« 佐藤愛子さん | トップページ | 深読み »

2017年11月 8日 (水)

人生の裏側

あー、死にたいよーとつぶやいて、ほんとに殺されちゃったうら若き乙女がいたらしいけど、同じことをわたしがつぶやいても、いっしょに死んでくれる乙女はいないだろうな。
もうさんざん生きたくせに、医療費のムダだ、さっさと死んじまえって、最近の若者ならいいかねない。

でもわたしだって、若いころ、しょっちゅう死にたいと思っていた。
安いアパートで売れないマンガを描いていて、そのうち眠くなる。
せんべい布団でひと眠りして目を覚ますと、窓に西日がかんかんとあたって、時刻はもう夕方だ。
その瞬間の恐怖がわかるだろうか。
自分ひとりを置いて、世間はまったくふだん通りに動いている。
手持ちの金は少ないし、頼りになる人もいない。
そんなときしみじみと死にたくなったもんだよね。

それでもわたしはこの歳まで生きてきた。
優柔不断で、だらしなくだらだらと生きてきただけだけど、さて、死ななかったことは正しかったのか。
わたしは無神論者だから、これはキリスト教的道徳観でいってるわけじゃない。
ただ生きることに価値があるなんて、もっともらしいお説教はやめてくれ。

生きながらえても、有意義な人生を送れたわけじゃない。
意味のない人生はいまでもまだ続いているのだ。
だからときどき自殺を、いやこのトシじゃもう老衰死といってもおかしくないけど、考える。
神さまなんてものがいるのなら、なんでわたしみいな人間をこんなに長生きさせておくんですかと聞いてみたい。
無数に生まれる生命の中で、わたしが長生きしているのは、ただの偶然なんだろうか。

|

« 佐藤愛子さん | トップページ | 深読み »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人生の裏側:

« 佐藤愛子さん | トップページ | 深読み »