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2016年7月20日 (水)

タイ/裏から入る

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ぶらぶら歩きながら、べつの道でホテルの近くまでもどってきたら、そこはワット・プラシンの裏門だった。
同じものでも裏から眺めると、いろいろ新発見があるものだ。
まえに来たときは気がつかなかったけど、境内の裏のほうには涅槃仏の入ったお堂もある。

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涅槃仏というのは横たわった仏像で、釈迦の入滅のようすをかたちにしたものだそうだ。
釈迦はこのスタイルで、亡くなるまで45年間も説法をしたという。
寝ながら説法していいなら、ゴルゴダの丘で磔にされるよりずっと平和的で、仏教徒が他の宗教にくらべておだやかなのも、このへんに理由があるのかもしれない。
お堂をのぞいてみたら足の裏しか見えなかった。

涅槃仏の足元には数頭の野犬が寝そべっていた。
仏教国では野犬もおとなしいから、あまり怖さを感じない間のびしたイヌばかりである。

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紀行作家のポール・セローは、ビルマ(現ミャンマー)で群がる野犬を見て、どうしてあれを射殺しないんですかと疑問を呈している。
ビルマ人は動物を殺すことを悪いことだと考えていると答える相手に、それじゃなんで餌をやらないんですかとも。
ここでセローは、仏教には放任の原則があると書いている。
仏教にかぎらないけど、インド人もウシを大切にするくせに、野良牛にちゃんと餌をやっているという話しを聞いたことがない。
キリスト教やイスラムは人間の側にもきびしい義務を求めるのに、東洋の宗教はそうではないと、西洋人はいつもそんなことを思っているのだろうか。
それで世の中が平和で、殺し合いもないならば、大きなお世話といいたいけど。

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中国人らしい観光客が、お線香を上げていた。
中国のお寺も日本に比べれば派手だけど、タイの金メッキにはとてもかなわない。
日本人が金ピカ寺院を見せられても、度肝を抜かれるだけで、信仰心が増すわけじゃないだろうけど、中国人はわりあいすなおに反応してしまうようだ。
ところで、これって全部本物の金をメッキしたものなのかしら。
そうだとしたらウチは金持ちですと誇示しているみたいで、植民地主義の時代に、まっ先にスペイン、ポルトガルあたりに狙われそうなものだけど。

あるところでは金色の派手な壁から、金色のゾウの像が半身を乗り出していた。
この旅ではいちどもゾウを見なかったけど、あらためてゾウがタイでは身近な動物であることを思う。

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建物の横にまわったら、あまり人が通らないある場所で、ぐちゃりと柔らかいものを踏んづけてしまった。
すぐに見ずに、10メートルほど行ってから後ろをふりかえって見ると、どうやらイヌのものではなく、人間さまのものらしかった。
ワット・プラシンは大勢の観光客が押し寄せる場所であるから、中にはせっぱつまっちゃう人もいるだろう。
トイレはどこにあるのか。
わたしは数日後にバンコクに移動したあと、もういちどこの問題について考えさせられる。

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