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2018年12月16日 (日)

哲学的命題

これは異常な数値だよ、わかってるのかね。
はあとわたし。
あいかわらず高止まりの血圧のことである。
医者:これじゃ生活習慣をあらためなくちゃいけないな 。
わたし:でもわたし、タバコは吸わないし、酒はほどほど、肉がキライで野菜ばかり食べていて、たまに散歩もしてまして、改善すべき点が見つからないんですが。
医者:それじゃ遺伝かなあ、家族に高血圧の人はいないかい。
わたし:親父が血圧が高かったです。
医者:それだよ、キミ、原因は。
わたし:でも親父は80ちかくまで生きて、老衰で死にました。
医者:キミはずいぶんさからうねえ。

このどこかで見たような文章、これで3度目の登場だ。
今日はわたしの所属する団体の健康診断の日だけど、毎年のように同じことをいわれて、もう10年ちかくなる。
あいかわらず血圧は高止まりしていて、勝手にしろと、薬も飲まず、漬物もばりばり食べて、是正のための努力を放棄してからも、そのくらいたつ。
こうなったら近代医学の欺瞞性をあばくための、人間標本になってもいいくらい。

わたしの周辺では知り合いがぽつりぽつりと亡くなっていく。
わたしより若くして、健康に留意していた人間でさえ死んでいるくらいだ。
わたしのようなでたらめな人間が、いまだ元気で病気もしないということは、近代医学の欺瞞性だけではなく、もっともっと大きな哲学的命題を考えさせる。

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