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2018年6月26日 (火)

アメリカ アメリカの3

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エリア・カザン監督の祖父をモデルにした若者は、金を稼ぐためにコンスタンチノープルで沖仲仕の重労働を始める。
ところが彼もまだ血の気の多い若者だ。
悲惨な生活のあいまに、魔がさしたというか、たまたま買った娼婦に枕探しをされて、数ヶ月間、必死に働いて貯めた金を盗まれ、努力は振り出しにもどってしまう。
ちなみにイスラムの戒律のきびしいトルコにも娼婦は存在したらしい。
わたしもトルコに行ったことがあるけど、なんせカタブツだったからなあ。
そういえば女性は肌を見せるなとうるさいくせに、おへそ丸出しでおどる官能的なベリーダンスはトルコの名物だよ。

現実の重さに絶望した若者は、誘われてテロリストの仲間に入ったり、しかもそこを官憲に襲撃されて重傷を負ったり、このへんは現代のテロリストと同じ心情かもしれない。
わたしには真似どころか想像もできない悲惨さだ。
あまり苦労もしないで外国に行ったなんてイバっているわたしは、生まれた時代がよかったのか、生まれた場所がよかったのか。
あ、またオカルトになってしまいそう・・・・

単純労働で金持ちになることのむずかしさを知った若者は、いとこの手引きで金持ちの娘と結婚することにする。
これじゃ結婚詐欺だけど、若者はイケメンだし、相手の娘は不器量ということになっているから、できすぎた話でもない。
でも不器量のはずの娘が、これが不器量なら日本の娘はどうなるのかというくらいの美人だし、やさしくておとなしくて性格もいいのだ。
いくら映画とはいえ、これは調子がよすぎるワ。

しかしどうしてもアメリカに渡りたい若者は、せっかくの逆玉の輿をすてて、今度は金持ちの人妻のツバメに成り下がる。
この人妻の欲求不満も、丁寧に、要領よく描かれているので、ストーリーに無理はない。
こうなるともうなりふり構わずという感じだけど、映画はわたしの文章みたいに不真面目なものではないのである。
目的のためには堕落もやむを得ないと、教訓的でないのはいい。

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この人妻が旦那とともに米国航路の船に乗り込むのに、若者はなんとか同船を許される。
こうして艱難辛苦のはてに、若者はようやく自由の女神を見ることになるんだけど、上陸まえに最後の関門が待っていた。
それがどんなものか、どうやって危機を脱出するのか、ネタバレがすぎて不興を買いたくないから、この最後の山場には触れないでおく。
興味のある人はレンタルビデオ屋に行けばよいと書こうとしたけど、わたしの文章に誘発されて、観てみようなんて人がいるだろうか。

逆効果みたいな気がしないでもないけど、なんとか最後の関門を突破して米国上陸を果たした若者は、ニューヨークでまず靴磨きを始める。
最下層からのスタートだけど、彼の顔にようやく希望があふれたところで、この映画は終わりである。
エリア・カザン監督の祖父は、やがて認められ、米国で確固たる地位を築くのは周知の事実だから、その後のことははしょってもいいのである。

この映画を要約すると、ひとりの若者が苦労して身を立てる物語といえばそのとおり。
でもそれだけじゃないような気がする。
むずかしい理屈をならべても1円にもならないわたしは、また映画のなかでとくに印象に残った人物をあげて、そのへんの感想をはしょってしまうのだ。

映画の始めのほうに登場する、物乞いをしながら、徒歩(!)でアメリカを目指そうとする、元祖ヒッピーみたいなアルメニア人の若者。
彼は映画の終わりにふたたび登場して、重要な役割をになうんだけど、こうした若者を異国に駆り立てたのはいったいなんなのか。
時代が変わってもぜんぜん変わらない、あるいはもっとひどくなっているものが存在するではないか。

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というわけで、できればわたしたちが、たまには思い出すべきだという写真を最後に載せておこう。

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