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2017年6月11日 (日)

今朝のイヌ

0719

イヌに添い寝をしている。
やっこさんはわたしのかたわらで安心しきってスヤスヤ。
ときどきピクリと痙攣するのはなにか夢でも見ているのか。
そんなイヌの寝顔を見ながらまたいろいろ考える。

このイヌももとはペットショップで買われたものだろう。
ペットショップというものはイヌがいちばん可愛らしいとき、つまりいちばん商品価値の高いときに売りたがるものだから、子犬が母親といっしょにいられた期間は長くないに決まっている。

そうやって短期間で母親や兄弟と別れることになったイヌが、イヌ好きの飼い主に買われ、それなり幸福な生活を送ってきたとする。
しかし、彼も老いた。
人間ならわたしのように、そろそろ人生を振り返ってもおかしくない歳だ。
スヤスヤと眠る彼は、母親とすごした、短かい幸せだったころの夢を見ているのかもしれない。

と思ったけど、イヌに過去の記憶なんてあるのだろうか。
こんなことを書くと、たとえば1年間も離ればなれになっていても、イヌはちゃんと飼い主のことをおぼえているという人がいるかもしれない。
しかしそれはあとから脳にすりこまれた本能のようなもので、わたしたちがときどき思い出してなつかしむ過去の記憶とはちがうだろう。

類人猿ならともかく、イヌやネコに過去や未来があるとは思えない。
彼らは時間的に、あってもせいぜい数日ていどの世界を生きているのだ。
人間以外の動物は、つねに死ととなりあわせの生活をすごしているので、子供がタカにさらわれた、親がライオンに食われたなんてことを、いつまでもくよくよしていたら生きていけない。
だから記憶がないというのは、彼らの生きていくうえでの知恵なのだ。
いまさえ良ければなにも案ずることはないという、うん、究極の楽天主義だな。

イヌの寝顔を見ながらいろんなことを考えてしまう。

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