挿し絵
今日から連載が始まった「吾輩は猫である」の第1回目を読んだ。
案の定、わたしが熱望していた中村不折や浅井忠の挿絵は載ってなかった。
これは考えてみれば当然なのだ。
発表された当時の「猫」は、そうとうの分量のある小説を、雑誌に11回に分けて掲載したものである。
かりに1回に挿絵が3つついていたとしても、全部で33個あれば足りるということになる。
それを今回は、その第1回だけでさえ8話か9話に分けて載せようというのだから、毎回オリジナルの挿絵をつけるにはとうてい足りない。
ネットで検索してみても、上記の画家が描いた、つまり原本の挿絵はほん少ししか見つからないから、もともと挿絵はそんなに多くなかったようだ。
有名な作品だから、その後さまざまな画家や漫画家が「猫」を描いているけど、それじゃ新しい挿絵をつければいいかというと、それこそ余計なお世話だ。
ヘタなものをつけて、せっかくのイメージをぶっこわしてほしくないというのがわたしの願いである。
といいたくなるくらい、明治の画家が描いた「猫」の挿絵は、味があって楽しい。
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