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2017年9月

2017年9月30日 (土)

人体

今夜からNHKで「人体」というシリーズが始まる。
わたしはいちばん最初のこのシリーズを録画して持っているけど、コンピューターグラフィックを使って人体のしくみをわかりやすく解説した、きわめて優秀な科学番組だった。
ところがナニ考えているのか、司会があのタモリだ。
けっしてタモリをけなすわけじゃないけど、芸能人にはその人から連想されるイメージというものがある。
タモリというとバラエティー番組を連想してしまうのはわたしの偏見か。

英国のBBCも科学番組に定評のあるところだけど、たいていはその道の専門家に司会をさせる。
有名な科学者のデヴィッド・アッテンボローがいい例で、みずから現地に飛び込んで、自分の言葉で語る。
科学番組にはこういう人を起用してほしいと思う。
いくら台本を読むのがうまいからといって、日ごろ使い慣れたタレントを使うのはやめてほしい。
番組自体が素晴らしければよけいそう思う。

と、ここまではまだ観るまえのわたしの意見。
じっさいに観てからまた感想を書くつもりだけど、さて首尾はいかに。

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2017年9月29日 (金)

武州公秘話

まだまだ残暑はきびしいけど、秋の夜長はなにしよう。
今夜はヒマつぶしにネットの青空文庫で、谷崎潤一郎の「武州公秘話」を読んでいた。
小説というのは縦書きという先入観のあるわたしには、横書きの青空文庫はひじょうに読みにくいんだけど、それでもさすがは大谷崎の小説で、一気呵成に読み終えて、退屈をまぎらわすには好適。

谷崎潤一郎の作品には、古い文献から説き起こして、いつのまにか小説世界に導かれるという作品が少なくない。
この作品も妙覚尼という尼さんが書いた「見し夜の夢」という文献と、武州公に仕えた坊主の「道阿弥話」というふたつの文献が下地になっている。
もっともこれは小説のテクニックで、このふたつの文献がじっさいに存在するのかどうか、いきなり読み始めたわたしにはわからない。
たぶん存在しないんだろうと思うけど、そんなことはさておいて。

読み始めた当初は、いくらか偏執狂ぎみの主人公を描いたまじめな小説かと思ったけど、読み進んでいくうち、これって作家はユーモア小説のつもりで書いたんじゃないかと思えてきた。
最後につけ足された解説は正宗白鳥で、シリアスな作品であるとほめている。
エラい作家がほめているものに異論をとなえるのは勇気がいるけど、わたしは物語の後半で、ひとりで笑ってしまった。
谷崎潤一郎がシリアスな作品であるとほめられて、嬉しかったかどうか知らない。
そのくらいこの小説には奇想天外で、人をくったところがある。
あんがい作者も読者をひっかけるつもりで、ニヤニヤしながら書いていたんじゃないだろうか。

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2017年9月28日 (木)

政局

前原クンまで新党へ合流を希望だって。
民進党の議員をごっそり新党へ移すハラらしい。
なるほど、全員で移動して、数の力で新しい党を乗っ取っちゃえっていうんだな。
そうはさせないわよ。
ユリコさんもしたたかだ。
自民党の補完勢力で満足する人しか入れてやんないもん。
落選したらモトも子もないとはいえ、今回の選挙、議員さんたちの無節操ぶりは目にあまる。

今朝のウチの新聞のオピニオン面にあったけど、選挙ではときに思わぬ「風」が吹く。
しかしいちどブームになった政党に、「風」は原則一度しか吹かない。
さあ、ユリコさんの新党にもういちど「風」が吹くかどうか。
わたしは吹かないほうに賭けるんだけど、なにしろポピュリストが相手だ。
話題作りのうまいユリコさんのこと、わたしの賭けはまたはずれるかもしれない。
でも彼女の党が自民党の補完勢力で、将来はまた分裂して、今度は自民党に駆け込む議員さんがいるとしたら、朝日新聞がよろこぶ顔だけは見なくてすむんじゃないか。

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2017年9月27日 (水)

絶望

ユリコさんの新党にわらわらと群がる泡沫候補たち。
わたしは彼女の手法に疑問を感じているほうだから、いくらか割り引いてもらって結構だけど、こういう人たちが集まってなにをする気なのか。
かって、一時は政権をにぎったことのある民主党のほうが、まだしもマシな政治家がいたような気がする。
でも文句はいうまい。
こんな頼りない人間が当選するとしたら、彼らを選んだのはわたしたち国民なのだから。

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絶好の機会

今日の新聞の投書欄に、めずらしく感心する投書が。
ウチの新聞は大義なき解散だと騒いでいるけど、そもそも大義なんて必要なのかと。
国民が政治家に鉄槌を下す機会はめったにない。
解散してくれれば、絶好のその機会ではないかと、前向きに捉えようというものだ。
なるほどと感心した。

ところが見開きのとなりのページに社説があって、そこには「消費税・財政再建はどうした」とある。
安倍総理は増税で生じる財源を、社会保障の充実と借金の返済に充てるつもりらしいけど、その比率がころころ変わるのがケシカランという。
べつに財源をふところに入れやしまいし、いろいろ試行錯誤をした結果なら、方針が変わるくらいいいではないか。
むしろ苦労している政治家の方針に、安易な注文をつけようという新聞のほうがケシカラン。

どこが安易かって?
社会保障に重点を移せば、借金はどうなるんだと文句をいい、借金に軸足を置くと、社会保障をどうするのかと、これなら永遠に政府に文句をつけられる。
こんな重宝な記事ばかりで務まるんだから安易なんだけどね。

しょっちゅう政権が交代していたらまともな政策も実施できない。
だから安定した政権のもとで、国の方針を確立させる。
そのためには解散総選挙をし、揚げ足をとられて評判のわるい政権に、もういちど筋金を入れ直す。
冒頭の投書にあったように、文句があるならこの機会に鉄槌を下せばいいだけの話だ。

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2017年9月26日 (火)

未練

人間はトシを取るとこまわりが効かなくなる。
わたしはどっちかというとその例外で、必要ならこまわりでも大まわりでも臨機応変だ。
わたしの知り合いのネコ大好きおばさんは、不必要な品物に埋もれて、さっさと処分しちまいなさいというわたしの忠告に耳も貸さない。

つい2、3日まえの新聞の書評欄に、紀田順一郎さんの「蔵書一代」という本が取り上げられていた。
集めた本に愛着があるんだけど、本人がそろそろトシで、それを処分せざるを得ない知識人の嘆きを書いた本だ。
ひところなら、不要な書物は専門の業者に買い取ってもらうこともできたけど、書物離れの昨今では、どんなに苦労して集めた本でも、BOOKOFFに二束三文が当たり前。
持っていくだけ腹が立つから、捨てちまったほうがいいと思うんだけど、本当の愛書家であればこそ、なかなか簡単に割り切れない。

おばさんも青春の記念だとか、亡き旦那との思い出の品だとか、いろいろ理屈をこねる。
気持ちはわかる。
わたしもかっては部屋に本やLPが山積みだった。
しかしわたしは、書物や音楽が人間形成に役立ったのはもう過去の話だと割り切った。
ただ読むだけ聴くだけなら、いまではすべてパソコンで間に合うのだ。

わたしはこまわりの効かない、つまり時代に取り残されるおばさんを冷ややかにながめる。
このつぎに行ったときはベッドをくれるという。
おばさんはまだ新しいベッドを買うつもりなのだ。

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2017年9月25日 (月)

引っ越し

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ネコ大好きおばさんに頼まれて、引越しの手伝いに行ってきた。
もともと一軒家に住んでいた人だけど、家を改築することになり、それが終わるまで別のところに仮住まいしていて、ようやく改築なった家に引っ越したものだ。

ご覧の写真はどこかのノミの市というわけじゃない。
おばさんの悪癖は、発作的衝動的に衣服や家具調度品を買い漁ることであり、旦那に死なれ、本人もそろそろ終活中だというのに、それを捨てられないこと。
あの世にまで持っていくつもりじゃないでしょう、さっさと捨てちまいなさいよというわたしの忠告に、これでもだいぶ処分したのよという。
困ったもんだけど、これまでひとりで占領していた一軒家に、息子夫婦と共存するそうだから、自分が使えるスペースはこれまでの1/2になるという現実にすぐに気がつくだろう。
わたしが見たところ、入らないものは入らない、収まらないものは収まらない。
この写真は彼女が死守しようという食器類のほんの一部なのだ。

ただこの人は贅沢な生活をしてきた人だから、品物はブランド商品だとか、海外旅行、お得意様優待セールで購入したような高級品が多い。
オークションにでも出せば、衣服なんかいい値段で売れることは間違いない。
わたしの知り合いにはオークション・マニアもいて、しょっちゅう、なにか売れるものはないかと訊いてくる。
こういう人間の仲を取り持って、いくらかサヤを稼いでもいいのだが、わたしは金儲けにマメじゃないからなあ。

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2017年9月24日 (日)

その後

ロシアからのメールがぱったり止まったな。
どうやらこちらにその気がなく、ただの冷やかしと思われたのかもしれない。
逆に考えれば、わたしが登録したロシア人との結婚斡旋所、意外にまじめなサイトだったのかも。
だとしたら申し訳ないことをした。
でもこれで元の木阿弥で、特定の個人を傷つけたわけでもないし、ま、いいか。

ところで最近のわたしの体調は、秋の空のようにめまぐるしく変化している。
昨日は病院にでも行くかと悩んでいたくせに、今日はいくらか調子がよい。
するともう病院なんかどうでもよくなって、矢でも鉄砲でも持ってこいと、またヤケッパチの状態だ。
胃の検査より脳病院にでも行くか。

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2017年9月23日 (土)

気になる

ちょっとまえのこのブログに、おばあさんにはそんなに栄養のある食べ物は必要がないと書いた。
論より証拠、最近のわたしは食事は手抜き、しかも回数も少ないのに平然と生きているのだ。
どこかおかしいんだろうか。
そのときに最近は体調がいいと書いたばかりだけど、昨日、今日は一転して、食欲がないし、やけに胃のあたりが重いような気がする。
なにか精神的なことで思い当たることといったら、人妻に対する失恋があるけど、そんなものはいまに始まったことじゃないし。
胃ガンかしら。
今年は訃報や病人の話が立て続けで、もうどうでもいいを豪語するわたしもちと心配。
どうせ家にいてもヒマなんだから、月曜日に病院にでも行ってみるか。
こういうごくつぶしの患者が、日本の医療費を無駄に消費しているんだということはわかっているけど、やっぱり気になる。

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2017年9月22日 (金)

結婚

もうこのトシで、いまさら結婚する気はないんだけど、ある調査のためにロシア人との結婚斡旋所に登録してみた。
それ以来3日とあけずにロシア女性からメールが来る。
本人の写真やプロフィール紹介もあるから、まんざらデタラメでもなさそうだけど、メールを最後まで読みたければ追加登録をしろってことで、いくらか別料金を取られるらしい。
そこまで興味はないし、プロフィールをながめるだけで目的は達したようなものだから、それ以上相手の希望には応じられない。

それにしても日本人と交際したいと考えるロシア女性の多いこと。
日本が平和で安定していて、食べ物が美味しい国というのは、いまや世界に鳴り響いている通説らしい。
わたしがもっと若ければよりどりみどりで、いまごろは素敵なロシア美人と結婚していたかもしれない。
でもまあ、これが運命なのか、こういう状況はすべてわたしが前期高齢者になってからのものだ。
生まれるのが早すぎたなあ。

最初の簡単な登録時に、正直にこちらの年齢も明かしたものだから、やって来るメールは、わたしにふさわしい相手ばかり。
ロシア女性というと、どうしても色白で、スリムな体型の美女を想像してしまうんだけど、わたしんところへ来るのはそうじゃないねえ。
おまえはマトリョーシカかといいたくなる相手がほとんどだ。

でもときどき、どこを間違えたのか、まだうら若き美人からのメールもある。
シーッ、たったいま舞い込んできたものは、なぜかトルコ在住の、国籍カナダという34歳のエリザベスさんからだ。
写真で見るかぎり、色が白くてスマートで、典型的ロシア美人だから、こういうのが理想だけど、ネクラで自閉症ぎみのわたしが、そんな相手にもてるなんてハナっから思っちゃおりませんわ。
それにわたしの独身は病的なこころの問題に起因するから、生まれや育ちがまったく別のものにならないかぎり、結婚することはあり得ないと思う。

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2017年9月21日 (木)

ヒガンバナ

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ヒガンバナである。
このブログでも毎年のように紹介しているから、なんか目新しい表現はないかと考えてみたけど、カメラはバカチョンだし、都立の公園の中なのでヌードモデルを添わせるわけにもいかない。
で、今回もWi-Fiで現地から実況中継をするくらいがせいぜい。
それでも今回は現在のわたしの心境を象徴するように、暗めの写真で統一してみた。

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最近は

昨夜のテレビを観ていたら、旦那と死別した高齢の女性は栄養失調になる傾向があるといっていた。
旦那がいなくなると、それまで根性をいれて作っていた食事がおろそかになり、店屋物だとか冷蔵庫の残りものしか食べなくなるからだそうだ。

これって栄養失調じゃなく、きわめて健康的な食事になるってことじゃないか。
だいたい日本人は栄養を摂りすぎる。
つねに飽食で、栄養バランスのいいものばかり食べているから、肥満になったり、糖尿になったりするのだ。
戦後の焼け跡時代の日本人や、しょっちゅう戦火に追われている中東の人たちが成人病だなんて聞いたことがない。
そもそも旦那に死なれるような後期高齢の女性が、若いころのままの食事を必要とするはずがないではないか。
うん、そのへんにあるものをネコと分けあっていればちょうどいいのだ。

最近のわたしは食事がますます投げやりになっているし、失恋したせいもあって、またスマートになったようだ。
ベルトがゆるいんで、ぐいっと締め上げたら、あると思ったベルト穴がなかった。
つまりすでにベルトを目いっぱい締め上げていたというわけだ。
ベルトひと穴といったら、ダイエットをこころざす人にとっちゃ大変なものだぞ。
そういや最近は体が軽い。
また海外旅行に行こうかしらなんて算段の日々である。

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2017年9月20日 (水)

ウィークリーマンション

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知り合いがウィークリー・マンションに引越ししたから見に来いという。
そんなもの見ても仕方がないんだけど、家からそんなに遠いわけでもないので、ちょいとのぞいてきた。
そんなものブログに載せても仕方ないんだけど、写真がその部屋。
わたしだってあまり長く住みたいとは思わない小さな部屋だ。
ここにでーんと横たわるネコ1匹。
家主がこの部屋にいるのはあと数日。
こんどの日曜日は引越しの手伝いに行かなければならない。

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2017年9月19日 (火)

今朝の新聞

これでも若いころは自衛官のはしくれだったわたしだから、新聞に自衛隊のことが載ると気になる。
今朝の新聞の社会面にデカデカと自衛官の記事。
「安保法2年、自衛官らは今」という記事で、朝日新聞の記事だから本気で騒いでも仕方がないんだけど、そこに自衛官の息子が戦場に派遣されるのではないかと怖れる父親の嘆きが。
なに考えているんだろうねえ。
戦場に行くのがイヤならさっさと辞めればいいではないか、日本は徴兵制じゃないんだから。

じっさいにこのオトーサンは、辞めろと息子を説得したらしい。
ところが息子のほうは、就職が決まらず追いつめられていたころより、いまのほうがいいと答えて口論になり、それ以来親子で口も聞かない間柄になっているんだそうだ。
これは息子のほうがエライ。

ニートでもひきこもりでもいいけど、家にうじうじとひきこもっているくらいなら自衛隊に入ればよい(とくに海上自衛隊)。
3K職場なんていわれているけど、そこにはきわめて健全で、友情にあふれ、なおかつ文学的な仕事がある。
むかしなら人生に悩んだ青年は、みんな船乗りになったものだ。
わたしみたいな悪い見本があるから、それが人間形成に役立つと保証はしないけど。

でも仕事がないとぼやくくらいなら、景気がよくなるまでの一時しのぎとして自衛隊に入っておくのもわるくない。
嵐の海だとか、台風一過のないだ海、海棲哺乳類の飛び交う海面、水平線にゆらゆらとゆれる蜃気楼、視野いっぱいにひろがる夜の銀河、うねりの中に夜光虫が神秘的な輝きをみせる海、湯気におおわれた幻想的な冬の海などなど、陸上にいたのではゼッタイに体験できないロマンと詩情を満喫できること請け合いだ。

欠点は戦争に引っ張り出される可能性があることだけど、安定していて、衣食住も国家で保証されているんだから、そのくらいやむを得ない。
なに、自衛隊が戦争に行くようになったら、東京でひきこもっていたって、いつ頭の上にミサイルが飛んでくるかわかったもんじゃないよ。

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2017年9月18日 (月)

ネタ切れ

とくに書く記事もないのに無理やりなにか書くと、更新のための更新と思われてしまう。
てなことを書いて、今日もいちおう更新したことにしよう。
昼間、台風一過の暑いなか、飛行場を一周してきたけど、べつに書くべきこともなかったしね。
人生をリタイヤしたいなんてことは毎度のことだし。

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2017年9月17日 (日)

見舞いの花

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入院していた知り合いから、退院しましたというメールが送られてきた。
花の写真はメールに添付されていたもので、これはわたしが入院見舞いに差し入れたカニサボテンの花だ。
差し入れたときは大半がつぼみだったのによく咲いた。

ところで写真ではわからないけど、これは鉢植えの花である。
鉢植えの花は病人の見舞いにはふさわしくないという迷信がある。
“根付く” が “寝づく” に通じるからイケナイという、だじゃれみたいな迷信である。
以前にもこのブログに書いたことがあるけど、わたしはそんなバカな話を聞くたび、それを打破してやりたいと考えるへそ曲がりだ。

入院するとたいていの人は退屈する。
切り花を差し入れても、そんなものは3、4日でしおれてしまう。
それが鉢植えなら、つぎつぎと新しい花が咲くので退屈しない。
しかも水を途切れさすとげんなりし、また水をやるとしゃっきりして、こんな花でもちゃんと生きているんだということを実感できる。
オー・ヘンリーの短編のように、病人に生きる勇気を与えてくれるかもしれない。
いったい見舞いにはどっちがふさわしいだろう。
わたしが病人ならとうぜん鉢植えの花を所望する。

そもそも見舞いというのは相手を気遣ってするもので、ほんとうに相手を元気づけるものは何かと考えるのがその第一歩だ。
バカバカしい迷信なんか出る幕はないはずだけど、でもいるんだろうなあ、あなたの周辺にもそんな迷信にこだわる人が。
ヘタすると病人のほうもこだわる人かもしれないから、鉢植えを持参した場合は、理由をきちんと説明しないとあとで逆恨みされてしまう。
あー、メンドくさい。

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2017年9月16日 (土)

後期高齢化

今日は仲間うちのパソコン同好会。
いよいよわたしのマックを連中にみせびらかす時がきた。
と思ったけど、新しいパソコン、ぜんぜんやる気が起きないのよね。
おそろしいことだけど、これはわたしが知的好奇心というものを、徐々に消失していることの証明かもしれない。
若いころ、はじめて富士通のワープロやパソコンを購入したころのことがなつかしい。
うれしくて、おもしろくて、夜中にも飛び起きて一心不乱にキーを打ちまくったものだ。

新しいマックはそうじゃないねえ。
原因はウインドウズも並行して使っていて、それでたいての用事はすんでしまうので、どうしても新しいパソコンでなければという必要性が感じられないこと、もうひとつは、ベッドで寝ながらパソコンを操作するならタブレットのほうが便利ってことかな。
ああ、もちろん人間がどんどんくたびれているってこともあるんだろうなあ。
人生をリセットしたいよ。

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2017年9月15日 (金)

ミャンマーの事情

ミャンマーのアウン=サン=スーチー国家顧問が、民主主義国のマスコミから非難されている。
この民主主義国のマスコミというのが、最近はどうもうさんくさい。
女性に盲目的にやさしいわたしとしては、そんなものに与しない。

スーチーさんが非難される理由というのが、イスラム教徒のロヒンギャ族の迫害ということで、過激派から襲撃されて生死の境をさまよった、あのノーベル平和賞のマララさんも抗議していた。
ただマララさん自身もイスラム教徒だから、イスラム教徒をかばうのはわかるけど、スーチーさんのむずかしい立場も理解してやらなくちゃいけない。

スーチーさんは、ミャンマーの複雑にからみあった利害関係を解きほぐし、国の正常な発展のために奮闘している最中だけど、彼女には他人が考えているほど実権があるわけじゃないのだ。
彼女は軍との関係を壊さずに、軍を利用して、どっちかというと軍のご威光にそむく改革をこころざすというむずかしい立場だ。
軍の中にはそんな彼女をひややかに見ている勢力もあるだろう。

ネットによると、ロヒンギャ族というのは、かって英国に利用されたミャンマー(ビルマ)の支配階層だったという。
そんな支配階層への恨みがいまになって爆発しているんだそうだけど、かならずしもそうとは思えない。
ISが登場して世界を混乱させるまで、ミャンマーでも少数民族が他の民族と、ことさら問題を起こさずに共存していたではないか。

おそらく偏屈なナショナリズムが幅をきかせる現在、イスラム教徒の中にもミャンマーの軍人の中にも、この機に国をひっかきまわしたり、利権を取り戻そうという不逞の輩が輩出しているに違いない。
スーチーさんも途方にくれる状態ではないか。

ミャンマーでイスラム教徒が迫害される原因は、世界中に吹き荒れる一部のイスラム過激派のテロと、すぐそれにビビってしまう一般大衆にある。
だからイスラム教徒の人たちも、自分たちが迫害される原因の根本は、同じイスラム教徒にあるのだと自覚して、もうすこし柔軟な考えを取り入れ、世俗化に舵を切るべきではないかと、わたしは思う。
けしからんのは、国際情勢を一般国民に説明すべきマスコミが、ナショナリズムに便乗するようなかたちで、スーチーさんを無見識に非難しているということだ。

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2017年9月14日 (木)

ヒガンバナ

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またヒガンバナの季節。
赤いのは今週の日曜日と来週あたりが見頃。
白いのはもうほとんど満開という感じ。
今年も冷夏だとか、知り合いの訃報だとか、いろんなことがあったけど、花だけは毎年変わらずに咲くんですね。

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強欲

小泉さんちの進次郎クンがまじめに政治をしている。
「こども保険」の財源にするために、富裕層に年金返上を呼びかけているんだけど、アイディアはいいものの、実現はむずかしそう。
なんとなれば、この世で金持ちほど強欲な人々はいないからだ。
すでに有り余るほど財産を持っていても、やはり年金は自分たちの権利だとゆずらないに決まっている。

たしかに、強欲のエネルギーが彼らを富裕層に押し上げたということもできる。
わたしみたいに無慾恬淡とした人間が、いまだに底辺であえいでいるところをみると、それはトッテモ説得力のある言い分に聞こえてしまう。
「オレはそれだけ社会に貢献してきたんだ」。
「もらえるものはもらう権利がある」。
ゴモットモ・・・・・

ひとついいたいのは、富裕層の栄華なんてせいぜい一代二代かぎりのものだということ。
日本が落ち目になれば、彼らの孫、ひ孫の運命も暗転する。
ほんとうに自分の子供たちのことを考えるなら、未来を背負って立つ子供たち全員のために、長い目で見た投資をすることだ。
ちょうど明治時代の富豪たちが、若者たちへの教育の機会均等政策に協力したように。

でもいまどきそこまで太っ腹な金持ちがいるかしら。
「明治時代とちがって、現代は、誰がいつ斜陽になるかさっぱり予想のつかない時代なんだ」。
「かって栄華をきわめたIBM、コダック、没落した東芝やシャープ、流通革命を目指したヤオハンやダイエー、オピニオンリーダーを自称した朝日新聞、もうすぐ落ち目になるサムスンやヒュンダイなどを見よ」。
「金持ちだって自分のことだけ考えるのに精一杯で、いま蒔いた種が収穫できる日のことまで考えちゃおられんよ」。
ね、やっぱり金持ちほど強欲でしょ?

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2017年9月13日 (水)

資格

介護施設で入居者に殴る蹴る。
最近こういう事件が多いよな。
これはつまり、その資格がないのに、とりあえず就職の一環だとして、この職業につく人間がいるせいだ。

認知症の年寄りや知的障害者というのは、同じことを何度もくりかえす場合が多い。
資格というのは、つまり相手を思いやる気持ちで、老人ホームにせよ、知的障害者の施設にせよ、必要なのはじっと我慢をする精神だ。
すぐにプッツンし、切れると止まらず、自分の暴力的欲求のはけぐちにしてしまうような人間にやらせるべきではない。

最近よく問題になる子供に対する暴力も同じこと。
幼児が粗相をしてもちゃんと始末をしてやれるのか。
それが他人の子供であってもできるのか。
そんなこと想像もできないという人間は、少なくても人間の世話をするという仕事につくべきではない。

えらそうなことをいってるけど、わたしも無資格者かもしれない。
たとえ仕事であっても、認知症のお年寄りの下の世話までできるかどうか自信がない。
イヌを預かったおかげで、ペットの世話なら、ウンコでも平気で処理できるようになったけど。

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2017年9月12日 (火)

今日の夕刊

ウチの新聞が偏向しているという典型みたいな記事が夕刊に。
在日韓国人の男性が、朝鮮人虐殺をいまこそ伝えると意気込んで、関東大震災の記録映画を作るという。
彼は同じテーマで過去にふたつの作品を作っているそうだけど、2011年の東日本大震災を契機に、第3作を作る気になったのだそうだ。
なるほどと感心した。

東日本大震災では外国人の虐殺はひとつも起こらなかった。
それどころか中国人の研修生を逃すために自ら犠牲になった日本人の社長さんさえいたくらいだ。
だから日本人はちゃんと過去に学んでいるではないかというのがテーマかと思ったら、ぜんぜんそんなことはないようだ。

虐殺という不幸なできごとは、その後も世界の各地で数え切れないくらい繰り返されている。
それなのにもう百年もまえになりそうな虐殺事件を取り上げるなんて、映画を作るほうは韓国人だから勝手だけど、ウチの新聞はどうしてこんなものを載せるのだろう。

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シミュレーション

ある日とつぜん北朝鮮の軍隊が国境を越えたとする。
第二次朝鮮戦争の勃発だ。
さてシミュレーションしてみよう。
このころには北は米国本土を攻撃できるICBMを完成させていたとする。
北にしてみれば、これで米国や日本を牽制しておき、そのすきに、あわよくば韓国を一気に占領して、統一政権を打ち立てるつもりだったのだが。

まず、それは無理。
北の軍隊はどうやって国境を越えるだろう。
相手の油断をみすまして急襲をかけたいと思っても、軍隊が集結すればたちまち軍事衛星に発見されるご時世だ。
たとえ米国や日本の支援が遅れるとしても、北の軍隊は近代装備で待ち構える韓国軍の砲火の中へ突進することになる。
時代遅れの火器しかない北は、敗北しないまでも、国境近くに釘付けになるだろう。

そもそも地上兵力を効果的に支援する航空機が、北にはほとんどない。
燃料をかき集めてなんとか出動したとしても、最新レーダーや近代兵器の欠如した航空機なんて、これはあっという間に壊滅させられる。
そのうち米軍が駆けつければ、釘付けの軍隊は近接支援攻撃機や攻撃ヘリのかっこうの獲物だ。
そうならないために核ミサイルで米国を牽制しておくのだという人がいるかもしれない。
しかし前項で書いたように、核ミサイルは張子のトラだ。
自分の命が惜しければ、米国の徹底的総反撃を覚悟してまで使える兵器ではないのである。

こう考えると、北朝鮮が南侵するのはまったくの夢物語だ。
むかしの朝鮮戦争なら、中国やロシアの応援が期待できたかもしれないけど、さんざん横紙破りをしておいて、いまの北朝鮮を応援して得をする国はこの世界にひとつもない。

だから北の軍事侵攻はあり得ない。
ヘタすればこの戦争に負けて、南北の統一がなるかもしれないし、これじゃ正恩クンの面子はまるつぶれだから、やっぱり南侵はあり得ない。
北の指導者の未来はひきこもりか、そうでなければ発狂して人類に壮大な迷惑をかけることしかないのである。

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2017年9月11日 (月)

究極の防御兵器

スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」は、冷戦時代の核戦争の恐怖を扱った傑作だ。
この中に究極の秘密兵器というものが出てくる。
たった一発で地球を壊滅させてしまうほど威力のある爆弾である。
これを持って、来るなら来い、どうしてもやるっていうならこいつを爆発させるぞとおどかせば、それでも攻撃しようという国はないだろうから、究極の防御兵器ともいえる。

北朝鮮のぼんぼんが夢見るのもこんな強力な核爆弾だろう。
彼にとっては、ただただ自分の体制さえ維持できればいいのである。
ゼッタイに他国から攻撃されなければいいのである。
彼が核兵器やICBMにこだわるのは、他国を侵略したいわけではなく、つまり究極の防御兵器を持ちたいからだ。

では、北朝鮮がそういう破滅的な核爆弾を持ったとしたらどうすればいいか。
じつはそんなに恐れることはないのだ。
ぼんぼんがそんなものを持ちたがるのも、自分の命が惜しいからである。
ということは、これをじっさいに使うのは、追いつめられて追いつめられて、ほんとうにどうにもならなくなったときである。

日米韓としては経済封鎖を続けたまま、◯△島の砲撃や北の哨戒艦の撃沈といった、これまで北がやってきたような小規模の局地戦をしかければよい。
軍隊同士の戦争なら、近代兵器をそなえた日米韓連合軍のほうが有利で、まず負けることはないだろう。
ぼんぼんのほうはこのていどの戦争に究極の核爆弾を使うわけにはいかない。
そうやって小規模の戦争を繰り返しているうち、あちらは手持ちの通常兵器を使い果たしてまる裸になる。
それでも当人は核爆弾にうちまたがってほえ続けるかもしれないけど、いつかジリ貧になるのは確実。

問題は中国やロシアが北朝鮮の困窮に同情して、封鎖破りをすることだけど、究極の核爆弾で世界を脅迫するようでは、いくらなんでも北に同情する国はあるまい。
そう考えると、現在のトランプさんや日本が、経済封鎖にこだわって、武力攻撃に乗り出さないのは正解かもしれないのである。

「博士の異常な愛情」では、連日の緊張に耐えられくなった米軍基地の司令官が、発狂して核戦争のボタンを押してしまう。
いちばんコワイのは、ぼんぼんの頭がいつまで正常でいられるかだな。

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2017年9月10日 (日)

ホトトギス

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今日はキャノンを持って自然観察園まで。
昨日のオリンパスにはWi-Fiがついてなかっけど、キャノンにはついているので、撮影したその場でブログに載せることができる。
ということで、今日の花はホトトギス。
ただ、よく見かけるホトトギスに比べると、ひとまわり小さい感じ。
複雑なかたちをした花だけど、この日のそれは、イメージ的には2〜3センチしかない。
なんという種類なのかわからない。

ヒガンバナもぼちぼちというところだけど、満開にはあと2週間というところか。

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繁殖力

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先日のBSの番組に、イランのザグロス山脈が取り上げられていた。
イランというと中東の大国で、石油と砂漠の国というイメージである。
あまり水や緑があるような気がしないんだけど、じっさいにこの山脈も樹木のほとんどない禿山ばかりだった。
ところがこんな禿山の中にも、きれいな泉が湧いていて、清涼な水の流れる小川がある。
そこに小魚やサワガニが棲みついているのには感心した。

最新ニュースによると、地下300メートルのところに、酸素ならぬメタンをエネルギー源として生きる生物が発見されたとか。
ふつうの生命は酸素がないところでは生きられないから、これは地球がまだ酸素でおおわれるまえに誕生した、原始生命の可能性があると話題になっているけど、むずかしいことはさておいて。
地球上の生命はすべからく、こういうタフな生きものの子孫なのだから、ふさわしい環境さえあれば、ボウフラのように湧いても不思議じゃない。

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むかし中国のシルクロード、トルファンで、ベゼクリク千仏洞というものを見学に行ったとき、千仏洞から見下ろす谷間に小川が流れているのが見えた(添付した画像は2枚とも)。
なにか生きものはいないだろうかと、こういうときのわたしは法律や規則を破ることをなんとも思わない人間なのだ。
進入禁止の看板を無視して、谷間まで下りてみた。

小川の岸辺にはアシが茂っており、その中にたくさんのカエルがいた。
まわりは赤茶けた大地がどこまでも続く荒々しい砂漠地帯なので、トカゲならともかく、カエルというのはちと想像を絶するんだけど。
現地の人に訊くと、カエルの天敵のヘビもいるらしい。
そういえばトルファンあたりでは、たまに見渡すかぎりの砂漠を覆いつくすような洪水も起こるそうだ。
こんなもみくちゃにされそうな土地にも、生命は繁殖するのである。

北朝鮮が核ミサイルをぶっ放すと騒いでいるけど、水爆なんてつかの間の殺戮兵器だ。
見ていろ、1年後の爆心地にはたちまち生命が充ち溢れるに決まっている。
それが人間であるとはいわないけど。

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2017年9月 9日 (土)

ひさしぶり

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なんだかずいぶんひさしぶりの感じがする、今日の青空。
自然観察園まで足をのばすのもひさしぶり。
足は順調に衰えているようで、あっちでひょろひょろ、こっちでよたよた。
観察園の中ではシュウカイドウが盛りで、水辺に首をさしのべたそれはとってもキレイ。
カメラのモニターに写っているのがそれだ。

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2017年9月 8日 (金)

今朝の新聞

今朝のウチの新聞に、「不倫報道、なぜこんなに過熱」という記事。
そんな男(女)とねんごろになる人間なんて、どっちもどっちだと、不品行なわたしはどうでもいい主義だけど、問題はなぜ今この記事なのかということだ。
それはモチ、ガソリーヌをかばおうという魂胆だろう。
自民党の議員が不倫したときと比べると、その差は一目瞭然だ。
記事の中でほかに名前の上がった政治家は自民党の議員ばかりじゃないか。
深読みすれば、自民党の議員だってやってるじゃん、ガソリーヌばかりがなぜ責められる。
とまあ、こういいたいらしい。
あいかわらず新聞というのは偏向しているな。
わたしも美しいガソリーヌに励ましの手紙を書こうかと思ったけど、反応ないだろうし、無益なことはやめておこうという結論にいたったのよ。

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2017年9月 7日 (木)

政局

今日は新聞に週刊文春の広告が載る日。
たかが週刊誌とバカにするなかれ。
これがいったん決まりかけた政党の幹事長を差し替え、国会議員のクビを飛ばすこともあるのだ。

それにしても気のドクなのはこの国の国会議員さんで、いったんなったら不倫のひとつもできやしない。
今回問題の議員さんは、あの美しすぎるなんとかと評判のガソリーヌさんだけど、美人であるからこそすり寄る男も多いことだろう。
学業一点張りだった才媛ほど、世間知らずで、禁断の恋に陥りやすいのだ。

わたしは他人の恋路にあまり首を突っ込まないタチだ。
そんなわたしだってこんな美人とベッドをともにする機会があれば、もちろん不倫だろうがなんだろうが一直線だ。
世間の大半の人も、女性も含めて同じ考えだろうと思う。

自分の場合はかまわないが、他人の場合はケシカラン。
相手が国会議員だとよけいケシカラン。
浮気の相手がイケメン弁護士じゃ、もうこれ以上ないくらいケシカラン。
これではたんなるやっかみである。

男と女はくっつくことになっている動物なのだ。
いいじゃないの、他人のことなんて。
国会議員だって、議員活動をきちんとやっていれば、たまに異性を求めようとなんだと。
ガソリーヌさんも国会の場で、舌鋒するどく安倍クンを攻撃していたではないか(どこか守備に難があったけど)。
そう考えるこころの広いわたしなのに、わたしにくっつくメスはさっぱり現れんな。

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2017年9月 6日 (水)

幽霊?

昨夜は府中駅で友人と待ち合わせをした。
わたしは北口のテラスのようなところで友人を待っていたんだけど、そこで杖をついた幽霊のような男性に話しかけられた。

もしもし、あなたは熱海に行ったことがありますかという。
伊豆には何度も行っているから、とうぜん熱海もよく知っている。
そう答えると、それじゃ錦ヶ浦もご存知ですかと訊く。
錦ヶ浦ですか、あそこは近年バイパスができて、旧道を使わないと行けないはずだけどどうなってるだろう。
錦ヶ浦は自殺の名所と聞いてますが、なぜですか。
なぜって、高いですからね、飛び込めばイチコロだから。
高いということはあのビルくらいありますかと、近くのビルを指さす。
そうですねえ、下から見ればあのくらいあるんじゃないですか。

相手が身障者のようだし、どうせ待ち合わせの友人が来るまではヒマだから、おかしな相手と思ったものの、できるだけ丁寧に受けごたえをしてやった。

熱海の駅から歩いたらどのくらいかかりますか。
そうだなあ、あなたは足がわるいみたいだし、2時間ぐらいかかるかもしれませんよ。
ほかに行く方法はありませんか。
知りません、熱海駅で聞いてもらうしかないですねえ。
飛び込んだら死にますか。
死ぬでしょう、水に叩きつけられた瞬間に。
叩きつけられるまでは生きているんでしょうか。
そんなことはわかりません、わたしもまだ飛び込んだことないもんで。

さすがにアホらしくなってきた。
ひょっとすると錦ヶ浦で自殺した男の幽霊がまよって出てきたのかもしれない。
そうだとしたら気のドクな幽霊だ。
無神論者のわたしは、都会のまん中で出会った幽霊なんかに興味はないのだ。
あるいは、これから投身自殺をしようという男が、励ましてくれそうな相手を求めて、府中の駅前をふらついていたのかもしれない。
しかし、わたしはそんな面倒見のいい人間じゃないゾ。
メンドくさいから、明日の新聞で自殺者がいたかどうかも調べないだろう。

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2017年9月 5日 (火)

精一杯

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ただいま府中の飲み屋で友人と懇談中。
これから馬刺しを食べるところ。
本日の更新はこれで精一杯。

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2017年9月 4日 (月)

運命

季節は早くも秋の気配。
夜中に起きてメシを食いながら、独居老人はなにを思う。
わたしの周辺を駆けぬけて、わたしより先に逝ったあいつのことやこいつのこと。
死はまったく公平に、誰のもとへも訪れる。
悪人が先に死ぬと決まったわけではないし、善人が長生きできるともかぎらない。
わたしみたいな極道が、いまだになんの病気もせずにピンピンしているのが、そのもっともいい証拠だ。
ミサイルや核実験でアメリカを挑発してばかりの北朝鮮のぼんぼんも、ひょっとすると、さっさと殺してくれえと身悶えしているのかもしれない。
そうは問屋が卸さないのが運命の気まぐれ。
彼もわたしも、長生きしたからって、人類になにかしらの貢献ができるはずはないのだが。

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2017年9月 3日 (日)

どうしてか

不思議に思うこと。
わたしは朝日新聞を購読しているので、新聞を読むかぎり自民党はボロクソだ。
ところがネットで情報を収集すると、こちらには自民党や安倍クンを支持する声がずっと多いように思う。
これはどうしてだろう。

もちろん朝日や毎日のウエブサイトばかり読んでいれば、状況はちがうだろうけど、ネット上には有名無名の私的サイトがごまんとある。
朝日新聞とはちがって、ネットでは民進党の蓮舫サンがこてんこてんにやられていたし、SEALEsなんて学生団体は同じ学生たちからもバカにされていた。

ひょっとすると、わたしがネットで見るサイトが、たまたま右翼系サイトばかりなのかもしれないけど、わたしは目についたおもしろそうな記事をランダムに漁っているだけで、べつにサイトを取捨選択しているわけではない。
右翼傾向のサイトがあるなら、それと同じくらい左翼傾向のサイトがあってもおかしくないと思う。
そしてそれがわたしのアンテナに引っかからないはずがない。

それともリベラルとされる人々はあまりインターネットに関心がないのか。
それともそれとも、日本政府はすでにネットに介入していて、左翼傾向のサイトを制限しているのだろうか。
そうだとすれば反体制を標榜する朝日がどうして騒がないのか。
日本は中国とはちがうのだから、言論の自由を守るために大騒ぎするマスコミには事欠かないはずなのに。

結論。
日本のマスコミは公平な報道をしていない。
新聞社にもそれぞれのイデオロギーがあって、どうしても自社に都合のよい記事を書く。
被害者意識を持った国民の多くは、新聞やテレビがいっていることだからと、そういう扇動にまどわされる。
しかしネット住民はマスコミではなく、ネット上に氾濫する玉石混交のおびただしい情報から真実を導きだす。
かぎられた情報よりも、無数の情報を平らにならすほうがより真実に近づけるものだ。
これってどうみてもおかしいじゃねえかと、そういう簡単な事実にも気がつかないのは、最初に結論ありきのマスコミだけ。
みなさんもようく考えましょうね。

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2017年9月 2日 (土)

ヒアリ

Hiari

夕刊にヒアリのニュース。
洪水の起きたアメリカのテキサス州で、ヒアリが筏をつくって水に浮かんでいるという写真つき。
ヒアリというのは洪水に襲われると、集団で自らを筏にして危機を逃れるのだそうだ。
ノアの箱舟に乗って難をのがれる人類の先祖みたいで、こんな協調性のある相手にあっちゃ、しじゅう殺し合いばかりしている人間なんてとてもかなわない。

同じ写真をわたしは3日まえにネットで見た。
ネットで見ると筏の量もハンパじゃないので、テキサスではすでにヒアリは永住権を獲得しているようだ。
そのわりにはアメリカ人が、ヒアリについて騒いでいるのを、これまで聞いたことがないから、さすがは移民の国で、外来生物くらいでは驚かないのかもしれない。
それとも日本人が、例によって大騒ぎをしすぎるのか。

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2017年9月 1日 (金)

悩みの果て

中国で小学校教師をしていた危さんという女性が、北海道で入水自殺したというニュース。
へえ、現実主義者の中国人でも自殺することがあるんだねと思っちゃいけない。
歴史をさかのぼれば、国を憂うるあまり汨羅に身を投げた屈原の故事もある。
でもそれは伝説だし、国を憂いてなんていわれると、どこかウソっぽい。

権力闘争に敗れたとか、金儲けに失敗して大損をしたとか、紅衛兵に吊るし上げられて首をくくったなんて話はごまんとあるくせに、人生に悩み、恋に悩んで自殺したって人の名前がぜんぜん出てこないのが中国の欠点だ。
今回自殺した教師という人、生前の写真で見るとなかなかの美人ではないか(韓国人ではないから整形美人というわけでもないだろう)。

死人のこころのうちは計れないけど、いったいどんな人生の悩みをかかえていたのか。
美しい北海道の風景のなかで死にたいと、わざわざ日本までやってきた理由はなんだったのだろう。
生きていれば幸せが約束されていたような美人でも自殺したってことから、やはりあの国の人たちも、血の通った、わたしたちと同じ人間であることがわかったけれど・・・・

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