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2018年12月

2018年12月31日 (月)

恩知らず

BSでときおり放送している「秘境×鉄道」という番組にモンゴルの鉄道が出てきた。
それを観て思ったのは、まわりの風景が、日本に比べるとハゲ山みたいな景色ばかりだということ。
もともとモンゴルは草原の国で、日本のように樹木が繁茂する国ではなかったといわれればそうかもしれないけど、極東アジアで自然の豊かな日本の立ち位置につくづく感謝したくなる。

韓国(朝鮮)は日本のすぐとなりにあるのに、かってはハゲ山ばかりだった。
これは自然条件ばかりではなく、人間のせいでもあったようだ。
つまり施政者が国民にゆとりのある生活を保証しなければ、まずしい庶民は勝手に山の木を切ってしまい、あとに木を植える、育てるという長期的な発想を持たない。
これはなにかで読んだ話だけど、李朝時代に朝鮮で布教活動をした宣教師が、荒廃した土地で神の福音を説いてもむなしいと、最初のうちはせっせと植樹に専念したそうである。
ところがキリシタン禁止令が出て、いったん朝鮮をはなれた彼が、ようやく禁止がとけたあともどってみたら、自分が植えた木が一本残らず切られてしまっていた。

こういう国ではハゲ山が多いのも当然だ。
それを是正しようと果敢に挑戦した大統領が、韓国にもいた。
最近の「カイカイ反応通信」に、道なかばで暗殺された韓国の朴正煕大統領のことが出ている。
彼は大統領就任直後にドイツを訪問し、そこが樹木の豊富な国であることに感銘を受け、帰国するや山林庁をおいて全土に植樹運動を起こしたという。
ここでは日本に触れてないけど、朴大統領は日本に留学し、日本軍に籍を置いたこともある知日派だから、とうぜん日本を見習おうと思ったことも事実だろう。

しかし植樹を含めて、韓国の近代化には金が要る。
うまいことに日本が韓国の戦争被害者に補償をするといいだした。
しかし被害者個人に渡したのでは、その金は無駄に浪費されてしまうだけだ。
それなら金は国が受け取って、国の近代化に使ったほうがいい。
国が近代化されれば、その成果は国民がひとしく受け取ることができる。
わたしが大統領でもそう考えるだろう。

こうして韓国は、日本の金で漢江の奇跡という近代化を成し遂げ、世界の最貧国という立場から脱却し、ついでに国土を緑で覆うことに成功した。
いくら韓国人でも人間であるかぎり、荒れ果てた大地よりは、樹木が茂り、季節ごとに花が咲き乱れる国のほうがいいに決まっている。
だから朴大統領の功績はいつまでも顕彰されてしかるべしなのに、いまの韓国では知日派というだけで彼の評判はいいとはいえない。
こんな恩知らずの韓国人のために努力をし、けっきょく凶弾に倒れた朴大統領の気持ちを思うたびに、わたしは涙が出てしまう。

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2018年12月30日 (日)

呑み会

今日のブログの更新は中味なし。
これから知り合いが部屋に来る。
たぶん呑み会になっちゃうと思う。

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2018年12月29日 (土)

カトー君

Kato

幼なじみで版画家のカトー君からまた個展の招待状が来た。
なんかいいブログネタはないかと思案していたところだから、ちょうどいいやってんで、ハガキに印刷してあった彼の作品を紹介してしまう。
これで木版画である。
である、だけじゃない。

わたしは以前からいっていた。
キミは金魚や植物でなく、官能的な女性の絵で勝負すべきだと。
ひと目見ただけで男を腎虚にするような作品を彫って、21世紀の浮世絵師を目指してほしいと。
その解答がこの作品らしい。
顔なんか見せなくても官能(つまりイヤラシサ)は表現できるという見本みたいな作品だ。
体の線を微妙にあらわしたスカートのしわと、その下のしどけなくくずした若い娘の素足、彼も男の感性をよく理解しているようだ。
ああ、わたしがイヤらしいのか、こんな作品を作るほうがイケナイのか。

ちなみに彼の個展を見たい人は以下を参照のこと
群馬県邑楽郡邑楽町中野2569-1
邑楽町中央公民館
☎︎0276-88-1177
平成30年12月18日〜1月13日まで(年末年始は休みあり)

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2018年12月28日 (金)

年末

ああ、そろそろ年末だよ。
とりあえず外国に行く予定もないし、それどころか混雑していて料金も高いこの時期に、どこかへ行こうという気にもなれないし、もうニートの正月は確実。
またナマコの栄養学や経済学でも考えるか。
うん、高尾山にでも行ってみるか。
つまらなくない人生を送っているじいさんているのかしら。

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2018年12月27日 (木)

いちご白書

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わたしがジャンルにこだわらず、いろんな映画に興味があるという証明のために、わたしのライブラリーの中から、「いちご白書」 を取り出してみた。
これは1968年に起こった米国の大学紛争を扱った映画だけど、考えてみたら、この映画に登場する若者たちはわたしとほとんど同じ世代といっていい。
わたしは彼らと同時代を共有したわけだけど、それはいったいどんな時代だったのだろう。

1968年というと、米国の大学紛争が各国に飛び火し、日本も例外ではなかったころだ。
東大や日大で、ストだ団交だ内ゲバだと暴力が荒れ狂い、新宿駅では毎週のように投石デモが繰り広げられていた。
当時のわたしは東京に住み始めたばかりで、とある私塾の寮生だったから、幸か不幸か、そういう事件をリアルタイムで体験した。
友人のなかにも新宿駅へ石を投げに行って、機動隊にメガネをかち割られて帰ってきたのがいる。

ある日、わたしも新宿駅までデモの見物に行ってみた。
そのへんの路地から30人ほどの、ヘルメットにマスクのデモ隊があらわれると、周囲の大群衆から、いよっ、待ってました、ガンバレ!と声援が飛んで、ほんと、お祭り騒ぎ。
これっぽっちの人数じゃとても機動隊にかなわないと思ったけど、アホらしくなってとちゅうで帰ってきたから、彼らがその後どうなったのかわからない。
タノシイ時代だったよなあ。

ただわたしみたいな名門校でもないそのへんの私塾の学生からすると、大学生そのものが一種の特権階級に見えてしまい、学生デモに共感なんか感じられなかった。
しかもアメリカの学生ならベトナム戦争という、ヘタすりゃそのまま地獄行き、ヘタしなくても当時から格差というものは、いやおうなしに目に飛び込んできただろうから、校内でピケを張りたくなる気持ちも理解できるけど、日本の学生になに世間に文句をいう必要があるのか、まして革マルだ、中核だと激しいセクト争いをくりひろげるに至っては、わたしは完全に傍観者だった。

それから半世紀、そのころの騒ぎの結果はもう出た。
あの当時に大学生だった人たちは、死者さえ出した当時の混乱についてどう思っているのだろう。

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さて映画のハナシ。
見ているだけで楽しい女優さんがいると、たいていの映画は、それだけで最後まで観られてしまうという不真面目なわたし。
「いちご白書」 でわたしを惹きつけたのは、キム・ダービーという、むっちり肉体にあどけない顔がアンバランスな女優さん。
この映画の中ではミニスカートで登場し、パンチラがわたしのこころをときめかした、なんてことはどうでもいいか。

彼女は活動家であり、それにオルグされちゃうのがまじめなボート部の学生で、アメリカでも日本でも、体育会は保守的で右寄りという証明みたい。
彼は大学の学生寮にいるんだけど、部屋に女をひっばりこむえらい進歩的?な学生もいて、このへんは坪内逍遥の 「当世書生気質」 のころから、日本でも変わってないなあと思ってしまう。

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そんなことはべつにして、この映画がこの時代の空気をよく伝えていることも事実だ。
大学のなかにはアジ演説をする者、カルト宗教にかぶれたような学生もいて、まじめなんだかふざけているのかわからない。
こういう連中を一掃するために機動隊が導入される。
学生のほうはジョン・レノンの Give Peace a Chance なんか歌っちゃって、無抵抗主義。
そんな彼らに催涙ガス弾や警棒が容赦なくおそいかかる。
ラストシーンでの機動隊導入の混乱のなか、ストップモーションで静止した画面に、バフィ・セント=メリーの 「サークル・ゲーム」 がかぶさると、もうわたしって、いたずらに胸がじーんとしてしまうのよね。
あのころはわたしも人間が純粋だったって、しみじみ実感したワ。

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2018年12月26日 (水)

治療方法

今日はひさしぶりに散歩に出かけ、自然観察園まで歩くつもりが、やけにいい天気なので、汗まみれでぐったり疲れて、途中で引き返した。
わたしの山尺(やましゃく=わたしの造語)も増加したもんだとしみじみ。
足腰のおとろえは痛切に感じるけど、いい点もある。
帰宅して血圧を測ったら、おおっと、これだけで20〜30ポイントも下がっているではないか。
高血圧の原因は、怠惰な生活にもあるようで、わたしみたいなタイプの患者には、薬は不要、治すには毎日ムチ打って5キロ歩かせればよいという論文を書いたら、どこかの医学賞でももらえるかもしれない。

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2018年12月25日 (火)

イテエ

今日は病院へ行ってきた。
あまり気にしていないんだけど、先日の健康診断で血圧に異常な数値が出たので、ほうっておくとわたしの所属する団体から文句をいわれそう。
治る治らないはべつにして、せめて通院の実績は作っておかないとマズイのだ。

ご承知のように、最近はどこの病院でも、受付をしたあと診察まで待たされる。
それで退屈しないように待合室にタブレットを持ち込んだ。
待っているあいだにブログ記事でも考えようという魂胆だ。

最近のブログ・ネタには、韓国が日本の自衛隊機に射撃用レーダーを照射したというのがある。
この件では向こうは徹底的にしらばっくれるつもりらしいけど、そうなると話がややこしくなる。
ひょっとするとこのさい嫌韓をあおりたてて、韓国と手を切ろうという、あるいは法律改正をもくろむ日本政府の、遠大な謀略かもしれないなんて疑惑が湧いてこないでもない。
これじゃ、ふざけんな、馬鹿野郎とののしりあっても水掛け論になるだけだ。

でも考えてみれば、木造船の捜索に場違いなレーダーを使ったり、上空を飛ぶ飛行機の敵味方の識別もできず、無線の呼びかけにも気がつかなかったなんていわれると、そんないいかげんな軍隊がいざ戦争のときに役に立つのかいと思えてしまう。
そもそもそんな常識では通じない弁解をでっち上げるということ自体

と、ここまで文章をひねったところで診察室に呼ばれた。
医師が検査のために血液を採取しますという。
ベッドの上で30分安静にしてなければいけないそうだ。
30分というとかなり退屈だから、タブレットを使ってもいですかと訊いたら、ダメですとぴしゃり。
そりゃそうだ。
ネットでアダルト映像でも見られたら安静にはなるまい。

若いきれいな看護婦さんが、血管にぶすりと針を刺す。
イテエと思いつつ、考えたけど、理論的には血液を抜けば、つまり体内の血液量を減らせば、血圧って下がるんじゃないか。
風船だって空気を抜けば圧力は下がるぞ。
理論どうりなら、わたしもせっせと献血に励むのだが。
そういうわけにはいきませんかと訊いたら、いきませんという返事。
どうも高血圧の原因がわからないけど、ひさしぶりに若い娘と口をきけたのはよかった。

血を採られて、ようやく帰宅して、またブログ記事の続き。
どこまで行ったっけ。

そもそもそんな常識では通じない弁解をでっち上げるということ自体、韓国の言い分がでっち上げだという証明だから、それを国際的に知らしめただけで、もう勘弁してやってもいいんじゃないか。
お互いに本物の戦争までしたいわけじゃあるまいし、やる気がないくせにキャンキャン吠えまくるのは、トランプさんと正恩クンにまかせといて。
このあとすぐに、いわゆる徴用工問題で、新日鉄住金に対する差し押さえも迫っていることだ。

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2018年12月24日 (月)

シーシキンの絵

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ここに上げたのはロシアの画家シーシキンの絵。
みればわかるけど、徹底的に写実的な風景画である。
この絵を観て感動したというと、写真とちっとも変わらねえじゃないかといわれてしまいそう。
それでいいのである。
わたしはいまさら絵のテクニックや歴史を勉強しようってわけじゃない。
写真でも絵でも、それがわたしを捉えられた、あるいは描かれた世界のなかにいざなってくれれば、しみじみと幸福を感じてしまうのだ。

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ロシアは広大だし、地方はまだまだ開拓されているとはいえないから、たぶんこうした景色は各地にたくさん残っているにちがいない。
同じような景色は北海道や、信州の八ヶ岳あたりに見られることも知っているけど、やはりそれがロシアであるとすれば、ひと味もふた味も違うのだ。
あの針葉樹の下を歩いてみたい、あの小川のへりをたどってみたい、あの森でリスやネズミを探してみたい。
そんな妄想をかきたてるのに、シーシキンの絵はひじょうに具合がいいのである。

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2018年12月23日 (日)

富士美術館

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今日は車で八王子まで行ってきた。
ちょっとまえにこのブログに、富士美術館というところで 「ロシア絵画の至宝展」 というイベントをしていると書いたばかりだけど、それの開催が明日までなので、大慌てで。

あらかじめ所在地を調べてみたら、この美術館は広大な創価大学の敷地内にあった。
ということは創価学会の善男善女が寄進した金で作られた美術館なのかと思う。
べつに絵に関係があるわけじゃないから、なんだっていいけど。
ところで池田大作サンてまだ生きてんのか。
その生死がわたしになにか影響を与えるわけでもないから、なんだっていいけど。

美術館は八王子インターを下りて、ものの5、6分のところにある。
わたしの部屋は調布インターからものの5、6分のところだから、往復するだけなら1時間もかからずに行って来れてしまう。
これだけ近いと運転ギライの当方にも苦にならないのはイイ。

ローカルな美術館だからすいているかと思ったら、駐車場に車の行列ができていた。
車のナンバーをみると、山梨や群馬もあったから、やはり根強いロシア絵画のファンがいるらしい。
それでも長居をするようなイベントではないから、絵を見終えた人から順次入れ替わりがあって、待ったのは15分ぐらいだった。

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美術館の建物はかなり立派である。
宗教団体がこういうかたちで儲けを社会に還元するのは悪いことではない。
通路にこれまで開催した展示会のポスターがずらりと並べてあったけど、わたしか観たかったなと思ったものもあったくらいだ。

今回の展示品はサンクトペテルブルクにあるロシア美術館の収蔵品がほとんどで、わたしが現地でじっさいに観てきた絵が30点ほど。
その中でわたしがぜひもういちど観たいという絵が、アイバゾフスキーの 「第九の波」、ヴァシリー・ポレノフの 「草花の生い茂る池」、そしてレーピンの 「サトコ」 あたり。
この3点については、過去にもぐちゃぐちゃとつまらないゴタクを述べているので、今回はシーシキンの風景画を観て胸がしめつけられるような気がしたことを書いておこう。
もっと詳しくそのへんの事情に触れたいけど、そうそうお気楽に書けることでもないので、あ、もう時間がない。
ヒマができたらこの続きを書くかもしれないけど、はて。

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2018年12月22日 (土)

どっぷり

Ana

あったかいねえ。
年末の連休だってことで、いま何をしようかと思案中。
思案したってなにも出てきやしません。
これから風呂に入り、アナゴの蒲焼きでメシを食い、溜まっている録画番組でも観ようかという算段。
どっぷりと怠惰にひたって、どうにもしまらない師走だけど、こういうときには知り合いや友人の顔を思い浮かべる。
なに、意義ある年末を過ごしている年寄りなんか、わたしの知り合いにひとりもいやせんよ。
と考えて安堵し、またいろいろ妄想にひたるのだ。
来年は豪華客船でカリブ海のクルーズにでも行くか。

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2018年12月21日 (金)

関わらない

今日の新聞の1面トップは、ゴーンさんの拘留延長が却下されたということ。
日本はわたしみたいな格差反対論者の情緒なんか気にしない法治国家だということだ。
これが韓国なら、司法は国民の情緒最優先だから、ゴーンさんもそう簡単にはクサイ飯から縁が切れなかったと思われる。

この件では日産にもだらしない点、ずるがしこい点が散見できるので、わたしは格差拡大には反対するという意思表明だけして、あとはあまり関わらないことにしよう。

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2018年12月20日 (木)

ロシアの絵

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いま都内の2カ所でロシアの絵の展覧会が開かれているな。
ひとつは八王子で、レーピンやアイバゾフスキー、ポレノフなどの作品、もうひとつは渋谷で、ロマンティック・ロシアと銘うって、またクラムスコイの「忘れえぬ人」なんて美人画が来ている。
いずれもロシアで実物を観たことのある絵なので、なつかしい。
たぶん、2度とロシアに行く機会はないかもしれないから、ひとつ出かけてみるか。

来日している絵についていうと、レーピンの絵は、この画家としては風変わりな 「サトコ」 という幻想的な絵、アイバゾフスキーは 「第九の波」、ポレノフは水辺にたたずむ女性を描いた静謐な風景画で、これらはサンクトペテルブルクにあるロシア美術館から。
いっぽうトレチャコフ美術館からは、ロプヒナちゃんが来てないのが残念だけど、「忘れえぬ人」 は、(わたしが知っているだけでも)日本にもう3回目の来日だ。
ほかにもクラムスコイの 「月明かりの夜」 という、わたしがロシアの美人画としてはピカ一と評価した作品も来ている。
みんなこのブログで取り上げたことのある絵ばかりだ。
どうやらいまのロシアの美術館では、美人はほとんど日本に出稼ぎに出てるらしい。
ゔん、彼女らのような美人なら、移民として受け入れても文句をいう人はいないと思う。

ここに載せたのはクラムスコイの 「月明かりの夜」(部分)。

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2018年12月19日 (水)

美伽さん

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わたしのブログに演歌の話題が載るのはめずらしいけど、神野美伽って演歌歌手がいる。
すこしまえにネットニュースを観ていたら、彼女がジーンズをはいて、ロックコンサートで歌っている写真が出ていた。
演歌だけじゃもの足らず、ロックにまで挑戦してんのか、えらいなあと、わたしはこういうジャンルを超える勇気には問答無用で拍手してしまうほうである。
しかも短躯ぽっちゃりで、なかなかイロっぽい。
いい女だなと思っていたら、今日のネットニュースによると、彼女はなんとかいう骨の難病にかかって手術をするんだとか。
年令はまだ50代だそうだから、やっぱりいろいろ苦労してると、そういう病気にかかることもあるのかねえと、ひるがえって、あいかわらずノーテンキに健康なわたしに哲学的に悩んでしまう。

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2018年12月18日 (火)

SAPIOから

ヒマつぶしに図書館に寄って、右翼雑誌のSAPIOをめくってみたら、最新号では、この雑誌が総力をあげて不法移民についてキャンペーン中だった。
ここんところの移民問題では、ウチの新聞もしょっちゅう騒いでいる。
ウチの新聞というのは朝日だから、どっちかといわなくても左翼だ。
つまり安倍クンの移民政策は、左右どちらからも文句をいわれているわけだ。
わたしが総理ならヤケになって(最近ヤケが多すぎるけど)、どっちも無視するに決まっている。
安倍クンもそんなわたしの意向をよく忖度して、無視のかまえをつらぬいているようだから、ま、その件はとくにどうでもエエ。

わたしは新聞もネットもよく読むし、今日のようにたまに雑誌からも情報を仕入れる。
多方面に目を配ることによって、世論や国際情勢に詳しくなるわけだ。
SAPIOからはほかにも、大前研一さんの記事にあらためて触発される部分が。

韓国が半導体製造では世界一のシュアを持っていることは知っていた。
技術力で日本に劣る韓国が世界一になれたのは、日本の技術援助があったんだろうということも知っていた。
リーマンショックのころ、先走りしすぎて不況になった日本企業から、技術者を大量に引き抜いたのだろうということも想像できた。

それだけじゃない。
以前にも日米のあいだで貿易戦争のようなことがあり、自国の半導体を日本に買わせたいアメリカは、日本に対して、外国から輸入する半導体を20パーセント以上にすることという協定を強要した。
ところが日本もずるがしこい。
外国ならどこでもいいんだろうと、韓国に技術移転をして、つまり日本の半導体を韓国経由で輸入するようにしたのだそうだ。

それがアダになって、いまでは韓国にシュアを奪われたってことらしいけど、半導体製造の核心技術まで移転したわけではないから、その気になればいつでも韓国をしめあげることができる。
韓国は日本以上に過去を忘れ、いつのまにか自分の実力を過信して、自分たちが先進国であるとカン違いする国だ。
最近の日韓の不協和音をながめると、今年はどうやら韓国にとって大きな節目の年になりそう。

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2018年12月17日 (月)

ヤケッパチ

昨日の健康診断の結果、どうだったのかと期待する向きも、いないと思うけど、いるかもしれない。
書きたくはないけど、いちおう書いておこう。

予想どおり、10年間異常だったものが、昨日だけよくなるなんてことはありえないので、血圧はそれを測った看護婦さんが目をまん丸くする数値。
いっしょに診断に行った友人にいわせると、通常の人間ならめまいがして立ってられない状態だぜとのこと。
でもあいにくわたしは立っていたし、健康診断の会場まで車を運転して友人たちを運んだのもわたしだし、そもそもいっしょに行った友人たちが、みんな血圧だの糖尿だの痛風だのという薬まみれなのに対し、薬とまったく無縁なのはわたしだけ。
高血圧は本人の自覚がありません、ある日とつぜん脳梗塞になりますヨというお医者さんの注意も、毎年のことで聞きあきた。

いったいどうしてこうなるのだろう。
ひょっとすると、生きているように見えるだけで、わたしはとっくに死んでいるのかもしれない。
こうなるとオカルトだ。
やっぱり哲学的大命題だな。
今日は免許証更新のための講習に参加してきて、そのまま仕事を休み、酒の味がするお湯でイッパイやったところ。
不敵というか、ヤケッパチというか。

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2018年12月16日 (日)

哲学的命題

これは異常な数値だよ、わかってるのかね。
はあとわたし。
あいかわらず高止まりの血圧のことである。
医者:これじゃ生活習慣をあらためなくちゃいけないな 。
わたし:でもわたし、タバコは吸わないし、酒はほどほど、肉がキライで野菜ばかり食べていて、たまに散歩もしてまして、改善すべき点が見つからないんですが。
医者:それじゃ遺伝かなあ、家族に高血圧の人はいないかい。
わたし:親父が血圧が高かったです。
医者:それだよ、キミ、原因は。
わたし:でも親父は80ちかくまで生きて、老衰で死にました。
医者:キミはずいぶんさからうねえ。

このどこかで見たような文章、これで3度目の登場だ。
今日はわたしの所属する団体の健康診断の日だけど、毎年のように同じことをいわれて、もう10年ちかくなる。
あいかわらず血圧は高止まりしていて、勝手にしろと、薬も飲まず、漬物もばりばり食べて、是正のための努力を放棄してからも、そのくらいたつ。
こうなったら近代医学の欺瞞性をあばくための、人間標本になってもいいくらい。

わたしの周辺では知り合いがぽつりぽつりと亡くなっていく。
わたしより若くして、健康に留意していた人間でさえ死んでいるくらいだ。
わたしのようなでたらめな人間が、いまだ元気で病気もしないということは、近代医学の欺瞞性だけではなく、もっともっと大きな哲学的命題を考えさせる。

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2018年12月15日 (土)

クィーン

夕刊をみたら、クィーンの映画が話題になっていた。
ロックと無縁のわたしの知り合いまでが、えらい評判がいいみたいよと、観に行きたそうな口ぶり。
あいにくわたしはこのグループにぜんぜん興味がない。
「ボヘミアン・ラプソディ」なんて、タイトルは知っているけど、聴いたこともない。

彼らはビートルズはむろんのこと、ストーンズやクリーム、ジミヘンなどより遅れて登場したバンドで、いちじの熱気がうすれ、ロックが聴くよりも観るという方向に傾きはじめたころに登場したバンドだった。
当時のわたしはいい音楽が聴きたくて、ジャズやクラシックまで、さまざまな音楽を聴きあさっていたけど、ゲテモノ・サウンドなんて聴く気にもなれなかった。
ちなみにわたしはレッド・ツェッペリンやピンク・フロイドも好きではない。
世間の評判なんぞ一顧だにせず、けっこう好みがうるさいのである。

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2018年12月14日 (金)

なみだ

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前項で iPod と YouTube の絶妙のコンビネーションに触れたけど、わたしって若いなあと思うことがある。
たとえばむかし熱狂した音楽をまた聴いて、つい涙がこぼれてしまったときなど。
いいトシこいたおっさんがといわれてしまいそうだけど、涙がというのはウソではない。

つい最近、むかしテレビから録画したレイ・チャールズの What'd I Say を聴いてみた。
彼のこの曲はCDも持っているし、YouTube にもたくさんの映像が上がっている。
わたしが観たのはこの曲がヒットして間もないころのものと思われる映像で、NHKが放映したものだ。
レイはテレビ局のスタジオで、オーケストラとバックコーラスに、途中からから登場するゴーゴーガールを従えて歌っている。
同じ映像が YouTube に上がっているけど、そのうち消えてしまうかもしれないから、観るならいまのうちだ。

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なにぶんにも古いフィルムをアナログ時代のテレビで放映したものだから、画質は最悪だけど、音はそんなにひどくないし、観客席で熱狂する女の子たちが当時の時代背景をいろいろ想像させて、わたしはいつも涙がぼろぼろという塩梅になってしまうのである。
秋の夜長にこんな映像を観て、涙を流しているおじさんがいたとしたら、彼は幸せだと思わなくちゃいけない。

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2018年12月13日 (木)

天才の遺産

さっきまで、むかし録画したスティーヴ・ジョブズのドキュメンタリー番組を観ていた。
七転び八起きという波乱の生涯をおくった天才を映像で追ったものだけど、彼の死によって世界屈指の大企業アップルは孤児となった、という最後のナレーションが感動的だった。
あとに残された孤児は天才でなかったみたいで、最近のアップル社は創立者の遺産を食いつぶすだけの、ただの米国企業におちぶれたのが残念だ。

ジョブズが創造した革新的なIT機器のなかに iPod がある。
アップルがそれを発表したとき、ソニーのウォークマンに変わる新しい音響機器が出たというので、ビートルズ世代であり、なおかつロックやジャズにも凝ったことのあるわたしは、当然のように注目した。
ただしいきなり購入するほど無鉄砲でもなかった。
テープを使ったウォークマンに比べれば、ケタ違いの曲を収納できるとは聞いていたけど、肝心の曲は、ディスクを買ってきて中身を自分で iPodに移すか、いちいちネットから購入しなければならないと思っていたのである。

ここから先は書いていいものかどうか迷うけど、このころネット上にはすでに YouTube が登場していた。
iPod を買ったあと、すぐにわたしはジョブズの野望に気がついた。
彼自身はアップル・パソコンを通して、音楽コンテンツを販売するつもりだったかもしれないけど、iPod と YouTube を組み合わせることによって、音楽好きにとって夢のような音楽世界が広がるのだ。
おそらく世界中の音楽ファンが、わたしと同じことに気がついたにちがいない。

ジョブズがこのことに気がつかなかったとは思わない。
彼の頭のなかには、法律の遵守よりも、とにかく新しい世界を作りたいという欲望しかなかったのだろう。
いまこの瞬間にも世界中で、おびただしい曲が YouTube にアップされており、またいっぽうで、おびただしい曲がダウンされている。
世界中のありとあらゆる音楽が YouTube の中を飛びまわっているのである。
音楽好きで、ちょっと考え深い人であれば、この天才が残した遺産の意味を容易に理解するだろう。
iPod という機械を生み出した、それだけでも偏執狂的音楽マニアのわたしは、彼に感謝してやまない。

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2018年12月12日 (水)

化かしあい

とりあえず2島返還で手を打つかと思われた北方4島の問題。
ところがここにいたってラブロフさんが、北方4島は第二次世界大戦の結果、ロシア領になったと認めろと言い出した。
そうでなけりゃ2島も返さんというつもりらしい。
日本としてはプーチンが唐突に、前提なしに平和条約をなんていいだしたから、これは向こうもしびれを切らしたなと読んで、それじゃ2島だけでも返してもらおうかという気になったのに、また障害物だ。
でもこれが国家間の交渉というものなんだろうなあ。

相手の顔を読んでその気になると、今度は相手にこっちの顔を読まれてしまう。
日本の首相は2島の返還を自分の功績にしたいのだな。
そんならこっちの条件を呑むだろう。
だからと相手の顔をうかがいつつ、すこしでも自分たちに有利な条件を呑ませる、これが外交の基本だ。

その点、トランプさんははっきりしている。
トランプの野郎はノーベル賞が欲しい。
だからいまならこっちの条件を呑むだろうという北朝鮮に、やめた、やめた、そんなら交渉は止めだって、ホント取りつく島もない。
今朝の新聞によると、アメリカがいくら電話しても北はダンマリだそうだ。
もう交渉をあきらめちゃって、米国の大統領選挙待ち、藁人形にクギを打ちながら、トランプさんの退陣を祈願する作戦に切り替えたようだ。

安倍クンもプーチンに向かって、あのね、あんたのところの条件をみんな受け入れていたら、ワタシの首が飛びます。
この話はいったんなかったことにしましょうとイッパツかましてやるべきだな。
そういってまた相手の顔をうかがう。
相手がキツネならこっちはタヌキだ。

そういうふうに相手の出方をうがっている最中なのに、日本のマスコミはラブロフさんの発言をどう思いますかなんて訊く。
おいそれと手の内を明かすわけにいかない河野クンの事情を忖度して、質問をひかえようって気はないのか。
まだ曲折があるだろうけど、わたしは北方4島の問題はすこしづつ解決に向かうと期待してんだけどね。

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2018年12月11日 (火)

強欲

今朝の新聞の1面トップは、「革新機構、社長ら9人辞任」というもの。
高額の報酬を払うからやってくれといって募集した官民ファンドの役員が、ゴーンさんの件もあって、やっぱり払いすぎだなと途中から給料を値下げすることにしたら、約束が違うじゃん、1億円でもくれるっていったのにと、みんなそろって辞めるといいだしたらしい。

経済面にも関連記事があって、「法治国家なのか」だって。
あとから約束をくつがえすのは、まるで韓国みたいで、法治国家ではないといいたいらしい。
しかし国際条約をくつがえすわけじゃない。
給料を払いすぎるから是正するというていどのことなら、世間一般の企業だってしょっちゅうやっていることでしょ。
社員の首切りに大ナタをふるうなんて、そんな荒っぽいことさえやった会社もあるぞ(日産のように)。

辞任する役員らは経産省の責任にしているけど、みんなぬれ手に粟で、捕らぬタヌキの皮算用をしてたんだろうね。
どうみても強欲としか思えないな。
こういう人たちには辞めてもらってよかったというのが、わたしの感想。
ウチの新聞(朝日)は、例によって政府のやり方がまずいという立場だけど、さすがに歯切れがわるい。

それにしても強欲な人たちがかならずいうのが、グローバル標準では、有能な人はもっとたくさんもらっていいはずだということ。
そして引き合いに出すのがアメリカだ。
地位も教養もある人たちが、どうしてアメリカは参考にならないということに気がつかないのだろう。
格差を野放しにして繁栄をしている国は、米国と、目下発展中の中国ぐらいなものだし、中国は格差拡大がアダになって、そのうちずっこける可能性がある。
米国だって発展の恩恵を受けるのはひとにぎりで、未来永劫に発展できるとはかぎらない。
いまのフランスが揉めているのも、格差の拡大に不満をもった人々の反乱じゃないか。

日本は格差を抑えたままで、現在進行形の、世界でも有数の発展国だ。
そういう国もあるという格好の見本なのに、どうしてよその国、それも異常な国ばかりを参考にしたがるのだろう。
法治の精神は下々の者、たとえば安月給の警察官によって守られているのだ。
強欲な人たちに富を独占させることしか、繁栄の方法を思いつかないのだろうか。
国民全体が公平な気分をわかちあって、未来に備えるほうが、よっぽど堅実な発展方法に思えるんだけどね。
そのへんを考えられない人間が、官民ファンドから排除されるとしたら、やはり日本は見どころがある国だといっていい。

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解決方法

わたしが子供のころ、学校で朝鮮の歴史について習った。
おおかたは忘れてしまったけど、高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)、百済(くだら)、任那(みまな)などという国名ぐらいは覚えている。
いずれも日本の聖徳太子のころに存在した国家だから、そうとうに古い。
これをおおざっぱに分類すると、高句麗の末裔がいまの北朝鮮、新羅、百済はいまの韓国人、任那というのはそのころ韓国の沿海部に住まわっていた日本人という見方があるそうだ。

ルーツは同じのくせして、新羅と百済はひじょうに仲が悪く、ついには新羅は百済を、のちには高句麗を滅ぼしてしまう。
韓国では地域対立、たとえば慶尚道と全羅道の対立が、日本とは比べようもないくらい激しいらしいけど、原因はこの時代までさかのぼるそうである。

それもこれも、そんなに仲の悪い国民が、ひとつの国にまとまろうとしたのがイケナイのではないか。
そう考えているうち、そうか、だから朝鮮半島は南北に分裂したのかと思い当たった。
ここではひとまず北朝鮮はわきに置いて、いっそのこと韓国も、新羅韓国(新韓)と、百済韓国(百韓)のふたつの国に分かれてしまったらどうだろう。
国土がせまくなるのは気に入らないかもしれないけど、こうすればおのおのが信ずる道に進めばいいだけで、政治が変わるたびにまえの大統領が叩かれるような、深刻な対立もなくなるだろう。

百済が滅ぼされるとき日本に援軍を求めたとあるから、“百韓” のほうはいまでも親日である可能性が高いけど、“新韓” のほうは反日をしているに相違ない。
とうぜん百韓のほうが日本と仲良くなって、先進国の仲間入りをし、G20にも呼ばれるだろう。
新韓のほうは北朝鮮と手を結ぶしかなく、日本からの支援は1円も期待できないから、けっきょくいまの北と同じていどの発展しか期待できない。
まるでなんかの縮図だけど、ひとつの国のなかでいつまで揉めているよりずっといいアイディアだと思いませんか、韓国のみなさん。

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2018年12月10日 (月)

色気

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グランプリ・ファイナルで優勝した紀平梨花選手が、カワイ子ちゃんであることは否定しないけど、日本人は色気でとうていロシアの選手にかなわないな。
日本や中国に徹底的に差をつけて、ハナっから戦意を消失させるべく、最近のロシア側はそういう点を強調し始めているみたい。
平昌オリンピックのさいの虎柄ユニフォームのザギトワや、先だってストリップまがいの演技をみせたエリザベータ・トゥクタミシェワ(画像)の官能的なこと。
彼女らが紀平ちゃんと同世代(わたしから見れば)とは信じられない。
ま、男性にはタノシイことでありますが。

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2018年12月 9日 (日)

サンカヨウ

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山のあなたの空遠く
ガラスの花の咲くという
  ああ、われ人ととめゆきて
  なみださしぐみ帰り来ぬ
山のあなたになお遠く
ガラスの花の咲くという

若いころに誰でもいちどは目にした詩をもじってあるけど、まったく荒唐無稽な文章を捏造したわけじゃない。
たまたまネットで見つけた花がこれだ。
サンカヨウ(山荷葉)といって、ふだんはそれほど変わった花には見えないのに、水に濡れるとガラス細工のように透明になるんだそうだ。
美しい。
見たい。
調べてみたら、日本でも北のほうで見られるらしい。
とはいうものの、もう若くないわたしには、とうぶん北のほうへ行く予定がない。
手の届かないものにあこがれる気持ちを失ってないってことで、よしとしよう。

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2018年12月 8日 (土)

美食の報酬

Hari

録画しておいた「刑事コロンボ」シリーズの 『美食の報酬』 という作品を見た。
これはある料理評論家が、高評価とひきかえにレストランから賄賂をもらっていたものが、レストランから逆に恐喝されて殺人を犯すというもので、殺人にフグの毒を使うというのがミソ。
ところが出てきたフグが、これ、どう見てもハリセンボン。
ハリセンボンに毒はないぞ。

そのくらい日本人なら知ってるはずだと、ググッてみたら、案の定この点を指摘する人が多かった。
ついでに映画のなかのハリセンボンはあまり生きがよくないなんて、余計なことを指摘する人も。

現在ならアメリカ人も寿司や刺身の味に目覚めてきたから、こういうドジはしなかったと思うけど、なんせコロンボ・シリーズはもう40年もまえの作品だからね。
そんなふうに善意で理解していたら、なんと映画のなかにフグ刺しを食べるシーン(ついでに日本の芸者まで)があらわれた。
ホントいじわるな映画だけど、これも謎解きのヒントになっているから、文句はいえない。

話は変わるけど、これを観て思ったのは、評論家というものは権威を持ちすぎるとロクなことをしない(場合がある)ということ。
むかしなんとかいう車の評論家が、誰でも知っているようなこと(わたしみたいにずっとカー・グラフィックを愛読していた人間には常識)をならべた本を書き、それが売れて有名になったということがあった。
すると彼はいっぱしの評論家みたいな顔をして、つまり彼がほめる車はいい車だというお墨付きを得たようなものだから、メーカーも彼にほめてもらいたい。
するとそこに馴れあいが生まれる。
そういうわけで、この評論家はそれをメシの種にしていたということがあった。

いまやネットでも食べものやレストランの評価が花盛りだ。
他人の評価ばかりをアテにしていると、往々にこういうことが起きるから、へそ曲がりといわれようとなんといわれようと、やっぱり自分の評価を大切にするべきである。

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おまけ。
気のドクなハリセンボンについては、本来は南方系の魚という説明があるけど、関東地方でもけっしてめずらしい魚ではなく、江ノ島あたりでも提灯にされて売られているし、わたしは外房の勝浦で、港にこいつがたくさん打ち上げられているのを見たことがある。
沖縄ではアバサーといって、市場に出すほど貴重な魚ではないから、水揚げされるとたいてい近所の年寄りたちが、味噌汁のだしをとるために自宅に持って帰る。

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2018年12月 7日 (金)

ウィンチェスター銃73

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「ウィンチェスター銃73」という古い西部劇があり、なかなかおもしろいという評判は聞いていたから、ライブラリーのなかからひっぱり出してみた。
この映画が作られた1950年ごろは、おそらくいくつかの傑作をのぞけば、かっこいいヒーローが悪人やインディアンと闘う、安物の西部劇が氾濫していたころじゃないか。
それなのにこの映画は評判がいい。
どうして評判がいいのか、確認しようというわけだ。

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これもそうとうにむかし録画したものだけど、じっくり観るのははじめてである。
特製のウインチェスター銃を軸にして、親の仇をねらう主人公に、悪党たちや美女(わたしにはおばさんのイメージしかないシェリー・ウインタースの若いころだ)がからむ異色西部劇である。
監督のアンソニー・マンという人は、これ以前に「ララミーから来た男」なんて西部劇も作っているけど、これもラストシーンがしまらないのをのぞけば、なかなか味わいのある作品だった。

彼はほかにも歴史大作「エル・シド」などでおなじみの、まあ、巨匠といっていい人である。
巨匠と呼ばれるような人ならアメリカ・インディアンを、一方的に極悪非道の原住民としては描かなかったようで、たとえばジョン・ヒューストン監督の「許されざる者」では、牧場主がカイオワ・インディアンに執拗に襲われるけど、彼らには白人に奪われた肉親の娘を取り返したいという正当な理由があった。
ハワード・ホークス監督の、アフリカを舞台にした「ハタリ!」という映画には、マサイ族がちらりと出てくるけど、けっして無知な原住民という描き方はされてない。

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「ウィンチェスター銃73」でも、登場するインディアンはまじめで強そう。
むしろインディアンにインチキ商品を売りつけようとする、狡猾な白人の武器商人が出てくるくらいだ(おれたちをバカにするのかって頭の皮をはがされちゃうけど)。
日本人と同じモンゴロイドで、共通の遺伝子をもつアメリカ・インディアンを、一級下の存在とみなす白人優位主義の映画に、わたしは強い拒否感を持っているのだ。
この点では「シャイアン」以前のジョン・フォードも、インディアンが登場する場面はクソである。

よけいなことはさておいて、「ウィンチェスター」の主題は白人同士の仇討ち物語である。
主人公のジェームス・スチュワートが、親の仇の白人を追跡する話で、悪漢でもマカロニ・ウエスタンのように、すぐに銃をぶっ放す単純なワルでないのがいい。
ヒロインのS・ウィンタースがまだおばさんではなく、若くてきれいなのもいい。
この若くてきれいなヒロインにいやらしい悪漢が迫るんだけど、悪漢でも最低限のモラルは持っていて、強引にベッドに押し倒したりしないのは、うん、これは残念というか・・・・

総じてこの映画では、拳銃をぶっ放すまえに会話があり、登場人物の人間性が、たとえ悪漢でもていねいに描かれている。
こういうところが目新しいので評判になったのだろうか。
不満があるとすれば、肝心の特製ウィンチェスターが、結末でとくに重要な意味をもたないこと。
タイトルにもつけるくらいだから、ぜったいにこの銃でなければ収まらないという結末にしてくれれば完ぺきだったのに。

Win03

映画の最後は、岩山でライフルを使った1対1の闘いになり、主人公が親の仇の悪党を射殺して終わりである。
このへんがもの足りない。
そこまでが異色でおもしろい西部劇なのだから、もっとひねった結末のアイディアはないだろうか。
主人公が危機におちいったとき、インディアンか騎兵隊が現れて、急場を救うなんて結末を考えてみたけど、これじゃスピルバーグの映画みたいで調子がよすぎる。

最後は主人公とヒロインが、悪党と対決することになり、運わるく主人公のほうが先に弾を撃ち尽くした。
ヒロインは特製のウィンチェスターを持っている。
しかしその銃には弾が入ってないはずである。
それを知っている悪党が、余裕しゃくしゃくで主人公に銃を向けると、入ってないはずのウィンチェスターから弾が発射され、悪党をノックアウトなんてのはどうだろう。
調子がいいのは同じじゃないかといわれそうだけど、これには伏線があるのだ。

映画のなかほどにインディアンの襲撃があり、いよいよ助かりそうもなかったら、辱めを受けるまえに最後の一発で自殺しなさいと、主人公がヒロインに拳銃を渡すシーンがある。
けっきょくふたりとも助かって、拳銃は無用の長物になるんだけど、その一発の弾丸を、お守りだと思って持っていなさいと主人公はいう。
その一発が土壇場になって効力を発揮するという結末はどうだ。
ウィンチェスターとコルトは弾丸を共有していたという事実が、このアイディアを支えている。
うん、ほんとわたしって天才だよな。

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2018年12月 6日 (木)

iPhone

4Kテレビを買った知り合いが、今度はiPhoneを買ったそうだ。
高かっただろうと聞くと、いや、ローンで、使い放題で、なんとか割引があったから、それまで使っていた簡単スマホとたいして変わらなかったという。
そのへんが曲者で、わたしなんか何回聞いてもスマホの値段のしくみがわからない。
それでとっくにギブアップして、細かいしくみを理解しようと考えず、本体の値段が高いものが安いものと変わらなくなることはありえないと、おおざっぱに考えることにしている。
そもそも高すぎて売れないので、値段を下げようかとアップルのほうで思案しているくらいだ。

でも喜びにうち震えている彼の声を聞くと、つまりそういう付加価値こそがiPHoneの価値なんじゃあるまいかとも思う。
電話とLINEぐらいしか使わないおじさんにも、オレが持ってるのはあのアップルだぜ、iPhoneだぜと、優越感を感じさせてくれるスマホはあまりない。
と本人が思っているなら他人がごちゃごちゃいうことではない。
でもすでにiPhoneを持っているわたしにいわせると、そういう付加価値ってすぐに色あせるんだけどね。

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2018年12月 5日 (水)

アップデート

ネットニュースを読んでいたら、アップルが古いiPhoneのOSをアップデートさせるさい、iPhoneの動作を意図的に遅くさせる機能を組み込ませたとして、集団訴訟を起こされているというものがあった。
記事だけではよくわからないけど、そうやって新機種への買い替えを促進させていたとしたらひどい話だ。
でもわたしは驚かない。

つい最近もこんなことがあった。
いつも使っているプリンタがおかしくなったので、インクヘッドのクリーニング、強力クリーニングをしてみたけど、治らない。
インク・カバーを開けると、黒と黄色のインクのランプが点灯していない。
原因はこのへんにありと思ったけど、黒インクなんかまだ交換したばかりだから、インク切れではない。
よく見たら、この二色だけは純正インクではなく、市販されている互換インクを使っていた。
それで新しく純正インクを買ってきて、互換製品と交換したら、それだけでいっぺんに治った。

うーんと考えるんだけど、プリンタメーカーではもちろん純正インクを使ってほしい。
しかし互換インクも大手の家電店で売られている正式な商品である。
この場合、困ったプリンタメーカーが、ネットを通じてドライバのプログラムを、インクの種類を探知して、互換製品の場合、正常に動かなくなるようなものに変更したということは考えられないだろうか。
証拠があれば訴訟沙汰になりかねない事例だけど、ふつうの素人には証拠をつかみようがない。

つまりアップデートやバージョンアップを通じて、ソフトメーカーは自分たちの都合のいいように、あとからいくらでもソフトやドライバを改造できるのだ。
わたしの知り合いにもアップデートやバージョンアップに異常な執念をもやす人がいるけど、その実態はそんなものである。

バグや不具合の修正という本来の役割をべつにすれば、ほかにもメーカーの都合で勝手に行われている改造がありそうだ。
たとえばわたしたちがどんなものに興味を持っているか、なにを欲しがっているか、それを収集するための機能(スパイウェア)をOSやアプリに組み込むこと。
みなさんの中にも、パソコンで美味しい食べものの店や、旅行の行き先を調べたら、つぎからは頼みもしないのにそれに関連した項目ばかり出てくることに気がついた人がいるのではないか。
スパイウェアが組み込まれているからである。
アップルのような姑息な手段は言語道断だけど、スパイウェアを組み込むていどの改造なら、ウイルスのように利用者に迷惑をかけるわけではないし、あまりマスコミも騒がない。

いまや個人情報が一大産業になる時代だ。
通販会社だけではなく、デパートも旅行会社も自動車会社も、あらゆる企業が個人の嗜好を探ろうと必死になっている。
おそらくウインドウズや、ワード、エクセル、アドビなどのソフト、そしてアンドロイドのOS、最近ではスマホのさまざまなアプリにしても、アップデートやバージョンアップをして下さいという要望が来たら、まちがいなくスパイウェアが組み込まれると思ったほうがいい。
もちろん、中にはほんとうに必要なアップも(すこしは)あるだろうから、それをするなとはいわないけど、そのくらいのことは頭に入れておくべきである。

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2018年12月 4日 (火)

贅沢いってりゃ

人類に貢献するような崇高なブログネタがないかと、新聞をすみずみまで読む(株式欄や生活面はあまり関係ないので読まない)。
1面トップの沖縄の記事については、すくなくともウチの新聞の意見は聞きあきた。
どうしてもいいネタがないときは、オピニオン面や読者投稿欄を読めば、たいてい二つか三つのいちゃもんのネタは見つかるものだ。
でも今日のオピニオン面は、例の秋篠宮の発言だし、投稿欄のボケ老人たちの意見にいちいち噛みついても仕方がない。

国際面にこんな記事があった。
来年は日本がG20の議長国だという件に関しての記事なんだけど、そこに
『20世紀の初頭にアルゼンチンは、貿易で繁栄した世界でも屈指の富裕国だった。
しかしその後、過度の自国産業保護などで富を失った。
列強の分断やブロック化は二つの世界大戦を招いた。
新興国経済の減速、止まらない移民、難民、異常気象などの取り組むべき危機は広がり・・・・』

20世紀の初頭に富裕国だったというなら、日本もけっして貧困国というわけではなかった。
しかしその後の経過をながめてみると、アルゼンチンは失墜し、日本は世界大不況や大戦にまきこまれたりしたものの、まあまあ順調に発展してきた。
いやいや、発展したばかりか、いまや日本は世界のキーパーソンだ。
これは日本の政治が、マスコミからぼろくそにいわれるほどひどくはないってことの証明じゃないだろうか。
教訓=贅沢いってりゃきりがない。

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2018年12月 3日 (月)

日本の行き方

わたしが心配していたのは、ゴーンさん逮捕に関してのフランス人の反応だ。
フランス人は日本の文化についてわりあい好意的に考える国民だけど、それでもまだ死刑制度のある野蛮なアジアの国というイメージを持っている人がいるかもしれない。
そうでなくても遅れた司法制度で、必要以上に大きな罪を被せられた白人同胞なんて、ゴーンさんの味方をする人が出てくるかも。

でもいまのところは、わたしが心配していたほどには、ゴーンさんを擁護しようという人はいないようだ。
やはりフランス人の中にも、いくらなんでも儲けすぎだと思った人が多かったのだろう。
良識的な国には、まだアメリカのような、極端な格差社会に反感をもつ人が多いということだ。

マクロンさんは何かいいたそうだけど、かえってフランス国民から非難されて、いまパリは大騒動になっているらしい。
フランスの代わりに、ウォール・ストリート・ジャーナルがゴーンさんを擁護するような記事を書いていたけど、あれはもともと格差容認のアメリカの新聞だから、ネゴトをこいても不思議じゃない。
わたしの視線は米国よりも欧州の先進国に向いているので、フランス人が格差を許さないという日本の行き方を支持してくれるのはありがたいことである。

おりしも今日の新聞の国際面に、米国の労働者の悲惨な境遇が載っていた。
例の錆びついた工業地帯、オハイオ州のGM工場で長年勤めていた労働者夫婦が、会社の都合であっという間にふたりともクビだ。
それでも社員の削減に成功した会社の株は上がる。
労働者の困窮をよそに、誰かのふところがうるおっているわけだ。
こんな社会に疑問をもたないほうがおかしい。
トランプさんの強引な手法で、格差がなくなるかどうかわからんけど、すくなくとも日本の対応には見どころはある。

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ひとつの傾向

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他人の作品を引用するのは気がひけるけど、これは「海外の万国反応記」で紹介されていた日本人イラストレーターの作品。

一見すると幸福な絵に見えるけど、よく見ると胸がしめつけられるというやつ。
ほかにも同じ作家の絵がいくつか紹介されているけど、これがいちばんコタえた。
谷内六郎さんとはぜんぜん異なる画調だけど、こんな作品を週にひとつの割合で公開できれば、この画家もじゅうぶん週刊新潮の表紙絵を担当できるのに。

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2018年12月 2日 (日)

洋服ダンスの宴

耐寒用にと購入したL.L.BEANのセーターが虫に食われた。
100パーセント羊毛で、安くないだけに虫にとってはご馳走だったようだ。
いちおう洋服ダンスにナフタリンを入れておいたつもりだけど、防虫剤も長く使っていると、相手には耐性がつく場合があるんじゃないか。
うちの虫たちは服の虫、紙のシミ、ほこりの中のダニ、台所のゴキブリまで、みんな殺虫剤ごときではへこたれない強靭なやつらばかりだ。
人間さまのわたしには手も足も出ないよ。

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2018年12月 1日 (土)

8K放送

いまBSて4K、8K放送の宣伝をしている。
うちのテレビは2Kのデジタルなんだけど、気のせいか、それでもひときわきれいにみえる。
気のせいでもなんでも、きれいに見えるならそれでいいではないか。
わたしはテレビは壊れるまで買い換えない主義だけど、わたしが生きているあいだ、うちのテレビは壊れやせんよ。
でももう気もそぞろという人もいるんだろうなあ。
あんまりアセらないほうがよござんすよ。
どうせ本放送はまだ先だ。

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