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2017年7月20日 (木)

反日書籍

ネットを閲覧していたら、ある日本人が韓国で本屋をのぞいたところ、反日書籍のようなものがぜんぜん置いてなくて、衝撃を受けたという記事があった。
現在の日本では嫌韓本が花盛りで、本屋の店頭にはその手の本がうず高く積まれている。
ふつうに考えれば、あれだけ反日の盛んな韓国のことだから、あちらでも反日書籍が多いのではないかと考えるのが当然だ。
ところがそうではないという。

わたしもこれを読んで不思議に思った。
思ったけど、すぐにその理由にも思い当たった。
本というものは、いろんな証拠や証言をそろえて、理路整然と意見を構築するものであり、その場だけで通じる言葉で感情的にやりあうものではない。
言葉ならすぐに消えるけど、文章はじっくり読んでじっくり検証ができるし、いつまでも残るものだからいいかげんなことは書けない。

わたしは以前「醜い韓国人」という本を読んだことがある。
内容や著者についていろいろ物議をかもした本だけど、内容に不満があるなら、どこがどう間違っているのかきちんと指摘して反論すればよい。
ところが韓国では、妄言だと大声で叫ぶだけ、本の著者は韓国人のなにがしになっているけど、ほんとうは日本人の加瀬英明だろうと、内容とは関係ないところで騒いだだけ。
具体的な証拠をそろえた反論書はついに出なかった。

わたしが韓国の作家だったとしよう。
ここでは例として慰安婦問題を取り上げるけど、これついて日本を非難する本を書くとする。
慰安婦そのものの存在は日本も認めているのだから、非難するとしたら強制連行ということになるけど、さて、どうやって書いたらいいだろう。
写真でも書類でもなんでもいいけど、明確な証拠やあきらかな事実をそろえなければ、反論書としては失格だ。
もと慰安婦の証言だけでは証拠にならないことは、身内の証言が裁判で証拠として採用されないのといっしょ。
どんな読者でも納得させられるような文章を、どうやって書いたらいいだろう。

これだけいえばもうおわかりだろう。
韓国の作家にすれば、きちんと証拠をそろえて反日の本を書くのがむずかしいのに対し、日本からみれば、相手の言い分について反論のネタがいくらでもある。
これが、日本に嫌韓本が山積みなのはともかくとして、韓国には反日書籍が見当たらない理由じゃないか。

日本軍が行った他の残虐な事件をネタにしようとしても、現在の日本は民主主義の先進国である。
同じような境遇にあった東南アジアの国々が、とっくにそんなことを過去に置いて、ヘタすれば親日国になって、新時代に突入していることを思えば、いつまでも停滞しているこちらの精神構造を疑われるだけだ。
うむむと、悩まないわけにいかないのである、わたしが韓国の作家であれば。

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