで読めばわかるだろうと思ったら、最後までわからなかった。
ま、それはさておいて。

最後の写真はわたしの部屋を撮ったものだけど、撮り方がヘタだから、すごく豪華な部屋に見えてしまう。
ありのままを写すのは、しろうとにはなかなかむずかしい。

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2016年2月22日 (月)

湯沢温泉/ホテルへ

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ホテルは駅から500メートルくらいだから、今度は歩きである。
雪は降り続いていたけど、積もるような雪ではない。
まわりの景色は雪に埋もれているけど、道路上には雪をとかすための水が噴水のように吹き出している。
水たまりに注意しながら駒子さんの続き。

ひょっとするとまだ芸者として初心者だった駒子さんは、金持ちらしい中年男にひいきになってもらいたくて、手管(てくだ)を弄したのかもしれない。
そのほうが可能性としてはありそうだけど、その後の展開をみると本気で惚れているみたいである。
本気で惚れなければ小説が成立しないのだから、このへんのところは大目にみるべきか。
つまり「雪国」は、男の願望を満たすために書かれたフィクションなんだからと。

ところがどうも主人公の島村という男が、えらく影がうすい。
物語の中に、男の家庭についての記述はあまりないけど、生活を全面的に親に頼って、売れない文章を書いてる道楽者で、おまけに妻子持ちだそうだから、よほど散財しないかぎり芸者にモテそうもない男である。
男が若いころの三船敏郎か仲代達矢のようであり、株かバクチで大儲けしたという設定なら、もっとすんなり物語にとけこめたのに、作者はなぜそうしなかったのだろう。

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500メートルだからすぐにホテルに着いた。
当時はクチコミなんてものがなかったけど、現在は一億総批評家で、それが氾濫しすぎる時代である。
わたしはこの晩のホテルについて、ある程度こころえていた。
なんだかすごく古くて汚いホテルらしい。
ホテルの名前は、これからさんざんけなすことになるかもしれないから、Hホテルということにしておこう。

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Lawrence of Arabia

Lore

今日はBSで 「アラビアのロレンス」 だそうですよ。
まだ観たことのない人は、ぜひこの機会にって映画です。
でも最近のアホらしいアメリカ映画になれた若いもんが、最後まで観たがるかどうか。
わたしもはじめて観たころは、最初はタイトルを 「アラビアのロマンス」 と勘違いして、なにしろ長っ丁場だから、最後のほうでは居眠りしちゃったもんね。
女っ気まるでなし。

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2016年2月21日 (日)

湯沢温泉/湯沢の駅

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タクシーの運転手に予約したホテルの名前をいうと、ふっと、馬鹿にしたのか、憐れんだのかわからない反応があった。
まあ、そんなところだろうなと思う。
ネットでようやく見つけた格安ホテルで、クチコミもかんばしくないホテルなのだ。

でも 「雪国」 のころは、東京のお客さんというと、田舎の芸者にとってあこがれの対象だったかもしれない。
ちょうど日本人のわたしが、改革開放政策の始まったころ中国を旅して、無条件でモテまくったみたいに。
それと似た状況で、まだウブな芸者が東京のお客に惚れたという設定なら、きちんとそういう部分の説明をしてくれないと困るではないか。

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タクシーは湯沢駅に着いた。
駅とその周辺を見てからホテルに行くつもりだ。

湯沢の町は想像していたより小さかった。
それでも町の中や遠方の山の斜面に、ホテルなのか、マンションなのか、高層の建物がいくつか見える。
バブルはなやかなりしころ、湯沢にリゾート・マンションが乱立し、泡がはじけたあと惨たんたる状況になったという話を聞いたことがある。
そういう夢の残滓じゃないか。

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町の中で、高層ビルを横に寝かせたように、ひときわでっかいのは駅の建物だ。
むかし友人たちとこの温泉に遊んだことがあるけど、そのころはまだ新幹線が開通してなかったので、駅舎を見たのは初めてだった。
駅は傾斜地にあるらしく、東口からエスカレーターで二階に上がると、そのまままっすぐ歩くだけで、西口から外に出られる。

駅の中には大きなショッピングモールができていて、これはまあ、最近はどこでもいっしょ。
食事をしたり、土産を買ったりするのに便利そうだということを確認して、わたしはホテルへ向かった。

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2016年2月20日 (土)

湯沢温泉/雪国へ

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川端康成の「雪国」は〝国境の長いトンネルを抜けると雪国だった〟という有名な一節で始まる。
今回のわたしは高速バスで湯沢に向かったけど、関越トンネルを出たとたんに、あたりが銀世界に変わったところはいっしょ。
最近は暖冬が騒がれているから、小説のころにくらべると雪の量は減っているだろう。
でもよく読むと、小説の中には何度も湯沢温泉が出てくるのに、雪の最盛期の1月、2月が舞台になることはいちどもないのである。

バスの中では小説の主人公である島村という男と、駒子さんの出会いについて考えていた。
宿に泊まっていた島村が、退屈しのぎに芸者を呼ぶのがそもそものきっかけだけど、ちょっと話がうますぎるような気がしないでもない。
うまい具合に趣味が一致して話がはずんだ。
それだけで芸者が客に、身もこころも捧げるような関係になるだろうか。
主人公が映画の中の池部良か木村功みたいならありうる話かもしれないけど、島村は妻子持ちで、小太りの中年男らしい。
最近のアメリカ映画だってそんなお手軽な脚本はないぞ。
わたしがこの本を最後まで読んだ記憶がないのは、こうした納得できない筋立てのせいかもしれない。

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トンネルを抜けると、もうまもなく湯沢なので、この点についてあまりしつこく考えているわけにいかない。
わたしは降りる準備をした。

降ろされたのは高速道路のインターチェンジの上だった。
駅まで歩いて行けない距離じゃないけど、たまたまこの日は雪が降っていたので、タクシーを呼んだ。

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2016年2月18日 (木)

谷崎潤一郎

著作権が切れたはずなのに、なかなかネットの青空文庫に上梓されない谷崎潤一郎の作品。
なにか理由があるのだろうと、いいかげんあきらめていたけど、今日ひさしぶりにチェックしてみたら、「春琴抄」と「吉野葛」、ほか1作が読める状態になっていた。
ほかにも30作以上が準備中だというから、もうそれほど遠くない時期に、彼の作品の大半が読めるようになりそうだ。

15年8月1日のこのブログに、「春琴抄」「吉野葛」、それに「少将滋幹の母」の3作を、パソコンで(タダで)読みたいと書いたことがある。
そのとき、いささか地味めの選定ですけどとことわったものの、ここにあげた作品のうち、2作が先陣を切って公開されたということは、やはりこのあたりが谷崎の、万人の認める人気作品ということになるのだろう。

わたしが谷崎の作品を好きな理由は、やっぱりそこに流れる日本的情感である。
日本的情感といっても江戸時代じゃない。
谷崎作品の多くは、わたしの世代がかろうじて眺めることのできた、昭和の前半までの景色をありありと想起させてくれるのだ。
映画なんかでもそうだけど、わたしは古い作品の中にあらわれる、本物のそのころの背景に、とっても郷愁を感じてしまうのである。

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2016年2月16日 (火)

From 湯沢温泉

やっと無線LANの使える店を見つけましたわ。
湯沢の駅にはでっかいショッピングモールがあって、そこで無線LANが使えるはずなのに、行ってみたら外国人の旅行者じゃないとダメですだって。
わたしも旅行者なんだけどとぼやいてみたものの、パスポート見せろといわれたら一巻の終わり。

でもほかに無線LANのポイントはたくさんあって、いまこれを発信している駅の正面の「井仙」という喫茶店もOK。
ひとりぼっちで苦いコーヒーを飲んでます。

昨日は駒子さんにふさわしい雪の1日だったけど、今日は雪もひっこむ暖かな好天になった。
ちょっこら路線バスで苗場まで往復してきたけど、スキーヤーなんか数えるほどしかいなかったねえ。
明日は帰京するかどうか悩んでいます。

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2016年2月14日 (日)

湯沢温泉/まえおき

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「雪国」 というと川端康成の代表作だ。
そのわりに読んだ人が少ないなんて、どっかの書評に書かれていたけど、そういえば読書家のはずのわたしも読んでないねえ。
いや、読もうと思ったことはある。
高校生のころだから、遠いむかしのことにはちがいないけど、ぜんぜん記憶にないってのはどうしてだろう。
まだ野暮な田舎の若輩で、芸者をあげるような粋人の世界がピンとこなかったのか、それとも単につまらなかったからなのか、たぶん後者だろうな。
その後も何度か読もうと思ったことがあるのに、いずれも途中で投げ出した。
けっして川端康成がキライというわけでない証拠には、「伊豆の踊り子」 は高校生のころから何度もくり返し読んでいるのに、である。

しかし現在では、わたしも芸者遊びのわかる熟成したおとなだ (芸者のほうで相手にしてくれないだけなのだ )。
ひとつ腰をすえてこの本を読んでみようと思う。
と、まあ、あいかわらず本気なのかふざけているのかわからないことを書いたのは、明日からわたしは湯沢温泉に行くことになったからである。

冬になると雪国が恋しくなる。
わたしの生まれ故郷はけっして雪国というわけじゃないんだけど、成人になってから、じっさいに見たもの、書物からインスパイヤされたものを含めて、わたしはたくさんの雪の思い出を持っている。
トシとって人生が残り少なくなったせいか、最近ではいてもたってもいられないくらい、そういうものが恋しい。
で、ひとつ、温泉でしっぽり濡れてこようと思い立って、いまさら雪山に挑戦できるトシでもないから、雪国ならどこでもイイやと選んだのが、安・近・短の湯沢温泉というわけだ。
駒子さんに会えるかどうか、会えたとしても立つかどうかわからないけど、そういうわけで明日から湯沢温泉です。
文庫本の 「雪国」 を持って、お風呂のあい間にじっくり読んでくるつもりです。
ほんの2、3日の予定だけど、無線LAN があったら現地から報告しましょう。

このあと、予約確認のために宿に電話してみた。
留守番電話になっていて、本日は電話の応対を終了しましただって。
こんなホテル初めてだ。
なんか不安になってきましたわ。

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2016年2月13日 (土)

癒し系列車

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「関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅」 というテレビ番組を観た。
先週はなんとかいうタレントさんの紀行番組と、関口クンの番組が連続したけど、なんとかさんのほうは、服装もお洒落だし、顔つきもまじめ一方、無理やり問題を提起しているみたいで、あまりおもしろくなかったけど、関口クンが出てくると、もうぶっちゃけ、だらしない服装に、起きたばかりみたいな髪型で、こちらはとてもおもしろかった。

そんなことはさておいて、今夜の番組ではチェコの鉄道が紹介されていた。
関口クンが駅、といってもホームもないようなローカル駅で列車を待っていると、やってきた列車が彼のまえを素通り。
おーいと叫ぶと、バックしてもどってきて、車掌が、いやあ、乗るとは思わなかったもんでという。
日ごろ脅迫的に正確な日本の鉄道に慣れている当方としては、こういう鉄道を見るとホッとする。

わたしも似たような体験があるのでお話しよう。
外国の話ではなく、れっきとした日本の鉄道の話である。
鉄道の名前を出すのは気がひけたけど、もう15年以上まえの話だからいいだろう。

むかし花巻市から遠野まで岩手軽便鉄道 (宮沢賢治の詩にならったけど、こういう名称の鉄道はいまはない) に乗って旅をした。
花巻で切符を買ってホームへ入り、改札の駅員に遠野行きは何時ですかと訊いたら、駅員は血相を変えて発車寸前の列車に飛びつき、おい、待て、あとひとり客がいる!
のほほんとしていたわたしは彼の機転で列車に間に合ったというわけだ。
いや、話というのはこれじゃない。

ローカル線だからのんびりした列車なんだけど、これがある駅を通過したあと、なんでもない田んぼのまん中で停車してしまった。
わたしは前方の景色が見たくて、いちばんまえの、運転席のすぐ後ろに立っていたんだけど、車掌が駅と電話で話しているのが聞こえた。
どうやら停車すべき駅を通り過ぎてしまったらしい。
まもなく車内放送があって、すみません、つぎの駅にタクシーを手配しましたので乗り換えてくださいとのこと。

わたしはもちろん怒らないし、乗客もみんな仕様がねえなあと苦笑しただけで済んだようだ。
東北の人がおおらかなことがよくわかったし、癒し系の列車というのはこういうのをいうのだろう。
みんながみんながのんびりしていた、昭和前期の列車がなつかしい。

添付した写真は北上川の河岸。
この近くに〝イギリス海岸〟もあるから、宮沢賢治も見た景色かも知れない。

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2016年2月12日 (金)

ヤマイモと早苗サン

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田舎で泥つきのヤマイモ (ヤマトイモ) を仕入れてきた。
なんで田舎まで行くのかというと、安いからである。
ご覧の、パソコンのキーボードからはみ出しそうな、手のひらサイズのでっかいのが、三つ入って650円だ。

わたしの郷里のあるあたりには利根川が流れていて、河川敷に近い一帯の土壌はヤマイモの生育に適しているらしい。
いつも帰省するたびに、とちゅうにある 「道の駅」 に寄るんだけど、売られている郷土の産物の中で、わたしのいちばんのお気に入りがヤマイモなのだ。
これでトロロ汁を作ると、全部が全部じゃないけど、ときどき本物の自然薯の風味を持つものに当たることがある。

司馬遼太郎の 「街道をゆく」 の中に、鮎のダシでトロロ汁を作るという話が出てきた。
目下のわたしはホタテとシイタケの味噌汁をダシにしているけど、これからいろんなもので試してやろうと思っている。

ヤマイモとぜんぜん関係ないけど、高市さんちの早苗サンが、総務省が放送局の免許に口出しをするのはこういう場合だと、極端な例を挙げている。
極端な例というのはめったに起こらないから極端なので、それなら起こってから論議すればいいだけの話だ。
普段からそういうことをいうから恫喝といわれる。
きっと目立って、安倍クンに忠誠を誓って、もっといい地位に引き上げてもらって、将来は日本版ヒラリーになろうって魂胆だろう。
もうひとつの郷里の産物である小渕さんちの優子チャンが、雌伏しちゃって久しいけど、恋しいねえ。

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2016年2月11日 (木)

崩壊直前

北朝鮮なんぞぶっとばしてやるというトランプさんが勝利だそうだ(あくまで予備選で)。
日本と韓国は手をたずさえて、北朝鮮に対してさらなる厳しい制裁を発動。
そんな最中にまたしても北では、軍の総参謀長が粛清されたそうだ。
ったく、ナニ考えてんのかねえ。
もはや正恩クンは狂人といったほうが早いかも。
現在の状態は、残虐をきわめた殷の紂王が、周の反乱にあう直前のよう。
ぐずぐずと煮え切らない中国も、まごまごしていると北の体制は自然に崩壊が始まってしまうぞ。
難民が押し寄せたら困るなんていってる場合か。
さっさと引導渡してやったほうが、あとあと統一された韓国と通商を結ぶにも有利なんじゃないか。

話はとつぜんノーテンキに変わりますが、今日はワタシ、田舎までヤマイモの買い出しに行ってきます。

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2016年2月10日 (水)

待ちなせえ

ネットニュースを閲覧していたら、どこかに朝日新聞が苦境と書いてあった。
ぼんやりと紙面を読んでいるだけでも、なんとなくそんなことはわかる。
ざまあみろと、世間には喝采を叫ぶ人もいるようだけど、わたしはそうでもない。
左翼傾向に熱心すぎて、捏造や誇張があったことはもちろん知っているけど、これってすべて過去の編集者の責任じゃないか。
大金をもらって、とっくに定年退職して、いまごろはホクホク、ヘタすりゃまだそれなり著名人みたいな顔をして、もっともらしい発言をしている人もいるのだ。
可哀想なのは、そんな先輩の尻拭いをさせられている後輩たちだ。

まあ、しばらくは臥薪嘗胆をして、また自民党がおごりたかぶるのを待ちなせえ。
調子がよすぎると、権力はかならず腐敗するものだ。
そのとき朝日新聞、アンタの出番はかならず来る。
いしいひさいちサンの連載マンガに象徴されるような、朝日新聞の毒をわたしは愛しているのだ。

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2016年2月 9日 (火)

変則的

にんげんは習慣の動物だ。
小さいころから三度三度の食事に慣らされている。
おとなになってもそれが習慣になって、朝、昼、晩にメシを食わずにいられない。
そしてお腹が出たとか、糖尿が出たとかいって騒ぐ。

わたしはそうではない。
腹がへるまでメシは食わない。
なにかに熱中すると12時間ぐらいメシ抜きもざら。
作るのがめんどくさいし、だまっていても作ってくれる伴侶がいるわけでもない。
おかげで胃袋はどんどん縮小する。

それは健康にワルイという人もいる。
なんの。
年寄りがなんで若いころと同じ食生活をしなくちゃいけないのだと反論する。
結果はどうなるか。
とくにお腹も出てないし、成人病とも無縁で、いまだに少年のころのままみたいな気がする体調は、こういうふざけた生活のせいかもしれない。

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2016年2月 8日 (月)

スター・ウォーズ

Sw

いちばん新しい 「スター・ウォーズ」 を観てきた。
ちょっとまえにNHKが制作ウラ話みたいな番組を放映して、CGやSFXファンのわたしも興味をもって観たということは、このブログにも書いたけど、じつはそんなものを観たおかげで、本編のほうはまったく観たくなくなってしまった。
でも知り合いがどうしても観たいというもので。

まあ、じっさいに団塊の世代が嬉しがって観るようなものじゃなかったし、まじめな顔をして批評や解説を述べる価値があるとも思えず、いちゃもん居士のわたしが難くせをつける気にもなれない映画だった。
映画の中に、まだ密輸業者をやっている (なにしろ第1作から数えて40年だ) ハリソン・フォードが出てきたけど、これに仲間のごろつきが、貸した金を返さねえかと迫る。
宇宙船の飛び交う未来のお話にしちゃあ、ずいぶんセコいじゃないかなんて文句をいわず、ここはすなおにアハハと笑っておいた。

第1作に登場したミレニアム・ファルコンや、H翼、X翼の戦闘機がつぎつぎに登場するのは、ファンにはうれしいことだろう。
でもこれだって、あれから40年だぞ。
米軍のF-35だって何世代も進化してるじゃん、なんてヤボも封印。

わたしは 「スター・ウォーズ」 シリーズの全部を観たわけじゃない。
そういう人間には、なにがどうなってるのかサッパリという場面もある。
悪役チームのほうにフォードとレイア姫のせがれというのが出てきたけど、せがれがいるということは主役とヒロインがどこかでまぐわったはずで、え、それっていつのエピソードなのさと、これは本気でいちゃもんをつけたくなった。
今回の映画から製作会社が変わり、お子さま重視のディズニーじゃ、イロっぽい場面がひとつもないからねえ。

ハリソン・フォードやキャリー・フィッシャーだけではなく、ラスト・クレジットをながめていたら、マーク・ハミルも出ていたことがわかった。
そんなのいたかというと、知り合いが、最後に出てきたヒゲのおっさんがそうでしょという。
ええっ、そうかとわたし。
ネットで公開されている 「中国嫁日記」 というマンガで、作者の中国人の奥さんが、最後に出てきたのアレ誰ですかと旦那に質問して、そんなことも知らずに観ていたのかとあきれられていたけど、わたしもあまり変わらないや。

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2016年2月 6日 (土)

オメデタイ

シャープが鴻海に身売りかも。
売国奴めがと、ネトウヨあたりが悲鳴を上げそう。
途上国の新興企業にとっては、日本の企業は宝の山。
韓国のサムスンだって、日本から技術を取り入れなかったら、現在の繁栄はなかったはず。
なにかのきっかけで日本の企業が左前になれば、ここぞとばかりに技術の買い出しに励む。
社員をリクルートするだけでも、労せずして先端の技術が手に入るわけだし、会社ぐるみ買い取れば、明日から世界の最先端企業の仲間入りだ。

でもシャープも相手のそんなおもわくはとっくに承知。
すこしでも自分を高く売ろうと丁々発止。
大金をつぎ込んで開発した技術をよそに持っていかれるなんてと、傍観する日本人としては楽しくない光景だけど、これがグローバル化の世界の現実だ。
インドネシアの高速鉄道も、日本が段取りを整えて、施工は中国に取られたらしい。
こんな親切な日本をどうしても理解しない国もある。
やっぱりオメデタイのか。

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2016年2月 5日 (金)

シルヴィ・ギエム

Sg

なんかブログネタはないかと新聞を繰ってみたけど、与党も野党も朝日新聞も、どこかで聞いたような主張ばかりで新鮮味がない。
これは日本がいかに平和で、ノーテンキかの証拠で、歓迎されるべきことかもしれない。
もちろん、たとえば、わたしの知り合いにも、認知症の母親をかかえて悩んでいる人がいることを片時も忘れたわけじゃないけど、わたしにはどうすることもできないのだ。

で、べつの話題をひねくり出す。
昨日の新聞の広告にバレエ・ダンサー、シルヴィ・ギエムのことが大きく載っていた。
彼女は去年バレエ界から引退をして、引退興行は日本で行った。
ということは知っていた。
観に行きたいと思ったけど、彼女ほど有名なら、そのチケットはとてもわたしみたいな庶民に買えるはずがないと、またあきらめがいいというわたしの欠点を露呈して、とうとう見逃してしまった。
ちともの足りないけど、彼女を観たければ YouTube に映像がたくさん上がっている。
彼女の 「ボレロ」 は、わたしの iPodにも iPadにも入れてあるから、観ようと思えば、どこでもいつでも観られるのだ。

いや、すげえぜ、カッコいいぜ、ギエムってのは、と語り合える知り合いが身近にいないのは残念だ。
認知症の母親をかかえて、家から一歩も出られない知り合いも、こういうものを観て気をまぎらわせてほしいと思う。

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2016年2月 4日 (木)

落ちた偶像

清原和博サンが逮捕というニュース。
あまり野球に興味のないわたしがごちゃごちゃいう問題じゃないけど、彼みたいなタイプはよくいるな。
わたしの周辺にもいるよ。
いわゆる体育会系で、若いころはその天分にモノをいわせ、まわりからちやほやされ、女にはもてて、○○の種馬なんて名前を轟かせていた人が。
うらやましいけど、わたしにはそんな天分がひとつもないから、やっかみと呼ばれるのを覚悟の上で書いてしまう。

天分なんて書くと、それだけじゃない、本人の努力も必要なんだという人がいるだろう。
そうかもしれないけど、努力してスーパースターになれるなら、たいていのアスリートがみんなスターになってしまう。
清原サンほどになるには、やはり天分のほうが重要だ。
だから彼も幸運の星の下に、すくなくともその前半生は、生まれついた人といえる。

ただ困ったことに天分というものはたいていひとつで、こちらが秀でていればあちらは劣るという場合が多い。
とくに体育会系の場合、若いころはいいけど、トシをとって体がいうことをきかなくなると、さあ、大変。
ほかに趣味はないし、景気のいい時代の呑み仲間にはあっという間に逃げられるという、これ、わたしの周辺のじっさいの話。
若いころからはなやかな生活になれているから、寂しくて寂しくて、ついクスリなんかに手を出すことになる。

ほんとうはここから先にモノをいうのが努力というやつで、たとえば清原サンの同僚だった桑田真澄サン。
彼は清原サンと好対照で、野球から身をひいても食っていけるだけのスキルを、現役時代から蓄えていた。
天分に頼って努力を惜しんだヒーローの典型が清原サンだ。

でも彼はまだ若い。
1年ぐらいクスリと無縁なところに押し込まれ、あとは本人の努力さえあれば、こういうタイプに魅力を感じる人も多いのだから、スターダムに復帰も可能だろう。
まだ彼は幸せなのだ、わたしみたいなのよりは。
わたしに天分があるとすれば、つまらないゴタクや念仏をとなえるような、年寄りにしか役に立たない天分だもんね。

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2016年2月 3日 (水)

若者たち

A001

親戚の娘が結婚した。
その写真が送られてきたけど、旦那になるひとの写真を見て、あれれと思った。
これって、わたしの若いころによく似ているじゃないか。
うん、彼はきっといいひとにちがいないと、太鼓判を押してしまう。

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2016年2月 1日 (月)

謀略?

寒い夜は熱い風呂にかぎる。
というわけで昨夜は風呂に入ったんだけど、アッチチチともだえつつ、ようやく湯に体を沈めると、頭がぼうーっとして、脳ミソが一点に吸い込まれていく感じ。
ああ、このままあの世行きになれば、こんな幸せな死に方はないなと思う。

じっさいにこんなふうにお亡くなりになる人もいるそうだけど、わたしの場合は、そんなうまい具合にいかないだろうという予感もある。
なにしろ、無神論者で、人倫にもとる生き方をしているわたしのことだ。
幸せな死に方なんてできるはずがない。
おそらくわたしの最後は、みとる人もおらず、自分の人生を悔いながら、アワを吹いて、のたうちまわって、七転八倒のあげくという悲惨なものになるだろう。
そうでなければ、結婚して家庭をつくり、子供をつくり、苦労して人間としての義務を果たしている人に申しわけがたたないではないか。

いったいどんな死にざまが待っているのか。
車に轢かれて手足のいくつかを失うことになるのか、脳梗塞で意識のあるまま寝たきりになるのか、ヤクザのリンチにあってなぶり殺しにされるのか、大地震に遭って建物の下に閉じ込められ、生きたまま照り焼きにされるのか。
そう考えると戦慄してしまうけど、もういまさらどうにもならないのだ。

なにもすき好んでこんな生き方をしたわけじゃないぞと、うちひしがれたベートーベンみたいな顔をして風呂から上がり、血圧を測ってみた。
またわたしのトシの正常値まで下がっていた。
ああ、これじゃあまだまだ長生きしてしまいそうだ。
知らんぞ、これはいったい誰の謀略なのか。

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