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2016年4月

2016年4月29日 (金)

YouTube美女図鑑

わたしは YouTube をよく見る。
好奇心が強いのと、それだけヒマだってこと。
外国人が日本をどう見ているかということに興味があるので、あちらの人が日本で制作した映像を見ることが多いけど、ここでユーチューバーの美女図鑑をしてみよう。

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わたしのいう3大美女は、ミカエラ、シャーラ、レイチェル(敬称略)といったところ。
いずれも日本に住んでいて、海外に日本のことを発信しているカワイ子ちゃんばかりだ。
このうちレイチェルは日本人の旦那がいるし、シャーラは近いうち結婚する予定、ミカエラについては、日本の温泉に入るのに、平気でハダカになっちゃうところが、他の2人とちがうことぐらいしかわからない(あわててYouTubeをのぞいても肩しか見えませんヨ)。

いずれも外国人目線で寿司や焼肉を食べたり、猫カフェやキツネ村を訪ねたり、外国人が興味を持ちそうな日本のさまざまな特産物、場所などを紹介している。
シャーラなんか和服について、じっさいにそれを着てモデルを勤めているけど、丸ぽちゃな顔をしているから、日本人より和服が似合うくらいだ。

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ほかにも美人ユーチューバーはたくさんいて、たとえばロシア系では、アシヤとユリアなんてのがいて、いや、その美貌とスタイルのよさは、ロシア人てみんなあんななのかとビックラこいてしまう。
フランスに帰国して、日本が恋しいなんて口ばしっているフローリーなんて子は、あっけらかんとした関西弁が魅力だし、中国人で福原愛に似たモンちゃんという子は、彼女が大口あけて日本各地の名物料理を食べているのを見ると、偏食のわたしでも食べたいと思ってしまうくらい。

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美人系ばかりじゃなく、つい最近韓国から日本にフランチャイズを移した、カップル・ユーチューバーの「サイモンとマルティナ」なんてのもいるな。
このマルティナってお姉さんは、腕のタトゥーと、ガハハという高笑いが売りモノの猛女で、まだ日本における映像の本数は少ないけど、将来的には期待してもいいかもしれない。

ただ、いろんなユーチューバーが乱立しているおかげで、最近は目新しいネタが不足しているようだ。
寿司もスキヤキもラーメンも納豆も富士山も北海道も沖縄も秋葉原もオタクも自動販売機もガチャガチャも和服も浴衣も築地のマグロも渋谷のスクランブル交差点も奈良の鹿も温泉ザルも猫カフェもウサギ島も花見もハロウィンも、みんなみんな出尽くした感がある。
こうなると、アクセスを稼ぐためには女の魅力を活用てことになりそうだけど、この中で水着を披露しているのが、わたしの知るかぎり、ロシア人のユリアだけってのが寂しいね。

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2016年4月28日 (木)

ボビットワーム

わたしがイワシぐらいの大きさの魚だったとする。
そういうわたしがのんびり海の中を泳いでいたとする。
すると、ありとあらゆるところに危険がいっぱいだ。
海の中というのは、わたしを食べたいと考える捕食者がうようよしているところなのだ。
マグロやカツオもそうだし、タコだってイカだって、無害そうなクラゲだって、油断していると長い触手をのばしてくる。
仲間と群れでいれば、クジラにまとめてひと呑みされる。
水面にのがれて下の方をうかがっていると、水の外からカモメにさらわれそうになる。
ぐっと身を低くしていると、今度はアンコウがでっかい口を開けて呑み込もうとする。
植物かと思ったイソギンチャクも、すきあらばとわたしを狙う。
ちょっとでも弱みを見せれば、小さな甲殻類にとりつかれ、肉を吸われる。
まわりがみんなこんな恐ろしい敵ばかりで、人生とはほんの一瞬でも気を抜かないことと考えたら、ノーテンキな生き方を旨とするわたしはノイローゼになってしまいそうだ。

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ここならなにもいないと安心していると、砂の中からボビットワーム(オニイソメ)なんて怪物が飛び出してきて、強力な顎でわたしを砂の中に引きずり込もうとする。
ああ、この世は地獄。
生きることは苦痛でしかない。
どうしてイワシは精神を病んでしまわないのだろう。
とまあ、つまらないことを書いたのは、べつに自然界の生存競争の厳しさや、イヤな人生について繰り言をいおうってわけじゃない。
こんなことはだれでも知っていることで、いまさらぼやくことではないのだ。
ただネットを散策していたら、ボビットワームの映像を見つけ、これがなかなかものすごかったから。
見て、見て、コワイでしょ。

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2016年4月27日 (水)

富山湾/また新幹線

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富山からの帰京は、湯沢温泉についで今年2度目の新幹線だ。
東京まで3時間半で、1万3千円。
高いか安いかといわれると、むろん高い。
終活中で、さっさと貯金をはたいてしまえというわたしみたいな人間でなければ、おいそれと投じられる金額ではない。
でもそういう人間であるならば、駅からふいと乗れて、空港ターミナルみたいに爆弾チェックもない新幹線は、それなり価値がある。

同じような時間で着くなら飛行機のほうがいいという人も多いとみえて、新幹線はがらがらだった。
これは無駄といえば無駄だけど、もういいトシのわたしには、網の目のような新幹線がこの国のインフラに必要なものなのかと、いちいち運輸行政に文句をいう気にもなれない。
人間というのは欲得抜きで、とことんまで便利さを追求する動物なんだろう。

じろじろと車内を観察する。
見たところUSBコネクタも無線LANも付いてないようだった。
便利さを追求する割りには手抜きもあるようだ。

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さて、今回の旅。
いつものようにだらしない旅である。
ホタルイカの身投げを見に行くといって、けっきょく見られず、これではなにをしに行ったのかわからない。
でも、見られないから失敗とは思わない。
この旅でわたしの満足感はけっして少なくなかった。
満足感?

いったいわたしは何を求めて旅をするのだろう。
名所旧跡でもなく、美味しいものでもなく、特別に欲しいもの、買いたいものがあるわけでもない。
バスで富山に到着したときは、すてきなところだなと思った。
のんびりしていて楽しそうなところだなと思ったけど、ほんの4日滞在しただけで、その呑気さがかえってわたしには向かないと思うようになった。
ということは、田舎の素朴な生活や人情にあこがれているわけでもない。

これはたぶん、誰にも声をかけられたくない、他人といっさいの関わりを持ちたくない、ひとりでぼんやりと空想にふけっているのが幸せという、現実逃避症候群のあらわれなんだろう。
つまりわたしは人間社会の、メンドくさいものすべてを拒否したいのだ。
そう考えれば、刑務所みたいな小部屋に押し込まれて、テレビも観ない、外界との接触はインターネットだけ、そんな旅行も天国みたいという気持ちはよくわかる。

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英国の女性紀行作家クリスティナ・ドッドウェルも、森の中でひとりぼっちでいるのが好きと書いていた。
彼女の場合、性格が複雑化する原因に思い当たるけど、孤独を偏愛する性格は人間にとって、けっしてめずらしくない特質なんだとも思える。
そう考えて自分を慰めよう。
まだ貯金は残っている。
わたしの足はいよいよ衰える。
時間との勝負だ。
さあ、つぎはどこへ行こうかと、最近変更したこのブログのタイトルのように、前期高齢者のヤケッパチ放浪はまだまだ続くのだ。

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2016年4月26日 (火)

富山湾/鯛家

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道の駅新湊でシロエビうどんを食ってきた。
これもいちおう富山の名物かもしれないけど、これで終わりじゃ富山湾の味覚を味わってきたとはいえないのではないか。
ここまで立ち食いソバやカップラーメンは食べても、ホテルの、たぶん豪華な夕食はいちども食べてない。
これで帰京したら、いくら食事に関心のないわたしだって、お粗末な旅行であったことを否定できるものではない。

それで最後の夜、派手にやろうと、ちょいと高級そうな店に繰り込むことにした。
わたしは富山の飲食店についてぜんぜん知識がないんだけど、こういうときにはネットの口コミ情報がある。
口コミの味なんてものを信用しないわたしでも、どこにどんな店があるかという参考ぐらいにはなるのだ。

いくつか目星をつけて、駅ちかくの繁華街に繰り出そうとした。
しかしまだ雨はしょぼしょぼしているし、そこまで出ていくのもおっくうになって、マンテンホテルの地下に「鯛屋」という和風レストランがあるのを思い出し、そこへ行ってみることにした。
どうしてもお手軽な方向ばかりを選んでしまうのが、わたしの性癖であり、このブログの特徴なのだ。

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結論を先にいえば、けっしてあなどれない店だった。
2列のカウンターと、ボックス席がいくつかという店で、カウンターのあいだにある大きな生簀から、ときどき板前さんが、網でタイやカワハギやズワイガニをすくっていく。
店内はけっこう混んでいて、和服の美人がいそがしく立ち働いている。
客はほとんどが、ネクタイをしめた地元のサラリーマンらしかった。

そういえば、この旅ではあちこちで富山の保守的な風土を感じたものだ。
わたしはヒゲを生やし、いつもニットの帽子をかぶっている。
東京ではめずらしくないスタイルだけど、この街でヒゲを生やしている人間はめったにいないし、なんとなく奇異の目で見られている感じがある。
この店でも、ネクタイはたくさんいるくせに、ヒゲやニット帽はひとりもいなかった。
わたしの被害妄想かもしれないけど、異端者を排除しようとする加賀前田藩の保守的伝統はいまでも連綿と続いているようだった。

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わたしは海鮮が好きだから、黒板に書かれたこの日のおすすめというのを読んでみた。
ズワイガニの刺身が6800円だそうだ。
これはまるごと1匹で、とてもひとりで食べきれるものではない。
足の2、3本だけ売ってくれればいいと思ったけど、ダメだそうだから、これだけでも団体さんご用達の店であることがわかる。

けっきょく◯◯セットというものに、焼いた筍を別につけてもらい、銀嶺立山という日本酒を飲んだ。
セットには日本酒3種飲み比べというグラス酒がついていたから、無理にべつの酒を注文する必要はなかったんだけど、それに気がついたのは注文したあとだった。

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このセットは、刺身の盛り合わせ、モズク、ホタルイカの酢味噌あえ、ブリ大根、シロエビの天ぷら、ご飯とカニの味噌汁などである。
ブリ大根については、和服美人がこれは骨まで食べられますという。
この料理の場合、わたしの目的はダイコンのほうにある場合が多いんだけど、圧力釜で時間をかけて煮たらしい。
なるほどと、わたしはブリをきれいに平らげた。
わたしにしてはめずらしいことだ。

※ここに載せた写真はすべてタブレットで撮ったもの。

わたしの口コミなんか参考にしてもらわなくてもかまわないけど、この鯛屋という店は、味について太鼓判を押せる店である。
欠点があるとすれば、客の中にタバコを吸う者がけっこういたこと。
これは店ではなく客のほうの欠点だけど、富山はこういう点では、まだ遅れた地方都市だなと思う。
これも保守の伝統か。

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小食のわたしには、最後に出てきたご飯と味噌汁まではとても食べられなかった。
スイマセン、残しますけど、けっしてマズイというわけじゃありませんからねと、和服のお姉さんにあやまっておく。
千鳥足で部屋にもどって、ベッドにばったり。
ホテルの地下のレストランはこういう点でも便利だ。

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2016年4月25日 (月)

富山湾/道の駅

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翌日は朝から風雨が激しかった。
雨や風をおしてまでホタルイカが出没するとは思えなかったし、それがほんとうにまれな現象であることもわかった。
で、この日はもう夜中に様子を見にいくのはやめにして、レンタカーも返してしまうことにした。
しかしレンタカーは24時間借りてあるので、この日の午後3時まではわたしに所有権がある。
それまでどこか見物に行くところはないかと考えた。

もちろん朝早く起きて、能登半島を一周してくることも可能かもしれない。
しかし朝早く起きるのも、ひとりで車を運転するのも大キライだから、さっさとあきらめて、ひとつ新湊という、富山市のとなりの街にある道の駅に行ってみることにした。
ここなら車でせいぜい1時間もかからないだろうし、わたしは郷土の物産というものに興味があって、どこへ行ってもかならず市場に寄る人間なのだ。
道の駅というのは、その土地の特産物を扱っている場合が多いのである。
新湊という街はぜんぜん知らないから、これはおもしろいかも。

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カーナビに案内させて「カモンパーク新湊」という道の駅に向かう。
神通川を渡ったところに、山すそを切り開いた公園があったくらいで、それを過ぎると、畑をつぶした広い道路の両側に、車のディーラーや郊外型のパチンコ屋などを並べた、およそおもしろくない景色が続く。

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大きな交差点のわきにある道の駅に着いたのが10時すこし過ぎ。
店舗の規模は期待していたほど大きくなかった。
地方でよく見る道の駅というより、雰囲気的には街道ぞいにある、トラック運転手相手のドライブインといった感じ。
それでも干物や真空パックの海産物、名産の漬物、菓子類などが並んでいたから、帰京してから酒のつまみになりそうな土産ものを買っておいた。

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この朝は寝過ごしてホテルで朝食を取ってなかったから、ここの食堂でシロエビうどんを食っていくことにした。
かき揚げのシロエビが乗ったうどんだけど、これも富山湾の名物なんだそうだ。
でも、べつに美味いとかマズイとかいうようなものではなし、どこかカッパエビセンみたいな味だった。
富山の名物を食べたという満足感もぜんぜんなし。

まだ時間が早いので、寄り道をしながら、海岸づたいに富山市にもどることにした。
なにかきれいな景色でも見られるかと期待したんだけど、このあたりの海岸は工場地帯だし、予備知識もないから、ほとんど見るべきものはなかった。

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2016年4月24日 (日)

富山湾/風の盆

このままホテルにもどって寝るのもしゃくだから、レンタカーでもういちど越中八尾まで行ってみることにした。
深夜だし、八尾まで1時間もかかるまい。
カーナビに案内させて深夜の道をふっとばす。

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「風の盆恋歌」に登場する女性の数は多いけど、物語に影響するのは不倫相手のえり子と、その娘ぐらいだ。
あとはぜんぶ刺身のツマである。
もちろん刺身のツマにもそれなり役割はあるけど、たとえば最初に登場するおばあさん、彼女は舞台や衣装を整えるだけで、狂言まわしに徹するわけでもなく、役割を終えるとしだいに影がうすくなる。
八尾の踊り上手として知られた清原とその娘、彼らは小説の中でべつのエピソードを構成するものの、娘が主人公のイケメンになにか影響を与えるわけでもないし、年齢差を越えた恋をするわけでもない。
彼らは小説の展開になんの影響も与えないのである。

最後の悲劇を生じさせるのは、ほんのわずかしか出番のない不倫相手の娘なのだ。
でも不倫している母親とその相手を憎むという、この娘の短絡的な行動も理解できない。
こういう場合、娘にはもっと複雑なかっとうがあるのではないか。
すくなくともそのへんを追求してくれないと、文学にはならないのではないか。

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およそ3、40分も走っただろうか。
寝静まった八尾市諏訪町のあたりに到達した。
最初に車を降りたとたん、かたわらの側溝を流れる水の音が飛び込んできた。
小説の冒頭は、主要登場人物のおばあさんが、今日は水の音が聞こえないといぶかしむ場面から始まる。
これがその雪流し水かと、納得した気分。

ここにも大きな寺があり、石段の上の闇のなかに満開のサクラがぼんやりと浮かびあがってみえた。
町全体がゆるやかな坂道になっている。
このあたりが風の盆の舞台らしかった。
なによりまちがいがないのは、この近くにおわら資料館という、越中おわらと風の盆を紹介する土蔵造りの建物があったことである。
そして道の両側に商家が軒を接した一方通行の通りがあった。
この通りもゆるやかな坂になっている。
小説に描かれたそのままの情緒ある町並みである。

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車を停めて写真を何枚か撮っておいた。
9月のしょっぱなは祭りのためにこの町は大混雑になるそうだから、そんなときにわたしがここへ来るとは思えないけど、じっと目をつむると、風の盆の哀愁をおびた旋律と、笠で顔をかくした踊り子たちの姿がありありと想像できてしまう。
わたしが映画監督で風の盆の映画をつくるとしたら、だれかの回想シーンとして、この寝静まった町に、にぎやかな祭りの情景をオーバーラップさせるだろうな。

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小説の中の最後の悲劇というのは、主人公が不倫相手であるえり子の娘にあざむかれて、えり子が死んだと思い込み、相手に会わないまま病死してしまい、それを知ったえり子もあとを追うというものだけど、こんな説明を聞くとふっと笑う人がいるんじゃないか。
いまどきめずらしい純愛物語である。
それともわたしがひねくれすぎているのか。
こんなものを読んで感動しているのは、恋に恋している女子高生か、テレビにしがみついて昼メロを観ている奥さんぐらいじゃないか。

ロマンチックなタイトルにひかれて読んでみたけど、わたしには「風の盆恋歌」がとても文学史に残る傑作とは思えなかった。
もっと苦い感傷にみちた、お互いにしようがねえなで別れる大人の小説を、だれか書いてくれないか。

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富山湾/すなどり

おお、いつのまにか消滅していたブログの右側の表示がもとにもどった。
これだからパソコンは嫌い。
そんなことだろうと思っていたことはさておいて、ブログの続き。
富山湾の紀行記もあとすこしで終わりだ。

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深夜にレンタカーを走らせる。
なんとなくハードボイルドの主人公になったみたい。
ホテルからいちばん近い富山市の岩瀬浜海水浴場まで、車で15分ぐらいだ。
わたしはカメラや三脚、懐中電灯などの重装備を積み込んで出発した。

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夜中の12時ごろ海水浴場に着いた。
さすがに人が出ていた。
ホタルイカの身投げは新月の晩が多いそうで、この晩(4月6日)が該当する夜だったのである。
砂浜に、頭にヘッドライトをつけ、たも網をかかえた大勢の人々が繰り出していた。
高級食材とされるホタルイカをただですくおうという人たちである。

月の光のもっとも少ない夜なのでわかりにくいけど、海岸の左手に漁港の防波堤があって、テトラポッドが積まれている。
そのテトラの上にもライトがちらちらしている。
沖には小さな島があるようだ。

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ところでホタルイカはどこだ。
わたしも懐中電灯で海を照らしてみた。
砂に打ち上げられたイカなんて1匹もいない。
わたしの想像では、何万というイカが押し寄せて、波打ちぎわに光の帯ができないにしても、せめて10個や20個は光っているだろう。
そのていどでも見られればいいと考えていたのに、この晩はひとつも光っていなかった。

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そのうち腰まであるゴム靴をはいた男性が、捕まえたぞーといって、たも網の裾をつかんだまま岸に上がってきた。
さっそく彼の成果をながめに行ってみた。
男性はたも網から小さなイカをはずしてバケツに移している。
ところがそれでもイカは光らないのである。
バケツの中に先客のイカが数匹いて、それも光るようすがない。
なんだなんだなんだ、昼間ミュージアムで見た、あのすなおに光るイカはどうしたのだ。

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1時間ほど見物して、とうとうあきらめた。
やはりホタルイカの身投げというのは、本当にまれな現象であるらしい。
都会人が気まぐれに出かけても、幸運の女神に賄賂でも渡さないことには、おいそれと見られる現象じゃないのだ。

ということで、今回の旅の目的はかんぜんに挫折。
でも後悔はしない。
名所旧跡をめぐり、美味しいものを食べるような、たんなる観光旅行に比べれば、未知のものを探求するために行動したというだけでも価値はある。
大事なのは結果ではなく、そこに至る過程なのだ。
ええ、負け惜しみがなん割か入ってますんですが。

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2016年4月23日 (土)

富山湾/考察

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越中八尾駅を訪ねたさいにどこかで昼食をとろうと思っていたけれど、 駅の近くにあまりわたしにふさわしい食堂がなかったので、富山駅にもどってから、近くの店で回転寿司を食べた。
寿司とくればビールだけど、このあとレンタカーを引き取りに行かなければならないので、おとなしくお茶だけ飲んでいた。
寿司の味については、これぞ富山というほど魅力な店ではなかったので、書かない。
レンタカーを受け取ったあと、ひとまずホテルにもどった。

風呂は16時からなので、それまでホテルのコインランドリーで洗濯をする。
コインランドリーは、女性用は個室になっていた。
なかなかサービスがこまやかなところだ。

時間になったので風呂に入ってみたら、プラスチックのイスの上に、リスみたいにちょこんと座って体を洗っている人がいた。
他人が座ったイスにちょくせつ尻を触れさせたくないらしいけど、こういうのは中国人かもしれない。

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湯船にどっぷりと首までつかりながら、立山連峰を眺める。
この位置からだと、山の稜線がこちらが想像していたより高いところにあるのに気がつく。
それだけこの山脈が、富山市から近くて高いということだろう。
こういう山を朝な夕なに眺めていたら、人間のこころになにか深淵な影響があるのではないかと、哲学的思索にふけってみた。
そういうことはぜんぜんありそうにない。
わたしの郷里は北関東で、わたしの家からいつでも赤城山が見えたけど、まわりの人間に共通する因子はまるっきりなかった。
風呂に入って脳ミソが弛緩すると、つい意味のないことを考えてしまう。

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この晩はま夜中に用事があるので、わたしはさっさと寝てしまった。
さっさと寝ると、さっさと目がさめるのは当然だ。
目がさめたのはまだ20時ころだった。
これから夜の巷に繰り出す時間はたっぷりある。
いよいよ富山の味覚の追求かと期待したアナタには申し訳ないけど、わたしはこのあとレンタカーを運転して海岸まで行かなければならないので、お酒を飲むわけにはいかないのである。
けっきょく部屋でカップラーメンを食べ、時間つぶしに「風の盆恋歌」の感想文をひねっていた。

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わたしは以前、このブログで風の盆について触れたことがある。
こういう祭りを幼少のみぎりに、町屋の軒下で見たことのある人は幸せだというものだった。
だから「風の盆恋歌」という小説も、幼いころに、まだ有名ではなかったこの祭りを見て、なにやらの感慨をもつ男が主人公の物語だろうと勝手に思い込んでいた。
しかし小説のなかに、近ごろこの祭りもだいぶ混雑するという描写がある。
ということは、そんなに大昔のこととも思えない。
あまりむかしの話にすると、主役の2人は不倫の関係というより、老人会のゲートボール友達がふさわしくなってしまう。
これでは本も売れそうにない。
パリや金沢を舞台にしないとオンナの人はよろこびそうにない。
だんだん話が俗っぽくなってしまうけど、売るために原作者もいろいろ考えているのだろう。

本の出版裏話まで考察してみたものの、じつはわたしは風の盆をいちども見たことがないのである。
それなのにこれが主要な背景になっている小説について、ゴタクをいうのは僭越みたいな気持ちもしてしまうけど、ありがたいことに現在はインターネットの時代なのだ。
YouTube には風の盆の映像が、音声つきでたくさんアップされている。
わたしはそれを観たことがあるから、いっぱしの体験者みたいな顔をして、エラそうなことをいっても文句をいう人はいないんじゃないか。

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2016年4月22日 (金)

富山湾/越中おわら

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いいかげんくたびれて八尾駅にもどった。
駅舎の壁に風の盆の大きな写真ポスターが何枚も貼られている。
笠で顔をかくした女性たちが優雅に踊っている。
それはいいんだけど、写真の背景をみると、どうみても駅のまわりの町なみではない。
小説の舞台は八尾市諏訪町というところになっていて、主人公が買った家もここにある。
駅前にこのあたりの地図を描いた立て看板があったので、それを見たら、諏訪町は駅から2、3キロ離れているということがわかった。
この日はくたびれていたので、とてもそこまで歩けなかった。
駅前にタクシー会社があったけど、祭りをやっているわけでもないのに、そんなものを利用するのもアホらしい。

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駅の待合室で風の盆のポスターをながめて思う。
踊り子の女性たちはみんな笠で顔をかくしている。
顔が見えないと、女性というものはひじょうに美しく見えるものである。
わたしは空想や妄想好きだからよけいそう見える。
いちど本物の風の盆を見たいけど、スリに御用心というくらいの混雑だそうだから、やはりわたしには空想して楽しむしかないみたいだ。
すると踊り子たちは美しさを通り越して官能的に思えてしまうのである。

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最近日本を訪れる外国人観光客が増えていて、金髪の美女のなかにも、和服や浴衣を着てみたいという希望者が多いそうだ。
その気持ちはわかる、よくわかる。
歩くすがたはドラムカンという女性ですら、優雅にみせてしまうのが日本の着物というものだ。
もともと日本女性はそういう体型だったんだし。

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そのうち品のいいご婦人がやってきて、待合室のかたすみに花を活け始めた。
たぶん無償のボランティアだろうけど、こういうところだけは風の盆の故郷にふさわしい。

活け花を見たあと、富山市内にもどることにした。
このていどの見聞で読書感想文をまとめられるかどうか不安だけど、そのへんは想像力を駆使し、もって生まれたでっちあげ精神をふりまわすことにする。

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富山湾/八尾駅のまわり

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富山に着くころにはもうあまり興味がなくなっていた「風の盆恋歌」ってホン。
この小説の主人公は都筑といって、新聞社の外報部長という肩書きの、しぶくてイケメンの五十男である。
彼は東京の本宅とはべつに、八尾に別宅を1軒購入し、この家を軸に話がすすむのだから、貧乏人ではない。
けっして小説の主人公にまでやきもちをやくつもりはないけど、どうもこの設定がまず好きじゃない。
この小説は、子供こそいないものの、稼ぎのいい女房がいて、なに不自由ない生活を送っている男の不倫の物語なのである。

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八尾駅で列車を下りてがっかりしたことはすでに書いた。
駅の周辺はまったく風の盆にふさわしくないところである。
それでもすこしぶらついただけで、樹木の多い傾斜地にお寺のようなものが見えたから、アテもないままそっちに舵を切ってみた。
この寺は極性寺といって、まわりは日本のどこにでもあるふつうの田舎である。
いちいち説明するほどのところでもないから、ここに貼った写真でどんなところか想像しといて。

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極性寺の本堂はなかなか古そうで、耐震補強のために鉄筋の骨組みで支えられていた。
鐘つき堂のまわりにはサクラやモクレンが咲きほこっている。
由緒ある古刹ということはわかるけど、はたして風の盆はこの寺あたりが音頭をとってやっているのだろうか。
肝心の祭りが開かれるのは9月だから、この日になにか祭りの痕跡があるわけでもなし、よそ者のわたしにはさっぱりわからない。

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小説の冒頭はじっくりとした描写が続く。
八尾という町のようすや、風の盆の祭りのようすが語られ、登場人物が徐々に姿をあらわすところなど、なかなかおもしろく読める。
このあたりだけ読んでいると、おお、これは傑作ではないかと思ってしまうくらいだ。
だがしかし、読み進めるうちこの小説は、どんどん現実ばなれした通俗的な恋愛小説に堕落していく。
不倫相手とフランスのパリでデイトしたり、最後に調子よく不治の病にとりつかれるなんて、婦女子が喜びそうな安っぽいラブロマンスのお手本みたいである。
高橋センセイ、こんどはひとつ、渡辺淳一さんみたいな小説を書いてくれませんかと編集者がささやいたんだな、きっと。

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2016年4月21日 (木)

富山湾/風の吹くまま

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ほたるいかミュージアムをたちまち見学し終えて、また富山駅にもどってきてしまった。
このあとは「風の盆恋歌」の舞台になった越中八尾まで往復するつもり。
読書感想文を書くといった手前と、せっかく富山まで来たのだから、おわら風の盆の催される土地がどんなところなのか見ておきたかった。

そのまえにレンタカーを予約しておかなければならない。
あらかじめ調べてあったトヨタレンタカーに行ってみようとして、たまたま駅のすぐとなりの駐車場に「駅まえレンタカー」の看板を見つけた。
おお、こちらのほうが手っ取り早いと、つねにお手軽な方法に傾きがちなわたしの性格を発揮して、この店でレンタカーを予約した。
車はヴィッツで、これを24時間借りて8000円ぐらい。

いったいなんのために車を借りるのか。
夜中にホタルイカを見物に行くためである。
ホタルイカの漁を見学する観光船に乗れないことがわかったので、あとは海岸でそれが押し寄せるのを見るしかない。
それが押し寄せるのは深夜から早朝にかけてなので、足がないことにはどうにもならないのである。
もしも今夜見られなかったら明日も予約を延長するつもりで、2日間せっせと通えば、いくらなんでもという悲壮な覚悟だ。

どうせ車を借りるなら、八尾駅までそれで行けばいいという人がいるかもしれない。
しかしわたしぐらい車の運転が大っキライな人間はいないのである。
というわけで、レンタカーを予約したあと、富山駅から今度は高山本線の列車に乗り換えて、ゆるゆると行くことにした。

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まだ時間は午前の11時半だった。
切符を買って駅のホームに入ろうとしたら、駅員がまだ1時間ちかくありますよという。
列車の発車時刻は12時34分だ。
仕方がないからまた富山城のあたりをぶらぶらしてきた。
もっと明確な目的をもった旅をしろという人がいるかもしれないけど、そんなきっちりした旅行はキライなわたしである。
だらしなく街をぶらついて、やっぱり疲れた。

この日は朝の8時半ごろホテルを出て、まず路面電車を体験し、つぎに富山駅から滑川まで行ってホタルイカをながめ、また富山駅に引き返して、今度は越中八尾まで往復する。
日ごろ怠惰なわたしが、たまにこうやって積極的に行動すると、時間というのは有効に使えばかなり使いでがあるものだなと思ってしまう。
部屋にひきこもって、ものを書いたり、ネットで調べものをしたりしていると、3時間、4時間はあっという間なのに、外へ出て動きまわると、同じ時間でずいぶんいろんなことができるものだ。
ひきこもりというのは、時間をムダにしている人のことをいうのではないか。

ローカル線の旅は楽しい。
東京とちがって車内はがらがらだし、べつに沿線に見るべきものがあるわけでもなくても、やはり楽しい。
このあたりでこそ、チューリップ畑が見られるのではないかと期待したけど、まわりは平凡な田園地帯で、あいかわらずチューリップのチの字もない。
怒るぞ、ホンマ。

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富山駅から越中八尾駅までは、駅にして5つ目で、時間はせいぜい20分ぐらいだ。
下りホームと上りホームを結ぶ跨線橋を渡っているとき、この駅にはふだん使われていないもうひとつの跨線橋があるのに気がついた。
これは9月の風の盆のときに、押し寄せる観光客を東側の駐車場に誘導するためのものらしい。
祭りの当日は、まあ、たいそうな混雑になるようだけど、この日のこの時間に八尾駅で下車した観光客はわたしだけだった。

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駅まえに立ってまわりをながめる。
小説では坂の多い町と書いてあるのに、駅前には平坦な道路がはしっていて、とても風の盆にふさわしい情緒ゆたかな町のようではなかった。
がっかりしたけど、せっかく来たんだからというわけで、そのへんをぶらぶらしてみた。

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2016年4月20日 (水)

富山湾/光るもの

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海で光るのはホタルイカだけじゃない。
わたしはむかし、自衛隊の艦船に乗り組んでいて、夜光虫のもっともにぎやかな季節に、夜の海を航海したことがある。
うねりの中に艦がへさきをつっこむと、波がくだけて雨のように降りそそぐ。
そんなしぶきの中に夜光虫が無数にきらめいて、溶接工の作業現場にいるような壮絶な光景になる。
砲塔のわきを小さな光が流れて落ちるのを、わたしは正体を確かめようとして、目をこらして見つめていたものである。

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ほかにも、たとえば深海魚やクラゲの仲間にも発光するものがいる。
条件さえよければ、海は満天の星空のように輝くことがあるのだ。
そんなある晩、わたしは海面下数メートルのところを、さし渡し1メートルもあるぼんやりとした光がただよっていくのを見た。
あれはたぶん巨大なクラゲだったのだろう。
人類が省エネなんてものに関心をもつよりはるかむかしから、生きものたちはLED照明のような、熱をもたない発光システムを実用化していたのだ。

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ミュージアムのある場所に、ホタルイカにさわれるというコーナーがあった。
小さな水槽に生きたホタルイカが数匹。
実物の大きさはせいぜい人間の小指ぐらいで、 生きているときは体全体が半透明で可愛らしい。
わたしもなでなでしてきたけど、おもしろいのはその程度。
あとは大きな写真パネルや、発光のしくみなどを描いた解説図などが多くて、水族館にしては展示されている生きものも少ないし、見て楽しいものは多くない。
水槽の中に大きな越前ガニや、ヤリイカがいたけど、こちらは料亭でお目にかかるほうがいい。

ここに載せた写真はすべてネットより。

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このあたりではホタルイカの身投げは見られないんですかと係りに聞くと、ミュージアムのうしろの海はコンクリートの岸壁ですからね。
こういうところじゃ身投げはありませんよという。
富山市の◯◯海岸あたりは砂浜ですから、今夜は大勢出るでしょう。
この場合の出るというのは、イカではなく、それをつかまえようという人間のことだそうだ。
ホタルイカの身投げは新月の晩に発生するすることか多く、この晩がちょうどそれに当たっているとのこと。
新月というのは月の光がいちばん弱くなるときだから、光を頼って行動するホタルイカは、目標を失って陸に乗り上げるんだろうという説もあるらしい。
ホントかウソか、 イカに聞いたわけじゃないからわからないけど、産卵などの時期を月の干満に左右される動物は多い。

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写真やパネルをつまらない顔をしてながめていると、若い娘が親しそうに話しかけてきた。
わたしの魅力に惹かれるはずはないと覚悟していたものの、彼女の実体は、職務としてわたしに写真入りのカードを作らせようという、仕事熱心な写真屋の娘だった。
お父さんも1枚どうですかって。
そういう言い方に傷つくおじさんもいるんだけどね。
もちろんカードなんか作らなかった。

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2016年4月19日 (火)

富山湾/ほたるいかミュージアム

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駅からまっすぐ歩いた突き当たりは「はまなす公園」という公園で、そのうしろはすぐに富山湾である。
「ほたるいかミュージアム」は公園のとなりにあった。

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ミュージアムに行くまえに、はまなす公園の岸壁から海をながめた。
ひょっとすると、この前夜にもホタルイカの身投げがあって、打ち上げられたイカの姿が見られるかもしれない。
ここで説明しておくと、「ホタルイカの身投げ」というのは、夜間におびただしいホタルイカが海岸に殺到して打ち上げられるという、この季節の富山湾だけで見られるめずらしい現象である。
わたしの今回の旅の目的もそれを見ることだったのだ。

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残念ながらこの日のこの海岸には、1匹のホタルイカも打ち上げられていなかった。
水はきれいで、波消しブロックについた海藻が、ゆらゆらと波に身をまかせているだけだった。
岸から近いところにカモメならぬ、カモが群れていた。
平和でいいけど、退屈なところだ。

退屈なのももっともで、まだ開館して間もないこの時間には、ほたるいかミュージアムの見学者はほとんどいなかった。
沖縄の美ら海水族館のように、やはりこういうところは見学者が大勢いないと寂しいものだ。
受付の娘にいつもこんなものですかと訊くと、いまは学生さんの春休みが終わったばかりなのでとかなんとか。
駐車場は広いから混雑する日もあるってことらしい。

ミュージアムの売店に、ホタルイカ観光船の申し込みはこちらという表示が出ていた。
観光船は満席のはずだけど、ひょっとすると別の船という可能性もある。
念のため聞いてみたら、やはりいっぱいで乗れませんという。
漁船が出ていってホタルイカの網を上げる、そしてそれを見物できるのは1カ所だけで、観光船もせいぜい1隻か2隻しか出ていないらしい。
来年は3月から申し込みを受け付けてますだって。
こちとら来年まで生きているかも定かじゃない男だけどねえ。

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がっかりしてミュージアムに行ってみる。
4番目の写真にある円形の屋根をもった建物がミュージアムで、となりは売店、塗装がはげている5番目の写真はミュージアムの壁面だ。

ここでの見ものはやはりホタルイカである。
のそのそと入っていくと案内係が、いまちょうどホタルイカのショーが始まるところですという。
彼女にせかされて入った部屋は、階段状になったホールのまん中に、2×3メートルほどの生簀がこしらえてあって、その中に2、30匹のホタルイカが泳いでいた。
生簀の底に魚網がしいてある。
部屋をまっ暗にして両側から網をそうっとたくし上げると、生簀のホタルイカはその刺激でチカチカと美しい燐光を放つ。
これはたしかに美しい。

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わたしはカメラを取り出そうとして、撮影はダメですといわれてしまった。
ストロボなんか焚く気はなかったんだけど、たとえOKだったとしても、この場で写真に収められたかどうか自信がない。
そのくらい小さな光なのだ。
YouTubeにホタルイカの発光ショーをとらえた映像もアップされているけど、それを見てもあまりよくわからないくらいだ。

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富山湾/あいの風とやま鉄道

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路面電車に乗ってみたあと、富山駅にたどりついたのが朝の8時半ごろ。
ここからほたるいかミュージアムのある滑川市まで、「あいの風とやま鉄道」という第三セクター鉄道に乗る。
こういう名前がいいかわるいかしらないけど、ちょっと調べてみたら、けっこう変わった名前の鉄道はあるもんだ。
「道南いさり火鉄道」から始まって、「いわて銀河鉄道」、「えちごトキめき鉄道」、「くりはら田園鉄道」、「四日市あすなろう鉄道」、「北近畿タンゴ鉄道」、「肥薩おれんじ鉄道」など、旅行雑誌をこわきにかかえて旅をする、青少年子女を狙い撃ちしたような名称の鉄道が。
ひねたおじさんにはピンと来ないけど。

ホームに行ってみたら、発車まで15分ぐらいだった。
車内はがらがらだったけど、ローカル線の通勤・通学時間帯らしく、発車まぎわに学生やサラリーマンがぞろぞろと乗り込んできた。
いちばん前の座席に座ってながめると、運転席のすぐうしろに、カメラをかかえて立ったままの中年男性がいる。
こういうのは、“撮り鉄” と呼ばれる鉄道マニアらしい。
わたしにもそういう傾向があるけれど、旅行のついでに写真を撮ることはあっても、わざわざそのために旅行はしない。

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車両自体は路面電車にくらべるとおもしろくもおかしくもないものだけど、乗車するときドアのわきに、これを押してドアを開けてくださいという、大きなボタンがあるのに気がついた。
これは寒冷地によくある方式で、冬の寒いときにドアを開けっ放しでは、車内の暖気がみんな逃げてしまうから、必要なとき以外はドアを開けなくてもすむようになっているのである。
この日の富山はドアを開けっ放しで走ってもらいたいような暖かい日。

走り出してまもなく、列車は広々とした農村地帯をゆく。
雪をいただいた立山連峰が田んぼの向こうに霞んでいて、のんびり列車で旅をするのにふさわしい日である。

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富山県はチューリップの栽培で有名なところだ。
時期的にはすこし早いけど、このときもどこかでカラフルなお花畑を見られるのではないかと期待していた。
ところがそんなものはいちども見なかった。
見ないといったらほんとうにぜんぜん見ない。
東京から富山に来るときも、あとでレンタカーを借りてあちこち走りまわったときも、まったく見なかった。
ずっとむかし、北海道の富良野に行ったとき、ラベンダー畑が村のほんの一画にしかないのを見てがっかりしたことがあるけど、富山のチューリップもそんなものかしらね。

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滑川までは駅数にして3つぐらいのものだ。
到着した駅は、駅前にホタルイカの看板があるくらいで、べつになんのへんてつもないローカル線の駅という感じだった。
駅のロータリーにタクシーが数台。
ロータリーから海に向かって直線道路がのびているけど、まわりは商店街というわけでもなく、ホント、個性もヘチマもないさっぱりとした通りだった。
5、600メートル先のつきあたりに公園のようなものが見えるので、そこまで歩くことにした。

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2016年4月18日 (月)

富山湾/路面電車

朝になった。
朝食はホテルで、といってもわたしの宿泊代は食事なしのものだから、かねてよりの予定どおり、追加料金を払って食べさせてもらうことにした。
これが1050円。
バイキング形式の食事で、メニューは多いからふつうの人には高くない。
少食で、納豆と焼いた魚があれば満足するわたしには高い。
食事をホテルで取るのはこのときだけにした。

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この日は富山駅から第三セクターの列車で、滑川市にある「ほたるいかミュージアム」に行く予定だけど、そのまえにホテルのすぐまえを走っている路面電車に乗ってみることにした。
路線図を調べると、駅を起点とした循環線も通っているようなので、そのまま乗っていれば駅に行けるではないか。
駅までの道はわかっているのだから、今度は遠まわりをしてみようと、駅と反対方向の電車にやみくもに乗り込んだ。
まったく知らない乗り物だから、料金の払い方もわからなかったけど、近くの女子高生に尋ねたら、下車するときに200円を払うのだそうだ。

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路面電車というと、わたしはトルコのイスタンブールで乗ったトラムを思い出す。
気軽に乗れて、排気ガスも出さず、なにより街の景観に独特の情感をかもしだす路面電車は、わたしもつい子供ごころにもどってしまったくらい、ひじょうに夢と個性にあふれた乗り物なので、もっともっと大都市で活用されてほしいくらい。

ネットで調べると、富山市の路面電車はポートラム、セントラム、サントラムというふうに、運営会社によってさまざまな名称があるのだそうだ。
現在でも新型車両が開発、投入されていて、中には3両連結なんてのもあるらしい。
富山市の住人は幸せだなあと思いかけたけど、朝の通勤時間帯の市民は、あまり幸せそうではなかった。
仕事がキライなのはわたしだけじゃないんだね。

添付した写真は新旧の路面電車がごちゃまぜ。

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料金の払い方もわかったし、安心して3つか4つ目の停車場で、運転手に、これは循環線ですよねと訊いてみた。
違いますよという。
仕方ないからそこで下車して、反対側の乗り場からいまきた道を引き返す。
バカなことをしているみたいだけど、時間はありすぎるくらいあるのだ。
おかげでわかったことは、行きの電車は新しい型で乗り心地がいいけど、帰りに乗ったのはレトロな電車で、つり革がいっせいになびくほど横ゆれした。

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2016年4月17日 (日)

富山湾/思案

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さて思案。
もしもホタルイカ観光船に空席があるなら、この晩はそれに乗るつもりだったけど、あいにく満席ですと断られてしまった。
ホタルイカを見るためには自分で海岸まで行くしかない。
ホテルから海岸までは10キロ以上あって、とても徒歩で行ける距離ではないし、深夜なので交通の便はタクシーぐらいしかない。
しかし、出るか出ないか、出没する時間もわからない相手にタクシーは不経済だ。

で、レンタカーを借りるつもりでいた。
上記のように不確実な相手を見るためだから、車は安ければ安いほどいい。
かたっぱしからレンタカー会社に電話してみたら、1軒だけ軽四輪が空いているという店があった。
ほかの店はみんな、最低でもヴィッツ・クラスしか空いてませんという。
軽とヴィッツでは料金が倍くらいちがうのである。

ところが軽が空いているという店は郊外にあって、そこまでタクシーを使って行くのも大変ですしねえと、これは店のほうから心配されてしまった。
路面電車を乗り継いで近くまで行けないかと調べてみたけど、いちばん近い市電の駅までもけっこうある。
バス路線になると、これは調べてもわかりっこない。
だいたいそこまでやって軽にこだわっても仕方がない。

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この日のわたしは早朝の4時ごろから起き出し、6時には池袋に向かい、7時20分のバスに乗り、6時間半かけて富山にやってきて、そのあと富山市内をうろついて、やっとホテルにもどってきたところだ。
早めに寝るつもりだけど、はたして夜中に起きられるのか。
ヘタして寝過ごしたら、せっかく借りたレンタカーはフイになってしまう。

なに、ホタルイカの見物は明日かあさっての夜でもいんだからと考えて、この日のレンタカーはあきらめた。
あきらめてどうしたかというと、これはやっぱり寝るしかない。
すると夜中に起き出して、またカップラーメンを食い、ビールを飲み、タブレットを使うしかないのである。
ふだんの日常を富山まで持ち込むってのがわたしのわるいクセだな。

添付した写真は、富山市の個人タクシー(なぜかデンデン虫マークが多いね)と、街で見かけたレンタサイクル(らしい)。

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2016年4月16日 (土)

富山湾/城と駅

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部屋に荷物を放り出して、さっそく市内見物に出かけてみた。
まず到着したときに見たお城に行ってみた。
マンテンホテルから城までは、サクラ並木のある堀づたいに行けばよい。
堀のふちに遊歩道が作られていて、この時期はサクラ見物をしている市民や学生アベックなどが多く、箱型の遊覧船もたくさんの観光客を乗せて堀を上下していた。

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近くまで行ってみて、なんだか中途半端な城だなと思った。
立派な天守閣を備えているけど、建物はま新しい感じがして、石垣が本物らしくない。
一部に古い石垣が残っているみたいだけど、石垣を構成する岩が新旧まだらになっていて、コンクリートのかたまりを割って造った、人工の岩みたいなところもある。
屋根の瓦にかっての城主の紋章が刻まれていて、それは加賀前田藩の梅鉢紋だったから、城と前田氏の関係もわかりそうである。

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夜になってからウィキペディアで調べたところによると、城の建物は明治時代に焼失、あるいは解体され、1954年に鉄筋コンクリートで再建されたものだそうだ。
54年というと、まだ戦後の焼け跡からようやく復興が始まったころでしょ。
そんなに古いようには見えないけどな。
現在は郷土博物館や美術館のある近代的な公園になっているから、遺跡としての価値はあまりありそうにない。
地下には駐車場まであるのだ。
むかしの城にそんなもんあったか。

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城からこんどは富山駅に行ってみた。
北陸新幹線が開通して、駅舎もたいそう立派になったようだ。
越後湯沢のように現地の産物をまとめて見られる、規模の大きい駅中ショッピングモールがあるかと期待したけど、もうすこしこじんまりしたものしかなかった。
もっともこの街には駅のとなりに大きなデパートがある。
スターバックスもある。

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おもしろいのは路面電車の軌道が駅舎のなかにまで引き込まれ、駅のなかに始発駅があることだった。
近くでながめていると、ひっきりなしに路面電車が出入りしている。
もともとどっちが前だかわからない乗り物なので、頭から入っていった電車は、なかでスイッチバックをして、お尻から出てくる。
都電が廃止されて(1本だけ残っている)ひさしい東京都民のわたしには、めずらしくも楽しい光景だった。
あとで用事もないのに乗ってみたから、乗り心地こはそのときに。

北陸新幹線と路面電車以外に、富山駅は「あいの風とやま鉄道線」と「高山本線」のふたつの鉄道の駅になっている。
わたしはべつに鉄道ファンじゃないけど、これもあとで両方に乗ってみたから、どんなものかはそのときに。

この日は駅で立ち食いソバを食べてホテルにもどることにした。
「立山そば」という店で、ソバは汁が透明だった。
味的には変わらないけど、そうか、ここは関西圏なんだなと思う。

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2016年4月15日 (金)

富山湾/ホテル

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この晩のホテルは、駅から徒歩10分あまりの、べつにけなすわけじゃないから名前を挙げると、「マンテンホテル富山」というところである。
なんのそのくらい歩くさというわけで、まだまだ若者の(つもりの)わたしは駅前まえのタクシーを無視し、荷物をごろごろとひきずって歩いた。
3泊4日ていどの旅行だけど、ひょっとすると夜中に漁船で富山湾に繰り出すかもしれないから、わたしは厚手のセーターやネックウォーマーなど、最強のロシア装備をバッグに詰め込んできたのだ。

マンテンホテルは、いちおうビジネスホテルということになっている。
料金は1泊が(わたしの場合旅行サイトのクーポンが使えたので)6000円ぐらいで済んだから、いまどき格安のホテルといっていいだろう。
もっともこれは食事がいっさいなしの料金だ。
ひょっとすると夜中に出かけるかもしれないわたしは、翌朝は昼まで寝ているかもしれない。
すると朝食は食いそびれる可能性があるから、あえて食事なしのコースを選んだのである。
もちろん、たまたま早起きして朝食に間に合った場合は、フロントで食事代を払えばすむ。

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道順はまる暗記してあったから、ホテルはすぐにわかった。
11階まである大きな高層ビルで、ホテルのすぐわきまで、富山城の堀割りが続き、満開のサクラ並木も続いていた。

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ビジネスホテルはほかにもあるけど、マンテンホテルの売りモノは、最上階にある展望風呂だ。
若いうちならシャワーだけでもいいかも知れないけど、年寄りになると、風呂のあるなしは、疲れをとるのに効果が絶大なのである。
明るいうちに風呂に入ってみたけど、ここから雪をいただいた立山連峰が遠望できて、眺めはなかなかのものだった。
視野の中にこちらより高いマンションが三つぐらいある。
そこからこちらの女性風呂をのぞいたら、さぞかしいい眺めだろうと思ったけど、風呂場のガラスは外から内側が見えないものだそうだ。

とにもかくにも、ホテルは本物の観光ホテルといっても遜色のないものだった。
フロントもちゃんとしたものがあるし、1階には喫茶店もある。
3機あるエレベーターのあたりには、家族連れ、アベック、外国人らしい観光客もうろうろしていたから、ビジネスマンだけの専用ホテルではない。
わたしの部屋はむろん刑務所の独房なみにせまかったけど、バストイレつきで、テレビもデスクも冷蔵庫も、そして無線LANもあるのだ。
これ以上人間に必要なものってあるだろうか。
このスペースを人間ひとり分の最小単位として、世界中のすべての人がこれで満足するようになれば、格差なんてものはとっくに解消してるんじゃあるまいか。

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2016年4月14日 (木)

富山湾/到着

ここんところブログの右コーナーが表示されなくなっちゃって、原因がわからないんだけど、こういうことはパソコンではよくある。
ほっとけばそのうち治るだろうと、そのまにしてあります。
どうしてもこれまで通りのブログにしたい人は、画面をスクロールしていって、下のほうにあるカテゴリーの中のどれかをクリックするともとにもどります。
いろいろいじったついでに、タイトルとプロフィール画像だけは少し手直ししました。

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さて、バスは富山市に到着した。
このころには空はすっかり晴れていい天気になっていた。

バスが停まったから下車した。
荷物をかかえて、駅はあっちですかと運転手に尋ねてみる。
ここはまだ駅じゃありませんよという返事である。
じつは高速バスは、駅に行くまえに何カ所かの停留所に寄っていくのだった。
その説明もあったかも知れないけど、ずっとiPodで音楽を聴いていたわたしには聴こえるわけがなかったのだ。

ふたたび車中にもどったあと、駅に向かうバスは富山城のわきを通る。
なんだなんだと思う。
あらかじめの調査魔であるわたしも、富山市にこんな城があるなんてまったく知らなかった。
車の中から見るとなかなか立派な城ではないか。

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越中というと、殿様は誰だっけと考える。
加賀の前田氏が有名だけど、あれはどっちかというとおとなりの金沢でしょ、こんなところに城を造ったっけか。
こういうときに便利なのはウィキペディアだ。
調べてみると前田氏の分家としてけっこう由緒のある城らしかったけど、明治時代に解体されてそのままとかなんとか。
いずれにしても名城として語られるほどの城ではなかったようだし、わたしが知らなかったとしても、歴史のシロートだもんでと謝ればすむていどのお城らしかった。

城のかたわらに堀割りがあって、両岸に満開のサクラが咲きほこり、大勢の観光客でにぎわっている。
堀のなかには遊覧船まで上下していた。
いい時期にいいところに来たなと思う。

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駅まえでバスを降りるときには、今度はこの街では路面電車がたくさん走っているということに気がついた。
箱型のレトロな電車から、ナマコみたいな新しい電車まで、さまざまにボディペインティングされた路面電車が現役で働いていた。
のんびりしていておもしろいところだなと思う。

おいおいわかってくるけど、そう思ったのは最初だけだった。

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2016年4月13日 (水)

富山湾/車窓より

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東京を出るときは雨もようだった。
車窓から関東地方北部の田園地帯をながめる。
わたしはこの地方の出身だけど、あらためて雨の日の田舎道を見て、胸がしめつけられるような気持ちになった。
農家のわきの、なんてことのない農道までが舗装され、雨にぬれている。
それだけの景色が、窓ガラスごしにながめる遠い日の思い出のようだった。
こうやって故郷や思い出を大切にするくせに、現実のわたしは、それに後ろ足で砂をかけるようなことばかりしているのである。
どうしてあんなにひねくれてしまったのだろうと、親戚中から陰口をたたかれているんじゃないだろうか。
忸怩。

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バスは快適である。
座席は横3列で足もとのスペースはゆったり、しかもジグザグに配置されているから、となりの客をあまり気にしないですむ。
運転手は2人が交互に運転するので、どこかの観光バスみたいに山道から転落することもなさそう。
あるんじゃないかと探してみたら、ちゃんと100ボルトのコンセントもあった。
これでUSB端子と無線LANがあればいうことなしなんだけどネ。

雨は長野県に入ったころ止んだ。
左下に佐久平の市街地をながめつつ、バスは正面の山に向かって突進する。
このままではぶつかると思っていると、すっとトンネルに突入だ。
先進国で、しかも山の多い日本では、トンネル掘削の技術がやたらに発達したらしく、じゃまするものはみんなブチ抜いてしまえという発想。
帰りに乗った新幹線もこの技術を遺憾なく発揮していた。
最近読んだネット記事では、ロシアや韓国とつなぐトンネルが話題になっていたけど、いまの日本の技術なら費用と政治的な問題さえ解決すれば、いつでも大陸と地続きにすることは可能なんじゃないか。
山や海が障害にならないのだから、日本の交通網は向かうところ敵なしだ。

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上越インターチェンジで北陸自動車道と合流し、ここから右手に日本海を見ながら走る。
このころには天候は回復のきざしで、バスは日本では普遍的な景色になっている、おだやかで豊かさを感じる農村地帯を走る。
わたしは北陸の郷土色というものを探したけど、このあたりの農家にそんなものを見つけるのはむずかしい。
釉薬をかけて焼かれた黒い瓦屋根がテラテラと輝いているのと、家の背後に関東地方の農家のような防風林が備わってないことぐらいか。
田舎でも大半の建物は、やっぱりグローバル化されたプレハブ住宅が多いようだった。

畑の作物にもとりたてて変わったものは見られない。
水田の中にはそろそろ水が張られたものもあった。
もしかすると見られるんじゃないかと期待していたチューリップ畑なんぞ、この旅でただのいちども見なかった。

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そのかわり(この日は4月5日)サクラがどこでも満開だった。
入善あたりで見た川岸のサクラ並木は、立山連峰を背景にしているということで、ネット上のどこかのサイトで日本の美として紹介されてたような気がする。
あとでここまで写真を撮りに来ようかと思う。

東京からずっと景色をながめて一睡もしなかったわたしだけど、このあたりで右側の海上に青い陸地が横たわっているのに気がついた。
これは能登半島にちがいない。

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2016年4月12日 (火)

富山湾/旅立ち

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今日の新聞も突っ込みどころは多いけど、富山の報告を片付けないとゴールデンウィークが始まってしまう。
で、紀行記の1回目。
ヘタな文章でも 、こういうことを書いていると、自分もいっぱしの作家になったみたいでタノシイし、ボケ防止にもなっとるのだ。
 
富山までは高速バスを使うことにした。
これだと東京から富山まで5000円で、列車や飛行機よりもずっと安い。
欠点は時間が6時間半もかかることだけど、時間に追われるビジネスマンならいざしらず、わたしみたいにのんびりした旅を好む人間には問題ないのである。
 
最近は高速道路が四通八達してわかりにくいので、いい機会だから整理をしてみた。
東京から北陸へ行くドライバーは、たいてい「関越自動車道」か「上信越自動車道」を利用するだろう。
関越道というのは東京の練馬からスタートして、日本海に近い新潟の長岡で北陸自動車道とつながるところまでをいい、上信越道は群馬県で関越道と分かれたところからスタートして、長野市をへて、上越市の上越教育大キャンパス付近で北陸道とつながるところまでをいう。
 
ちょっと距離は長くなるけど、長野までは「中央高速道」から「長野自動車道」を乗りついで行くこともできる。
長野道というのは、諏訪湖のそばで中央道と分かれたところからスタートして、長野市の手前で千曲川を渡り、日本梱包運輸倉庫のそばで上信越道と合流するところまで。
 
こんな説明をしたって、地図がなければわかりにくいけど、今回のわたしはじっさいにそれをなぞるわけだから、なんにもわからずに行くよりはマシ。
 
自分で車を運転するなら、ウチのすぐ近所にインターがある中央高速ブラス長野道のコースを使うけど、わたしの乗った高速バスは、当然のように上信越道を使った。
このコースは軽井沢や小諸を経由していくけど、そのあたりはわたしは過去に何度も通ったことのある道である。
 
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本格的な紀行記に入るまえにまたわたしのドジを報告しておこう。
わたしは気ままな旅を愛する旅人だから、あらかじめ予約だとかチケットの購入をするのもキライ。
そのわりにはよく下調べをするといわれそう。
でも調べることも旅の一部だし、自由気ままをつらぬくためにも、丁寧な調査は欠かせないのである。
 
今回は、さすがに宿と行きのバスだけはあらかじめ予約したけど、それ以外はぜんぶ行き当たりバッタリでいくことにした。
利用するつもりのレンタカーだって、行ってから探せばいいやってなもん。
それでも心配になって、ホタルイカ観光船の予約だけはしてみることにした。
心配になったのが出発のまえの日の夕方だから、遅いといえば遅いんだけど。
 
わたしが行くのは平日だ。
平日が混雑していたら土日はどうなるんだと、わたしはどうも安易な考えにとらわれていたようだ。
 
観光船の予約状況を確認してみると、来月までほとんどふさがっているじゃないの。
日本にはヒマな人が多いんだねえ。
キャンセル待ちの少ない日はこの日とこの日なんていわれても困ります。
どうやら観光船には乗れない予定。
すると浜辺でホタルイカの出現を待つしかない。
もうこの時点で、今回の旅の目的がどこへ迷走するかわからなくなっていた。
期待した人にはもうしわけないけど、わたしのブログにはこういうことが多いのです。

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2016年4月11日 (月)

サクラ

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ネットニュースを見ていたら、サクラの起源はウチであると中国や韓国が主張しているそうだ。
でも谷崎潤一郎の「少将滋幹の母」なんて本を読むと、平安時代にもうサクラが出てくる。
そんなむかしからあったものなら、いまさら起源がどうのといっても仕方ないでしょ。
あ、そうか、この小説は昭和に書かれたものだったっけ。
ホントにサクラは平安時代からあったのか。

そう思ったけど、やっぱりなんでもいい、どうでもいいやという結論。
ヤマザクラなんかどこの馬の骨かわからんけど、少なくともいちばん肝心なソメイヨシノだけは日本産の突然変異であることはまちがいない。
そもそもソメイヨシノの染井というのは、はじめてこの品種を開発した江戸の染井村にちなんでいる。
たまたま染井村のゴミ捨て場で発見された品種であるなんて記事を、どこかで読んだ記憶もある。
それはともかく、これは誰でも知っている事実なので、いまさらわたしが自分の知識をひけらかそうって気はぜんぜんない。

サクラを愛でる伝統のなかった中国や韓国が、いまごろになってそんな主張をするのはケシカランと思ったら、このニュースの発信源は産経新聞だった。
朝日新聞と対極にあって、やはりわたしが眉にツバつけて読まなくちゃいけないと考えている新聞である。
みなさんもニュースを読むときは、発信源に注目を。

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2016年4月10日 (日)

今年も

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また今年もコイノボリが上がった。
するとレンゲやニリンソウが咲くのも例年のこと。
こういうありふれた生き方こそ、すべての生き物が何万年も繰り返してきた偉大なるマンネリなのかも。
それに反旗をひるがえすわたしはいったい何者なのか。

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2016年4月 9日 (土)

いいわけ

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富山からもどってきたけど、まだ新聞を止めてあるし、旅の記録を整理中なので、ブログに書くことがなにもありません。
写真は、富山で食べた和食のおまけの、日本酒飲み比べ三点セット。
タブレットによる撮影。

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2016年4月 8日 (金)

From 富山湾 04

ああ、つかれた。
たいしたことはしてないのに疲れた。
よく寝たつもりなのに疲れた。
今日はホテルをチェックアウトしたあと、そのまま新幹線で東京まで直行だ。
やっぱりじいさんだな。

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2016年4月 7日 (木)

From 富山湾 03

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3日目は雨だ。
しかも風も強い。
こんな日にホタルイカが出没するなんて聞いたことがない。
ヤケクソでいまスターバックスのコーヒーを飲んでる。

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2016年4月 6日 (水)

From 富山湾 02

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今日食べたもの。
いちばん右はホタルイカで、見えないけど、このさらに右に手むきシロエビがあり。
味は、東京のふつうの回転寿司と同じくらい。
このあとべつに注文したウニが美味しかった。

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2016年4月 5日 (火)

From 富山湾 01

自由気ままを愛するがゆえに、また失敗。
いえいえ、富山はとってもステキな街でしたよ。
東京を出たころ降っていた雨もあがって、とても暖かい日になり、サクラも満開だし、立山連峰をのぞむホテルの展望風呂は最高だし、Wi-Fiもちゃんとあったし、いうことはないはずなのに、ああ!
ただいま目的が迷走中。
帰京したら報告しますけど、またみんなに笑われそう。

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2016年4月 4日 (月)

富山湾/旅立ち前夜

明日から4〜5日ブログの予定が立ちません。
富山までホタルイカの見物に行ってきますんで。
いちおう無線LANのある宿を予約したんだけど、フロントのすぐ上に行かないとダメだとか、雨が降ってるからアカンとか、あてにならないこともよくあります。
イカだって、あちらにもいろいろ都合があるんじゃないか。
首尾よくいくかどうかは運まかせの旅です。

往路は高速バスにしたけど、富山市まで、東京から6時間半かかる。
若けりゃこのくらいなんてことのない時間だ。
しかし棺桶に片足つっこんだいまのわたしにはきついかも。
むかし中国内陸部の武威から蘭州まで、9時間も路線バスで旅したことがあり、あれもかなりきつかったけど、当時はまだ若くて好奇心旺盛だったからなあ。

でも、ものを考える時間がたっぷりあると考えればいいわけか。
もともと景色をながめている、それもこっちはどっしり座って、景色の方が流れていくという状況が好きなので、たぶんあまり苦にはならないんじゃないか。
バスの中でまたブログ記事でもひねっていればいいんだし。
ああ、だんだん部屋にひきこもっている状態に似てきた。

ところでわたしは富山に行ったことがあったっけ?
記憶をたどってみたけど、上越市から富山市にかけての海岸線はとんと記憶にない。
そっち方面ではっきりおぼえているのは、ずうっとむかし、白馬に登るためと、スキーをするために栂池あたりまで行ったことぐらい、そして4年前に岐阜県側から白山に行ったぐらいだ。
このあたりの日本海を見たような気がするのは、写真や映像で見た景色がごちゃまぜになってるのか、あるいは若いころ読んだ詩が勝手なイメージをふくらませちゃっているのか、どうにもはっきりしない。

富山を通り越して金沢は、これも京都方面から行ったことがあるような、ないような。
兼六園を見たことがあるような、ないような。
福井なら27年前にいちど行ってるけど、これはわたしの友人がそっち方面の山中で排ガス心中をしたためで、あまり楽しい思い出じゃない。

おまえ、認知症じゃないかといわれてしまいそうだけど、どうしてこんなことになるのか。
若いころのわたしは、旅行としてではなく、たとえばトラックを運転したり、陸送のバイトをしたりして、日本中を走りまわっていた。
そんなとき、ついでにあちこち立ち寄ったから、行った場所だけはやたらに多いのである。
しかももって生まれた空想好きがたたって、つねに中空を見つめたまま、ぼんやりと旅行のことばかり考えているから、現実と虚構の区別がつかなくなっているらしい。

困ったもんだけど、今回だけは忘れようがない。
残り少ない人生の節目を飾る旅で、青春時代の記憶と異なり、それをおぼえておかなければならない時間は、もうたいして多くないのだ。
今回も文学散歩をかねて、例の高橋治さんの「風の盆恋歌」って本をバッグの中にぶち込んだ。
すでに目を通して、いい印象を受けなかったから、この本の読者であるうら若き乙女や、不倫願望の有閑マダムを傷つけるのではないかと心配だけど、読書の感想も併せて書いていくことにする。

というわけで、ホタルイカを見るための富山の旅の開始です。
御用とお急ぎでない方だけ、寄っといで。

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2016年4月 3日 (日)

辞典不要論

朝早く起きて新聞を読む。
エライと思われても困る。
そのぶん昼間はたっぷり寝ているので、近所からナニをしてるのかと不審に思われているみたい。

今朝の新聞の投書欄に、74歳のおじさんさんの投書が載っていた。
「厚くならないで、カタカナ語辞典」というもので、ようするに昨今のようにカタカナ語が氾濫する時代にあっては、辞典を買い換えてもすぐにまた新しい言葉が登場して、せっかく買った辞典が古くなってしまう。
これ以上いたずらにページを増やさないでというものだった。

投書氏の74歳という年齢を考えると、パソコンを使ったことがないのかなと思ったけど、文章の中に、ITの時代だ、辞典でなくても用は足りるという文言がある。
現在は辞書や辞典がなくても、グーグルやウィキペディアがあれば、ありとあらゆる疑問に対処でき、しかもそれは日々これ更新されているから、新しい言葉が登場しても即対応できる時代だ。
この人もそのことはちゃんと心得ているらしい。

ページをめくる楽しみは捨てがたいとこの人はいう。
しかし、どうせなら、もうすこしパソコンを追求してみたらどうだろう。
わたしもページをめくる楽しさゆえに、いまだにタブレットで本を読もうという気になれないけど、ものごとを調べるためには、とっくにITに白旗を上げた。
クリックひとつで、つぎからつぎへと関連項目にジャンプできる楽しさは、紙の辞書ではとうてい味わえないことなのである。

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2016年4月 2日 (土)

オーサ

今日からウチの新聞の紙面ががらりと変わった。
斜陽産業の新聞社だから、さぞかし節約ムードじゃないかと心配したけど、本紙面のほうはそれほどでもない。

いちばん変わったのは、土曜日についてくるbeというおまけの紙面かもしれない。
ここに載っていた山科けいすけさんのマンガが終わったのが残念。
その代わりといっていいのかどうか、今日のbe面には、2011年にスウェーデンから来日して、日本で活躍しているオーサ・イェークストロムという美人マンガ家の記事が大きく扱われていた。

わたしが初めて彼女を見たのは、有名なユーチューバーのシャーラって女の子に紹介されている映像だったけど、恥ずかしそうにうつむいて、ときどきちらっちらっとと上目づかいにシャーラを見るところがいかにもネクラそう。
日本のマンガ家をこころざした彼女は、まずいちばん目立つ個性を模擬したらしい。
でもその後有名になって自信がついたのか、最近の彼女は受け応えも堂々として、ネクラらしくなくなり、誰が教えたのか、ファッションのセンスもずば抜けて、北欧の美女ぶりがいよいよきわだってきた。

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最近の京都では和服を着た外国人が多いそうである。
今日のウチの新聞も、オーサに舞妓の衣装を着せるって、日本のマスコミは有名人女子を見つけると、すぐに着せ替え人形にしてしまう。
それもこれも彼女が美人のせい。
やっぱりカワイ子ちゃんは得である、とは思わない。
わたしはマンガ家の苦労も知ってるけど、売れっ子になると、大半の時間はねじり鉢巻きで机に向かう孤独な作業なのだ。
しかも彼女は、寝不足だとおばあさん顔に見えるといって、いちにち8時間以上寝るらしい。
そんな彼女に、グラビアに付き合う時間があるほうが不思議なくらい。

もっと連載を続けてほしいけど、オーサの登場は今日と来週の2回だけらしいのが残念。

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2016年4月 1日 (金)

挿し絵

今日から連載が始まった「吾輩は猫である」の第1回目を読んだ。
案の定、わたしが熱望していた中村不折や浅井忠の挿絵は載ってなかった。
これは考えてみれば当然なのだ。

発表された当時の「猫」は、そうとうの分量のある小説を、雑誌に11回に分けて掲載したものである。
かりに1回に挿絵が3つついていたとしても、全部で33個あれば足りるということになる。
それを今回は、その第1回だけでさえ8話か9話に分けて載せようというのだから、毎回オリジナルの挿絵をつけるにはとうてい足りない。
ネットで検索してみても、上記の画家が描いた、つまり原本の挿絵はほん少ししか見つからないから、もともと挿絵はそんなに多くなかったようだ。
有名な作品だから、その後さまざまな画家や漫画家が「猫」を描いているけど、それじゃ新しい挿絵をつければいいかというと、それこそ余計なお世話だ。
ヘタなものをつけて、せっかくのイメージをぶっこわしてほしくないというのがわたしの願いである。
といいたくなるくらい、明治の画家が描いた「猫」の挿絵は、味があって楽しい。

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