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2018年10月23日 (火)

ある阿呆の一生

かりに、わたしが明日死んだとする。
波乱に富んだわたしの人生を小説化しようという人が(いないと思うけど)いたとして、あちこち取材にまわったとする。
すると聞こえてくるのは悪評ばっかりだ。
生前のわたしを知っている知り合いたちはみんな、あんなひでえ人間はいなかったよと太鼓判を押す。
自分だけが特別だと思って、まわりをバカにする。
なににつけても反対ばかりしていて、協調性がない。
友情なんてまったく持ち合わせず、女をみるとすぐくどく。
独身貴族をいいことに、自分は自由旅行で外国に行ったと自慢する。
ブログなんかやって、いかに自分が高尚な人間であるかを吹聴する。

知り合いばかりじゃない。
わたしの親族や親戚に聞いても、同じような回答が返ってくるだろう。
あんな不義理な人間はいなかったよ。
冠婚葬祭にもほとんど顔を見せないし、葬式にだって義理を欠いて平然としている。
身内に対しても、債権があれば容赦なく取り立てる。
まったく人間としてのなさけ深さがない。
あいつは鬼だ、悪魔だ、犬畜生だ。

やれやれ。
死人に口なしで、死んだあとこんなふうにボロくそにいわれるかと思うと、死んでも死に切れんね。
わたしの屈折にだってそれなりの理由があるんだぞ。
でもまあ、いいか。
見守る人もなく、どこかで勝手に野垂れ死するのがわたしの望みだ。
他人の墓に興味がないのと同じくらい、自分の墓にも興味がないのだから。
小説のエピローグはわたしが考えてやる。
『彼のひねくれた性格を分析し、理解する人間は、ついにひとりも現われなかった』なんてのはどうだ。

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