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2018年10月

2018年10月31日 (水)

徴用工問題

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かって韓国の政治家にとって、日本は便利なサンドバックであった。
どの政治家も、どの政治家も、落ち目になるとかならず日本を叩いた。
すると支持がいくらかは回復する。
日本は韓国の政治家にとって、じつに叩きがいのあるサンドバックであったのだ。

経済政策がうまくいかず(大衆迎合主義では当然だ)、南北の和解もはかどらず(欧州歴訪でもまったく協力が得られなかった)、人気が落ち目の文在寅サンにすれば、このへんで日本叩きを始めたいと思うのは当然だ。
ただ彼の場合は就任当初から反日を鮮明にしていた大統領で、もうあらかたのところは叩いたあとだから、それ以上ということになると、どうしても叩き方は過激にならざるを得ない。

とうとう彼は、もと徴用工への賠償だなんて、わたしの生まれるまえの事件をぶり返してきた。
ぶり返したのはオレじゃなく国民だというかもしれないけど、ずっと反日教育を続けてきて、いざとなればかんたんに扇動できる国民を育ててきた政治家にも責任はある。
アノ朝日新聞でさえ批判的な論調だから、これはそうとうにムチャな申し立てにちがいない。
慰安婦財団も一方的に解散だというし、先日の観艦式では旭日旗をかかげるななんて言い出すし、ここんところの韓国は本気で日本に宣戦布告でもしようという態度。

でも韓国のマスコミは、日本に冷静さを求めている。
ケンカを売ったほうが冷静にというのも変な話だけど、徴用工問題で日本が無視したら韓国はなにもできない。
できないことを騒いでいるのだから、これではやはりいつものパフォーマンスであることを、韓国みずからが証明しているようなものだ。
日本がいつまで便利なサンドバックでないことがわかったら、文サンにつぎの一手はあるんだろうか。

ここんところカタイ話題ばかりだから、サービスとして2年前のハロウィンの写真を載せておく。
今年は見物に出かける予定ありません。

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2018年10月30日 (火)

メルケルさん

今朝の新聞の1面トップは、ドイツのメルケルさんが首相を辞めるってことだけど、彼女はずいぶん長かったねえ。
調べてみたら2005年からだから、13年間も首相を務めていたわけだ。
日本の安倍クンも長いけど、彼は通算したって7~8年だ。

この間ドイツの顔として、メルケルさんがあらゆる国際会議で先頭に立っていたことは忘れることができない。
彼女の最大の功罪が難民の受け入れ問題だ。
ドイツとフランスが主導してEUが難民の受け入れを決めたとき、日本はその方針に加わらなかった。
どうして受け入れないのかと、メルケルさんが安倍クンを非難がましく見つめると、安倍クンのほうはもにょもにょとごまかしてしまった。

しかし恥を忍んで、日本は日本の行き方を押し通すという安倍クンの方針が、ようやく実を結んできたような気がする。
難民を移民として受け入れることが人道的観点からほめられることであったとしても、これがやがてメルケルさんのクビを絞めることになるのだ。
いまやあらゆる国で移民の行き先はなく、安倍クンのもにょもにょが世界中から称賛される時代だ。
メルケルさんが海辺に築いた理想の塔が、現実という荒波に浸食されて崩壊したといえる。

わたしには安倍クンの行き方が正しいかどうかわからない。
いまの日本は人手不足だ。
だから移民を受け入れろとというのは簡単だけど、この不確かな時代、将来不景気になって人があまるようなことになったら、どう落とし前をつけるのか。
不景気だからお帰りくださいでは移民のほうも困るだろう。
どう見ても日本で働く外国人は増えているのに、たてまえとして移民の受け入れを制限する日本政府のやり方は、ずるいけどいちばんいい方法かもしれない。

夕方になったら、もうネットにも夕刊にもメルケルさんの文字がないね。
彼女の退陣にはまだ紆余曲折があるってことかしら。

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2018年10月29日 (月)

ウエブ毎日

今朝のウチの新聞には安田純平さんの記事がない。
いくら書いてもますます新聞の値打ちを落とすだけだと悟ったのか。
そのかわりウエブの毎日新聞に「安田さん解放/自己責任論に海外経験者ら反論」という記事があった。
登山家の野口健さん、サッカーの本田圭祐、野球のダルビッシュなどの投稿を取り上げて、つまり純平さんを自己責任論で攻撃するのはおかしいというんだけど、この投稿をひきあいに出して文句をいっているのは、香山リカだとか、津田大介といった、反安倍政権の論客ばかりだ。
これで公平な意見が期待できるだろうか。

時がときだから、前記の野口、本田、ダルらの投稿の中に、純平さんを擁護しようという意味があったかもしれない。
しかし彼らは、一般論としてジャーナリズムの使命や、海外で邦人が厄災に遭った場合の、日本政府の対応についていっている。
だれも日本政府をボロくそにけなして行っていいとはいってないのである。

わたしだって生の現場からの報告が大切なことぐらい知っている。
しかし危険だからやめろという政府の引き止めが間違っているとも思わない。
今回の事件では、日本政府は最初から(出発まえから)最後まで、政府としてやるべきことをやった。
それに対して、まるで共産党か朝日新聞のような言い方で政府をけなし、強引に出国して、挙げ句の果てに自分がけなした相手に救出され、帰国してからも姿勢を改めないとしたら、それはやはり問題ではないか。
純平さんがかりに現地からルポを送ってきたとしても、どうせ捏造や偏向があるんだろうと思われて、これではジャーナリストとしても失格だ。
日本政府が、世間にはこういう人間もいるんだよなと考えて、費用も請求しないとすれば、そっちのほうがよっぽど大人である。

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2018年10月28日 (日)

花火

Exit

ネットで見つけた花火の写真。
みごとな写真である。
プロなみと書こうと思ったけど、最近はしろうとですごい写真を撮る人がいるからわからない。

ところでこの写真、花火がぜんぶで9コ写っている。
9コの花火がこんなにタイミングよく、いっせいに満開になるだろうか。
ひょっとするとこれは多重露光というテクニックを使ったのかもしれない。
つまり1枚のフィルムに、べつべつの花火を9回写しこんだのではないかということだ。
手間はかかるけど、フィルムをから送りできるカメラなら誰にでも出来る。
いまどきフィルムカメラを使う人はいないかも知れないけど、フィルムをデジカメの撮像素子に変えれば同じことだ。

昨夜は調布の花火大会だった。
わたしもこんな傑作を撮ってやろうと出かけてみたけど、考えてみたらそりゃ無理。
わたしのカメラはミラーレスのデジカメなので、から送りなんて気のきいた機能はついてない・・・・
と思ったところで気がついた。
いまはデジタルの時代ではないか。
現場で多重露光できなくても、部屋でパソコンさえあれば、自由自在に画像を重ねることができるのだ。

0830

というわけで、部屋でやった多重露光がコレ。
ゆめケッサクだなんて思わないこと。

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2018年10月26日 (金)

またまた純平さん

もう純平さんのことは書かないことにしようと思っていたけど、今朝の新聞を読んでいたら猛烈に腹が立ってきた。
どうしてウチの新聞は真実を書かないのか。
朝日新聞が反体制側の肩をもつ記事しか書けない理由はわかるけど、どうしてしろうとにでもわかるような馬鹿げたことを書くのか。

今朝の朝刊では解放された純平さんが、拉致されているあいだにいかにひどい虐待にあったか、苦労したかなどということを強調しているけど、髪をぼうぼうにしていることをのぞけば、本人の体のどこにも傷やアザが残っておらず、体調も3年間せまいところに押し込められていたにしては、いたって健康そうに見える。
朝日新聞に不信感を持ってない人でもそう思うだろう。

これはマズイと思ったのか、本人の発言もしくは新聞の書き方が、体に痕跡を残さない虐待方法に微妙に変わってきた。
身代金も本人にいわせると、日本政府もカタール政府も支払ってないということだけど、これだっておかしいということは誰にでもわかる。
安易に身代金を払えば、真似をする組織があらわれて、けっきょく兵士やジャーナリスト、観光客が危険にさらされることになるから、身代金は払わないというのが国際的な合意になっている。
これはひっくり返せば武装勢力の側にもいえることだ。
身代金を払わないのに無事に解放することがあるなら、どこの国もそんなものは払わなくなり、連中の商売は上がったりだ。
他へのみせしめのためにも、殺して砂漠に放り出すほうが簡単なのに、なぜ連中はそうしなかったのだろう。

勝手な想像だけど、オレは金づるだぜ、オレをネタにして日本政府から金を脅し取ったほうがいいんじゃないかと、純平さんが武装組織と取引をしたというほうが、ずっと現実味がある。
ヤラセの可能性までは踏み込まないけど、命乞いのために、彼のほうからそう持ちかけたということは考えられないだろうか。

新聞には、日本政府の対応が不鮮明だとある(朝日新聞の常套句だ)けど、あとあとのためにも、人質事件の対応をこと細かく説明できるものではない。
むしろ純平さんのほうになにか隠し事があるんじゃないかという気がしてしまう。
拉致されているあいだの状況について、饒舌すぎるくらいぺらぺらと話しているのは、さすがはジャーナリストというべきか。
あらかじめ自分の都合のいい返事を用意していたんじゃないかという疑念が晴れないけど、それならそのうちボロが出るだろうから、ほうっておくか。

どうも純平さんは、日本政府にすなおに感謝するつもりがないらしい。
感謝するのは本人だから、本人がしたくないというなら勝手だけど、わたしが腹を立てているのはウチの新聞の書きようだ。
国外で邦人が危険にさらされた場合は、救出に全力を上げるのが政府の仕事だなんていっておきながら、出発するとき危険だからやめろと引き止めたことにはぜんぜん触れようとしない。
ぬけぬけと帰国する純平さんを、きのどくな被害者のように書く今朝の新聞を読んで、あ、また血圧が上がった。

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2018年10月25日 (木)

また純平さん

今日の新聞も純平さんがでっかい記事だ。
少しづつ情報が入ってきているようで、なぜ解放されたのかということについて、憶測もまじえて、いろんな人がいろんなことをいっている。
ずけずけいっちゃ申し訳ないけど、わたしにはなぜ解放されたのかではなく、なぜ殺されなかったのかというほうに関心がある。

トルコで殺されたサウジの記者を例に出すまでもなく、あのへんの国では人間の命なんて飼われているヒツジの命より軽いのだから、武装勢力が本気なら、解放するより殺して砂漠に放り出すほうが簡単だ。
にもかかわらず3年間も宙ぶらりんで生きていたということは、武装勢力のほうには、あまりやる気がなかったということになる。
新聞には識者の意見として、純平さんと武装勢力のあいだで、コミュニケーションが取れていたのではないかというものがあった。
これはなかなか意味深長な意見だ。

深長な意味はとりあえずさておいて、無事解放というのだから、やはりいくらかでも身代金を払ったと思うほうが納得しやすい。
たぶん、いやぜったいに払っているだろう。
じっさいの交渉はカタール政府がやったとして、国際情勢がシリア政府軍に有利な現状のままでは、反体制側の武装勢力に分はないから、おそらく連中はそうとうに値切られたんじゃないか。
いくらに値切ったのか、またそれを日本政府が出したかどうか知らないけど、日本がカタールに大きな借りを作ったことは事実である。

問題は帰国したあと、純平さんがまた性懲りもなく、外国に取材に行くなんて言い出さないかということだ。
いいかげんにしろ、今度拉致されたらもう日本政府は面倒みないからなと、これは一般の人もおそらく同じ考えだろう。
じつは彼は過去にも何度か拉致されている。
今回の拉致のまえにも同じことをいわれていたはずなのに、現地の状況をじっさいに見て報道するのは、ジャーナリストの務めだとかなんとかいって、強引に出発した。
そこまでなら見上げたこころざしで賞賛に値するんだけど、ついでに日本政府はいらぬ口出しをするなとか、取材のじゃまをするのが安倍政権なんて余計なことをほざいていった。

国民が危険な国へ行こうというのを、日本政府が強引に止めようとするのは、そんなに非難されることだろうか。
制止をふりきって、勝手に出て行くのはかまわない。
そのかわりとうぜん自己責任であるべきなのに、結果は今回のざまである。
命乞いをしているときのみじめな自分を肝に銘じ、また行きたいなら余計なことはいわずに行ってほしいやね。

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2018年10月24日 (水)

純平さん

今朝の新聞の一面トップに、でかでかと安田純平さん解放のニュース。
なにもウチの新聞のおかげで解放されたわけじゃあるまいに。
また日本政府がポイントを稼いだわけだから、どっちかというと朝日新聞にはおもしろくない事件だったんじゃないか。

それにしても不可解な事件だよな。
日本政府は身代金を払ってないといってるけど、それならどうして無事に解放されたのか。
そもそも安田純平という人は、危険だから行くなという政府の言い分を無視して、無視するだけではなく、いいたい放題に日本政府をののしって出発したという経緯がある。
このときの発言をみるかぎり、ジャーナリストというより、筋金入りの左翼主義者であるとしか思えなかった。
しかもISならとっくに首を切られているはずが、殺すぞ、殺すぞと脅かすだけで、だらだらといつまでも殺さない。
おかげでネットには、身代金ををテロリストと山分けにするためのヤラセじゃないかというような、ひどい意見まで飛び交ったくらいだ。

中東ではこれまでに文民警察官や記者など、多くの人がテロの犠牲になっている。
だから純平さんが殺されたとしても、おおかたの人はやっぱりと思うだけで、これが政府批判につながるとも思えない。
日本政府が無理して救出する理由もないわけで、それなのに五体満足のまま解放されたということは、あせったテロリストの側が、身代金を大幅にダンピングしたってことだろうか。
ここまで値下げするなら、まあ政府のポイントにもなるわけだから、よし払ってやろうということかしら。
もちろん身代金を払ったなんてことが知られると、国際的にも外聞がわるいので、そのへんは内密にってことで。

どっちにしても純平さんがどんな顔をして帰ってくるか、けだし見もの。
喉もと過ぎれば熱さを忘れるというやつで、彼が日本政府に感謝の意をあらわすとは思えないんだけど、幽囚記でも書けば彼にはいい稼ぎになるわけだから、ぜひ書いてくれ。
わたしは真実を知りたい。

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2018年10月23日 (火)

ある阿呆の一生

かりに、わたしが明日死んだとする。
波乱に富んだわたしの人生を小説化しようという人が(いないと思うけど)いたとして、あちこち取材にまわったとする。
すると聞こえてくるのは悪評ばっかりだ。
生前のわたしを知っている知り合いたちはみんな、あんなひでえ人間はいなかったよと太鼓判を押す。
自分だけが特別だと思って、まわりをバカにする。
なににつけても反対ばかりしていて、協調性がない。
友情なんてまったく持ち合わせず、女をみるとすぐくどく。
独身貴族をいいことに、自分は自由旅行で外国に行ったと自慢する。
ブログなんかやって、いかに自分が高尚な人間であるかを吹聴する。

知り合いばかりじゃない。
わたしの親族や親戚に聞いても、同じような回答が返ってくるだろう。
あんな不義理な人間はいなかったよ。
冠婚葬祭にもほとんど顔を見せないし、葬式にだって義理を欠いて平然としている。
身内に対しても、債権があれば容赦なく取り立てる。
まったく人間としてのなさけ深さがない。
あいつは鬼だ、悪魔だ、犬畜生だ。

やれやれ。
死人に口なしで、死んだあとこんなふうにボロくそにいわれるかと思うと、死んでも死に切れんね。
わたしの屈折にだってそれなりの理由があるんだぞ。
でもまあ、いいか。
見守る人もなく、どこかで勝手に野垂れ死するのがわたしの望みだ。
他人の墓に興味がないのと同じくらい、自分の墓にも興味がないのだから。
小説のエピローグはわたしが考えてやる。
『彼のひねくれた性格を分析し、理解する人間は、ついにひとりも現われなかった』なんてのはどうだ。

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2018年10月22日 (月)

今日の新聞

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トランプさんが暴れまくっている。
今度はINFから脱退だって。
もうそんなもんに付き合っちゃいられんよと、極東の島国の一庶民であり、未来のことを心配しなくちゃいけないほど若くもない当方は、勝手にやっとくれのスタンス。

ほかになにかニュースはないかと、今朝の新聞をながめる。
1面にはトランプさん以外に、外国人抜きでは仕事がまわらないという見出し。
そうか、だから先日散歩に行ったとき、公園のなかで道路工事をしていて、その入口に立っていたのが金髪の外国人だったのかと思う。
どこの国の人だったのか聞いてみなかったけど、ラテン系なら、こんな楽な仕事はないと幸せを感じているんじゃないか。
交通整理のガードマンなら、会話能力も必要ないし、日本に永住したい外国人の、とりあえずの仕事に好適だ。
そうやって食い代を稼いで、そのうち日本の娘でもひっかければ、彼もめでたく日本移籍が完了だ。

文句をいう人もいるだろうけど、もはや移民の大攻勢は、とどのつまりの世界的な民族大移動は、だれにも止められやせんよ。
アメリカだって、とっくに純粋白人なんていなくなっているんだし、トランプさんも一過性のあだ花で終わるに決まっている。
米国の富裕層に冷水でも浴びせられれば、彼の存在にも意義があったということになるけれど。

ほかに新聞のかたすみに、キューバの歌姫オマーラ・ポルトーンドさんの記事。
映画「ブエナ・ビスタ」で日本でも人気が出て、来日が17回、熱烈な日本ファンだそうだ。
なるほどねと、それは嬉しいことだけど、わたしのまわりに彼女の話をできる知り合い皆無というのがつまらないね。

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2018年10月21日 (日)

コスモス

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昨日はひさしぶりにブログの更新を休んだ。
何をしてたかというと、月にいちどのパソコン同好会の日で、終わったあとそのまま飲みに行ってしまったのだ。
帰宅してから「今日は眠いからブログ更新を休みます」と一行だけ書いて、それで更新をしたことにする手もあったけど、それも姑息。
いさぎよく休んでしまえと、どうせ一文にもならないブログだ。

今日は知り合いと立川までコスモスを観に行ってしまった。
昭和公園は入口からコスモス園まで、往復で5~6キロありそうだ。
いいかげんくたびれて、帰宅すると同時にベッドにころりとなるところ、2日続けて更新を休むのは具合わるいだろうと、いま必死で更新をしたところ。

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2018年10月19日 (金)

大沢の古民家

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とつぜん季節はずれの写真でおどろいた人がいるかも。
昨日の新聞に、大沢の里の古民家が来月から一般公開されるとあった。
この民家はわたしの散歩コースの途中、ほたるの里のわきにあって、この写真の正面の樹木の向こう側にあるんだけど、生垣にかこまれているので、これまで建物を紹介することができなかった。
それでもわたしにはおなじみのところだ。

このふきんは、春にはレンゲ畑にコイノボリがひるがえり、夏にはホタルがちらほら、小さな水田ではザリガニが釣れ、ワサビ田には白いカラーの花が咲き、おまけに大沢の水車小屋まで呼べばとどく距離にある。
童謡唱歌にうたわれた昭和のむかしを知っている人には、すごいノスタルジーを感じられるところなのである。

わたしはこの民家の庭にある小さな池に、サワガニまでが棲んでいることを知っている。
一般公開のおかげで、大勢の人が押し寄せるのが目に見えているので、彼らの生息環境までが激変しないよう祈るばかりだ。
とりあえず本格的な紹介は来月になってからしよう。

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2018年10月18日 (木)

理性と狂気

嫌韓家、反日韓国人のなかには、たがいに相手を「あいつら」とか、「やつら」呼ばわりするのがいるけど、わたしはそれだけで、もうそういう意見には耳をかさない。
韓国人のなかにも理性的な人はいる。
ウソだと思ったら、ネット掲示板の「カイカイ反応通信」の最新記事を読んでみればよい。
ここでは理性と狂気がガチンコ勝負だ。
もちろんわたしは日本人だから、どうしても日本の考え方を理性としてみてしまうけど、公平にみてもここでは理性派のほうに分がありそうだ。

たとえば日本人は過去に何度も謝罪しているではないかという意見。
実例を挙げて主張しても、相手はかならず、こころから謝罪していない、謝ったあとですぐに反対の行動をとるではないかとくる。
これではキリがないから、もっとわかりやすい例を挙げよう。
なぜ韓国人は日本に対して謝罪を要求するのに、朝鮮戦争で日本よりずっと多くの被害者を出した北朝鮮には、それを求めないのか。
この質問に韓国人がきちんと答えたのを聞いたことがない。

注目すべきは、これが韓国人同士の論争であることだ。
「カイカイ」は韓国の掲示板を翻訳したものだけど、ひょっとすると日本に味方する意見は、韓国人になりすました日本人が書いたものかもしれない。
しかし韓国語に堪能な日本人が書いたとしても、それがそんなに多いとは考えられないから、やはり日韓問題を公平に考えようという韓国人も多いのだろう。
それが大勢にならないから狂気というのだ。

ついこのあいだの旭日旗問題でも、日本はおとなの対応をして、かえって韓国のほうが異常であることを、世界中に知らしめてしまった。
狂気を相手にするのに狂気をもってすると、どちらも同じレベルと思われてしまう。
嫌韓家も相手を口汚く罵倒するだけではなく、「カイカイ」にあるがことく、もっとおだやかに理論的に話してほしいものだ。

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2018年10月17日 (水)

バレエ

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もう20年以上まえの話だけど、わたしの知り合いにバレエを習っている男がいた。
本来はスポーツジムに通っていたんだけど、そこにバレエ教室があるのを知るや、ある日から突然そこへ通いだしたのである。
わたしがジムのサウナで汗を流しているとき、彼は大きな鏡のある部屋で、足を大きく開いて、アンドゥ、トロゥなんてやっていたわけだ。
まわりは美少女ばかりだから、なにか不埒な考えがあるんじゃないかと疑ったけど、本人はいたってまじめなもので、エアロビクスの代わりなんだという。
ま、泥棒や人殺しでないかぎり、自由主義の日本で、他人がなにをやろうと本人の勝手である。
ちなみに彼はわたしとあまり変わらないトシで、しかも独身だった。
そういう男が股間もっこりのタイツをはいて、バレエをやっているのはそうとうに奇観で、わたしも変人だといわれているけど、とても彼の真似はできない。

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そんなことはさておいて、最近バレエや歌劇のテレビ中継に凝っている。
ずっとむかしに映画館でシネマ歌舞伎というものを観て、鮮明な画質と、まるで劇場にいるような臨場感に感心したことがあるけど、テレビ放映されているバレエも、大きな画面で最新のデジタル画質で観るとなかなか迫力がある。

ということで、BSで深夜に放映されるバレエ(先日は歌劇まで)を録画して、ブルーレイで保存しているのだ。
古典的なバレエ「海賊」「ジゼル」だとか、現代的にアレンジされた「真夏の夜の夢」、創作バレエの「フランケンシュタイン」、モダーン舞踊に変身した歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」など、ライブラリーは増える一方だ。
ガラにもないといわれるかもしれないけど、むかしから野球やサッカーよりは、こういうものが好きなのだよ、わたしって。

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グーグルづくし

先日、わたしのパソコン・モニターに、グーグルからお知らせが表示された。
あなたはグーグル愛用者として認定されましたということで、質問に答えていただければ、iPhone、iPad、Galaxy(スマホ)のいずれかをプレゼントしますだって。
グーグルの愛用者というなら、わたしにもその自覚があるから、ゔん、選ばれても不思議じゃないなと納得。
iPhoneは持っているからいらないけど、iPadの新しいやつなら欲しい。

で質問をみたら、グーグルの創設者は以下の3人のうちのどれでしょうだって。
ビル・ゲイツでないことはすぐわかったけど、あとの2人のうちのどっちだっけ。
こういうときはすぐにグーグルで調べるのだ。
グーグルの質問をグーグルで調べて、答えはすぐにわかったものの、残念、時間切れで回答時間は過ぎてしまった。

ここまで読んでおかしいと思ったあなた。
あなたの疑念は正しい。
いくらなんでもそんなオイシイ話があるか。
だいたいグーグルとアップルは、スマホのOSをめぐって仇同士のはずで、そんなグーグルがなんでiPhoneやiPadを景品につけるんだよ。
またグーグルで調べてみたら、どうも各地で暗躍している怪しい物件らしい。
そのうちあんたのうちのパソコンにも表示されるかもしれないから、くれぐれもオイシイ話に飛びつかないことだ。

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2018年10月16日 (火)

焦り

なにやらフェイスブックがごたごたしてるな。
そんなものに興味はないというわたしの先見性が認められたようなものだ。
そりゃわたしだって、いちおうは会員だ。
しかしゼッタイ必要でないかぎり、SNSに本名で登録しないというポリシーを守っているから、アカウントが洩れたぐらいでじたばたせんよ。
わたしが投資家なら、FBの株はぜったい買わんね。
破滅の兆候はすでにあらわれている。

FBができて間もないころ、わたしも試しに会員登録を申し込んでみたところ、だれか紹介者はいますかと訊かれ、そんなものはいないと答えたら、それだけでダメですといわれてしまった。
けっ、お高くとまりやがって、ということはこのブログに書いたことがある。
それがどうだ。
最近ではいちにちに三つも四つもお誘いのメールがくる。
これこそFBが落ち目の明確な証拠で、ザッカーバーグ君もそうとうに焦っているらしい。

この世界、できるだけ大勢の利用者を囲ったほうが勝ちだけど、マイクロソフトやインテル、グーグルのような企業なら、利用者にも実質的な利益がある。
それがクリックひとつで友達が一丁上がりだなんて、虚業そのものではないか。
友達が千人いると自慢したって、困ったときに金を貸してくれる相手がそのうちに何人いるか。

新しいSNSは雨後のタケノコのようにつぎつぎと登場する。
わたしの知り合いはLINEに夢中で、SNSギライのわたしにまで熱心に勧めてくる。
FBにこだわる必要はぜんぜんないわけだ。
インスタグラムがFBの牙城をおびやかそうとしたときは、ザッカーバーグ君はこれを丸ごと買収して事なきを得たけど、後発のSNSをみんな買い占めるわけにもいくまい。
おそらく5年後には、FBは地上から消滅しているだろう。

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2018年10月15日 (月)

今日の新聞

気のドクな朝日新聞が、今朝の朝刊で取材と検証、浮かぶ真相なんて特集をしている。
特集でもなんでもやってもらっていいけど、アンタにだけはいわれたくないって意見が殺到してるんだろうなあ。
この特集で、キャスターと映画監督がいっていることは当たり障りのない意見で、いちゃもんをつけようって気にならないものだけど、その下と裏側の見開きをいっぱい使って、あ、またモリカケだ。
政府が隠し事をするからイケナイって論調はもう聞きあきた。
そりゃ平和が続けば役人も怠慢になる。
権力者におもねるのが習性の彼らにしてみれば、トップのご意向をあらかじめ忖度することもありうる。
それをあばくのが新聞の役割といわれればそのとおり。

しかしそうした役人をクビにし、反省させれば、それでもう終わりでいいではないか。
いくら追求したって、首相のクビまでは飛ばせそうにない案件にこだわって、ほかの問題を扱うべき紙面をムダに費やし、挙げ句の果てに朝日の記事は信用できないと思われて、いったいなにを考えてんのか。

PS, 今日は忙しいので、また安直にウチの新聞をネタにしました。

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2018年10月14日 (日)

今日という日

豊洲市場がオープンしたそうで、行きたいなあと考えている。
でもまだ混雑しているだろう。
そのうち平日の早朝に(もちろんマグロの競りを見るため)ふらりと出かけてみよう。
ついでに回転寿司を食ってくるのだ。
先日、御徒町で回転寿司を食ったけど、こういうものは東京湾に近ければ近いほど美味しいようだ。
わたしの住んでいる三鷹より御徒町のほうが美味しかったし、御徒町より豊洲のほうが東京湾に近い。
御徒町の寿司屋なんか韓国人、中国人、その他の外国人でいっぱいだった。
こんな国に生まれた幸運にしみじみ感謝しつつ、今日のブログ更新は終わり。
また知り合いのビデオ編集を引き受けちゃって、夜はひと晩中それにかかりっきり。
昼間はめっきり涼しくなったので、熟睡しちゃって、頭がぼんやり、認知症にあと一歩だ。

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2018年10月13日 (土)

未来社会

わたしの愛読している「カイカイ反応通信」というサイトに、中国の過激な監視社会ぶりが取り上げられていた。
顔認識カメラ、特殊認識サングラスなどの最新のIT機器や、インターネットの監視と使用制限など、ジョージ・オーウェルが未来の監視社会を描いた「1984」という小説そのものだ。
でもべつにおどろくことではない。
中国の場合、一党独裁だからやりやすいというだけで、遅かれ早かれ、これはすべての先進国の未来である。
監視されるのがイヤだという人は、いまのうちにサバイバル技術でもおぼえて、どこかの無人島にでも脱出するしかない。

この中国の行き方に問題があるとすれば、国民の数が多すぎてデータ分析がおいつかないことかも。
かってのソ連も監視社会で、外国人なんか徹底的に監視されていたけど、そのころは人の力で分析していたので、違法外人を突き止めたころには、本人はとっくに出国していたという。
現在はコンピューターだから、監視社会も本物になってる可能性がある。

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2018年10月12日 (金)

特異さ

べつに嫌韓してるわけじゃないんだけど、なぜか韓国に関する話題が多くなってしまうこのブログ。
それだけ隣国であるあの国の特異さが目立っているということなんだろうな。

旭日旗が問題化されて日本は韓国の観艦式に不参加を決めたけど、ではほかの国はどうしたのかって、これはどうしても気になる。
今日のウチの新聞だけではそのへんが不得要領だ。
でもネット記事を集約すれば、それが嫌韓サイトである場合を考慮しても、おおよその見当はつく。
自国の軍艦旗をひっこめた国は少なく、おおかたの国は軍艦旗と、韓国の太極旗を同時掲揚したらしい。

気になることは書いてないくせに、ウチの新聞には、韓国が日本に対抗して、日本がイージス艦や大型輸送艦を導入するたびに、あちらも同じ装備を整えてきたなんて書いてある。
イージス艦はメンツだけで揃えられるもんじゃないってことがわからんかねえ。
日本に対する恐怖は、左傾がかっている文さんにはとくに強いんだろうけど、無理に無理を重ねて、韓国は自ら国力を消耗しているようにみえてしまう。

この記事のすぐとなりには、中国人の対日感情、大幅に改善という記事があった。
訪日経験のある人ほど、日本に好印象をもつ人が増えているんだそうだ。
ちなみに訪日外国人の数で、中国と1、2位をあらそうのが韓国である。
やっぱりあの国の特異さが・・・・

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2018年10月11日 (木)

築地

Photo

今日が伝統ある築地市場の最後の日だ。
そこでは早くも解体工事が始まっているそうである。
1年後には築地の建物はあとかたもなくなるだろう。
10年、20年後には、築地のあったことすら人々の忘却の彼方ではないか。
老兵は消えゆくものだけど、わたしはどういうわけかそういうものにつくづくとノスタルジーを感じてしまうほうだ。

ということで、建物がなくなるまえに写真でも撮りに行こうかと思ったけど、メンドくさい。
そこでまたグーグル・ストリートビューのお出ましだ。
いまならまだ築地かいわいの全方位写真がアップされている。
これもやがて新しい写真に差し替えられることは確実だから、まえにも書いたとおり、グーグルは古い写真もデータベース化して、いつでもだれでも見られるようにしてほしい。

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まだまだ

夕刊を見たら、世界同時株安だって。
でも活字の大きさからするとまだそれほどの危機感はないみたい。
原因はなんだというと、やはりトランプさんみたいだな。

いったいトランプさんの綱渡りはどこまで続くのか。
彼の人気を失墜させるのは簡単なことだ。
アメリカが不況になればよい。
メキシコとの国境に壁を作れば、あるいは中国に高関税をかければ、その結果はアメリカ国民の生活を直撃する。
こうなるとアメリカの絶不況は確実だ。

といわれてるのに、まだそんなふうにはなってないね。
今日の株安がその発端にならんかしら。
でも中国や韓国が失墜する、失墜するといわれながら、いまだに無事でいるという例もあることだ。
もうすこし長いスパンで見る必要がありそう。

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2018年10月10日 (水)

今日の夕刊

本日の夕刊の文芸・批評欄に、國分功一郎サンという人がムズカシイことを書いている。
こんなムズカシイことに反論するのはむずかしいけど、認知症予防のためと考えて、あえて反論してみよう。
なに、わたしの文章はそんなにむずかしくない。

國分サンは、民主主義は平等が原則だけど、これに加えて同等という原則が必要なのだという。
平等という原則を通すためには、それを履行する者、つまり政治家は民衆と同等の存在でなければいけないという。
ここまでは、わたしもそんなものかなと思ってしまうけど、この先がウチの新聞の論調になってしまうのがキライ。

國分サンは、「生産性がない」なんて発言する国会議員は、平等という概念からほど遠い、ようするに民衆と同等ではないという。
ものの考え方が民衆と一致しなければ、同等とは認めないらしい。
誰もかれもが同じ考えを持たなければいけないというのは、わたしみたいな変人には耐えられないことだ。

国会議員なんて、しょせんわたしたちの成り上りである。
わたしたちと同じレベルの人間にそんな御大層なことを求めたって。
日本の社会はわたしたちと同等の人でも平等に政治家になれるし、雲の上ではなく、わたしたちの目線で政治をしてもらえればいいというのが、国民のコンセンサスではないか。
「生産性がない」というのも、(一個人の発言としては)わかりやすくていい。
政治家がみんな民主主義の内在的欠陥なんてことをいいだしたら、ちょうどいまの世の中といっしょで、屁理屈ばかり、なーんにもことが運ばないということになりゃせんか。

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ライオン

ライオンというと、かっては百獣の王と称されたことがあった。
1対1でケンカをしたら、そりゃ、ゾウのほうが強いけど、ゾウは好んで他人にケンカを売るような動物ではない。
となると、やっぱり百獣の王にふさわしいのはライオンということになるだろう。

すべての動物に君臨し、愛情こまやかで、子供をいつくしむ。
擬人化すれば人間の模範にさえなる。
ところが近年、そんなライオンのイメージが転換しつつある。
じつはライオン社会では、子殺し、同胞殺しがめずらしくないことが、ドキュメンタリー番組などで次第にあきらかになってきた。
先日の「ワイルドライフ」という番組でも、おとなの雄に殺される若いライオンや、逃げおくれてまわりからオモチャにされたあげく、殺される可愛らしい子供ライオンが出てきた。
ついでといっちゃナンだけど、ハイエナに噛みつかれてひいひい逃げまわるライオンまで。

これが自然の当然の掟かも知れないけど、手塚治虫大先生がいまの時代に生きてれば、はたして「ジャングル大帝」で、ライオンを理想の王者として描いたかどうか。

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2018年10月 9日 (火)

今朝のニュース

やっぱり日本は北方四島の返還なんて望んでないみたいですよ。
ロシアが誠意ある対応をしても、もうとにかく一括返還にこだわって、韓国が慰安婦にこだわるのといっしょ。
いつまでも政治問題にしておきたがるだけなんです。
せっかく日本との関係改善を図りたがっているあなたのクビが飛んでもおかまいなし。
どうも極東アジア人というのはそういうものらしいですな。

と、プーチンにアドバイスしたい。
今朝のネットニュースに、ロシアが日本に配慮して、北方四島での軍事訓練を中止したという記事があるのを見ると。

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2018年10月 8日 (月)

ヘトヘト

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涼しい。
散歩に好適だというので、上野まで藤田嗣治展を観にいく。
今日は展示の最終日だからすいているかと思ったら、やっぱり混んでいた。
おかげでヘトヘトになって帰ってきて、本日の更新はこの写真だけ。

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2018年10月 7日 (日)

1枚の写真

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今日はいい天気につられて、また葛西臨海公園へ。
帰りにイッパイやって、帰宅するともう眠くて眠くて。
そういうわけで本日の更新はこの写真だけ。

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2018年10月 6日 (土)

まよい

NHKのBSで放映している「新日本風土記」という番組が好きだ。
お祭りや冠婚葬祭など、日本人の伝統的な生活ぶりがよく取り上げられるけど、子供のころのことを思い出してなつかしい気持ちになる。
そうやって古くから伝わる日本人の生き方にかぎりない愛着を示すくせに、一方でわたしぐらいそういうものに反抗的な人間もいないのだ。
この矛盾はどこから来たのだろう。
いったいわたしはどこで間違えたのだろう。
愛着を示すわたしにも、反抗するわたしにも、自分では是非がつけられない。
いったいどちらが本当のわたしなのか。
わたしにはわからない、わたしにはわからない。

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2018年10月 5日 (金)

最善の方法

自衛隊が韓国の観艦式に出席しないことを決めたそうだ。
ネット上にはこの結論をめぐって、勝ったの負けたのと議論がかまびすしいけど、これは双方のメンツをつぶさない最善の方法じゃなかろうか。
そちらがそういうなら旭日旗の掲揚はやめましょうといったら、日本は世界の海軍で通用しているルールを、自ら破ることになる。
ゴリ押しして旗を掲げたまま観艦式に参加したら、韓国の政権は、それこそローソク・デモの対象だ。
いちばんホッとしているのは文在寅さんに決まっている。

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万能辞典

タブレットをわきに置いて夕刊を読む。
わたしは社会面から読むくせがあるんだけど、そこに陸前高田でエゾイシカゲガイという貝が復活というニュースがある。
記事によると、酢飯に合う寿司ネタに好適な二枚貝らしいけど、そんな貝のことは聞いたことがない。
自称ナチュラリストとしては恥ずかしいことだから、すぐにタブレットで調べてみた。
グーグル検索で写真をながめると、形状はアカガイのようで、大きさは大型のハマグリぐらいありそう。
これで肉厚で美味しいというから、あ、回転寿司に行きたくなってきた。

5面には「描かれた人生」という映画のことが書いてある。
こんな映画のことは聞いたことがないので、これも調べてみたら、1936年の映画だそうだから戦前の映画である。
さいわい YouTube に丸ごとアップされているから、ヒマなときじっくり観てみよう。
最近のアメリカ映画にはろくなものがないけど、「ゾラの生涯」でもわかるように、このころの米国製伝記映画はまじめに作られているものが多いようだ。
字幕がないのがシャクだけど、レンブラントについては知らないわけでもないから、なんとか意味がわかるんじゃないか。

こんなふうに自然科学から映画のことまで調べられて、しかも場所をとらない辞典がほかにあるだろうか。

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海のルール

わたしのブログはいちゃもんが売りモノだけど、国際的にいちゃもんが有名なのが、日本に対する韓国の姿勢だ。
今度は韓国で行われる観艦式で、旭日旗を掲揚するなときた。
旭日旗はかっての日本軍が使っていた旗だから、戦犯旗だというのが根拠だそうだけど、韓国がこんなことを言い出したのは、慰安婦よりもっと最近のことである。

わたしも自衛隊にいたことがあるので知っているけど、世界の海を走りまわる軍艦には、よその国の軍艦と出会ったら旗を上げ下げして挨拶をしなければいけないというような、世界共通のルールというものがある。
それがあまりしゃっちょこばっているというので、メルビルの「白鯨」でも揶揄されているくらいだ。

それはともかくとして、他国の軍艦に軍艦旗を上げるなと命令する権利はどこの国にもない。
韓国だってそんなことは百も承知だろうけど、ただ韓国では国内の世論を無視できないという事情がある。
それもこれも長年の反日教育がもたらした弊害で、そのために政治家が突き上げられているんだけど、日本はあまりムキになることはない。
旭日旗を掲揚するなというのは、韓国政府が国内向けにする言い訳みたいなものだろうから。

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2018年10月 4日 (木)

酒のつまみ

0826

先日、ロシア人と部屋で飲んだら、タダで来ちゃ申し訳ないと思ったのか、やっこさん、タマネギとトマトをスライスしたものに、マヨネーズをかけたものを持ってきた。
それ以来、もともと野菜の好きなわたしは病みつきになって、しょつちゅう同じものを作って酒の肴にしている。
知り合いにいわせると、タマネギには血液をさらさらにする効果があるんだそうだ。
あいかわらず高血圧ぎみのわたしが、いまだに大過なく過ごせているのはそのせいかもしれない。

ただ、タマネギはそのまま食べるには辛みがきついので、どうしてもマヨネーズを多めにかける。
テレビ番組に影響されやすい知り合いは、そりゃ健康によくないでしょという。
このつぎからはリンゴ酢にしなさいという。
ま、マヨネーズが切れたらリンゴ酢にしてもいいけど、それって甘いんじゃないか。
あまり気がすすまないけどな。

今夜はまた野菜主体の晩餐だ(タマネギ、トマト以外にパプリカも加えてある)。
肉の好きな人なら野菜ばっかりじゃないかと文句をいいそうな食事だけど、このほかにいまサバを焼いているから、タンパク質はそれでおぎなうつもり。
それっぽっちでは力が出ないと心配する人がいるかもしれない。
でもわたしはもう力が必要な若者じゃないんだよね。

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2018年10月 3日 (水)

バランス

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いま井の頭公園にいるんだけど、先日の台風の被害がありあり。
こんなのに寄っかかられちゃトイレもたまんないよな。
それはそうとして約束の時間にはちと早い。
ちょっとまえに書きかけで放っておいた文章、ボツにするのももったいないから、ヒマつぶしに載せてしまう。

ウチの新聞にムカつくわたしは、このあいだの沖縄県知事選を冷静に分析してみた。
まず朝日の記事には欺瞞や我田引水があるとの前提でものを考える。

新聞をじっとにらむと、野党の応援団は街頭で玉城デニーさんと並ぶことを控えたと書いてあった。
新聞は自民党と野党の対決みたいな書き方をするけど、野党ができるだけ目立たないようにしていたのなら、これは野党のおかげで勝ったわけではない。
デニーさんも自民党の押す候補も、選挙期間中は辺野古移設への賛否はできるだけ示さなかったともあった。
これでは辺野古問題が勝負を分けたともいいがたい。

こういう焦点の定まらない選挙の場合、モノをいうのはなんだろう。
つまり、なんだな。
ためしにデニーさんと佐喜間さんの所属を入れ替えれば、結果も反対になっていただろう。
やっぱりイケメンのほうが、鬼瓦みたいな顔より気持ちいいし、楽しそうな人のほうが女性の票なんかごっそり持っていきそう。
自民党が安室奈美恵サンでも担ぎ出すことができれば、これもまた結果は変わっていたんじゃなかろうか。

自民党にいっておくけど、日本人はすぐれたバランス感覚を持っている。
だから国政選挙のまえにひとり勝ちすると、肝心の選挙で反動をくらって負けてしまう可能性がある。
よくタイミングをみはからって、国政選挙直前の地方選挙かなんかで負けておくのも手だ。
おおかたの日本人が持っているのは、あいつはもう長くやってるからとか、こないだはあっちが勝ったからという、雰囲気優先のバランスなのだから、これが深慮遠謀というものよ。
朝日新聞が大喜びをするのを見るのはシャクだろうけど、そのさいはできるだけ大喜びをして、大きく取り上げてもらったほうが効果的だ。

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2018年10月 2日 (火)

ユーモア

韓国がノーベル賞をもらったそうだ。
なんかの間違いじゃないかと思ったら、なんかの、それもとんでもない間違いだった。
ネットの掲示板を読んでいたら、韓国には韓国ノーベル財団という組織があって、本家とは異なる基準でノーベル賞を選定しているのだそうだ。
そんなものを勝手に作って、苦情は来ないのかいと心配になるけど、ノーベル賞は日本に対抗意識をもやす韓国の悲願らしい。
ここまでやられると、イグノーベル賞に匹敵するくらいユーモアを感じてしまう。
彼らに与える賞はないだろうか。

ただ大手のマスコミはこのことを(とうぜん)一切報じないから、嫌韓サイトによるフェイクかもしれない。
あまり信用されても困りますって、うちは嫌韓サイトじゃないんだから。

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2018年10月 1日 (月)

魯迅

今朝の新聞にもムカつく。
沖縄で玉城デニーさんが勝利したことについては、べつに文句ないんだけど、ウチの新聞のはしゃぎぶりに。

前知事の翁長さんは煮ても焼いても食えそうもない人だったけど、玉城さんはイケメンだし、当選を聞いてカチャーシーというのか、沖縄ふうの踊りをおどるところなんか、とっても楽しい人みたいだ。
まあ、いろいろ問題が山積みだけど、仲良くやってくんなまし。

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ムカつく朝日新聞に一服の清涼剤的記事があるとすれば、27面の魯迅の記事だ。
中国に何度も行ったことのあるわたしだから、とうぜん彼に興味を持つことになる。
初めて蘇州に行ったとき、寒山寺のわきにあった古風なレストラン(写真1)を見て、酔っぱらった孔乙己が千鳥足で出てくるんじゃないかと思ったものである。

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上海では魯迅公園にも行ってみた。
共産党政権に持ち上げられすぎの感があったけど、日本人とも熱心に交わった彼の存在が、日中の架け橋になっていることは否定できない。
魯迅が親しく交わり、国民党に迫害されたさいに避難所としても利用した内山書店の跡地には、壁にパネル(写真2)が貼ってあり、これこれしかじかと説明が書かれていた。
紅衛兵が荒れ狂ったころから、中国人が大挙して爆買いのために日本に押し寄せてくるまえまで、これは日本と中国のきずなを証明する数少ない記念碑だったのだ(わたしが見たころは文字だけだったけど、いまでは魯迅と内山完造のレリーフつきの、もっと立派なものになっているようだ)。

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