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2016年10月27日 (木)

くちびる寒し

今朝の新聞に東日本大震災で生徒を死なせた大川小学校の記事が出ていた。
震災のとき、生徒を避難させるための判断に誤りがあったということで、国や行政が責任を問われた裁判のことである。
わざわざ生徒の遺影をかかげて裁判にのぞんだ親たちの心境には同情するけど、勝った勝ったと大喜びをするウチの新聞には釈然としないものがある。

想定外の津波だったというのは免罪符にならないんだそうだ。
そりゃ、亡くなったのがこの学校の生徒だけだったらわかる。
しかしほかにも大勢の人が亡くなっているのだ。
ぜったい安全と思われていた原発でさえ冠水した。
震災当時、正確にものごとを判断できた人がどれだけいるだろう。
新聞には、生徒は教師の判断にしたがうほかなかったとある。
では教師はだれの判断にしたがえばよかったのか。
この問題で、とにかく誰かに責任を押しつけようという考えは、やっぱりわたしには釈然としないのである。

でもこういう問題はいくらでもある。
オリンピックの施設問題で、わりあい冷静な人かと思っていた日本サッカー協会の岡野俊一郎サンまでが、やはり(金がかかることを無視して)新しい施設を作るべきだといっていた。
けっきょく人間は自分の役割に忠実な生き方しかできないのだ。
こんなことを書くと、また他人ごとに口をはさんでといわれそう。
ものいえばくちびる寒し秋の風、わたしごとき泡まつ人間がごたごたいう問題じゃない。
残りの人生をどうやって過ごすか、いま悩んでいます。

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