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2017年3月10日 (金)

新聞より

今日の新聞に「一斗缶からよみがえった昭和」という記事があって、吉祥寺の写真屋さんがむかし撮影して一斗缶にしまっておいた写真を、あらたにデジタル化して出版したという。
光や構図を考えて撮ったわけではないからと、ほっぽらかしにしてあったものらしいけど、そんなだいそれた写真でなくとも、時間がたてばそれなり記録として価値が出るものである。

「撮っちゃだめという人も、ピースサインをする人もいない」
まことに幸せな時代とだったとこの写真屋さんはいう。
うらやましい。
最近の世相を見ていると、世間の変化はただならぬものがあるし、女の子はますます可愛いくなるし、撮りたいショットはいくらでもあるのに、そのへんのガキでさえ、カメラを向けるとこちらを変態ではないかという目つきで見る。
たまに愛想のいいのがいると、うれしがってポーズを撮る、にやけてVサインをする。
ありのままの自然な写真に関心のある当方としては残念しごくなのである。

以前、スナップ写真がだめでは時代の空気がすっぽり抜け落ちてしまうと嘆いた写真家がいた。
わたしも共感したことがあるけど、でも最近はちと考えが変わった。
カメラはどんどんお手軽で高性能なものになり、事件が起こればみんながスマホをかざすようになり、それを発表する場もフェィスブックだ、インスタグラムだと、もうぜんぶ見るのは大変なくらい、膨大な量のデジタル写真が蓄積される時代だ。

こういう写真を一か所に集めることができれば、時代の空気が抜け落ちるどころか、量が多すぎて整理するのも大変なくらいになるだろう。
現代の写真の中には撮影データも同時に記録されているから、たとえば何月何日にどこそこの街角で撮った写真ということで検索すれば、瞬時に該当する写真がずらりと、ずらずらずらずらずらと、表示されるようになるはず。

これがなにをあらわしているのか、わたしにはわからない。
やっぱり人類は桁違いに壮大な知性を創造している途中かもしれない。
最近おもしろいSFがないけど、現実がフィクションを超えてしまっているもんな。

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