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2016年6月27日 (月)

ヒッピー精神

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はからずも読み始めた沢木耕太郎著「深夜特急」。
そもそもは、これからわたしが行こうとしているタイという国について、どんなことが書かれているかを読みたかったんだけど、バンコクの評価はあまりいいものてはなかった。

それでもどんどん読み進んで、香港からスタートしたこの旅は、マレーシア半島を経てインド、ネパールへ、そしてシルクロードへとさしかかった。
もうこのへんでタイと縁のない国ばかりになってしまうので、読むのをやめてもよかったけど、シルクロードというから、わたしも行ったことのある中国の西域がでてくるのではないかと思って、もののついでに読んでみた。
シルクロードはシルクロードでも、この本のそれはネパール、カザフスタン、イランを通るコースで、中国はぜんぜん出てこない。
カザフスタンなどは、現在ではひじょうに危険な国になってしまったので、そういう意味では貴重な旅行記かもしれない。
と思ったけど、このへんの記述はちょっとあっさりしていてもの足りなかった。

この本はヒッピーのバイブルといわれることもあるそうだ。
たしかに主人公の、できるだけ安いホテル、安い交通機関をというケチケチぶりをみると、同じような貧乏旅行をこころざす若者にとってガイドブックとなってもおかしくない。

道中のあちこちにヒッピー宿というものが出てくる。
貧乏旅行をする若者たちが、あそこへ行ったらこの宿屋が安いと、口コミで伝えた情報が評判になり、いつのまにかヒッピーのたまり場になったホテルのことだ。
この本の中にはそうした宿も実名で出てくるから、わずかな金で旅をする若者たちにとっては頼りになる本だったろう。
ただこの本からは、貧乏旅行のガイドというだけではなく、もうすこし突っ込んだものまで感じられる。

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主人公は旅の途中で、ロッテルダムから来た貧しいヒッピーと出会う。
バスの乗客がみな食事をしているのに彼だけは何も食べず、落ちたクラッカーをひろって食べたりしているところからして、貧乏なヒッピーの中でもとりわけ貧しい人間にちがいないけど、この彼が現地の子供たちにもの乞いをされると、なけなしの金を等分して分け与えてしまう。
いったいこの先どうする気だろうと心配になってしまうくらい。
主人公は自分なりの考えから、けっしてもの乞いに応じない決意だったのに、彼を見て貧しさや豊かさとはなんなのかと考える。

なんだかできすぎた話に思えるかもしれないけど、沢木耕太郎という人の文章には誇張や創作めいたものが感じられないし、いかにもありそうなことばかりだから、これも彼がじっさいに体験したことなのだろう。

イランのドミトリーでは、病気で宿屋にふせっているヒッピーに出会う。
同情した主人公は食べ物を差し入れたりするのだけど、相手は世捨て人のような拒絶を示して、なかなか打ち解けようとしない。
それでもじょじょに言葉を交わすようになり、主人公の出発する日になると、彼はいっしょに行こうかななどと、ちょっと弱気な発言をする。
しかし主人公もさすがにそれ以上面倒をみられないというので、ひとりでさっさと出発してしまうのである。
あとで後悔するのだけど、わたしにはこのあたりの描写が、ちょっとオーバーだけど、ヒッピー精神を象徴しているようで興味深かった。

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グループでにぎやかに旅をするヒッピーもたしかにいただろうけど、その反面、失恋や挫折、自責、迷いなどがきっかけで、孤独な旅に出た若者もけっして少なくなかったと思う。
旅先での出会いなんて一期一会で、頼りになるのは自分だけという強固な意志がなければ、ノミシラミのわくホテルに泊まり、おんぼろバスにゆられ、故国から遠くはなれたヒッピー宿で行き倒れになるかもしれない、そんな自虐的ともいえる旅なんぞできるはずがない。
他人の助けなど期待するほうがまちがっているのだ。
この本の主人公がわたしでも、やはり病気の彼を置いて出発したんじゃないか。
そして同じように後悔したんじゃないだろうか。

これは若者が自由に海外に飛躍できた景気のいい時代の物語だという人がいるかもしれないけど、最近のISに身を投ずる若者たちも、人生に投げやりになって旅に出たヒッピーと、遠いところでつながっているのではないかと、つい思ってしまう。

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