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2017年3月

2017年3月31日 (金)

いちゃもん

今朝の新聞で池上彰さんが、パン屋を和菓子屋に変えろという文部科学省の方針はおかしいと噛みついている。
わたしもおかしいと思う。
だいたいクロワッサンやロールパンを売る店と、モナカや羊羹を売る店をどうしていっしょにできるのか。
これは、つまり役人の習性ってやつだな。
これまでのまんまでいいよというのでは、自分たちの存在感が薄れる(じっさいヒマなんだろうけど)。
どこかひとつでも変更させれば、自分たちも一生懸命仕事をしてるんですよと弁解できるわけだ。

考えてみると、こんなどうでもいい政策の変更は過去にも多かった。
ひとつ例をあげると、車のサイドミラー。
かってはドアミラーが禁止だった時代がある。
理由は、ドアミラーは視線の移動が大きくて危険だからというものだった。
それがドアミラーが隆盛になると、べつに人間の視線の動きに変化があったわけでもないのに、いつの間にかなしくずし的に許可ということになってしまった。
あれも、ようするになにかいちゃもんをつけないと、自分たちの仕事が認められないという役人根性のあらわれだったのだろう。

今朝の新聞によると、都知事のユリコさん、都議選で築地の移転を争点にしない方針だそうだ。
どうやらこの問題が自分に不利になることに気がついたらしい。
思い起こせばオリンピックもそうだった。
計画を見直すなんて大見得をきったものの、いつの間にかそんな問題はどっかに行っちゃった。

これはけっしてユリコさんがわるいわけではなく、そんなものに踊らされて、彼女を支持する人たちのほうがわるい。
ころりころりと争点を変える、つまり一貫した政策よりも、つねに話題を先行させる行き方に、いいかげん疑問をもってほしいものだ。
最近はNHKのニュースだって、大きな声でいわないだけで、微妙にユリコさんの政治に愛想をつかしているのがわかるのに。

それにしてもこんな綱渡りで、つぎのオリンピックまで知事の座を維持できるんだろうか。
オリンピックのまえにまた知事が交代なんてみっともないから、わたし個人的にはがまんするけど、どこかのお役人みたいにいちゃもんをつけてるヒマがあったら、もっと果敢に政策を遂行してほしい。

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2017年3月30日 (木)

実況中継

Img_0490

また実況中継だぞ。
いま自然観察園ではカタクリが咲き始めているけど、アップで撮るほど接近できない。
これはニリンソウ。
去年も同じような写真撮ったけなあ。

これはアイフォンで撮影し、アイフォンで更新した記事。

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2017年3月29日 (水)

最近のトランプさん

ツィッターの更新にくたびれちゃったのか、トランプは精神異常者だというお医者さんの発言を聞いたあと、ここしばらく名物大統領の発言がひと休み。
そんなトランプさんが、今日の夕刊によると「米温暖化対策見直し署名」だって。

都知事のユリコさんの手法が敵をつくることなら、トランプさんのそれは、なんでもかんでも前政権の反対を行くこと。
そうすることによって、なんとなく壮大な改革をしてるようにみせかけることができるけど、温暖化なんてものは持続的に対応すべき問題だから、アメリカの都合だけでかんたんにひっくり返していいものなのか。

知らんぞ。
トランプさんの支持率が、わずか2カ月で、オバマ君の最低記録を下まわるだって。
なんかひとつくらい、オレのいうことを聞いてくれてもいいだろうと、彼がプッツンする日も近いかも。

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2017年3月28日 (火)

レギンス

外国の話だけど、レギンスで飛行機に乗ろうとした女の子が搭乗を拒否されたそうだ。
理由が、エロいからだという。
それでネットが炎上するような騒ぎになっているらしい。

レギンスってなんだ。
女の子のファッションに詳しくない当方には、レギンスってものがわからない。
エロいという点が気になってググッてみた。

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なんだ、モモヒキじゃないか。
タイツのことじゃないか。
エロいというのは、パンストのままみたいな格好だかららしい。
でもこういうのはずっとむかしにも、サブリナ・パンツという似たようなファッションがあったぞ。
映画の中でオードリー・ヘプバーンがはいて有名になったやつ。
あれだって当時はかなりエロかったはず。
こんなふうに古い映画が飛び出すところが映画通の博識なところだな。

わたしはこういうものに偏見を持たない進歩的なおじさんだから、街を歩く女の子がレギンスだからって、いちいち文句をいわない。
中にはすけすけのレギンスもあるそうだ。
いいからそのままで、じゃんじゃんおもてを闊歩しておくれ。
中年のおじさんがみんな支持し、いやらしい目で注目するようになれば、自然とレギンスなんて廃れるのではないか。

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2017年3月27日 (月)

「猫」の終わり

ネコがビールを飲み始めた。
彼の運命も明日かあさってで終わりだろう。
これだけじゃなんのことかわからない。
ウチの新聞に復刻連載中の「我輩は猫である」のこと。
漱石さんちのネコはビールを飲んで、酔っ払ってカメの中に落ち、そこで往生することになっているのだ。
つまり連載もいよいよ終わるということである。

ひじょうにおもしろいから読んでごらんなさいと勧めておいて、こんな言い方はないけど、今回の連載は、わたしにはあまりおもしろいと感じられなかった。
原因は若いころ、文庫本にして3、4冊を、文字どおりすり切れるくらい読んだことだろう。
内容を丸暗記したくらいだから、これじゃいくらなんでもマンネリだ。

でも、はじめてこれを読む人にとっては、あいかわらずおもしろい本じゃないかと思うけど、あいにく最近の若いもんて、とにかく本を読まないらしいからね。
刹那的に刺激を求めるゲーム世代には、どうみても合いそうもないし。
この本は明治時代に書かれた小説だけど、そういうわけでわたしには、またひとつ昭和は遠くなりにけりという感慨があるなあ。
文学青年たちが口角泡を飛ばしていた時代がなつかしい。

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2017年3月25日 (土)

ヒメリュウキンカ

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JALとANAから誕生日祝いのメールがきた。
え、なんでお前ら、わたしの誕生日を知ってんのさと思ったけど、じつは世界中にわたしの誕生日を知っている人間は多いのだ。
米国のCIAにももちろんわたしの個人情報は筒抜けだし、それがイヤならアメリカ旅行なんかしなければいい。

アメリカに行く場合、ESTAというオンラインの入国システムを使うんだけど、当然ながらいろいろ個人情報を書かされる。
JALとANAの場合も、以前会員カードを申し込むためにいろいろ書かされた。
個人情報をばらまいているみたいなものだけど、いまどき、クレジットカードやケータイ、市役所の書類、旅行、あるいは宿屋、その他もろもろを申し込むのに、こちらの情報を書き込まずにはなにもできない。

だからやたらに誕生日のお祝いがくるんだけど、けっして嬉しがっているわけじゃないからね。
なんとか歳をとらない方法はないかと、始皇帝みたいに悩むお歳ごろなんだよ、わたしって。

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添付したのは、毎年ながめているのに、紹介するのは今回がはじめての花。
となりの農家の庭に廃車が放置されていて、それが目ざわりと思っていたけど、申し訳ありませんと謝罪代わりにそのまわりに咲く花。
キンポウゲのように金属光沢があって、なかなかキレイ。
調べてみたらヒメリュウキンカというそうだ。

ところでせっかく作った航空会社のカード、まだいちども使ってないよ。
つぎの旅行で試してみるか。

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2017年3月24日 (金)

証人喚問

今朝の新聞。
籠池サンという人の証人喚問がトップなのは、うちの新聞としてとうぜんのこと。
いつもいちゃもんばかりつけているわたしがこれにぜんぜん触れないと、やっぱりわたしのブログは与党寄りだ、保守の味方だといわれてしまう。

なんでこれについて書かないかというと、籠池サン自身も同じ穴のむじなみたいで、目くそが鼻くそに反旗をひるがえしたみたいな印象しかないこと。
野党ならびに世間は、また例によって真実をあきらかにしろなんて叫んでいるけど、せいぜい小学校を作りたいおっさんが、こんどの総理は右翼が好きみたいだからと、その方向でせっせとゴマをすって、土地の購入に便宜をはかってもらったってことでしょ。
ラブホテルやパチンコ屋の建設に比べれば、まあ反対する理由もないんで、政治家もいろいろ口利きをする。
それがバレて土壇場でひっくり返されて、うらみつらみの籠池サンが、国会でぜんぶバラしてやるって開き直っているだけなんじゃないの。

正義をふりまわすにしてはみみっちいし、わたし、こんな事件に興味ありません。

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2017年3月23日 (木)

ひなたぼっこ

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また散歩にきて、飛行場のわきでひなたぼっこ。
種類は知らんけど、もう満開のサクラもあるし、ナズナ、ホトケノザ、オオイヌノフグリなどが花盛り。
広い公園はわたしの貸し切りだ。
あと何回こういう景色をながめられるかと思っていたけど、すくなくても今年だけはまちがいなさそう。

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2017年3月22日 (水)

頭休め

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昨日はいちにち雨だったし、新聞にいらいらがつのったので、ブログに長文をふたつも書いてしまった。
今日も新聞にムカつくところがあるけど、天気はいいし、暖かいし、部屋で頭を使わずにぼんやりしてると気持ちイイ。
となりが農家なので、部屋のベランダからもいろんな花が咲くのを見られるのだ。
わたしはそういう家に住んでいるのである。
あ、またニートネコの出番。

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2017年3月21日 (火)

また慰安婦

あいかわらず朝日新聞が慰安婦について取り上げている。
それも10面全部のでっかい扱いだ。
またかいというところだけど、今回は趣向を変えて、朝日新聞の肩を持つような書き方をしてみよう。
ひょっとすると朝日新聞も慰安婦捏造について謝罪したいのだが、リベラルを標榜している立場上なかなかそういうことができないので、苦心の末にひねくり出した記事かもしれない。

その記事は「慰安婦問題を考える」という特集である。
登場するのはウツミさんという名誉教授さんほか2名。
彼女は東京裁判の資料をまとめ、90年代に、もと慰安婦の証言を聞いて衝撃を受け、せっせと研究して、2011年にその成果をまとめたとある。
あとで出てくるスズキさんもそうだけど、こういう研究はもっとむかしにさかのぼってやらないと、虚実入り混じって、ほんとうのところはなかなかわからないものだ。

そもそも東京裁判は、戦勝国による私怨をはらすための裁判で、公平とはいえなかったと問題にされている裁判だ。
朝日新聞もつねづねそう考えていて、いまごろになってそれを暴露するために、今朝の記事を書いたのかもしれない。
東京裁判の資料と書いただけで、もうこれは本気にされては困るんですよと、読者に暗に警告しているようなものだから。

つぎの文章は、今朝の朝日新聞の記事からのもの。
東京裁判で検事から追及された日本軍の法務局長は、戦地で強姦が多発していたことを認めた。
陸軍部隊の戦友会報には、地区の婦女子の安全を守るために慰安所を開設したとある。
こんな文章を読むと、慰安所というのは、日本軍が性暴力の蔓延をふせぐために設置したものであることがわかる。
慰安所の設置でどれだけの女性が兵士の暴力から救われたことか。

ウダガワという大学講師さんは、裁判資料から性暴力の記述がたくさん見つかるのですかと訊かれ、いえ、むしろ逆ですと答えている。
ということは性暴力はあまりなかったと考えるのがフツーだけど、裁判の判決にはいきなり性暴力や残虐行為が出てきてしまう。
するとこれをもって、日本軍はいわれているとおりの暴力軍隊だったと結論づけてしまうのだから、裁判もウダガワさんも調子がよい。

朝鮮や台湾の被害が裁判でほとんど取り上げられなかったというけど、どんな時代にも侵略だ征服だを繰り返してきた西洋では、戦争で男が女を犯すのは当たりまえすぎて、問題にならなかったということかもしれない。
それがいいことだとはいわないけど、過去をほじくり返すには、その時代を正しく知ることが必要だ。
そういうことを認識させてくれたというだけで、今日の朝日は読みごたえがある。

インドネシアでオランダ人女性を慰安所で働かせていた件では、そのことを知った日本軍司令部はただちにそれを閉鎖させたという。
ただちに閉鎖させたと書くあたりに、朝日新聞の善意がよくあらわれている。
勝ちにおごる馬鹿はどこにでもいるもので、そういう馬鹿を例外とすれば、全体としては日本軍は規律にきびしい軍隊で、女性の尊厳を守るためにいろいろ気をつかっていたということではないか。
その馬鹿は現地の裁判でしばり首になったそうだから、戦争裁判の本質がどんなものだったかもよくわかってしまう。

スズキという講師さんは2013年から慰安婦の聞き取り調査をしているそうだけど、この年からとわざわざ書くところに朝日新聞の善意が感じられる。
いまから4、5年前では、もう慰安婦が話題になっていて、いろんなおもわくが交錯しているころだ。
これでは調査の結果を信用するのは危険ですよと、新聞がわざわざ警告してくれているようなものではないか。
読者は新聞のこうした隠れたヒントを読み解かなければいけない。

この特集にはドイツの研究者も出てくる。
ロシアに侵攻したドイツ軍にも慰安所はあったとかなんとか。
その仕返しなのかどうか知らないけど、ベルリンの女性(赤ちゃんとおばあさん以外)は敗戦時に、進駐してきたロシア兵に徹底的に蹂躙された。
ようするに基本的な問題として、男は女を欲する動物だということを理解しないかぎり、問題の解決にはならないのである。
慰安婦のことで日本やドイツをいくら責めたって、世界中で勃発する戦時下の性暴力をとめることはできっこないのだ。

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今朝の新聞

今朝のウチの新聞の1面の見出しが「豊洲移転解明されぬ経緯」だって。
しかも副見出しに、「石原氏『記憶にない』『部下に一任』」とある。
これじゃまるで慎太郎サンがなにか隠しているように思えてしまう。
都知事、もしくは都庁の役人が、築地の移転で業者から賄賂でももらったというんだろうか。
それとも東京ガスと癒着して、秘密取引でもあったというんだろうか。
現在はリークの時代だから、そういうことがあればとっくに共産党あたりが尻尾をつかんでると思うけど、それがぜんぜんおもてに出てこないっていうのはどうしてだろう。

この問題については、社会面にも記事がある。
経緯の全体像はそこに尽くされており、それ以上のものはないと思う。
ようするに当時は老朽化していた築地の移転が急務で、都庁全体が(鈴木都知事のころから)その方向に動いていた。
水面下の交渉だとか、東京ガスへの政治的圧力だとかいうことは、かりにそれがあったとしても、移転をすみやかに成就させたい都側の事情で出てきたことで、新聞ダネがせいぜい、責任を問えるような問題ではないだろう。

慎太郎サンの横柄な態度が、都知事のころからキライだったという人も多いかもしれない。
しかし今回の百条委員会では、脳梗塞の気のドクな老人は精一杯誠実に答えていたと思うし、この問題は気分や好き嫌いで判断すべきじゃない。

ここでもユリコさんは、これまでの検証も含めて総合的な判断が求められるだなんて、ひとごとのようなセリフ。
しかも石原都政が決めた基準が守られているかを確認するために延期を決めたなどと、また他人に責任を転化するしまつだ。

豊洲が気に入らないなら、さっさと新しい移転先を決めたらどうなのか。
東京湾周辺で汚染されてない土地なんてあるはずがないから、多摩川の上流にでも適地を探すんだな。
すると交通の便が悪すぎるとか、淡水魚を扱ってんじゃないぞとか、引越し費用がかさむとか、またかならず反対する人が出てくる。
やっぱり老朽化した築地にもどるしかないかしら。
みずからまいた種とはいえ、ユリコさんは、こじれたこの問題を解決するすべがなくて立ちすくんでいるようにみえる。

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2017年3月20日 (月)

朝鮮

詩人の丸山薫に「朝鮮」という詩がある。
いま本が手もとにないので、詳しいことは忘れたけど、内容はこんなふうだ。

魔物がお姫様を追いかけている。
あと少しで追いつかれるというとき、お姫様は髪に挿したかんざしをうしろに投げた。
かんざしは山になって魔物の行く手をさまたげた。
舌打ちしながらもようやく山を越えた魔物は、ふたたびお姫様においすがる。
お姫様は今度は身につけた帯を投げる。
帯は川となって魔物の行く手をはばんだ。
じゃぶじゃぶと、それでもようやく川を越えた魔物は、ふたたびお姫様においすがり、お姫様はつぎに・・・・という具合に、似たようなことが繰り返されたあと、とうとうお姫様はすっぽんぽんになってその場にうずくまるという、神話や伝説によくあるような物語詩だ。

これは強国日本に併合されようとしていた朝鮮の悲劇を描いた詩であるとされる。
丸山薫という人がとくに左翼作家というわけではなく、これは普遍的なヒューマニズムが原点になって書かれた詩だという。
戦前にも日本の大陸進出を冷静にながめていた日本人もいたってことだ。

韓国が迎撃ミサイルシステム(THAAD)の配備を決めたり、日本と軍事同盟を結んだというので、中国のいやがらせが起きている。
フィリピンだとか韓国のように、相手が格下だとみれば中国は強気である。
このままいくと、中国、ロシア、日本のいずれかに併合されるしかなかった朝鮮(韓国)の悲劇が、また繰り返されるような気がしてならない。
そのさい、なにがなんでも日本はキライという人と、一党独裁の中国よりはマシという人で、国民が2分されるかも。
はたして韓国の未来はどうなるのか。
わたしが愛国的韓国人だったら平然としていられない。

わたしのいちばん好きな丸山薫の詩は以下のものだ。
    破片は一つに寄り添はうとしてゐた。
    亀裂はまた微笑まうとしてゐた。
    砲身は起き上つて、ふたたび砲架に坐らうとしてゐた。
    みんな儚い原形を夢みてゐた。
    ひと風ごとに、砂に埋れて行つた。
    見えない海――候鳥の閃き。

「砲塁」という作品だけど、そこに感じられるのは孤独と絶望のみ。
徹底的反日主義者が大統領になるかもしれないいまの韓国人に、なにか未来の希望があるだろうか。

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2017年3月19日 (日)

スキャンダル

スキャンダルの発覚だ。
いや、森友学園の話じゃない。
昨日の飲み会での雑談によると、わたしが相場よりも安い価格で、相手から品物をせしめたってことが問題になっているらしい。
相手というのは例の財閥のせがれのO君で、彼は金力にモノをいわせて、使いもしないものを買いまくるので有名だ。
彼が iPad 2台(大と小)を持っているのをふびんに思ったわたしが、おい、小さいほう(ミニ)を2万円で売れよと持ちかけたのが、ことの発端だそうだ。

今回はこの問題について考えてみよう。
このスキャンダルはもう3年前の話で、問題になっている iPadミニは、まだ買って1年以内のいちばん最初のモデルだった。
O君はでっかいほうを売るといったけど、旅行に持ち歩くつもりのわたしには、ミニのほうが都合がよかったのである。

O君の弁護士によると、2万円は安すぎる、中古としてヤフオクに出しても3万、4万円はしたはずだという。
うーむと思うけど、その時点でO君はそれをヤフオクに出すつもりはなかったはずだから、わたしが買うと持ちかけなかったら、そのまま彼が持ち続けていただろう。
彼がいまでもそれを持っていたとしたら、もうそんなものを買う人間はひとりもいないし、いたとしてもクソみたいな値段で買い叩かれるのが関の山。

だいたいO君は iPad を、マンガを読むことにしか使わないのである。
マンガを読むなら小さいほうより大きいほうがいいから、ミニのほうはあまり使い道がないはずだ。
だからこの取引は、お互いに満足するという、取引としては理想的なものであったことはまちがいない。
しかもこの後、わたしのミニは、ロシアに、ボルネオに、チェンマイにと、わたしとともに世界中を飛びまわっているのだから、機械にとってもこれほど幸せな環境はないんじゃないか。

ヤフオクをのぞいてみると、いまでも2万だ、3万だという iPadミニが出品されている。
それがどのていどの製品か知らないけど、世間にはけっして損をしたくないという人が多すぎるようだ。
売値は売るほうが勝手につけるのだからいくらにしようとかまわないけど、その値段で売れるかどうかはまた別問題。
新しいものを買ったから不要なものを売ってしまおうという場合、わたしだったら二束三文で売る。

以前 iPod を紛失したことのあるわたしは、すでにそれのない生活に耐えられなくなっていたので、すぐさま新しい iPod を購入したことがある。
ところがなくしたはずの iPod が出てきた。
二つも持っていても仕方ないなとぼやいたら、すぐにハイエナのように近づいてきたのが、ほかならぬO君だ。
買って2週間の iPod は、半値で彼に買われていった。
べつに惜しいとも思わない。
そんなふうにお互いの品物を安く譲渡しあい、けちょんけちょんにけなしあうのが、わたしたちの友情のあかしなのである。
いまはわたしもO君も平和でおだやかな生活を営んでいるのだから、もうこれについてごたごたいわないこと。

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2017年3月18日 (土)

則天去私

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夏目漱石が生前にモットーとしていた言葉に「則天去私」というものがある。
読んで字のごとく、天にのっとり己れを去る、つまり煩悩や欲望を忘れて自然のまんまで生きようということである。

あいもかわらず政治や国際問題に首を突っ込んで、蟷螂が鎌をふりまわすのわたし。
煩悩や欲望がうずまいているような感じだけど、じつはこれほど則天去私の精神に忠実な生き方もないのだ。
わたしの知り合いには、もっと身近な交友関係に不平不満ばかりいっている人がいる。
相手に手がとどくだけに、これではストレスがたまってしまう。

わたしの場合、身近な人間関係にほとんど興味がなく、他人がなにをしようが放っとけ主義。
わたしみたいに独断専行で、身勝手きわまりない人間は敵も多いから、いちいちまわりを気にしていたら大変だ。
まわりを気にしないで、自分ひとりですこやかに生きていこうというのだから、これも立派な則天去私なのだ。

ブログで文句をいう相手も、たいてい国家権力だとか、不条理な社会なんかであって、しかもまるっきり相手にされてないし、反論も期待していないから、ストレスもたまらない。
そうかといっていいかげんなことも書けない。
必然的に新聞(朝日)をすみからすみまで読み、テレビ(NHK)にかじりつき、ネットをこまめにチェックする。
こうやって年がら年中情報収集にはげんでいるものだから、いやがうえにも知識が身につき、人間が賢くなるのだ(そんな気がするのだ)。
つまり、なんだな。
則天去私ってのは、いまのニートやひきこもりに通じるところがあるのだな。

こんなタノシイ生活でストレスがたまるはずがない。
しょっちゅう病院に行ったり、そこで押しつけられた大量の薬を飲んだりするより、ブログでも書いてウサ晴らしするほうが、よほど健康によござんすよ。
今日はパソコン同好会の日だから、そう、みんなに力説してみるか。
またいやがられるだろーな。
世間から距離をおいて生きるってのはなかなかむずかしい。

世間でゆるキャラが人気だから、画像はうちで作った「ニートネコ」。

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2017年3月17日 (金)

ユリコさん

ユリコさんて、つくづく日本のトランプ大統領だなと思う。
今朝の新聞を読むと、築地と豊洲の違いについて、自民党の都議会議員とやりあったそうだけど、そのわりには国会答弁の見本みたいなあいまいな説明ばかりで、言い分が明確じゃない。
このままでは、ただいちゃもんをつけるだけの政治は早晩いきづまるだろう。

ウチの新聞(朝日)までが悪ノリして、慎太郎サンが無責任だとか、説明責任を果たしていないなどと書いているけど、これってポピュリズムへの迎合だぞ。
彼は都知事として全体を統括すべき責任は認めているではないか。
これ以上なにをどうすればいいっていうのか。
知りもしないことを話せというわけか。

事件の経緯を追ってみよう。
築地の魚市場が老朽化している。
都知事としてはなんとかしなくちゃいけないので、部下に命じて移転の可否や候補地について研究させる。
上司の意向を忖度した役人は、海のそばにあって、築地から遠くもない豊洲がふさわしいと答申する。
空き地ばかりのや豊洲や有明の有効活用も考えなくちゃいけない都知事としては、一石二鳥だ。
じっさい汚染問題さえなければ、ここほど移転先にふさわしい場所はないと、しろうとのわたしでさえ思う。

問題は土壌汚染で、これは慎太郎サンが都知事のころからわかっていた問題だ。
しかし慎太郎サンは芥川賞作家だけど、化学者でも建築の専門家でもない。
部下が、あるいは部下が推奨する学者が、土をかぶせるか、コンクリートでおおえば大丈夫といえば、いちいちそれを疑ってかかるわけにもいかない。
かくして築地の移転にはGOが出る。
これのどこに問題があるのか。
汚染がわかっているのに計画を変更しなかった、東京ガスの責任回避の契約をしたなど、これすべてユリコさんが都知事になってから出てきた問題で、当時の都知事が理解していた問題だろうか。

わたしは思うんだけど、そのころはあたりまえだったことが、あとになって問題になることがよくある。
人間は神さまじゃないのだから、先のことなどわかるはずがない。
前任者のこのていどの失策なら、後任者はしゅしゅくとその後始末に当たればいいだけの話で、責任論より先にやらねばならぬことがある。
しかも火急に、だ。
こうしているあいだにも、業者への補償などで、都民の負担はどんどん増えていくのだ。

それなのに築地の移転問題で、ユリコさんが具体的な対策について、なにか手を打ったことがひとつでもあるだろうか。
豊洲がダメならどこに移すべきなのか。
それとも老朽化した築地を再生させるつもりなのか。
まったくべつの場所に新しい市場を作ろうというのか。
いったいなにをどうしたいのか。
わたしはそういう具体策を知リタイ。

ユリコさんのトランプたる所以は、自分は明確な対応策を示さないくせに、人気取りとしか思えない問題ばかり引き起こしていることだ。
オリンピックだって、無駄づかいが多すぎるから見直しをするといったものの、彼女のいったことで実現したことがいったいいくつあるだろう。
大山鳴動してネズミ一匹ですかと記者にいわれ、失礼じゃないですかと色をなしたのも、イタイところをつかれたからじゃないか。

けっきょく彼女は落としどころの見当もつかないまま、トラブルばかり起こしているようにみえる。
具体的な対応策を示せ。
都民が知りたいのはこっちのほうだ。
しかし具体的なことをいえば、今度は自分が標的にされる。
ユリコさんもむずかしいところだ。
まさか都知事の仕事はぜんぶ部下におまかせで、アタシはいちいち責任をとれませんじゃないだろうね。

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2017年3月16日 (木)

テスト

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話がひじょうに立て込んでいるけど、わたしがフランスのパリか、スペインにでも出かけたとする。
わたしのことだから、行けば現地からブログを更新して、日本で労働者をやっている知り合いたちをくやしがらせようと思う。
そのブログだけど、アイフォンを買ったからそれで更新すればいいものを、老眼ぎみのわたしには、アイフォンの画面は小さすぎてやりにくい。
そこで更新には、だいぶ古くなったタブレット(iPad)を使う。

ブログにはとうぜん写真も添えたい。
写真はタブレットでも撮れるけど、機械が古いから画質がよくない。
日ごろエラそうなことをいってる手前、画質のよい写真でないとバカにされてしまいそう。
今度買ったアイフォンのカメラは4K画質だそうだ。
だからアイフォンで撮った写真を、ブログにそのまま貼ればいいんだけど、それだとアイフォンでブログの更新をすることになってしまう。
老眼ぎみのわたしにはつらい作業になりそうなので、いろいろ考えた。

メンドくさいけど、アイフォンで撮った写真を、メールでいったんタブレットに送る。
こうすればあとの作業はすべてタブレットでできるのである。

しかしまだ問題がある。
写真にうるさいを豪語しているわたしのこと、現地でカワイ子ちゃんとでも知り合ったら、背景をきれいにボカしたり、シャッタースピードを極端に遅くするような高度なテクニックを使って、彼女の尊敬を勝ち得たい。
あいかわらず煩悩の鬼だけど、そんなことはさておいて。

こうなるとアイフォンのカメラでもこころもとない。
かといって35ミリの一眼レフを持っていくのもかったるいから、ここはいま持っているキャノンのミラーレス・カメラ(EOS M2)の出番だ。
これならかなり凝った写真が撮れるけど、欠点はこのカメラでブログの更新まではできないし、アイフォンのようにメールで送ることもできないことだ。
またメンドくさいけど、わたしのミラーレスにはWi-Fi機能がついているから、それを使って、写真をタブレットに取り込む。

とはいうものの、わたしのタブレットはネット契約をしてないから、取り込むためには無線LANのある場所でなければいけない。
アイフォンがあれば無線LANを持ち歩いているようなものだから、まずアイフォンとタブレットをそれでつなぎ、しかるのちに写真をタブレットに取り込むというややこしいことをする。
こうすれば、あとはすべてタブレットでやるだけだ。

一見ノーテンキそうなわたしのブログには、これだけの手間ひまがかかっているのである。
今日はそのテスト。
ここに載せた写真はミラーレス・カメラで撮影し、あとは上記の方法でやったもの。
これであとは先立つものさえあれば、いつ海外旅行に行っても心配はないのだ。
じつはほんとうの問題はそのあたりにあるんだけど。

添付したのはいつもの散歩道を2キロばかり歩いて、たったひとつだけ見つけた今年最初のスミレ。
早く咲きすぎてすこしいじけている。

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全員一致

15人の裁判官が全員一致の意見だそうだ。
今朝の新聞の1面トップに「令状なしでGPS捜査違法」との見出し。
韓国の憲法裁判所が全員一致でクネちゃんを罷免したのが民主主義の理念に反してると書いたばかりだから、これをまともな判断なんていうとダブルスタンダードになってしまいそう。
でもとあちらの国とこちらの国では事情がだいぶ異なる。

こちらの国では司法が行政をとがめる判断であるのに対し、あちらの国では国民の気分が法律で、司法が率先してひとりの大統領を吊るしあげようというものだから、やっぱりどこか違うでしょ。
これ以上ごたごたいうと、わたしもネトウヨと思われそうなので、書きません。

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2017年3月15日 (水)

呑み会

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昨夜はまた体育会系と呑み会。
わたしとこういう連中とは気質が異なるんで、あまり積極的に交わろうって気にならないんだけど、それはなぜかとつらつら考えてみる。

彼らは健康で、スポーツに熱中する青春をすごし、世の中になんの疑問も持たず、まじめに熱心に働くし、おまけにどういうわけか、この連中はカラオケもうまい。
これで女にモテないわけがないから、みんな美人の奥さんをもらい、すると元気づいてますますよく働くから、家の一軒、すこやかな子供のひとりやふたりにも恵まれているのが普通だ。
つまりわたしと正反対の生き方をしてきた人間ばかりなのだ。
もっと正直にいうと、わたしの劣等感を刺激する人ばかりなのである。

最近はもうトシだからそんなこともないけど、若いころはこういう不平等感から不条理な社会というものを憎んだ。
昨夜だってカラオケ・スナックのすみっこのほうで、目立たないように話のあいづちばかり打っているわたしを想像してほしい。
孤独願望がますますつのっちゃうよな。

でもいっしょに呑んでいると、この連中のざっくばらんな態度、底抜けの楽天家ぶり、そして序列にうるさい人間ばかりだから、わたしみたいな偏屈老人でも年長者として尊重してくれるところなどは気持ちがよい。
さいわいわたしは彼らから嫌われてないようだから、まだこれからも呑む機会はありそうだ。

添付したのはカラオケで熱唱する、むかしはモテたというタナカ君。
奥にいるド迫力が、有名なコワモテ大先輩。

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2017年3月13日 (月)

韓国の事情

罷免されたクネちゃん。
わたし個人的には、彼女が望むなら近所に亡命させてもいいと思っているけど、現在も未来もわたしは日本の総理大臣の器じゃないから、それはムリ。
出てくる大統領がことごとく悲惨な末路をむかえる異常さは、ネット掲示板の「海外の万国反応記」にも取り上げられていた。

なんでこうなっちゃったのか。
最初のうちはクネちゃんも、日本や中国のあいだを行ったり来たりして、むずかしい自国の立ち位置を確立しようとがんばっていた。
そんな彼女を嘲笑する手合いも日本にいたけど、このかぎりでは弾劾に値する大統領とは思えない。

しかし大統領の権力というのは日本の首相よりずっと大きいのだ。
ひとり突出して大きいがゆえに、大統領の職というのは孤独なもので、しかもかよわい女の身では、つい身内や親しい友人に相談したくもなるだろう。
でも韓国で、政治にむらがる人間にまともなやつがいると考えるのがそもそもの間違いなのだ。
相談した相手がわるかった。
賄賂や利益供与だって、ふつうなら内緒にするか、隠れてこそこそやるものを、恨むなら親を恨め、金があるのも実力のうちだなんて公言するバカ娘がいるような相手だ。
これじゃ韓国民だって怒ります。

クネちゃんの弾劾決定にはこのバカ娘の存在も大きかっただろう。
しかし全体からすれば、水に落ちたイヌは徹底的に叩けという、朝鮮民族の特性によるところが大きい。
憲法裁判所の裁判官も、国民の顔をうかがうだらしない連中ばかりで、全員一致が民主主義の基本的理念からはずれているということに気がつかなかったのだろうか。
上記した海外の万国反応記には、この記事にこれでも先進国なのかというタイトルがついていたぞ。

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2017年3月12日 (日)

シマアジ

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わが家から5、6分のところに変わったカモが来ているというので、はきつぶしたスニーカーをひっかけて出かけてみた。
最初の写真がそれだけど、アシの茂みにかくれて出てこない。
わたしは野鳥用の望遠レンズを持っているわけじゃないから、2番目の写真はネットで見つけたもの。
シマアジという名前のカモで、渡りのとちゅうに日本にも立ち寄ることがあるらしい。

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わたしのコンパクト・デジカメじゃ野鳥のクローズアップは無理だけど、すぐ近くで今年はじめてのサクラソウを発見したから、それでよしとしよう。

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2017年3月11日 (土)

ツクシンボウ

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また散歩の実況中継だ。
ただいま自然観察園の目の前にいる。
今日は大震災の6年目のメモリアルデイだという。
あのときわたしは何をしていただろうということは、以前のメモリアルデイの日にも書いたことがある。
同じ轍は踏まない。
震災の翌日もわたしは今日と同じように散歩に出た。
そのときその年はじめてのツクシンボウを見た。
というわけで、今日は今年はじめてのツクシンボウの写真だ。
6年のあいだにわたしの母親が亡くなったけど、自然のサイクルにもわたし自身にも、変わったことはなにもないという人生の皮肉。

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2017年3月10日 (金)

新聞より

今日の新聞に「一斗缶からよみがえった昭和」という記事があって、吉祥寺の写真屋さんがむかし撮影して一斗缶にしまっておいた写真を、あらたにデジタル化して出版したという。
光や構図を考えて撮ったわけではないからと、ほっぽらかしにしてあったものらしいけど、そんなだいそれた写真でなくとも、時間がたてばそれなり記録として価値が出るものである。

「撮っちゃだめという人も、ピースサインをする人もいない」
まことに幸せな時代とだったとこの写真屋さんはいう。
うらやましい。
最近の世相を見ていると、世間の変化はただならぬものがあるし、女の子はますます可愛いくなるし、撮りたいショットはいくらでもあるのに、そのへんのガキでさえ、カメラを向けるとこちらを変態ではないかという目つきで見る。
たまに愛想のいいのがいると、うれしがってポーズを撮る、にやけてVサインをする。
ありのままの自然な写真に関心のある当方としては残念しごくなのである。

以前、スナップ写真がだめでは時代の空気がすっぽり抜け落ちてしまうと嘆いた写真家がいた。
わたしも共感したことがあるけど、でも最近はちと考えが変わった。
カメラはどんどんお手軽で高性能なものになり、事件が起こればみんながスマホをかざすようになり、それを発表する場もフェィスブックだ、インスタグラムだと、もうぜんぶ見るのは大変なくらい、膨大な量のデジタル写真が蓄積される時代だ。

こういう写真を一か所に集めることができれば、時代の空気が抜け落ちるどころか、量が多すぎて整理するのも大変なくらいになるだろう。
現代の写真の中には撮影データも同時に記録されているから、たとえば何月何日にどこそこの街角で撮った写真ということで検索すれば、瞬時に該当する写真がずらりと、ずらずらずらずらずらと、表示されるようになるはず。

これがなにをあらわしているのか、わたしにはわからない。
やっぱり人類は桁違いに壮大な知性を創造している途中かもしれない。
最近おもしろいSFがないけど、現実がフィクションを超えてしまっているもんな。

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2017年3月 9日 (木)

散歩中

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あまりいい天気なので、散歩に出て、いま公園でイップク中。
いちいち報告をすることもないんだけど、ふだんわたしと同じように不健康な生活を送っている悪友たちへ。

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2017年3月 8日 (水)

見放される

むかし海上自衛隊にいたころの話だけど、先輩の海士長の中に、長いあいだ同じ階級にいすわったままの人がいた。
こういう人は制服の袖の精勤章の本数をみればわかる。
精勤章というのは1年半ごとにもらえるものだけど、これが多いということは、彼が海士の地位にとどまって、いつになっても海曹クラスに出世できないことを意味するから、あまり自慢にはならない。

ふつうは時間さえたてば、誰でも順送りで3等海曹ぐらいにはなるもんだけど、ひとつの艦に何人かは、こういう出世から取り残されたような古強者がいた。
けっして仕事ができないわけではなく、なにしろ古くからいすわっているベテランだから、若い新任の海尉をどやしつけるほど実力がある。
おそらく防衛庁の名簿から漏れてしまって、誰も気がつかないままそのままになってるんだろうと、新米の海士であるわたしたちは陰でうわさをしていた。

現在のわたしの知り合いには、80にもなるのに、ほかのもっと若い知り合いよりよっぽど元気な人がいる。
ああいうのはきっと神さまの名簿から漏れてしまって、このまま永遠に死ねない人かもしれない。
つまり神に見放された人ってわけだ。

こういう人に比べると、わたしの神さまはあいかわらずわたしを見捨ててないようで、わたしは順調に歳を重ねているみたいである。
こないだの日曜日に近所の飛行場を一周してきたけど、死ぬほどくたびれて、足の衰えをしみじみ感じた。
このままいくと、海外旅行もここ1、2年が勝負だろう。
わたしの旅は歩きまわることに主眼があるので、歩けなくなったら意味がないのである。

ということでまたぞろ妄想の始まり。
パリに行こうか、スペインにするかと、目下思案中(思案するだけならタダだ)。
そのうち貯金も底をつくだろうけど、こんな反社会的な生き方にもそろそろ終わりが見えてきたようだから、ちょうどいいんじゃないか。

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2017年3月 7日 (火)

ロスる

困ったもんだな。
もともと夜型人間なんだけど、夜眠れないかわりに、そのぶん昼間はよく寝る。
今日も目を覚ましたらもう夕方じゃないか。
なんか壮大に時間をロスっている気がするよ。
スマホでゲームに熱中する若者と、ロスった時間はどっちが多いだろう。

わたしの知り合いに独学で英語をマスターし、米国でセスナの免許を取ってきて、気のドクにそれを有効活用しないまま、ある日パソコンのまえでぽっくり逝ってしまった男がいたけど、彼が日ごろいっていたのは、頭のいい人間ほど頭を休めるために、人より多く寝なくちゃいけないんだということ。
なるほどねと、わたしもおおいに賛同したおぼえがあるけど、あれってやはり怠け者の屁理屈だったような・・・・

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2017年3月 6日 (月)

フォローせず

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どこも痛くもカユくもないのに、なんか食欲がない。
昨日は家の近所の飛行場を一周してぐったりと疲れた。
ブログも書く気がおきないんだけど、不必要な責任感に追われて、なにか書かなければいけないような気がする。

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なんかネタがないかと考えたら、ちょうどインスタグラムに、フォローしてえという女の子の写真が送られてきていた。
わたしみたいな枯れたおじさんの気をひこうという、彼女らの気持ちがわからん。
こんな写真を公開してる喜んでいる女の子って、ビョーキと違うか。
フォローしてやらんぞ。

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2017年3月 5日 (日)

国境を越える電力

隔週でウチの新聞の日曜版についてくるGLOBE紙の、今日の特集は「国境を越える電力」。
また捏造、とまで行かなくても、最初から結論ありきの記事じゃないかと疑いの目で読まれるのがウチの新聞の気のドクなところ。
でも今日の特集は、アノ朝日という偏見さえ持たなければ、まじめで公平で、読み応えのある硬派の記事だった。
最初からこういう路線で行けばよかったのに。
もっとも固すぎて読者がついたかどうかわからないけど。

現代は電力が国境をまたぐ時代だそうだ。
たとえば一国だけで発電・消費していればいいわけではなく、あまった電力は外国に売り、足りなければ外国から買うというように、おたがいに融通しあう時代だという。

わたしの経験をいわせてもらえば、かってボルネオやタイに行ったとき、電圧が低いせいなのか、カメラやタブレットがなかなか充電できないのに悩まされた。
テレビはちゃんと映るのだからOKだろうと、そのコードを引っこ抜いて、そこに充電器を差し込んだのに、フル充電までやたら時間がかかるのである。
わたしは電気に詳しくないので、ほかに原因があったのかどうか知らないけど、つくづく日本の電力事情をありがたく思った。
送電線網があるものなら、日本から東南アジアの途上国に電力を輸出すればいいとも思ったけど、あいにくインフラの整備に時間がかかりそう。

そんなことはいま発展中の中国がとっくに考えているだろう。
こういう時代には電力も立派な戦略物資だ。
石炭や自然エネルギーが豊富で、原発だって親方の命令ひとつで建設可能な中国では、すでに新疆から沿海部までの遠距離送電網を完成させているという。
そんなら国境を接し、陸続きの東南アジアに電力を送るのはそれほどむずかしくはないだろう。

やっぱり未来は中国が牛耳ることになるのか。
なんせあの国は、気にくわないとすぐに当該国への旅行を禁止したり、芸能活動を制限する国だからなあ。
韓国がカワイソ。
とおもったけど、心配するな。

GLOBEのかたすみに、将来は宇宙空間の太陽光発電所から、地球に電力を送ることが可能になり、この分野の研究では日本がいちばん進んでるとある。
なにしろ宇宙というところは、永遠に晴天が続くところなのだ。
お天道さまが輝いているかぎり、エネルギーが枯渇することはゼッタイにないところなのだ。

やっぱり技術大国の日本がいるかぎり、世界がエネルギーの欠乏を心配する必要はなさそうだ。
日本はまたしても、世界を牛耳ろうという大国のおもわくに抵抗する、ゆいいつの国になるんじゃないか。
だから日本の政治はすばらしいと、最初に結論ありきの文章を書こうってわけじゃなかったんだけどね。

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2017年3月 4日 (土)

バーバリーマカク

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去年の12月に録画しておいた「ワイルドライフ」の、アトラス山脈のサルという番組をいまごろ観た。
わたしは自然科学のドキュメンタリーが好きで、いろんな動物の生態に興味があるけれど、例外的にサルという動物がキライなので、番組を観るのもずっといいかげんにしてあったのである。
キライな理由は、サルというのはグループ同士でひじょうに仲がわるく、時として2001年宇宙の旅のように、殺し合いのケンカをするからだ。
そんな人間そっくりのところが、人間嫌いのわたしの嗜好に反するのだ。

この番組に出てきたのは、ニホンザルに似たバーバリーマカクというサルで、こういうタイプのサルが砂漠が売りもののモロッコにいるとは思ってなかったから、あらためて地図をながめてしまった。
尻尾があるように見えないサルだけど、いちおうエイプではなくモンキーに分類されている。
悲しいことに彼らもいまや絶滅危惧種だ。
原因は当然のような生息環境の破壊と、たくさんの子ザルがペットとして捕獲されるらしいから、モロッコには猿まわしが多すぎるということかもしれない。

彼らは斬新な方法で群れの平和を維持しているという。
オスも子育てに熱心であることで、他人の子供でも争って養育したがるらしい。
保育所が足りないことはわかっているくせに、それが近所にできるのには反対するどこかの人間と大違いだ。

もうひとつ平和を維持する方法がある。
ひとことでいうとフリーセックスだ。
サルというのはボスが群れのメスを独占している場合が多いけど、バーバリーマカクのメスは、オスを誰でも受け入れるという。
こんなかんたんなことで平和が保てるなら、と書くと、もうこのブログを読んでいる人には先が読めてしまう。
人間もそうすればいいと書くんだろう。
そのとおりだ。
彼女が妊娠したのは、ひょっとするとオレの子供かもしれないと思ったら、文句をいう男もいなくなり、みんな協力しあって子孫のために平和な世界を構築しようと考えるのではないか。
あまいか。

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2017年3月 3日 (金)

雪まつり/ゆとり

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午前中からずっと歩きっぱなしだし、ほかに行くところもないので、札幌ラーメンを食ったあと、午後の3時ごろにはホテルにもどってきてしまった。
ホテルにもどってなにをするかというと、洗濯である。
わたしは大きな荷物をかかえて旅をするのがキライで、下着は必要最小限しか持たないから、旅に出るとたいてい洗濯をする。
海外では風呂場に腰をおろして洗濯ばあさんだけど、今回泊まったホテルにはいちおうコインランドリーが備わっていた。

洗濯機をまわしているあいだに、夜中に目がさめた場合にそなえて、ホテルの近所にカップラーメンや缶ビールの買い出しに出る。
帰りにちらっと見たら、ホテル内のパン屋で可愛い娘が働いていたから、ケーキをふたつばかり買う。

そのあとはまたスパに入る。
まだ明るいうちだから、アジア系の観光客たちはみんな観光に出かけていて、大きな風呂場はわたしの貸切みたいなものだ。
あー、シアワセと、でもわたしの知り合いにはこういう楽しみを理解しないのが多くて困る。
せっかく来たんだから観光をしなければもったいないと、寸刻を惜しんで名所や旧跡を見てまわろうとする。
なんでそんなにくたびれたがるのさ。
旅というものは、日ごろのうさを忘れるためのものだ。
旦那を迫害する女房の魔手からのがれて、このときとばかり部屋でごろごろという発想が出てこんものかねえ。

風呂から上がったあと、乾燥機で気持ちよくかわいた洗濯ものを手にして部屋にもどる。
あとはもう完璧にひきこもりで、部屋でのんびり本を読んだり、文書を書いたり、ブログの更新をしたりする。
下着は最小限でも、タブレット、iPod、アクションカメラなどの電子機器をふんだんに持ち込んだのは、こういうことをしたいからだ。

ただのニートじゃねえか、つまらねえ人生だなという若者もいるだろうけど、干からびたじいさんの趣味としてはなかなかのものではないか。
つまらねえと馬鹿にする、いま元気のいい若者のゆく末を見てみたいものだ、フン。

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いったい、つまる人生とつまらない人生とはどこがちがうのだろう。
わたしの知り合いには、若いころ、これだけの数の女を転がしたと自慢する男がいた。
そんな絶倫がいつまで続くわけはないし、かってハンサムだった彼は、現在は肥満気味で、高血圧をかかえて、ほかに趣味もなく、老後の毎日をヒマでしょうがないとこぼしつつ過ごしている。
むかしが華やかであればあるほど、年老いてからの虚しさも大きいんじゃないか。

虚しくってもいい、わたしもそんなモテモテ男に生まれたかったという気持ちもないじゃないけど、こればっかりは天性で、個人の希望でどうなるものでもない。
人間贅沢ばかりいってればきりがない。
石川啄木は26歳で死んだけど、世間から詩人として評価されているし、みじかい彼の人生はそれなり充実したものだった。
30代の後半に心中自殺をしたわたしの友人でさえ、結婚して子供をつくり、あげくによその若い娘と手に手をとって死んだのだから、その人生はわたしより充実していたように思える。

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けっきょく人生なんて、与えられたものをいかに満足して過ごすしかないんじゃないか。
そうでも思わなけりゃやってられんよ、わたしみたいなのは。
現状に満足しているんだから、これ以上の不満をいうのはよそう。
わたしは旅の最終日に、昼の飛行機でさっさと東京にもどった。
なんか物足りないという人もいるかもしれないけど、雪まつりを見るという当初の目的は達したのだから、わたし個人的にはなにも不満はないのである。

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2017年3月 2日 (木)

不思議

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ネット上の掲示板「海外の万国反応記」を見ていたら、そういえば不思議だなという案件にぶち当たった。
日本の埴輪とギリシアの彫刻を比較して、なんでこうなのというんだけど、考えてみればたしかにそうだ。
ミロのヴィーナスは紀元前130年ごろのもので、女性の裸体をリアルに創造したということでは、すでにひとつの頂点をきわめているのに対し、日本の埴輪は紀元後500年ぐらいのもので、両者の時間差は600年以上になるのに、なんか子供がつくった粘土細工にしか見えない。
この差は日本の女性の体型を忠実に反映した結果だというと、日本のオンナの人から苦情がきてしまう。
もちろん当時も現在も西洋人のほうがスタイルがいいけど、いくらなんでもこれほど差はないだろう。
日本人というのは古墳時代から抽象芸術のほうが好きだったのか、そしてギリシア人てのはむかしからスタイルがよかったのねと納得するしかないか。
不思議だなあ。

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天然警報機

わたしの体は警報機つきだ。
糖分が不足すると甘いものが食べたくなるし、肉のきらいなわたしがたまに肉を食べたくなるのは、タンパク質が足りなくなったときだろう。
万事その調子で、体の欲するままに生きるのがわたしの健康方法。

先週あたり飲みすぎたせいか、今週になったら、いつもお茶代わりに飲んでいるバーボンがなんとなく見るのもイヤ。
こういうときは体が飽和状態で、酒を飲むのをひかえなさいと訴えているのだ。
無理して飲みたいわけじゃないから、しばらくバーボン断ちをすることにしたけど、お茶代わりに飲んでいたものだから、そういうものがぜんぜんないとメシがのどを通らない。
お茶代わりがないならお茶を飲めばいいといわれそうだけど、緑茶のティーバックばかりじゃもの足りない(ちなみにわたしは日本茶も好きである)。
で、昨夜は甘酒を飲んでいた。
紙パックのどこにも度数が書いてないから、これってノンアルコールか。
車の運転しても大丈夫かしら。

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2017年3月 1日 (水)

雪まつり/札幌ラーメン

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つどーむ会場からふたたび札幌の中心部にもどり、札幌ラーメンを食べていくことにした。
そんなものを無理に食べたいわけじゃないけど、やはり札幌に来て札幌ラーメンを食べないのでは世間さまに申し開きができない。
としたら、行くのはやはりススキノということになるだろう。

じつはわたしが札幌をぶらつくのが今回が初めてである。
やがて心中することになる友人とレンタカーで北海道を旅したときは、札幌を無視して道東、道北をまわっただけだし、オホーツクひとり旅のときは、駅で列車を乗り換えただけで、札幌の市内は素通りだった。

もちろんススキノなんて知らない。
知らないけど、なんとなく新宿歌舞伎町か横浜の伊勢佐木町みたいな、いわゆる歓楽街といったイメージで、でなければ会社帰りのサラリーマンが帰りがけにイッパイという、新橋や五反田、錦糸町みたいな場所らしい。
札幌ラーメン発祥の地はここらあたりだそうだ。

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つどーむ会場からそのまま地下鉄に乗っていると、「豊水すすきの」という駅があるので、そこで降りた。
地上に出てすこし歩くと、ススキノの中心にある大きな交差点に出る。
そのあたりでも道路のまん中の分離帯を利用して、氷の彫刻が展示されていたけど、あまりおもしろいとは思わない。
まだまっ昼間だから歓楽街も営業してなくて、ちょっとにぎやかなオフィス街にしか見えなかった。
歩いているのはカメラを持った観光客ばかりだ。

ところで札幌ラーメンの定義ってなんだろう。
わたしがはじめて東京で生活をはじめて、高円寺の大和町あたりに住んでいたころ、すぐ近くの環七のほとりに札幌ラーメンの店があった。
深夜までやっている店だったので、よく夜中に食べに行ったけど、あれは札幌ラーメン道産子といって、当節はやりのチェーン店のはしりの店だったと思う。
同じ名前のチェーン店はいまでもあるようだけど、なにぶんにも50年近くまえのことだから、それが同じ系列の店かどうかわからない。

そこで食べた札幌ラーメンはもっぱら味噌味で、バターとコーンを乗せるのがわたしの流儀だった。
北海道といえばバターもコーンも名物だ。
そんなわけで、いまでも札幌ラーメンというと、このふたつがトッピングされた味噌ラーメンであると、わたしはかたく信じているのである。

しかしいまや日本は本場中国をしのぐラーメン大国だ。
新スタイルの店が雨後のタケノコのように乱立し、醤油、味噌、塩、豚骨、牛骨、鶏骨、昆布、鰹節、煮干しなど、ありとあらゆるスープのラーメンが百花繚乱で、あろうことかわたしのアパートの近所にまで、暴走族みたいな名前のラーメン屋が開業する始末だ。

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ススキノにも新しいスタイルの店が増え、わたしが郷愁を感じる、素朴な札幌ラーメンを売り物にする店は見つからなかった。
うろうろして途方にくれ、ヤケになってそのへんの交差点ぎわにあった入りやすそうな店に入ってしまった。
メニューを見たけど、バターとコーンの追加という注文はできそうになかったので、スープが濃厚な担々麺を注文した。

食べてみた感じでは、ここも今ふうの独自の味を追求する店で、けっしてまずくはないけど、わたしの求める札幌ラーメンの店ではない。
でもあとから欧米人の女性2人連れも入ってきたから、入りやすいという点ではわたしの見立ては間違ってなかったようだ。
白人女性がどうやってラーメンを食べるか観察したかったけど、こういうのもレイシストになるのだろうか。

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