書斎派グルメ
夏目漱石は正月が苦手だったそうである。
正月になると頼みもしないのに年始の客がくる。
そういう客の酒の相手をしなければいけないのが苦痛だったそうだ。
その点、わたしみたいな偏屈は、年始に来ようっていう客もいないから気が楽だ。
好きなときにメシを食い、酒を飲み、あとは平和に読書三昧。
正月まえに図書館で借りてきた開高健の「眼(まなこ)ある花々」というエッセイ集を読んでいるんだけど、おもしろいし、いろいろ示唆される本である。
この本のなかに越前岬にある古い旅館のことが出てくる。
なんでも作者が『旅』という雑誌に、観光ズレしていない旅館を紹介してくれと頼んだら、教えてくれたところだそうで、座敷わらしでも出そうな雰囲気が、ひと目で気に入ってしまった宿だそうだ。
最初のエッセイでは宿の名前が出てないけど、時代をこえて作家のいろんな時代のエッセイを集めた本なので、あとのほうのエッセイに、たぶん同じ宿であろうという旅館が、こちらはちゃんと名前入りで出てくる。
なにしろグルメで有名な作家だから、宿のご馳走の描写がハンパない。
思わず生つばゴックンというくらい、越前ガニやらツブ貝やら北の海の幸のてんこ盛りだ。
それにしても、わたしは少食かつ偏食なので、山盛りの珍味を出されても困ってしまう人間なのに、グルメ紀行がおもしろいというのはなぜだろう。
でもよく書かれた本なら、むかし読んだ邱永漢さんの本もおもしろかったし、こういうのを書斎派グルメというんだろうな。
「日本百名山」を書いた深田久弥が、書斎で山に関する文献をあさっている人も立派に山男の資格があるといってるけど、わたしの場合、食べものも釣りもみんな部屋の読書ですませてしまう。
安上がりでいいいかもしれない。
でも、こういう本を読むと、ひとつ出かけてみようかと、費用のことは考えもしないで、すぐその気になるのがわたしのわるいクセだ。
旅館の名前はわかっているのだから、ググッてみた。
残念ながら、作家がこのエッセイを書いたのは、いまでは遠くなりにけりの昭和のことなので、その旅館はとっくに今ふうに改築されていた。
でも越前ガニの味が昭和と平成で変わるわけもあるまい。
ひとつ強靭な胃をもっている人間を誘ってみるか。
でもねえ。
わたしの知り合いには、胃袋だけは相撲取りなみの人間もいるけど、あいつ、糖尿の薬飲んでるもんな。
やっぱりひとりで行くしかないか。
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