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2017年5月

2017年5月31日 (水)

報告者

国連の特別報告者であるジョセフ・カナタチさんという人が、日本の共謀罪法案になんかいちゃもんをつけていた。
彼だけかと思ったら、そのうち同じ肩書きのデービッド・ケイさんという人まで加わって、報道への圧力に対する懸念ということで、やっぱり問題アリなんてことをいっている。
こうなるとウチの新聞(朝日)は大喜びである。
これに対して日本政府を代弁する菅クンなんかは、それっておかしいでしょうと反論。

この問題について、わたしはできるだけ客観的に見ようという立場だけど、日本て国連から懸念を表明されるほどひどい国か。
そもそも「報告者」って肩書きはなんなのさ。
わたしは最初「報告官」かと思っていた。
官ではなくて者だったのはウチの新聞の誤植かと思っていたけど、いまだに正されないところをみると、これが彼らの正式な肩書きなのだろう。
これじゃわたしみたいな、市井のいちゃもん居士とたいして変わらないぞ。

報道への圧力や表現の自由が心配だってことだけど、日本のマスコミはカナタチさんやケイさんのこともちゃんと報道しているではないか。
このふたりの言い分は、ただいま日本の世論をふたつに分けている問題の一方に加担するもので、そのうちの野党や朝日新聞が大騒ぎをしていることのほうで、ということは少数派の意見ということで、つまり重箱のすみをほじくる見解ということで、やっぱり日ごろ、どうでもいい問題がどうどうとマスコミで市民権を得ている日本では、あまり説得力がないな。

ケイさんを写真でみると、なかなかまじめそうで、モルモン教徒みたいな潔癖性を感じてしまう。
こういう人が最初から問題意識をもってなにか始めると大変だ。
彼は昨年の4月に訪日調査をしたらしいけど、いったいなにを見ていたのか。
マスコミにあげ足取られて四苦八苦している日本の総理を見てないのか。

彼は国連の特別報告者の訪問招請を検討してみたらどうかと、日本政府に呼びかけているそうだ。
わたしも賛成だ。
今度こそ目ん玉かっぽじって日本の現実をしっかり見てほしい。
あ、もちろん滞在費は自腹で出すこと。
市井のいちゃもん居士に、無形文化遺産の和食をふるまうほど、日本人はあまくないもん。

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2017年5月30日 (火)

カイカイ

わたしが日常的に読んでいるネットの掲示板サイトは、「世界の万国反応記」 と 「カイカイ反応通信」 だけど、最新のカイカイに 「この地球上に国はいくつあるの?」 というスレッドが立っていた。
そんなものに興味はないというおじいさんは別にして、193カ国だろうという人や、これはじつはなかなかむずかしい質問だと知っている人、そしてまだまだ好奇心を失っていない人たちは読んでみたらいいかも。

ネットのこういう掲示板を危険視する人がいる。
しかしカイカイよりもっと露骨な嫌韓サイトはいくらでもあるし、わたしはカイカイのユーモアと皮肉の精神を愛しているので、これを危険視する人は、嫌韓、反日でしかものを見られない未熟な人たちだと思ってしまう。

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PKO

ちょっとまえになんとか学園で騒いでたものが、今度は◯◯学園?
いちゃもんをつけるのが好きなわたしだけど、この問題についてごちゃごちゃいう気にはなれないねえ。
また目クソが鼻クソを笑うか。

昨夜はテレビで「変貌するPKO」という番組を観ていた。
これもまたああいえばこういう、こういえばああいうの類だけど、わたしは人間が単純だからむずかしいことはいわない。
なにも侵略しようとか、どっちか一方に肩入れしようってわけじゃないでしょ。
目の前で民衆が迫害されたり、女の子がレイプされそうになっているなら、機関銃でも大砲でもぶっ放せばいいじゃんと思ってしまう。

これをじっさいにやったのがオランダのPKO部隊だそうだ。
迫害される民衆を救おうと火器を使用したら、その民衆というのがたまたま対立する一方の勢力を支持する人たちで、オランダ軍は自動的にもう一方の敵ということにされてしまった。

紛争国で中立を守るというのはむずかしい。
うちの旦那は政府の仕事をしてるという奥さんは、これはどうしたって政府軍側で、彼女が暴行されかかっているのを救おうとすると、反政府軍を敵にまわすことになってしまう。
テレビでもオランダ軍の装甲車が、群衆から石を投げられていた。
オレたちはなにをしに来たんだというオランダ軍のなげきもごもっとも。

どうすればいいだろう。
政治家がまじめな政治をして、紛争を未然に防げばいいのだけど、なにしろ紛争国というのはロクな政治家がいない。
政権をにぎったとたんに、私腹を肥やす、身内ばかりに便宜を図る。
ケシカランと反政府グループができて、国を二分する争いになるんだけど、どっちが勝っても結果は似たようなものだ。
大半の兵士には大義なんてものはなく、鉄砲で相手を撃つのがおもしろい、女の子をレイプするのが楽シイという手合いばかり。

関わりを持たないのが一番だという意見も、なんとなくわかる。
民衆が殺されようが、女の子が犯されようが、見ざる、聞かざる、手を出さずということで、他人が口を出す問題じゃない。
地球がますます狭くなっている時代に、ますます増殖するのが自己中心的な考え方。
だれもトランプさんを責められない。

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2017年5月29日 (月)

日本車が爆弾に

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今朝のウチの新聞のトップは「モスルIS支配の痕」というもので、それはいいんだけど、そのつぎに目立つところに「日本車が爆弾に」という見出し。
また始まったな、ほんと、ウチの新聞はと思う。
爆弾にするなら車はなんでもいいはずで、ことさら日本車と書くところにリベラル系朝日の、不満分子のおもわくが透けてみえる。

と思ったけど、じつはここはぜったいに日本車でなければイケナイ理由があるのだ。
とにかく日本車の頑丈で壊れないこと、それはもう世界に認知されたれっきとした事実で、米国の官僚が、テロリストたちが日本車ばかり使うのは、輸出に優遇政策がとられてるんじゃないかと疑うくらい。
しかしトランプさんがなんといおうと、日本車は優秀だから売れるのである。
テロリストたちが爆弾に日本車を使いたがるのもごもっともなのだ。

日本車の頑丈さについては、英国BBCがテストをしているので、こちらからその映像をどうぞ。

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ネット三昧

年のせいか、どんどん活力がおとろえているみたい。
以前はヒマなおりに、旅行計画でも練っていると幸せだったけど、ここんところそういう熱意もうすれてきたねえ。
じゃなにが楽しいのだと訊かれると、部屋でごろごろしていること。
どうもしまらない生活だな。

順当に年をとっているわたし。
それじゃあ部屋でごろごろして、いったい何をしてんのさと聞く人がいるかも。
早い話が、とにもかくにもネット三昧だ。
それってちょっとまずいんじゃないのという人がいる。
ネットには玉石混合で、いいかげんで人を迷わす意見も多い。
そんな意見ばかり聞いていると判断を誤るのではないか。

なんの。
わたしも伊達にトシをとってるわけじゃない。
わたしの知識のほとんどは、パソコンなんてものが発明される以前に、アナログの媒体で得たものだ。
若いころ乱読にふさわしい本の読み方をしたおかげで、ネット時代のインチキ情報も、わりに見極めがつきやすいのである。

それに現代はネットを抜きにしては、なにごともはかどらないご時世だ。
昨日もテレビを観ていたら、バンコクの超肥満ザルの話題が取り上げられていたけど、あんなもの、わたしはもう4、5日まえにネットで知っていた。
今朝のネットニュースには、佐藤琢磨が日本人として初のインディ500制覇というニュース。
こんなもの、まだ新聞じゃ報じてないぞ。
ネットの危険性よりも、世界中のだれもが同時に、あらゆる情報を共有できるという、その利便性のほうを考えたほうがいい。

活力のおとろえた老人の趣味として、ネットほど有益なものもないだろう。
ブログやフェイスブックなど、ネットを使った他人との交流サイトは、孤独になりがちな老人の日常を救ってくれるし、頭の体操になって認知症の予防にもなるし、キーボードを素早く打つことで、反射神経の訓練にもなる。

おまけにわたしの場合、以前から強調しているとおり、ブログの更新が止まったら、あいつは死んでるなという安否情報の確認システムにもなってるのだ。
だからわたしが部屋で、死後10日も放置された孤独死体になることは、まずないと思われる。
もっともわたしの知り合いには、ブログが止まったぐらいで心配するほど親切な輩はいないから、このシステムが功を奏するかどうか定かではない。

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2017年5月27日 (土)

安芸の宮島

どうも作りが雑になったなと思っていたYouTube の「Only in Japan」というチャンネル。
主役のジョン・ドーブ君とスタッフが喧嘩でもしたのかと案じていたら、最新映像からまたもとのようにしっかりした作りになった。
最新映像はこの5月24日に公開された、広島は安芸の宮島のストリートフーズを案内するというもので、あいかわらず YouTube の模範といっていい映像だ。

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安芸の宮島というと、またわたしの思い出がひとつ。
わたしは海上自衛隊にいたことがあり、江田島の術科学校に10ヶ月ほど学生として生活したことがある。
江田島から宮島までは、海をへだてて15キロくらいだ。

宮島は別名を厳島(いつくしま)ともいって、絵ハガキなんかでだれでも知っていると思うけど、海の中に赤い鳥居が浮かぶ有名な厳島神社がある。
でもわたしの場合、赤い鳥居よりはっきりと記憶に残っているのは、術科学校の生徒たちによる年にいちどの弥山登山。
弥山というのは宮島の中にあって、東京の高尾山のように、古くから信仰の対象として知られた山である。

ここを訓練をかねて生徒たちがマラソンで攻めるのだ。
江田島から運貨船を連ねて、数百人の生徒がいちどに押しかけるから、ノルマンディー上陸作戦みたいな感じ。
といっても標高がせいぜい500メートルほどの山で、登山道も整備されているから、青森の歩兵第5連隊が遭難した八甲田山に比べればハイキングみたいなもの。
たぶん息を切らせたはずだけど、なにぶんにも半世紀も前のことで、わたしも若かったから、いまでは楽しかった思い出しかない。

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2017年5月26日 (金)

訃報

となりの農家のおじさん、いつのまにか亡くなっていた。
なかなか腕のいい農民で、庭から続く農地に四季折々いろんな作物がなるのを、わたしの部屋のベランダからもながめることができた。
その庭に咲く花をこのブログでも紹介したことがある。

何年かまえには、認知症を患っていたこの家のおばあさんも亡くなっていた。
本人はいくつぐらいだったのか、わたしとあまり変わらないように見えたけど、いつも青いつなぎを着て、もくもくと農作業にはげんでいる人だった。
彼も生涯独身のままで、家族もいないまま亡くなった。

亡くなったことを聞いてから、ちょっと庭をのぞいてみたら、ほんの1、2週間まえなのに、もう家屋の周囲は草ぼうぼうで、廃墟のように荒れ果てた感じ。
夏ミカンがたわわに実をつけ、葉のあいだに香りのいい白い花がちらほら。
ぬしのいなくなったビニールハウスがむなしく風雨にさらされていた。

部屋に帰って、死ぬ瞬間というのはどんな感じなんだろうと考える。
考えているうち眠くなり、寝ているうちに夢を見た。
お風呂に入っている夢で、そこでまだ死ぬ瞬間の続きについて考えていた。
湯船のふちに頭をのせ、ぐーんと体をのばして目をつぶる。
そのうち後頭部にびりりと、金縛りが始まるときのような衝撃があり、そのまま目の前がまっ白になってゆく。
ああ、これがそうか、いまオレは死んでいくんだなと思う。

でも数秒後には必死で目をこじあけていた。
金縛りをなんとかくいとめ、そこにいつも通りのわたしがいた。
たぶん本家本元のわたしはこのとき死んでいたんだろう。
いまいるわたしは分身で、まだしばらくは現実の世界で生き続けなくちゃいけないのだ。
どこかべつの世界で、明日の朝には風呂の中のわたしの屍体が発見されるのではないか。

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2017年5月24日 (水)

Google翻訳

スマホを買ったものの、よそから電話なんてめったにかかってこないわたしゆえ、使用目的はどうしても電話以外になる。
たとえばアプリ。
いまどきこれを無視して、スマホは語れないってやつ。
で、ブログ更新のあい間に、わたしもぽちぽちいろんなアプリに関心を持つようにしてんだけど。

先日、御曹司のO君が、こんなものがあるよといって、植物図鑑みたいなアプリを見せてくれた。
なんでもそのへんに生えている植物を、スマホのカメラで撮影すると、たちどころに名前がわかるというもの。
彼はわたしが動植物に興味があることを知っていて、そんなアプリを教えてくれたらしい。

ただ、疑り深いのがわたしの欠点だ。
どのくらい使えるものか、レビューで調べてみた。
いろんな植物がズラリと表示されていたけど、わたしの散歩道ではついぞ見かけないもの、見たことはあっても名前が異なるもの(和名、学名、俗名と、植物の名前は通りいっぺんではすまないところがあるのだ)があって、ちょっとわたしの使用には合わないような気がした。

で、ダメだよ、これじゃ使えないよと突き放してしまった。
あとで考えて後悔した。
せっかくO君が善意で見つけてきたものに、こういう反応はないよな。
彼の悲しそうな顔が目に浮かぶ。
どうもこんなふうに、人を人と思わないのがわたしの欠点だ。
反省してます、え、O君、反省してるからね。

じつは今度、スマホに「Google翻訳」というアプリを入れたのだ。
そのへんの英語の文章にスマホのカメラを向けるだけで、ただちに翻訳してくれるって優れモノ。
うわさには聞いていたけど、どれだけ使えるものか、さっそくテーブルの上にあったWILDTURKEY(バーボン)のロゴにカメラを向けてみた。
野生の七面鳥が、野生のトルコになっちまう、ま、その程度のものでござんすけどね。

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2017年5月23日 (火)

カジノ

わたしの知り合い(かりにA君ということにしよう)がシンガポールのカジノでひと勝負してきたそうである。
結果がどうなったか、わたしは知らないけど、そのときいっしょに出かけた友人たちの話を総合してみると

友人たちはそれほど熱意があったわけでもないから、早々に引き上げ、A君がひとり残って勝負を続けていた。
てきとうな時間を見計らって、友人がA君を迎えに行ってみると、彼は勝負に勝っており、600万円稼いだら止めるからといったそうだ。
ところが友人が迎えに行ったころがちょうど勝負の潮時だったらしく、このあとA君のツキは落ちて、けっきょくそれまで儲けていた分を吐き出すことになってしまったらしい。

これだけの話である。
カジノではめずらしくもおかしくもない話だろう。
問題はこのあとだ。
日本へ帰国したあと、カジノから招待状がきて、こんどはA君はひとりでふたたびシンガポールへ飛んだ。
そしてどうなったかは神のみぞ知る(わたしは知らない)。

カジノというのはプロのギャンブラーの仕事場だ。
遊びに来る客をカジノの側は慎重に見極める。
どいつが熱くなるタイプか。
熱くならずに適当なところで切り上げるような客は、そんなものを相手にしても仕方がないから、ほどほどに勝たせてやってもいい。
ある程度金持ちで、しかも熱くなるタイプ、そういう客がいないかと、カジノはつねにひそかに物色しているのだ。

A君の場合もカジノの側はしっかり性格を見抜き、ひょっとしたらと思わせるあたりで相手を熱くさせる。
ところがそこへ友人が迎えにきた。
やばい、これでは勝ち逃げされる。
そう考えたカジノ側は、手練手くだで、ぼちぼち手元を引き締め始める。
おかげでA君は儲けることはできなかったけど、もうひといきで大儲けできたのではないかという期待感だけは残った。

そんなA君にVIP待遇で招待しますと、007映画のカジノシーンなんかをあしらった、お世辞べたべたの招待状を送る。
あの豪華絢爛たるカジノで、自分は特別待遇なんだとカン違いした彼は、ふたたび、こんどはひとりでシンガポールへ。
どうも顛末はそういうことらしい。
結果については知らないけど、この調子じゃおおよその見当はつくな。

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2017年5月22日 (月)

許さぬ予断

やぼ用にかまけて2日間ばかりブログの更新を休んだ。
わたしのブログは独居老人の安否確認も兼ねているので、あいつもいよいよお陀仏かと、心配した知り合いたちから電話やメールが殺到・・・・
かと思ったらぜんぜんそんなことはなかった。
冷たいやつらだ。

昨日はちょいと街をぶらついてきたけど、たいして歩いたわけでもないのに心臓がバクバク。
帰宅してベッドに転がり込んでも、なんか寝苦しくて、容易に寝つけなかったねえ。
これじゃ高尾山にも登れないよ。

わたしの寿命もあとどれくらいのものか。
トランプさんの弾劾による失脚、北のぼんぼんの成人病による死亡、わたしの孤独死のどれがいちばん早いか、もう予断を許さないね。

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2017年5月19日 (金)

白楊

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散歩に出かけたら、飛行場のわきのとある木の根もとに、白い綿毛のようなものが降り積もっていた。
木というのはセイヨウハコヤナギ(ポプラ)だから、これはポプラの種子らしい。

ポプラの綿毛というと、わたしは初めてシルクロードを旅したときのことを思い出す。
中国ではポプラを白楊といって、シルクロード(敦煌から新疆ウイグル自治区方面)にはこの木が非常に多い。
薄汚れた蘭州の街から夜行列車に乗りこみ、朝目をさましたら、信じられないくらい空気が清明な土地にいた。
美しいオアシスの村にポプラが高々とそびえ立ち、駅のホームに降り立つと、白いいふわふわとしたものが風にのって宙を舞っていく。
そのころのわたしは、タンポポの綿毛は知っていたけど、ポプラからも綿毛が生じるということをぜんぜん知らなかった。

その後、わたしが敦煌の莫高窟のほとりで、迎えに来るはずのタクシーを待っていたときのこと。
あたりに綿毛が飛びかっていたので、いったいどこから飛んでくるのかと不審に思ったわたしは、そばの白楊のこずえを見上げてみた。
近くにあって綿毛を生じさせる可能性のあるのは、その木ぐらいしかなかったのだ。
ても葉のあいだをすかしても綿毛なんか見当たらない。
降り積もった綿毛の量からすると意外なくらい、木の枝についているときのポプラの綿毛は目立たないのである。

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つい綿毛に誘発されちゃったけど、両側に白楊のそびえるシルクロードの街道を、自転車でさまよっていたころの自分がなつかしい。
最後の写真は、20年前に新疆ウイグル自治区で撮ったもの。

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2017年5月18日 (木)

脱線

週刊文春が週刊新潮の校了直後の車内吊り広告を盗み見して、それを新潮が告発だって。
文春の味方をする気はないけど、校了直後の広告を見たくらいじゃ、記事の差し替えになんとか間に合ったとしても、まともな記事を書くだけの時間はないでしょう(この両誌は発売日が同じ)。
つぎの週に似たような記事を書いても、これじゃスピードが命の週刊誌としては、どうしても後れをとる。

そう考えたけど、現代はネットの時代だし、この両社とも記事をネットでも速報している。
吊り広告を見たくらいでは同じ日に発売される週刊誌には間に合わないけど、ネットのほうは十分間に合うので、相手の出鼻をくじくことはできる。
じっさいに過去にもそんな疑惑があって、それまでネット速報をしてなかった新潮社も速報を始めたんだそうだ。
こうした出版界のスクープ合戦が、結果的には読者に便利をもたらしたとしたら、瓢箪から駒ではないか。

新潮社の特ダネへの嗅覚にはつねづね感心しているけど、週刊新潮と週刊文春は似たような傾向の出版界の雄だ(とわたしは思っているのだ)。
おたがいに切磋琢磨して、これからも社会の不正をどしどし暴いてほしいと願っているんだけどねえ。
今回は切磋琢磨がつい脱線したってことか。

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つばぜり合い

風雲急を告げる。
あのトランプさんのこと。
他人がどうのこうのというまえに、自分の首を心配せにゃならん塩梅になってきた。
北朝鮮にガツンとくらわせる話はどうなったのさ。

それにしても正恩クンの悪運の強いこと。
暴君として名高かった殷の紂王も、易姓革命に至るには、じれったいくらい時間がかかったみたいだし、北の住人の苦難と困窮はまだまだ続きそうだ。

最後の頼みの綱は、みんなからいじめられてヤケになったトランプさんが、世間の目をそらすために北爆を強行すること。
すると北のぼんぼんが、こちらもヤケになってミサイルやできそこないの核を乱発するかも。
これまでの人生をふりかえってみると、わたしもそうとうに悪運が強いみたいだから、わたしの近所にミサイルが落ちることはないと思うけど、生きているうちにヒロシマ、ナガサキの悲劇を見ることになるとは。

いちばんいいのはアメリカ大統領が弾劾でクビ、ぼんぼんが成人病で急死することだけど、それよりいいのはわたしのほうが先にくたばることか。
この3人のうち、誰が最初にいなくなってもおかしくないマッチレースなんだけどね。

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2017年5月17日 (水)

インドネシアのトラ

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今朝の新聞にインドネシアのトラの像の話題が出ていた。
あまり目立たない扱いだけど、どうやらワタシ好みのネタらしい。
新聞にはその像の写真も載っていた。
ただし白黒写真なので細部がわかりにくい。
こういうときはさっそくググッてみることだ。
添付したのが、ネットで見つけたそのトラの像。

この像は軍隊の施設の中に設置されていたらしいけど、トラにしてはあまりにやけているというので、ネットで話題になり、笑いものになっていることに気がついた軍がとうとう撤去したんだそうだ。
軍隊に置いたのがまずかったよな。
わたしはこれを見て、沖縄の民家の屋根に設置されているシーサーの像を思い出した。
シーサーというのは獅子のこと。
これをじっさいに見てみると、手作りの素朴な焼き物で、ひとつひとつに個性があってとてもユニーク。
でも沖縄の場合は、強さを誇示する必要のない民家の屋根だからねえ。

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強さを誇示する必要があるインドネシア軍のトラは撤去されてしまったけど、こういうことで有名になると、ネット住人てのはなにしろいたずらが好きだから。
さっそくあっちこっちでコラージュや、Tシャツ用の画像材料に使われているらしい。

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2017年5月16日 (火)

生物分類技能試験

夕刊に「生物分類技能試験」についての記事が出ていた。
2016年の3級試験にはこんな問題が出たといって、例題がひとつあげてある。
むふふと、普段からアマチュアの博物学者を自称しているわたしのこと、なんだ、そんなものと安易に考えて挑戦してみた。
ウィキペディアを調べればかんたんにわかってしまうので、とりあえずそれは封印しておいて。

昆虫でないものを選びなさいという問題で、ゲジ、ケラ、シラミ、ハサミムシがあがっていた。
ゲジってなんだ。
ゲジゲジのことか。

このうち昆虫であることがはっきりしているのはケラ、つまりオケラで、子供のころ田んぼの畦でよく捕まえたことがある。
捕まえると両手を開閉するのがおもしろかった。

ハサミムシも子供のころ、庭石をひっくり返すとその下にいるのをよく見た。
生態的にはサソリみたいで、尻尾のほうに大きなはさみを持っている。
毒はない。
サソリが昆虫でないことは知ってるけど、ハサミムシは昆虫である(はず)。

シラミは昆虫だろうか。
ヘタするとクモかダニの仲間かもしれない。
このへんで迷ったけど、ゲジがゲジゲジのことなら、これは足がたくさんあるので、とてもわたしのイメージする昆虫の範疇におさまりそうもない。
で、ゲジを選んだら正解だった。
しかし問題にはやはり世間にいちばん流布している名前、わたしか幼少のみぎりから知っている名前を使ってくれないと困るよな。
わたしが3級試験を受けたら不合格であった可能性が高いようだ。

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2017年5月15日 (月)

コワれたのその後

わたしはまちがっていた。
もうすこしで大損を出すところだった。
いや、わたしが博打や株に興味をもつ人間でないことは、このブログを読んでいる人なら誰でも知ってることだ。
まあ、大山鳴動して、たいていは下らないことなんだけど。

先日このブログに、所有しているiPodがコワれたと書いた。
ふだんどうりに散歩しながら音楽を聴いていたら、とつぜん音が出なくなったのである。
電源を入れ直してみたり、乱暴にふりまわしてみたけど直るようすがない。
買ってから5年も経っているから、パソコンなら寿命だと考えるくらい、わたしはあきらめのいい男だ。
コワれたものを持っていても仕方がないというので、そういうものはタダで人にやってしまうくらい気前のいい男でもある。

新しいiPodを買おうか、ひとまわり小さいnanoにしようかと悩んでいるうち、ふと思いついて、部屋にあった別のイヤホンを試してみた。
すると問題なく音が出るではないか。
まえより音質がよくなったくらいだ。
つまり本体の故障ではなく、たんなるイヤホンの断線だったというわけだ。
イヤホンそのものも買ってから3年以上、見た目もぜんぜん変化のないまま快調に使っていたので、まさか断線とは思わなかった。

よかった。
これを気前よく知り合いにでも差し上げたら、コワれてないことを知ったそいつが、1万円ぐらいでヤフオクに出品した可能性がある。
あげないよ、O君、ええ、あげませんとも。

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2017年5月14日 (日)

ガソリーヌ

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飲酒運転でガリガリガリクソンという芸能人が捕まったそうだ。
最近はこういう変な名前が流行ってんのかねえ。
と思っていたら、ネットニュースで、日本には “ガソリーヌ山尾” という国会議員がいることを、最近になって知った。
ツルネンなんとかという政治家もいるくらいだから、日本もいよいよ外国人に参政権を与えたのかと思ったけど、ガソリーヌってどこの人なのよ。

調べてみたら民進党の現職議員で、本名を山尾志桜里という、とってもきれいなおんなの人だった。
日ごろ日本の政治や国際情勢にうるさいを自認しているわたしとしてはウカツなことである。

彼女はべつにハーフというわけではなく、ガソリーヌというのは、かって彼女が自分の車の燃料代について、公私混同があったことから名付けられたニックネームだそうだ。
そんなことをいまごろ知ったのは、わたしが政権を失ってからの民主党(民進党)にあまり興味がないせいである。
もうひとつは、わたしが購読している朝日新聞では、ぜったいにこんなニックネームを使わないせいもある。

それにしても、カトリーヌならいざ知らず、ガソリーヌだなんて、どこかの怪獣みたいで、美人の彼女には気のドクだ。
いや、美人だからこそ、効果的なニックネームかもしれない。
あの辻元サンをガソリーヌと呼んでもあまりおもしろいと思わない。

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2017年5月13日 (土)

整形手術

韓国が整形大国であることは、いまでは多くの人が知っている。
整形なんてとバカにする人がいるかもしれないけど、じっさいに美人でない女の子が美人に変身した実例写真を見せられると、そうもいってられなくなる。
女の子にとって美人かどうかは、人生を左右するほどの意味があるのだから。

韓国人ユーチューバーで Sunny Dahye という女の子がいる。
詳しいことは知らないけど、英語を話し、日本で活躍することも多いようだ。
顔を見ると典型的な整形顔だから、手術をしたんだろうなと思っていたけど、たまげたのはこの子がその手術の映像を、どうどうと YouTube で公開していることだ。
もともと手術するほどひどい顔でもないのに、げに女の執念はオソロシイ。

わたしも整形手術なんてあまり感心しないほうだったけど、ここまであっけらかんとやられると、なにをかいわんや。
医療の分野では、とっくに生まれるまえの胎児の選別も行われているくらいだし、人間が人間の手で人の運命を左右する技術は確立されているのだ。
それで人生がハッピーになるなら、ま、いいんじゃないか。

でも整形美人と結婚するというのはどんな気分だろう。
べつに乳房が三つあるわけでもないし、割り切ればなにも文句をいうべきすじはないはずだけど。
いくら顔をきれいにしたって性格は変えられないという人がいるかもしれない。
でもブスは性格が悪いといわれているくらいだから、美人になればゆとりができて、性格もよくなるかもしれない。

いっそのこと、あらかじめ、わたしは深田恭子みたいなのが好きですと、相手に注文を出しておくか。
いまは型焼きで量産されるタイヤキていどの技術しかないみたいだけど、もっと整形の技術が発達すれば、どんな美女でも自由自在という男の夢がかなうかも。
自分の嫁はんが自分好みの美人であることになれば、他人をうらやむこともなくなり、格差もクソもなくなって、戦争をしようなんてやつもいなくなるかもね。
そういう社会を想像すると、ちとコワイけど。

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2017年5月12日 (金)

第三世界なみ

トランプさんがFBIの長官をクビにしたそうだ。
どうも自分について調査するってのが気にくわなかったらしい。
また米国の高官に大声で質問した記者が、それだけで逮捕された。
おどろくことはない。
こういうことはファシズム国家ではめずらしくないし、アフリカや東南アジアでもよくあることだ。
北朝鮮なら文字どおりクビが飛ぶ。
こうやってやりたい放題のことをする。
どうも先進国のトップがやることじゃないな。
アメリカもいよいよ第三世界なみだ。
ほんと、めずらしくて興味のつきない国。

Irm

以前観たニュースで気になったものがあったので、YouTubeで観なおしてみた。
ドイツで開かれた女性サミットに、トランプさんの娘のイヴァンカが出席して、父親をかばう発言をしたというもの。
彼女はIMFのラガルド専務理事や、ドイツのメルケル首相と並んで座っているんだけど、モデルのようにスラリとした足を組んで、にこやかに、とうとうと自説を述べるのに対し、ラガルドとメルケルが憮然とした表情で彼女を見やるのがおもしろい。
それにしてもあのトランプさんをかばうなんて、できた娘だこと。
あ、いや、ホント困った父娘だこと。

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タブレット純

なんかの記事に「タブレット純」なる人の名前が出ていた。
ぜんぜん知らないけど、マヒナスターズのボーカルもつとめたことのある歌手らしい。
マヒナのボーカルというと、わたしらの世代じゃ松尾和子や吉永小百合が有名だ。
で、タブレットさんもどんな人なのかググッてみた。

写真を見たらカーリーヘアの美人である。
タブレットなんて名前からして、もうおじいさんばかりのメンバーが迎え入れたまだ若い歌手らしい。
ま、女性歌手をメンバーに加えるのはマヒナの伝統だからなと納得。
ただおっぱいが小さいのが気になって、さらに調べてみたら男だった。
困るんだよな、最近こういうのが増えて。

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2017年5月11日 (木)

寿命

この項目は記憶違いがあったために訂正しました(やっぱり認知症かも)。

わたしは現在3つのアップル製品を持っている。
ずいぶん金持ちなんだなとうらやむことなかれ。
いちばん最初に手に入れたのはiPodで、これは御曹司のO君から安くたたいて買ったもの。
と思ったけど、記録を調べてみたら、iPodは現在過去を含めて、すべて自腹で買ったものだった。
2台目はタブレットのiPadで、これがO君からたたいて買ったもの。
3台目はこの冬に正規の値段で買ったiPhoneである。

このうちiPodがとうとうイカれたようだ。
買ったのは2012年だから、すでに5年が経過している。
なにしろどこへ行くのもわたしといっしょ、ロシアやボルネオまで付き合ってもらった音響機器だから、寿命がきたっておかしくないけど、もはや音楽なしで生きていけないわたしには不可欠の道具だ。

かたちあるものは壊れるという格言がある。
壊れたものは修理するという格言があるかどうか知らないけど、現代人ならいちおう修理しようと考えるだろう。
でも、いま悩んでいる。
修理って高いんだろうな。
ましてあのアップル様じゃ。

当然ながら、スマホがあるならそれで代用できるではないかといわれそう。
しかしわたしはiPhoneを、写真やビデオ撮影をメインに使うつもりなので、そのためにできるだけ記憶媒体をあけておきたい。
タブレットでも音楽は聴けるけど、こちらは気安くポケットにってわけにはいかない。
さてどうしよう。

いろいろ考えたあげく、iPodnanoという、iPodよりひとまわり小さい製品があることを思い立った(もっと小さいのもあるけど、あまり小さいとわたしはすぐ失くす)。
音楽を持ち運ぶだけならあれでいいんじゃないか。
それ以外の用事はすべてタブレットとiPhoneで間に合うんだし。
というわけで、つぎの週末はヨドバシカメラに行ってみるつもり。

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2017年5月10日 (水)

ふたつの公約

今朝のウチの新聞、国際面の見開きは、右がフランスの新大統領の公約、左が韓国の新大統領の公約と、期せずして同時期の公約がならんだ。
フランスのマクロンさんの公約は、経済を強くする、ひとりひとりに仕事を与えるというもの。
韓国の新大統領になる文在寅サンのほうも、反日や北との融和をのぞけば、雇用を政策の第一課題にするということで、どちらも経済対策がトップにかかげられている。

しかし口でいうだけなら簡単で、その内容をもうすこし詳しくみると、マクロンさんは、法人減税や、企業が払う社会保障費の軽減など、優遇することによって企業の海外移転をふせぎ、一方で職業訓練を強化して労働者の再就職を促すなどというもの。
かなり具体的だけど、これは国民の痛みをともなうものだ。

かたや文サンのほうは、警察官や消防士、社会福祉にかかわる公務員など、公共部門を中心に81万人の雇用を創出するというものだけど、人を増やせばとうぜん支払うべき給料も増える。
なんでも5年間で2兆円ぐらい必要になるそうだけど、この財源には触れていない。
これじゃ壮大なホラじゃないかというのは、わたしじゃなく、選挙で対立していた他の候補らの主張。

はたして韓国でも国民に痛みをともなう政策がとれるかどうか。
熱しやすく冷めやすい国民には対し、それはなかなかむずかしいように思えるけど、そうか、人気が落ち目になったら、また日本叩きを奥の手にすればいいのか。

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ミナガヒナゲシ

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去年はあまり咲かないので、植物の花にも盛衰があるのだなと思ったヒナゲシの花。
今年は順調なようで、わたしのいつもの散歩道や、道路のはじだとか駐車場の柵の下にも、ずいぶんと多くを見かける。

昨夜のテレビでやっていたけど、わたしたちが近所で見かけるのは「ナガミヒナゲシ」といって、特定外来生物に指定されるような花らしい。
ひじょうに繁殖力がつよく、周囲の植物の生育を阻害する性格を持つので、嫌われ者とある。
どうりであつかましいやつだと思ったものの、それなら去年はどうして、しろうとが見てもわかるくらい数が少なかったのか。

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こいつのケシ坊主(果実)は1600粒もの種子を含むそうだけど、それがぜんぶ発芽したら、そこいら中がヒナゲシだらけになってしまう(見てみたいくらい壮観だろう)。
でもそこまで増えている印象じゃないな。

繁殖力はつよくても、こいつは同じ外来植物のセイタカアワダチソウのように、たけだけしい繁殖力で荒地や開墾地のような不毛な土地に勢力を広げ、やがて大地の養分を使い切って、他の植物にその地位を追われるという悲しい運命を背負っているのではないか。
ずっと以前に大発生したアレチウリやオオフサモのように、ある年だけ大発生し、翌年はがっくりという植物も多い。
1種類の植物が世界を征服することはなさそうである。
なかなかきれいな花だし、花期が終わればぜんぜん目立たなくなってしまう花だから、そんなに邪険にしなくてもいいような気がするけど。

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2017年5月 9日 (火)

また韓国

フランスでは大統領選挙の結果が出たようだ。
とりあえずEU残留派のマクロンさんの勝利だそうで、こちらはまあ、ひと安心。
安心でないのはおとなりの韓国の選挙のほう。
韓国の選挙もまもなく結果が判明するはずだけど、こちらはガチガチの反日候補が当選しそう。
反日だけなら立候補した全員がそうだけど、問題は当選確実とされる文在寅さんが、この時期の北朝鮮と仲良くしようという候補であること。
日本からすれば、いったいナニを考えているのかねえといいたくなってしまう。

どこかのサッカースタジアムで、旭日旗が問題視されたそうだ。
自衛隊が使用している旗だけど、軍国主義の象徴だからイカンとか。
これに対して官房長官の菅クンが異をとなえているとか。
旭日旗と軍艦マーチが軍国主義を連想させるといえば、わたしもそんな気がしないでもないけど、でも文句をいってるのが、広い世界で、ああ、また中国と韓国だけだもんね。
フィリピンなんか、自衛隊が旗たてて行くと大歓迎らしいじゃん。
いえ、わたしのブログはけっして嫌韓サイトじゃありませんけど。

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2017年5月 8日 (月)

もし戦わば

「海外の万国反応記」に、日本とオーストラリアが戦争したらどっちが勝つかというスレッドが立っていた。
日本と豪州では、衝突する懸案事項はクジラぐらいしかないから、これは非現実的な話だけど、それに対する書き込みがおもしろい。
かたやロシアと戦争をして勝った国、かたや野鳥の集団と戦争をして負けた国という書き込みには笑っちゃった。

この野鳥の集団との戦争というのは「エミュー戦争」のことで、いまでも豪州軍の不名誉な戦績として語り継がれている(らしい)。

1932年、エミューの作物被害に業を煮やしたオーストラリア政府は、これを撲滅すべく、2回にわたって機関銃を装備した軍隊をその棲息地に派遣した。
で、どうなったかというと

エミューの密集した集団に至近距離で撃ち込もうという機関銃兵の夢想は間もなく崩れ去った。
エミューの司令部は明らかにゲリラ戦術を発令しており、厄介なエミュー軍は間もなく軍備の使用を不経済化する無数の小規模部隊に分裂した。
従って、意気消沈した野戦軍は約1ヶ月後に戦闘地域から撤退した(ウィキペディアによる)。

つまり相手の巧妙な分散化ゲリラ作戦に、まったく機関銃の威力を発揮できず、ついに敗退のやむなきに至ったということ。
日本はオーストラリア人には勝てるだろうけど、エミューには勝てんよという書き込みもあった。
オーストラリアは広大だ。
もしも戦争を始めれば、麦と兵隊に描かれた、かっての中国大陸の悪夢がよみがえるかもしれない。
やっぱり止めとこうね。

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2017年5月 7日 (日)

なぞの漫画家

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今朝の新聞についてきたGLOBEの記事が、最近増えてきた中国人の訪日観光客についてで、これはおもしろかった。
とかく中国人というと評判が悪いけど、これはあちらでもマナーがうるさくいわれているようだし、なにより日本のいい点を学べという声もあるようだから、わたしはあまり心配していない。

それより気になったのが、またつまらないことを気にしてやがんなといわれそうだけど、GLOBEの表紙をかざっているイラストについて。
これは林竹さんという中国人の漫画家が描いた、桜の季節の京都の三年坂を描いたものだけど、手前にどーんと和服を着た女性、横の方にはセーラー服の女子学生が描かれている。
中国人は日本のセーラー服に胸をときめかすんだそうだ。
そういえばあちらでは、女学生はみんな色気なしのジャージーだもんな。

余計なことはさておいて、このイラストを見てむかしの日本の漫画家を思い出した。
林竹さんの画風と似ているかどうかは別にして、頭でっかちで短足というキャラが、どこかその漫画家の作品を連想させたのである。

この日本人漫画家は60~70年代ごろに活躍した人だけど、なんという漫画家だっけ。
画風ははっきりおぼえているし、作者の顔までおぼえているのに、名前だけがどうしても出てこない。
うーんと頭をひねってみる。
たしかスタイルはほのぼの系で、西岸良平のようなナンセンスとストーリーが入り混じったような画風だったはず。
名前は「あすなひろし」や「いがらしみきお」のように、ぜんぶひらがなだったようなような気がする。
本人の写真では、坊主頭でどてらを着ていた。
作品の中に貧相なイヌと下駄がよく出てきた。

気になってウィキペディアの日本の漫画家一覧にあたってみた。
名前を見れば思い出すだろうと考えたのだけど、いやもう、数が多すぎてうんざりして、とちゅうで投げ出した。
「日本の漫画家」とともに、「ナンセンス」や「ほのぼの」「70年代」という言葉をキーワードにしてみたけど、どうしても見つからない。
作品のタイトルがわかればいいんだけど、絵は思い出せるのにタイトルは出てこないのである。
漫画をランキングするサイトにかたっぱしから当たってみたけど、残念ながら、大半はわたしが漫画に興味を失って以降の作品ばかりだ。
だれかこの漫画家の名前がおわかりの人がいたら教えておくれでないか。

添付した絵とうしろ姿は林竹さんのもの。
本人はなかなかの美人だから、中国版のオーサというところだな。

夜中に眠れないまま、時間つぶしにウィキペディアの漫画家一覧をしらみつぶしに当たってみた。
それでようやくわかったこの漫画家の名前は「滝田ゆう」。
ぜんぶひらがなの名前というのはわたしの記憶違いだったけど、わかってしまえば、団塊の世代のだれでもいちどは見たことがあるほど有名な漫画家だ。
彼の作品でもっともよく知られているのは、墨東の花街を描いた「寺島町奇譚」で、画風はほのぼのでも、内容はシリアスなものであったことを思い出した。

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2017年5月 6日 (土)

実況中継

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いま吉祥寺にいる。
ヤボ用で街まで出てきたんだけど、いや、いい天気だ。
井の頭の池では孵化したばかりのカイツブリの子供が4羽、親から潜りの特訓中。

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2017年5月 5日 (金)

明るさの増減

ネット版のナショナル・ジオグラフィック(NG誌)を読んでいたら、宇宙から見た夜の地球と、光の増減の変化という記事があった。
NG誌は2012年から2016年までの4年間の光の増減について考察しているのだけど、ふつうに考えれば、宇宙から見た場合、先進国ほど灯りの数は多いはずだから、明るさでその部分の先進の度合いがわかるはずだった。

夜の地球の写真でながめると、日本の近くでは北朝鮮がまっ暗であることにすぐ気がつく。
韓国と北朝鮮では明暗がくっきり分かれているので、まるで昼間の地図と同じように境界がはっきりわかるのである。
北朝鮮にはいまだに電灯の恩恵に浴さない2千万近くの人たちがいることを思うと、あの国の独裁者の異常ぶりがきわだってしまう。

でも今回は北朝鮮のことや、トランプさんのことを書こうというわけじゃない。
地方電化のために多額の投資を行っているインドでは、国のほとんどの場所で明るさが増している。
内戦で国内が荒れているシリアでは、明るさの減った場所と増えた場所のありようが極端だけど、これはまあ、街ひとつが爆撃で消滅したと考えれば納得がいく。

さて、日本はどうか。
先進国で、街の灯りやネオンサインにエネルギーを大量消費する日本のことだから、さぞかしと思ったら、予想に反してこの4年間では明るさが減っていた。
日本にかぎらない。
ヨーロッパでも大半の国で明るさは減っている。
そのへんの事情はNG誌にもよくわからないらしい。

断定は危険だけどという但し書つきで、NG誌が考察するのは、発光ダイオード(LED)の普及によるものではないかというのがひとつ。
LEDがタングステン灯や蛍光灯より暗いとは思えないけど、それを無視さえすれぱ、これは先進国ほど省エネに努力をしているという証明ではないか。
ヨーロッパでは、なぜか英国だけが増えているけど、ということはEUを脱退すると灯りが増えるのか。
フランスの選挙の結果が楽しみだなというのは冗談デス。

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2017年5月 4日 (木)

野球女子

稲村亜美ってモデルの女の子、野球女子だそうで、投げても打ってもそんじょそこいらの女の子に真似のできない本格的なフォームが売りもの。
ネットニュースに、彼女がノーパン始球式で103キロというものがあって、あわてて写真を見たけど、ちゃんとパンツはいてたよ。
ノーバウンドをノーパンと勘違いをしたの、わたしだけかしら。

ほんとうはもっと格調の高い文章を書こうと思っていたんだけど、ちょっとした手違いで、下書きをあっという間に消去してしまった。
やるんだよねえ。
セミプロのわたしでも、こういうミスを。
ウソだと思う人が信用しなくてもいっこうかまわないけど。

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2017年5月 3日 (水)

この時代

もう故人だけど、作家の江國滋さんに「俳句とあそぶ法」という、俳句について書いたとても愉快な本がある。
今日は風呂に入りながらこれを読んでいた。

ある箇所に、「月落ち烏啼いて霜天に満つ」という漢詩の一部が引用され、えーと、作者はだれだったかなと、もの忘れをなげいている江國さんがいた。
有名な漢詩だから作家の江國さんが知らないはずはないけど、ド忘れというのはだれにでもある。
わたしもいちじ中国に凝ったことがあるから、この詩のことは知っていた。
しかしずいぶん前のことだから、作者はと訊かれると、やっぱりうーんと考えてしまう。

答えはこの本に書いてあるけど、作者の名前を調べるのに江國さんはいくらか苦労したらしい。
日本の作家なら書斎に漢詩の辞典ぐらい置いてあるだろうけど、詩の全文をおぼえていたとしても、さて、どうやって作者名を調べたらいいだろう。
ことわっておくけど、この本が出版されたのは87年で、まだウイン95が発売されるまえ、ネットも普及しておらず、もちろんグーグルもウィキペディアもなかったころである。

いちばんかんたんなのは、作家仲間に電話して聞いてみることだ。
しかしそれは作家の矜持が許さない。
とりあえず李白や杜甫あたりから始めて、たぶんこのころと思われる詩に、かたっぱしから当たってみるか。
漢詩にかぎらないけど、言葉の断片を使って、それを書いた人を突き止めるのは少々手間がかかる。
そういう時代だったのである。

しかし現在のわたしはぜんぜん苦労しない。
わたしは上記の漢詩に使われている言葉をいくつかおぼえていた。
ちなみにグーグルで、「故蘇城外」「寒山寺」を検索してみよ。
これだけでこの漢詩の作者は「張継」 で、タイトルは「楓橋夜泊」であることがたちどころにわかってしまう。
調べるのに5分とかからない(ものをいうのはキーボードを打つ速さだけだ)。
しかもわたしはベッドにだらしなく寝転んだままこれを調べたので、書斎や図書館に出向いたわけじゃない。

ほんとうにわたしはいい時代に生まれたものだ。
インターネットがなかったら、わたしがほとんど10年もブログを書き続けられたはずはないし、自己陶酔にひたることもなかったはず。

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2017年5月 2日 (火)

気をつける

よくわからんね。
また年寄りが車で暴走したそうだ。
最近こういう事故が多いけど、最近になって急に年寄りが増えたわけでもあるまいし、これまでも同じような事故が同じくらいあったのに、おもてに出てなかっただけだろうか。
ほかになにか年寄りの暴走が増える要因があるだろうか。
もしかすると宇宙人がばらまいた、あるいは北朝鮮の開発した新型細菌による伝染病だろうか。
IT機器が発する電磁波に、抵抗力のない老人がまっ先に冒されているってことかしら。
スマホを買ったわたしも気をつけなくちゃ。

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2017年5月 1日 (月)

大沐浴

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1週間ほどまえに録画した「大沐浴/3000万人の祈りの日」というテレビ番組(再放送)を観た。
これはインドのアラハバードという街で、6年にいちど行われる大規模な沐浴のようすをとらえたドキュメントだけど、いや、ひどいもんだねえ。
ヒンドゥー教徒によるガンジス川の沐浴というのは、その異様さで写真や映像にとりあげられることが多いけど、文明人の日本人には正視に耐えないものがある。
集団で海に飛び込むレミングのように、川べりに押し寄せた大群衆が、あまり清潔そうに見えない水に全身でつかって、欣喜雀躍しているのだ。
宗教には荘厳なものもあるけど、おぞましすぎるくらい不潔なものもあるらしい。
沐浴をする人の中には、臨時に設営された医療相談所で、下痢が止まらないんですと訴える人もいたくらい。
オイオイ。

わたしは2年前にボルネオに行って、はきだめ運河というべきところをクルーズする幸運(不運?)に出くわした。
ドブみたいな運河で泳いでいる子供たちを見て、もう若くないわたしは度肝を抜かれ、こうした状況を打破する方策はないものかと、ひとごとながららこころを痛めたものだった。
でもボルネオの場合は、環境衛生の概念が理解されれば自然にあらたまるものだろう。
インドの場合は宗教的な行事なので、非衛生だからやめましょうなんていったら、大群衆に撲殺されかねない。

これを敬虔な信仰心の発露と見るべきか、それとも無知な民衆の頑迷と見るべきか。
おそらくヒンドゥー教の聖典ができたころは、インドにこんなに人口が増えるとは想像しておらず、ガンジス川もまだまだきれいだったのではないか。
聖典考案者を責めちゃ気のドクだけど、これから新興宗教を立ち上げようという人は、千年後、2千年後を見据えて、信者にあまり迷惑にならない教義を広めてほしいものだ。
わたしが新興宗教の教祖サマなら、選ばれた若い女の子を巫子さんにして、沐浴は彼女たちだけが執り行なうこと、その他大勢はボランティアで川岸の清掃をすることと経典に書くけど。
ダメでしょうか。

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