ナツメロ西部劇
昨日と今日はBSでナツメロ調の映画が2本。
ちょうど中村錦之助や大川橋蔵、東千代之介、片岡千恵蔵なんかの東映映画みたいなもので、現代っ子のわたしからするとえらく古くさいとしか思えない映画だ。
でもその点を我慢しさえすれば、2本とも一世を風靡した映画である。
ひとつは「シェーン」で、もうひとつは「大砂塵」。
両方とも傑作、佳作として知られている西部劇だけど、そもそもこれを評価する世代ってまだ生きているんだろうか。
わたしはリアルタイムで観たわけじゃないけど、評判は知っているので、古くさいのは覚悟の上で観てみた。
「シェーン」のほうは、世話になった一家のために悪役のところへ殴り込みに行く流れ者の話で、任侠映画のルーツみたいなもの。
感心したのは悪役が単純なワルではなく、苦労して牧場を開拓したのに、あとからやってきた農民に土地を奪われる牧場主ということになっていて、このへんは考えさせられてしまう。
もとからいたアメリカ・インディアンを駆逐した米国の屁理屈を代弁する映画といったらいいか。
でもそれ以外は単純明快で、ぜんぜん考える必要がない映画。
この映画でいちばん目立つ欠点は、流れ者がそれらしくないキザな服装で登場することだ。
西部の流れ者なら、ずっと後世の「荒野の用心棒」のように、無精ひげでむさ苦しい格好でなければいけない。
でも東映のチャンバラ映画も、登場するサムライがみんな歌舞伎みたいに、ぱりっとノリの効いた着物姿だから、このへんはお約束ごとか。
悪役が雇った殺し屋役のジャック・バランスが、なかなか迫力があって、「007ロシアより愛を」みたいに、仇役のいい映画は魅力的だ。
この映画では主役はヒロインのほうなんだけど、現代っ子のわたしには、主演女優はあまり魅力的ではない。
男のほうの主役には、わたしがいい役者だなと思っていたスターリング・ヘイドンが出ていた。
彼はジョン・ヒューストンやスタンリー・キューブリックの映画に出演してわたしのお気に入りになるんだけど、この映画ではなんとなく影がうすい。
わたしの歳になると他人の死因が気になるので、ついでだからヘイドンの経歴をググッてみた。
ヘイドンは70歳でガンで亡くなっていた。
ま、それなり華やかな人生をまっとうした人だから、文句をいうこともないだろうと思ったものの、たちまち我が人生との比較になってしまう。
わたしはどうしていつまで健康で長生きするんだろうとぼやいたばかりだけど、つまり地味で目立たない人生を送っていれば、死神もあきれて手を出さないってだけじゃないのか。
ああ、また自虐的な考えに堕ちてしまう。
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