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2016年11月

2016年11月30日 (水)

自分の頭で考える

今朝のウチの新聞を読んだら、また慰安婦が大きな記事になっていてビックリ。
しかも、あいもかわらず捏造まがいの記事なのにガックリ。
歯止めのかからない部数減に業を煮やして、朝日新聞はもうヤケッパチになっているみたい。

これ以上いちゃもんをつけるのはくたびれるだけなので、あとはSAPIOにでもおまかせするけど、若い人たちも自分で考えてほしい。
わたしは自分の意見が正しいとはいわない。
自分の頭でようく考えてほしいというのである。

考えるといえばアメリカのトランプさん。
今度は国内の企業に、外に出て行くななどと、資本主義の自然な法則に棹さすようなことをいっているらしい。
これだってちょっと考えればおかしいとわかる。

人件費が高いから企業はよそに移るのだ。
国内にとどまって労働者に高い賃金を払えば、作っている製品も高く売るしかなく、その会社は競争に負ける。
負けて会社がつぶれれば、社員である一般労働者は路頭に迷う。
負けなくても一般労働者は、安い外国製品を買うようになるだろう(この外国製品がトヨタやホンダなら、日本にとっては思いもよらない僥倖だけど)。
それがケシカランといって外国製品を閉め出せば、とうぜん外国もアメリカ製品を締め出す。
困るのはいったい誰なのか。

こんな簡単なこともわからない人が舵をとるというのは、まるでこれから手品か魔法を見せられるみたいで、わたしもアメリカの将来を楽しみにしてんだけどね。

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2016年11月29日 (火)

中国より

中国の知り合いからメールが来た。
9月にも来て、トシのせいか、それをいちいち翻訳する作業(相手のメールを日本語に翻訳し、こっちの返事をまた中国語に翻訳するのだ)がメンドくさくなって、ほうっておいたら、また来たのだ。

我不敢写信打扰你。

或者身体不舒服。
或者你老了不记得我了。
或者……
你可以写两个字“很好” 告诉我,我就放心了。

相手のメールの一部だけど、まるで純愛小説だななんて揶揄するほどわたしは残酷な人間じゃないから、今夜はこれから返事を書く。
そういうわけでブログを書いてる時間がない。

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2016年11月28日 (月)

廃品と新品

2日まえにかかってきた電話。
不用品はありませんかというリサイクル店からのもので、壊れた電気製品ならあるよといったら、それでも伺いますとのこと。
その相手がいま帰ったところだ。
案の定、目的はべつにあったようで、壊れた電気製品を査定するといいつつ、ほかにライターとか高価な洋酒などはありませんかという。
そんなもんあるわけないといったら、けっきょく電気製品も引き取らずに帰った。
ま、その間5分だから文句はいいませんけどね。
わたしの家はパソコンや、テレビとその周辺機器の廃品が出て困っている家なので、タダでもいいから持っていってくれると助かったのに。

ところで9月に新しいブルーレイ録画機を買ったけど、ケーブルテレビ(CATV)経由でBSを録画すると、画質がイマイチだ。
ということは、すでにこのブログにも書いたことがある。
原因はアナログケーブルで映像を引き込んでいるせいだけど、わたしはなにしろ録画魔で、書斎に壮大な映像ライブラリーを作ろうと考えている男だから、これをなんとかしようといろいろ研究した。

手っ取り早いのはBSアンテナを設置してしまうことだけど、わが家の庭では大きなケヤキが日をさえぎっている。
植物の葉というのは衛星からの電波をさえぎってしまうことがあるらしいので、アンテナ設置計画はやめにした。

つぎの方法は、CATVと録画機をLANケーブルでつなぐことだ。
ところが購入したばかりの録画機はLAN接続に対応していないのだ。
録画のできない録画機なんてあるまいと、たいして研究もせずに、店内に山積みになっていた安い製品を買ったのがウカツ。
さてどうしよう。

お金があるならLAN接続に対応した新しい録画機を買ってしまえばいいんだけど、いくらわたしが独身貴族といったって、そんなに続けて録画機を購入していたら金遣いが荒すぎる。
そういうわけで、2カ月間ほど、じっとあきらめの心境だった。
しかし地デジでもBSでも、いちどその本来の美しい映像を見てしまったら、とてもアナログケーブルによる眠そうな映像で満足してはいられない。

とうとう清水の舞台から飛び降りる覚悟で、また新しい録画機を購入してしまった。
それでどうなったか。
いまBSから録画した、秋の紅葉をとらえた登山の映像を観ているけど、きれいだなあってしみじみ感動してしまう。
映像に関心のない人からみればバカバカしい話だろうけど、へった貯金の悲しさと、美しい映像で観られるうれしさをはかりにかけると、やはりうれしさのほうが勝るのだ。

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Windowsサポート

パソコンの画面に、Windowsセキュリティの重要なお知らせという表示があらわれた。
お使いのシステムの上で、クレジットカード情報、銀行情報、電子メールのパスワード、その他もろもろの情報がもれた可能性があります。
すぐに Windowsサポートに問い合わせてくださいとのこと。
おいおいおい。

あわててサポートなるところに電話してみたら、日本語のへたな外国人ぽい女の人が出て、オー、怪シイ表示デスカ。
何カノさいとヲ見マセンデシタカ。
マダ来マスカ。
来ルヨウナラ、マタ電話シテクダサイなんて返事をする。
そりゃいやらしいサイトを見ましたけどね。
そっちから問い合わせて下さいといったくせに、なんだこの対応は。

こんなのに話してもラチがあきそうもないので、説明するのはやめたけど、心配だな。
今日は銀行に行って、預金の残に異常がないかどうか調べてこよう。
こんなこともあろうかと、ふだんあまりネットで買物をせず、やむを得ない場合も現金引き換えで買うようにしてるんだけど。

おりしも昨夜のテレビでパナマ文書についての報道がされていた。
わたしの個人情報も、どこかのペーパーカンパニー設立に利用されているのかもしれない。

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2016年11月27日 (日)

訃報

Dh002

新聞を読む。
カストロさんが亡くなったという。
判官びいきの日本人には、巨悪のもとじめアメリカに抵抗したってことで、この人やゲバラのファンが多い。
もっともそれは団塊の世代だけで、いまどきの若いもんはカストロというと、国民を虐殺したキューバの残忍な独裁者なんて答えるかもしれない。
北朝鮮といっしょにしないでと、「ブエナ・ビスタ」や「シッコ」を観て以来キューバ・ファンのわたしはいう。
でもいまはキューバの行く末よりも、トランプさんのアメリカがふたたび搾取のアメリカにもどるんじゃないかって、そっちのほうが心配だ。

偉大な革命家と同列に並べるのはおかしいけど、新聞のかたすみにデビッド・ハミルトンさんの訃報が。
彼はやはり団塊の世代(とロリコン・マニア)の記憶に残る写真家だ。
ここに載せたのは彼の作品のひとつで、つまり現代のルイス・キャロルといっていい人だったかもね。

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2016年11月26日 (土)

電話

電話がかかってきた。
どこかのリサイクルショップからで、新規に店を立ち上げて、いまキャンペーンをしておりますんですが、なにか不用品はありませんかだって。
こういう電話はよくかかってくる。
不用品はなんて言っときながら、あとになってから指輪や記念硬貨などの貴金属品はありませんかなどといったりする。
あのね。
ウチは貧乏人の家庭なんだ。
いまあるのは、古くて使いものにならないDVDプレーヤーと、壊れたパソコンのプリンタだけだ。
それでもよかったら、タダでやるから取りに来い。
そういったら、つぎの月曜日にホントに取りに来るそうだ。
でもわからない。
以前にも同じことがあって、金目のものはないぜと宣告しておいたら、けっきょく来なかったことがある。
来てくれるとありがたいんだけどね。
ウチは故障して粗大ゴミになる電子製品が定期的に出る家で、いつも処分に頭を悩ますのだ。
ま、このてんまつは月曜日以降にまた報告しよう。

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2016年11月25日 (金)

怒涛のごとく

つい先日、知り合いのオンナの人を、今度の祭日に食事に行かないかと誘ったと思いたまえ。
誰がって? わたしがだよ。
 
するとオンナの人は、その日は用事があるからダメとのたまった。
つまりフラれたってことだけど、そんな下らない話をしようってわけじゃない。
いいたいのは、その祭日というのが、あっという間に2日まえの過去形になったということだ。
若い人には想像できないだろうけど、わたしの歳になると、時間の経つのは速いどころじゃない。
怒涛のごとく流れていくという感じ。
なにか意義あることをしようと思っても、これではぜんぜん時間がない。
もう死ぬまでこんな状態かしら。

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アマガエル

Ag

べつに文句をつけたい記事がない場合、目立たない記事に目をつける。
今朝の新聞によると、日本のアマガエルは遺伝子的に西と東でグループが分かれるそうだ。
だからなんだいといわれても困ってしまう。
ただ、わたしは以前からアマガエルに注目しているのだ。

うちの近所は東京ではめずらしく自然の豊かなところで、カワセミもいればシマヘビもいる。
川の中にはドジョウやメダカもいるし、めったに見ないけど、サワガニやモクズガニもいるらしい。
それでアマガエルもいないかと散歩のたびに注意をしてるんだけど、現在地に引越しして21年になるのに、こいつだけはいちども見たことがない。

なぜアマガエルかというと、こいつはわたしの子供のころによく見かけた、緑色(色はカメレオンみたいに変幻自在なのであまりアテにならないが)のとても愛らしいカエルだからだ。
トノサマガエルやヒキガエルは敬遠する女の子でも、アマガエルだけは手のひらに乗せてペットにしたいと思うのではないか。

村野四郎の詩などを読むと、かってはうちの近所にモリアオガエルもいたらしい。
モリアオガエルは天然記念物だからめったに見られないのは納得としても、そんなに貴重でもないアマガエルがなぜいないのか。
もちろん環境の激変ということもあるだろう。
ウシガエルほどタフでないばかりか、このアメリカ産の貪欲なカエルに食べられちゃったってこともあるだろう。
自然が豊富ということは、それだけ生存競争も激しいということなのだ。

ということで、いまや絶滅危惧種のようなアマガエル、たまにテレビなんかで見かけるから、日本全国ではまだ生息している場所がたくさんあるらしい。
彼らがほんとうに絶滅するまえにいちど会いたいものだ。
そのまえにわたしのほうが絶滅しちゃってるか。

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2016年11月24日 (木)

夕刊の記事

H012

どうしても避けられない用事からもどって夕刊を読む。
「南の国境をたどって」という連載の中に、西表島の宇多良炭鉱の記事が出ていた。
添えられた写真には、赤レンガの支柱にからみついた吸血宇宙人のようなガジュマルの木が。

でもわたしはおどろかない。
ここは2年まえにわたしが行ってきて、このブログでも紹介したところではないか。

ウチの新聞によると、書店で宇多良炭鉱について調べようとしたけど、これについて書かれた本は見つからなかったそうである。
それならどうしてわたしのブログを参考にしなかったのか。
例によって抑圧ばかりだったと、タコ部屋みたいなことが書いてあるけど、わたしのブログは朝日新聞ほど自虐史観につらぬかれていないから、もっと公平な書き方がしてあるぞ。
だいたいほんとうに参考文献が見つからないなら、わたしがこの炭鉱について書けるわけがない。
最近の朝日新聞の記者は、ウィキペディアで調べることも知らんのか。

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2016年11月23日 (水)

雪?

今夜はこれから雪だそうだ。
べつに用事がなければ、部屋にひきこもって、仕事もさぼって雪見酒でも飲んでいればいいんだけど、あいにく明日はどうしても避けられない用事がある。
いやだなあ。
寒さそのものはロシア装備を持っているから平気だけど、この年まで通勤地獄のような、サラリーマンの悲哀とほとんど無縁で生きてきたわたしとしては。

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2016年11月22日 (火)

ネコ欲しい

Cat

ネコが欲しい。
仕事でいやな思いをしたとき、帰宅して、なれなれしくひざに乗ってくるネコがいれば癒されそうな気がする。
ネットで見ると、飼いネコを頭の上に乗せたり、パソコンのまえでじゃれついている人も多い。
飼っているネコをアニメにして人気のサイトを運営している人もいる。
うらやましい。

ネコぐらいかんたんなことじゃないかという人もいるだろう。
野良で捕まって殺処分を待つネコだっているのだから、そういうところから引き取ってくれば、小さな命を救うことにもなる。
そんなことはわかっているけど、ずぼらでひとり者のわたしにはあとの世話が大変だ。
知り合いにネコ大好きおばさんがいて、ネコ缶やトイレの砂についていろいろ教えてくれるんだけど、そんな話を聞くたび、ますますネコが縁遠いものになってしまう。
ネコだって、わたしみたいなものぐさに飼われるくらいなら、ホームレスの境遇にあまんじるほうを選ぶのではないか。

ネットニュースを読んでいたら、貧乏人はペットを飼うなという獣医師のツィッターが炎上したそうだ。
そりゃわかる。
最近は貧乏人のくせに血統書つきの高価なペットを飼う輩が多くて、わたしなんか眉をひそめるほうだ。
ネコはそのへんに転がっている雑種だって可愛いではないか。
雑種なら死んでも惜しくないし・・・・とっとっと。
今度はわたしのブログも炎上しそうだけど、わたしの子供のころは、ネコもイヌもみんなおおらかに生きていて、けっしてペットの分際を忘れることはなかったけどねえ。

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2016年11月21日 (月)

崩御崩御

ネットで見つけた「江戸川柳で読む日本裏外史」なんて文章を読み始めたら、おもしろくて止まらない。
タブレットにしがみついて、あっという間に2時間経過だ。
ま、色好み、道楽者のわたしがやることだからロクなもんじゃありませんけどネ。

今回見つけた文章は歴史にかかわるもので、そのうちとくにおもしろかったのが、女帝だった孝謙(称徳)天皇と弓削の道鏡との関係について。
これを川柳で語ろうってんだから、けっして天皇の生前退位なんて高尚なものではなく、皮肉とユーモアがいっぱいだ。

「道鏡は座ると膝がみっつでき」
これはよく知られた句だけど、似たような内容の句はほかにもあって
「道鏡に根まで入れろと詔(みことのり)」
「道鏡に崩御崩御と称徳言い」
意味のわかる人は、すこし歴史に詳しいといって差し支えないかも。
でも青少年の教育によくないから、わたしの口から説明はしませんよ。
こんな句を堂々と発表できた江戸時代の自由な空気とともに、日本人の才気にホント感心してしまう。

ああ、秋の夜更けにこんな文を読んでウレしがっていると、つくづく自分がいやになるねえ。

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2016年11月20日 (日)

古い日記

673

今日の新聞もつっこみ所が多いけど、いちいちいちゃもんをつけるのにもくたびれた。
そういうとき、ほかに適当なブログネタがないときは、いったいどうすればいいか。

うーんと考えて、じつはわたしはこのアパートに越してきてから、ずっと日記のようなものをつけているんだけど、その中の過去のある部分をそのまま転載するなんてのはどうだろう。
あいかわらずアホなことをしてるなといわれそう。
若い美女ならともかく、どこにでもいるおじさんの、ありふれた1日を読まされたいと思う人がいるだろうか。
でもうまくいけば、いい手抜き手段になるかもしれない。
わたしはブログの更新にもくたびれたのだ。
ま、やってみよう。

昼から床屋に行く。
いちばん近い野川にかかる橋は「八幡橋」という橋だけど、そのたもとに大沢マーケットというミニ・スーパーがある。
マーケットの2階へ螺旋階段を上ると、そこに「高尾」という床屋がある。
窓から野川に釣りざおをのべられそうなユニークな店で、どことなくメルヘンチックな雰囲気がないでもない。

ドアをあけると中学生らしい少女と話をしていた中年の女性がびっくりしたように顔をあげた。
あれ、今日は休みですかと訊くと、いえ、ただ、ウチは予約のお客さんだけを相手にやっているものでという。
そのワリには予約客などひとりもいなかった。
それでも、とにかくわたし私の頭もやってくれることになった。
店はこの中年女性がひとりでやっているらしい。

なかなか話し好きな人で、亭主とともにボーリングに凝っているという。
ただしボーリングに興味のないわたしは、あまり熱っぽくその話ばかりされるのに閉口した。
出身は九州の長崎・佐世保だそうだ。
わたしもむかし海上自衛隊にいて、佐世保に行ったことがありますといってみた。
すると、いま息子が自衛隊に入りたがっているんだけど試験がムズかしくてという。
えらいさま変わりだ。
わたしの時代には自衛隊に希望者がいなくて、入隊試験など送迎つきで、それこそ金のタマゴのあつかいだったのに。

さっぱりした頭で床屋を出ると、以前のアパートで近所に住んでいたYさんが、サイクリング中なのに出くわした。
ちょっと変人で、カメラやレコードなど、わたしと共通する趣味をたくさん持っている人である。
年令はわたしよりひとまわりくらい高い。
新しいアパートはどちらでというから、この近くです、帰りに寄りませんかといってみたら、わたしの新しい生活に興味があったのか、さっそく帰りに立ち寄った。

部屋で、ビールを出してしばらく話をする。
この人のおじいさんは明治時代に師範学校の校長を勤めた人だったそうである。
Yさんさん自身は、戦後すぐに北海道の炭鉱で働いたというけど、頭のいい人だからたんなる労働者だったとは思えない。

炭鉱で働いたおかげで左の思想にかぶれましてねという。
いまでも共産党のシンパであるらしい。
天皇制は廃止すべきという信念を持っていて、特別注文だという、文字盤に天皇制をどうしろこうしろと書いてある腕時計を見せてくれた。
グリーンピースの会員でもあるそうで、あなたも毎月千円払って会員になりませんかといわれたのには困った。

この文章は、現在のアパートに引っ越しして間もない95年の夏に書かれたものである。
ただし、写真は今日撮ってきたもの。
べつにおもしろくもなんともないか。

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2016年11月18日 (金)

ローラ・ニーロ

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フェイスブックでローラ・ニーロのファン登録をしておいたら、めずらしく彼女からお知らせがきた。
といっても彼女は1997年に亡くなっているから、意思を引き継いだファンによるサイトからのもの。
おかげでまたなつかしい思い出にひたることとなった。

海上自衛隊をやめたあと、2年ほどデザインの勉強をするために学校へ通ったことがある。
しょうもない学校にしょうもない生徒(わたしも含めて)ばかりだったけど、いま考えると人間観察には適したところだったかもしれない。
サムセット・モームの小説「人間の絆」にも、主人公が画学校に通う話が出てくる。
ここでモームは、さまざまな個性をもった青春群像を描いていて、この小説のハイライトといってもいいくらい。
わたしにも似たような経歴があったわけだ。

当時の友人にWという男がいた。
ひよろりとした、たとえば美容師などによくいるタイプで、どこか都会的な雰囲気をたたえた若者だった。
彼は水戸あたりの出身で、わたしと同じ、高円寺にあった学校の寮に入っていた。
寮は仮住まいで、余裕のある人間や団体生活がイヤという人間は、2年目になると自前のアパートを借りてぽつりぽつりといなくなる。

ある日、Wがわたしに向かって、いっしょにアパートを借りて住まないかと提案してきた。
当時からわたしは唯我独尊みたいなところがあって、いっしょに暮らそうなどという人間がいるとは夢にも思わなかったから、おおいに感激したけれど、先立つものがなかったせいか、この話は成就しなかった。
しかしわたしたちの友情はその後もしばらく続いた。

そのうちWは帰郷して結婚することになった。
水戸まで行って結婚式に立ち会うつもりはなかったけど、彼には恩義を感じていたし、せめてもの記念になにか記念品を上げようという気持ちになった。
そこで選んだのがローラ・ニーロのLPアルバムだ。
当時は70年代の前半で、好きなロックアーチストは腐るほどいたけど、ハードロックを彼が好むかどうか、むしろもうすこしおちついた歌手のほうがふさわしいのではないか。
というわけで、ジョニ・ミッチェルやキャロル・キングのレコードも候補に上がったけど、どっちかというと地味目で、なおかついちばん都会的に思えたこのレコードを選んだ。
わたしの趣味をひけらかす目的もすこしあったわけだ。

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ローラ・ニーロはそんな歌手である。
聖処女のような美人であるにもかかわらず、そのへんの大工さんと結婚したり、谷内六郎さんの絵をレコードのジャケットに使ったり、そんな風変わりな個性をもった歌手だった。
彼女は作曲家としてのほうがよく知られているけど、自作の「ストニー・エンド」や「ブラックパッチ」「ウェディング・ブルース」「イーライがやって来る」などの名曲を自分でも歌っている。
レコードはすべて処理してしまったけど、この YouTube の時代、わたしはいつでも彼女の声を聴き、その映像を見ることができるのだ。

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2016年11月17日 (木)

少食

仕事を休んで夕餉に向かう。
なんだか最近のわたしって、ますますヤケッパチになっているような。

そんなことはどうでもいい。
ご飯はすでに炊いてあり、その電気釜はかたわらにある。
でもご飯のまえにイッパイやろうと、缶ビール(330ml)をテーブルに置く。
つまみもないとつまらないから、アジの開きを焼いたのと、漬物を少々ならべる。
こうやって缶ビールを飲み終わるころには、もう満腹感におそわれて、ご飯には手をつけられない。
これでは栄養失調になるのではないか。

伊豆へ山登りに行ったとき、宿屋でアジの開きが出た。
わたしが頭と尻尾を残したら、わたしのまえにいた体育会系が、どうして残すのか、残すくらいならオレにくれとのたまった。
あのね、と彼に言う。
いまの時代は、残さないのが美徳じゃないんだよ。
食べたくないものは無理に食べるな。
ブタじゃあるまいし、なんでも残さず食べるから、アンタみたいに肥満で、糖尿の薬を飲むことになるんだ。

ちなみにわたし、依然として元気。

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秋景色

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ひさしぶりに散歩に行ってみた。
この時期にも花は咲いているけど、春の花にくらべるとみずみずしさが足りないみたいで、あまり写真を撮ろうという意欲がわかない。
じつはわが家の近所は、有名ではないものの、春は桜の名所であり、秋は紅葉の名所である。

ある場所でサクラとしか思えない木に白い花が咲いているのを見た。
いまは11月だから、はてねと思うのは当然だ。
でも狂い咲きってわけではなく、これはジュウガツザクラといって、秋に花を、いや、秋だけではなく、春にも花をつける欲ばった木だそうである。

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ほかに近所で見かけた秋景色を3枚ほど。

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2016年11月16日 (水)

カジノ

今朝の新聞に、自民党のカジノ法案を民進党が拒否したっていう記事が出ていた。
増加傾向の外国人観光客からぼったくるために、日本もカジノを作ろうって、いかにも体育会系が考えそうな法案だ。
わたしはバクチをいっさいやらないから、そんなものはなくても構わないって立場だけど、日本の財政を豊かにするために、ここはまあ容認派になったとしよう。
でもカジノって儲かるのか。
むかしからバクチの胴元は儲かることになっているらしいけど、こういうことに不慣れな日本人がやることだからねえ。

カジノを開くためには、まずプロのギャンブラーを雇わなければいけない。
カジノというのは、じつは巧妙なインチキがまかり通るところで、というのはずっとまえに読んだ西武財閥のお嬢さんの新聞記事や、バンコクへ行ったさいに読んだ沢木耕太郎さんの本で知っていた。
つまりどこかの社長の道楽息子が大金をかかえてやってきたとき、それを確実に巻き上げられなければカジノとしては失格だ。
そのためには世界的に通用する手品師のような、プロのギャンブラーが必要ということである。
まじめな日本人が、ただ漫然と客を相手にしていたのでは、逆にプロのギャンブラーに乗り込まれて、カジノ側が大損をすることになるかもしれない。

どうもカジノを開設したいって人の頭の中には、ドレスアップした紳士淑女がテーブルを囲む、007映画のワンシーンみたいな映像があるんじゃないか。
日本人はやっぱりパチンコや競馬競輪みたいな、泥臭いバクチがふさわしいとわたしは思ってるんだけど。

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特ダネ

トランプさんが本性をあらわす、あるいは化けの皮がはがれるまでにまだ時間がかかりそう。
それまでどうするか。
幸いといっちゃ申し訳ないけど、おとなりの韓国で大統領をめぐるスキャンダルだ。
クネちゃんの情実人事でオンナの人が私腹を肥やしたって、いまや大統領の地位さえゆらぐ大事件だ。

ネットニュースを見たら、この事件を最初に報じたTV朝鮮に、まるでウォーターゲート事件のときのような賛辞の声が集まっているそうだ。
でも、これってアメリカの事件と同列に置けるのかって、わたしはちと気になる。

かっての朝鮮の歴史を紐とくと、王朝制度のもと、引き立てられた人間ばかりが栄華をきわめ、そうでない人間はいたずらに雌伏を余儀なくされる。
そういう事例がきわめて多かった。
なんとかライバルを蹴落として自分があとがまにすわろうと、ねたみや誹謗中傷が渦巻き、宮廷内ではすさまじい権力闘争があとを絶たなかった。

これは朝鮮人の宿痾だ。
韓国では栄華をきわめた者の周辺でかならず腐敗が起きる。
トップがたまたま清廉な人だったとしても、まわりのほとんどはそうではない。
だからマスコミも楽だ。
ちょっと出世コースからはずれた人間に水を向け、チクるようにそそのかせば、特ダネは保証されたようなものだ。
どうもそんな気がする、今回のスキャンダル。

私腹を肥やしたオンナの人の娘、親の権威をふりまわして、大多数の若者が入るのもむずかしい名門大学に推薦入学し、恨むなら自分の親を恨め、金があるのも実力のうちだとほざいたそうだ。
ピーナッツ姫の伝統は脈々と受け継がれている。
しかし韓国だけではなく、中国や東南アジア全域でこうした病根が見られるところをみると、ほめたくないけど、日本の政治家の清廉ぶりがきわだってしまう。

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2016年11月15日 (火)

座して待つ

NHKや読売の世論調査。
トランプさんが大統領になって、日米関係はよくなると思うか、悪くなると思うかという設問があった。
これってムチャだよな。
専門家でさえわからないものが素人にわかるはずがない。
当確と同時に借りてきたネコみたくなっちゃったあのヒト、共和党の主流派とも和解だっていうから、ヘタすりゃTPPだって、やっぱり必要だなんて言いださないともかぎらない。
それでも悪くなると答えた人が半数以上いて、いったい何を根拠にそう答えたのか。

わたしは楽天的だ。
いまどきトランプさんがいったことを、なんぼアメリカだってぜんぶ実行できるものか。
これからあわてて政治の勉強をすれば、彼にもまずいこと、まずくないことが見えてくる。
日本がいなけりゃやっぱりやっていけないと、日米関係はますます好調に発展するかもしれない。
歴史というものは人間の意志で止められるもんじゃないのだから、根拠のない不安に右往左往することなく、座して天命を待つことだ。
これこそ、先の短いわたしが、辛苦の果てに獲得した人生訓である。

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2016年11月14日 (月)

ホッケ

昨日は街へ出かけたので、○○水産という店で和食ランチを食べてきた。
この店のランチは、たとえば刺身定食なんか食べると、刺身の量は多いし、ライスはおかわり自由、食事のあとのコーヒーも無料ということで、すこぶるコストパフォーマンスがいい。
わたしのご愛用の店なのだ。

帰りにスーパーに寄ってホッケの切り身を買ってきて、今日はそれで昼メシを食った。
ホッケというのはコンビニでも売られていることがあるから、けっして高級魚じゃないと思うけど、わたしにはこの魚に思い出がある。

むかしひとりでトルコへ行ったとき、腹がへったのでレストランに入った。
トルコ語はもちろん英語もニガ手なわたしのこと、メニューを見て困惑した。
さいわい写真つきだったから、とりあえず魚だったらなんでもいいやと、目についた魚料理を注文した。
出てきた料理は、欧州ふうにオリーブオイルのかかった焼き魚で、頭を取り除いた開きになっており、そのままではなんという魚なのかわからなかった。
でもコンビニのホッケは何度も食べたことがあったし、骨が細くて肉ばなれのいいことから、すぐにホッケであると見当がついた。

ホッケはタラと同じような冷水性の魚だから、トルコでは獲れないという人がいるかもしれないけど、じっさいに食ってきたわたしがいうことだからゴタゴタいわないこと。

トルコ人も海鮮が好きである。
そういう点でトルコ人はわたしと嗜好が一致する人々である。
もういちどトルコ料理を味わうために、今年あたりイスタンブールを再訪するつもりが、例のテロ騒ぎでパーになったのが本当に悔やまれる。

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2016年11月13日 (日)

映像

およそ写真家をこころざす者なら、ナショナル・ジオグラフィックという雑誌を無視できないはず。
およそ映像作家をこころざす者なら、YouTube の現在を無視できないはず。
なのに、オレはそんなものに興味がないという人が、わたしの知り合いのカメラマニアの中にもいて困っている。

こんなことを書いたのは、YouTube でドイツ人の映像作家が発表した、日本紹介の映像を見たせい。
スローモーション、早送り、ストップモーションなどを組み合わせ、すばらしい作品に仕上げている。
相手はプロだというなかれ。
安い機材を使い、スマホに入れた編集ソフトで、同じようなことをしているユーチューバーも多いことだ。
問題は本人のセンス、そしてたまには YouTube を見ることだ。
くそっ、わたしがもっと若ければなあ。

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2016年11月12日 (土)

ウチの新聞

じっと新聞をにらむ。
「日弁連、死刑に抗議」という見出しが目に入る。
これだけ見ると、ウチの新聞は、例によってやみくもに政府の方針に反抗しているように思える。
つまり死刑廃止を支持するスタンスだ。

でも3、4日まえの記事には、無期懲役で仮釈放が認められないと嘆く囚人の記事があった。
無期懲役で仮釈放ってのは矛盾しているではないか。
こうした矛盾を知らしめたってことは、朝日新聞も本心では、無期懲役や終身刑に意味はない、つまり死刑賛成に傾いているといっていいのではないか。
それともこれはとりあえずどうでもいい問題だから、どっちつかずの判断をしたってことだろうか。

新聞を深読みするのは、ああ、疲れる。

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2016年11月11日 (金)

トランプ占い

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さて選挙後のトランプ占いをしてみると

トランプさんが有言実行の人なら、大統領になったあと、まずヒラリーさんを汚職容疑で逮捕しなければいけない。
どうする。
アメリカは韓国とちがうから、そんなことにはなるまい。
だとすれば、やっぱりトランプさんもフツーの政治しか、少なくとも選挙中に約束した通りの政治はやらないと思うんだけど。

心配なのは、選挙中にヒラリーから、トランプの収入は本人がいっているほど多くないと糾弾されていたこと。
ミスター不動産屋もはたから見ているほど裕福ではないのかもしれない。
だとすれば大統領職は金のなる木だなんて思いつかないともかぎらない。
なにしろ彼も投資家のひとりなのだ。

しかも今朝の新聞をみたら、彼は選挙のとき自分を応援してくれた人間を優先的に閣僚に起用するつもりだという。
これじゃあ韓国と変わらない。
さらに自分の娘も政権入りかなんて記事もあった。
これでは情実人事じゃないか、ケシカランと思ったけど、彼の娘の写真を見たらたちまち気が変わった。
こういう議員ばかりだと政治も楽しくなる。
うん、どうせよその国なんだし、ま、いいんじゃないの。

添付画像はネットに載っていたトランプさんの娘で、親父の当選は、彼女にノックアウトされたアメリカ人が多かったんじゃないかって噂も飛び交っているらしい。

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2016年11月10日 (木)

明日の我が身

床屋に行こうと街に出たら、駅まえで顔見知りに出会った。
1年ほどまえまで仕事の同僚だった人である。
鼻水をたらし、曲がった腕に杖をついてよたよたと歩いてた。
くわしい事情は知らないけど、脳梗塞で身障者になってしまって、仕事をやめたらしい。

元気ですか。
どうみたって元気なわけないけど、いちおうそう挨拶してみた。
見ればわかるだろうと、口ぶりだけはなかなか達者である。
歳はいくつでしたっけと訊いてみたら、わたしと同じ歳だそうだ。
やれやれ。

彼については、酒が好きで、そしてほかに趣味のない人だったことくらい知っていた。
家にいると奥さんに邪険にされるから、昼間から不自由な体で出歩くんだそうだ。
まあ、健康のためにも歩いたほうがいですよとなぐさめる。
気のドクだけど、わたしも他人の心配ばかりしているわけにはいかない。
明日はわが身と、冷ややかな秋の風を感じつつ、お大事にといって別れた。

それにしてもわたしだけがどうしてこう元気なのか。
床屋の帰りにスーパーに寄って、新鮮なホタテのむき身を買ってきた。
今夜はこれを酒蒸しにして、ワインで一杯やるのが楽しみなのだ。
すこしまえに禁酒宣言をしたけど、気休めに割る水の量を増やして、いまでもバーボン飲んでます。

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2016年11月 9日 (水)

ひどい話

ひどい話。
メシを食いながらアメリカの情勢に注目していたけどね。
トランプさんの勝利だって。
ずけずけいわせてもらえば、もう生物としての役割を終えたわたしに、選挙の結果なんぞどうでもいいことなんだけど。

そこまでいっちゃ身もフタもないか。
でもべつに心配はしていない。
トランプさんも本気で国境にフェンスを築けるとは思ってないだろうし、さあ、これから彼がどんなふうに変貌するか、案外彼に投票した人たちも、そのへんに興味があったんじゃないか。

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思い出(の中華料理店)

すこしまえ、うちの近所に新しいラーメン屋がオープンした。
開店まえの準備期間中からいやな気分。
店の名前も暴走族ふうだし、なにしろ建物が極彩色の真っ赤っか。
ラーメンがおいしくなくても、店のつらがまえだけで食わせてしまおうって魂胆が見え見え。
繁華街ならわからんでもないけど、うちの近所は田んぼも畑もある、風光明媚な文教地区なんだけどねえ。

でも昨今はこんなことに口を出すと、やれ◯◯の権利だ、◯◯の蹂躙だなんてゴタクを引っ張り出されて、あとが厄介というんで、誰も文句をいわない。
いちど食べに行ってみたことがあるけど、店に嫌悪感を感じているせいもあって、わたしには特別においしいとは思えなかった。
といって格別にまずいわけでもない。
つまり、最近流行っているこの手の店と変わらないということだ。

わたしの舌がおかしいのか。
どういうわけかわたしの好みは、むかしから場末の、あまり目立たない料理店にあることが多かった。

若いころ大久保と東中野の中間にある住宅街、こういっただけでおよその雰囲気がわかる、ごみごみした住宅街に部屋を借りていたことがある。
すぐ近所に一軒の中華料理店があった。
店の親父は世間からつまはじきにされて、それでも奥さんと子供をかかえて、ひっそりと生きている感じのさえない男性だったけど、料理のうでは確かだった。
ほかに近所にふさわしい店がなかったから、わたしは毎晩のようにここに通い続けた。
わたしの青春の一時期をいろどったこの店もいまはない。
親父が儲けて大きな店を持ったのならいいけど、そんなに儲かりそうな店じゃなかったしな。

その後、西武多摩川線の多摩墓地駅(いまでは多磨駅に改名)の近くに引越ししたけど、ここでは駅まえにある中華料理店に入りびたり。
毎晩のように通いつめ、しかもわたしが注文するのはモヤシソバかマーボ豆腐定食に決まっていたから、店でわたしは有名人だったようだ。
こちらの親父さんは小太りの短躯という、コックの見本みたいな人で、無口無愛想なわたしをよく理解してくれた。
彼は新天地を開発するといって、どこか東北のほうへ行ってしまったけど、店は奥さんが引き継いで、いまでも多磨駅の近くにあるはずだ。

わたしの思い出の中にあるのは、いつも店構えではなく、味で勝負する店ばかりである。

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2016年11月 8日 (火)

アセる

時間の経つの早いこと。
なんぼ終活中とはいえ、あと大統領選挙までの2カ月ぐらい生きているだろう、あー、結果が楽シミとこのブログに書いたのが、9月の9日。
あっという間に今日が投票日だって。
こんなに時間の経つのが早いと、いささか不安になる。
わたしって、もう生物としての役割を終えたんじゃないか。
いまさら結婚して子供を作るわけにもいかない人間は、さっさとこの世からいなくなれっていう天の摂理かも。
わたしのお亡くなりになる日まで、あとは一瀉千里だな、きっと。
うんと遊んでおかなくちゃと、気ばかりアセる。

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2016年11月 7日 (月)

正直さ

Tb

むかしタルラ・バンクヘッドという女優さんがいた。
戦前、戦中のアメリカで活躍した女優だから、わたしがまだ生まれるまえの人である。
タバコと酒にとドラッグに加え、男でも女でもどすこいという具合で、そんな数々のスキャンダルで名を残しており、彼女を探すなら家よりもゴシップ誌を探したほうか早いといわれたくらい奔放な性格の人だったそうである。

ひじょうに口のわるい人で、相手かまわずいいたいことをいっていたので、敵も多かった。
しかし彼女はひとつの信念を持っていて、それはウソをつかない、他人を裏切らない、見栄をはらないというもので、アメリカの一般大衆はそんな彼女にやんやの喝采をした。

彼女はその人生の後半に裁判沙汰にまきこまれたことがある。
アメリカのマスコミはここぞとばかりに彼女を叩いたけど、それでも彼女は大衆の支持を失わなかった。
なんといわれようと、タルラは正直だ、ウソをつかない、というのがアメリカ人の彼女を支持する理由だったそうである。

さて、大統領候補のトランプさん。
ここまでくるともうわたしには、結果がどうなるかさっぱりわからない。
マスコミからボロクソにいわれているけど、テレビを観ていたら、彼の女性軽視の発言に対し、そんなのトイレの中でする話でしょう、誰だってやってるわという “女性” 支持者がいた。
政策の実現性よりも、アメリカ人は候補者の正直さを支持するかもしれない。

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2016年11月 5日 (土)

実験台

「ゆらぐアメリカ」というNHKスペシャルを観た。
大統領選挙についての番組だけど、トランプさんが人気沸騰で、これはアメリカでは移民を排斥しようという人が増えているせいだそうだ。
勝手な言いぐさだよな。

そもそもアメリカという国は、イデオロギーや社会政策の実験台みたいなところがある。
国民皆保険のないめずらしい先進国ということもあるし、人間の欲望の底知れない部分を放置して、格差が無制限に拡大しつつあるってこともある。
これみな資本主義が行きつくところまで行くとどうなるかという実験だと思っているから、わたしも文句をいわないのである。

そもそもこの国の繁栄は誰がもたらしたものなのか。
アメリカ・インディアンしか住んでいなかった手つかずの大地に、押し寄せたあぶれ者たちが建国した国ではないか。
だらしない白人兵士ばかりだったら、第二次世界大戦に勝てたかどうかわからないし、ドイツからの難民を受け入れなかったら太平洋戦争で日本に原爆を落とせたかどうかも疑わしい。
ノーベル賞の多くも、日本と違って、ほとんど移民や移民の末裔が受賞したもんだろ。
がたがたいわずに実験を続けておくれ。
移民が増えすぎた先進国がどうなるのか、わたしはおおいに興味を持っているのだ。

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陰謀

トランプさんが敵失に乗じてまたヒラリーに肉薄だそうだ。
このあたりに壮大な陰謀を感じるのはわたしだけだろうか。

アメリカのマスコミはトランプが嫌いだ。
投票日が近づく。
どうもヒラリーが相手を突き放すにはイマイチだ。
これはヘタするとヘタするかも。
では、どうすればいいか。
投票直前になってトランプが肉薄していると報道すれば、危機感をもった有権者はあわてて投票所に走る。
のんべんだらりんと報道していると、みんなどうせヒラリーが勝つだろうと安心して、投票に行かないから、これは効果がある。

というマスコミの陰謀ではないかと疑っているのは・・・・まあ、わたしだけだろうな。
そもそも基本的な政策を支持しているなら、メールごときで投票先が右往左往するわけがないのに、アメリカの有権者って、大統領選挙をゲームかなんかとカン違いしてんのとちがうか。

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2016年11月 4日 (金)

真実に気づく

今朝の新聞にちょっと興味深い記事があった。
いまから80年以上まえにも築地の市場移転騒動というものがあったそうで、当時の貴重な映像も見つかっているそうである。
へえ、そうかいと感心して記事を読んでいるうち、日本の政治について衝撃的な真実を見出した。
いえ、あまりおおげさに受け取られても困っちまうんですが。

記事の中に、業者と民間のあいだの摩擦、ズルズルのびる計画、既得権益と政治家と金という文章がある。
いまもむかしも政治家は、こういうオイシイ話にむらがっていたのかいと思ったけど、ここでひとつ考えてみた。

いったい政治家の役割というのはなんだろう。
中国や韓国は知らないけど、日本の場合、いろいろな勢力の代表ってことでいいんじゃないか。
80年まえの移転騒動では、路上で板をならべて魚を売っていた問屋たちが、その売る権利を守るために、政治家に口をはさんでもらおうとあの手この手。
そのために賄賂をわたす。

いまでも賄賂を渡しているかどうか知らないけど、現代の農協問題みたいなものだ。
農協はTPPに反対したくて、政治家を巻き込んであの手この手。
政治家と金というのがいつも問題になるけど、つまりそれは既得権益者が、自分たちの権利を代弁してくれる人物に、自分たちの主張を通してもらおうとお金を出しているのであって、農協族なんていう政治家は、こういうときのために飼われているのだ。

TPPに賛成する勢力は、べつの政治家を引き込んで、こちらもせっせとあの手この手。
こうやって綱引きのあげくに政策が決まるのが日本の政治だとしたら、これはけっしてまずいことではない。
バカだチョンだといわれながらも、日本の政治家がなかなか絶滅危惧種にならない原因はこんなところにあるのではないか。

賄賂というから腹がたつ。
昨今は政治家も生活が苦しいらしいし、自分たちの主張の代弁料のつもりで、20万、30万の金ぐらいは出してやってもよさそうな気がする。
いや、これは政治家と金を擁護するために書いたわけじゃない。
でも重箱のすみをつっつくような朝日新聞を読んでいると、ときどきこういう真実に気づかされるからおもしろい。

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2016年11月 3日 (木)

困ったもん

今日のウチの新聞は、なんだかやけに憲法についての記事が多い。
どうしてかと思ったら、今日は現行憲法が公布されて70年の節目だそうだ。
そういうわけで、いろいろ突っ込みどころの多い記事が満載だけど、もういちゃもんをつけるのもくたびれた。
なーんにもいいません。
あ、いや、紙面のかたすみに訂正があって、2日の記事の「民主執行部」は「民進執行部」の誤りでしただって。
窮すれば鈍すってわけかい。
困ったもん。

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2016年11月 2日 (水)

子供

呑みにいく。
仲間と行くときは、たいていそのへんのファミレスに毛の生えたような店である。
近くの席で奥さんたちのグループが気炎を上げている。
奥さんたちだけなら同席もいとわないけど、相手は小さな子供を連れている。
こうなると、怒って席を立つ人間が、わたしの周辺にもいた。

こういう問題について、今朝のウチの新聞の投書欄に特集があった。
神聖なる飲み屋にやかましい子供を連れてくるなと主張する人と、子供はさわぐのがあたりまえの天使だという人の対立である。
わたしは子供が好きだらあまり気にしないけど、やっぱり近くで走りまわったり、大声をあげられると気分がわるい。
ただ、いちばんの問題は、子供にしつけをしない母親だな。

そりゃ奥さん稼業は退屈だ。
亭主のいないすきに飲み屋へ行こうが不倫をしようがかまわないけど、子供の迷惑は、これは母親の無責任な子育てにある。
やかましい、じってしてろと、一発ガツンとかませばいい。
子供は天使であると同時に野生動物でもあるのだから、最初のしつけは大切なのだ。

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秋の夜長

秋の夜長はなにをして過ごすか。
よく夜中にトイレにおきて、あるいは台所に水を飲みにいって、そのままぽっくり逝ってしまう人がいる。
わたしの同僚には、パソコンに向かっている最中お亡くなりになっちゃった男がいた。
ゲームでもして興奮したのかどうかわからないけど、彼はわたしより若かった。
わたしももういつそうなってもおかしくない。

いったい死ぬということはどういうことだろう。
たとえば、いまこの瞬間のわたしはまちがいなく生きている。
それが5分後にお亡くなりになるとしたら、いったいわたしの意識はどうなるのだろう。
理屈っぽくなるけど、そのへんの切り替えがよくわからない。

死後の世界を信じている人なら話はかんたんだ。
目の前がぼうっと暗くなり、気がついたら三途の川を渡っているか、よければ両脇を天使にささえられ、雲の上をただよっているかだろう。
ヘタすればブタに生まれ変わっている自分を発見するのかもしれない。
しかしわたしみたいに、あの世や来世なんてものを信じてない人間はどうなるのか。

いまはっきり認識できる思考や感覚が、ある瞬間をさかいにして、ぽっと無になる?
それじゃいまのこの生きているという実感はいったいなんなのか。
その瞬間にぜんぶチャラになり、なにもわからなくなるのだから、そんな心配をしても仕方がないという人もいるかもしれない。
そんなふうにかんたんに割り切るにしては、この世界はあまりに複雑かつ刺激的だ。
文学や絵画、音楽などで語られてきた世界は、ぜんぜん永続性のない、わたしの死とともに雲散霧消してしまうものなのだろうか。

ああ、わからないわからないと、ひたすら悩むことにも意義はある。
死ねばその瞬間に答えがわかるかもしれない。
だとすれば、ようやく長年の疑問が解消するという、ビックリ箱を開けるような楽しみが、最後の瞬間まで存在することになるではないか。

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2016年11月 1日 (火)

百合子サンの会見

豊洲市場の問題について、百合子サンの記者会見を観た。
わたしが言ったとおり、大山鳴動してネズミ1匹も出なかったという感じになりそう。
盛り土をしないことにした犯人がわかったといったって、彼らはことなかれ主義のお役人ばかりで、刑務所に放り込むほどの罪を犯したわけでもない。
命令を下したトップは誰なのか、うやむやでおしまい。

そんなことで仰々しく会見をするなら、盛り土をしないとどの程度の被害があるのか、あるとしたらこれからどうやって対処するのか、そういうことをきちんと説明してほしかった。
地下の空洞を盛り土で埋めてしまうのか、するといくらかかるのか。
小市民のわたし的にはそっちのほうが気になります。

市場が有害物質に汚染されてるっといったって、生態系の頂点にいて、地球の水銀をせっせと吸収しているマグロを、わたしら日常的に食べてんでしょ。
つまんないことにこだわっていたら、寿司も刺身も食べられなくなってしまうわというのは、それが大好物のわたしの本音。

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ハロウィン?

000

すげえな、夜の街に大群衆。
てっきりハロウィンの写真かと思ったら、韓国だって。
韓国でもハロウィンやるのかと思ったら、大統領のスキャンダルに抗議するデモ隊だって。
ほんと、日本は平和。
これで政府に文句いってたらバチが当たります。

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