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2018年7月

2018年7月31日 (火)

酸辣湯麺

今日の新聞に蘭州ラーメンの記事が出ていた。
習近平さんの一帯一路政策のせいか、はたまた日本のラーメン・ブームに習ったものか、中国の蘭州に古くから伝わるラーメンを、国際的な名物にしようという動きがあるらしい。

蘭州ラーメンというのは牛肉を乗せたラーメンであるという。
そんなものがめずらしいかどうか知らないけど、わたしは蘭州という街には行ったことがある。
中国の中央部にあり、このあたりで黄河とその両岸がぐんとせばまっていて、河西回廊とよばれるほそ長い交通の要衝である。
ときどき中国からメールをくれる知り合いも蘭州の出身だ。
いちいち日本語に翻訳するのがメンドくさいので、目下のわたしは死んだことにしてあるけど、またそのうちメールのやりとりを再開するかもしれない。

そんなことはどうでもよくて、今回はラーメンの話題だ。
蘭州ラーメンが牛肉というのは、これを考案した調理師がもともと回族だったからだという。
回族というのはイスラム教徒だから、いくら豚肉の好きな中国人でも、それを使うことはありえない。

わたしが蘭州に行ったころ、味をしめたのは蘭州ラーメンではなく、酸辣湯麺というものだった。
これは酢とラー油を効かせ、カタクリ粉でとろみをつけた麺料理で、その野菜主体のラーメンが、肉のニガ手なわたしの嗜好に合致したのである。
どんなラーメンか味わってみたければ、日本の「紅虎餃子房」や「揚州商人」で注文できる。

しかし中国人は日本人ほど職人気質というものを理解しないから、困ったことも起こる。
中国にいたとき、ある店で酸辣湯麺を注文した。
出てきたラーメンに、肝心の酢が入ってなかった。
文句をいうと、ウエイトレスが応えるのに、テーブルの上に置いてある酢のボトルをさして、これを入れれば酸辣湯麺になりますと。
なんだ、そうか、あははと、それでひっこむわたしもだらしないけど、あちらのラーメンはそういうものであるから、蘭州ラーメンがグローバルなものになるかどうか、予断はゆるさない。

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2018年7月30日 (月)

途上国の闇

ラオスで韓国企業が作っていたダムが決壊して、それみたことかとネトウヨ、嫌韓家などが大喜びだ。
いくら韓国の技術が日本より劣っているとはいえ、現代の技術で作ったダムがそんなにかんたんに壊れるだろうか。
このへんを深読みすると、東南アジアにおけるインフラ整備の闇が浮かび上がってくるような気がする。

ようするに韓国にもラオスにも、贈賄や収賄でふところをうるおそうという人間が、ダム建設を一攫千金の好機ととらえ、ゴキブリのようにむらがったってことじゃないか。
ダムなんかどうでもいい、それより金だ、金だを要求した人間は、ラオスの側にもたくさんいたに違いない。
困ったもんだの韓国も、もともとそういうことがキライじゃないし、相手がそういうなら遠慮はいらないと、大盤振る舞いで建設費を賄賂の方にまわしたんだろう。
いまは怒り狂ったそぶりのラオスだけど、真相をあきらかにされちゃ困る政治家、官僚は少なくないと思われる。

こんなラオスで日本企業もダムを建設中だ。
しかし日本は発展途上国でインフラを整備する場合、こんなこともあり得ると最初から心得ており、イヤならお止めなさいといえるだけの技術の裏付けがあるし、いっしょになって建設費をちょろまかそうという悪どい建設会社もなかったってことじゃないか。
さすがはアジア、アフリカで、凶悪な政治家や役人相手に、長年協力経験のある日本だ(ほめすぎか)。

であるから、この問題はもうすこし長いスパンで見る必要がある。
ラオスが本気で韓国に損害賠償を請求するか、韓国がほんとのところを暴露するぞと逆襲するか、それとも両方が口裏を合わせてうやむやになるか。
わたしは最後がいちばん可能性がありそうな気がするんだけど。

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2018年7月29日 (日)

今朝の新聞

アンチ自民党なんだからだれが総裁になっても同じだと思うけど、ウチの新聞はなにがなんでも安倍クンを引きずり下ろしたいらしい。
今朝の新聞をみると、竹下派からも石破支持がちらほらなんて、なんとか石破クンに頑張ってもらいたいという悲願のようなものが感じられる。
だからといって、朝日新聞が自民党総裁を応援することは未来永劫にありえないから、もし石破クンが勝てば、今度はすぐに彼の攻撃に矛先を転じるだろう。
あ、そうか。
まじめにやっている安倍クンでは攻めどころが見つからないけど、石破クンならまたスキャンダルでしつこくいじめられると考えているな。
うん、それなら聖子ちゃんのほうがもっとよかったかもね。

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2018年7月28日 (土)

やわらかい軍隊

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これは「海外の万国反応記」というネット掲示板に載っていた写真だけど、どこかの観艦式や記念行事で撮られた写真らしい。
自衛隊というとおカタい仕事で、うっかり冗談もいえない職場と思われていそう。
しかしアンパンマンの魚雷だなんて、最近の自衛隊はなかなかユーモアがある。
2番目のタイヤが3個ならんだ写真は、見えない戦闘機ステルスだそうだ。
笑っちゃう。

笑いながら思い出したことがある。
わたしが海上自衛隊にいたころ、対潜水艦訓練に、ヘッジホッグ機雷発射というものがあった。
ヘッジホッグというのはハリネズミのことだそうで、なんでこういうかというと、ま、現物の写真をご覧じろ(3番目の写真)。

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これの発射訓練でよく房総半島の沖に出かけた。
ビール瓶をさかさにしたような機雷を24発、発射機に装填して、あとはソナーが潜水艦を発見するのを待つ(いちおうそういう設定)。
大砲の発射に比べるとのんきな訓練だった。

じっさいに発射の号令がかかるまで、わたしたち新兵は戦闘準備をしたまま、発射台のまわりでたむろしていた。
そのうち退屈したわたしは、装填されていた機雷にマジックで落書きすることを思いついた。
どうもいたずら好きは当時からのものだったようだ。
模擬弾だから、発射はされても、本物とちがって水中で爆発はしない。
どっちにしたって海底に沈んでそれっきりになるものだからかまわんだろうと、いい気になってハートのマークや、当時文通していた郷里の知り合いの女の子の名前を書き込んだ。
それを見てまわりの兵隊までがみんな、オレにも書かせろと言い出した。
もう半世紀もまえに体験した、軍隊時代の愉快な思い出だ。

落書きだらけではなはだみっともなくなった模擬弾は、いまでも海底に鎮座しているのか、それともとっくに朽ち果てただろうかと、アンパンマンの魚雷を見て思い出した。

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2018年7月27日 (金)

ウナギ

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いまや庶民の手の届かなくなったウナギの蒲焼きだ。
いまわたしの部屋の冷蔵庫の中にある。
これひとつで1980円だ。
古い人間のわたしは知っているんだけど、同じものがかってはこの1/3の値段で買えた時代もある。
さすがに買うのに躊躇した。
でも考えた。
ウナギというのは脂っこいので、丸ごと食べるとしつこすぎる。
半分づつ食べれば、コスパとしても半値だし、3回に分けてウナ丼にすればますますコスパは下がる。
ネットの情報によると、最近ウナギなしでタレだけをかけたウナ丼というものも販売されているらしいから、けっして無謀な試みではない。
貧乏人の発想には、ときとして驚くほど斬新なものもあるのだ。

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2018年7月26日 (木)

寄付

金髪の若い女の子からメールがきた。
申し上げにくいお願いですがだって。
申し上げにくいってのはナニが申し上げにくいんだって、男ならだれでも興味を持つ。

ウィキペディアから寄付のお願いだった。
何年かまえに300円寄付したのが、親切なヒトってことでデータに残っちゃって、またお願いしてきたらしい。
べつに300円くらいだからかまわんけど、わたしの世代ってのはこういうネット振り込みに不信感があるからな。
最近はマイクロソフトのロゴを使ったインチキセールもあるみたいだし。

彼女にいわせると、ウィキペディアに寄付するのは、利用者のうちの1パーセントだそうだ。
でも相手は世界規模で活躍している有名サイトだから、1パーセントが300円でも、これはでかい。
そんなもん、オレが寄付しなくてもだれかがするだろう。
そう思うでしょうが、と相手はなかなか人の心理を読み取るのが上手だ。

他人よりウィキペディアを積極的に利用していると、へんなところに自負を感ずる当方としては、また寄付をせざるを得ないよな。
うん、300円だけ。
世界にウィキの利用者が何人いるか知らないけど、わたしのような存在が、非営利組織としての彼女たちのミッションを守っているのだという、ささやかな自己満足のために。

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2018年7月25日 (水)

古い感想

中国のネット掲示板を翻訳した日本語の掲示板を読んでいたら、「なぜ日本軍は戦争中に故宮を破壊しなかったのか」という記事に出会った。
わたしは自分なりにその答えを持っているので、わたしならどう答えるかと自問自答してみた。

Pekin

わたしの答えとしては、日中戦争のころの日本軍は、一般兵卒はともかくとして、将校以上の軍人なら、中国の歴史に尊敬の念を持っており、歴史的建造物の貴重さをよく理解していたからと答えるだろう。
中国人からは、満州国と故宮を結びつけて、皇帝溥儀の住まいだった故宮を、日本軍が破壊するはずがないという意見もあった。
それも間違いではないと思うけど、いまわたしは日中戦争のさなかの昭和13年に出版された「戦跡の栞(しおり)」という本を自炊(電子化)したばかりだ。
これを参考に日本軍の北京入城について考えてみよう。
添付した画像は北京に入城する日本軍。

この本は日中戦争の初期、日本が快調に大陸に兵を進めていたころ、日本の将兵に戦争の進捗状況を、もっぱら日本軍の勇猛果敢ぶりに重点を置いて書かれたものだけど、あわせて中国各地の歴史的名所の説明もしてある。
北京の項では故宮、紫禁城を始めとして、北海公園、頤和園、天壇など、現代の旅行ガイドブックにもひけをとらない詳しさだ。
血なまぐさい戦争の描写さえなければ、まるで日本軍が団体で中国観光をしてるんじゃないかとさえ思ってしまう。

文学作品をひもとくまでもなく、かっての日本のオピニオン・リーダーにとって、中国の知識は必須の教養だったはず。
この本の最初に関東軍の参謀として知られた板垣征四郎の揮毫、寺内寿一陸軍大将の序などが寄稿されているけど、漢文漢籍の素養がなければとても書けるものではない。
部下に書かせたんだろうという人がいるかもしれないけど、これを買って読む兵士だって、それなりの知識がなければ読めるはずがないから、やはりこの本からは、日本人のなみなみならぬ中国への愛情が感じ取れるはずだ。
戦争末期ではそんな余裕もなくなったけど、少なくとも戦争の前半では、日本軍は故宮を破壊するような非常識な軍隊ではなかったと思う。
ずっと後世になってから現れた紅衛兵のほうがよっぽど乱暴だゾ。

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2018年7月24日 (火)

承子さん

まだ暑いけど、こんなときには一服の清涼剤的記事だ。
高円宮家の長女である承子さんが結婚するらしいとか。
こういうさわやかな話題は、猛暑の夏にぴったりだ。
ところで承子さんというと、皇室史上最凶のビッチ、性欲女王、ロイヤルゴリラなんて異名を持ち、茶髪でタトゥーを入れてるとか、性病をもらったとか、あんまり、というか、ものすごい噂ばかりの人らしい。
これのどこがさわやかなのといわれてしまいそう。

でももちろんわたしは、わたしの所属する変人同盟の名誉女王として、彼女の生き方に満腔の敬意をささぐるものである。
だいたい外国のヒトから見ると、日本の皇室って、立派でつつしみぶかくて尊敬に値するけど、その一方で気のドクなくらい規則やしきたりにしばられて、前途有望な才媛をノイローゼにしてしまうくらい、窮屈な生活を強いられてんだろうなあって思われてんじゃないだろうか。

いやいや、そんなことはありません。
日本の皇室だって、英国王室に劣らないくらいいいかげんで、いや、自由にあふれているところなんでと、承子さんにはその生き証人になってもらわなくちゃ。
でも世間には皇室にむやみに反感を持つ人が多いから、彼らはきっと、オレたちの税金で好き勝手なことをするなというだろう。
そりゃ皇室全員が反社会的なことに熱中しちゃ困るけど、中にひとりぐらいは規格外れがいたっていい。
それこそが日本の皇室ってのはお人形さんじゃない、生きた人間なんだを証明しているように思える。
わたしみたいな人間は後ろからささえられている気分にもなる。

常識やたてまえにこだわる人間は猛暑の東京に捨て置いて、うん、これは暑い夏にふさわしいさわやかな話題ではないか。
ムリかしら。
よけい暑くなるかしら。

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2018年7月23日 (月)

まだ暑い

暑い。
熊谷で国内最高気温を記録だって。
あそこはわたしが帰省するさいの通り道だよ。
夏が終わるまで帰省もできないな。
このあとまだ8月もひかえている。
エアコン代も払えない貧乏人は、この世から一掃されるんではないかと思える暑さかな。
今年はわが家のまわりの草木が伐採されてしまって、豊かな自然の中で暮らしたいと考えるわたしには、残念だと思う反面、風が吹き抜けるし、蚊もいなくなったというメリットもある。

メリットについてはいちがいにいえないけど、夕方になっていま(午後6時半)はエアコンを止め、部屋で風に吹かれている。
ああ、いい風だ。

こんな異常気象の地球灼熱化に悲鳴を上げているのに、今度のオリンピックは8月開催だってね。
なんでわざわざいちばん暑い時期にやるのか。
まえの東京オリンピックは10月開催だったから、いつやろうと開催国の勝手でしょ。
いったいどうしてと疑問を感じたアナタ。
そういうときはネットで調べてみればよい。

理由はすぐにわかった。
みんなアメリカが悪いのだ。
春や秋など、スポーツにふさわしい季節は、もうすでにスポーツの有名イベントが目白押しだ。
オリンピックはスポンサーのつきやすいイベントだけど、そういう有名イベントを押しのけちゃテレビ局に迷惑だ。
そこで利にさといIOCとバッハ会長は、最初からオリンピック開催の条件として、いちばんスポーツをやりにくい、つまりカレンダーが空いている8月を条件にしているのだそうだ。

それだけじゃない。
いちばん人気のある競技はアメリカのテレビのゴールデンタイムに合わせろと、おかげでアジアのオリンピックでは、水泳を朝っぱらから始めたり、横暴なのはトランプさんだけじゃないのだ。

もう、世界はすべて拝金主義にドクされている。
まえの東京オリンピックが10月開催だったというのは、まだそのころはオリンピックをとりまく環境が健全だったという証明なのだ。
だいたいワールドカップ、ウインブルドンがあるのに、なんでオリンピックでサッカーやテニスまでやらにゃいけんの。
わたしはオリンピックの縮小化と、どこかの田舎で10月にやってもらって、まったく異存がありません。

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2018年7月22日 (日)

暑い暑い暑い

暑い。
死ぬわ。
将来貯金を使い果たして、電気代の節約のためにエアコン止めたら、確実に死ぬねえ。

昼間プールで泳いで、帰宅してイッパイやって、ひと眠りして、汗ぐっしょりで目をさましたとこ。
水兵さんのころ、平で5キロの遠泳を経験したわたしも、プールではもはや後期高齢者にまじって、水中散歩がせいいっぱいだ。
まあ、元気なんだか、そうでないんだか。

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2018年7月21日 (土)

若くない人々

今日はまた仲間うちでやってるパソコン同好会の日。
というか、飲み会の日。
それがケシカランという人もいるけど、野球部もゴルフ部もカラオケも、終わればみんな飲み会だ。
なに恥じる必要があろうぞ。
でも若くないメンバーばかりだからね。
会話が健康や病気のことになるのはやむを得ない。
乳酸菌がいいらしいですよ、いや、黒酢が、カフェオレが、ブルーベリーもと、そんなにやたらに飲めるかという説が飛び交うけど、そうやって熱心なわりに、ぜんぜん病院のお世話になっていないのはわたしだけじゃないか。
わたしはあと10年ぐらい、つらく厳しいこの世を生きなければならないようだ。

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2018年7月20日 (金)

ミッション

Mission

また古い映画だけど、1986年製の「ミッション」という映画を観た。
冒頭に十字架にしばりつけられた男が、イグアスの滝からまっさかさまに墜落するシーンがある。
これだけでも、録画したものを、ついブルーレイに焼いて保存しようかという気になるけど、最後まで観るとそんな気が失せる。
背景は素晴らしいのに映画はろくなもんではないというやつ。
こういうのは脚本がわるいのだろう。

わたしのブログでは映画をけなしてばかりいるようだけど、ほめたい映画がないんだから仕方がない。
とくにわたしはこだわるんだけど、物語のつじつまを合わせることは大切だ。

この映画では最初に、滝の上にある原住民の部落へ布教に行く宣教師が登場する。
険しい絶壁を命がけで登ってようやくたどりつくくらいだから、この部落はギアナ高地みたいに、容易にたどりつけない奥地にあるのだなと思ってしまう。
彼に続いて、改心した奴隷商人(ロバート・デ・ニーロ)も同じように絶壁をよじ登る。
改心のこころいきを、体を張って示そうというんだろう。
このへんは背景が雄大なイグアスの滝であるだけに、なかなかの迫力だ。

ところがこのあと、教会のエライさんである枢機卿が、事情説明のためにこの部落におもむくことになるんだけど、彼は年寄りで太っているという設定だ。
そんな人物が舟に乗って、いともかんたんに部落にたどりついてしまう。
こんなにかんたんに行けるなら宣教師やデ・ニーロは、なんで危険をおかして絶壁を登ったのか。

細かいことに拘泥していたのでは映画にならないというファンもいるかもしれないけど、これは拘泥しなくていいという問題じゃないね。
もうこれだけでこの映画がご都合主義のアホらしいものであることは確実だ。

奴隷商人だったデ・ニーロが、やすやすと原住民に受け入れられる設定も納得できない。
彼はこの部落の住人を狩って、奴隷として売り飛ばしていた張本人なのだから、ふつうならたちまち十字架にはりつけになって、滝から落っことされて当然だ。
つじつまが合わない、脚本がわるいというのはこういうことである。

わたしが脚本家なら、こんな設定にするゾ。
つまらぬいさかいから弟を殺してしまって苦しんでいたデ・ニーロは、街で虐待されていた奴隷の子供に遭遇し、後悔の念から改心してこの子供を救出する。
そんな事情があってこの子供と仲良くなった彼は、子供を生まれ故郷の部落まで送り届けることにするのである。

絶壁をよじ登り、命がけで子供を送り届けるのだから、さすがに部落の人間も彼を攻撃するようなことはしないだろう。
この子供が部落の長の息子であったということにしても許容の範囲だ。
これなら部落に居すわった彼を、原住民たちが仲間として受け入れてくれても不思議じゃない。
このていどの設定を付け加えるだけで、ちゃんとつじつまのあうものになるではないか。

いったいこんな馬鹿らしい脚本を書いたのはだれだ。
そう思って調べてみたら、これがなんと「アラビアのロレンス」を書いたロバート・ボルト。
監督がデヴィッド・リーンならちゃんとつじつまを合わせたに違いない。
背景が雄大な南米の密林だけに、ほかにもちょいと設定を変えれば、異色の傑作になったと思える部分があるのに残念だ。

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2018年7月19日 (木)

暑さは気から

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暑い。
昨日は40度をこえた場所もあったということだ。
40度!
わたしが過去に体験した最高温度は、初めて中国へ団体ツアーで行ったときのもので、地獄の釜のように暑かったから、せっかく観光で蘇州の虎丘まで行っておきながら、だれひとりエアコンの効いたバスから降りようとしなかった。
強行軍に加えて食欲減退で、わたしなんぞは帰国してから膀胱炎になってしまったくらいだ。

ただ暑さにはいろんな条件があるようで、ボルネオ島やタイに行ったときは、緯度的には中国より南にあるくせに、あまり暑いと思ったおぼえがない。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
暑さは気から。
というわけで、暑さをごまかすために作ったインテリアがこれ。
庭のハーブを摘んできて、景品のワイングラスに挿しただけのものだけど、ひじょうに涼しそうに見える。
でしょ?

これをキッチンのテーブルの上に置いて、今年の夏を乗り切ろうと思う。
ハーブのミントって、しぶといくらいに繁殖力が旺盛だから、そのうち新しい根がグラスのふちを越えてきて、ホラー映画を観ているみたいに背すじが寒くなることも請けあいだ。

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2018年7月18日 (水)

ヘタな鉄砲も

夜中にテレビを観たら、ホモ・サピエンスがどうやって日本に到達したか、それを立証するなんて番組をやっていた。
どこかの学者チームがアシの舟を編んで、実際にそれで海に乗り出し、与那国島から石垣島まで航海が可能かどうかなんてことを調べたらしい。
他人が調べたことにいちゃもんをつけても始まらないけど、そんな実験をしなくても結果は最初からわかっていた。

だいたい実験班はたった1隻の舟でチャレンジしているけど、ホモ・サピエンスにとっては、無数の舟で、そのうちの1隻でも日本に到着すればいいという考えでやっていたはずである。
1隻の舟では成功の確率が1パーセントだとしても、成功するまであとからあとから舟を出していれば、いつか目的地に到達することは確実だろう。
沖縄で紛失したカメラが、3年後に台湾で発見されたってこともある。
海流に通じた民族にとって、まったくムチャな試みではなかったはずだ。

人間にかぎらず、すべての生きものはそうやって勢力範囲を拡大してきたのである。
無数の精子のうちの、たったひとつが卵子に到着しただけで、人間はそこに存在するのだ。
壮大なムダのように思えるけど、ホモ・サピエンスの時代には、人権や生命尊重という考えはなかっただろうし、外に向かって広がりたいという欲求につき動かされて、彼らには時間と人間資源はいくらでもあったのだから。

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2018年7月17日 (火)

イランの娘

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イランというと、イスラムを信仰する中東の大国として知られている。
むかしのわたしはイランもイラクもサウジも、みんないっしょくたにアラブ人にしていたけど、これはイラン人に失礼だ。
イラン人は誇り高きペルシアの末裔で、アラブ人とは別系統になる(のだそうだ)。
ここまで説明されても、まだわたしにはアラブ人との差がよくわからんけど、そういわれてみるとイランの女性は美しい。

この国の女の子が、SNSに自分がダンスを踊っている映像をアップして逮捕されちゃったという。
ほんと、イスラムってのは融通がきかないよな。
でも宗教はわきに置いて、どれどれ、どんな女の子だいと、わたしはこういうことにはひじょうに興味があるのだ。

映像はすぐ見つかった。
7分半ほどの映像に、衣装をとっかえひっかえして、おへそ丸出しのかわいい娘が踊っている。
あの国には女は家に引っ込んでいろという法律があり、しかもお酒はダメ、甘いものはタップリというお国柄だから、この娘18歳というのが信じられないくらい、胸や腰のまわりが発達しちゃって。
ずっとむかしのアジア競技大会のとき、髪をかくしたままのイランの女性選手たちの美しさに驚嘆したことがあるけど、この娘は髪を露出したまま、スカーフなんてジャマよ、ジャマ!という姿勢がなんとも。

彼女らの欲求不満は積もり積もっているらしく、官憲に抗議の意味で、同じことをする女の子が続出しているという。
本人がそうしたがってるんだからいいじゃないのと、もうしなびてあっちのほうが不能になっているイスラムの頑固指導者にいいたい。
彼女たちは世界に飛び出したがっているのだ。
おへそを出したこの娘だって、アメリカに行けばすぐにスターはまちがいない。
トランプさんも永久に大統領をするわけじゃないし、美人を輸出して外貨を稼ぐほうがいいように思いますけど。

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2018年7月16日 (月)

コンサート

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昨日は近くにある亜細亜大学まで、吹奏楽のコンサートを聴きに行ってきた。
部屋にいても暑いし、ほかに無料でできるヒマつぶしもなかったので。
学生の演奏会かなんてバカにしちゃいけない。
中学生のブラスバンドだってすばらしい場合がある。
音楽理論にまるで詳しくないわたしのこと、ここはあくまで脳ミソの直感による感想を。

コンサートの場所は大学の構内にあるホールである。
亜細亜大学に入るのは初めてだったけど、ホールも含めてなかなか立派だ。
どんなものかサッパリわからんだから、早めに行ってみたら、最後まで空席があったからあわてる必要はなさそうだ。

プログラムは1部、2部構成で、コダーイとかリムスキー・コルサコフなんて名前があったので、これはクラシック主体のコンサートだろうと思った。
馴染みのない曲ばかりのなかに「You Raise Me Up」という曲があり、タイトルからしてポピュラー曲らしい。
「ノートルダムのせむし男」という曲もあって、これはディズニーのアニメからの曲だというけど、わたしは聴いたことがない。

はじっこのほうにピアノやコントラバス、複数の打楽器が並ぶけど、中心になるのはトランペット、トロンボーン、チューバ、ホルンなどのまばゆく輝く金管群に、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、サクスホーンなどの木管群で、総勢40人ちかい管楽器奏者がステージに勢ぞろいだ。
わたしはジャズはたまに聴きに行くけど、管楽器のフルオーケストラ演奏をナマで聴く機会はほとんどないから、これは興味深かった。

ある演奏ではとくべつに解説があって、めずらしい楽器が参加しますとのこと。
耳のわるいわたしには、解説がよく聞こえなかったけど、これはツィンバロムというものらしい。
どんな楽器が出てくるかと思ったら、マージャン卓みたいなかたちをした楽器で、ユニークなのは、耳かきのお化けみたいな2本のピックで、卓上の弦をはじくところ。
こんなおおげさなものではないけど、耳かきを見て、わたしはむかし中国に行ったとき、シルクロードで聴いたウイグル族の民族楽器を思い出した。
たかが耳かきにしては、意外に思うほど大きな音が出るのに感心したものである。
帰宅したあとで調べてみたら、ツィンバロムはハンガリーの民族楽器だという。

最初にこの楽器のデモンストレーションがあり、単独で聴いたその音は、ジンタの響きのように哀愁を感じさせるものだった。
ステキだなと思ったものの、管楽器主体の演奏のなかでは、ああ、また耳の遠いわたしには、猛獣のあいだのカナリアの声を聴くみたいで、この楽器の音を聴きとるのに苦労した。
ツィンバロムの抜けたほかの演奏では、なにしろわたしは音楽を、耳ではなく体で聴くほうだから、とくに問題はなかったけどね。

小休憩をはさんで2部になると、ゲストのトロンボーン奏者が加わって、まずこの楽器による協奏曲。
トロンボーンは顔のわきにスピーカーをつけているようなものだから、わたしにも問題はなく聴こえ、ジャズでもおなじみの楽器だから興味深々。

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演奏は2時間ほどで終わったけど、いちおうアンコールがあり、指揮者が呼び戻されて、2曲ばかりプログラムにない曲を演奏した。
たまげたのはこの2曲だ。
それまでのお行儀のよい演奏とちがって、これはジャズかロックを思わせる特大の派手な演奏だった。
指揮者の合図で奏者がいっせいに立ち上がり、聴衆に向かって大音量の音の洪水をあびせかけるのは圧巻としかいいようがない。
タキシードで出てきたゲストも、このころにはラフな黒シャツに着替えちゃって、もう。
最初からこんな演奏をすればいいのに。

最後の曲では一種独特の、拍子木を打ち鳴らすようなリズムが加わって、ロック大好き人間のわたしには、ブラスロックの先駆者シカゴの 「I`m a Man」 を聴くようだった。
同じ曲だという確証はないけど、管楽器オーケストラがシカゴの曲を演奏することは、あっても不思議じゃない。
演奏者が客席にまで下りてきて、いやもう、聴衆と一体になっての盛り上がりよう。
タダで聴いちゃ申し訳ないなと、後ろ髪ひかれる気分で大学をあとにした。

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2018年7月15日 (日)

秘境×鉄道

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昨夜はBSで「秘境×鉄道」という番組を観ていた。
鉄道による海外の紀行番組で、案内役はくたびれた関口知宏クンに代わって、若手の古原靖久クン。
個人的には仲川希良ちゃんあたりがやってくれるともっといいんだけど、世界の秘境にある鉄道に乗るのが目的の番組なので、若い娘が案内するには危険すぎるってことなんだろう。

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今回の秘境はシルクロードというから、わたしの行ったところが出てくるかと思ったら、同じシルクロードでも中国から国境を超えたタジキスタン、カザフスタン、キルギスタンといった中央アジアの国々が舞台だった。
中国の新疆ウイグル自治区もそうだけど、これらの国はみんなイスラム国家で、風景や女性の服装をながめているかぎり、新疆とほとんど変わらないから、ついなつかしい気持ちで観た。
ここに載せた写真は、すべてわたしのアルバムから。

わたしは新疆ウイグル自治区を旅しているころ、カザフ人やキルギス人も見たことがある。
中国は世界一の多民族国家ということで、自国の中にたくさんの他の民族を抱え込んでいるのである。
もっとも名札を下げているわけではないから、相手の民族籍がわかったのは、言葉のボキャブラリーが少ないわたしが、知り合った相手にやたらに出自はどちらでげすと尋ねたせいだ。

新疆で知り合ったウイグル人と話をしてみた。
彼は日本語ガイドをしていたから日本語はペラペラだ。
このへんには他の民族も住んでいるそうだけどと訊くと、カザフのやつらは山の上に住んでますという。
客観的な立場のわたしとしては、“やつら”呼ばわりにびっくりしたけど、中央アジアの民族感情がすこしは理解できたような気がした。

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その新疆にある天池という大きな湖に行ったときのこと。
この湖は高山のいただきにあり、周辺に住んでいるのはカザフである。
ウイグルが平地で農耕にいそしむのに比べ、カザフは山中で牧畜にいそしんでいるということだった。
これはあくまで中国国内のカザフの場合で、国境を越えたカザフスタンは日本の七倍の国土を持っているというし、いまではさまざまな仕事に従事し、都会に住む者も多いはずだ。

カザフは女性でもたくみに馬を乗りこなす。
もっとも山のなかでは、馬より便利な乗り物は思いつかない。
平地に住むウイグルは、みんなロバ馬車で、女性が馬にまたがっているのを見たことがない。
天池を見物に行って、わたしも馬に乗ってきたけど、すぐ下の写真はそのときの女性馬方さん。

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ウイグル人は日本人とはあきらかに容貌が異なり、インド系というか、パキスタンやアフガニスタン人のような顔をしている。
これに比べるとカザフ人のほうは、日本人、というか、モンゴル人のような顔が多かった。
もっとも中には金髪碧眼までいて、長い歴史のあいだの複雑な混合を物語っている。
昨夜の番組を観ていると、タジク、キルギスも似たような感じで、年配の女性なんか、そのまま日本に持ってきても違和感がないように思えた。

そんなキルギスには驚くような風習があって、嫁さんはみんな誘拐されてきたのだそうだ。
この奇習についてはこのブログにも書いたことがあるけど、仲川希良ちゃんあたりが行ったら、誘拐されて現地妻にでもされていたかもしれない。
でも誘拐されてきた女性も、現在は文句もいわず幸福に暮らしているみたいだから、げに女性心理はわからない。
下の写真は天池の近くの農村でみかけた女の子ふたりだけど、彼女らの世代はおしきせの結婚から脱却するのではないか。

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はっきりいって、最近のアフリカよりも中央アジアの国々のほうが遅れている感じ。
古原靖久クンは政治にまで踏み込まないけど、駅員や乗客のなかには顔をかくす者もいたし、馬に乗るカザフスタンの草原散策は軍人の案内つき。
仔細に観ると、まだまだ隠しごとの多い国々であるような気がして、それがなおさらわたしの興味をひく。
わたしが30年若ければ、今度はこのあたりをさまよっていたものを。
グローバル社会からずれていればいるほどおもしろいというのが、わたしの信念なのである。

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2018年7月14日 (土)

今朝の新聞

今日のウチの新聞は、大雨の晩に自民党の幹部が赤坂で宴会をしていたと報じている。
写真まで公開されているから、これはマチガイない事実で、反体制新聞がこういうことを報じるのは当然のことだ。
モリカケに変わる新しいネタとばかり、ウチの新聞の報道にも熱が入るけど、その晩の気象状況と宴会を時間経過とともに詳しく記事にしたものだから、わたしみたいなアンチ朝日からすると、いろいろ当夜の状況が推測できておもしろい。

時間経過のほうは7月5日の11 : 00から始まっていて、この時間ではまだ菅官房長官の、過去の水害をひきあいに出して、この季節の大雨には注意しましょうという発言のみ。
つぎが13 : 20で、京都、大阪、兵庫の3県に避難指示が出たとのこと。
14 : 00には記録的大雨のおそれありということで、気象庁が「厳重な注意」を呼びかけ。
15 : 30に内閣府で、小此木防災相も出席して災害警戒会議。
16 : 00過ぎには、菅官房長官が大雨への警戒を呼びかけ。

この時点ではまだ今回のような、未曾有な災害になるとはだれも思ってなかったのだろう。
ま、雨や地震で大騒ぎしていたら、災害列島の日本じゃ政治家は務まらない。

安倍首相も参加した宴会が始まったのは、このあとの20 : 28からとやけにこまかい。
しかし反自民のウチの新聞が根ほり葉ほりで取材した記事だから、これは正確な時間と思われる。
そして、21 : 19には早くもお開きで、つまり宴会場に1時間もいなかったわけだ。
わたしみたいな凡人の宴会でも、3時間、4時間の飲み会はふつうだから、政治家ってのは酒によわいのかと思ってしまうけど、それよりも、おそらく刻一刻と情報が入ってくるので、こりゃマズイと、大急ぎで宴会を切り上げたというのが本当のところじゃないか。

その後の時間経過もまだまだ続くけど、この先は宴会出席者もみんなそれぞれの持ち場についただろうから、とくに問題はないと思われる。
問題があるとすれば、オレって首相と同席できるくらい大物なんだぜを吹聴したくて、この宴会の写真をツィッターに上げた西村官房副長官だな。
余計なことをしやがってと、身内の自民党からもボコボコにされているらしいけど、あとはこれをネタにした野党、マスコミによる政権攻撃がいつものパターン。
ところがケシカランの矛先を向ける立憲民主党も、枝野サンや蓮舫サンがその晩どこかで宴会をしていたそうで、ブーメランをくらうのもやっぱりいつものパターンだよな。
政治家っつうのは宴会も仕事の内らしいっすよ。

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2018年7月13日 (金)

夏の夜のミステリー

昨日は仕事に行こうとしたら、車がウンともスンともいわない。
バッテリーがあがっちゃったようだ。
買って4年半のプリウスなんだけど、ハイブリット車のバッテリーはものすごく高いと聞いている。
こりゃアカン。
GoProを買おうかどうか迷っていたけど、それどころじゃない。

でもJAFのサービス員に聞いてみたら、プリウスにはメインとサブのふたつのバッテリーがついていて、メインのほうがあがるってことはまずありません、サブのほうでしょうという。
サブのほうはふつうの車についているバッテリーと同じ扱いでいいそうだ。
なんだ、そうか、あはは。

原因はわからない。
過去の記録を調べてみたら、交換してまだ1年と3カ月ぐらいのバッテリーで、べつにルームランプをつけっぱなしということもなかったし、ほかにこころあたりもない。
トヨタに持ち込んで充電してもらったけど、そっちでも原因がわからないという。
真夏の夜のミステリーだな。
暑くて仕事をする気がおきないから、もっけの幸いで、深く悩んだりしないけど。

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2018年7月12日 (木)

第七の封印

日曜の夜はBSでバレエやオペラを放映する。
バレエはまだしも、オペラにはあまり興味はないんだけど、このあいだのそれはイングマール・ベルイマン監督の映画 「秋のソナタ」 をもとにしたオペラだというので、念のため録画してみた。

わたしはもとになった映画のほうは観たことがある。
ベルイマン監督の映画は、どれもひじょうに哲学的で、難解でもあるんだけど、「秋のソナタ」 については、母と娘の確執を描いた現代劇で、ぜんぜんおもしろくなかったと正直に告白しておこう。
最後まで観るのが苦痛で、途中で放り出したので、もちろんオペラのほうも途中で放り出した。
だいたい日ごろからオペラなんてものには縁がないので、ここではわたしが最後まで観通すことのできた 「第七の封印」 という映画について書くことにする。
いえ、けっして感動したとか、素晴らしかったなんてエラそうなことをいうつもりはないんだけどね。

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「封印」 のほうは「ソナタ」 より古い作品で、十字軍の遠征から帰国する途上の騎士が、死神と出会う場面から始まる。
迎えにきたのかと問う騎士に、そのとおりだと死神は答える。
死神を演じている役者は、これは1956年の映画だからCGではないし、地のままの顔で不気味な雰囲気がいかにも適役(1枚目の画像)。

騎士がちょっと待ってくれというと、だれでもそういう、待つことはできないと、死神はさすがに自分の仕事に忠実だ。
なんとか時間稼ぎをしようという騎士は、相手にチェスの試合を申し込む。
死神というのはむかしからチェスが好きなんだそうだ。

こうして彼らがチェスをしているあいだに、同時進行というかたちで、騎士は旅を続ける。
つまり時間稼ぎをしている騎士と、時間稼ぎのおかげで先に進める騎士の、ふたつの設定が同時に描かれるわけで、話はなかなかややこしい。
難解であることはまちがいないけど、それでもこちらの作品には、まだわたしを飽きさせない見どころがたくさんあるので、最後まできちんと観ることができた。

見どころというのは、当時の旅芸人の生活ぶりや、因習にとらわれた農村のようす、疫病を怖れる人たち、魔女の疑いをかけられて火あぶりにされる娘など、暗い中世の時代風俗がリアルに描かれていたこと。
しかしそういう見どころは、ストーリーとして重要ではなく、観念的なものの積み重ねとして描かれる。

わたしは以前にマルタ島というところに行って、教会の壁に斬首されるヨハネの縁起でもない絵がかかげられているのを見たし、また街のあちこちに骸骨のような、死をモチーフにした飾り物が多いのに気がついた。
これは当時の騎士たちの、死と隣り合わせの過酷な状況を物語るものだそうだ。
イスラム教徒たちとの戦いからもどる騎士も、当然多くの死を見てきたはずで、映画のなかの彼は神の存在に疑問をいだいている。
わたしみたいな凡人でさえ、東北大震災の現場でそう感じたくらいだから、これは外国でもよくある疑問なのだろう。

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この映画のなかに神はいちども姿をあらわさないけど、主要登場人物である死神の姿で、あるいは行倒れの巡礼、疫病払いの行列、火刑に処される娘、ペストで死ぬ男など、死の象徴はいたるところにあらわれる。
姿を見せない神をなんとか信じようとする騎士に対して、そんなものはおりませんと、彼の従者はあくまで冷静だ。
うん、この従者の考えはわたしに似ているな。

芸人一座の座長と鍛冶屋の女房の浮気という、民話のような寸劇をはさんで、騎士はようやく妻の待つ自分の城に帰り着く。
古い城の食堂で騎士と同行の人々が食事をしているところへ、チェスの決着をつけた死神があらわれる。
神も仏もないものかと、苦悶する騎士。
最後まで、そんなものはありませんの従者。
ベルイマン監督は、古い宗教観と無神論者を対比させるつもりでこの映画を作ったのかもしれない。
わたしもすこしまえに、いくつかの法事が重なって、儀礼ばかりにこだわるそのやり方に、無性に反発をおぼえたばかりだ。
これはもしかしたら、わたしみたいな偏屈のための映画なのかも。

まあ、そんな手前勝手な解釈はやめておこう。
暗い一方の映画のなかで、騎士と別れて別行動をとる芸人夫婦は、明るい未来を象徴しているように思えるけど、これもその気になれば理屈はいくらでもつけられる。
しかし、いくら立派な理屈をこねても、どうせわたしには1円にもならないし、そんなものを無理にひねくり出さなくても、わたしは映像を目で追うだけで満足してしまったのだ。
「第七の封印」 はそういう見方、つまりひとつひとつの出来事を無理に意味づけなくても、全体として無神論者の代弁をしてくれる映画のように思えてしまう。

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映画の最後に、旅芸人の妄想として、死神に先導されていく人たちが映る。
興味をもってわたしなりにメンバーを分析してみたけど、先頭に大鎌を持った死神が立ち、あとは騎士、従者に使われている娘、従者、鍛冶屋、鍛冶屋の女房、最後尾に竪琴を持った芸人一座の座長という順番らしい。
全員が異なるポーズで、踊るようにひかれていくというのが印象的だった(添付した3枚目の画像)。

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2018年7月11日 (水)

ひさしぶりのミント

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わが家の庭にハーブのミントが茂っていること、それを焼肉にトッピングしようとしたら、いつの間にかひとつ残らず刈られてしまっていたことは、このブログに書いたことがある。
この植物は、根絶やしにするのが困難なくらい繁殖力が強いそうで、 わたしはそれがどのくらいのものか、増えるようすを記録しようとしていた矢先だったのに。

ネットで調べると
「雑草より強いといわれるくらい繁殖します」
「庭植えにしている場合は、他の植物の領域まで侵すくらい繁殖します」
「管理に自信がなければぜったいに地植えしてはいけません」
などと書いてある。
そういえば以前に何本かを摘んできて、コップに挿しておいたら、茎のとちゅうから新しい根が生じて、いつまでもぴんぴんしていたのに驚いたこともあるな。

おまえはヒドラか宇宙人かってとこだけど、そんなに繁殖力が強いなら、まだ死滅したわけではなさそうだ。
今日ベランダから見下ろしてみたら、地面から新芽が出ていた。
整地されてきれいになった庭だから、たくさんの雑草と競争して、これから彼がどれだけ勢力範囲を広げるか楽しみだ。
◯で囲ったのがミントの新芽。

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2018年7月10日 (火)

バディーブリージング

タイの洞窟閉じ込め事件は、マスコミは大変そうなことをいってるけど、それは失敗するわけにいかないから慎重になっているだけで、現実はそんなに大騒ぎするほどのもんじゃなさそうだ。
ダイビングに思い入れを持っているわたしは、タイの事件をその道のプロたちにおまかせして、またそれに凝っていた当時の思い出を語ってしまう。

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まだ必ずしもライセンスの必要ではない時代だったので、当初のわたしたちは無免許で潜り始めたんだけど、だんだんその必要を感じてきて、顔なじみになっていたショップでライセンスを取得することにした。
取得するためには講習を受けなければならない。

ここでわたしたちはバディブリージングということを教わった。
これは水中で空気ボンベがカラになった場合、他人のボンベをふたりで共用して、具体的にはひとつのマウスピースを交互にくわえて、なんとかしのぐ方法である。
未経験者にはむずかしそうに思えるかもしれないけど、水中でマウスピースやマスク、果てはボンベをはずすこともたまにあることだから、ベテランダイバーにはそんなに大変なことでもない。
わたしの仲間には、前夜に大酒をくらって、翌日のダイビングで苦しかったものだから、海底にボンベをおっぽり出して帰ってきたのがいる(あとで全員で探しに行った)。
バディブリージングのような間接キッスは、わたしたちは男ばかりで、気色わるいということでいちどもやったことがなかった。
ほんと、いいかげんなダイバーだったよな。

今回のタイの事件の救出劇はバディブリージングの応用ともいえる。
なんにせよ、熟練のダイバーが関わっていることだ。
うまくいけば、今日の夜までに全員救出ということになっているかも知れない。

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2018年7月 9日 (月)

わたしの頭

わたしの頭はパソコンか。
いえ、処理速度がそんなに速いという意味じゃない。
どうもここんところぼんやりしちゃって、毎日同じこと、たとえばブログの更新なんかを繰り返しているぶんにはいいんだけど、ちょっと場違いなこと、たとえば税金の支払いや健康保険がどうのこうのと考えだすと、めっきり処理速度が遅くなる。
えい、面倒だとリセットすると、再起動するのにまたやけに時間がかかる。
CPUもメモリも時代もんだものな。
うちのパソコンと人間の認知症は同時進行で始まっているみたいだ。

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2018年7月 8日 (日)

確率論

確率論について。
いまの時代に、天寿をまっとうしたといえるくらいの長い期間、戦争や飢餓をいちども体験せず、ウォシュレットのあるような最先端の文化を享受できる確率はどのくらいあるだろう。
それに加えて、大きな事故や災害にもあわない確率はどのくらいだろう。
東京に住んでいるとつくづくそう考えてしまう。
西のほうでは大雨で大きな被害が出ているのに、東京ではどこの世界の話だいという感じ。
東北大震災のときもそうだった。
テレビで見ると、現実に大きな災害があったのに、自分の身内や知り合いに、それで死んだとか家を失ったという人はひとりもいなかった。
その後もいくつかでっかい災害があったけど、みんなわたしにはかすりもしないや。

おまえだけじゃない。
日本に生まれた団塊の世代なら、その確率はひじょうに高くなるといわれてしまいそう。
それじゃもうひとつ条件を加えよう。
こういう時代にあって、心身ともに健康で、お金持ちになりたいとか、美人の嫁さんをもらいたいというムリな願望もなく、退屈しないていどの趣味を持ち、お迎えが来るならいつでも来いって開きなおれる確率はどのくらいあるだろう。

そう考えると、つくづく自分の存在は奇跡的みたい。
奇跡、奇跡を乱発すると、こないだ死刑になったどこかの尊師みたいに、オカルトになってしまうから注意しなくちゃ。

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2018年7月 7日 (土)

Stranger Than Paradise

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「ストレンジャー・ザン・パラダイス」という映画を観た。
公開当時いくらか話題になったみたいだけど、「ラスト・ショー」や「ニュー・シネマ・パラダイス」みたいな映画が連想され、あまり観る気が起きなかったのである。

二級酒を水で薄めたような、どうにもやる気のない映画だった。
ストーリーは、ハンガリーから米国にやってきた若い娘が、いとこの若者の部屋に転がり込み、部屋のなかで意味のない会話をし、いとこの友人を含めた3人でフロリダへドライブするというもの。

出てくる男ふたりがどこにでもいそうな若者なのはいいけど、まあ、やる気のないこと。
もしかしたらゴダールの映画のように、男女の反社会的な行動や、放埓な三角関係を描いた映画かもしれないと思ったけど、べつに彼らが銀行強盗をするわけでも、桃色遊戯にふけるわけでもない。
いまどきの草食系男子ならともかく、なにかを期待するわたしの世代にはぜんぜんもの足りない。

そのまえには、テレビで「荒野の用心棒」をまた観たけど、用心棒が悪党の家に押し入り、拳銃で5、6人をあっという間になぎ倒す。
倒れた悪党の横を、飼われていた子犬がキャンキャン鳴きながら逃げていく。
映画の出来はともかく、細かいところに凝るものだと感心したものだ。
ところが「ストレンジャー・ザン」では、お金がかかってないことだけははっきりしていて、とにかくあるものだけで間に合わせたという感じ。
気の利いたセリフや、おもしろい仕掛けはまったくない。

でもこのやる気のなさに、どこかぬるま湯につかっているような心地よさを感じることも事実。
たぶん映画が制作された当時もいまも、これでもかこれでもかと、向こうから押しつけてくる映画が多すぎたせいだろう。
そしていちばん大きいのは、寝起きみたいな髪型で、終始口数のすくないこの娘の魅力かも。
べつにイヤらしい場面がなくても、ただ魅力的なヒロインを見ているだけで楽しいという映画も、たまにあるのだ。

最後に娘はハンガリーにもどることにする。
いとこは追いかけて飛行機に乗る。
帰国したと思った娘は、3人が寝泊まりしていたモーテルにぼんやりともどってくる。
それでどうなったのか。
べつにどうにもならなかったんじゃないか。
最近なにごとにも覇気のないわたしは、こういうのがユーモアであるという屁理屈をならべて、この映画を賞賛しようとは思わない。

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2018年7月 6日 (金)

ダイビングの続き

おお、そうか。
麻原彰晃クンはもうこの世にいないのか。
昨日の夜はまだ拘置所のマズイ飯を食っていたのになと思う。
またひとつ、わたしがリアルタイムで体験した事件のかたがついた。
わたしのまわりにオウムの関係者はいないから、べつに感慨もないけど、でっかい事件にぶつかった安田純平という人がすこし気のドク。

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そんなことより、タイの洞窟閉じ込め事件。
前項で、閉じ込められた少年たちを救出するのはそれほどむずかしくないだろうと書いたばかりなのに、救出にあたるダイバーがひとり死亡だって。
なにやってんだよ。
状況がよくわからないけど、そんなやばい仕事なのか。
新聞にもネットにも、だから子供にダイビングを教えようというのは危険なんて書いてあるな。
そのへんを考察してみよう。

少年たちの居場所はわかった。
ふつうなら洞窟の入り口から現場までロープを張るだろう。
現場まで5キロぐらいあり、水没したのはその一部で、現場の見取り図によると、ひとつがせいぜい数百メートル。
中にはひじょうにせまい場所もあるらしいけど、じっさいに少年たちのいる場所までダイバーが到達しているのだから、このあとはとくべつに困難な仕事とも思えない。

洞窟ダイビングの危険性についてはよくいわれる。
しかしそういうところで事故るのは、たいてい初心者が足ビレで泥をまき上げ、視界がわるくなってパニックを起こすのだ。
タイの洞窟の場合、ロープが張ってあれば盲人でも迷いようがないし、そんなところで遭難するダイバーがいるほうが不思議。

たぶん、二次災害を考慮しないタイ政府が、ボンベの搬送をむやみやたらと急がせて、疲労困憊したダイバーが犠牲になったってことじゃないか。
むかし式根島でダイビングをしたとき、そのころはダイビングサービスもいいかげんだったから、自分たちでボンベをかついで峠をひとつ越えたことがあるけど、あれはキツイ。

13人もの人間が酸欠で死んでもいないということは、どこかに外界とつながる穴があるのだろう。
それを見つけて拡張工事をするよりは、わたしとしてはやっぱりダイビング・スクールのほうが簡単に思えるんだけどねえ。

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2018年7月 5日 (木)

ダイビング今昔

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タイのほうで洞窟に閉じ込められた少年たちが発見されたというニュース。
英国人のプロ・ダイバーが発見したそうだ。
このあとは少年たちを救出するために、洞窟内で臨時のダイビング・スクール開設ってことになるらしい。
今回はこのニュースに誘発されたわたしの思い出の小箱、いや、大箱を開いてみよう。
なんせわたしは年の功で、思い出だけはそのへんの若いモンに負けないくらいたくさん持っているのだ。

むかしわたしもダイビングに凝ったことがある。
子供のころから自然科学に興味があり、クストーの「沈黙の世界」なんて映画に胸をときめかせていたわたしのこと。
成人になってから多少はまともな企業に就職して、会社のなかにダイビングの愛好会があることを知るや、すぐに会員登録をしたことはいうまでもない。

しかし、もともとしろうとの有志が、見よう見まねで始めた愛好会だったから、技術なんかたかが知れていた。
いま考えるとずいぶんムチャをしたものだ。
そこへべつの方角から、もとプロの潜水士だったというWさんが加わった。
プロの潜水士というのは、水中での土木工事などにたずさわる人という意味で、まかり間違えれば命を落としかねない危険な職業に従事していた人のことである。

Wさんのエピソードにこんなものがある。
あるときわたしたちは7、8人で同時に海に潜ることになった。
そのころにはメンバーのほとんどが、あるていど経験を積んでいたけど、なかにひとりだけ、まったくダイビング初心者がいた。
ふつうは二人づつペアを組んで潜水するのが原則だったので、この新人はWさんと組むことになった。

ダイビング機材にレギュレーターというものがある。
これは空気ボンベとマウスピースを結ぶだけではなく、深度によって空気量を調節するという大切な役割をになっている。
深く潜れば潜るほど、必要な空気量がちがってくるので、空気の残量を確認するためのメーターがかならずついている。

潜り始めてまもなく、Wさんは相棒の残り空気量が異常に減っているのに気がついた。
ベテランなら呼吸の回数までコントロールできるようになるけど、初心者はどうしても回数が多くなり、そういうことはあるらしい。
こんなときは浮上してしまえばいいんだけど、それだと水面を泳いで港までもどらなければならない。
重いタンクを背負って泳ぐのは大変だ。

Wさんは相棒の手を引いて、潜ったまま一直線に港までもどった。
その晩の酒盛りでわたしは聞いてみた。
コンパスもないのによくまっすぐ帰れましたねと。
いまではコンパスはダイバーの必需品になっているだろうけど、当時はまだ高価だったので、わたしたち全員が持っているわけではなかったのである。
Wさんは平然と答えた。
海底の砂の模様を見たんだよと。
なるほど、砂には打ちよせる波の模様が、海底でもちゃんと刻まれているものである。

さて洞窟の少年たち。
救出するのにダイビングをマスターさせるらしい。
しかし両脇、もしくは前後をプロにはさまれて潜るなら、それほどむずかしいダイビングとも思えない。
しかもマウスピースでは不慮の事故もあり得るから、フルフェイス型のマスクを使うという。
これを国家の全面支援で行うというのだから、少年たちにとっては、遊園地でジェットコースターを体験するていどのものではないか。
年寄りが自分の金で潜ろうとするほうがよっぽどむずかしいので、おかげでわたしはそれっきりダイビングの夢を断たれているのである。

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2018年7月 4日 (水)

きさくな人たち

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いちばん最近のBS「世界ふれあい街歩き」は、ニューヨークのクイーンズ地区。
だいぶむかしの再放送だったけど、あらためて観てみると、この街には高架鉄道が走っており、そのガード下に屋台が出ていたりして、なんだか香港やバンコクみたいだった。
ニューヨークだから当然かもしれないけど、出てくる人たちも種々雑多で、とてもアメリカとは思えない。
でもわたしはこの番組のファンである。
名所旧跡や有名観光地に目もくれず、ほとんどはただ街をぶらぶらするだけ、たまたま見かけたおもしろそうな場所、そのへんのおっさん、おばさんたちと会話したり、庶民的グルメを紹介する。
わたしの旅と似たようなものだ。

番組のなかにこんなシーンがあった。
通りがかりの家の芝生の庭で、どこかの家族が懇談中。
カメラがのぞきこむと、まあ、寄っていきなさいと誘われる。
人間がきさくな土地では、こういうことはめずらしくない。
わたしはむかし中国を旅していて、しょっちゅうこんな体験をした。

ここに載せたいちばん上の写真は新疆ウイグル自治区で、レストランとまちがえて民家の庭に入り込んだら、まあ、寄っていきなさいよと誘ってくれたウイグル人のお父さんと子供たち。
ウイグル語なんてわからないから、たいした会話ができたわけでもないけど、スイカをご馳走になり、お人形さんのようにかわいいウイグルの子供の写真を撮ってきた。

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2番目の写真は、門のまえに花がいっぱい咲いていたのでみとれていたら、まあ、寄っていきなさいよとお茶を出してくれたウイグルのおじさん。
オレんちの梨畑も見ていけといわれ、帰りには2、3個の梨をもらってしまった。

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3番目は、南疆鉄道のとっつき、カシュガルのナイフ屋のおじいさん。
このあたりのナイフは有名なので、ひとつ買っとくかと出かけ、まあ、これなんかいいんじゃないかと勧められているところ。
イスラム教徒の歳はわかりにくいけど、おじいさんでいいのかしら。
元気でおもしろい人だった。

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4番目は、南疆鉄道の一等寝台で、左から朝鮮族、漢族、ウイグル族、写真には写ってないけど、わたしを含めれば4カ国の呑み会のようす。
まあ、飲みましょうよと誘われて、男女いっしょくたの道づれ同士で騒いでしまったのだ。
ふだんあまり人づきあいのよくないわたしだけど、基本的にノーテンキで誘いやすい顔をしていたんだなと、しみじみ思い出にひたってしまう。

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2018年7月 3日 (火)

W杯

サッカーというか、あまりスポーツ全般に興味のないわたしだけど、今朝はW杯の中継を観ていた。
日本の相手はベルギーで、これはサッカー本場の欧州でも強豪のひとつだそうだ。
で、あまりみっともない負け方だけはするなよと思いつつ、たまたまやってきた朝刊を読む。
あまりブログのネタになりそうな事件もないようだ。
ふと顔を上げたら、もう日本が2点リードしていた。
なんじゃ、これは。

今回のW杯は番狂わせが多いよな。
ドイツが負けたのもそうだし、ロシアが勝ち上がっているのもそうでしょ。
なんかあるのかねえ。
極地に近いせいで太陽の電磁波の影響とか、KGBの秘密兵器とか。

こっちもリアルタイムでブログの更新をしようと、試合途中に文章をアップしようとしたら、ベルギーが1点返した。
あわてて文章を書きなおしているうち、また1点返されてたちまち同点だ。
もう実況中継なみの更新はあきらめてテレビに見いる。
結果は今朝のニュースのとおり。

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2018年7月 2日 (月)

漢字圏

ここに日本人と韓国人と中国人と台湾人の、4人のアジア人がいたとする。
顔を見ただけで、だれがどの国の人かを当てるのは日本人にもむずかしい。
でも文章を書かせればすぐわかる。
ハングルを書けば、これはもちろん韓国人だ。
しかし残りの3人は全員が漢字をつかう。
その漢字にひらがなやカタカナが混じっていれば、これは日本人だ。
中国人と台湾人はどちらも漢字ばかりだけど、文字をよく見れば同じ漢字でもかなり異なるのがわかる。
台湾は明治時代の日本語のような古風な漢字(繁体字)を使うのに対し、中国は日本人が見るとずいぶんいいかげんな漢字(簡体字)を使う。

ネット上には極東アジア人が作ったサイトもたくさんあるけど、中国語をすこしかじったことのあるわたしには、どの国で作られたものか百発百中だ。
べつにえらくはない。
現代ではこれはそろそろ常識だ。

中国語はすこし勉強したわたしだけど、ハングルについてはなにも知らない。
一説よると、ハングルは世宗大王という人が作らせた、すごく便利な言語だそうだ。
近世になってから、新たに考案された言語はないそうだから、そういう点でも奇跡的な言葉かもしれない。

便利はいいんだけど、おかげで韓国人は、世界でもめずらしい言語を使う民族ということになってしまった。
どこか辺境の少数民族ならまだしも、グローバル化された先進国のひとつとしては、これは不利にならないだろうか。
早い話が、まわりにだれもハングルを使う者がいないので、国際社会に打って出ようという韓国人は、英語のような国際語をべつにおぼえなければならない。
日本人だって似たようなものかもしれないけど、いちおう漢字を使っているから、文字さえみればなんとか意思の疎通をはかれる14億の国民がすぐとなりにいるのだ。
英語のわからないわたしが、なんとか中国を旅することができたのも、漢字を使っていたせいである。

韓国も漢字を使っていればよかったのに。
漢字はそのかたちが意味をあらわす表意文字で、読み方はそれぞれの国が勝手にしていいという言語だから、国際語としてこんなにふさわしいものはないではないか。
国内に言語が多すぎて、とかく齟齬をきたしているインドも漢字を取り入れてくれるとよかったのに。
そうすれば極東アジアからユーラシア大陸にかけて、大きな漢字圏が形成され、これだけで世界の人口の1/3以上を占めるから、将来は欧米人のほうが必死で漢字をおぼえることになったかも。
そうすればわたしもサムセット・モームのように、言葉の心配なしにもっとたくさんの外国を見てまわれたものを。
ちょっと自己中心的な考えでしょうか。

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2018年7月 1日 (日)

むずかしい話

むずかしい話。
何度か言及しているけど、わたしがよく読むネット掲示板は「カイカイ反応通信」と「海外の万国反応記」である。

カイカイのほうは、韓国語の掲示板を日本語に翻訳した嫌韓サイトのひとつだけど、そういうものは世間にいくらでもある。
これの特徴は、とくに親日家の多い掲示板を翻訳しており、反日家ばかりの韓国にもこんな意見があるのかという参考になる。
とくにいちばん最後のコメントに、いつもぴりっと皮肉のきいたものを選んでいておもしろい。

万国反応記のほうは、もっと広範囲なテーマを扱う掲示板を翻訳したもので、最初読んだときはアニメやゲームの話題も多く、記事もまじめすぎるような気がした。
しかし外国人の考えを知りたい人間には役に立つ記事も多いし、なおかつわたしの精神にユーモアでうったえる部分があって、いまでは欠かさずに(アニメとゲームの話は除外)読む掲示板になった。

でも、わたしにおもしろいものが他人にもおもしろいとはかぎらない。
このふたつの掲示板がわたしの嗜好と合致したというのは、かざらない本音のトークであることが大きいと思われる。
いっぽうでわたしがいまだにフェイスブックやツィッターに興味を持てない理由は・・・・ま、何度も書いてるので繰り返すのはやめとこう。

冒頭に書いたむずかしい話というのは、ネット上の無数にあるサイトの中から、偏見や中傷によらない、読んでおもしろいサイトを見つけ出すことだ。
そ、わたしのブログみたいなやつ。
えっへん。

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