市民ケーン
ぜんぜん話がちがうけど、タイから帰りの飛行機の中で映画を観ていた。
タイ航空では観られる映画の数は、新旧とりまぜて70本ぐらいあり、映画好きなら感謝感激ってトコだけど、わたしの観たい映画はほんの数本しかなかった。
で、わたしの選んだのが、あの歴史的名作「市民ケーン」。
日本語の字幕なしだから、ふつうだったら意味がわからないはずが、過去に何度も観たことのある映画なので、セリフなんかなくったってストーリーはわかる。
それで、耳では iPod の音楽を聴き、目では映画を観るという変則的な鑑賞方法でこれに見入った。
当節ではこんな映画を観ようって人は、若い人ばかりじゃなく、わたしの同輩にもあまりいないようだ。
観終わって、目じりに涙がじっとりという傑作なのにザンネンな気がする。
で、今回は旅の報告ではなく、映画評。
「市民ケーン」は、技術的にもおもしろい試みのされた映画なんだけど、どんな革新技術があっても、肝心のストーリーがつまらなければ映画の価値は下がる。
で、技術的な話は無視して、もっぱら感動的な部分にしぼって話をすすめる。
この映画は、新聞王として一代で莫大な財産を築いた男の物語で、実在の新聞王ハーストがモデルとされるというけど、そんな裏話も無視。
彼がありあまる財産にかこまれながら、絶望と孤独のうちに死んでいくという物語だから、お金より大切なのは愛情であるなんて教訓的な部分も無視。
みんな無視したらいったい何に感動するっていうのさ。
老いた主人公ケーンは、ある日、“ローズバッド(バラのつぼみ)” とつぶやいて往生する。
この言葉に興味を持った新聞記者が、彼の過去にまつわるさまざまな人物を訪ねて、バラのつぼみの意味を探ろうとするんだけど、それは映画を最後まで観ている観客にしか明かされないのである。
ケーンはまだ幼いころ、たまたま母親が持っていたいわくつきの権利書のおかげで、大金持ちになってしまう。
当時の彼は雪深い山村に、両親とともに暮らしていた。
父親は家族に暴力をふるうようなだらしない男である。
そんな境遇を見かねた母親は、親子が離れ離れになるにもかかわらず、こころを鬼にして息子を教育のために東部へ送り出す。
この母親を演じたアグネス・ムーアヘッドという女優さんは、その毅然とした演技が、まず最初の感動的。
成人に達したあと、莫大な財産を引き継いだケーンは、新聞社を買いあさり、強引ともいえる手法で新聞王として成り上がり、ついには合衆国大統領に立候補するまでになる。
ところが彼は、金持ちになった男によくある話だけど、自分の古女房に飽き足らなくなって、街で出会った歌手志望の若い娘を愛人にしていた。
これが政敵に突かれて、けっきょくスキャンダルがらみで、選挙から撤退する。
このあたりから彼の没落の始まり。
彼は愛人にした娘を、みずからの権力と財産で強引に有名歌手にしようとする。
オペラ劇場を自分で造ってしまい、そこでいきなりプリマに抜てきし、もちろん世間からは酷評されるんだけど、なにしろ新聞王だ。
自分の所有する新聞ではめちゃくちゃ絶賛させる。
そんな記事を書かされた盟友たちもあきれかえって、ひとり去り、ふたり去りと彼のもとを去ってゆく。
自分に歌手としての才能がないことを自覚している愛人との関係も冷えてくる。
ワンマン経営者のケーンには、もはや暴走を止める人間もいなかった。
そう、北朝鮮のぼんぼんみたい。
ありあまる贅沢をさせているにもかかわらず、とうとう愛人は家を、ものすごい大邸宅なんだけど、そこを飛び出してしまう。
年老いて彼女以外にこころを許せる相手のいなくなっていたケーンは、必死で行かないでくれと哀願する。
愛人のセリフ。
そんなこと知るもんか、いい気味よ!
捨てぜりふを残して愛人が家を出ていったあと、ケーンはヤケッパチで暴れまくるんだけど、ふとガラス玉に入ったミニチュアの家の模型に気がつくと、それをポケットに入れて悄然と部屋にもどる。
このガラス玉というのは、よく観光地などで売られている、中に水と細かい銀片が封じ込まれていて、玉をかたむけることで銀片が雪景色を再現するありふれた品である。
ケーンが死んだのはそれからほどなくしてだった。
彼は死ぬ寸前に、ガラス玉の中に幼いころの思い出を、母親と過ごした雪の山村のなつかしい風景を見出したのである。
というのがこの映画のてんまつ。
最後の最後に、映画の観衆にだけに明かされる “バラのつぼみ” の意味が、じつにしみじみと感動的で、うん、身につまされちゃうよ。
これは老人ホームなんかで余生をおくっている老人の、まじで共感をよぶ映画だな。
そう、わたしにも。
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