気狂いピエロ
とっくに書いたことがあると思っていたけど、調べてみたらまだいちども書いてなかった。
生きているうちに書いておかないと後悔するから、ジャン・リャック・ゴダール監督の「気狂いピエロ」について書いておこう。
ゴダール監督といえば、「勝手にしやがれ」で、女のヒモとして生きるチンピラやくざ(ジャン・ポール・ベルモンドが彼以外にないくらい適役)の、アナーキーな青春を描いて世界中の若者の共感を得た映画監督だ。
この映画では、警官に銃で撃たれ、それでもパリの街を走り続ける主人公が、最後にタバコをくわえたまま車道に倒れこみ、最低だなとぼやきつつ息絶えるシーンが評判になった。
こういう若者がいまもむかしもいるってことは、テロに身を投じて、自らも他人も吹き飛ばすことをためらわない若者がいることでわかる。
しかしゴダール監督の最高傑作は、まちがいなく「気狂いピエロ」である(とわたしは思う)。
この映画のストーリーは、とあるパーティで若い娘にひかれた男(ベルモンド)が、じつは犯罪者の仲間であったこの娘に誘われるまま、ギャングの金を奪って逃避行を続けるというもので、内容は 「勝手に」と同じ虚無とヤケッパチの延長線上にある。
原作はたいして有名でもない犯罪小説らしいけど、映画の大半は犯罪をおかす無軌道な男女の、べつにスリルやサスペンスがあるわけでもない、意味がありそうでなさそうな、詩や文学についての屁理屈がならぶ。
つまり左翼の文学青年に好まれそうな映画なんだけど、「勝手に」になくてこの映画にあるものは、ヒロインを演じたアンナ・カリーナの小悪魔的魅力だ。
彼女のこの魅力があるからこそ、ラストシーンの衝撃も大きい。
アンナ・カリーナという女優さんは、いちじゴダール監督の女房だった人で、彼女にふられたあと、まだ未練たっぷりな監督が、精いっぱい彼女の魅力を引き出したのが「気狂いピエロ」であるそうだ。
そのせいか、逃避行中の彼と彼女の映像がきわめて美しく、けっしてベタベタしてるわけじゃないけど、好きな女とふたりきりでいる男の幸せが画面からあふれてくる。
だがしかし現実と同様に、やがて映画の中のヒロインは主人公をふって、新しい恋人と逃げてしまうのだ。
怒り狂った主人公は拳銃片手にふたりのあとを追い、怒りに任せて彼らを射殺する。
そのあとで彼は、海を見下ろす岬のてっぺんで、顔にペンキを塗りたくり、ダイナマイトを巻きつけて爆死するのである。
自分は馬鹿だった、自分の人生は徒労だった、自分のような人間は生きている資格がない。
この場面はクラゲなすただよえる青春を送っていたわたしの述懐でもある。
爆発の煙が風にのって流れたあと、恋人たちのささやきが聞こえる。
見えた
なにが?
永遠が
海にとけこむ太陽が・・・・・
これはランボーの詩の一節だそうだけど、そんなものよりわたしには、本人が木っ端微塵になった直後の、すうっと全身の力が抜けるような虚脱感がたまらない。
わたしはこの最後の場面だけで、この映画を永遠の名作にしてしまうのだ。
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コメント
コメントの時間が前後してしまいますが、急に思い出してしまったので書かせて貰います。去年の10月銀座で数名の旧友と食事会をしました。その内の一人、芸術鑑賞を主な暇つぶしとしているA君が、小栗康平がどうのこうのと、うんちくをまじえながら話し出しました。家庭菜園を楽しみの一つにしているN君がめんどくさそうに「監督で映画を見に行くって事はねーやな」って応えました。僕もそう思います。
蛇足:一番最近、興奮の期待で見に行った映画は「お嬢さんお手やわらかに」です。多分中学生の時で、O市の大勝館って言う映画館にかかってました。しかし内容的には全くどうって事ありませんでした。併映がトニーザイラー主演の「黒い稲妻」でした。
投稿: 女音恋音 | 2018年1月27日 (土) 17時30分
わたしも小栗康平に興味がないので、女音恋音クンの意見に一部賛成です。
とかく日本人は地味で暗くて陰険なものを賛辞する傾向があるみたいで。
ゴダール監督の映画も、ほんとうに観る価値があるのは、「ピエロ」以前の2、3本だけでしょう。
しかし古い映画監督の中には、この人の作品ならハズレがない(その可能性が低い)といえる監督が何人かいます。
「2001年宇宙の旅」を作ったスタンリー・キューブリックは、生涯に12、3本の映画しか作っていませんが、そのほとんどが傑作の名にふさわしいものです。
しかも地味ではないし、暗くもないし、きわめて健全で。
投稿: 酔いどれ李白 | 2018年1月27日 (土) 22時26分