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2018年6月24日 (日)

朝鮮の運命

わたしのブログに幼なじみからコメントがついて、日本の徳川政権と、朝鮮通信使との関係についてどう思うかという。
ちょっと返事が長くなりそうなので、これはコメント欄ではなく、ブログの本記事にすることにした。

徳川家康というと、つい静岡あたりの人と思ってしまうけど、彼のルーツは群馬県の尾島町あたりで、わたしの郷里とほんの目と鼻の先である。
わたしの郷里ということは、幼なじみにも郷里というわけで、それでこんなことを書いてきたのかもしれない。

豊臣秀吉が朝鮮を傘下に収めようと、それまでの日本としてはきわめてめずらしいことに、外国に兵を出したことはよく知られている。
しかし徳川政権になると、一転して宥和政策になり、朝鮮とも友好的な交流が続いて、あちらから何度も使節がやってきた。
日本の文物は中国産のものが多く、それらはほとんどが朝鮮を介してやってきた。
だから中国が親で、朝鮮が兄貴、日本は末弟という見方は、あながち間違ってはいない。

ただこの兄貴は困った兄貴で、兄貴風を吹かし、日本をさげすむことが多かった。
欧米列強の東洋進出に危機感をいだいた日本は、西洋の知識、技術を取り入れようと、血のにじむような努力をしたのに、これを見たはずの朝鮮通信使は、まったく見習おうとしなかった。
これは中華思想や儒教の影響といわれるけど、日本が明治維新で近代化に成功したあとも、朝鮮および中国は古いまま太平をむさぼっていたのである。

歴史というものは、偶然よりも必然のほうが多いと、わたしは思う。
その後の朝鮮の運命を思うと、彼らが日本に侵略されたのも当然ではないか。

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孤独のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

(女音君の歴史観は正しくないかも知れませんが)平和大好き主義の徳川時代が終わりその正反対の薩長時代に入ると、またもや日本国は朝鮮に攻め入りました。
 これは正しくないですか?酔いどれ君。

投稿: 女音恋音 | 2018年6月24日 (日) 14時10分

薩長時代に入ると、また朝鮮に攻め入ったというのは、わたしのブログの、彼らは日本に侵略されたと同じ意味ですね。

投稿: 酔いどれ李白 | 2018年6月24日 (日) 14時37分

しつこいつっこみ:源氏の流れを汲む鎌倉時代、室町時代、徳川時代には海外派兵はされませんでした。それ以外、つまり豊臣時代、薩長時代にされています。これについてはどうですか?

投稿: 女音恋音 | 2018年6月24日 (日) 18時24分

だから源氏はやさしかったとは思いませんね。
お公家さん化した平氏を海に追いつめ、その嫡流を根絶やしにするために、幼い子供の首まで刈ったのは彼らだし、そもそも武士の家系図なんてアテにならないものだから。
秀吉や明治政府が海外派兵をしたというのも、たまたま彼らが余分な力を持ちすぎたということではないですか。

投稿: 酔いどれ李白 | 2018年6月24日 (日) 20時25分

しつこすぎるぞってな話:源氏の流れ、実は更にその先の天皇家:つまり、天皇家並びに天皇家の血筋にあたる人達は世界平和を目指していた。
大光院は、徳川家は天皇家に繫がっている象徴です。

投稿: 女音恋音 | 2018年6月25日 (月) 14時27分

???
大丈夫かあ。
認知症が始まってんじゃないよね。

投稿: 酔いどれ李白 | 2018年6月25日 (月) 20時09分

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