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2018年7月25日 (水)

古い感想

中国のネット掲示板を翻訳した日本語の掲示板を読んでいたら、「なぜ日本軍は戦争中に故宮を破壊しなかったのか」という記事に出会った。
わたしは自分なりにその答えを持っているので、わたしならどう答えるかと自問自答してみた。

Pekin

わたしの答えとしては、日中戦争のころの日本軍は、一般兵卒はともかくとして、将校以上の軍人なら、中国の歴史に尊敬の念を持っており、歴史的建造物の貴重さをよく理解していたからと答えるだろう。
中国人からは、満州国と故宮を結びつけて、皇帝溥儀の住まいだった故宮を、日本軍が破壊するはずがないという意見もあった。
それも間違いではないと思うけど、いまわたしは日中戦争のさなかの昭和13年に出版された「戦跡の栞(しおり)」という本を自炊(電子化)したばかりだ。
これを参考に日本軍の北京入城について考えてみよう。
添付した画像は北京に入城する日本軍。

この本は日中戦争の初期、日本が快調に大陸に兵を進めていたころ、日本の将兵に戦争の進捗状況を、もっぱら日本軍の勇猛果敢ぶりに重点を置いて書かれたものだけど、あわせて中国各地の歴史的名所の説明もしてある。
北京の項では故宮、紫禁城を始めとして、北海公園、頤和園、天壇など、現代の旅行ガイドブックにもひけをとらない詳しさだ。
血なまぐさい戦争の描写さえなければ、まるで日本軍が団体で中国観光をしてるんじゃないかとさえ思ってしまう。

文学作品をひもとくまでもなく、かっての日本のオピニオン・リーダーにとって、中国の知識は必須の教養だったはず。
この本の最初に関東軍の参謀として知られた板垣征四郎の揮毫、寺内寿一陸軍大将の序などが寄稿されているけど、漢文漢籍の素養がなければとても書けるものではない。
部下に書かせたんだろうという人がいるかもしれないけど、これを買って読む兵士だって、それなりの知識がなければ読めるはずがないから、やはりこの本からは、日本人のなみなみならぬ中国への愛情が感じ取れるはずだ。
戦争末期ではそんな余裕もなくなったけど、少なくとも戦争の前半では、日本軍は故宮を破壊するような非常識な軍隊ではなかったと思う。
ずっと後世になってから現れた紅衛兵のほうがよっぽど乱暴だゾ。

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