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2016年11月 9日 (水)

思い出(の中華料理店)

すこしまえ、うちの近所に新しいラーメン屋がオープンした。
開店まえの準備期間中からいやな気分。
店の名前も暴走族ふうだし、なにしろ建物が極彩色の真っ赤っか。
ラーメンがおいしくなくても、店のつらがまえだけで食わせてしまおうって魂胆が見え見え。
繁華街ならわからんでもないけど、うちの近所は田んぼも畑もある、風光明媚な文教地区なんだけどねえ。

でも昨今はこんなことに口を出すと、やれ◯◯の権利だ、◯◯の蹂躙だなんてゴタクを引っ張り出されて、あとが厄介というんで、誰も文句をいわない。
いちど食べに行ってみたことがあるけど、店に嫌悪感を感じているせいもあって、わたしには特別においしいとは思えなかった。
といって格別にまずいわけでもない。
つまり、最近流行っているこの手の店と変わらないということだ。

わたしの舌がおかしいのか。
どういうわけかわたしの好みは、むかしから場末の、あまり目立たない料理店にあることが多かった。

若いころ大久保と東中野の中間にある住宅街、こういっただけでおよその雰囲気がわかる、ごみごみした住宅街に部屋を借りていたことがある。
すぐ近所に一軒の中華料理店があった。
店の親父は世間からつまはじきにされて、それでも奥さんと子供をかかえて、ひっそりと生きている感じのさえない男性だったけど、料理のうでは確かだった。
ほかに近所にふさわしい店がなかったから、わたしは毎晩のようにここに通い続けた。
わたしの青春の一時期をいろどったこの店もいまはない。
親父が儲けて大きな店を持ったのならいいけど、そんなに儲かりそうな店じゃなかったしな。

その後、西武多摩川線の多摩墓地駅(いまでは多磨駅に改名)の近くに引越ししたけど、ここでは駅まえにある中華料理店に入りびたり。
毎晩のように通いつめ、しかもわたしが注文するのはモヤシソバかマーボ豆腐定食に決まっていたから、店でわたしは有名人だったようだ。
こちらの親父さんは小太りの短躯という、コックの見本みたいな人で、無口無愛想なわたしをよく理解してくれた。
彼は新天地を開発するといって、どこか東北のほうへ行ってしまったけど、店は奥さんが引き継いで、いまでも多磨駅の近くにあるはずだ。

わたしの思い出の中にあるのは、いつも店構えではなく、味で勝負する店ばかりである。

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