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2017年6月

2017年6月30日 (金)

レーザー彫刻機

篠笛作りや竹細工をしている熊本のKさんが、今度はレーザー彫刻機で、表札やキーホルダーになる木札の制作を始めたそうだ。
最初は安い機械で始め、その威力を知ると、さらに高性能の機械が欲しくなり、アマゾンに注文したって。
やりたいことがあると採算を度外視してエスカレートするところはわたしといっしょ。
あいかわらず人生を楽しんでやがんな。

文字を彫るだけではおもしろくないから、カメラと組み合わせて、目の前で購入者の顔写真を彫ったら、けっこうヒット商品になるかも。
わたしはすでに、名刺代わりの木札を数枚注文した。

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2017年6月29日 (木)

ギャラップ

ギャラップという会社がある。
米国発祥の調査会社である。
米国発祥というと、これだけで信頼できると思えてしまう。
しかし、どうだろう。

この会社は世界中に支店を持っていて、韓国にもある。
今日の新聞に韓国ギャラップの調査によるとという記事があって、韓国の国民の70パーセントが、日韓合意の再交渉を求めているのだそうだ。
70パーセント以上のもと慰安婦が、もういいよといっているのに、である。
こういうギャップはどうして生じるのだろう。

文在寅大統領の就任直後の支持率について、韓国ギャラップの数字を見たことがあるけど、80パーセントもあって、地域によってはほとんど100パーセント、これじゃ北朝鮮の正恩クンより高いと、韓国人からさえ皮肉られていた。
クネちゃんが弾劾のあげく罷免されたとき、大勢の支持者たちがデモをしたことを思えば、これってどこかおかしいんじゃないのと、わたしでさえ思う。

信頼できると思ったけど、ギャラップって、その国のどこかの調査機関に丸投げなのかしら。
なんとなく信頼感が消失。

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2017年6月28日 (水)

いやいやながら

フェイスブックの利用者が20億人を突破したそうだ。
その中にわたしも入っているなら迷惑な話だ。
わたしもいちおう加入しているけど、いやいやながらやっているのである。

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2017年6月27日 (火)

またナナフシ

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すこしまえに、自然観察園で発見したナナフシという昆虫のことを書いたことがある。
わたしは写真を撮れば満足で、昆虫をピンで串刺しにして飾る趣味はないから、それがその後どうなったか知らない。

ところが昨日また散歩に行ったら、前回とまったく同じ木の、同じ場所にとまっているのを見た。
そんなにひんぱんに見かける虫ではないから、たぶん同じ個体だと思うけど、大きな違いは前回が緑色だったのに対し、今回は枯れ木のようなくすんだ色になっていたこと。
後ろ足が1本分失していたから、生きているのかいと心配になって、カメラをすぐそばまで近づけたら、かすかに動いたから、死んで日干しになったわけじゃなさそう。

枯れ枝のようになったのは保護色で、周囲にあわせて体の色を変える動物は、アマガエルやヒラメのようにけっこうたくさんいる。
タコのように見ているあいだにも目まぐるしく色を変えるものもいるけど、これは保護色の極端なタイプ。
ナナフシの色の変化はのんびりしているから、時間をかけて早送りで撮影できたらおもしろいのに。

それにしてももう秋色のファッションとは。
彼もわたし同様、人生の秋をしみじみと感じているのかもしれない。

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2017年6月26日 (月)

ブーレーズ

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夜中にテレビを点けたらオーケストラの演奏をやっていた。
ベルリンにできたピエール・ブーレーズ・ホールのこけら落としの演奏だそうだ。
P・ブーレーズと聞いてなつかしい思い出がよみがえってきた、というと、ちょっとオーバーだけど。

ずっとむかし、ロックやジャズに飽き足らなくなって、わたしが初めて購入したクラシックレコードが、ブーレーズ指揮の「ベルリオーズ/幻想交響曲」。
ほとんどクラシックの知識がないまま、異様なタイトルと、不気味なレコードジャケットの絵、そしてジャケットの裏に載っていた黒いタートルネックという、指揮者らしからぬブーレーズの写真に惹かれて買ったものである。

これを聴いてただちに感銘を受けたというほど、純情でもホラ吹きでもないけど、クラシックの出発点としてはわるくない演奏だったと、いまでも思っている。

そのあとでわたしが買ったもう1枚のブーレーズは、ジャケットに北斎の浮世絵をあしらったドビュッシーで、こちらはどうもあまり熱心に聴いたおぼえがない。
当時のわたしはクラシックの大海におずおずと乗り出したばかりで、音楽の内容以前のもの、たとえばジャズの影響で、ジャケットのデザインなどに惹かれることが多かったのだ。

昨夜はブーレーズについてググッてみた。
ウィキペディアの記述は、音楽理論のわからないわたしの手に負えるものではなかった。
ベルリオーズやドビュッシーは、この人の演奏ではわかりやすいほうかもしれない。

彼は何度か来日しており、あるとき日本の聴衆から、人生にとってもっとも大切なことはなんですかと質問され、いくつになっても好奇心を失わないことと答えたという。
納得である。
わたしもいいトシのおっさんのくせして、オランウータンを見にいって見られなかったり、ホタルイカを見物に行って空振りに終わったり、いまでも好奇心が多すぎて困っているくらいなのだ。
このトシまで独身をつらぬいたのも、社会の常識にとらわれるより、好奇心を満たすことに忙しかったからなのだ、きっと。

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2017年6月25日 (日)

3Dアニメのアダルト

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ネットで3Dアニメによるアダルト映像(舶来もの)を観た。
まるで本物の人間のようなリアルな美少女が、グロテスクな怪物たちと、もうハナから入れたり抜いたり、しゃぶったりくわえたり、くんずほぐれつの大活躍。
なにしろアニメなんだから、どんなスタイル抜群の美女でも、どんなハレンチな体位でもOKだし、有名人を使おうが未成年を使おうが、法律もクソもないやってんで、ホント、病みつきになりそうなくらいやりたい放題。
おまえもオタクだなあといわれそうだけど、これを観て考えた。

アメリカって3Dアニメーターがあまっているのか。
アナと雪の女王の制作スタッフが、仕事にあぶれてアダルトを始めたのかと思ったくらい、完成度が高い映像なので。
もっとも映画ばかりを対象にするわけにはいかない。
わたしはゲームというものをぜんぜんやらないから、そっち方面にうといけど、アダルトアニメを作るアニメーターというのは、ゲーム業界からの転身組も多そうである。

わたしが観たものは、巨大な怪物と美少女がからむもので、もろにテレビゲームそのもの。
ちがうのは怪物のくせに人間の女が大好きで、アレが人間のものに比べるとはるかに大きく、ちょっと物理的に無理じゃないかと思われるトコ。

若者たちにとって、アニメーターというのはいまや花形の職業で(日本ではもうちっと給料を上げるべきだけど)、その活躍の場は映画、ゲーム業界と幅広いから、いきおいその養成学校も多いにちがいない。
そうやって世間に出るアニメーターが多ければ、俳優を雇うより安上がりというわけで、アダルト業界もほうっておかない。
需要と供給のベストな組み合わせかどうか知らないけど、そろそろ絶滅するわたしをさておいて、世間は新時代に突入しつつあるようだ。
うらやましいねえ。

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2017年6月24日 (土)

またワンちゃん

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わたしに抱っこされてご機嫌なワンちゃん。
正面から見るとコワイ顔をしてるけど、この角度から見ると愛嬌がある。
ホント、甘えん坊。

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2017年6月23日 (金)

Trump Book Tweets

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意外に思われるかもしれないけど、わたしはツィッターにぜんぜん興味がない。
利用者数がやたらに多いらしいけど、ということはお手軽ということで、ということはそのへんのボンクラが、たいして頭も使わずに利用しているに決まっている。
そんなものに関わっているヒマはない。
ブログだけで手いっぱいだし、そもそもわたしは、赤の他人との交流を増やしたいなんて考えてないのだ。

ところがツィッターからはしきりにお誘いのメールがくる。
先だってはアメリカのトランプさんのツィッターに「よいしょ」、もとい「フォロー」しましょうなんてメールが。
ほかの人ならともかく、いま話題の人物だから、?と思ってのぞいてみた。

トランプさんといえば、職務よりツィッターやってる時間のほうが多いんじゃないかという、珍しいアメリカ大統領だ。
わたしもネット中毒といわれるたびに、トランプさんだってやっていると弁解することにしているので、こういう点ではなかなか頼りがいのある人である。

ただメールに記載されていた彼のツィッターは Trump Book Tweets となっていて、フォロー数が数千しかない。
これはその発言がしょっちゅう物議をかもしている、悪名高き彼のツィッターではないようだ。
もちろんぜんぶ英語だから、読んでみても意味がわからない。
なんか、本の書評のようでもあるけど、あのトランプさんが本を読むとは思えないし、いまのところどうやって対処していいかわからんのよ。

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2017年6月22日 (木)

青二才

知り合いの青二才がやってきた。
彼は年端もいかないくせに、生意気に政治の話をしたがる若者である。
わたしの部屋でしばらく話をする。

わたしの部屋に1カ月分の朝日新聞が溜まっているのを見て、朝日新聞が好きなんですかと訊く。
べつに好きでもないけどね。
この新聞はときどきケシカランことを書くから、それに対するいちゃもんをブログに書くのがタノシイんだよと返事をする。
読売はダメですかと訊く。
あんなまっとうすぎる新聞はキライだ、巨人もキライだし。
いまいちばんおもしろいのは産経だけど、ああいうガチガチの右翼新聞もキライだとつけ加える。

今度の都議会選挙ではどこに投票するつもりですかと訊く。
やけくそで、ユリコさんの党以外ならどこでもいいと答える。
やけくその理由は、わたしがいくら吠えたって、ポピュリズム社会の日本では、彼女の政党が躍進だろうなんていわれてるから。
もう勝手にしろ。
わたしは世界中からうらやましがられる日本に生まれた幸運を、ひとりで静かに嚙みしめるだけだ。

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2017年6月21日 (水)

Art of Japanese Life

昨今の日本ブームはとどまるところを知らず。
英国BBCが制作した「The Art of Japanese Life」というテレビ番組が話題になっているそうだ。
BBCのドキュメントと、ナショナル・ジオグラフィックには絶大な信頼を寄せている当方のこと。
観たいと思ったけど、NHKのBSでは放映する予定はないようだ。
もしかしたらと思って YouTube をのぞいたら、ありました、そのシリーズ1というやつが。
日本語の字幕がついてないけど、なんとなく意味はわかる。

この中に日本の細密彫刻として、「根付」が出てくる。
指でつまめるような小さなアクセサリーだけど、象牙や黒檀をたんねんに彫り抜いた美術品で、この番組を観てあらためて感心した。
もっとも感心したのは江戸時代に作られた古根付というやつで、現代なら3Dプリンタで作れてしまいそう。
むかし中国で玉(ぎょく)の彫刻を見て、その細密さに感心したことがあるけど、あちらの作品が、どうも壮大なハッタリを感じさせるものになってしまったのに比べて、技術を芸術にまで昇華させる日本人の伝統がありありというところ。

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2017年6月20日 (火)

またユリコさん

豊洲移転は見直すといきまいて、プロジェクトチームに丸投げしたユリコさん。
丸投げされたほうだって困るよな。
調査をしたり、意見を聞いたりすればするほど話がややこしくなって、だれの手にも負えなくなる。
けっきょく曖昧な回答しか出せるわけがなく、結論を出す役割はまたユリコさんにもどってきた。

どうしても自分が結論を出すしかなくなったユリコさん、そんなら両方の顔を立てればいいんでしょと開き直った。
その結果が、豊洲に移転、ただし築地も再開発するという苦肉の説明。
うまく考えたなというところだけど、これってけっきょく豊洲に移転ということで、さんざん迷走したあげく、やっぱり元の鞘に収まっただけ。
空き屋になった築地は、しょせん、だれかがなにかを作ることになるだろうから、これはユリコさんがもっともらしくいうアイディアではない。

だいたい目と鼻の先にふたつの市場を維持できるものか。
豊洲が軌道に乗れば築地は、そうさな、吉原のように人々の郷愁を誘うだけの存在になるだろう。
もちろん、いまここにある危機を乗り越えさえすれば、ユリコさんにとって万々歳だろうけど。

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ビワについての考察

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散歩コースのわきにビワが実っている。
先日、ひとつつまんで食べてみたら、なかなか美味しかった。
今度は大量に収穫に行こうかと思うけど、こういうものを勝手に取っていいんだろうか。

ビワが生えているのは、個人の敷地ではないし、公共の敷地というわけでもない。
いってみれば、調布飛行場の敷地であって、武蔵野の森公園の一画ともいえる微妙なところだ。
公園の一画に勝手に生えている木なら、実をつまんだくらいで犯罪にはなるまいし、飛行場は農家を経営しているわけではないから、自分の敷地にビワがなっても収穫なんかしないだろう。
放っておけば、実はそのうち腐って落ちてしまう。

ひかえめに考えても、わたしがビワを勝手に収穫してもかまわない条件は整っているようだ。
ひょっとすると、近所にもこのビワを虎視眈々と狙っている奥さんがいるかもしれず、早い者勝ちかもしれない。

しかし待て。
アメリカの同時多発テロ以降、なぜか飛行場のまわりは警備が厳重で、そのへんをやたらにパトカーが徘徊しているのだ。
パトカーの中の人間は職務質問が習性になっているから、わたしがビワを収穫していると、たちまちなにをしてるんだと問いかけてくるだろう。
資源のロスを見るにはしのびないのだと返事をしたって、盗人か善人かの二者択一しかない彼らには通じないような気がする。
いまさら窃盗の前科がついたぐらいでおそれる年じゃないけど、自分の意思に反して警察署にしょっぴかれるのもメンドくさい。

うーんと悩んだけど、イヌの散歩にかこつけて、今日の朝早く出かけてみた。
早朝のせいでパトカーには遭わなかった。
そのかわり飛行場警備のガードマンに出くわしてしまった。
彼はサクラの季節の深夜に、敷地内で写真を撮っていたわたしを見咎めた融通のきかない男だ。
でもイヌを連れて通行人をよそおったわたしに、微妙な場所にあるビワの収穫を禁ずるのも微妙な問題だ。
なにかいいたそうな彼の先手を打って、ひとつ食べませんかと勧めたわたしの作戦勝ち。

収穫量は30コあまり。
市販されているものより小粒だけど、味はけっして劣らない美味しいビワだった。

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2017年6月18日 (日)

理想

ああ!お父さんが死んでる、ヒースクリッフ、お父さんが死んじゃったよー!。
これは「嵐が丘」の中の、キャサリンの父親が亡くなった場面。
父親はまだ幼かった娘とヒースクリッフを、椅子にすわって見守りながらしずかに息絶えるのである。
この小説はこれから波乱万丈の展開となるんだけど、それはさておいて、人間の死に方としてはどんなものがいいだろう。

昨日は散歩に行った。
飛行場を一周する4キロぐらいのコース。
2キロも歩くと、疲れてベンチに座り込む。
若いころなら半日ぐらい山歩きをしても平気だったもんだけどねえ。

このままベンチでひと休みしているとき、目のまえが暗くなってあの世行きというのはどうだろう。
飛行場のまわりは公園になっていて、散歩やジョギングをする人が多いから、すぐ発見されて、病院へ搬送されて、ヘタすると蘇生してしまう可能性もあるけど、それさえなければ、見晴らしはいいし、風はさわやかだし、樹々や野草は青々としていて、わたしはあんなところで死にたい。

以前は旅の途中で頓死というのが理想だったけど、頓死といってもいろいろあるからな。
飛行機が墜落なんてのはいいほうで、へんなものを食べてコレラになったり、強盗に襲われてナイフで腹を刺されたり、テロのまきぞえになって木っ端みじんで、割り箸で肉片を拾われるとか。
いや、だいたいもう外国なんか、行くだけのスタミナがないや。

わたしの知り合いにはアノさいちゅうにくも膜下出血を起こした人がいて、これなんか男の理想みたいに思われるかもしれないけど、倒れて意識不明のまま7年間も生きていたもんな。
これじゃ家族はたまんないよ。

じつはわたしの場合、部屋で孤独死の可能性がいちばん高いのだ。
新聞が溜まっているのをみて、誰かがうまく発見してくれればいいけど、これから暑い夏をむかえる。
死後2、3日でも大家さんに迷惑をかけそう。
高いところから飛び降りると警察や消防団に迷惑だ。
首を吊るのは苦しそうだし、排ガスは準備がメンドくさそう。
やっぱり公園で散歩中が理想的なんだけどねと、散歩をしながらしみじみ。

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2017年6月17日 (土)

ユリコさん

ユリコさんが豊洲の移転を決意したようだ。
やっぱり大山鳴動してなんとかやら。
築地の活用も検討なんていってるけど、これは、このままでは示しがつかないというユリコさんの、カッコづけにしか聞こえない。
韓国ならろうそくデモで、都民に与えた損害賠償を請求されること必至。

だいたい豊洲は築地から車で10分だ。
そんなに築地にこだわらなくても、すぐに豊洲が新しいブランドになることも間違いがない。
世界最大の魚市場が見たいという外国人観光客には、いまより便利になるだろう。
ユリコさんのいう築地ブランドが、10年、20年後にどうなっているか、そのころまで生きている人は検証しておくれ。

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2017年6月16日 (金)

バーベキュー

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あー、ほんと、酒がよわくなった。
昨夜はまたロシア人たちと庭でバーベキュー。
しまいには転んで腕をすりむいて、部屋へもどってベッドにばったり。
おかげで今日の午前中は二日酔いで、ブログの更新どころじゃなかったし、いまはふだんのわたしにもどったけど、そろそろ出勤の準備だ。
ま、1日や2日話題にことかいても、泡沫ブログは他人に迷惑をかけないのだ。

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2017年6月15日 (木)

またイヌ

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ヤフーニュースを見ていたら、最近は警察犬に小型犬が採用というニュースがあって、そこにミニチュアシュナウザーというイヌが取り上げられていた。
どっかで聞いた名前だと思ったら、わたしが世話を頼まれているイヌじゃないか。
えっえっえっ、アホかと思っていたらけっこう利口なのね。
お見それしやしたって、あとで謝っておかなくちゃ。

ところでやっこさん、最近はだいぶ横着になってきて、以前はわたしがおもてから帰ってきてドアをあけると、警戒してベッドから起き上がったのに、ここんところ平気で布団にもぐりっぱなし。
うちの新聞の連載マンガ 「ののちゃん」 の母親みたい。
やっぱりアホなのか(ののちゃんの母親は怠惰というだけで、けっしてアホではありません)。

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投書氏

今日の新聞には、核戦争でも始まったかというようなでっかい見出しで「共謀罪法案きょう成立」という活字。
いまいろいろ騒がれている問題だけど、朝日新聞がこんな見出しを載せているあいだは、まだまだ日本に言論統制の心配はないようだ。

この法案について、反対する人の90パーセントは、治安維持法のあった過去の例などを持ち出して、またあの暗い時代に回帰するのではないかという。
それじゃあ日本の戦後はいったいなんなのか。
米国や英仏独と肩をならべる、アジアで唯一といっていい民主主義国家としての歩みは、ぜんぜん考慮してもらえないのかと聞きたくなってしまう。

覇権主義が当然だった過去と、まがりなりにも世界が平和共存のためのシステムを模索している現代では、条件はまったく異なるのだ。
暗い時代にもどる可能性がまったくないとはいわないけど、そんなことはないかもしれない。
どちらになるか誰にもわからないのだから、あとは歴史の流れにおまかせして、どちらを選ぶか次世代に決めさせればいい。

わたしはそういう考えなので、そもそも治安維持法なんか持ち出す反対意見はハナっから無視することにしている。
ところが今日のウチの新聞の投書欄に、性懲りもなく治安維持法を持ち出した投書氏がいた。
そこいらの人ならもちろん無視だけど、これが作家として知られている赤川次郎サンというと穏やかじゃない。

以前、やはり作家の森村誠一サンという人が、的はずれな意見を書いて、わたしにこういう人が作家として通用している社会に、なぜ感謝しないのかと皮肉られていたけど、赤川サンもいっしょ。
共謀罪が危険なものかどうかは、朝日新聞や「赤旗」が発行禁止にされたり、赤川サンが逮捕されて、執筆活動や発言を禁止されるようにならないかぎり大丈夫。

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2017年6月14日 (水)

今日のカイカイ

わたしの愛読している掲示板に 「カイカイ反応通信」 があることは、すでに何度も公言しているけど、それは単なる嫌韓サイトではなく、ユーモアと皮肉が効いていると思うからである。
最新のスレッドもおかしい。
韓国人が見たら気をわるくするかもしれないけど、これがもともとは韓国人が書いた記事であることをお忘れなく。

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パンダ化

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わたしのワンちゃんはどうも御面相がよくない。
まえにも書いたけど、眉のあいだに嶮があって、怒れるテロリストのようである。
ドイツが原産のイヌだそうだから、ドイツ人の好みを反映しているのかもしれないけど、愛玩用のイヌがこれでは、つねに不機嫌なのではないかと思われてしまって、イヌにも気のドクだ。

でもこれは顔の模様のせいで、彼に責任があるわけではない。
わたしは漫画家をこころざしたことがあるので知ってるんだけど、悩んだり怒ったりしているときの表情をあらわすには、眉のあいだに二本の縦線を入れればいい。
写真でごらんのとおり、ミニチュアシュナイダーには生まれながらのそんな線が入っている(左の写真)。
この顔でにらまれると、少々コワイ。

で、今日はヒマつぶしに彼の顔の模様に手を加えて、険悪な表情をマイルドにしてみた。
左の写真が手を加えるまえ、右が手を加えたあとだ。
最近子供が生まれたパンダみたいで、最初からこうしたほうが、少なくともアジア方面では人気が出たんじゃないか。
フレンチブルドッグやブルテリアみたいにけったいな顔をしていても、それがカワイイという人もいるから、これが彼にとって最善の解決策とは思わないけど。

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2017年6月13日 (火)

今日の新聞

今日のウチ新聞の国際面。
韓国の大統領文在寅サンについて、「脱・朴カラー、高い支持」だって。
でも就任して1カ月なら、弾劾されたクネちゃんだって支持は多かった。
文サンは前大統領の反対をいっているだけで、これは米国のトランプさんといっしょ。
人気が一時的なものであることは、アノ朝日新聞の記事でさえ、半分以上は韓国の将来に懐疑的であることでわかる。
1年後の支持率が楽しみだ。

その朝日新聞のオピニオン面では、ふたりの論客が北朝鮮とは対話すべきだという論調だ。
でもわたしは思うんだけど、北のぼんぼんは身内を殺害し、政権の幹部にさえ容赦のない権力亡者だ。
北の政権が発足したころなら、まだ彼の人間性について理解がないのもわからんじゃないけど、すでにぼんぼんがどんな人間か、誰にでも理解できているはず。

史記を読むと、残虐な殷の紂王に対する反乱の火の手が上がるのに、じれったいほど時間がかかっている。
おそらく当時(紀元前1000年)も、話せばわかるなんてノーテンキな人がいたせいだろう。
放っておけば事態は悪くなるだけで、良くなるわけがない。
どうせいうなら、話し合いで時間を稼いで、できるだけ周辺国に被害のおよばないように、かの国の転覆を図るという謀略について語ってほしい。

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今朝のイヌ

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わが愛しのワンちゃんは、電信柱を見つけると片足をあげてオシッコをするくせがあるんだけど、ややもすると残りの足で体をささえられず、腰くだけになってしまうことがある。
やっこさん、もう後ろ足がへなへなになっているのだ。
その点ではわたしもイヌのことをいえない。
よそから見ると人間がイヌを散歩させているようにみえるかもしれないけど、イヌとヒトという外側のかたちをとっぱずせば、ふたりの老人がよたよたと歩いているみたいである。

日曜日の「ダーウィンが来た!」って番組に、アフリカのナミブ砂漠に生きる、めずらしい砂漠ライオンが取り上げられていた。
野生の世界というものはどこでも過酷なものだけど、この番組の中に年老いてケガをして、骨と皮になったまま飢え死するライオンが出てきた。
ライオンというのはわりあい互助精神のある動物だけど、それでも足がおとろえたら、同情してくれる仲間はいないのである。

ずっとむかし、このブログに、草食動物の末路はかならず肉食動物のエサであり、肉食動物の最後はかならず飢え死にであると書いたことがある。
わたしの散歩相手は犬缶しか食わないけど、いちおう肉食動物の範疇に入る生きものなので、たまたま人間に飼われて飢え死はまぬがれているものの、ぼちぼち死を覚悟しているかもしれない。
イヌにはそんな複雑な思考はないって?

しかし、これは思考ではなく本能である。
むかし競馬場で足を折ったウマが、その瞬間絶望的ないななきを上げて、解説者が、競争馬というのは骨折したら、それだけでもう自分の運命がきわまったことを察知するんですよといっていた。
わたしのワンちゃんは、そういうことを真剣に悩んでいるようすがないけれど、足のおとろえたイヌはもうあまり長く生きられないと聞いたこともある。

わたしと散歩しているさいちゅう、あるいは帰宅した直後に、やっこさんが心筋梗塞かなんかでポックリいったら迷惑だ。
そうなってもわたしの責任ではありませんよと、昨日は飼い主にダメを押しておいた。
トランプさんの失脚か、北のぼんぼんの成人病か、わたしの寿命かってところに、さらにもう1匹が加わって、混沌とした四つ巴なのだ。

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2017年6月12日 (月)

今朝のイヌ

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人間に脱皮する日を夢見ているのか・・・・・・

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2017年6月11日 (日)

今朝のイヌ

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イヌに添い寝をしている。
やっこさんはわたしのかたわらで安心しきってスヤスヤ。
ときどきピクリと痙攣するのはなにか夢でも見ているのか。
そんなイヌの寝顔を見ながらまたいろいろ考える。

このイヌももとはペットショップで買われたものだろう。
ペットショップというものはイヌがいちばん可愛らしいとき、つまりいちばん商品価値の高いときに売りたがるものだから、子犬が母親といっしょにいられた期間は長くないに決まっている。

そうやって短期間で母親や兄弟と別れることになったイヌが、イヌ好きの飼い主に買われ、それなり幸福な生活を送ってきたとする。
しかし、彼も老いた。
人間ならわたしのように、そろそろ人生を振り返ってもおかしくない歳だ。
スヤスヤと眠る彼は、母親とすごした、短かい幸せだったころの夢を見ているのかもしれない。

と思ったけど、イヌに過去の記憶なんてあるのだろうか。
こんなことを書くと、たとえば1年間も離ればなれになっていても、イヌはちゃんと飼い主のことをおぼえているという人がいるかもしれない。
しかしそれはあとから脳にすりこまれた本能のようなもので、わたしたちがときどき思い出してなつかしむ過去の記憶とはちがうだろう。

類人猿ならともかく、イヌやネコに過去や未来があるとは思えない。
彼らは時間的に、あってもせいぜい数日ていどの世界を生きているのだ。
人間以外の動物は、つねに死ととなりあわせの生活をすごしているので、子供がタカにさらわれた、親がライオンに食われたなんてことを、いつまでもくよくよしていたら生きていけない。
だから記憶がないというのは、彼らの生きていくうえでの知恵なのだ。
いまさえ良ければなにも案ずることはないという、うん、究極の楽天主義だな。

イヌの寝顔を見ながらいろんなことを考えてしまう。

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2017年6月10日 (土)

ナナフシ

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いつものコースに散歩に行く。
カワセミやヘビはめずらしくないから、もういちいち騒がない。
今日見たもので変わったものは、自然観察園の中で発見したこの昆虫。
「ナナフシ」といって、希少生物とはいえないが、しょっちゅう見られるものでもない。
わたしは虫愛づる少年だったころ、郷里の山で見つけて、日本にはいない新種ではないかと早とちりしたことがある。

ナナフシの仲間には、東南アジアに体長50センチ以上にもなるのがいるらしい。
わたしが見たのはせいぜい7〜8センチ。
棒のような独特のかたちは、そのまま木の枝を模した擬態になっているけど、こげ茶色の木の幹に張り付いていて、これではよけい目立ってしまう。
平和な日本で、虫まで平和ボケか。

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2017年6月 9日 (金)

アニバーサリー・ソング

すこしまえにこのブログで 「レッドタートル」 というアニメのことを書いたけど、そのとき同じアニメ作家のつくった 「父と娘」 というアニメにも触れた。

「父と娘」 では 「ドナウ川のさざなみ」 というワルツの名曲が、アコーディオン用に編曲されて効果的に使われていた。
あまりすてきな曲なので、聴くだけでは飽き足らず、作曲者のイヴァノヴィッチについて調べてみたら、この曲はアメリカでも人気が高く、歌詞がつけられ、「アニバーサリー・ソング(Anniversary Song)」 というポピュラー・ナンバーになっていることがわかった。

こんなことはだれでも知っていることかもしれないけど、わたしにとって今日学んだこと(TodayILearn)。

YouTube を当たってみると、パット・ブーンやアンディ・ウイリアムス、ダイナ・ショアなど、そうそうたる歌手が歌っているこの曲が見つかる。
オリジナルが素晴らしい曲は、だれが演奏しても、だれが歌っても、たいてい素晴らしいという学説(?)どおりだ。
またひとつ、生きているうちに聴けてヨカッタという曲を発見した。

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朝刊に感心する

今日の朝刊をみて感心した。
FBIの前長官が大統領の指示に従わなかったのだそうだ。
トランプさんがこうしてほしいと暗にほのめかしたことを、がんとしてはねのけたらしい。
まだ今朝の朝刊にはないけど、ウチの新聞は夕刊の素粒子欄で「さすがはアメリカ、忖度しない政治」と書くであろう。
賭けてもいいが、わたしの予想はたいていはずれるからなあ。

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2017年6月 8日 (木)

夕刊におどろく

今日の夕刊をみておどろいた。
木曜日は夕刊に三谷幸喜クンの連載エッセイが載る日だけど、なんと今日の記事にはおせじがひとつもない。
そのかわり内容は、目玉焼きにするか、スクランブルエッグにするかという、ありふれた日常の悩みに関するもので、これならわたしにも書けそう。
変に世間体を気にしたり、他人に対して気がよわいところは、わたしも彼といっしょなので。

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2017年6月 7日 (水)

翻訳サイト

わたしがよく読んでいるネット上の掲示板サイト「海外の万国反応記」に、先日の英国のテロ騒ぎのとき、逃げまどう群衆の中に、グラスに入った飲みかけのビールをかかえて走る男性の写真があって、さすが、飲んべえの鑑と感心されていた。
わははと、おかしいのはどうでもよくて、わたしは仕組みをよく知らないんだけど、こういうサイトってどうやって作られているんだろう。

どうも外国語の掲示板サイトを日本語に翻訳したものらしく、似たようなサイトはほかにもたくさんある。
たとえば、どこかの外国の掲示板に、日本に関する話題、日本人も興味を持ちそうな話題があったとする。
当然わたしはそういうものを読んでみたい。
しかしわたしは英語オンチだから、読んでも意味がわからない。

そういうユーザーのために、翻訳サイトを立ち上げ、あわせてスポンサーをつけて利益を得ようというなら、これは立派なネット時代の親商法といえる。
違法薬物を販売したり、アダルトサイトを運営するよりよっぽどマシな商売だ。

ただし楽な仕事ではないだろうなということも容易に想像できる。
朝から晩までパソコンに向かって、ネタになりそうな国外の掲示板を探さなければならない。
しかも、たとえば「万国反応記」を見ても、その更新頻度からして、とてもひとりでやっているとは思えない。
複数のスタッフをかかえて運営しているとなると、とてもそのへんのニートやひきこもりにできる仕事ではないだろう。

スポンサーを得ようというなら、ただ英語がわかるだけではなく、運営者にも、世情やスラングに通じたそれなりの知識とセンスが必要だ。
読んでおもしろくなければ、わたしは見向きもしないし、スポンサーもつかないだろう。
じっさいにまじめすぎておもしろくないとか、偏見にもとずいたヘイトまがいのサイトも多い。
そういう中からわたしが厳選して、他人に推奨するのが「万国反応記」と「カイカイ反応通信」だ。

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今朝のイヌ

0717

わたしが世話しているイヌは、ちゃんと名前がついているけど、なんという種類なのか聞きもらした。
で、ググッてみたら、ミニチュアシュナイザーという種類らしい。
テリアの仲間かと思ったら、そうではなく(テリアは英国原産)、ドイツが原産で、アメリカで改良された品種だそうだ。

目のまわりが黒く、そん中に黒いビー玉のような目玉が光っている。
まゆのあいだに嶮があって、顔つきは陰険というか、まじめな顔をされるとすこしコワイ。
性格は従順で、恐れ知らず、友好的、活発などとあって、おおむねその通りだけど、聡明ってのはどんなもんかねえ。
わたしにはあまり利口そうに見えないんだけど、わたしの期待が高すぎたせいかしら。

わたしの子供のころ、親戚の農家に遊びにいくと、あれは雑種だったと思うけど、ひじょうに賢いイヌがいた。
親戚ではニワトリを放し飼いで飼っていて、その管理はイヌにまかせていた。
ニワトリが迷子になると、イヌが探してくわえてくる。
それもニワトリに怪我ひとつさせずに。
まるで牧羊犬だけど、ただ、訓練やしつけは、見ていて可哀想になるくらい厳しかった。

昨今の都会のイヌは甘やかされているから、一見賢そうにみえても、せいぜいお手をしたりお座りをしたり、投げたボールを拾ってきたり、腹がへると物欲しそうな顔をするくらいのもの。
これでは本能や条件反射のままに行動しているのとたいして変わらない。
わたしの世話しているイヌも、どうもその口みたい。
つまり人間が可愛がりたいという目的のためだけに飼われているイヌなのだ。
これではやっこさんのほうも、賢くなろうという努力を怠ってしまうだろう。

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2017年6月 6日 (火)

イヌの今日

0716

イヌの世話で緊張した生活が続いている。
ブログの記事をゆっくり考えているヒマがないから、イヌの話題でお茶をにごす。

飼い主からイヌの散歩は30分から40分にしてくれといわれていた。
でもそれっぽっちじゃもの足りない。
今朝はためしにいくらか遠っ走りをして、1時間少々歩いてみた。
やっこさんがへたばったら、かかえて帰ってくるつもりで。

ところが足がよたよたしたおじいさんイヌのくせに、最後まで歩きとおしたばかりか、最後のほうではいつもより元気になったくらい。
どうやら30分、40分というのは、散歩のニガ手な飼い主の希望だったようだ。

それにしてもイヌって利口なのか、馬鹿なのか。
本来の飼い主ではないわたしに、嬉々として従ってきて、ほかのイヌに出会うと、勝てそうもないのにやたらに吠える。
弱いやつほどよく吠えるを地でいっていて、おかげで以前はゴールデンレトリバーにかじられたこともあるそうだ。
寂しがり屋なのか、寝るときもわたしが添い寝してやると、安心しきってまったく警戒感なし。
感心なことに部屋の中ではウンチやオシッコをしないけど、これって頭の良さには関係がなさそう。
ほんとうに本能のままに生きているなという感じ。

動物ならなんでも好きなわたしだけど、どっちかというとイヌよりネコ派だね。

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2017年6月 5日 (月)

最近は

0715

朝の4時に起きて新聞を読む。
かんたんな朝食をとる。
5時半になったらイヌの散歩。
1時間ほど近所をぶらついたあと、部屋にもどってイヌに朝食を食わせる。
朝食といっても犬缶だから手間はかからない。
飼い主のいう分量はひじょうに少なくて、イヌはもっとくれ、もっとくれと吠えるけど無視。
ちょっと可哀想だけど、イヌの健康のためにはこのほうがいいのだろう。

吠えまくるイヌを無視していると、そのうちあきらめる。
イヌがあきらめたあと、わたしは本格的に食事、というより一杯呑んで寝てしまう。
昼前に目をさまし、たとえば今日はわたしの所属する団体の支部に顔を出し、帰りにスーパーに寄って酒のつまみを仕入れ、帰宅してパソコンに向かう。
最近はロシアからも、22歳の嫁さんを紹介しますなんてメールが来て大変だ。

そんなものを見ながら遅い昼食をとる。
いい機嫌になるけど、寝るわけにはいかない。
まごまごしていると、夕方のイヌの散歩の時間だ。
夕方のイヌの散歩は18時からである。

18時からイヌの散歩をし、帰宅してイヌに晩メシを食わせ、もっとくれと吠える相手を無視し、2時間ほどイヌの相手。
やっこさんが寝ついたあと、わたしもブログの更新をしたり、録画したテレビ番組を観たりと、ようやく自分の時間を持てる。
目下のわたしの日常はそんなところだ。
これでもイヌがいないころのわたしに比べれば、劇的に健康的になったといわざるを得ない。

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2017年6月 4日 (日)

ヤクザ

アメリカが中国の南シナ海問題について強く警告。
こないだまで北朝鮮問題で最大限に中国を持ち上げ、自分じゃやる気がないなと足もとを見られていたくせに、である。
どうして唐突にそんなことをいいだしたか。
理由はかんたんだ。

ばかやろう、そんなものやってられるかとパリ協定から離脱したら、あにはからんや、中国が、ウチは責任を持ってそれを続ける、子供たちに破滅的な未来を引き継ぐわけにはいかないとおとなの対応だ。
日本や欧州も中国に右へならえ。
てめえらそんなにオレが憎いかってわけで、わがまま坊やのトランプさんは、今度はなんとかして中国主導のパリ協定に、くさびを打ち込もうという魂胆だろう。
こうなるともう性の悪いヤクザだよな。

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イヌの散歩

0714

散歩に出かけると、そこかしこでイヌを散歩させている人に出会う。
わたしも動物が好きだからうらやましく思っていた。
とはいえ、動物を飼うには責任が伴う。
ひとり者でずぼらなわたしには、イヌの散歩なんてとうてい無理だとあきらめていた。

ところが知り合いから、本人が留守のあいだ、ちょっと面倒をみてやってくれないかと、イヌの世話を頼まれてしまった。
これだと責任は、伴ったとしても本人が帰ってくるまでのあいだだけ。
ああ、いいですよと、つい気安く引き受けた。

イヌを連れて散歩をするときの誇らしさ。
この気持ちは長年それにあこがれていた人間にしかわかるまい。
トシは12だというからそうとうのおじいさんイヌで、散歩のとき足がふらつくけど、すこぶるおとなしくて手間がかからない。
いまわたしのかたわらでスヤスヤ。
朝になったらまた散歩なんで、こっちも健康になってしまいそう。

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2017年6月 3日 (土)

節目

今日は節目の日。
なんの節目かって?
このブログが開始されたのが07年の6月3日だから、今日でまる10年が経過したというわけだ。

アクセス数なんぞ気にもせずに、ほぼ1日1回のペースで、ひたすら好きかってなことを書きなぐってきて、ああ、とうとう10年かという感慨はあるな。
あといつまで続けられるかわからないけど、べつに体力を使うわけでもなし、お金がかかるわけでもないから、年寄りの趣味としてはこんなふさわしいものはないと思ってんだけどね。
でも思い出したくないこと、ここで絶対に書きたくないこともたくさんある。
それは自分の胸にしまったまま、あの世まで持っていくつもり。

原爆詩人の原民喜の小説の中に
「僕がこの世にゐなくなつても、僕のやうな気質の青年がやはり、こんな風にこんな時刻に、ぼんやりと、この世の片隅に坐つてゐることだらう」
という文章がある。
ニートやひきこもりは民喜の時代にもいたらしい。
わたしの人生も、ふり返れば忸怩たるものではあるけれど、100人の人間がいれば100の人生があるのだから、それでもどこかのだれかの反面教師ぐらいにはなるんじゃないか。

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2017年6月 2日 (金)

今朝の新聞

今日の新聞をみると、昨日まで大々的に取り上げていた◯◯学園なんていう記事が見当たらないね。
反権力のウチの新聞も、もらったとか差し上げたとか、そういう具体的な話がさっぱり出てこず、忖度したんだろうなんて曖昧な話ばかりで、これ以上騒ぐのがイヤになっちゃったのか。

ユリコさんの問題でも、彼女に対して冷ややかな視線が感じられる。
アンチ自民党のウチの新聞としては意外な展開だ。
これ以上彼女の肩をもってもいいことがないと悟っちゃったのか。
朝日新聞もいよいよまともになってきたなと、わたしとしてはエールを送るけど。

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2017年6月 1日 (木)

爆雷

Sk01

もう何度もテレビ放映されているけど、ちょいとまえに「眼下の敵」という戦争映画がまた放映された。
現在の視点で観るとそれほど感心しないつまらない作品だけど、録画してあったので観るともなしに観ていたら、忘れかけた思い出がよみがえってきた。
わたしも海上自衛隊にいたことがあって、この映画のように爆雷を投下したことがあるのである。
ただし、そこはそれ、誇張されたハリウッドの劇映画と現実ではいろいろ異なる点もあるので、ヒマつぶしに雑感を述べてみよう。
自衛隊の内幕をバラしても、なにしろ半世紀もまえの話だから、いまさら機密漏洩の罪にも当たらんだろ。

自衛隊が発足したころは、まだ日本は自前の艦船を持つ余裕がなく、ほとんどは大戦中の米軍のお下がりだった。
「眼下の敵」は米軍のフリゲート艦と、ドイツのUボートの死闘を描いているけど、わたしが入隊したのは、このフリゲート艦と同型の駆逐艦が、まだ教育隊で実習艦として使われていたころである。
当時の自衛艦の主力は、「しきなみ」や「てるづき」、「あまつかぜ」などで、自衛艦に詳しい人なら、こうした艦名をあげただけでおおよその時代がわかってしまう。

Sk02

わたしかはじめて乗り込んだ自衛艦は「しきなみ」といって、前後あわせて3基の3インチ砲台と、投下型、発射型の爆雷以外に、ヘッジホッグ、短魚雷、長魚雷などを積んでいて、兵器は映画の中のフリゲート艦よりだいぶ近代化されていた。
2番目の写真が「しきなみ」だけど、中部から後部にかけての甲板に「オランダ坂」と称する傾斜がついている。

映画には対潜兵器として爆雷しか出てこない。
そして水中で爆発するたびに、派手すぎるくらい大きな水柱が上がる。
このへんは映画の最大の見せ場ではあるし、映画的効果のためにやむを得なかったと納得しておこう。
新兵だったわたしは、両国の花火でも見物するような気分で期待していたんだけど、じっさいには訓練であれほど水柱が上がることはめったになく、ほとんどの爆雷は水深のある場所で爆発させるので、ずしーんという衝撃だけで終わることが多かった。

映画の中に、爆雷を投下するとき、兵士が誤って指を切断してしまうシーンがあった。
艦の後部に爆雷投下機があって、ドラム缶のようなかたちをした爆雷が、レールの上をすべって海に落下する。
このとき不注意にレールの上に手を置くと危険ということは、新兵のころ何度も先輩から注意されていた。

ところがじっさいにそんな事故を目の当たりにしたことがある。
事故を起こしたのは先輩の海曹だったけど、映画とまったく同じ状況だった。
しかし当時もいまも非常時ではなかったから、たったひとりの事故のために訓練は中止され、ケガ人を陸上の病院に運ぶために港に引き返した。
死者をひとりも出さずに南スーダンから撤収したと大喜びをしているがごとく、あのころから日本の自衛隊は、兵士にとってもやさしい軍隊だったのだ。

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